芋粥

1/1

全文

第 1 章
(数字すうじは、JISX0213の面めん区点くてん番号ばんごうまたはUnicode、底本ていほんのページぺーじと行数ぎょうすう)
元慶がんぎょうの末すえか、仁和にんなの始はじめにあつた話はなしであらう。
どちらにしても時代じだいはさして、この話はなしに大事だいじな役やくを、勤めつとめてゐない。
読者どくしゃは唯ただ、平安へいあん朝あさと云ふいふ、遠いとおい昔むかしが背景はいけいになつてゐると云ふいふ事ことを、知ちつてさへゐてくれれば、よいのである。
――その頃ころ、摂政せっしょう藤原ふじわら基経もとつねに仕へつかへてゐる侍さむらいの中なかに、某ぼうと云ふいふ五位ごいがあつた。
これも、某ぼうと書かかかずに、何なんの誰だれと、ちやんと姓名せいめいを明あきらにしたいのであるが、生憎あいにく旧記きゅうきには、それが伝つてはつてゐない。
恐らくおそらくは、実際じっさい、伝つてはる資格しかくがない程ほど、平凡へいぼんな男おとこだつたのであらう。
一体いったい旧記きゅうきの著者ちょしゃなどと云ふいふ者ものは、平凡へいぼんな人間にんげんや話はなしに、余りあまり興味きょうみを持たもたなかつたらしい。
この点てんで、彼かれ等とうと、日本にっぽんの自然しぜん派はの作家さっかとは、大おお分ちわかちがふ。
王朝おうちょう時代じだいの小説家しょうせつかは、存外ぞんがい、閑人ひまじんでない。
――兎に角とにかく、摂政せっしょう藤原ふじわら基経もとつねに仕へつかへてゐる侍さむらいの中なかに、某ぼうと云ふいふ五位ごいがあつた。
これが、この話はなしの主人公しゅじんこうである。
五位ごいは、風采ふうさいの甚じん揚らあがらない男おとこであつた。
第一だいいち背せが低いひくい。
それから赤鼻あかはなで、眼尻めじりが下したつてゐる。
口髭くちひげは勿論もちろん薄いうすい。
頬ほおが、こけてゐるから、頤おとがいが、人並ひとなみはづれて、細くほそく見えるみえる。
唇くちびるは――一々いちいち、数すうへ立てたててゐれば、際限さいげんはない。
我われ五ご位くらいの外貌がいぼうはそれ程ほど、非凡ひぼんに、だらしなく、出来でき上うえつてゐたのである。
この男おとこが、何時なんじ、どうして、基経もとつねに仕へつかへるやうになつたのか、それは誰だれも知ちつてゐない。
が、余程よほど以前いぜんから、同じおなじやうな色いろの褪めさめた水干すいかんに、同じおなじやうな萎々いした烏帽子えぼしをかけて、同じおなじやうな役目やくめを、飽きあきずに、毎日まいにち、繰返しくりかえしてゐる事ことだけは、確かくである。
その結果けっかであらう、今いまでは、誰だれが見みても、この男おとこに若いわかい時じがあつたとは思はおもうはれない。
(五位ごいは四十よんじゅうを越しこしてゐた。
)その代りかわり、生れうまれた時じから、あの通りとおり寒かんむさうな赤鼻あかはなと、形かたちばかりの口髭くちひげとを、朱雀すざく大路おおじの衢風に、吹かふかせてゐたと云ふいふ気きがする。
上うえは主人しゅじんの基経もとつねから、下したは牛飼うしかいの童児どうじまで、無意識むいしきながら、悉しつさう信じしんじて疑ふうたがふ者ものがない。
かう云ふいふ風采ふうさいを具へぐへた男おとこが、周囲しゅういから受けるうける待遇たいぐうは、恐らくおそらく書くかくまでもないことであらう。
侍所さむらいどころにゐる連中れんちゅうは、五位ごいに対したいして、殆どほとんど蠅はえ程ほどの注意ちゅういも払はらいはない。
有位ゆうい無位むい、併せあわせて二に十人じゅうにんに近いちかい下役したやくさへ、彼かれの出入りでいりには、不思議ふしぎな位くらい、冷淡れいたんを極めてきわめてゐる。
五位ごいが何なんか云ひいひつけても、決してけっして彼かれ等とう同志どうしの雑談ざつだんをやめた事ことはない。
彼かれ等とうにとつては、空気くうきの存在そんざいが見えみえないやうに、五位ごいの存在そんざいも、眼めを遮らさえぎらないのであらう。
下役したやくでさへさうだとすれば、別当べっとうとか、侍所さむらいどころの司つかさとか云ふいふ上役うわやくたちが頭あたまから彼かれを相手あいてにしないのは、寧ろむしろ自然しぜんの数すうである。
彼かれ等とうは、五位ごいに対するたいすると、殆どほとんど、子供こどもらしい無意味むいみな悪意あくいを、冷然れいぜんとした表情ひょうじょうの後あとに隠しかくして、何なんを云ふいふのでも、手真似てまねだけで用ようを足したした。
人間にんげんに、言語げんごがあるのは、偶然ぐうぜんではない。
従じゅうつて、彼かれ等とうも手真似てまねでは用ようを弁じべんじない事ことが、時々ときどきある。
が、彼かれ等とうは、それを全然ぜんぜん五位ごいの悟性ごせいに、欠陥けっかんがあるからだと、思つおもつてゐるらしい。
そこで彼かれ等とうは用ようが足りたりないと、この男おとこの歪んゆがんだ揉もみ烏帽子えぼしの先さきから、切れきれかかつた藁わら草履ぞうりの尻しりまで、万遍まんべんなく見上げみあげたり、見下しみくだしたりして、それから、鼻はなで哂ひながら、急きゅうに後あとを向いむかいてしまふ。
それでも、五位ごいは、腹はらを立てたてた事ことがない。
彼かれは、一切いっさいの不正ふせいを、不正ふせいとして感じかんじない程ほど、意気地いきちのない、臆病おくびょうな人間にんげんだつたのである。
所ところが、同僚どうりょうの侍さむらいたちになると、進んすすんで、彼かれを飜弄ほんろうしようとした。
年かさとしかさの同僚どうりょうが、彼れあれの振はふるはない風采ふうさいを材料ざいりょうにして、古いふるい洒落しゃれを聞かきかせようとする如くごとく、年下とししたの同僚どうりょうも、亦またそれを機会きかいにして、所謂いわゆる興言こうげん利口りこうの練習れんしゅうをしようとしたからである。
彼かれ等とうは、この五ご位くらいの面前めんぜんで、その鼻はなと口髭くちひげと、烏帽子えぼしと水干すいかんとを、品隲ひんしつして飽きるあきる事ことを知らしらなかつた。
そればかりではない。
彼かれが五六ごろく年ねん前まえに別れわかれたうけ唇くちびるの女房にょうぼうと、その女房にょうぼうと関係かんけいがあつたと云ふいふ酒さけのみの法師ほうしとも、屡しばしば彼かれ等とうの話題わだいになつた。
その上うえ、どうかすると、彼かれ等とうは甚じん、性質せいしつの悪いわるい悪戯いたずらさへする。
それを今いま一々いちいち、列記れっきする事ことは出来できない。
が、彼かれの篠枝しのえだの酒さけを飲んのんで、後あとへ尿にょうを入れいれて置いおいたと云ふいふ事ことを書けかけば、その外そとは凡ぼん、想像そうぞうされる事ことだらうと思ふおもふ。
しかし、五位ごいはこれらの揶揄やゆに対したいして、全然ぜんぜん無感覚むかんかくであつた。
少くすくなくもわき眼わきめには、無感覚むかんかくであるらしく思はおもうはれた。
彼かれは何なんを云はいはれても、顔かおの色いろさへ変へかえた事ことがない。
黙もくつて例れいの薄いうすい口髭くちひげを撫でなでながら、するだけの事ことをしてすましてゐる。
