第 1 章/1
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第 1 章
【テキスト中に現れる記号について】
:ルビ(例)游惰
:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号(例)一掃
:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (数字は、JISX0213の面区点番号、または底本のページと行数)(例)※
:返り点 (例)勿認游惰以爲寛裕。
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)(例)ふん/\*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
一 勿認游惰以爲寛裕。
勿認嚴刻以爲直諒。
勿認私欲以爲志願。
游惰を認めて以て寛裕と爲すこと勿れ。
嚴刻を認めて以て直諒と爲すこと勿れ。
私欲を認めて以て志願と爲すこと勿れ。
二 毀譽得喪、眞是人生之雲霧、使人昏迷。
一掃此雲霧、則天青日白。
毀譽得喪は、眞に是れ人生の雲霧、人をして昏迷せしむ。
此の雲霧を一掃せば、則ち天青く日白し。
徳川慶喜公は勤王の臣たり。
幕吏の要する所となりて朝敵となる。
猶南洲勤王の臣として終りを克くせざるごとし。
公は罪を宥し位に敍せらる、南洲は永く反賊の名を蒙る、悲しいかな。
(原漢文、下同)
三 唐虞之治、只是情一字。
極而言之、萬物一體、不外於情之推。
唐虞の治は只是れ情の一字なり。
極めて之を言へば、萬物一體も情の推に外ならず。
南洲、官軍を帥ゐて京師を發す。
婢あり別れを惜みて伏水に至る。
兵士環つて之を視る。
南洲輿中より之を招き、其背を拊つて曰ふ、好在なれと、金を懷中より出して之に與へ、旁ら人なき若し。
兵士太だ其の情を匿さざるに服す。
幕府砲臺を神奈川に築き、外人の來り觀るを許さず、木戸公役徒に雜り、自ら畚を荷うて之を觀る。
茶店の老嫗あり、公の常人に非ざるを知り、善く之を遇す。
公志を得るに及んで、厚く之に報ゆ。
皆情の推なり。
四 凡作事、須要有事天之心。
不要有示人之念。
凡そ事を作すには、須らく天に事ふるの心あるを要すべし。
人に示すの念あるを要せず。
五 憤一字、是進學機關。
舜何人也、予何人也、方是憤。
憤の一字、是れ進學の機關なり。
舜何人ぞや、予何人ぞや、方に是れ憤。
六 著眼高、則見理不岐。
眼を著くること高ければ、則ち理を見ること岐せず。
三條公は西三條、東久世諸公と長門に走る、之を七卿脱走と謂ふ。
幕府之を宰府に竄す。
既にして七卿が勤王の士を募り國家を亂さんと欲するを憂へ、浪華に幽するの議あり。
南洲等力めて之を拒ぎ、事終に熄む。
南洲人に語つて曰ふ、七卿中他日關白に任ぜらるゝ者は、必三條公ならんと、果して然りき。
七 性同而質異。
質異、教之所由設也。
性同、教之所由立也。
性は同じうして而て質は異る。
質異るは教の由つて設けらるゝ所なり。
性同じきは教の由つて立つ所なり。
八 喪己斯喪人。
喪人斯喪物。
己を喪へば斯に人を喪ふ。
人を喪へば斯に物を喪ふ。
九 士貴獨立自信矣。
依熱附炎之念、不可起。
士は獨立自信を貴ぶ。
熱に依り炎に附くの念、起す可らず。
慶應三年九月、山内容堂公は寺村左膳、後藤象次郎を以て使となし、書を幕府に呈す。
曰ふ、中古以還、政刑武門に出づ。
洋人來航するに及んで、物議紛々、東攻西撃して、内訌嘗て※る時なく、終に外國の輕侮を招くに至る。
此れ政令二途に出で、天下耳目の屬する所を異にするが故なり。
今や時勢一變して舊規を墨守す可らず、宜しく政權を王室に還し、以て萬國竝立の基礎を建つべし。
其れ則ち當今の急務にして、而て容堂の至願なり。
幕下の賢なる、必之を察するあらんと。
他日幕府の政權を還せる、其事實に公の呈書に本づけり。
當時幕府既に衰へたりと雖、威權未だ地に墜ちず。
公抗論して忌まず、獨立の見ありと謂ふべし。
一〇 有本然之眞己、有躯殼之假己。
須要自認得。
本然の眞己有り、躯殼の假己有り。
須らく自ら認め得んことを要すべし。
南洲胃を病む。
英醫偉利斯之を診して、勞動を勸む。
南洲是より山野に游獵せり。
人或は病なくして犬を牽き兎を逐ひ、自ら南洲を學ぶと謂ふ、疎なり。
一一 雲煙聚於不得已。
風雨洩於不得已。
雷霆震於不得已。
斯可以觀至誠之作用。
雲煙は已むことを得ざるに聚る。
風雨は已むことを得ざるに洩る。
雷霆は已むことを得ざるに震ふ。
斯に以て至誠の作用を觀る可し。
一二 動於不得已之勢、則動而不括。
履於不可枉之途、則履而不危。
已むことを得ざるの勢に動けば、則ち動いて括せず。
枉ぐ可らざるの途を履めば、則ち履んで危からず。
官軍江戸を伐つ、關西諸侯兵を出して之に從ふ。
是より先き尾藩宗家を援けんと欲する者ありて、私かに聲息を江戸に通ず。
尾公之を患へ、田中不二麿、丹羽淳太郎等と議して、大義親を滅すの令を下す、實に已むことを得ざるの擧に出づ。
