教育と文芸

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第 1 章
私わたくしは思いがけおもいがけなく前まえから当地とうちの教育きょういく会かいの御ご招待しょうたいを受けうけました。
凡そおよそ一いちカ月かげつ前まえに御ご通知つうちがありましたが、私わたくしは、その時じになって見みなければ、出でられるか出でられぬか分らわからぬために、直じかにお答こたえをすることが出来できませんでした。
しかし、御懇切ごこんせつの御ご招待しょうたいですから義理ぎりにもと思いおもいまして体からだだけ出懸けでかけて参りまいりました。
別べつに面白いおもしろいお話はなしも出来できません、前まえ申しもうした通りとおり体からだだけ義理ぎりにもと出かけでかけたわけであります。
私わたくしのやる演題えんだいはこういう教育きょういく会かいの会場かいじょうでの経験けいけんがないのでこまりました。
が、名なが教育きょういく会かいであるし、引受けるひきうける私わたくしは文学ぶんがくに関係かんけいあるものであるから、教育きょういくと文芸ぶんげいという事ことにするが能いあたいと思いおもいまして、こういう題だいにしました。
この教育きょういくと文芸ぶんげいというのは、諸君しょくんが主ぬしであるからまげて教育きょういくをさきとしたのであります。
よく誤解ごかいされる事ことがありますので、そんな事ことがあっては済みすみませんから、ちょっと注意ちゅういを申述べもうしのべて置きおきます。
教育きょういくといえばおもに学校教育がっこうきょういくであるように思わおもわれますが、今いま私わたくしの教育きょういくというのは社会しゃかい教育きょういく及および家庭かてい教育きょういくまでも含んふくんだものであります。
また私わたくしのここにいわゆる文芸ぶんげいは文学ぶんがくである、日本にっぽんにおける文学ぶんがくといえば先さき小説しょうせつ戯曲ぎきょくであると思いおもいます。
順序じゅんじょは矛盾むじゅんしましたが、広義こうぎの教育きょういく、殊にことに、徳育とくいくとそれから文学ぶんがくの方面ほうめん殊にことに、小説しょうせつ戯曲ぎきょくとの関係かんけい連絡れんらくの状態じょうたいについてお話はなし致しいたします。
日本にっぽんにおける教育きょういくを昔むかしと今いまとに区別くべつして相そう比較ひかくするに、昔むかしの教育きょういくは、一種いっしゅの理想りそうを立てたて、その理想りそうを是非ぜひ実現じつげんしようとする教育きょういくである。
しこうして、その理想りそうなるものが、忠ただしとか孝こうとかいう、一種いっしゅ抽象ちゅうしょうした概念がいねんを直ちにただちに実際じっさいとして、即ちすなわち、この世このよにあり得るうるものとして、それを理想りそうとさせた、即ちすなわち孔子こうしを本家ほんけとして、全然ぜんぜんその通りとおりにならなくともとにかくそれを目あてめあてとして行くいくのであります。
なお委しくくわしくいいますと聖人せいじんといえば孔子こうし、仏ふつといえば釈迦しゃか、節婦せっぷ貞女ていじょ忠臣ちゅうしん孝子たかこは、一種いっしゅの理想りそうの固まりかたまりで、世の中よのなかにあり得とくないほどの、理想りそうを以いて進ますすまねばならなかった。
親おやが、子供こどものいう事ことを聞かきかぬ時じは、二十四にじゅうよん孝こうを引き出しひきだして子供こどもを戒めるいましめると、子供こどもは閉口へいこうするというような風かぜであります。
それで昔むかしは上うえの方ほうには束縛そくばくがなくて、上うえの下したに対するたいする束縛そくばくがある、これは能くよくない、親おやが子こに対するたいする理想りそうはあるが子こが親おやに対するたいする理想りそうはなかった。
妻つまが夫おっとに臣しんが君きみに対するたいする理想りそうはなかったのです。
即ちすなわち忠臣ちゅうしん貞女ていじょとかいうが如きごときものを完全かんぜんなものとして孝子たかこは親おやの事こと、忠臣ちゅうしんは君きみの事こと、貞女ていじょは夫おっとの事ことをばかり考えかんがえていた。
誠まことにえらいものである。
その原因げんいんは科学的かがくてき精神せいしんが乏しかっとぼしかったためで、その理想りそうを批評ひひょうせず吟味ぎんみせずにこれを行っいって行っいったというのである。
また昔むかしは階級かいきゅう制度せいどが厳しいきびしいために過去かこの英雄えいゆう豪傑ごうけつは非常ひじょうにえらい人ひとのように見えみえて、自分じぶんより上うえの人ひとは非常ひじょうにえらくかつ古人こじんが世の中よのなかに存在そんざいし得るうるという信仰しんこうがあったため、また、一いちは所ところが隔たっへだたっていて目のあたりまのあたり見みなれぬために遠隔えんかくの地ちの人ひとのことは非常ひじょうに誇ほこり大してたいして考えかんがえられたものである、今いまは交通こうつうが便利べんりであるためにそんな事ことがない、私わたくしなどもあまり飛び出さとびださないと大家おおやと見みられるであろう。