唯ただ、同僚どうりょうの悪戯いたずらが、嵩じこうじすぎて、髷まげに紙切れかみきれをつけたり、太刀たちの鞘さやに草履ぞうりを結びつけむすびつけたりすると、彼かれは笑わらいふのか、泣くなくのか、わからないやうな笑顔えがおをして、「いけぬのう、お身みたちは。」と云ふいふ。
その顔かおを見み、その声こえを聞いきいた者ものは、誰だれでも一時いちじ或あるいぢらしさに打たうたれてしまふ。
(彼かれ等とうにいぢめられるのは、一人ひとり、この赤鼻あかはなの五ご位くらいだけではない、彼かれ等とうの知らしらない誰だれかが――多数たすうの誰だれかが、彼かれの顔かおと声こえとを借りかりて、彼かれ等とうの無情むじょうを責めせめてゐる。
)――さう云ふいふ気きが、朧おぼろげながら、彼かれ等とうの心こころに、一瞬いっしゅんの間ま、しみこんで来るくるからである。
唯ただその時じの心もちこころもちを、何時なんじまでも持もち続けるつづける者ものは甚じん少いすくない。
その少いすくない中なかの一人ひとりに、或ある無位むいの侍さむらいがあつた。
これは丹波たんばの国くにから来きた男おとこで、まだ柔かいやわらかい口髭くちひげが、やつと鼻はなの下したに、生えはえかかつた位くらいの青年せいねんである。
勿論もちろん、この男おとこも始めはじめは皆みなと一しよいっしよに、何なんの理由りゆうもなく、赤鼻あかはなの五ご位くらいを軽蔑けいべつした。
所ところが、或ある日ひ何なんかの折おりに、「いけぬのう、お身みたちは」と云ふいふ声こえを聞いきいてからは、どうしても、それが頭あたまを離れはなれない。
それ以来いらい、この男おとこの眼めにだけは、五位ごいが全くまったく別人べつじんとして、映るうつるやうになつた。
栄養えいようの不足ふそくした、血色けっしょくの悪いわるい、間まのぬけた五位ごいの顔かおにも、世間せけんの迫害はくがいにべそを掻いかいた、「人間にんげん」が覗いのぞいてゐるからである。
この無位むいの侍さむらいには、五位ごいの事ことを考へるかんがへる度どに、世の中よのなかのすべてが急きゅうに本来ほんらいの下等したとうさを露ろすやうに思はおもうはれた。
さうしてそれと同時どうじに霜しもげた赤鼻あかはなと数すうへる程ほどの口髭くちひげとが何なんとなく一味いちみの慰安いあんを自分じぶんの心こころに伝へつたへてくれるやうに思はおもうはれた。
…… しかし、それは、唯ただこの男おとこ一人ひとりに、限かぎりつた事ことである。
かう云ふいふ例外れいがいを除けよけば、五位ごいは、依然いぜんとして周囲しゅういの軽蔑けいべつの中なかに、犬いぬのやうな生活せいかつを続けつづけて行かいかなければならなかつた。
第一だいいち彼かれには着物きものらしい着物きものが一いちつもない。
青鈍あおにびの水干すいかんと、同じおなじ色いろの指貫さしぬきとが一いちつづつあるのが、今いまではそれが上うえ白んしらんで、藍あいとも紺こんとも、つかないやうな色いろに、なつてゐる。
水干すいかんはそれでも、肩かたが少しすこし落ちおちて、丸まる組くみの緒いとぐちや菊綴きくとじの色いろが怪しくあやしくなつてゐるだけだが、指貫さしぬきになると、裾すそのあたりのいたみ方ほうが一通りひととおりでない。
その指貫さしぬきの中なかから、下したの袴はかまもはかない、細いほそい足あしが出でてゐるのを見るみると、口くちの悪いわるい同僚どうりょうでなくとも、痩やせ公卿くぎょうの車くるまを牽いひいてゐる、痩やせ牛うしの歩みあゆみを見るみるやうな、みすぼらしい心もちこころもちがする。
それに佩いはいてゐる太刀たちも、頗るすこぶる覚束ないおぼつかない物もので、柄がらの金具かなぐも如何いかがはしければ、黒鞘くろさやの塗ぬりも剥げはげかかつてゐる。
これが例れいの赤鼻あかはなで、だらしなく草履ぞうりをひきずりながら、唯ただでさへ猫背ねこぜなのを、一層いっそう寒空さむぞらの下したに背せぐくまつて、もの欲しものほしさうに、左右さゆうを眺めながめ眺めながめ、きざみ足あしに歩くあるくのだから、通りがかりとおりがかりの物売りものうりまで莫迦ばかにするのも、無理むりはない。
現にげんに、かう云ふいふ事ことさへあつた。
…… 或るある日ひ、五位ごいが三さん条坊じょうぼう門もんを神泉かみいずみ苑えんの方ほうへ行くいく所ところで、子供こどもが六七ろくなな人ひと、路ばたみちばたに集しゅうつて、何なんかしてゐるのを見みた事ことがある。
「こまつぶり」でも、廻しまわしてゐるのかと思つおもつて、後ろうしろから覗いのぞいて見るみると、何処どこかから迷めいつて来きた、尨犬むくいぬの首くびへ繩なわをつけて、打つうつたり殴いたりしてゐるのであつた。
臆病おくびょうな五ご位くらいは、これまで何なんかに同情どうじょうを寄せるよせる事ことがあつても、あたりへ気きを兼ねけんねて、まだ一度いちどもそれを行為こういに現げんはしたことがない。
が、この時じだけは相手あいてが子供こどもだと云ふいふので、幾分いくぶんか勇気ゆうきが出でた。
そこで出来るだけできるだけ、笑顔えがおをつくりながら、年かさとしかさらしい子供こどもの肩かたを叩いたたいて、「もう、堪忍かんにんしてやりなされ。犬いぬも打たうたれれば、痛いいたいでのう」と声こえをかけた。
すると、その子供こどもはふりかへりながら、上眼うわめを使しつて、蔑すむやうに、ぢろぢろ五ご位くらいの姿すがたを見みた。
云はいはば侍所さむらいどころの別当べっとうが用ようの通じつうじない時じに、この男おとこを見るみるやうな顔かおをして、見みたのである。
「いらぬ世話せわはやかれたうもない。」その子供こどもは一足いっそく下りくだりながら、高慢こうまんな唇くちびるを反らそらせて、かう云ついつた。
「何なんぢや、この鼻はな赤めあかめが。」五位ごいはこの語ごが自分じぶんの顔かおを打つうつたやうに感じかんじた。
が、それは悪態あくたいをつかれて、腹はらが立つたつたからでは毛頭もうとうない。
云はいはなくともいい事ことを云ついつて、恥はじをかいた自分じぶんが、情なくなさけなくなつたからである。
彼かれは、きまりが悪いわるいのを苦しいくるしい笑顔えがおに隠しかくしながら、黙もくつて、又また、神泉かみいずみ苑えんの方ほうへ歩きあるき出しだした。
後あとでは、子供こどもが、六七ろくなな人ひと、肩かたを寄せよせて、「べつかつかう」をしたり、舌したを出しだしたりしてゐる。
勿論もちろん彼かれはそんな事ことを知らしらない。
知ちつてゐたにしても、それが、この意気地いきちのない五ご位くらいにとつて、何なんであらう。
…… では、この話はなしの主人公しゅじんこうは、唯ただ、軽蔑けいべつされる為ためにのみ生れうまれて来きた人間にんげんで、別べつに何なんの希望きぼうも持つもつてゐないかと云ふいふと、さうでもない。
五位ごいは五六ごろく年ねん前まえから芋粥いもがゆと云ふいふ物ものに、異常いじょうな執着しゅうちゃくを持つもつてゐる。
芋粥いもがゆとは山の芋やまのいもを中なかに切込んきりこんで、それを甘葛あまずらの汁しるで煮にた、粥かゆの事ことを云ふいふのである。
当時とうじはこれが、無上むじょうの佳味かみとして、上うえは万乗ばんじょうの君きみの食膳しょくぜんにさへ、上せのぼせられた。