一藩の方向以て定れり。
一三 聖人如強健無病人。
賢人如攝生愼病人。
常人如虚羸多病人。
聖人は強健病無き人の如し。
賢人は攝生病を愼む人の如し。
常人は虚羸病多き人の如し。
一四 急迫敗事。
寧耐成事。
急迫は事を敗る。
寧耐は事を成す。
大坂城陷る。
徳川慶喜公火船に乘りて江戸に歸り、諸侯を召して罪を俟つの状を告ぐ。
余時に江戸に在り、特に別廳に召し告げて曰ふ。
事此に至る、言ふ可きなし。
汝將に京に入らんとすと聞く、請ふ吾が爲めに恭順の意を致せと。
余江戸を發して桑名に抵り、柳原前光公軍を督して至るに遇ふ。
余爲めに之を告ぐ。
京師に至るに及んで、松平春嶽公を見て又之を告ぐ。
慶喜公江戸城に在り、衆皆之に逼り、死を以て城を守らんことを請ふ。
公聽かず、水戸に赴く、近臣二三十名從ふ。
衆奉じて以て主と爲すべきものなく、或は散じて四方に之き、或は上野に據る。
若し公をして耐忍の力無く、共に怒つて事を擧げしめば、則ち府下悉く焦土と爲らん。
假令都を遷すも、其の盛大を極むること今日の如きは實に難からん。
然らば則ち公常人の忍ぶ能はざる所を忍ぶ、其功亦多し。
舊藩士日高誠實時に句あり云ふ。
「功烈尤も多かりしは前内府。至尊直に鶴城の中に在り」と。
一五 聖人安死。
賢人分死。
常人恐死。
聖人は死を安んず。
賢人は死を分とす。
常人は死を恐る。
一六 賢者臨※、見理當然、以爲分、恥畏死、而希安死、故神氣不亂。
又有遺訓、足以聳聽。
而其不及聖人亦在於此。
聖人平生言動無一非訓。
而臨※、未必爲遺訓。
視死生眞如晝夜、無所著念。
賢者は※するに臨み、理の當に然るべきを見て、以て分と爲し、死を畏るゝを恥ぢて、死を安んずるを希ふ、故に神氣亂れず。
又遺訓あり、以て聽を聳かすに足る。
而かも其の聖人に及ばざるも亦此に在り。
聖人は平生の言動一として訓に非ざるは無し。
而て※するに臨みて、未だ必しも遺訓を爲らず。
死生を視ること眞に晝夜の如し、念を著くる所無し。
十年の役、私學校の徒、彈藥製造所を掠む。
南洲時に兎を大隈山中に逐ふ。
之を聞いて猝に色を變へて曰ふ、誤つたと。
爾後肥後日向に轉戰して、神色夷然たり。
一七 堯舜文王、其所遺典謨訓誥、皆可以爲萬世法。
何遺命如之。
至於成王顧命、曾子善言、賢人分上自當如此已。
因疑孔子泰山之歌、後人假託爲之。
檀弓※信、多此類。
欲尊聖人、而却爲之累。
堯舜文王は、其の遺す所の典謨訓誥、皆以て萬世の法と爲す可し。
何の遺命か之に如かん。
成王の顧命、曾子の善言に至つては、賢人の分上自ら當に此の如くなるべきのみ。
因つて疑ふ、孔子泰山の歌、後人假託之を爲れるならん。
檀弓の信じ※きこと此の類多し。
聖人を尊ばんと欲して、却つて之が累を爲せり。
一八 一部歴史、皆傳形迹、而情實或不傳。
讀史者、須要就形迹以討出情實。
一部の歴史、皆形迹を傳へて、情實或は傳らず。
史を讀む者は、須らく形迹に就いて以て情實を討ね出だすことを要すべし。
一九 博聞強記、聰明横也。
精義入神、聰明竪也。
博聞強記は、聰明の横なり。
精義神に入るは、聰明の竪なり。
二〇 生物皆畏死。
人其靈也、當從畏死之中、揀出不畏死之理。
吾思、我身天物也。
死生之權在天、當順受之。
我之生也、自然而生、生時未嘗知喜矣。
則我之死也、應亦自然而死、死時未嘗知悲也。
天生之而天死之、一聽于天而已、吾何畏焉。
吾性即天也。
躯殼則藏天之室也。
精氣之爲物也、天寓於此室。
遊魂之爲變也、天離於此室。
死之後即生之前、生之前即死之後。
而吾性之所以爲性者、恒在於死生之外、吾何畏焉。
夫晝夜一理、幽明一理。
原始反終、知死生之理、何其易簡而明白也。
吾人當以此理自省焉。
生物は皆死を畏る。
人は其靈なり、當に死を畏るゝの中より死を畏れざるの理を揀出すべし。
吾れ思ふ、我が身は天物なり。
死生の權は天に在り、當に之を順受すべし。
我れの生るゝや自然にして生る、生るゝ時未だ嘗て喜ぶことを知らず。
則ち我の死するや應に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。
天之を生みて、天之を死す、一に天に聽さんのみ、吾れ何ぞ畏れん。
吾が性は即ち天なり、躯殼は則ち天を藏むるの室なり。
精氣の物と爲るや、天此の室に寓す。
遊魂の變を爲すや、天此の室を離る。
死の後は即ち生の前なり、生の前は即ち死の後なり。
而て吾が性の性たる所以は、恒に死生の外に在り、吾れ何ぞ畏れん。
夫れ晝夜は一理なり、幽明は一理なり。
始めを原ねて終りに反らば、死生の理を知る、何ぞ其の易簡にして明白なるや。
吾人は當に此の理を以て自省すべし。
二一 畏死者生後之情也、有躯殼而後有是情。
不畏死者生前之性也、離躯殼而始見是性。
人須自得不畏死之理於畏死之中、庶乎復性焉。
死を畏るゝは生後の情なり、躯殼有つて後に是の情あり。
死を畏れざるは生前の性なり、躯殼を離れて始て是の性を見る。
人は須らく死を畏れざるの理を死を畏るゝの中に自得すべし、性に復るに庶し。
