第十八囘
第 18 章
中津川は美濃の國なり國境は馬籠と落合の間の十石峠といふ所なり國かはれば風俗も異なりて木曾道中淳朴の風は木曾川の流と共にはなれてやゝ淫猥の臭氣あり言語も岐阜と名古屋半交となり姿形も見よげになれり氣候も山を離れて大に暖かみを覺ふ昨日車中より見たる畑の麥はわづかに穗を出したるのみなりしが今日馬上に見れば風に波寄る程に伸びたり山を出たる目には何事も都めくに特に此の橋力といふは中山道第一といふべき評判の上旅籠屋にて座敷も廣く取扱ひも屆き酒もよく肴もよし近年料理屋より今の業に轉じ專心一意の勉強に斯く繁昌をなすなりといふ昨夜は醉にまぎれたれば何ともなかりしが今宵は梅花子と兩人相對して燈火も暗きやうに覺え盃をさすにも淋しく話も途絶勝なれば梅花道人忽ち大勇猛心を振り起しイザヤ他の酒樓に上りて此の憂悶を散ずべし豫て此にて大盛宴を開く積ならずや我輩勞れたりと云へどよく露伴太華の代理として三人分を飮むべしと云ふこれに勵されて何樓とかへ上り歌妓ありと聞て木曾の唄をたしかに聞ざるも殘念なればと夫を呼びて謠はすに名古屋の者なれば正眞の木曾調子にはゆかずと謙遜して偖唄ふ其唄
木曾のナア木曾の御嶽山は夏でも寒い袷やりたや袷やりたや足袋添へて木曾のナア木曾の御山はお月を抱きやる私も抱たや私も抱たやお十七を
隨分無骨なる調子にて始はフト吹出すやうなれど嶮しき山坂峠をば上り下りに唄ふものなれば濁たる節も無理ならず其文句に至りては率直にして深切ありのまゝにして興あり始の歌木曾の山の寒を案じ夏とて谷間に雪あるに郎は單衣にて上られぬ梢の雫巖の滴り何とてそれにて凌がれん袷を贈りまゐらせたやとの情彼の孤閨を守る婦が夫が遠征の先へ新衣を裁て送んとし思ば定て勞に痩せ昔の腰圍にはあるまじと衣を裁んとして躊躇するにも似たり而してこれは丁寧尚ほ足袋に及ぶ爪先までも心の屆きし事といふべし又次の歌は想ふ人を月に寄せたるにて木曾の山月を抱くの語は彼の杜工部が四更山吐月と詠じたると異意同調ともいふべきなり其の謠ふ間の拍子取りにはトコセイ。
ヨイサといふ實に麓より見上げて胸を衝くばかりの鳥居峠など上らんに右の手の竹杖に岩角を突き斯く唄はゞ其の勞を忘るゝ事もあるべし我輩越後に赴きしとき米山を越えて後に新潟にて米山節を聞しが其の音節調子重を負ふて米山を越るによく適ひたり拍子詞にソイ/\といふは嶮しけれども高からぬゴロタ石の坂を登るを見るが如し所によりて囃し詞の斯く變るは面白し此の外かにいろ/\歌あれど今作り添へたるものにて卑俗聽くに堪ず諸國風俗唄の古きにはよきが多し是等取調べて惡きは捨てよきを殘さば假名の詩經が出來やうも知れず一話一言の中なりしが諸國の唄を集め出せしうちに遠州邊の唄とて魚は水に住む鳥は木にとまる人は情の下に住むといふがありしと覺ゆ「鴨ぞ鳴くなる川よどにして」の古歌に心は同じにして只俗なるのみ俗なるゆゑ人に通ず俚歌は輕んずべきものにあらずと昨夜に懲りて此夜は眞面目なり