その一部分を溶かす。そして空気と湿り気の作用を受けて作られた銅の酸化物をよく掃除していない銅の容器の中で調理された食べ物を摂取することによって生命のかかわる例にあまりにも数多く出会っている。
第 2 章
銅の容器を使う人たちの許すことができない不注意は一度に沢山の人たちに作用して死者を産んでいる。
医学雑誌はこの上に更に強調することを必要とする、この主張を支持する多数の例を与えている。
銅の有害な性質についての論文を書いたシーリー氏は次のような観察をしている。
「我々の食物は台所で銅の鍋や皿を使うことによって毒としての性質を得ている。醸造者は銅容器で煮ることによってビールの中に毒を混ぜている。砂糖焼料理人は銅鍋を使っている。菓子料理人は銅の流し型の中でタートを焼いている。油業者(oilman)は銅または真鍮の容器でピックルスを煮ていて、酢は銅に作用して大量の緑青ができる。
「結局のところ、1つ1つの毒の量は少なく致死的ではないが、毎食に摂取していたら一般に了解しているよりももっと致死的な効果があるだろう。成分が異なった少量の物質が異なった作用をすると人体に強力に作用するだろう。」「銅容器を使うのに伴なう危険についての真剣な考え」の著者は我々の食べ物と一緒に気がつかないで胃が受け取った悪性の物質の有毒な効果は数多くの一連の病気を起こすことを主張している。
ジョンソン博士はキュクロプス・フリゲート艦に載って清潔でない銅器具で調理した食物を食べた結果として中毒した3人の男子の悲しい惨害について述べている。
そしてこれらの他に33人が同じ原因で病気になった。
次の例は医学博士ジョージ・ベイカー卿が話したものである。
「ある紳士の家で作ったあるリンゴ酒があまりにも酸っぱいので縁が鉛で覆われている醸造容器の中で蜂蜜の一緒に熱した。この酒を呑んだものは強さは違うがすべて腸の疝痛に襲われた。召使の1人はすぐに痙攣を起こして死亡した。何人かは長期間にわたって激しく苦しんだ。とくに家族の長は医術ができる限りの治療を受けたが健康は戻らず、ほとんど3年のあいだ最も長ったらしく治らない病気の後に哀れにも死亡した。」 すべての銅製の料理器具を非の打ち所がないように充分に世話をし注意を払って保持することはできない。
しばしば錫を被せ、完全に綺麗にして、テーブルの準備のために完全に必要ない情に食物を中に残さないようにしなければならない。
しかしその悪い効果を確かに避ける方法は台所から銅の器具を完全に追放することである。
この問題についての次のような料理人への有益な忠告が優れた料理書の著者によって書かれている。
「シチュー・パンとスープ鍋は使うたびに検査しなければならない。これらの鍋およびそれらの蓋は完全に清潔であり、内部だけでなく外側も数インチほど良く錫を被せてなければならない。修理しないことによって大きな災いの起きることがある。そして上手に錫を被せないと貴方の仕事はすべて無駄になる。だし汁やスープは緑色になり汚くなり、苦くなり毒になり、目にとっても舌にとっても悪くなり、貴方の信用が無くなる。一家の健康や更には生命がこのことに依存する。主人が医師の謝礼よりも錫職人の伝票の方を好むことは料理人にとって確かであろう。
スウェーデンの上院は1753年に銅容器の使用を禁止し、海軍および陸軍で鉄製品を除いては使わないように命令した。
鉛容器で有毒になった食物およびその検出法
家事で使う種々の食物は鉛で汚染している可能性が多い。
クリーム色の普通の陶器の釉薬は酸化鉛を含んでいることがあり酢や塩類の作用を受けやすい。
従ってこの種の陶器のジャーやつぼは果物ジェリー、マーマレード、その他の同様な砂糖煮を入れるには全く適していない。
ピックルズはどんな場合にもクリーム色の釉薬がかかった陶器に入れて置くべきではない。
この国のある部分で今でもバターやチーズの加工に使うミルクを鉛の容器に入れ習慣があるのは不適当なことである。