従じゅうつて、吾われ五ご位くらいの如きごとき人間にんげんの口くちへは、年ねんに一度いちど、臨時りんじの客きゃくの折おりにしか、はいらない。
その時じでさへ、飲めるのめるのは僅わずかに喉のどを沾すうるおすに足るたる程ほどの少量しょうりょうである。
そこで芋粥いもがゆを飽きるあきる程ほど飲んのんで見みたいと云ふいふ事ことが、久しいひさしい前まえから、彼かれの唯一ゆいいつの欲望よくぼうになつてゐた。
勿論もちろん、彼かれは、それを誰だれにも話しはなした事ことがない。
いや彼かれ自身じしんさへそれが、彼かれの一生いっしょうを貫いつらぬいてゐる欲望よくぼうだとは、明白めいはくに意識いしきしなかつた事ことであらう。
が事実じじつは彼かれがその為ために、生きいきてゐると云ついつても、差支さしつかえない程ほどであつた。
――人間にんげんは、時じとして、充さみたされるか充さみたされないか、わからない欲望よくぼうの為ために、一生いっしょうを捧げささげてしまふ。
その愚ぐを哂ふ者ものは、畢竟ひっきょう、人生じんせいに対するたいする路傍ろぼうの人ひとに過ぎすぎない。
しかし、五位ごいが夢想むそうしてゐた、「芋粥いもがゆに飽かあかむ」事ことは、存外ぞんがい容易よういに事実じじつとなつて現れあらわれた。
その始終しじゅうを書かかかうと云ふいふのが、芋粥いもがゆの話はなしの目的もくてきなのである。
―――――――――――――――――
或ある年ねんの正月しょうがつ二に日ひ、基経もとつねの第だいに、所謂いわゆる臨時りんじの客きゃくがあつた時じの事ことである。
(臨時りんじの客きゃくは二宮にのみやの大饗だいきょうと同日どうじつに摂政せっしょう関白かんぱく家いえが、大臣だいじん以下いかの上達部かんだちめを招いまねいて催すもよおす饗宴きょうえんで、大饗だいきょうと別べつに変りかわりがない。
)五位ごいも、外そとの侍さむらいたちにまじつて、その残ざん肴さかなの相伴しょうばんをした。
当時とうじはまだ、取とり食みはみの習慣しゅうかんがなくて、残ざん肴さかなは、その家いえの侍さむらいが一堂いちどうに集しゅうまつて、食ふくふ事ことになつてゐたからである。
尤ももっとも、大饗だいきょうに等しいひとしいと云ついつても昔むかしの事ことだから、品数しなかずの多いおおい割りわりに碌なろくな物ものはない、餅もち、伏ふく菟、蒸むし鮑あわび、干かん鳥とり、宇治うじの氷魚ひうお、近江おうみの鮒ふな、鯛たいの楚そ割わり、鮭さけの内子うちこ、焼やけ蛸たこ、大おお海老えび、大おお柑子こうじ、小しょう柑子こうじ、橘たちばな、串柿くしがきなどの類るいである。
唯ただ、その中なかに、例れいの芋粥いもがゆがあつた。
五位ごいは毎年まいとし、この芋粥いもがゆを楽しみたのしみにしてゐる。
が、何時もいつも人数にんずうが多いおおいので、自分じぶんが飲めるのめるのは、いくらもない。
それが今年ことしは、特にとくに、少すくなかつた。
さうして気きのせゐか、何時もいつもより、余程よほど味あじが好いよい。
そこで、彼かれは飲んのんでしまつた後あとの椀わんをしげしげと眺めながめながら、うすい口髭くちひげについてゐる滴しずくを、掌てのひらで拭いぬぐいて誰だれに云ふいふともなく、「何時なんじになつたら、これに飽けあける事ことかのう」と、かう云ついつた。
「大夫だいぶ殿とのは、芋粥いもがゆに飽かあかれた事ことがないさうな。」 五位ごいの語ごが完かんらない中なかに、誰だれかが、嘲笑ちょうしょうつた。
錆さびのある、鷹揚おうような、武人ぶじんらしい声こえである。
五位ごいは、猫背ねこぜの首くびを挙げあげて、臆病おくびょうらしく、その人ひとの方ほうを見みた。
声こえの主ぬしは、その頃ころ同じおなじ基経もとつねの恪勤かっきんになつてゐた、民部みんぶ卿きょう時じ長ながの子こ藤原ふじわら利仁としひとである。
肩幅かたはばの広いひろい、身長しんちょうの群ぐんを抜いぬいた逞しいたくましい大男おおおとこで、これは、※栗くりを噛みかみながら、黒酒くろきの杯さかずきを重ねかさねてゐた。
もう大分おおいた酔よいがまはつてゐるらしい。
「お気の毒きのどくな事ことぢやの。」利仁としひとは、五位ごいが顔かおを挙げあげたのを見るみると、軽蔑けいべつと憐憫れんびんとを一いちつにしたやうな声こえで、語ごを継いつづいだ。
「お望みのぞみなら、利仁としひとがお飽かせあかせ申さうもうさう。」 始終しじゅう、いぢめられてゐる犬いぬは、たまに肉にくを貰もらえつても容易よういによりつかない。
五位ごいは、例れいの笑わらいふのか、泣くなくのか、わからないやうな笑顔えがおをして、利仁としひとの顔かおと、空そらの椀わんとを等分とうぶんに見比べみくらべてゐた。
「おいやかな。」「……」「どうぢや。」「……」 五位ごいは、その中なかに、衆人しゅうじんの視線しせんが、自分じぶんの上うえに、集しゅうまつてゐるのを感じかんじ出しだした。
答へこたえへ方ほう一いちつで、又また、一同いちどうの嘲弄ちょうろうを、受けうけなければならない。
或はあるいは、どう答へこたえへても、結局けっきょく、莫迦ばかにされさうな気きさへする。
彼かれは躊躇ちゅうちょした。
もし、その時じに、相手あいてが、少しすこし面倒臭めんどうしゅうそうな声こえで、「おいやなら、たつてとは申すもうすまい」と云はいはなかつたなら、五位ごいは、何時なんじまでも、椀わんと利仁としひととを、見比べみくらべてゐた事ことであらう。
彼かれは、それを聞くきくと、慌しくあわただしく答へこたえへた。
「いや……忝うかたじけのうござる。」 この問答もんどうを聞いきいてゐた者ものは、皆みな、一時いちじに、失笑しっしょうした。
「いや……忝うかたじけのうござる。」――かう云ついつて、五位ごいの答こたえを、真似るまねる者ものさへある。
所謂いわゆる、橙黄とうこう橘たちばな紅くれないを盛さかんつた窪くぼ坏つきや高坏たかつきの上うえに多くおおくの揉もみ烏帽子えぼしや立たて烏帽子えぼしが、笑声しょうせいと共ともに一しきりひとしきり、波なみのやうに動いうごいた。
中なかでも、最さい、大きなおおきな声こえで、機嫌きげんよく、笑わらいつたのは、利仁としひと自身じしんである。
「では、その中なかに、御ご誘ひさそひ申さうもうさう。」さう云ひいひながら、彼かれは、ちよいと顔かおをしかめた。
こみ上げこみあげて来るくる笑わらいと今いま飲んのんだ酒さけとが、喉のどで一いちつになつたからである。
「……しかと、よろしいな。」「忝うかたじけのうござる。」 五位ごいは赤くあかくなつて、吃りどもりながら、又また、前まえの答こたえを繰返しくりかえした。
一同いちどうが今度こんども、笑わらいつたのは、云ふいふまでもない。
それが云はいはせたさに、わざわざ念ねんを押しおした当とうの利仁としひとに至ついたつては、前まえよりも一層いっそう可笑しおかしさうに広いひろい肩かたをゆすつて、哄笑こうしょうした。
この朔北さくほくの野人やじんは、生活せいかつの方法ほうほうを二につしか心得こころえてゐない。
一いちつは酒さけを飲むのむ事ことで、他ほかの一いちつは笑わらいふ事ことである。
しかし幸みゆきに談話だんわの中心ちゅうしんは、程ほどなく、この二人ふたりを離れはなれてしまつた。