幕府勤王の士を逮ふ。
南洲及び伊地知正治、海江田武治等尤も其の指目する所となる。
僧月照嘗て近衞公の密命を喞みて水戸に至る、幕吏之を索むること急なり。
南洲其の免れざることを知り相共に鹿兒島に奔る。
一日南洲、月照の宅を訪ふ。
此の夜月色清輝なり。
預め酒饌を具へ、舟を薩海に泛ぶ、南洲及び平野次郎一僕と從ふ。
月照船頭に立ち、和歌を朗吟して南洲に示す、南洲首肯する所あるものゝ如し、遂に相擁して海に投ず。
次郎等水聲起るを聞いて、倉皇として之を救ふ。
月照既に死して、南洲は蘇ることを得たり。
南洲は終身月照と死せざりしを憾みたりと云ふ。
二二 誘掖而導之、教之常也。
警戒而喩之、教之時也。
躬行以率之、教之本也。
不言而化之、教之神也。
抑而揚之、激而進之、教之權而變也。
教亦多術矣。
誘掖して之を導くは、教の常なり。
警戒して之を喩すは、教の時なり。
躬に行うて之を率きゐるは、教の本なり。
言はずして之を化するは、教の神なり。
抑へて之を揚げ、激して之を進ましむるは、教の權にして而て變なり。
教も亦術多し。
二三 閑想客感、由志之不立。
一志既立、百邪退聽。
譬之清泉湧出、旁水不得渾入。
閑想客感は、志の立たざるに由る。
一志既に立てば、百邪退き聽く。
之を清泉湧出せば、旁水渾入することを得ざるに譬ふべし。
政府郡縣の治を復せんと欲す、木戸公と南洲と尤も之を主張す。
或ひと南洲を見て之を説く、南洲曰く諾すと。
其人又之を説く、南洲曰く、吉之助の一諾、死以て之を守ると、他語を交へず。
二四 心爲靈。
其條理動於情識、謂之欲。
欲有公私、情識之通於條理爲公。
條理之滯於情識爲私。
自辨其通滯者、即便心之靈。
心を靈と爲す。
其の條理の情識に動く、之を欲と謂ふ。
欲に公私有り、情識の條理に通ずるを公と爲す。
條理の情識に滯るを私と爲す。
自ら其の通と滯とを辨ずるは、即ち心の靈なり。
二五 人一生所遭、有險阻、有坦夷、有安流、有驚瀾。
是氣數自然、竟不能免、即易理也。
人宜居而安、玩而樂焉。
若趨避之、非達者之見。
人一生遭ふ所、險阻有り、坦夷有り、安流有り、驚瀾有り。
是れ氣數の自然にして、竟に免るゝ能はず、即ち易理なり。
人宜しく居つて安んじ、玩んで樂しむべし。
若し之を趨避せば、達者の見に非ず。
或ひと岩倉公幕を佐くと讒す。
公薙髮して岩倉邸に蟄居す。
大橋愼藏、香川敬三、玉松操、北島秀朝等、公の志を知り、深く結納す。
南洲及び大久保公、木戸公、後藤象次郎、坂本龍馬等公を洛東より迎へて、朝政に任ぜしむ。
公既に職に在り、屡刺客の狙撃する所となり、危難累りに至る、而かも毫も趨避せず。
二六 心之官則思。
思字只是工夫字。
思則愈精明、愈篤實。
自其篤實謂之行、自其精明謂之知。
知行歸於一思字。
心の官は則ち思ふ。
思の字只是れ工夫の字なり。
思へば則ち愈精明なり、愈篤實なり。
其の篤實より之を行と謂ひ、其の精明より之を知と謂ふ。
知と行とは一の思の字に歸す。
二七 處晦者能見顯。
據顯者不見晦。
晦に處る者は能く顯を見る。
顯に據る者は晦を見ず。
二八 取信於人難也。
人不信於口、而信於躬。
不信於躬、而信於心。
是以難。
信を人に取るは難し。
人は口を信ぜずして躬を信ず。
躬を信ぜずして心を信ず。
是を以て難し。
南洲守庭吏と爲る。
島津齊彬公其の眼光烱々として人を射るを見て凡人に非ずと以爲ひ、拔擢して之を用ふ。
公嘗て書を作り、南洲に命じて之を水戸の烈公に致さしめ、初めより封緘を加へず。
烈公の答書も亦然り。
二九 臨時之信、累功於平日。
平日之信、收効於臨時。
臨時の信は、功を平日に累ぬればなり。
平日の信は、効を臨時に收むべし。
南洲官軍の先鋒となり、品川に抵る、勝安房、大久保一翁、山岡鐵太郎之を見て、慶喜罪を俟つの状を具陳し、討伐を弛べんことを請ふ。
安房素より南洲を知れり、之を説くこと甚だ力む。
乃ち令を諸軍に傳へて、攻撃を止む。
三〇 信孚於上下、天下無甚難處事。
信上下に孚す、天下甚だ處し難き事無し。
三一 意之誠否、須於夢寐中事驗之。
意の誠否は、須らく夢寐中の事に於て之を驗すべし。
南洲弱冠の時、藤田東湖に謁す、東湖は重瞳子、躯幹魁傑にして、黄麻の外套を被、朱室の長劒を佩して南洲を邀ふ。
南洲一見して瞿然たり。
乃ち室内に入る、一大白を屬して酒を侑めらる。
南洲は素と飮を解せず、強ひて之を盡す、忽ち酩酊して嘔吐席を汚す。
東湖は南洲の朴率にして飾るところなきを見て酷だ之を愛す。
嘗て曰ふ、他日我が志を繼ぐ者は獨此の少年子のみと。
南洲も亦曰ふ、天下眞に畏る可き者なし、唯畏る可き者は東湖一人のみと。
二子の言、夢寐相感ずる者か。
三二 不起妄念是敬。
妄念不起是誠。
妄念を起さゞるは是れ敬なり。
妄念起らざるは是れ誠なり。
三三 因民義以激之、因民欲以趨之、則民忘其生而致其死。
是可以一戰。
民の義に因つて以て之を激し、民の欲に因つて以て之を趨らさば、則ち民其の生を忘れて其の死を致さん。
是れ以て一戰す可し。
