糸女覚え書

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全文

第 1 章
秀しゅう林はやし院いん様よう(細川ほそかわ越中守こしなかまもる忠興ただおきの夫人ふじん、秀しゅう林はやし院いん殿華とのか屋や宗そう玉たま大姉だいしはその法ほう諡おくりななり)のお果てはてなされ候こう次第しだいのこと。
一いち、石田いしだ治部少じぶのしょうの乱らんの年ねん、即ちすなわち慶長けいちょう五ご年ねん七なな月つき十じゅう日ひ、わたくし父ちち魚屋さかなや清左衛門せいざえもん、大阪おおさか玉造たまつくりのお屋敷やしきへ参りまいり、「かなりや」十じゅう羽はね、秀しゅう林はやし院いん様ようへ献上けんじょう仕りつかまつり候こう。
秀しゅう林はやし院いん様ようはよろづ南蛮なんばん渡りわたりをお好みこのみ遊ばさあそばされ候こう間ま、おん悦びよろこび斜めななめならず、わたくしも面目めんぼくを施しほどこし候こう。
尤ももっとも御ご所持しょじの御ご什器じゅうきのうちには贋物にせものも数かずかずかず有之ゆうの、この「かなりや」ほど確かたしかなる品しなは一いちつも御ご所持しょじ御座ぎょざなく候こう。
その節ふし父ちちの申しもうし候こうは、涼風りょうふうの立ちたち次第しだい秀しゅう林はやし院いん様ようへお暇ひまを願ひねがひ、嫁入りよめいり致さいたさせ候こうべしとのことに御座ぎょざ候こう。
わたくしももはや三さん年ねんあまり、御ご奉公ほうこう致しいたし居りおり候へそうらへども、秀しゅう林はやし院いん様ようは少しすこしもお優ゆうしきところ無む之これ、賢女けんじょぶらるることを第だい一いちとなされ候へそうらへば、お側がわに居りおり候こうても、浮きうきたる話はなしなどは相そう成らならず、兎角とかく気きのつまるばかりに候こう間ま、父ちちの言葉ことばを聞きききし時じは天てんへも昇るのぼる心地ここち致しいたし候こう。
この日ひも秀しゅう林はやし院いん様ようの仰せおおせられ候こうは、日本にっぽん国くにの女おんなの智慧ちえ浅きあさきは横文字よこもじの本ほんを読まよまぬゆゑのよし、来世らいせは必ずかならず南蛮なんばん国くにの大名だいみょうへお輿入れこしいれなさるべしと存じ上げぞんじあげ候こう。
二に、十一じゅういち日ひ、澄きよし見みと申すもうす比丘尼びくに、秀しゅう林はやし院いん様ようへお目通りめどおり致しいたし候こう。
この比丘尼びくには唯今ただいま城内きうちへも取り入りとりいり、中々なかなかきけ者もののよしに候へそうらへども、以前いぜんは京きょうの糸いと屋やの後家ごけにて、夫おっとを六ろく人ひとも取りとり換かえへたるいたづら女おんなとのことに御座ぎょざ候こう。
わたくしは澄きよし見みの顔かおさへ見れみれば、虫むし唾つばの走るはしるほど厭いやになり候へそうらへども、秀しゅう林はやし院いん様ようはさのみお嫌ひきらひも遊ばさあそばされず、時じには彼是あれこれ小半日しょうはんじつもお話はなし相手あいてになさること有之ゆうの、その度どにわたくしども奥女中おくじょちゅうはいづれも難渋なんじゅう仕りつかまつり候こう。
これはまつたく秀しゅう林はやし院いん様ようのお世辞おせじを好まこのまるる為ために御座ぎょざ候こう。
たとへば澄きよし見みは秀しゅう林はやし院いん様ように、「いつもお美しいうつくしいことでおりやる。一定いっていどこの殿との御ごの目めにも二十にじゅうあまりに見えようみえようず」などと、まことしやかに御ご器量きりょうを褒め上げほめあげ候こう。
なれども秀しゅう林はやし院いん様ようの御ご器量きりょうはさのみ御ご美麗びれいと申すもうすほどにても無む之これ、殊にことにおん鼻はなはちと高こうすぎ、雀斑そばかすも少々しょうしょうお有りありなされ候こう。