これは事ことによると、外そとの連中れんちゅうが、たとひ嘲弄ちょうろうにしろ、一同いちどうの注意ちゅういをこの赤鼻あかはなの五ご位くらいに集中しゅうちゅうさせるのが、不快ふかいだつたからかも知れしれない。
兎に角とにかく、談だん柄がらはそれからそれへと移つて、酒さけも肴さかなも残ざん少すくなになつた時分じぶんには、某ぼうと云ふいふ侍さむらい学生がくせいが、行縢むかばきの片かた皮かわへ、両足りょうあしを入れいれて馬うまに乗らのらうとした話はなしが、一座いちざの興味きょうみを集めあつめてゐた。
が、五位ごいだけは、まるで外そとの話はなしが聞えきこえないらしい。
恐らくおそらく芋粥いもがゆの二に字じが、彼かれのすべての思量しりょうを支配しはいしてゐるからであらう。
前まえに雉子きぎすの炙いたのがあつても、箸はしをつけない。
黒酒くろきの杯さかずきがあつても、口くちを触れふれない。
彼かれは、唯ただ、両手りょうてを膝ひざの上うえに置いおいて、見合ひみあひをする娘むすめのやうに霜しもに犯さおかされかかつた鬢びんの辺へんまで、初心しょしんらしく上気じょうきしながら、何時なんじまでも空そらになつた黒塗くろぬりの椀わんを見つめみつめて、多愛たあいもなく、微笑びしょうしてゐるのである。
……
―――――――――――――――――
それから、四五しご日ひたつた日ひの午前ごぜん、加茂川かもがわの河原かわはらに沿そいつて、粟田口あわたくちへ通つうふ街道かいどうを、静せいに馬うまを進めすすめてゆく二人ふたりの男おとこがあつた。
一人ひとりは濃いこい縹はなだの狩衣かりぎぬに同じおなじ色いろの袴はかまをして、打出うちでの太刀たちを佩いはいた「鬚ひげ黒くくろく鬢びんぐきよき」男おとこである。
もう一人ひとりは、みすぼらしい青鈍あおにびの水干すいかんに、薄うす綿めんの衣ころもを二につばかり重ねかさねて着きた、四十よんじゅう恰好かっこの侍さむらいで、これは、帯おびのむすび方ほうのだらしのない容子ようこと云ひいひ、赤鼻あかはなでしかも穴あなのあたりが、洟はなにぬれてゐる容子ようこと云ひいひ、身みのまはり万端ばんたんのみすぼらしい事こと夥しいおびただしい。
尤ももっとも、馬うまは二人ふたりとも、前まえのは月毛つきげ、後あとのは蘆毛あしげの三さん歳とし駒こまで、道みちをゆく物売りものうりや侍さむらいも、振向いふりむいて見るみる程ほどの駿足しゅんそくである。
その後そのあとから又また二人ふたり、馬うまの歩みあゆみに遅れおくれまいとして随いしたがいて行くいくのは、調度ちょうど掛かかりと舎人とねりとに相違そういない。
――これが、利仁としひとと五位ごいとの一行いっこうである事ことは、わざわざ、ここに断ることわるまでもない話はなしであらう。
冬ふゆとは云ひいひながら、物もの静せいに晴れはれた日ひで、白けしらけた河原かわはらの石いしの間ま、潺湲せんかんたる水みずの辺へんに立枯れたちがれてゐる蓬よもぎの葉はを、ゆする程ほどの風かぜもない。
川かわに臨んのぞんだ背せの低いひくい柳やなぎは、葉はのない枝えだに飴あめの如くごとく滑かなめらかな日ひの光りひかりをうけて、梢こずえにゐる鶺鴒せきれいの尾おを動かすうごかすのさへ、鮮かあざやかに、それと、影かげを街道かいどうに落しおとしてゐる。
東山ひがしやまの暗いくらい緑みどりの上うえに、霜しもに焦げこげた天鵞絨びろーどのやうな肩かたを、丸々まるまると出しだしてゐるのは、大方おおかた、比叡ひえいの山やまであらう。
二人ふたりはその中なかに鞍くらの螺鈿らでんを、まばゆく日ひにきらめかせながら鞭むちをも加へくわえず悠々ゆうゆうと、粟田口あわたくちを指しさして行くいくのである。
「どこでござるかな、手前てまえをつれて行つおこなつて、やらうと仰せおおせられるのは。」五位ごいが馴れなれない手てに手綱たづなをかいくりながら、云ついつた。
「すぐ、そこぢや。お案じあんじになる程ほど遠くとおくはない。」「すると、粟田口あわたくち辺へんでござるかな。」「まづ、さう思はおもうはれたがよろしからう。」 利仁としひとは今朝けさ五ご位くらいを誘ゆうふのに、東山ひがしやまの近くちかくに湯ゆの湧いわいてゐる所ところがあるから、そこへ行かいかうと云ついつて出でて来きたのである。
赤鼻あかはなの五位ごいは、それを真しんにうけた。
久しくひさしく湯ゆにはいらないので、体からだ中なかがこの間まからむづ痒いかゆい。
芋粥いもがゆの馳走ちそうになつた上うえに、入湯にゅうとうが出来ればできれば、願つねがつてもない仕合せしあわせである。
かう思つおもつて、予めあらかじめ利仁としひとが牽かひかせて来きた、蘆毛あしげの馬うまに跨つた。
所ところが、轡くつわを並べならべて此処ここまで来きて見るみると、どうも利仁としひとはこの近所きんじょへ来るくるつもりではないらしい。
現にげんに、さうかうしてゐる中なかに、粟田口あわたくちは通りすぎとおりすぎた。
「粟田口あわたくちでは、ござらぬのう。」「いかにも、もそつと、あなたでな。」 利仁としひとは、微笑びしょうを含みふくみながら、わざと、五位ごいの顔かおを見みないやうにして、静せいに馬うまを歩まあゆませてゐる。
両側りょうがわの人家じんかは、次第しだいに稀まれになつて、今いまは、広々ひろびろとした冬田ふゆたの上うえに、餌えさをあさる鴉からすが見えるみえるばかり、山やまの陰かげに消しょう残ざんつて、雪ゆきの色いろも仄そくに青くあおく煙けむりつてゐる。
晴れはれながら、とげとげしい櫨はぜの梢こずえが、眼めに痛くいたく空そらを刺しさしてゐるのさへ、何なんとなく肌寒いはださむい。
「では、山科やましな辺へんででもござるかな。」「山科やましなは、これぢや。もそつと、さきでござるよ。」 成程なるほど、さう云ふいふ中なかに、山科やましなも通りとおりすぎた。
それ所ところではない。
何なんかとする中なかに、関山せきやまも後あとにして、彼是あれこれ、午うま少しすこしすぎた時分じぶんには、とうとう三井寺みついじの前まえへ来きた。
三井寺みついじには、利仁としひとの懇意こんいにしてゐる僧そうがある。
二人ふたりはその僧そうを訪ねたずねて、午餐ごさんの馳走ちそうになつた。
それがすむと、又また、馬うまに乗のりつて、途とを急ぐいそぐ。
行手ぎょうては今までいままで来きた路みちに比べるくらべると遙はるかに人煙じんえんが少ないすくない。
殊にことに当時とうじは盗賊とうぞくが四方しほうに横行おうこうした、物騒ぶっそうな時代じだいである。
――五位ごいは猫背ねこぜを一層いっそう低くひくくしながら、利仁としひとの顔かおを見上げるみあげるやうにして訊ねたずねた。
「まだ、さきでござるのう。」 利仁としひとは微笑びしょうした。
悪戯いたずらをして、それを見つけみつけられさうになつた子供こどもが、年長者ねんちょうしゃに向むかいつてするやうな微笑びしょうである。
鼻はなの先さきへよせた皺しわと、眼尻めじりにたたへた筋肉きんにくのたるみとが、笑わらいつてしまはうか、しまふまいかとためらつてゐるらしい。
さうして、とうとう、かう云ついつた。
「実じつはな、敦賀つるがまで、お連れつれ申さうもうさうと思うおもうたのぢや。」笑ひわらひながら、利仁としひとは鞭むちを挙げあげて遠くとおくの空そらを指さしゆびさした。
