その一つ一つの顏附にもどつと笑ひ轉けるのであつた。それもその筈で、彼等の目にはこれが奇蹟とも云へるほど百藝に長じた人と映つたに違ひないのである。彼はパンチとジューデイの人形芝居の眞似が出來た。自分の片手でお婆さんを拵へることができた、これには燒けたコルク栓とポケット用ハンケチとを利用した。オレンヂをおどけた恰好に切つて、若い連中を抱腹絶倒させることが出來た。
第 2 章
わたしはざつとではあるが此の人物の身の上話をフランク・ブレイスブリッジから聞かされた。
彼はいつまでも獨身でゐて、僅かながらも自活できるほどの收入があり、それを心がけて遣へば不自由なしに暮してゆけるのだつた。
彼は血縁つづきの間を、まるで氣まぐれな彗星の軌道を運行するのと同じやうに、あちらの引つかかりから今度はそつぽの遠いつながりの處とわたり歩いてゐた。
之は親戚の澤山ある併し財産の少ししかない紳士がイギリスではよくやることであつた。
彼は口の輕い陽氣な性質で、いつも現在の瞬間を享樂した。
そして始終居所を變へ附合ふ相手が變るので、獨身の老人には無慈悲に取りつくあの錆ついた融通の利かない習癖に煩はされずに濟んでゐた。
彼に訊けば一族の年代記はすべて判明し、ブレイスブリッジ一家全族の系譜、歴史、婚姻關係に精通してゐるので、彼は老人の間で非常に氣に入られた。
彼はまた老夫人や老い朽ちた老孃達の間では伊達者で通り、普通寧ろ若い人と見做される例であつた、そして子供仲間ではクリスマス祝祭の取持役であつた。
かうしたわけで、これ以上人氣のある人物はサイモン・ブレイスブリッジ氏の出沒する圈内には他にゐなかつた。
近年は殆ど全く老主人の邸に寄寓して執事のやうな役を勤め、わけて家長とは昔語りで馬を合せて氣に入られ、また時時に應じて昔の唄の一くさりを吹いて喜ばれた。
わたし達は間もなく、この最後に述べた藝の見本に接することが出來た、と云ふのは、食事が片附けられて、香をつけた葡萄酒とかその他季節向きの飮料が運ばれて來ると早速、マースター・サイモンに昔のクリスマスの歌を一つと所望されたのである。
一寸の間考へてから、目を輝かせ、惡くない聲で――ただ時々裏聲になつて、裂けた蘆笛のやうな音をだした――古風な小唄を一曲聞かせた。
「クリスマスが來たよ、 太鼓鳴らせうよ、 隣近所を呼び集め、 顏がそろたら、 御馳走祝うて、 風もあらしも寄せつけまいぞ……云々」
晩食のお蔭で誰も彼も陽氣になつてゐた、で、老竪琴師が召使部屋から呼びだされて來た、彼は一晩中そこで絃をぶるんぶるん鳴し續けてゐたのであつた。
この男はどう見ても、地主家手製のビールをきこしめして愉快になつてゐた。
彼は此の邸の謂はば居候で、世間體だけは村の住民だが、地主樣の臺所にゐる方が多いと云ふことである。
それと云ふのも老主人が「廣間に響く竪琴」の音を喜んだからであつた。
舞踏は晩餐後の例として、浮き浮きした氣分が漲つてゐた。
年寄連中のうちからも加つたりして、老主人までが或相手と組んで幾組かの踊手たちを顏色なからしめた。
老主人自らの言葉によれば、その相手とは殆ど半世紀近くもの間、クリスマスの度ごとに踊つたのだと云ふ。
マースター・サイモンは前の時代と今の時代を繋ぐ連鎖と思はれ、それと共に身についた藝ごとの味ひに少し古臭いところがあつたが、したたかに踊が自慢で、ヒール・アンド・トウやリガドゥーンやその他昔風の足の踏み方で信用をえようと努めてゐた。
ところが運惡く組んだ相手が寄宿學校の小さなお轉婆娘で、彼女の元氣がよすぎるため彼は絶えず油斷ができないで、優美に踊らうと云ふ彼の眞面目な試みも挫かれてしまつた。
かうした不似合な相手と結びつくことは老年紳士が不幸にしてよく見る例である。
若いオックスフォードの大學生は、未婚の叔母の一人を舞踏に誘ひ出したが此のやんちや者は彼女にあれやこれやありつたけの小さな惡戲をしながら、平氣な顏ですましてゐた。
彼は實に冗談が上手で、叔母や從姉妹たちを揶揄つて苛めては面白がつてゐた。
でも、凡て向う見ずな若者同樣、異性の間ではみんなに好かれた。
尚また一番興味を惹いた一組は若い士官と、老主人に後見されてゐる、花も恥ぢらふ十七の少女であつた。