のみならずお年ねんは三十八さんじゅうはちゆゑ、如何にいかに夜目よめ遠目とおめとは申せもうせ、二十にじゅうあまりにはお見えみえなさらず候こう。
三さん、澄きよし見みのこの日参りひまいり候こうは、内々ないない治部少じぶのしょうかたより頼またのまれ候こうよしにて、秀しゅう林はやし院いん様ようのおん住居じゅうきょを城内きうちへおん移しうつし遊ばさあそばされ候こうやう、お勧めおすすめ申すもうす為ために御座ぎょざ候こう。
秀しゅう林はやし院いん様ようは御ご勘考かんこうの上うえ、御ご返事へんじなされ候こうべしと、澄きよし見みには御意ぎょいなされ候へそうらへども、中々なかなかしかとせる御ご決心けっしんもつきかね候こうやうに見上げみあげ候こう。
然れしかれば澄きよし見みの下がりさがり候こう後あとは「まりや」様ようの画像がぞうの前まえに、凡そおよそ一刻いっこくに一度いちどづつは「おらつしよ」と申すもうすおん祈りいのりを一心いっしんにお捧げささげ遊ばさあそばされ候こう。
何なんも序じょゆゑ申し上げもうしあげ候へそうらへども、秀しゅう林はやし院いん様ようの「おらつしよ」は日本にっぽん国くにの言葉ことばにては無む之これ、羅ら甸とやら申すもうす南蛮なんばん国くにの言葉ことばのよし、わたくしどもの耳みみには唯ただ「のす、のす」と聞えきこえ候こう間ま、その可笑しおかしさをこらふること、一いちかたならぬ苦しみくるしみに御座ぎょざ候こう。
四よん、十二じゅうに日ひは別べつに変りかわりたることも無む之これ、唯ただ朝あさより秀しゅう林はやし院いん様ようの御機嫌ごきげん、よろしからざるやうに見上みかみ候こう。
総じてそうじて御機嫌ごきげんのよろしからざる時じにはわたくしどもへはもとより、与一郎よいちろう様よう(忠興ただおきの子こ、忠隆ただたか)の奥様おくさまへもお小言こごとやらお厭味いやみやら仰せおおせられ候こう間ま、誰だれもみな滅多めったにお側がわへは近づかちかづかぬことと致しいたし居りおり候こう。
けふも亦また与一郎よいちろう様ようの奥様おくさまへはお化粧けしょうのあまり濃こすぎぬやう、「えそぽ物語ものがたり」とやらの中なかの孔雀くじゃくの話はなしをお引き合ひきあいひに出さだされ、長ながながながと御ご談義だんぎ有之ゆうの候こうよし、みなみなお気の毒きのどくに存じ上げぞんじあげ候こう。
この奥様おくさまはお隣屋敷となりやしき浮田うきた中納言ちゅうなごん様ようの奥様おくさまの妹いもうと御ごに当らあたらせられ、御ご利発りはつとは少々しょうしょう申しもうし兼ねけんね候へそうらへども、御ご器量きりょうは如何なるいかなる名作めいさくの雛ひなにも劣らおとらぬほどに御座ぎょざ候こう。
五ご、十三じゅうさん日ひ、小笠原おがさわら少すくな斎とき(秀清しゅうせい)河北かほく石見いわみ(一成いっせい)の両人りょうにん、お台所だいどころまで参らまいられ候こう。
細川ほそかわ家いえにては男おとこはもとより、子供こどもにても奥おくへ参るまいることはかなはざる御ご家法かほうに候こう間ま、表ひょうの役人やくにんはお台所だいどころへ参らまいられ、何ごとなにごとによらずわたくしどもに奥おくへの取次とりつぎを頼またのまるること、久しひさしきならはしと相そう成りなり居りおり候こう。
これはみな三さん斎とき様よう(忠興ただおき)秀しゅう林はやし院いん様よう、お二にかたのおん焼餅やきもちより起りおこりしことにて、黒田くろだ家いえの森もり太兵衛たへえなどにも、さてこそ不自由ふじゆうなる御ご家法かほうも候こうものかなと笑わらいはれしよしに御座ぎょざ候こう。
なれども亦また裏うらには裏うらと申すもうすことも有之ゆうの、さほど不自由ふじゆうは致しいたし居らおらず候こう。