兵數は孰れか衆き、器械は孰れか精なる、糧食は孰れか積める、この數者を以て之を較べば、薩長の兵は固より幕府に及ばざるなり。
然り而して伏見の一戰、東兵披靡するものは何ぞや。
南洲及び木戸公等の※、民の欲に因つて之を趨らしたればなり。
是を以て破竹の勢ありたり。
三四 漸必成事、惠必懷人。
如歴代姦雄、有竊其祕者、一時亦能遂志。
可畏之至。
漸は必ず事を成し、惠は必ず人を懷づく。
歴代姦雄の如き、其祕を竊む者有り、一時亦能く志を遂ぐ。
畏る可きの至りなり。
三五 匿情似愼密。
柔媚似恭順。
剛愎似自信。
故君子惡似而非者。
匿情は愼密に似る。
柔媚は恭順に似る。
剛愎は自信に似る。
故に君子は似て非なる者を惡む。
三六 事君不忠非孝也、戰陳無勇非孝也。
曾子孝子、其言如此。
彼謂忠孝不兩全者、世俗之見也。
君に事へて忠ならざるは孝に非ざるなり、戰陳に勇無きは孝に非ざるなりと。
曾子は孝子なり、其の言此の如し。
彼の忠孝兩全せずと謂ふは、世俗の見なり。
十年の難、賊の精鋭熊本城下に聚る。
而て援軍未だ達せず。
谷中將死を以て之を守り、少しも動かず。
賊勢遂に屈し、其兵を東する能はず。
昔者加藤嘉明言へるあり。
曰ふ、將を斬り旗を搴るは、氣盛なる者之を能くす、而かも眞勇に非ざるなり。
孤城を援なきに守り、孱主を衆※くに保つ、律義者に非ざれば能はず、故に眞勇は必ず律義者に出づと。
尾藤孝肇曰ふ、律義とは蓋し直にして信あるを謂ふと。
余謂ふ、孤城を援なきに守るは、谷中將の如くば可なりと。
嗚呼中將は忠且つ勇なり、而して孝其の中に在り。
三七 不可誣者人情、不可欺者天理、人皆知之。
蓋知而未知。
誣ふ可らざる者は人情なり、欺く可らざる者は天理なり、人皆之を知る。
蓋し知つて而して未だ知らず。
榎本武揚等五稜郭の兵已に敗る。
海律全書二卷を以て我が海軍に贈つて云ふ、是れ嘗て荷蘭に學んで獲たる所なり、身と倶に滅ぶることを惜しむと。
武揚の誣ふ可らざるの情天聽に達し、其の死を宥し寵用せらる、天理なり。
三八 知是行之主宰、乾道也。
行是知之流行、坤道也。
合以成體躯。
則知行、是二而一、一而二。
知は是れ行の主宰なり、乾道なり。
行は是れ知の流行なり、坤道なり。
合して以て體躯を成す。
則ち知行は是れ二にして一、一にして二なり。
三九 學貴自得。
人徒以目讀有字之書、故局於字、不得通透。
當以心讀無字之書、乃洞而有自得。
學は自得を貴ぶ。
人徒に目を以て有字の書を讀む、故に字に局し、通透することを得ず。
當に心を以て無字の書を讀むべし、乃ち洞して自得するところ有らん。
四〇 孟子以讀書爲尚友。
故讀經籍、即是聽嚴師父兄之訓也。
讀史子、亦即與明君賢相英雄豪傑相周旋也。
其可不清明其心以對越之乎。
孟子讀書を以て尚友と爲す。
故に經籍を讀む、即ち是れ嚴師父兄の訓を聽くなり。
史子を讀む、亦即ち明君賢相英雄豪傑と相周旋するなり。
其れ其の心を清明にして以て之に對越せざる可けんや。
四一 爲學緊要、在心一字。
把心以治心、謂之聖學。
爲政著眼、在情一字。
循情以治情、謂之王道。
王道聖學非二。
學を爲すの緊要は心の一字に在り。
心を把つて以て心を治む、之を聖學と謂ふ。
政を爲すの着眼は情の一字に在り。
情に循うて以て情を治む、之を王道と謂ふ。
王道と聖學と二に非ず。
兵を治して對抗し、互に勝敗あり。
兵士或は負傷者の状を爲す、醫故に之を診察す。
兵士初め負傷者とならんことを惡む。
一日、聖上親臨して負傷者を撫し、恩言を賜ふ、此より兵士負傷者とならんことを願ふ。
是に由つて之を觀れば、兵を馭するも亦情に外ならざるなり。
四二 發憤忘食、志氣如是。
樂以忘憂、心體如是。
不知老之將至、知命樂天如是。
聖人與人不同、又與人不異。
憤を發して食を忘る、志氣是の如し。
樂んで以て憂を忘る、心體是の如し。
老の將に至らんとするを知らず、命を知り天を樂しむもの是の如し。
聖人は人と同じからず、又人と異ならず。
四三 講説聖賢、而不能躬之、謂之口頭聖賢、吾聞之一※然。
論辯道學、而不能體之、謂之紙上道學、吾聞之再※然。
聖賢を講説して之を躬にする能はず、之を口頭聖賢と謂ふ、吾れ之を聞いて一たび※然たり。
道學を論辯して之を體する能はず、之を紙上道學と謂ふ、吾れ之を聞いて再び※然たり。
四四 學、稽之古訓、問、質之師友、人皆知之。
學必學之躬、問必問諸心、其有幾人耶。
學之を古訓に稽へ、問之を師友に質すは、人皆之を知る。
學必ず之を躬に學び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
四五 以天而得者固。
以人而得者脆。
天を以て得たるものは固し。
人を以て得たるものは脆し。
四六 君子自慊、小人自欺。
君子自彊、小人自棄。
上達下達、落在一自字。
君子は自ら慊くし、小人は自ら欺く。
君子は自ら彊め、小人は自ら棄つ。
上達と下達とは、一の自の字に落在す。
四七 人皆知問身之安否、而不知問心之安否。
宜自問能不欺闇室否、能不愧衾影否、能得安穩快樂否。