その宵のうちにわたしの氣づいたことであるが、幾度となく羞ぢらひ勝ちに見交はした瞳からして、二人の間に優しい思ひが芽ぐみつつあるのではないかと思はれた。
たしかにまたその若い軍人はロマンティックな少女を擒にする勇士に相應はしかつた。
彼は背が高く、すらりとした好男子で、また近年多くのイギリス士官の例に洩れず、色々と細かな身嗜みを大陸で見習つてゐて、フランス語とイタリ語が話せる、風景畫が描ける、歌も相當に歌へる、舞踏となると神技に達してゐると云ふわけであつた。
併し何よりも彼はウォータルーで名譽の負傷をしたのである。
十七歳の少女で、詩や傳奇小説を愛讀してゐるものが、なんでう以て此の武勇と練達の鑑に楯をつくことができようか。
舞踏が終るや否や士官はギターを手にとつて、昔ながらの大理石づくりの爐に凭れながら、それと意識してやつてゐるのではないかと疑はせるやうな身構へで、フランス語でトルバドゥアの小曲を歌ひ始めた。
すると老主人は之に故障を申出でて、クリスマス・イーヴにはわが榮あるイギリスのものの外はいけないといましめた。
それを聞くと此の若い吟詠詩人は、しばし瞳を上げて記憶を辿るやうな樣子をしてゐたが別の曲を奏で始めた、そして慇懃な魅惑を含んだ姿態で、ヘリックの『ジューリアに贈る小夜曲』を歌ひ出たのであつた。
螢の眼 君もちて、流るる星の從はば、 小人のむれも 小さき目ひからし火花と照りて、君をまもらん。
君をあざむく 鬼火 なく、蛇、くちなはも あだはせじ、 君行く路は やすらかに怪性のものも 君をあやめじ。
夜のくらやみも さはる なく、月の光は まどろむも、 星の かづ かづ 光を わかち、燭の火の 數かぎりなし。
ジューリアの君よ、きみ想ふ、わが許へ 君來まさば、 白銀のみあし われ迎へて、心のたけを 君にそそがん。
この歌は殊更に、美しいジューリアのために歌はれたものかも知れないし、或ひはさうでないかも知れなかつたが、彼の舞踏の相手はさういふ名であつた。
併し、彼女は確に、そんな意味の含まれてゐることは知らなかつたしるしに、一度も歌手を見ず床の上に瞳を落したままであつた。
なるほど、彼女の顏は美しく紅潮し、その胸は優しく波打つてゐたが、併しそれはみな疑もなく舞踏で身體を動かしたためであつた。
實際、彼女はいかにも無關心で、室咲きの美しい花束をむしつて興を遣り、歌が終つた時には花束は見る影もなく床の上に散らばつてゐた。
一座の者たちはいよいよ別れるとなると、昔の習はし通りに、眞情のこもつた握手を交した。
廣間を通つて、わたしに與へられた室に行く途中、燃えさしのユール・クロッグはなほ消えやらず、物佗しい光を放つてゐた。
若しこれが「亡者も畏れて出歩かぬ」季節でなかつたならわたしは部室をそつと夜半に拔け出して、妖精どもが爐の周圍で躁宴に舞ひ狂つてゐはしまいかと覗き見したい誘惑に從つたかも知れなかつたのである。
わたしの室はこの館の古い部分に當つてゐて、物々しい家具調度類は巨人の時代に造られたものかも知れないのだつた。
室をとりまく鏡板にはぎつしりと彫刻が施され、花模樣と異形の顏が不思議な組合せになつてゐた。
そして一列に並んだ黒ずんだ肖像畫が悲し氣に壁の上からわたしをぢつと見詰めてゐた。
寢臺はどつしりしたダマスク織で、色は褪せてゐたけれど高い帳が附いて居り、張出窓と向ひ合つた壁の窪みに据ゑてあつた。
床に入るか入らぬかに、音樂の調が突然空に、窓のすぐ下の方で起つたやうに思はれた。
耳を欹てて聽くとそれは一隊の樂手が、どこか近隣の村から出て來て、クリスマスの歌を奏するのだと推想された。
彼等は邸館のぐるりを※つて窓々の下で音樂を奏した。
わたしは窓帳を引きあけもつとはつきり聞かうとした。
月の光が窓の上部をとほして射しこんだ、そして古風な部屋の一部分を照した。
樂音は、遠退くに從つてだんだんに柔かく、空に漂ふやうに聞きなされ、あたりの靜寂と月の光とに調和するやうに思はれた。
わたしは、いつまでもいつまでも耳を凝して聞き入つた――樂音は次第にかすかに、遠くなつて行つた。
そしてその音がいつとなく消え去るとともに、わたしの頭は深く枕に沈み、そして睡りこけてしまつた。