六ろく、少すくな斎とき石見いわみの両人りょうにん、霜しもと申すもうす女房にょうぼうを召し出さめしだされ、こまごまと申さもうされ候こうは、この度ど急きゅうに治部少じぶのしょうより、東ひがしへお立ちたちなされ候こう大名だいみょう衆しゅうの人質ひとじちをとられ候こうよし、専らもっぱら風聞ふうぶん仕りつかまつり候へそうらへども、如何いかが仕るするべく候こうや、秀しゅう林はやし院いん様ようのお思召しおぼしめしのほども承りうけたまわりたしとのことに有之ゆうの候こう。
その節ふし、霜しものわたくしに申しもうし候こうは、「お留守るす居い役やくの衆しゅうも手ぬるいてぬるいことでおりやる。そのやうなことは澄きよし見みからをとつひの内うちに言上ごんじょうされたものを。やれやれお取次とりつぎ御苦労ごくろうな」とのことに御座ぎょざ候こう。
尤ももっともこれは珍ちんしきことにても無む之これ、いつも世上せじょうの噂うわさなどはお留守るす居い役やくの耳みみよりも、わたくしどもの耳みみへ先さきに入りいり候こう、少すくな斎ときは唯ただ律義りちぎなる老人ろうじん、石見いわみは武道ぶどう一いち偏ぺんのわやく人ひとに候こう間ま、さもあるべき儀ぎとは存じぞんじ候へそうらへども、兎角とかくたび重なりたびかさなり候へそうらへば、わたくしどもを始めはじめ奥おくのものは「世上せじょうに隠れかくれない」と申すもうす代りかわりに「お留守るす居い役やくさへ知ちつておりやる」と申すもうすことに相そう成りなり居りおり候こう。
七なな、霜しもは即ちすなわちその旨むねを秀しゅう林はやし院いん様ようへ申し上げもうしあげ候こうところ、秀しゅう林はやし院いん様ようの御意ぎょいなされ候こうは、治部少じぶのしょうと三さん斎とき様ようとは兼ねけんねがねおん仲なか悪しくあしく候こうまま、定めしさだめし人質ひとじちのとりはじめにはこの方ほうへ参るまいるならん、万一まんいちさもなき節ふしは他家たけの並なみもあるべきか、もし又また一番いちばんに申しもうし来りきたり候はこうはば、御ご返答へんとう如何いかが遊ばさあそばされ候こうべきや。
少すくな斎とき石見いわみの両人りょうにん、分別ぶんべつ致しいたし候こうやうにとのことに御座ぎょざ候こう。
少すくな斎とき石見いわみの両人りょうにんも分別ぶんべつ致しいたしかね候へそうらへばこそ、御意ぎょいをも伺ひうかがひし次第しだいに候へそうらへば、秀しゅう林はやし院いん様ようのおん言葉ことばは見当けんとう違ひちがひには御座ぎょざ候こうへども霜しもも御ご主人しゅじんの御ご威光いこうには勝たかたれず、その通りとおり両人りょうにんへ申し渡しもうしわたし候こう。
霜しものお台所だいどころへ下がりさがり候こう後あと、秀しゅう林はやし院いん様ようは又またまた「まりや」様ようの画像がぞうの前まえに「のす、のす」をお唱へしょうへ遊ばさあそばされ、梅うめと申すもうす新参しんざんの女房にょうぼう、思はおもうはず笑ひわらひ出しだし候へそうらへば、以ての外もってのほかのことなりとさんざん御ご折檻せっかんを蒙りこうむり候こう。
八はち、少すくな斎とき石見いわみの両人りょうにんは秀しゅう林はやし院いん様ようの御意ぎょいを伺ひうかがひ、いづれも当惑とうわく仕りつかまつり候へそうらへども、やがて霜しもに申さもうされ候こうは、治部少じぶのしょうかたより右みぎの次第しだいを申しもうし来りきたり候こうとも、与一郎よいちろう様よう与五郎よごろう様よう(忠興ただおきの子こ、興秋おきあき)のお二にかたは東ひがしへお立ちたちなされたり、内記ないき様よう(同上どうじょう、忠利ただとし)も亦また唯今ただいまは江戸えど人質ひとじちに御座ぎょざ候こう間ま、人質ひとじちに出ででで候はこうはん人ひと、当とうお屋敷やしきには一人ひとりも無む之これ候へそうらへば、所詮しょせんは出しだし申すもうすことなるまじくと返答へんとう仕るするべし、なほ又また是非ぜひともと申しもうし候はこうはば、田辺たなべの城しろ(舞鶴まいづる)へ申しもうし遣けんはし、幽斎ゆうさい様よう(忠興ただおきの父ちち、藤孝ふじたか)より御ご指図さしずを仰ぎあおぎ候こうまま、それ迄まで待ちまち候へそうらへと挨拶あいさつ仕るするべし、この儀ぎは如何いかが候こうべきと申さもうされ候こう。