その鞭むちの下したには、的まと※として、午後ごごの日ひを受けうけた近江おうみの湖みずうみが光ひかりつてゐる。
五位ごいは、狼狽ろうばいした。
「敦賀つるがと申すもうすと、あの越前えちぜんの敦賀つるがでござるかな。あの越前えちぜんの――」 利仁としひとが、敦賀つるがの人ひと、藤原ふじわら有仁ありひとの女婿じょせいになつてから、多くおおくは敦賀つるがに住んすんでゐると云ふいふ事ことも、日頃ひごろから聞いきいてゐない事ことはない。
が、その敦賀つるがまで自分じぶんをつれて行くいく気きだらうとは、今いまの今までいままで思はおもうはなかつた。
第一だいいち、幾多いくたの山河さんがを隔てへだててゐる越前えちぜんの国くにへ、この通りとおり、僅わずか二人ふたりの伴とも人ひとをつれただけで、どうして無事ぶじに行かいかれよう。
ましてこの頃このごろは、往来おうらいの旅人たびびとが、盗賊とうぞくの為ために殺さころされたと云ふいふ噂うわささへ、諸方しょほうにある。
――五位ごいは歎願たんがんするやうに、利仁としひとの顔かおを見みた。
「それは又また、滅相めっそうな、東山ひがしやまぢやと心得れこころえれば、山科やましな。山科やましなぢやと心得れこころえれば、三井寺みついじ。揚句あげくが越前えちぜんの敦賀つるがとは、一体いったいどうしたと云ふいふ事ことでござる。始めはじめから、さう仰せおおせられうなら、下人げにん共ともなりと、召めしつれようものを。――敦賀つるがとは、滅相めっそうな。」 五位ごいは、殆どほとんどべそを掻かかかないばかりになつて、呟いつぶやいた。
もし「芋粥いもがゆに飽かあかむ」事ことが、彼かれの勇気ゆうきを鼓舞こぶしなかつたとしたら、彼かれは恐らくおそらく、そこから別れわかれて、京都きょうとへ独りひとり帰つかえつて来きた事ことであらう。
「利仁としひとが一人ひとり居るいるのは、千せん人ひとともお思ひおもひなされ。路次ろしの心配しんぱいは、御ご無用むようぢや。」 五位ごいの狼狽ろうばいするのを見るみると、利仁としひとは、少しすこし眉まゆを顰めしかめながら、嘲笑ちょうしょうつた。
さうして調度ちょうど掛かかりを呼寄せよびよせて、持たもたせて来きた壺つぼ胡こ※を背せに負ふおふと、やはり、その手てから、黒漆くろうるしの真弓まゆみをうけ取とりつて、それを鞍上あんじょうに横よこへながら、先さきに立つたつて、馬うまを進めすすめた。
かうなる以上いじょう、意気地いきちのない五ご位くらいは、利仁としひとの意志いしに盲従もうじゅうするより外そとに仕方しかたがない。
それで、彼かれは心細こころぼそさうに、荒涼こうりょうとした周囲しゅういの原野はらのを眺めながめながら、うろ覚えうろおぼえの観音かんのん経きょうを口くちの中なかに念じねんじ念じねんじ、例れいの赤鼻あかはなを鞍くらの前輪ぜんりんにすりつけるやうにして、覚束ないおぼつかない馬うまの歩みあゆみを、不ふ相そう変へんとぼとぼと進めすすめて行つおこなつた。
馬蹄ばていの反響はんきょうする野のは、茫々ぼうぼうたる黄き茅かやに蔽へいはれて、その所々ところどころにある行こう潦にわたずみも、つめたく、青空あおぞらを映しうつしたまま、この冬ふゆの午後ごごを、何時なんじかそれなり凍とうつてしまふかと疑はぎはれる。
その涯はてには、一帯いったいの山脈さんみゃくが、日ひに背いそむいてゐるせゐか、かがやく可きべき残雪ざんせつの光ひかりもなく、紫むらさきがかつた暗いくらい色いろを、長々ながながとなすつてゐるが、それさへ蕭条しょうじょうたる幾いく叢くさむらの枯かれ薄うすに遮らさえぎられて、二人ふたりの従者じゅうしゃの眼めには、はいらない事ことが多いおおい。
――すると、利仁としひとが、突然とつぜん、五位ごいの方ほうをふりむいて、声こえをかけた。
「あれに、よい使者ししゃが参さんつた。敦賀つるがへの言づけことづけを申さうもうさう。」 五位ごいは利仁としひとの云ふいふ意味いみが、よくわからないので、怖々こわごわながら、その弓ゆみで指さすゆびさす方ほうを、眺めながめて見みた。
元よりもとより人ひとの姿すがたが見えるみえるやうな所ところではない。
唯ただ、野葡萄のぶどうか何なんかの蔓つるが、灌木かんぼくの一いちむらにからみついてゐる中なかを、一いち疋ひきの狐きつねが、暖かあたたかな毛けの色いろを、傾きかけかたむきかけた日ひに曝しさらしながら、のそりのそり歩いあるいて行くいく。
――と思ふおもふ中なかに、狐きつねは、慌ただしくあわただしく身みを跳とべらせて、一散いっさんに、どこともなく走りはしり出しだした。
利仁としひとが急きゅうに、鞭むちを鳴らならせて、その方ほうへ馬うまを飛ばしとばし始めはじめたからである。
五位ごいも、われを忘れわすれて、利仁としひとの後あとを、逐つた。
従者じゅうしゃも勿論もちろん、遅れおくれてはゐられない。
しばらくは、石いしを蹴るける馬蹄ばていの音おとが、戞々として、曠野こうやの静けさしずけさを破はつてゐたが、やがて利仁としひとが、馬うまを止めとめたのを見るみると、何時なんじ、捕ほへたのか、もう狐きつねの後足あとあしを掴んつかんで、倒とうに、鞍くらの側がわへ、ぶら下げぶらさげてゐる。
狐きつねが、走れはしれなくなるまで、追ひつめおいつめた所ところで、それを馬うまの下したに敷いしいて、手取りてどりにしたものであらう。
五位ごいは、うすい髭ひげにたまる汗あせを、慌しくあわただしく拭きふきながら、漸すすむ、その傍そばへ馬うまを乗りつけのりつけた。
「これ、狐きつね、よう聞けきけよ。」利仁としひとは、狐きつねを高くたかく眼めの前まえへつるし上げつるしあげながら、わざと物々しいものものしい声こえを出しだしてかう云ついつた。
「其その方ほう、今夜こんやの中なかに、敦賀つるがの利仁としひとが館やかたへ参さんつて、かう申せもうせ。『利仁としひとは、唯今ただいま俄にわかに客人きゃくじんを具しぐして下らしたらうとする所ところぢや。明日あす、巳み時じ頃ころ、高島たかしまの辺へんまで、男おとこたちを迎むかえひに遣けんはし、それに、鞍くら置おけ馬うま二に疋ひき、牽かひかせて参れまいれ。』よいか忘れるわすれるなよ。
」 云ひいひ畢るおわると共ともに、利仁としひとは、一いちふり振つふるつて狐きつねを、遠くとおくの叢くさむらの中なかへ、抛り出しほうりだした。
「いや、走るはしるわ。走るはしるわ。」 やつと、追ひおひついた二人ふたりの従者じゅうしゃは、逃げにげてゆく狐きつねの行方ゆくえを眺めながめながら、手てを拍つうつて囃し立てはやしたててた。
落葉らくようのやうな色いろをしたその獣けものの背せは、夕日ゆうひの中なかを、まつしぐらに、木きの根ね石くれいしくれの嫌ひきらひなく、何処どこまでも、走そうつて行くいく。
それが一行いっこうの立つたつてゐる所ところから、手てにとるやうによく見えみえた。
狐きつねを追つおつてゐる中なかに、何時なんじか彼かれ等とうは、曠野こうやが緩いゆりい斜面しゃめんを作さくつて、水みずの涸れかれた川床かわどこと一いちつになる、その丁度ちょうど上うえの所ところへ、出でてゐたからである。