時時如是、心便不放。
人は皆身の安否を問ふことを知つて、而かも心の安否を問ふことを知らず。
宜しく自ら能く闇室を欺かざるや否や、能く衾影に愧ぢざるや否や、能く安穩快樂を得るや否やと問ふべし。
時時是の如くば心便ち放たず。
某士南洲に面して仕官を求む。
南洲曰ふ、汝俸給幾許を求むるやと。
某曰ふ、三十圓ばかりと。
南洲乃ち三十圓を與へて曰ふ、汝に一月の俸金を與へん、汝は宜しく汝の心に向うて我が才力如何を問ふべしと。
其人復た來らず。
四八 無爲而有爲之謂誠。
有爲而無爲之謂敬。
爲す無くして爲す有る之を誠と謂ふ。
爲す有つて爲す無し之を敬と謂ふ。
四九 寛懷不忤俗情、和也。
立脚不墜俗情、介也。
寛懷俗情に忤はざるは、和なり。
立脚俗情に墜ちざるは、介なり。
五〇 惻隱之心偏、民或有溺愛殞身者。
羞惡之心偏、民或有自經溝涜者。
辭讓之心偏、民或有奔亡風狂者。
是非之心偏、民或有兄弟鬩牆父子相訟者。
凡情之偏、雖四端遂陷不善。
故學以致中和、歸於無過不及、謂之復性之學。
惻隱の心偏すれば、民或は愛に溺れ身を殞す者有り。
羞惡の心偏すれば、民或は溝涜に自經する者有り。
辭讓の心偏すれば、民或は奔亡風狂する者有り。
是非の心偏すれば、民或は兄弟牆に鬩ぎ父子相訟ふ者有り。
凡そ情の偏するや、四端と雖遂に不善に陷る。
故に學んで以て中和を致し、過不及無きに歸す、之を復性の學と謂ふ。
江藤新平、前原一誠等の如きは、皆維新の功臣として、勤王二なく、官は參議に至り、位は人臣の榮を極む。
然り而して前後皆亂を爲し誅に伏す、惜しいかな。
豈四端の偏ありしものか。
五一 此學吾人一生負擔、當斃而後已。
道固無窮、堯舜之上善無盡。
孔子自志學、至七十、毎十年、自覺其有所進、孜孜自彊、不知老之將至。
假使其踰耄至期、則其神明不測、想當爲何如哉。
凡學孔子者、宜以孔子之志爲志。
此の學は吾人一生の負擔、當に斃れて後に已むべし。
道固より窮り無し。
堯舜の上、善盡くること無し。
孔子學に志してより七十に至るまで、十年毎に自ら其の進む所有るを覺り、孜孜として自ら彊めて、老の將に至らんとするを知らず。
假し其をして耄を踰え期に至らしめば、則ち其の神明測られざること、想ふに當に何如たるべきぞや。
凡そ孔子を學ぶ者は、宜しく孔子の志を以て志と爲すべし。
五二 自彊不息、天道也、君子所以也。
如虞舜孳孳爲善、大禹思日孜孜、成湯苟日新、文王不遑暇、周公坐以待旦、孔子發憤忘食、皆是也。
彼徒事靜養瞑坐而已、則與此學脈背馳。
自ら彊めて息まざるは天道なり、君子の以ゐる所なり。
虞舜の孳孳として善を爲し、大禹の日に孜孜せんことを思ひ、成湯の苟に日に新にせる、文王の遑あき暇あらざる、周公の坐して以て旦を待つ、孔子の憤りを發して食を忘るゝ如きは、皆是なり。
彼の徒に靜養瞑坐を事とすのみならば、則ち此の學脈と背馳す。
五三 自彊不息時候、心地光光明明、有何妄念游思、有何嬰累※想。
自ら彊めて息まざる時候は、心地光光明明にして、何の妄念游思有らん、何の嬰累※想有らん。
三條公の筑前に在る、或る人其の旅況の無聊を察して美女を進む、公之を卻く。
某氏宴を開いて女樂を設く、公怫然として去れり。
五四 提一燈、行暗夜。
勿憂暗夜、只頼一燈。
一燈を提げて、暗夜を行く。
暗夜を憂ふる勿れ、只だ一燈を頼め。
伏水戰を開き、砲聲大内に聞え、愈激しく愈近づく。
岩倉公南洲に問うて曰ふ、勝敗何如と。
南洲答へて曰ふ、西郷隆盛在り、憂ふる勿れと。
五五 倫理物理、同一理也。
我學倫理之學、宜近取諸身、即是物理。
倫理と物理とは同一理なり。
我れ倫理の學を學ぶ、宜しく近く諸を身に取るべし、即ち是れ物理なり。
五六 濁水亦水也。
一澄則爲清水。
客氣亦氣也。
一轉則爲正氣。
逐客工夫、只是克己、只是復禮。
濁水も亦水なり、一澄すれば則ち清水となる。
客氣も亦氣なり、一轉すれば則ち正氣となる。
客を逐ふの工夫は、只是れ己に克つなり、只是れ禮に復るなり。
南洲壯時角觝を好み、毎に壯士と角す。
人之を苦しむ。
其守庭吏と爲るや、庭中に土豚を設けて、掃除を事とせず。
既にして慨然として天下を以て自ら任じ、節を屈して書を讀み、遂に復古の大業を成せり。
五七 理本無形。
無形則無名矣。
形而後有名。
既有名、則理謂之氣無不可。
故專指本體、則形後亦謂之理。
專指運用、則形前亦謂之氣、竝無不可。
如浩然之氣、專指運用、其實太極之呼吸、只是一誠。
謂之氣原、即是理。
理は本と形無し。
形無ければ則ち名無し。
形ありて後に名有り。
既に名有れば、則ち理之を氣と謂ふも、不可無し。
故に專ら本體を指せば、則ち形後も亦之を理と謂ふ。
專ら運用を指せば、則ち形前も亦之を氣と謂ふ、竝に不可無し。
浩然の氣の如きは、專ら運用を指すも、其の實太極の呼吸にして、只是れ一誠なり。
之を氣原と謂ふ、即ち是れ理なり。
五八 物我一體、即是仁。
我執公情以行公事、天下無不服。
治亂之機、在於公不公。
周子曰、公於己者、公於人。
伊川又以公理、釋仁字。
餘姚亦更博愛爲公愛。
可并攷。