秀しゅう林はやし院いん様ようの仰せおおせには分別ぶんべつ致しいたし候こうやうにと申し渡さもうしわたされ候へそうらへども、少すくな斎とき石見いわみ両人りょうにんの言葉ことばに毛けすぢほどの分別ぶんべつも有之ゆうの候こうや。
まづ老おい功こうの侍さむらいとは申さもうさず、人並みひとなみの分別ぶんべつある侍さむらいならば、たとひ田辺たなべの城しろへなりとも秀しゅう林はやし院いん様ようをお落しおとし申しもうし、その次つぎには又またわたくしどもにも思ひ思ひおもひおもひに姿すがたを隠さかくさせ、最後さいごに両人りょうにんのお留守るす居い役やくだけ覚悟かくご仕るするべき場合ばあいに御座ぎょざ候こう。
然るしかるに人質ひとじちに出ででで候はこうはん人ひと、一人ひとりも無む之これ候へそうらへば、出しだし申すもうすことなるまじくなどとは一いちも二にもなき喧嘩腰けんかこしにて、側杖そばづえを打たうたるるわたくしどもこそ迷惑めいわく千万せんまんに存じぞんじ候こう。
九きゅう、霜しもは又また右みぎの次第しだいを秀しゅう林はやし院いん様ようへ申し上げもうしあげ候こうところ、秀しゅう林はやし院いん様ようは御ご返事へんじも遊ばさあそばされず、唯ただお口くちのうちに「のす、のす」とのみお唱へしょうへなされ居りおり候へそうらへども、漸くようやくさりげなきおん気色けしきに直らなおられ、一段いちだん然るしかるべしと御意ぎょいなされ候こう。
如何いかがさままだお留守るす居い役やくよりお落しおとし奉らたてまつらんとも申さもうされぬうちに、落せおとせと仰せおおせられ候こう訣わけには参りまいり兼ねけんね候こう儀ぎゆゑ、さだめし御ご心中しんじゅうには少すくな斎とき石見いわみの無分別むぶんべつなる申し条もうしじょうをお恨みうらみ遊ばさあそばされしことと存じ上げぞんじあげ候こう。
且かつは御機嫌ごきげんもこの時じより引きつづきひきつづき甚だはなはだよろしからず、ことごとにわたくしどもをお叱りしかりなされ、又またお叱りしかりなさるる度どに「えそぽ物語ものがたり」とやらをお読み聞かせよみきかせ下されくだされ、誰だれはこの蛙かわず、彼かれはこの狼おおかみなどと仰せおおせられ候こう間ま、みなみな人質ひとじちに参るまいるよりも難渋なんじゅうなる思ひおもひを致しいたし候こう。
殊にことにわたくしは蝸牛かぎゅうにも、鴉からすにも、豚ぶたにも、亀の子かめのこにも、棕梠しゅろにも、犬いぬにも、蝮まむしにも、野牛やぎゅうにも、病人びょうにんにも似にかよひ候こうよし、くやしきお小言こごとを蒙りこうむり候こうこと、末代まつだい迄までも忘れわすれ難くがたく候こう。
十じゅう、十四じゅうよん日ひには又また澄きよし見み参りまいり、人質ひとじちの儀ぎを申し出しもうしだし候こう。
秀しゅう林はやし院いん様よう御意ぎょいなされ候こうは、三さん斎とき様ようのお許しゆるし無む之これうちは、如何いかがやうのこと候こうとも、人質ひとじちに出ででで候こう儀ぎには同心どうしん仕るするまじくと仰せおおせられ候こう。
然れしかれば澄きよし見み申しもうし候こうは、成程なるほど三さん斎とき様ようの御ご意見いけんを重んぜおもんぜられ候こうこと、尤ももっとも賢女けんじょには候こうべし。
なれどもこれは細川ほそかわ家いえのおん大事だいじにつき、たとひ城しろ内うちへはお出でなされずとも、お隣屋敷となりやしき浮田うきた中納言ちゅうなごん様よう迄まで入らはいらせらるべきか。