さて当時とうじは理想りそうを目前もくぜんに置きおき、自分じぶんの理想りそうを実現じつげんしようと一種いっしゅの感激かんげきを前まえに置いおいてやるから、一種いっしゅの感激かんげき教育きょういくとなりまして、知ちの方ほうは主ぬしでなく、インスピレーションいんすぴれーしょんともいうような情緒じょうちょの教育きょういくでありました。
なんでも出来るできると思うおもう、精神せいしん一いち到いたる何事なにごと不成ふなりというような事ことを、事実じじつと思っおもっている。
意気いき天てんを衝くつく。
怒髪天どはつてんをつく。
炳として日月じつげつ云々うんぬんという如きごとき、こういう詞しを古人こじんは盛さかんに用いもちいた。
感激かんげき的まとというのはこんな有様ありさまで情緒的じょうちょてき教育きょういくでありましたから一般いっぱんの人ひとの生活せいかつ状態じょうたいも、エモーショナルえもーしょなるで努力どりょく主義しゅぎでありました。
そういう教育きょういくを受けるうける者ものは、前まえのような有様ありさまでありますが社会しゃかいは如何いかがかというと、非常ひじょうに厳格げんかくで少しすこしのあやまちも許さゆるさぬというようになり、少しくすこしく申訳もうしわけがなければ坊主ぼうずとなり切腹せっぷくするという感激かんげき主義しゅぎであった、即ちすなわち社会しゃかいの本能ほんのうからそういうことになったもので、大体だいたいよりこれが日本にっぽんの主眼しゅがんとする所ところでありました、それが明治めいじになって非常ひじょうに異っちがってきました。
四十よんじゅう余よ年間ねんかんの歴史れきしを見るみると、昔むかしは理想りそうから出立しゅったつした教育きょういくが、今いまは事実じじつから出発しゅっぱつする教育きょういくに変化へんかしつつあるのであります、事実じじつから出発しゅっぱつする方ほうは、理想りそうはあるけれども実行じっこうは出来できぬ、概念的がいねんてきの精神せいしんに依っよって人ひとは成立せいりつする者ものでない、人間にんげんは表裏ひょうりのあるものであるとして、社会しゃかいも己おのれも教育きょういくするのであります。
昔むかしは公こうでも私わたくしでも何なんでも皆みな孝こうで押し通しおしとおしたものであるが今いまは一面いちめんに孝こうがあれば他面ためんに不孝ふこうがあるものとしてやって行くいく。
即ちすなわち昔むかしは一元的いちげんてき、今いまは二元的にげんてきである、すべて孝こうで貫きつらぬき忠ただしで貫くつらぬく事ことはできぬ。
これは想像そうぞうの結果けっかである。
昔むかしの感激かんげき主義しゅぎに対したいして今いまの教育きょういくはそれを失わすうしなわする教育きょういくである、西洋せいようでは迷めいより覚めるさめるという、日本にっぽんでは意味いみが違うちがうが、まあディスイリュージョンでぃすいりゅーじょん、さめる、というのであります。
なぜ昔むかしはそんな風かぜであったか。
話はなしは余談よだんに入るはいるが、独逸どいつの哲学者てつがくしゃが概念がいねんを作っつくって定義ていぎを作っつくったのであります。
しかし巡査じゅんさの概念がいねんとして白いしろい服ふくを着きてサーベルさーべるをさしているときめると一いち面めんには巡査じゅんさが和服わふくで兵児帯へこおびのこともあるから概念がいねんできめてしまうと窮屈きゅうくつになる。
定義ていぎできめてしまっては世の中よのなかの事ことがわからなくなると仏国ふつこくの学者がくしゃはいうている。
物ものは常つねに変化へんかして行くいく、世の中よのなかの事ことは常つねに変化へんかする、それで孔子こうしという概念がいねんをきめてこれを理想りそうとしてやって来きたものが後あとにこれが間ま違いであったということを悟るさとるというような場合ばあいも出来できて来るくる。
こういう変化へんかはなぜ起っおこったか、これは物理ぶつり化学かがく博物はくぶつなどの科学かがくが進歩しんぽして物ものをよく見みて、研究けんきゅうして見るみる。
こういう科学的かがくてき精神せいしんを、社会しゃかいにも応用おうようして来るくる。
また階級かいきゅうもなくなる交通こうつうも便利べんりになる、こういう色々いろいろな事情じじょうからついに今日きょうの如きごとき思想しそうに変化へんかして来きたのであります。
道徳どうとく上うえの事ことで、古人こじんの少しすこしもゆるさなかったことを、今いまの人ひとはよほど許容きょようする、我儘わがままをも許すゆるす、社会しゃかいがゆるやかになる、畢竟ひっきょう道徳的どうとくてき価値かちの変化へんかという事ことが出来できて来きた。