物我一體は即ち是れ仁なり。
我れ公情を執つて以て公事を行ふ、天下服せざる無し。
治亂の機は公と不公とに在り。
周子曰ふ、己に公なる者は人に公なりと。
伊川又公理を以て仁の字を釋す。
餘姚も亦博愛を更めて公愛と爲せり。
并せ攷ふ可し。
余嘗て木戸公の言を記せり。
曰ふ、會津藩士は、性直にして用ふ可し、長人の及ぶ所に非ざるなりと。
夫れ會は長の敵なり、而かも其の言此の如し。
以て公の事を處すること皆公平なるを知るべし。
五九 尊徳性、是以道問學、即是尊徳性。
先立其大者、則其知也眞。
能迪其知、則其功也實。
畢竟一條路往來耳。
徳性を尊ぶ、是を以て問學に道る、即ち是れ徳性を尊ぶなり。
先づ其の大なる者を立つれば、則ち其知や眞なり。
能く其の知を迪めば、則ち其功や實なり。
畢竟一條路の往來のみ。
六〇 周子主靜、謂心守本體。
※説自註無欲故靜、程伯氏因此有天理人欲之説。
叔子持敬工夫亦在此。
朱陸以下雖各有得力處、而畢竟不出此範圍。
不意至明儒、朱陸分黨如敵讐。
何以然邪。
今之學者、宜以平心待之。
取其得力處可也。
周子靜を主とす、心本體を守るを謂ふなり。
※説に、「欲無し故に靜」と自註す、程伯氏此に因つて天理人欲の説有り。
叔子敬を持する工夫も亦此に在り。
朱陸以下各力を得る處有りと雖、而かも畢竟此の範圍を出でず。
意はざりき明儒に至つて、朱陸黨を分つこと敵讐の如くあらんとは。
何を以て然るや。
今の學ぶ者、宜しく平心を以て之を待つべし。
其の力を得る處を取らば可なり。
六一 象山、宇宙内事、皆己分内事、此謂男子擔當之志如此。
陳※引此註射義、極是。
象山の、宇宙内の事は皆己れ分内の事は、此れ男子擔當の志此の如きを謂ふなり。
陳※此を引いて射義を註す、極めて是なり。
南洲嘗て東湖に從うて學ぶ。
當時書する所、今猶民間に存す。
曰ふ、「一寸の英心萬夫に敵す」と。
蓋し復古の業を以て擔當することを爲す。
維新征東の功實に此に讖す。
末路再び讖を成せるは、悲しむべきかな。
六二 講論語、是慈父教子意思。
講孟子、是伯兄誨季意思。
講大學、如網在綱。
講中庸、如雲出岫。
論語を講ず、是れ慈父の子を教ふる意思。
孟子を講ず、是れ伯兄の季を誨ふる意思。
大學を講ず、網の綱に在る如し。
中庸を講ず、雲の岫を出づる如し。
六三 易是性字註脚。
詩是情字註脚。
書是心字註脚。
易は是れ性の字の註脚なり。
詩は是れ情の字の註脚なり。
書は是れ心の字の註脚なり。
六四 獨得之見似私、人驚其驟至。
平凡之議似公、世安其狃聞。
凡聽人言、宜虚懷而邀之。
勿苟安狃聞可也。
獨得の見は私に似る、人其の驟至に驚く。
平凡の議は公に似る、世其の狃聞に安んず。
凡そ人の言を聽くは、宜しく虚懷にして之を邀ふべし。
狃聞に苟安することなくんば可なり。
六五 心理是豎工夫、愽覽是横工夫。
豎工夫、則深入自得。
横工夫、則淺易汎濫。
心理は是れ豎の工夫なり、愽覽は是れ横の工夫なり。
豎の工夫は、則ち深入自得せよ。
横の工夫は、則ち淺易汎濫なれ。
六六 讀經、宜以我之心讀經之心、以經之心釋我之心。
不然徒爾講明訓詁而已、便是終身不曾讀。
經を讀むは、宜しく我れの心を以て經の心を讀み、經の心を以て我の心を釋すべし。
然らずして徒爾に訓詁を講明するのみならば、便ち是れ終身曾て讀まざるなり。
六七 引滿中度、發無空箭。
人事宜如射然。
滿を引き度に中り、發して空箭無し。
人事宜しく射の如く然るべし。
六八 前人、謂英氣害事。
余則謂、英氣不可無、但露圭角爲不可。
前人は、英氣は事を害すと謂へり。
余は則ち謂ふ、英氣は無かる可らず、但だ圭角を露はすを不可と爲すと。
六九 刀槊之技、懷怯心者衄、頼勇氣者敗。
必也泯勇怯於一靜、忘勝負於一動。
動之以天、廓然太公、靜之以地、物來順應。
如是者勝矣。
心學亦不外於此。
刀槊の技、怯心を懷く者は衄け、勇氣を頼む者は敗る。
必や勇怯を一靜に泯し、勝負を一動に忘れ、之を動かすに天を以てして、廓然太公に、之を靜むるに地を以てして、物來つて順應せん。
是の如き者は勝たん。
心學も亦此に外ならず。
長兵京師に敗る。
木戸公は岡部氏に寄つて禍を免るゝことを得たり。
後丹波に赴き、姓名を變へ、博徒に混り、酒客に交り、以て時勢を窺へり。
南洲は浪華の某樓に寓す。
幕吏搜索して樓下に至る。
南洲乃ち劇を觀るに託して、舟を※りて逃げ去れり。
此れ皆勇怯を泯し勝負を忘るゝものなり。
七〇 無我則不獲其身、即是義。
無物則不見其人、即是勇。
我れ無ければ則ち其身を獲ず、即ち是れ義なり。
物無ければ則ち其人を見ず、即ち是れ勇なり。
七一 自反而縮者、無我也。
雖千萬人吾往矣、無物也。
自ら反みて縮きは、我無きなり。
千萬人と雖吾れ往かんは、物無きなり。
七二 三軍不和、難以言戰。
百官不和、難以言治。
書云、同寅協恭和衷哉。
唯一和字、一串治亂。
三軍和せずば、以て戰を言ひ難し。
百官和せずば、以て治を言ひ難し。
書に云ふ、寅を同じうし恭を協せ和衷せよやと。
唯だ一の和字、治亂を一串す。
復古の業は薩長の合縱に成る。