浮田うきた中納言ちゅうなごん様ようの奥様おくさまは与一郎よいちろう様ようと御ご姉妹しまいの間がらあいだがらゆゑ、その分ぶんのことは三さん斎とき様ようにもよもやおん咎めとがめなされまじく、左様さよう遊ばさあそばされ候へそうらへとのことに御座ぎょざ候こう。
澄きよし見みはわたくし大嫌ひだいきらひの狸たぬき婆ばあには候へそうらへども、澄きよし見みの申しもうし候こうことは一理いちりありと存じぞんじ候こう。
お隣屋敷となりやしき浮田うきた中納言ちゅうなごん様ようへお移りうつり遊ばさあそばされ候はこうはば、第だい一いちに世間せけんの名聞みょうもんもよろしく、第だい二ににわたくしどもの命いのちも無事ぶじにて、この上うえの妙案みょうあんは有之ゆうのまじく候こう。
十一じゅういち、然るしかるに秀しゅう林はやし院いん様よう御意ぎょいなされ候こうは、如何にいかにも浮田うきた中納言ちゅうなごん殿とのは御ご一門いちもんのうちには候へそうらへども、これも治部少じぶのしょうと一味いちみのよし、兼ねけんねがね承りうけたまわり及びおよび候こう間ま、それ迄まで参りまいり候こうても人質ひとじちは人質ひとじちに候こうまま、同心どうしん致しいたし難くがたくと仰せおおせられ候こう。
澄きよし見みはなほも押し返しおしかえし、いろいろ口説き立てくどきたて候へそうらへども、一向いっこうに御ご承引しょういん遊ばさあそばされず、遂についに澄きよし見みの妙案みょうあんも水の泡みずのあわと消えきえ果てはて申しもうし候こう。
その節ふしも亦また秀しゅう林はやし院いん様ようは孔子こうしとやら、「えそぽ」とやら、橘姫たちばなひめとやら、「きりすと」とやら、和漢わかんはもとより南蛮なんばん国くにの物語ものがたりさへも仰せおおせ聞かさきかされ、さすがの澄きよし見みも御ご能弁のうべんにはしみじみ恐れ入りおそれいりしやうに見うけみうけ候こう。
十二じゅうに、この日ひの大凶だいきょう時じ、霜しもは御ご庭前ていぜんの松まつの梢こずえへ金色きんいろの十字架じゅうじかの天下るあまくだるさまを夢ゆめのやうに眺めながめ候こうよし、如何なるいかなる凶事きょうじの前兆ぜんちょうにやと悲しかなしげにわたくしへ話しはなし申しもうし候こう。
尤ももっとも霜しもは近眼きんがんの上うえ、日頃ひごろみなみなになぶらるる臆病者おくびょうしゃに御座ぎょざ候こう間ま、明星みょうじょうを十字架じゅうじかとも見み違いへ候こうや、覚束なおぼつかなき限りかぎりと存じぞんじ候こう。
十三じゅうさん、十五じゅうご日ひにも亦また澄きよし見み参りまいり、きのふと同じおなじことを申し上げもうしあげ候こう。
秀しゅう林はやし院いん様よう御意ぎょいなされ候こうは、たとひ何度なんど申さもうされ候こうとも、覚悟かくごは変るかわるまじ、と仰せおおせられ候こう。
然れしかれば澄きよし見みも立腹りっぷく致しいたし候こうや、御前ごぜんを退きしりぞき候こうみぎり、「御ご心痛しんつうのほどもさぞかしでおぢやらう。どうやらお顔かおも四十よんじゅうあまりに見みゆる」と申しもうし候こう。
秀しゅう林はやし院いん様ようにも一いちかたならず御ご立腹りっぷく遊ばさあそばされ、以後いごは澄きよし見みに目通りめどおり無用むようと達したっし候こうへと仰せおおせられ候こう。
なほ又またこの日ひも一刻いっこく置きおきに「おらつしよ」をお唱へしょうへ遊ばさあそばされ候へそうらへども、内証ないしょうにてのお掛合かけやひも愈いよいよ手切てぎれと相そう成りなり候こう間ま、みなみな安きやすき心こころもなく、梅うめさへ笑わらいはずに控ひかえへ居りおり候こう。