「ランカシャー(イングランドの北西部)で酪農製品は鉛で作ったミルク・パンで供給される。このことは危険であるとパークス氏が忠告したときに、鉛のミルク・パンはどのような種類の容器よりもクリームをよく押し上げるとの返事があった。
「イングランド北部のあるところで、旅館の支配人は大きな木のボールの中で12から14ポンドの鉛の球を転がしてミント(ハッカ)・サラダを砕き押しつぶすのを習慣にしていた。この作業でミントは切れ鉛はこの重い装置が回るに従って磨り減って外れる。この同じ国で底が銅であり全部の側面は鉛の発酵・銅容器が製作されるのは通常のことである。」 クリーム色の陶器で果物タルトを焼いたり、肉を鉛の鍋で塩漬けにしたり保存するのは、同じように反対すべきことである。
遊離の植物の酸を含むすべての種類の食物、または塩を含む産物は鉛が成分として入った釉薬で被われた食器を襲う。
りんご酒を作る地方で果物を潰すのにつかわれる圧縮機の鉛の床は計り知れない災難を起こす。
鉛が錫と結合しえいたらこのような結果は起きない。
錫は酸化されやすいので鉛が溶けるのを防ぐ。
鉛と銅が知らないうちに人体に入る経路を考えると、非常に共通ではあるが危険なことが判る。
すなわち、子供の楽しみのための玩具の有毒な物質たとえば鉛丹や緑青による色付けである。
子供はすべてのもの、特に彼らにとって楽しいものを、口に入れる傾向がある。
従って有毒な色素によって玩具を塗るのは中止すべきである。
このような毒物による塗装は実際に何の役にも立たず、激しく非難されるべきである。
表紙:蜘蛛の巣の周りに蛇がのたうち、 蜘蛛は獲物を押さえ、 上には頭蓋骨と2本の交差した 骨がある。
題辞:第2版(1820)のタイトルページ 「鍋には死の毒が入っている」 列王紀下4:40(新共同訳) "THEREISDEATHINTHEPOT." (2Kings4:40)
訳者解説
混ぜ物処理の告発者
食品などに価値の低い物を混ぜて価値を下げることを英語ではsophisticationまたはadultationと呼んでいる。
決定的な訳語が無いので「混ぜ物処理」と自己流に訳すことにした。
混ぜ物には健康に有害なものも少なくなかった。
工業化および経済の自由化が盛んであった18-19世紀の英国および20世紀初頭のアメリカにおいてこのような悪習は特に顕著であった。
英国でこの告発を行った1人は小説家、詩人、外科医のスモレット(1721-1771)であった。
専門家として告発したのは、英国の化学者アークム(1769-1838)、英国の医師で顕微鏡生物学者のハッサル(1817-1894)、およびアメリカの化学者で米国食品医薬品局初代局長のワイリー(1844-1930)は著名である。
彼ら3人の本は専門書であったにもかかわらず多くの人たちによって読まれ、混ぜ物処理の問題が注目されるようになった。
検査技術は向上して鉛糖などのように毒物と判るものを入れることは殆どなくなった。
しかしご存知のように食品についての違反はあとを絶たず、食品製造業が国際的な大企業になるにつれて「混ぜ物処理」は巧みになり、添加物の種類および数はむしろ増えて対処はさらに困難になった。
この問題についての優れた解説としてビー・ウィルソンの「食品偽装の歴史」(白水社:2009)がある。
人物についてフレデリック・アークムはハノーヴァー市の近くの石鹸製造業者の子として生まれた。
父親はユダヤ系、母親はフランスのユーグノー亡命者であり、父親はキリスト教に改宗してAccumと改姓した。
ユダヤ教でないことを意味するヘブライ語だそうである。
フレデリックは薬局の徒弟になり、薬局主の紹介で1793年にロンドンに行きハノーヴァー朝イギリス王御用達の薬局に勤務するようになった。
この頃の薬局は化学実験室として重要であり、彼は化学を勉強し、市内に自分の分析化学実験室および化学実験装置製作場を作った。