是れより先き、土人坂本龍馬、薩長の和せざるを憂へ、薩邸に抵り、大久保・西郷諸氏に説き、又長邸に抵り、木戸・大村諸氏に説く。
薩人黒田・大山諸氏長に至り、長人木戸・品川諸氏薩に往き、而て後和成り、維新の鴻業を致せり。
七三 凡事有眞是非、有假是非。
假是非、謂通俗之所可否。
年少未學、而先了假是非、※後欲得眞是非、亦不易入。
所謂先入爲主、不可如何耳。
凡そ事に眞是非有り、假是非有り。
假是非とは、通俗の可否する所を謂ふ。
年少く未だ學ばずして、先づ假是非を了し、後に※んで眞是非を得んと欲するも、亦入り易からず。
謂はゆる先入主と爲り、如何ともす可らざるのみ。
七四 果斷、有自義來者。
有自智來者。
有自勇來者。
有并義與智而來者、上也。
徒勇而已者殆矣。
果斷は、義より來るもの有り。
智より來るもの有り。
勇より來るもの有り。
義と智とを併せて來るもの有り、上なり。
徒に勇のみなるは殆し。
關八州は古より武を用ふるの地と稱す。
興世王反逆すと雖、猶將門に説いて之に據らしむ。
小田原の役、豐公は徳川公に謂うて曰ふ、東方に地あり、江戸と曰ふ、以て都府を開く可しと。
一新の始め、大久保公遷都の議を獻じて曰ふ、官軍已に勝つと雖、東賊猶未だ滅びず、宜しく非常の斷を以て非常の事を行ふべしと。
先見の明智と謂ふ可し。
七五 公私在事、又在情。
事公而情私者有之。
事私而情公者有之。
爲政者、宜權衡人情事理輕重處、以用其中於民。
公私は事に在り、又情に在り。
事公にして情私なるもの之有り。
事私にして情公なるもの之有り。
政を爲す者は、宜しく人情事理輕重の處を權衡して、以て其の中を民に用ふべし。
南洲城山に據る。
官軍柵を植ゑて之を守る。
山縣中將書を南洲に寄せて兩軍殺傷の慘を極言す。
南洲其の書を見て曰ふ、我れ山縣に負かずと、斷然死に就けり。
中將は南洲の元を視て曰ふ、惜しいかな、天下の一勇將を失へりと、流涕すること之を久しうせり。
噫公私情盡せり。
七六 愼獨工夫、當如身在稠人廣座中一般。
應酬工夫、當如間居獨處時一般。
愼獨の工夫は、當に身稠人廣座の中に在るが如く一般なるべし。
應酬の工夫は、當に間居獨處の時の如く一般なるべし。
七七 心要現在。
事未來、不可邀。
事已往、不可追。
纔追纔邀、便是放心。
心は現在せんことを要す。
事未だ來らずば、邀ふ可らず。
事已に往かば、追ふ可らず。
纔かに追ひ纔かに邀へば、便ち是れ放心なり。
七八 物集於其所好、人也。
事赴於所不期、天也。
物其の好む所に集るは、人なり。
事期せざる所に赴くは、天なり。
七九 人貴厚重、不貴遲重。
尚眞率、不尚輕率。
人は、厚重を貴ぶ、遲重を貴ばず。
眞率を尚ぶ、輕率を尚ばず。
南洲人に接して、妄に語を交へず、人之を憚る。
然れども其の人を知るに及んでは、則ち心を傾けて之を援く。
其人に非ざれば則ち終身言はず。
八〇 凡生物皆資於養。
天生而地養之。
人則地之氣精英。
吾欲靜坐以養氣、動行以養體、氣體相資、以養此生。
所以從地而事天。
凡そ生物は皆養を資る。
天生じて地之を養ふ。
人は則ち地の氣の精英なり。
吾れ靜坐して以て氣を養ひ、動行して以て體を養ひ、氣と體と相資つて以て此の生を養はんと欲す。
地に從うて天に事ふる所以なり。
維新の業は三藩の兵力に由ると雖、抑之を養ふに素あり、曰く名義なり、曰く名分なり。
或は云ふ、維新の功は大日本史及び外史に基づくと、亦理無しとせざるなり。
八一 凡爲學之初、必立欲爲大人之志、然後書可讀也。
不然、徒貪聞見而已、則或恐長傲飾非。
所謂假寇兵、資盜糧也、可虞。
凡そ學を爲すの初め、必ず大人たらんと欲するの志を立て、然る後書讀む可し。
然らずして、徒に聞見を貪るのみならば、則ち或は傲を長じ非を飾らんことを恐る。
謂はゆる寇に兵を假し、盜に糧を資するなり、虞る可し。
八二 以眞己克假己、天理也。
以身我害心我、人欲也。
眞己を以て假己に克つ、天理なり。
身我を以て心我を害す、人欲なり。
八三 無一息間斷、無一刻急忙。
即是天地氣象。
一息の間斷無く、一刻の急忙無し。
即ち是れ天地の氣象なり。
木戸公毎旦考妣の木主を拜す。
身煩劇に居ると雖、少しくも怠らず。
三十年の間一日の如し。
八四 有心於無心、工夫是也。
無心於有心、本體是也。
心無きに心有るは、工夫是なり。
心有るに心無きは、本體是なり。
八五 不知而知者、道心也。
知而不知者、人心也。
知らずして知る者は、道心なり。
知つて知らざる者は、人心なり。
八六 心靜、方能知白日。
眼明、始會識青天。
此程伯氏之句也。
青天白日、常在於我。
宜掲之座右、以爲警戒。
心靜にして、方に能く白日を知る。
眼明かにして、始めて青天を識り會すと。
此れ程伯氏の句なり。
青天白日は、常に我に在り。
宜しく之を座右に掲げて、以て警戒と爲すべし。
八七 靈光充體時、細大事物、無遺落、無遲疑。
靈光體に充つる時、細大の事物、遺落無く、遲疑無し。
死を決するは、薩の長ずる所なり。
公義を説くは、土の俗なり。