十四じゅうよん、この日ひは又また河北かほく石見いわみ、稲富いなとみ伊賀いが(祐ゆう直じか)と口論こうろん致さいたされ候こうよし、伊賀いがは砲術ほうじゅつの上手じょうずにつき、他家たけにも弟子でしの衆しゅう少すくなからず、何なんかと評判ひょうばんよろしく候こうまま、少すくな斎とき石見いわみなどは嫉きやきことに思はおもうはれ、兎角とかく口論こうろんも致さいたされ勝ちかちとのことに御座ぎょざ候こう。
十五じゅうご、この日ひの夜半やはん、霜しもは夢ゆめに打手うちてのかかるを見み、肝きもを冷やしひやし候こうよし、大声おおごえに何なんか呼ばよばはりながら、お廊下ろうかを四五しご間ま走りはしりまはり候こう。
十六じゅうろく、十六じゅうろく日ひ巳みの刻こく頃ころ、少すくな斎とき石見いわみの両人りょうにん、再びふたたび霜しもに申さもうされ候こうは、唯今ただいま治部少じぶのしょうかたより表向きおもてむきの使し参りまいり、是非ぜひとも秀しゅう林はやし院いん様ようをおん渡しわたし候へそうらへ、もしおん渡しわたし候はこうはずば、押し掛けおしかけて取りとり候はこうはんと申しもうし候こう間ま、さりとは我儘わがままなる申し条もうしじょうも候こうものかな、この上うえは我われ等とう腹はらを切りきり候こうとも、おん渡しわたし仕るするまじくと申しもうし遣けんはし候こう。
然れしかれば秀しゅう林はやし院いん様ようにも御ご覚悟かくご遊ばさあそばされたくとのことに有之ゆうの候こう。
その節ふし、生憎あいにく少すくな斎ときは抜けぬけ歯はを煩はんはれ居りおり候こうまま、石見いわみに口上こうじょうを頼またのまれ候こうよし、又また石見いわみは立腹りっぷくの余りあまり、霜しもをも打ちうち果すはたすかと見えみえられ候こうよし、いづれも霜しもの物語ものがたりに御座ぎょざ候こう。
十七じゅうなな、秀しゅう林はやし院いん様ようは霜しもより仔細しさいを聞こし召さきこしめされ、直ちにただちに与一郎よいちろう様ようの奥様おくさまとお内談ないだんに相そう成りなり候こう。
後あとに承りうけたまわり候へそうらへば、与一郎よいちろう様ようの奥様おくさまにも御ご生害しょうがいをお勧めおすすめに相そう成りなり候こうよし、何なんともお傷きずしく存じ上げぞんじあげ候こう。
総じてそうじてこの度どの大変たいへんはやむを得とくぬ仕儀しぎとは申しもうしながら、第だい一いちにはお留守るす居い役やくの無分別むぶんべつよりことを破りやぶり、第だい二にには又また秀しゅう林はやし院いん様よう御自身ごじしんのお気性きしょうより御ご最期さいごを早めはやめられ候こうも同然どうぜんの儀ぎに御座ぎょざ候こう。
然るしかるに与一郎よいちろう様ようの奥様おくさまにも御ご生害しょうがいをお勧めすすめ遊ばさあそばされ候こう上うえは、わたくしどもにさへお伴おともなえを仕るするやう、御意ぎょいなされ候こうやも計りはかり難くがたく、愈いよいよ迷惑めいわくに存じぞんじ居りおり候こうところ、みなみな御前ごぜんへ召さめされ候こう間ま、如何なるいかなる仰せおおせを蒙るこうむることかと一いちかたならず案じあんじ申しもうし候こう。
十八じゅうはち、やがて御前ごぜんへ参りまいり候へそうらへば、秀しゅう林はやし院いん様よう御意ぎょいなされ候こうは、愈いよいよ「はらいそ」と申すもうす極楽ごくらくへ参りまいり候はこうはん時節じせつも近づきちかづき、一段いちだん悦ばしくよろこばしく候こうと仰せおおせられ候こう。
なれどもおん顔かおの色いろは青ざめあおざめお声こえもやや震しんへ居いられ候こう間ま、もとよりこれはおん偽にせと存じ上げぞんじあげ候こう。
秀しゅう林はやし院いん様よう又また御意ぎょいなされ候こうは、唯ただ黄泉路よみじの障りさわりとなるはその方ほうどもの未来みらいなり、その方ほうどもは心得こころえ悪しくあしく、切支丹きりしたんの御ご宗門しゅうもんにも帰依きえし奉らたてまつらず候こうまま、未来みらいは「いんへるの」と申すもうす地獄じごくに堕ちおち、悪魔あくまの餌食えじきとも成りなり果てはて候こうべし。
