第五囘
第 5 章
鹽灘にて早けれど晝餉したゝむ空暗く雲重ければいさゝか雨を氣遣ふ虚に付け入り車に乘れと勸む八幡の先に瓜生峠とてあり其麓までと極めて四挺の車を走らす此邊の車には眞棒に金輪をつけ走るとき鳴り響きて人を避けさするやうにして有り四挺の車に八の金輪リン/\カチヤ/\硝子屋が夕立に急ぐやうなり鹽灘の宿を出はづれの阪道に瀧あり明神の杜心地も清しく茂りたり瀧の流に水車を仕掛流の末には杜若など咲き躑躅盛りなりわづかの處なれど風景よし笠翁の詩に山民習得て一身慵し間に茅龕に臥し倦て松に倚る却て辛勤を把て澗水に貽る曉夜を分たず人に代つて舂くとあるも此等のおもかげかしばしと立寄りたれど車なれば用捨なく駈け下る下れば即ち筑摩川にて水淺けれど勇ましく清く流れて川巾は隅田川ほどあり船橋掛る半渡りて四方を見れば山々雨を含みて雲暗く水の響き凄じ斯る折名乘りも出よ時鳥驀地馬乘り入れん夏の川筑摩川春ゆく水はすみにけり消て幾日の峯の白雪とは順徳院の御製とか大なる石の上にて女衣を濯ふ波に捲き取れずやと氣遣る向の岸の方に此川へ流れ入る流に水車を仕掛あり其下はよどみて水深げに青みたるに鵞鳥の四五羽遊ぶさながら繪なり八幡を過ぎ金山阪下にて車は止る瓜生峠を越ゆるに四歳ばかりの女子父に手を引かれて峠を下る身はならはしの者なるかな角摩川といふを渡りて望月の宿に入るよき家並にていづれも金持らし此は望月の駒と歌にも詠まるゝ牧の有し所にて宿の名も今は本牧と記しあり。
宿を通して市の中に清き流れありてこれを飮用にも洗ひ物にも使ふごとし水切にて五六丁も遠き井戸に汲に出る者これを見ばいかに羨しからん是より雁とり峠といふを越ゆ峠らしくなく眺望よき阪なりいばら阪といふとか道々清き流を手に掬びては咽喉を濕す人々戯れて休まんとする時には「ドウダ一杯やらうか」といふ此の一杯やらうが一丁ごとぐらゐになると餘程勞れたるなり蘆田の宿より先に未だ峠あり石荒阪といふ名の如く石荒の急阪にて今までのうち第一等の難所なり阪の上へ到れば平なる所半丁ほどありて草がくれの水手に掬ぶほども流れず下りて一丁ほど行けば此の水山の滴りを合せて小流れとなる下るまた一二丁流は石に觸れて音あり又下る三四丁流れは岩に激して雪を散らす下ること又四五丁川となりて水聲雷の如し坂を下り終れば川巾廣く穩かに流れて左右の岸には山吹咲き亂れ鳥うたひ魚躍るはじめは道端のヒヨロ/\流れ末は四面の田地に灌ぐ河となる岩間洩る滴りも合する時は斯の如し小善とて嫌ふなかれ積めば則ち大善人小惡とて許なかれ積めば即ち大惡人富は屋を潤し徳は身を潤す富は少しき費を省き少しき利を集めたるなり集りて富となれば屋を潤すばかりでなく人を潤し業を興す流れの及ぶところ皆な潤す徳は少しの善行を重ねたるなり其功徳身を潤すに止まらず人をして知ず/\の間に善に導き逢ふ所觸るゝところ皆な徳に潤はざるなし學問もまた斯の如し今日一事を知り明日また一事を知る集りて大知識大學者とはなるなり現に今ま此の水を見る自ら省みて感深し草を藉いてしばらく川に對す