維新の初め、一公卿あり、南洲の所に往いて復古の事を説く。
南洲曰ふ、夫れ復古は易事に非ず、且つ九重阻絶し、妄に藩人を通ずるを得ず、必ずや縉紳死を致す有らば、則ち事或は成らんと。
又後藤象次郎に往いて之を説く。
象次郎曰ふ、復古は難きに非ず、然れども門地を廢し、門閥を罷め、賢を擧ぐること方なきに非ざれば、則ち不可なりと。
二人の本領自ら見はる。
八八 人心之靈、如太陽然。
但克伐怨欲、雲霧四塞、此靈烏在。
故誠意工夫、莫先於掃雲霧仰白日。
凡爲學之要、自此而起基。
故曰、誠者物之終始。
人心の靈、太陽の如く然り。
但だ克伐怨欲、雲霧四塞せば、此の靈烏くに在る。
故に意を誠にする工夫は、雲霧を掃うて白日を仰ぐより先きなるは莫し。
凡そ學を爲すの要は、此よりして基を起す。
故に曰ふ、誠は物の終始と。
八九 胸次清快、則人事百艱亦不阻。
胸次清快なれば、則ち人事百艱亦阻せず。
九〇 人心之靈、主於氣。
氣體之充也。
凡爲事、以氣爲先導、則擧體無失措。
技能工藝、亦皆如此。
人心の靈は、氣を主とす。
氣は體に之れ充つるものなり。
凡そ事を爲すに、氣を以て先導と爲さば、則ち擧體失措無し。
技能工藝も、亦皆此の如し。
九一 靈光無障碍、則氣乃流動不餒、四體覺輕。
靈光障碍無くば、則ち氣乃ち流動して餒ゑず、四體輕きを覺えん。
九二 英氣是天地精英之氣。
聖人薀之於内、不肯露諸外。
賢者則時時露之。
自餘豪傑之士、全然露之。
若夫絶無此氣者、爲鄙夫小人、碌碌不足算者爾。
英氣は是れ天地精英の氣なり。
聖人は之を内に薀めて、肯て諸を外に露はさず。
賢者は則ち時時之を露はす。
自餘豪傑の士は、全然之を露はす。
夫の絶えて此氣なき者の若きは、鄙夫小人と爲す、碌碌として算ふるに足らざるもののみ。
九三 人須著忙裏占間、苦中存樂工夫。
人は須らく忙裏に間を占め、苦中に樂を存ずる工夫を著くべし。
南洲岩崎谷洞中に居る。
砲丸雨の如く、洞口を出づる能はず。
詩あり云ふ「百戰無功半歳間、首邱幸得返家山。笑儂向死如仙客。盡日洞中棋響間」(編者曰、此詩、長州ノ人杉孫七郎ノ作ナリ、南洲翁ノ作ト稱スルハ誤ル)謂はゆる忙中に間を占むる者なり。
然れども亦以て其の戰志無きを知るべし。
余句あり、云ふ「可見南洲無戰志。砲丸雨裡間牽犬」と、是れ實録なり。
九四 凡區處人事、當先慮其結局處、而後下手。
無楫之舟勿行、無的之箭勿發。
凡そ人事を區處するには、當さに先づ其の結局の處を慮かりて、後に手を下すべし。
楫無きの舟は行る勿れ、的無きの箭は發つ勿れ。
九五 朝而不食、則晝而饑。
少而不學、則壯而惑。
饑者猶可忍、惑者不可奈何。
朝にして食はずば、晝にして饑う。
少うして學ばずば、壯にして惑ふ。
饑うるは猶忍ぶ可し、惑ふは奈何ともす可からず。
九六 今日之貧賤不能素行、乃他日之富貴、必驕泰。
今日之富貴不能素行、乃他日之患難、必狼狽。
今日の貧賤に素行する能はずば、乃ち他日の富貴に、必ず驕泰ならん。
今日の富貴に素行する能はずんば、乃ち他日の患難に、必ず狼狽せん。
南洲、顯職に居り勳功を負ふと雖、身極めて質素なり。
朝廷賜ふ所の賞典二千石は、悉く私學校の費に充つ。
貧困なる者あれば、嚢を傾けて之を賑ふ。
其の自ら視ること※然として、微賤の時の如し。
九七 雅事多是虚、勿謂之雅而耽之。
俗事却是實、勿謂之俗而忽之。
雅事多くは是れ虚なり、之を雅と謂うて之に耽ること勿れ。
俗事却て是れ實なり、之を俗と謂うて之を忽にすること勿れ。
九八 歴代帝王、除唐虞外、無眞禪讓。
商周已下、秦漢至於今、凡二十二史、皆以武開國、以文治之。
因知、武猶質、文則其毛彩、虎豹犬羊之所以分也。
今之文士、其可忘武事乎。
歴代の帝王、唐虞を除く外、眞の禪讓なし。
商周已下秦漢より今に至るまで、凡そ二十二史、皆武を以て國を開き、文を以て之を治む。
因つて知る、武は猶質のごとく、文は則ち其の毛彩にして、虎豹犬羊の分るゝ所以なるを。
今の文士、其れ武事を忘る可けんや。
九九 遠方試歩者、往往舍正路、※捷徑、或繆入林※、可嗤也。
人事多類此。
特記之。
遠方に歩を試むる者、往往にして正路を舍て、捷徑に※り、或は繆つて林※に入る、嗤ふ可きなり。
人事多く此に類す。
特に之を記す。
一〇〇 智仁勇、人皆謂大徳難企。
然凡爲邑宰者、固爲親民之職。
其察奸慝、矜孤寡、折強梗、即是三徳實事。
宜能就實迹以試之可也。
智仁勇は、人皆大徳企て難しと謂ふ。
然れども凡そ邑宰たる者は、固と親民の職たり。
其の奸慝を察し、孤寡を矜み、強梗を折くは、即ち是れ三徳の實事なり。
宜しく能く實迹に就いて以て之を試みて可なるべし。
一〇一 身有老少、而心無老少。
氣有老少、而理無老少。
須能執無老少之心、以體無老少之理。
身に老少有りて、心に老少無し。
氣に老少有りて、理に老少無し。
須らく能く老少無きの心を執つて、以て老少無きの理を體すべし。
幕府南洲に禍せんと欲す。
藩侯之を患へ、南洲を大島に竄す。
南洲貶竄せらるゝこと前後數年なり、而て身益壯に、氣益旺に、讀書是より大に進むと云ふ。
第 1 章/1