さらにロイアル・ソサエティ所長デイヴィーの実験助手になるとともに、サリー研究所の教授になった。
彼の弟子からはアメリカの大学教授が多く生まれた。
「理論および応用化学の体系」、「化学の楽しみ」は教科書およびアマチュアのための実験書として評判が高かった。
彼は実業家としての才能も持ち、「ガス灯およびコークス特許会社」の経営者として議会から独占権を獲得し、ロンドンの街路を明るくした。
彼を最も有名にしたのは次に述べる食物の混ぜ物処理の告発である。
この得意の絶頂のときに彼はロイアル・ソサエティの蔵書の数ページを破った嫌疑で告訴され、ドイツに帰らざるを得なくなった。
ウィキペディアのFriedrichAccum参照。
作品について
「食品の混ぜ物処理および調理の毒物」(1820)は数多いアークムの著書のうちの主著と言うことができる。
食品・薬品の「混ぜ物処理」を学問的に告発した世界の最初の本である。
彼は化学分析の私立試験所を開業して英国における混ぜ物処理による詐欺がひどいことを知り、この本を出版した。
この本はこのような行為の概観に始まり、ワイン、パン、ビール、茶などへの混ぜ物の現状、違反者の住所・氏名から混ぜ物の検出法に至るまでを詳しく記載している。
「化学の楽しみ」の著者だけあって検出法、定量法は素人でも行えるように書かれている。
この本は混ぜ物処理の告発書であるだけではなく、当時の食品製造学、食品学、化学分析学の状態を記録している貴重な文献である。
分析法の記載を読むと、1798年のラヴォアジエによる化学革命や1802年のドルトンによる原子説提唱が短期間のうちに庶民の実際の生活にいかに関係したかを知ることができる。
英国の化学史家コウリーはアークムおよびハッサルについて優れた紹介を行っている。
徒然なるままに 読み始めたときにsophisticationおよびadulterationの意味が判らなかった。
英和辞書によっては前者を「(高度の)知的[都会的]素養[洗練]」とは書いてあるが「改悪」の意味は書いてなかった。
adulterationはadultery(姦通)と関係はない。
調べようかと思ったところ、大嶋浩さんの論文の「不純物混和文化史序説(1)(2)(3)」が見つかった。
よく説明されている。
初期に不純物混和を告発したスモレットの「ハンフリー・クリンカー」も大嶋さんの論文に判りやすく紹介されている。
アークムの本の内容は立派で、2世紀も前のものと思えないくらいである。
しかし銅中毒の危険性を鉛と同じかそれ以上と考えているのが気になった。
銅の毒性は鉛とは比較できないほど低いと考えられている。
しかし、逆に日本のネットは銅が無害であることを強調し過ぎているように感じた。
銅鉱山公害があったし緑青にたいする恐怖心が日本では強かったので、関係業界として無害であると強調したいのであろう。
欧米では銅が無害であるとこれほど強調してはいないようである。
銅が無害である主張の根拠として、毒性が弱い、生体の必須元素であり、サプリメントにも入っている、とか銅鍋による事故が無い(実際には起きているようである)、などが挙げられている。
しかし鉄を考えてみよう。
毒性は弱いし、必須元素であるが、サプリメントや鉄剤の取り過ぎ、鉄鍋の使用、鉄分の多い赤ワインやビールの飲酒、などを原因とする鉄蓄積症が知られている。
従って鉄といえども無害ではあり得ない。
銅についても簡単に無害とは主張しないことが望ましい。
嘗てミョウバンは18-19世紀のイギリスで製パンへの使用が大問題であったが、現在ではいろいろな目的で広範囲に使われている。
日本でも古くから使われていて、スーパーなどで自由に買うことができ、家庭において漬物、煮物などに使われている。
しかし、ミョウバンはアルミニウムの複塩なので、アルツハイマー病と関係があるかも知れない。