「広量こうりょうの御ご使しでござるのう。」 五位ごいは、ナイイヴないいゔな尊敬そんけいと讃嘆さんたんとを洩らしもらしながら、この狐きつねさへ頤使いしする野育ちのそだちの武人ぶじんの顔かおを、今更いまさらのやうに、仰いおっしゃいで見みた。
自分じぶんと利仁としひととの間まに、どれ程ほどの懸隔けんかくがあるか、そんな事ことは、考へるかんがへる暇ひまがない。
唯ただ、利仁としひとの意志いしに、支配しはいされる範囲はんいが広いひろいだけに、その意志いしの中なかに包容ほうようされる自分じぶんの意志いしも、それだけ自由じゆうが利くきくやうになつた事ことを、心強くこころづよく感じるかんじるだけである。
――阿諛あゆは、恐らくおそらく、かう云ふいふ時じに、最さい自然しぜんに生れうまれて来るくるものであらう。
読者どくしゃは、今後こんご、赤鼻あかはなの五ご位くらいの態度たいどに、幇間ほうかんのやうな何物なにものかを見出しみだしても、それだけで妄みだりにこの男おとこの人格じんかくを、疑ふうたがふ可きべきではない。
抛り出さほうりだされた狐きつねは、なぞへの斜面しゃめんを、転げるころげるやうにして、駈け下りるかけおりると、水みずの無いない河床かわどこの石いしの間まを、器用きように、ぴよいぴよい、飛び越えとびこえて、今度こんどは、向うむこうの斜面しゃめんへ、勢いきおいよく、すぢかひに駈けかけ上うえつた。
駈け上りかけあがりながら、ふりかへつて見るみると、自分じぶんを手捕りてどりにした侍さむらいの一行いっこうは、まだ遠いとおい傾斜けいしゃの上うえに馬うまを並べならべて立つたつてゐる。
それが皆みな、指ゆびを揃へそろへた程ほどに、小さくちいさく見えみえた。
殊にことに入日いりひを浴びあびた、月毛つきげと蘆毛あしげとが、霜しもを含んふくんだ空気くうきの中なかに、描いえがいたよりもくつきりと、浮きうき上うえつてゐる。
狐きつねは、頭あたまをめぐらすと、又また枯かれ薄うすの中なかを、風かぜのやうに走りはしり出しだした。
―――――――――――――――――
一行いっこうは、予定よてい通りとおり翌日よくじつの巳み時じばかりに、高島たかしまの辺へんへ来きた。
此処ここは琵琶湖びわこに臨んのぞんだ、ささやかな部落ぶらくで、昨日きのうに似にず、どんよりと曇くもりつた空そらの下したに、幾戸いくこの藁屋わらやが、疎まばらにちらばつてゐるばかり、岸きしに生えはえた松まつの樹きの間まには、灰色はいいろの漣さざなみ※をよせる湖みずうみの水面すいめんが、磨くみがくのを忘れわすれた鏡かがみのやうに、さむざむと開けあけてゐる。
――此処ここまで来るくると利仁としひとが、五位ごいを顧みかえりみて云ついつた。
「あれを御覧じろごらんじろ。男おとこどもが、迎むかえひに参さんつたげでござる。」 見るみると、成程なるほど、二に疋ひきの鞍くら置おけ馬うまを牽いひいた、二三にさん十人じゅうにんの男おとこたちが、馬うまに跨がまたがつたのもあり徒歩とほのもあり、皆みな水干すいかんの袖そでを寒風かんぷうに翻こぼしへして、湖みずうみの岸きし、松まつの間まを、一行いっこうの方ほうへ急いいそいで来るくる。
やがてこれが、間近くまぢかくなつたと思ふおもふと、馬うまに乗のりつてゐた連中れんちゅうは、慌ただしくあわただしく鞍くらを下りくだり、徒歩とほの連中れんちゅうは、路傍ろぼうに蹲踞そんきょして、いづれも恭々やすししく、利仁としひとの来るくるのを、待ちうけまちうけた。
「やはり、あの狐きつねが、使者ししゃを勤めつとめたと見えみえますのう。」「生得せいとく、変化へんかある獣けものぢやて、あの位くらいの用ようを勤めるつとめるのは、何なんでもござらぬ。」 五位ごいと利仁としひととが、こんな話はなしをしてゐる中なかに、一行いっこうは、郎等ろうとうたちの待つまつてゐる所ところへ来きた。
「大儀たいぎぢや。」と、利仁としひとが声こえをかける。
蹲踞そんきょしてゐた連中れんちゅうが、忙しくいそがしく立つたつて、二人ふたりの馬うまの口くちを取るとる。
急きゅうに、すべてが陽気ようきになつた。
「夜前やぜん、稀有けうな事ことが、ございましてな。」 二人ふたりが、馬うまから下りくだりて、敷皮しきがわの上うえへ、腰こしを下すくだすか下さくださない中なかに、檜皮色ひわだいろの水干すいかんを着きた、白髪はくはつの郎等ろうとうが、利仁としひとの前まえへ来きて、かう云ついつた。
「何なんぢや。」利仁としひとは、郎等ろうとうたちの持つもつて来きた篠枝しのえだや破籠わりごを、五位ごいにも勧めすすめながら、鷹揚おうように問ひとひかけた。
「さればでございまする。夜前やぜん、戌いぬ時じばかりに、奥方おくがたが俄にわかに、人心地ひとごこちをお失ひうしなひなされましてな。『おのれは、阪本さかもとの狐きつねぢや。今日きょう、殿とのの仰せおおせられた事ことを、言伝ことづててせうほどに、近うちこう寄つよつて、よう聞きききやれ。』と、かう仰あおぐ有るあるのでございまする。
さて、一同いちどうがお前おまえに参りまいりますると、奥方おくがたの仰せおおせられまするには、『殿とのは唯今ただいま俄にわかに客人きゃくじんを具しぐして、下らしたられようとする所ところぢや。明日あす巳み時じ頃ころ、高島たかしまの辺へんまで、男おとこどもを迎むかえひに遺いはし、それに鞍くら置おけ馬うま二に疋ひき牽かひかせて参れまいれ。』と、かう御意ぎょい遊ばすあそばすのでございまする。
」「それは、又また、稀有けうな事ことでござるのう。」五位ごいは利仁としひとの顔かおと、郎等ろうとうの顔かおとを、仔細しさいらしく見比べみくらべながら、両方りょうほうに満足まんぞくを与へあたへるやうな、相槌あいづちを打つうつた。
「それも唯ただ、仰せおおせられるのではございませぬ。さも、恐ろしおそろしさうに、わなわなとお震しんへになりましてな、『遅れおくれまいぞ。遅れれおくれれば、おのれが、殿とのの御ご勘当かんどうをうけねばならぬ。』と、しつきりなしに、お泣きなきになるのでございまする。
」「して、それから、如何いかがした。」「それから、多愛たあいなく、お休みやすみになりましてな。手前てまえ共ともの出でて参りまいりまする時じにも、まだ、お眼め覚さとしにはならぬやうで、ございました。」「如何でいかがでござるな。」郎等ろうとうの話はなしを聞ききき完かんると、利仁としひとは五位ごいを見みて、得意とくいらしく云ついつた。
「利仁としひとには、獣けものも使しはれ申すもうすわ。」「何なんとも驚き入るおどろきいる外そとは、ござらぬのう。」五位ごいは、赤鼻あかはなを掻きかきながら、ちよいと、頭あたまを下げさげて、それから、わざとらしく、呆れあきれたやうに、口くちを開いひらいて見せみせた。
口髭くちひげには、今いま飲んのんだ酒さけが、滴しずくになつて、くつついてゐる。
―――――――――――――――――
その日ひの夜よるの事ことである。
五位ごいは、利仁としひとの館やかたの一いち間まに、切せつ燈台とうだいの灯あかりを眺めるながめるともなく、眺めながめながら、寝つかねつかれない長ながの夜よるをまぢまぢして、明しあかしてゐた。
すると、夕方ゆうがた、此処ここへ着くつくまでに、利仁としひとや利仁としひとの従者じゅうしゃと、談笑だんしょうしながら、越えこえて来きた松山まつやま、小川おがわ、枯野かれの、或はあるいは、草くさ、木の葉このは、石いし、野火のびの煙けむりのにほひ、――さう云ふいふものが、一いちつづつ、五位ごいの心こころに、浮んうかんで来きた。