就いてついては今日きょうより心こころを改めあらため、天主てんしゅのおん教きょうへを守らまもらせ候へそうらへ。
もし又またさもなく候はこうはば、みなみな生害しょうがいの伴ともを仕りつかまつり、われらと共ともに穢土えどを去りさり候へそうらへ。
その節ふしはわれらより「あるかんじよ」(大天使だいてんし)へ頼みたのみ、「あるかんじよ」より又またおん主ぬし「えす・きりすと」へ頼みたのみ奉りたてまつり、一同いちどうに「はらいそ」の荘厳そうごんを拝しはいし候こうべしと仰せおおせられ候こう。
然れしかればわたくしどもは感涙かんるいに咽びむせび、みなみな即座そくざに切支丹きりしたんの御ご宗門しゅうもんに帰依きえし奉るたてまつる旨むね、同音どうおんに申し上げもうしあげ候こう間ま、秀しゅう林はやし院いん様ようには御機嫌ごきげんよろしく、これにて黄泉路よみじの障りさわりも無む之これ、安堵あんどいたし候こうまま、伴ともは無用むようと御意ぎょいなされ候こう。
十九じゅうきゅう、なほ又また秀しゅう林はやし院いん様ようは三さん斎とき様よう与一郎よいちろう様ようへお書置きかきおきをなされ、二に通つうとも霜しもへお渡しわたし遊ばさあそばされ候こう。
その後あと京きょうの「ぐれごり屋や」と申すもうす伴天連ばてれんへも何なんやら横文字よこもじのお書置きかきおきをなされ、これはわたくしへお渡しわたし遊ばさあそばされ候こう、この横文字よこもじのお書置きかきおきは五六ごろく行こうには候へそうらへども、秀しゅう林はやし院いん様ようのお書きかき遊ばさあそばされ候こうには一刻いっこくあまりもおかかりなされ候こう。
これも序じょゆゑ申し上げもうしあげ候へそうらへども、このお書置きかきおきを「ぐれごり屋や」へ渡しわたし候こう節ふし、日本人にっぽんにんの「いるまん」(役僧やくそう)一人ひとり、厳かおごそかに申しもうし候こうは、総じてそうじて自害じがいは切支丹きりしたん宗門しゅうもんの禁ずるきんずるところに御座ぎょざ候こう間ま、秀しゅう林はやし院いん様ようも「はらいそ」へはお昇りのぼり遊ばさあそばさるることかなふまじく候こう、但しただし「みさ」と申すもうす祈祷きとうを奉らたてまつられ候はこうはば、その功徳くどく広大こうだいにして、悪趣あくしゅを免れまぬがれさせ候こうべし。
もし「みさ」を修せしゅうせられ候こうはんには、銀ぎん一いち枚ばい賜りたまわり候へそうらへとのことに御座ぎょざ候こう。
二十にじゅう、打手うちてのかかり候はこうは亥いの刻こく頃ころと存じぞんじ候こう。
お屋敷やしきの表ひょうは河北かほく石見いわみ預りあずかり、裏うらの御ご門もんは稲富いなとみ伊賀いが預りあずかり、奥おくは小笠原おがさわら少すくな斎とき預りあずかりと定まりさだまり居りおり候こう。
敵てき寄すると承りうけたまわり候へそうらへば、秀しゅう林はやし院いん様ようは梅うめを遣けんはされ、与一郎よいちろう様ようの奥様おくさまをお召しめし遊ばさあそばされ候へそうらへども、はやいづこへお落ちおちなされ候こうや、お部屋へやは藻もぬけのからと相そう成りなり居りおり候こうよし、わたくしどもみなみなおん悦びよろこび申し上げもうしあげ候こう。
なれども秀しゅう林はやし院いん様ようにはおん憤りいきどおり少すくなからず、わたくしどもに御意ぎょいなされ候こうは、生まれうまれては山崎やまざきの合戦かっせんに太閤たいこう殿下でんかと天下てんかを争そうはれし惟任これとう将軍しょうぐん光秀みつひでを父ちちとたのみ、死ししては「はらいそ」におはします「まりや」様ようを母ははとたのまんわれらに、末期まっきの恥辱ちじょくを与へあたへ候こうこと、かへすがへすも奇怪きっかいなる平たいら大名だいみょうの娘むすめと仰せおおせられ候こう。
