第十四囘
第 14 章
福嶋驛はもと關所ありて山村甚兵衞これを固め鐵砲と女を嚴しく改めしといふ昔から女と鐵砲は兎角わざをする物と見えたり成程此宿は繁花にて家數も多く作りて立派なり晝前なるに料理屋に三味線の音ありさだめて木曾の歌の古雅なるならんと立寄れば意氣がりて爪彈で春雨いらぬ事ながら何やら憎く思はれぬ道中筋の繁花な所といふと得て生意氣な風が吹て可厭な臭がしたがる者なり賢くも昨夜の宿を藪原にとりし事よと獨り思ふ此には通運會社あれば持重りの手荷物を東京へ送らんと荷拵へして頼めば目方を量るも賃銀を定むるも掛りの男居ずして知れがたし先拂ひにして下されよとの事にそれにて頼みしが此等より東京へ出すには一旦松本まで持ちかへるゆゑ日數十四五日は掛るといふ果して東京へは二十日目に屆きたり雨は上りたれど昨日よりの降に道は惡し宿の中ほどに橋ありこれを渡り終らんとする末の一足後を向いて冗を云ながら左を踏み出すと橋板より土は一寸ばかり低くガクリと落せしが鳥居嶺のドツコイ此に打て出で俄に足痛みて歩きがたし左れども乘るべき車はなし橋際に立徃生もならず傘と痩我慢を杖にして顏を皺めて歩く此時の体相諸君にお目にかけずに仕合せサ惡い時にはいけない事が續くもので福嶋から二里ばかりの道は木曾とは思はれぬ只の田甫の泥濘にて下駄の齒は泥に吸ひつかれて運ぶに重く傘の先は深くはまりて拔くに力が入る程ゆゑ痛みはいよ/\強く人々に後れて泣たい苦しみ梅花道人さすがに見捨がたくや立戻りて勢ひをつけるに外見を捨てその蝙蝠傘を借り遂に兩杖となりたるぞ憐なる道は捗取ねど時が經てば腹は※りてまた苦を重ぬるを道人勇みをつけて一軒の茶店ある所まで連れ行き此にて待たれよ我は先へ行きて車を見つけ迎ひによこすべければと頼もしく云るれどたつきも知らぬ山中に一人殘されては車を待つ間の心細さいかならんナニ是式と力足を踏めば倒るゝばかりの痛み歩き自慢の中下駄も此時ばかりは弱り入りそろり/\とまた出かけしが頓て山川の景色凡ならぬ所に出たり問はねど知るゝ木曾の棧橋これ此行第一の處ハテ絶景やと勇みつきて進めば川に臨みて作りかけたる茶屋の店に腰打掛け太華露伴大得意に酒を飮み居たり人の苦みも知らず顏にと怨めば先へ來たは御座所をしつらへる爲めに先づ一杯ナント此景色はと云はれて何も打忘れ山を見ては褒めて一杯川を見ては褒めて一杯岩が妙だ一杯水が不思議だ一杯と景色を下物に飮むほどに空腹ではあり大醉となり是から一里や二里何の譯はない足が痛ければ轉げても行く此さへ此の絶景だものかねて音に聞き繪で惚れて居る寐覺の臨川寺はどんなで有らう足が痛んで行倒になるとも此の勝地に葬られゝば本望だ出かけやう/\と酒が云する付元氣上松から車をよこすから爰に待なと云ふを聞かず亭主大きに世話であつたなと大勇みで飛び出しは出たものゝ痛みは先より尚強し一丁行きては立止り景色を褒めてはまた休む醉は苦しみに消されて早く醒め今は跡の茶屋へも戻れず先へも行かれず氣の毒な事を見てお痛足やと云ふ事は此時よりや始りけん