殊にことに、雀色すずめいろ時じの靄もやの中なかを、やつと、この館やかたへ辿りついたどりついて、長櫃ながびつに起しおこしてある、炭火すみびの赤いあかい焔ほのおを見みた時じの、ほつとした心もちこころもち、――それも、今いまかうして、寝ねてゐると、遠いとおい昔むかしにあつた事こととしか、思はおもうはれない。
五位ごいは綿めんの四五しご寸すんもはいつた、黄いろいきいろい直垂ひたたれの下したに、楽々らくらくと、足あしをのばしながら、ぼんやり、われとわが寝姿ねすがたを見廻しみまわした。
直垂ひたたれの下したに利仁としひとが貸しかしてくれた、練色ねりいろの衣ころもの綿めん厚あつしなのを、二に枚ばいまで重ねかさねて、着こんきこんでゐる。
それだけでも、どうかすると、汗あせが出でかねない程ほど、暖かいあたたかい。
そこへ、夕飯ゆうはんの時じに一いち杯さかずきやつた、酒さけの酔よいが手伝てつだいつてゐる。
枕元まくらもとの蔀しとみ一いちつ隔てへだてた向うむこうは、霜しもの冴えさえた広庭こうていだが、それも、かう陶然とうぜんとしてゐれば、少しすこしも苦くにならない。
万事ばんじが、京都きょうとの自分じぶんの曹司ぞうしにゐた時じと比べれくらべれば、雲泥うんでいの相違そういである。
が、それにも係かかりはらず、我われ五ご位くらいの心こころには、何なんとなく釣合つりあいのとれない不安ふあんがあつた。
第一だいいち、時間じかんのたつて行くいくのが、待遠まちどおい。
しかもそれと同時どうじに、夜よるの明けるあけると云ふいふ事ことが、――芋粥いもがゆを食ふくふ時じになると云ふいふ事ことが、さう早くはやく、来きてはならないやうな心もちこころもちがする。
さうして又また、この矛盾むじゅんした二につの感情かんじょうが、互たがいに剋しこくし合あわせふ後あとには、境遇きょうぐうの急激きゅうげきな変化へんかから来るくる、落着からくちゃくかない気分きぶんが、今日きょうの天気てんきのやうに、うすら寒くうすらさむく控ひかえへてゐる。
それが、皆みな、邪魔じゃまになつて、折角せっかくの暖かさあたたかさも、容易よういに、眠りねむりを誘ひさそひさうもない。
すると、外そとの広庭こうていで、誰だれか大きなおおきな声こえを出しだしてゐるのが、耳みみにはいつた。
声こえがらでは、どうも、今日きょう、途中とちゅうまで迎へむかへに出でた、白髪はくはつの郎等ろうとうが何なんか告れこくれてゐるらしい。
その乾いぬいからびた声こえが、霜しもに響くひびくせゐか、凛々りんりんとして凩こがらしのやうに、一いち語ごづつ五ご位くらいの骨ほねに、応おうへるやうな気きさへする。
「この辺へんの下人げにん、承しょうはれ。殿とのの御意ぎょい遊ばさあそばさるるには、明朝みょうちょう、卯う時じまでに、切口きりくち三さん寸すん、長さながさ五ご尺さしの山の芋やまのいもを、老若ろうにゃく各かく、一筋ひとすじづつ、持つもつて参るまいる様ようにとある。忘れわすれまいぞ、卯う時じまでにぢや。」 それが、二三にさん度ど、繰返さくりかえされたかと思ふおもふと、やがて、人ひとのけはひが止んやんで、あたりは忽ちたちまち元もとのやうに、静せいな冬ふゆの夜よるになつた。
その静せいな中なかに、切せつ燈台とうだいの油あぶらが鳴るなる。
赤いあかい真綿まわたのやうな火ひが、ゆらゆらする。
五位ごいは欠伸あくびを一いちつ、噛みつぶしかみつぶして、又また、とりとめのない、思量しりょうに耽りふけり出しだした。
――山の芋やまのいもと云ふいふからには、勿論もちろん芋粥いもがゆにする気きで、持つもつて来きさせるのに相違そういない。
さう思ふおもふと、一時いちじ、外そとに注意ちゅういを集中しゅうちゅうしたおかげで忘れわすれてゐた、さつきの不安ふあんが、何時なんじの間まにか、心こころに帰つかえつて来るくる。
殊にことに、前まえよりも、一層いっそう強くつよくなつたのは、あまり早くはやく芋粥いもがゆにありつきたくないと云ふいふ心もちこころもちで、それが意地いじ悪くわるく、思量しりょうの中心ちゅうしんを離れはなれない。
どうもかう容易よういに「芋粥いもがゆに飽かあかむ」事ことが、事実じじつとなつて現れあらわれては、折角せっかく今までいままで、何なん年ねんとなく、辛抱しんぼうして待つまつてゐたのが、如何にいかにも、無駄むだな骨折こっせつのやうに、見えみえてしまふ。
出来るできる事ことなら、突然とつぜん何なんか故障こしょうが起つたつて一旦いったん、芋粥いもがゆが飲めのめなくなつてから、又また、その故障こしょうがなくなつて、今度こんどは、やつとこれにありつけると云ふいふやうな、そんな手続きてつづきに、万事ばんじを運ばはこばせたい。
――こんな考へかんがへが、「こまつぶり」のやうに、ぐるぐる一いちつ所ところを廻めぐるつてゐる中なかに、何時なんじか、五位ごいは、旅たびの疲れつかれで、ぐつすり、熟睡じゅくすいしてしまつた。
翌朝よくあさ、眼めがさめると、直じかに、昨夜さくやの山の芋やまのいもの一いち件けんが、気きになるので、五位ごいは、何なんよりも先さきに部屋へやの蔀しとみをあげて見みた。
すると、知らしらない中なかに、寝すごしねすごして、もう卯う時じをすぎてゐたのであらう。
広庭こうていへ敷いしいた、四五しご枚ばいの長なが筵むしろの上うえには、丸太まるたのやうな物ものが、凡そおよそ、二三にさん千本せんぼん、斜しゃにつき出しつきだした、檜皮葺ひわだぶきの軒先のきさきへつかへる程ほど、山やまのやうに、積んつんである。
見るみるとそれが、悉くことごとく、切口きりくち三さん寸すん、長さながさ五ご尺さしの途方とほうもなく大きいおおきい、山の芋やまのいもであつた。
五位ごいは、寝起きねおきの眼めをこすりながら、殆どほとんど周章しゅうしょうに近いちかい驚愕きょうがくに襲かさねはれて、呆然ぼうぜんと、周囲しゅういを見廻しみまわした。
広庭こうていの所々ところどころには、新しくあたらしく打つうつたらしい杭くいの上うえに五ご斛こく納おさめ釜かまを五ごつ六ろくつ、かけ連ねつらねて、白いしろい布ぬのの襖ふすまを着きた若いわかい下司げす女おんなが、何十なんじゅう人ひととなく、そのまはりに動いうごいてゐる。
火ひを焚きつけるたきつけるもの、灰はいを掻くかくもの、或はあるいは、新しいあたらしい白木しろきの桶おけに、「あまづらみせん」を汲んくんで釜かまの中なかへ入れるいれるもの、皆みな芋粥いもがゆをつくる準備じゅんびで、眼めのまはる程ほど忙しいいそがしい。
釜かまの下したから上るのぼる煙けむりと、釜かまの中なかから湧くわく湯気ゆげとが、まだ消えきえ残ざんつてゐる明方あけがたの靄もやと一いちつになつて、広庭こうてい一面いちめん、はつきり物ものも見定めみさだめられない程ほど、灰色はいいろのものが罩めこめた中なかで、赤いあかいのは、烈々れつれつと燃え上るもえあがる釜かまの下したの焔ほのおばかり、眼めに見るみるもの、耳みみに聞くきくもの悉くことごとく、戦場せんじょうか火事場かじじょうへでも行つおこなつたやうな騒ぎさわぎである。