その節ふしのおんありさまのはしたなさ、今いまも目めに見みゆる心地ここち致しいたし候こう。
二十一にじゅういち、程ほどなく小笠原おがさわら少すくな斎とき、紺糸こんいとの具足ぐそくに小しょう薙刀なぎなたを提げさげ、お次つぎ迄まで御ご介錯かいしゃくに参らまいられ候こう。
未だいまだ抜けぬけ歯はの痛みいたみ甚しくはなはだしく候こうよし、左ひだりの頬ほお先さき腫れ上らはれあがられ、武者むしゃぶりも聊はかなげに見うけみうけ候こう。
少すくな斎とき申さもうされ候こうは、お居間いまの敷居しきいを越えこえ候こうはんも恐れ多くおそれおおく候こう間ま、敷居しきい越しこしに御ご介錯かいしゃく仕りつかまつり、追ひおひ腹切はらきりらんとのことに御座ぎょざ候こう。
御ご先途せんど見とどけみとどけの役やくは霜しもとわたくしとに定まりさだまり居りおり候へそうらへば、この頃このごろにはみなみないづこへか落ちおち失せしっせ、わたくしどもばかり残りのこり居りおり候こう。
秀しゅう林はやし院いん様ようは少すくな斎ときを御覧ぜごらんぜられ、介錯かいしゃく大儀たいぎと仰せおおせられ候こう。
細川ほそかわ家いえへお輿入れこしいれ遊ばさあそばされ候こう以来いらい、御ご夫婦ふうふ御ご親子おやこのかたがたは格別かくべつに候へそうらへども、男おとこの顔かおを御覧ごらん遊ばさあそばされ候こうは今日きょうこの少すくな斎ときをはじめと致さいたされ候こうよし、後あとに霜しもより承りうけたまわり及びおよび候こう。
少すくな斎ときはお次つぎに両手りょうてをつかれ、御ご最期さいごの時じ参りまいり候こうと申し上げもうしあげ候こう。
尤ももっとも片頬かたほお腫れ上らはれあがられ居りおり候へそうらへば、言げん舌したも甚だはなはださだかならず、秀しゅう林はやし院いん様ようにも御ご当惑とうわく遊ばさあそばされ、大声おおごえに申さる候へそうらへと御意ぎょいなされ候こう。
二十二にじゅうに、その時じ誰だれやら若きわかき衆しゅう一人ひとり、萌葱もえぎ糸いとの具足ぐそくに大太刀おおたちを提げさげ、お次つぎへ駈けつけかけつけ候こうや否いなや、稲富いなとみ伊賀いが逆心ぎゃくしん仕りつかまつり敵てきは裏門うらもんよりなだれ入りいり候こう間ま、速そくに御ご覚悟かくごなされたくと申さもうされ候こう。
秀しゅう林はやし院いん様ようは右みぎのおん手てにお髪かみをきりきりと巻き上げまきあげられ、御ご覚悟かくごの体からだに見上げみあげ候へそうらへども、若きわかき衆しゅうの姿すがたを御覧ごらん遊ばさあそばされ、羞しはずかしと思召おぼしめしされ候こうや、忽ちたちまちおん顔かおを耳みみの根ね迄まで赤あかあかあかとお染めそめ遊ばさあそばされ候こう。
わたくし一生いっしょうにこの時じほど、秀しゅう林はやし院いん様ようの御ご器量きりょうをお美しくうつくしく存じ上げぞんじあげ候こうこと、一度いちども覚えおぼえ申さもうさず候こう。
二十三にじゅうさん、わたくしどもの御ご門もんを出ででで候こう節ふしはもはやお屋敷やしきに火の手ひのてあがり、御ご門もんの外そとにも人々ひとびと大勢おおぜい、火ひの光ひかりの中なかに集まりあつまり居りおり候こう。
尤ももっともこれは敵てきにては無む之これ、火事かじを見みに集まりあつまりたる人々ひとびとのよし、又また敵てきは伊賀いがを引きつれひきつれ、御ご最期さいご以前いぜんに引きあげひきあげ候こうよし、いづれも後あとに承りうけたまわり申しもうし候こう。
まづは秀しゅう林はやし院いん様ようお果てはてなされ候こう次第しだいのこと、あらあら申し上げもうしあげたる通りとおりに御座ぎょざ候こう。
(大正たいしょう十二じゅうに年ねん十二じゅうに月つき)
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