その一家の最後の三人の男を知っておりました。三人が三人、同じような死に方をいたしました。この頭髪は、そのなかの最後の男のものなのです。その男は、十三の年に、私のことがもとで、自ら命をたって果てたのです。変なことだとお考えになるでしょうね。
第 1 章
まったく、一風変った人たちでした。
云わば気狂いだったのですね。
だが、これは愛すべき気狂い、恋の気狂いであったとも申せるのです。
この一家の者は、父から子へ、子からまたその子へと、皆な親ゆずりの激しい情熱をもっていて、全身がその熱でもえ、それがこの人たちを駆って、とんでもない熱狂的なことをさせたり、狂気の沙汰とも云うべき献身的なことをやらせたり、果ては犯罪をさえ犯させるのでした。
この人たちにとっては、それは、ある魂にみる信仰心と同じで、燃えるように強かったのです。
トラピスト教会の修道士になるような人たちの性質は、サロンなどに出入りする浮気な人たちとは同日に云えないものがあるでしょう。
親類の間にはこんな言葉がありました、――「サンテーズ家の人のように恋をする。」一瞥見るだけで、分ってしまうのです。
彼らはみんな髪の毛がうずを捲いていて、額にひくく垂れ下がり、髭は縮れ、眼がそれはそれは大きくて、その眼で射るように視られると、何がどうということもなしに、相手の胸は乱れるのでした。
ここにこういう形見を残していった人の祖父さんにあたる人は、恋愛、決闘、誘拐などと数々の浮名をながした挙句の果に、かれこれ六十五にもなろうという年をして、自分のところの小作人の娘に夢中になってしまいました。
私はその男も女もよく識っております。
その娘は金色の頭髪をもった、顔の蒼白い、淑やかな、言葉遣いのゆッたりとした、静かな声をして口を利く娘で、眼つきと云ったら、それはそれは優しくて、聖母の眼つきにそッくりと申したいほどでした。
年をとった殿様は、その娘を自分の屋敷へつれて行ったのですが、まもなく、その娘が側にいなければ片時も我慢が出来ないと云うほど、のぼせ切ってしまったのでした。
同じ屋敷に住んでいた娘さんと養女も、そうしたことを何でもない、ごく当り前のことのように思っていたのです。
それほどまでに、恋愛というものがこの一家の伝統になっていたのです。
こと、情熱に関する限り、彼女たちはどのような事が起ろうと驚きもしなかったのです。
彼女たちの前で、誰かが、性格が相容れぬために対立してしまった男女の話とか、仲たがえをした恋人の話とか、裏切られて復讐をした話などをするようなことでもあると、彼女たちは二人とも云い合せたように、声をくもらせてこう云うのでした。
「まあ、そんなになるまでには、さぞかし、そのかたは辛い思いをなさったことでしょうねエ!」 ただそれだけのことでした。
愛情の悲劇にたいしては、彼女たちは、ただ同情するだけで、そうした人たちが犯罪を犯した時でさえ、義憤を感じるようなことは決してありませんでした。
ところがある秋のことでした。
狩猟に招かれて来ていたド・グラデルという若い男が、その娘をつれて逃げてしまいました。
ド・サンテーズさんは、何事もなかったように平然とした容子をしておりました。
ところが、ある朝、何匹もの犬にとり囲まれて、その犬小舎で首を吊って死んでいたのです。
その息子さんも、一千八百四十一年になさった旅の途次、オペラ座の歌姫にだまされたあげく、巴里の客舎で、同じような死に方をして果てました。
その人は十二になる男の子と、私の母の妹である女を寡婦として残して逝かれました。
良人に先立たれた叔母は、その子供を連れて、ペルティヨンの領地にあった私の父の家へ来て暮しておりました。
私はその頃十七でした。
この少年サンテーズが、どんなに驚くべき早熟の子であったか、到底それは御想像もつきますまい。
愛情というもののありと凡ゆる力、