五位ごいは、今更いまさらのやうに、この巨大きょだいな山の芋やまのいもが、この巨大きょだいな五ご斛こく納おさめ釜かまの中なかで、芋粥いもがゆになる事ことを考へかんがへた。
さうして、自分じぶんが、その芋粥いもがゆを食ふくふ為ために京都きょうとから、わざわざ、越前えちぜんの敦賀つるがまで旅たびをして来きた事ことを考へかんがへた。
考へれかんがへれば考へるかんがへる程ほど、何なん一いちつ、情じょう無くならなくならないものはない。
我われ五ご位くらいの同情どうじょうすべき食慾しょくよくは、実じつに、此これ時じもう、一半いっぱんを減却げんきゃくしてしまつたのである。
それから、一いち時間じかんの後あと、五位ごいは利仁としひとや舅しゅうとの有仁ありひとと共ともに、朝飯あさめしの膳ぜんに向むかいつた。
前まえにあるのは、銀ぎんの提ひさげの一いち斗とばかりはいるのに、なみなみと海うみの如くごとくたたへた、恐るおそるべき芋粥いもがゆである。
五位ごいはさつき、あの軒のきまで積せき上げあげた山の芋やまのいもを、何十なんじゅう人ひとかの若いわかい男おとこが、薄刃うすばを器用きように動かしうごかしながら、片端かたはしから削るけずるやうに、勢いきおいよく切るきるのを見みた。
それからそれを、あの下司げす女おんなたちが、右往左往うおうさおうに馳せはせちがつて、一いちつのこらず、五ご斛こく納おさめ釜かまへすくつては入れいれ、すくつては入れいれするのを見みた。
最後さいごに、その山の芋やまのいもが、一いちつも長なが筵むしろの上うえに見えみえなくなつた時じに、芋いものにほひと、甘葛あまずらのにほひとを含んふくんだ、幾いく道みちかの湯気ゆげの柱はしらが、蓬々ほうほう然さとして、釜かまの中なかから、晴れはれた朝あさの空そらへ、舞まい上うえつて行くいくのを見みた。
これを、目のあたりまのあたりに見みた彼かれが、今いま、提ひさげに入れいれた芋粥いもがゆに対したいした時じ、まだ、口くちをつけない中なかから、既にすでに、満腹まんぷくを感じかんじたのは、恐らくおそらく、無理むりもない次第しだいであらう。
――五位ごいは、提ひさげを前まえにして、間まの悪わるさうに、額がくの汗あせを拭いぬぐいた。
「芋粥いもがゆに飽かあかれた事ことが、ござらぬげな。どうぞ、遠慮えんりょなく召めし上うえつて下されくだされ。」 舅しゅうとの有仁ありひとは、童児どうじたちに云ひいひつけて、更にさらに幾ついくつかの銀ぎんの提ひさげを膳ぜんの上うえに並べならべさせた。
中なかにはどれも芋粥いもがゆが、溢れあふれんばかりにはいつてゐる。
五位ごいは眼めをつぶつて、唯ただでさへ赤いあかい鼻はなを、一層いっそう赤くあかくしながら、提ひさげに半分はんぶんばかりの芋粥いもがゆを大きなおおきな土器かわらけにすくつて、いやいやながら飲み干しのみほした。
「父ちちも、さう申すもうすぢやて。平たいらに、遠慮えんりょは御ご無用むようぢや。」 利仁としひとも側がわから、新しんな提ひさげをすすめて、意地いじ悪くわるく笑ひわらひながらこんな事ことを云ふいふ。
弱じゃくつたのは五位ごいである。
遠慮えんりょのない所ところを云へいえば、始めはじめから芋粥いもがゆは、一いち椀わんも吸きゅうひたくない。
それを今いま、我慢がまんして、やつと、提ひさげに半分はんぶんだけ平げたいらげた。
これ以上いじょう、飲めのめば、喉のどを越さこさない中なかにもどしてしまふ、さうかと云ついつて、飲まのまなければ、利仁としひとや有仁ありひとの厚意こういを無むにするのも、同じおなじである。
そこで、彼かれは又また眼めをつぶつて、残りのこりの半分はんぶんを三さん分ぶんの一いち程ほど飲み干しのみほした。
もう後あとは一口ひとくちも吸きゅうひやうがない。
「何なんとも、忝うかたじけのうござつた。もう十分じゅうふん頂戴ちょうだい致しいたしたて。――いやはや、何なんとも忝うかたじけのうござつた。」 五位ごいは、しどろもどろになつて、かう云ついつた。
余程よほど弱じゃくつたと見えみえて、口髭くちひげにも、鼻はなの先さきにも、冬ふゆとは思はおもうはれない程ほど、汗あせが玉たまになつて、垂れたれてゐる。
「これは又また、御ご少食しょうしょくぢや。客人きゃくじんは、遠慮えんりょをされると見えみえたぞ。それそれその方ほうども、何なんを致しいたして居るいる。」 童児どうじたちは、有仁ありひとの語ごにつれて、新しんな提ひさげの中なかから、芋粥いもがゆを、土器かわらけに汲まうくまうとする。
五位ごいは、両手りょうてを蠅はえでも逐ふやうに動かしうごかして、平たいらに、辞退じたいの意いを示ししめした。
「いや、もう、十分じゅうふんでござる。……失礼しつれいながら、十分じゅうふんでござる。」 もし、此これ時じ、利仁としひとが、突然とつぜん、向うむこうの家いえの軒のきを指しさして、「あれを御覧じろごらんじろ」と云はいはなかつたなら、有仁ありひとは猶なお、五位ごいに、芋粥いもがゆをすすめて、止まやまなかつたかも知れしれない。
が、幸みゆきひにして、利仁としひとの声こえは、一同いちどうの注意ちゅういを、その軒のきの方ほうへ持つもつて行つおこなつた。
檜皮葺ひわだぶきの軒のきには、丁度ちょうど、朝日あさひがさしてゐる。
さうして、そのまばゆい光ひかりに、光沢こうたくのいい毛皮けがわを洗あらいはせながら、一いち疋ひきの獣けものが、おとなしく、坐ざつてゐる。
見るみるとそれは一昨いっさく日ひ、利仁としひとが枯野かれのの路みちで手捕りてどりにした、あの阪本さかもとの野狐のぎつねであつた。
「狐きつねも、芋粥いもがゆが欲しほしさに、見参けんざんしたさうな。男おとこども、しやつにも、物ものを食はしょくはせてつかはせ。」 利仁としひとの命令めいれいは、言下げんかに行はぎょうはれた。
軒のきからとび下りとびおりた狐きつねは、直じかに広庭こうていで芋粥いもがゆの馳走ちそうに、与あたえつたのである。
五位ごいは、芋粥いもがゆを飲んのんでゐる狐きつねを眺めながめながら、此処ここへ来きない前まえの彼かれ自身じしんを、なつかしく、心こころの中なかでふり返つかえつた。
それは、多くおおくの侍さむらいたちに愚弄ぐろうされてゐる彼かれである。
京童きょうわらべにさへ「何なんぢや。この鼻はな赤めあかめが」と、罵らののしられてゐる彼かれである。
色いろのさめた水干すいかんに、指貫さしぬきをつけて、飼主かいぬしのない尨犬むくいぬのやうに、朱雀すざく大路おおじをうろついて歩くあるく、憐むあわれむ可きべき、孤独こどくな彼かれである。
しかし、同時どうじに又また、芋粥いもがゆに飽きあきたいと云ふいふ慾望よくぼうを、唯ただ一人ひとり大事だいじに守まもるつてゐた、幸福こうふくな彼かれである。
――彼かれは、この上うえ芋粥いもがゆを飲まのまずにすむと云ふいふ安心あんしんと共ともに、満面まんめんの汗あせが次第しだいに、鼻はなの先さきから、乾いかわいてゆくのを感じかんじた。
晴れはれてはゐても、敦賀つるがの朝あさは、身みにしみるやうに、風かぜが寒いさむい。
五位ごいは慌てあわてて、鼻はなをおさへると同時どうじに銀ぎんの提ひさげに向むかいつて大きなおおきな嚔くさめをした。
(大正たいしょう五ご年ねん八はち月つき)
1/1