即ちすなわち自分じぶんというものを発揮はっきしてそれで短所たんしょ欠点けってん悉くことごとくあらわす事ことをなんとも思わおもわない。
そして無理むりの事ことがなくなる。
昔むかしは負ふ惜みおしみをしたものだ、残酷ざんこくな事ことも忍んしのんだものだ。
今いまはそれが段々だんだんなくなって、自分じぶんの弱点じゃくてんをそれほど恐れおそれずに世の中よのなかに出すだす事ことを何なんとも思わおもわない。
それで古ふるの人ひとの弊へいはどんな事ことかというと、多少たしょう偽にせの点てんがありました。
今いまの人ひとは正直しょうじきで自分じぶんを偽らいつわらずに現わすあらわす、こういう風かぜで寛容的かんようてき精神せいしんが発達はったつして来きた。
しこうして社会しゃかいもまたこれを容れいれて来きたのであります。
昔むかしは一遍いちぺん社会しゃかいから葬らほうむられた者ものは、容易よういに恢復かいふくする事ことが出来できなかったが、今日きょうでは人ひとの噂うわさも七十五ななじゅうご日ひという如くごとく寛大かんだいとなったのであります。
社会しゃかいの制裁せいさいが弛んゆるんだというかも知れしれませんが一方いっぽうからいいましたならば、事実じじつにそういう欠点けってんのあり得るうる事ことを二元的にげんてきに認めみとめて、これに寛容的かんようてきの態度たいどを示ししめしたのであります。
畢竟ひっきょう無理むりがなくなり、概念がいねんの束縛そくばくがなくなり、事実じじつが現われあらわれたのであります。
昔むかしスパルタすぱるたの教育きょういくに、狐きつねを隠しかくしてその狐きつねが自分じぶんの腸ちょうをえぐり出しえぐりだしても、なお黙っだまっていたということがあるが、今いまはそういう痩やせ我慢がまんはなくなったのである。
現今げんこんの教育きょういくの結果けっかは自分じぶんの特とく点てんをも露骨ろこつに正直しょうじきに人ひとの前まえに現わすあらわす事ことを非常ひじょうなる恥辱ちじょくとはしないのであります。
これは事実じじつという第だい一いちの物ものが一元的いちげんてきでないという事ことを予めあらかじめ許すゆるすからである。
私わたくしの家いえへよく若いわかい者ものが訪ねたずねて参りまいりますがその学生がくせいが帰っかえって手紙てがみを寄こすよこす。
その中なかにあなたの家いえを訪ねたずねた時じに思いきっおもいきって這入ろうはいろうかイヤいや這入るはいるまいかと暫くしばらく躊躇ちゅうちょした、なるべくならお留守るすであればよい、更にさらに逢わあわぬといってくれれば可いいいと思っおもったというような露骨ろこつな事ことが書いかいてある。
昔むかし私わたくしらの書生しょせいの頃ころには、人ひとを訪問ほうもんしていなければ可いいいがと思うおもうてもそういう事ことをその人ひとの前まえに告白こくはくするような正直しょうじきな実際的じっさいてきな事ことはしなかったものである。
痩やせ我慢がまんをして実じつは堂々どうどうたるものの如くごとく装っよそおって人ひとの前まえにもこれを吹聴ふいちょうしたのである。
感激かんげき的まと教育きょういく概念がいねんに囚れとらわれたる薫かおる化ばけがこういう不正直ふしょうじきな痩やせ我慢がまん的まとな人間にんげんを作り出しつくりだしたのである。
さて一方いっぽう文学ぶんがくを攷察こうさつして見みまするにこれを大別たいべつしてローマンチシズムろーまんちしずむ、ナチュラリズムなちゅらりずむの二に種類しゅるいとすることが出来るできる、前者ぜんしゃは適当てきとうの訳字やくじがないために私わたくしが作っつくって浪漫ろまん主義しゅぎとして置きおきましたが、後者こうしゃのナチュラリズムなちゅらりずむは自然しぜん派はと称ししょうしております。
この両者りょうしゃを前まえに申述べもうしのべた教育きょういくと対照たいしょういたしますと、ローマンチシズムろーまんちしずむと、昔むかしの徳育とくいく即ちすなわち概念がいねんに囚れとらわれたる教育きょういくと、特徴とくちょうを同どううし、ナチュラリズムなちゅらりずむと現今げんこんの事実じじつを主ぬしとする教育きょういくと、相そう通うかようのであります。
以前いぜん文芸ぶんげいは道徳どうとくを超絶ちょうぜつするという議論ぎろんがあり、またこれを論じろんじた大家おおやもあったのでありますけれども、これは大おおなる間ま違いで、なるほど道徳どうとくと文芸ぶんげいは接触せっしょくしない点てんもあるけれども、大部分だいぶぶんは相そう連れんっている。
ただ僅かわずかに倫理りんりと芸術げいじゅつと両立りょうりつせないで、どちらかを捨てすてねばならぬ場合ばあいがないではありません。
例えばたとえば私わたくしがこの机つくえを推しおしている、何時なんじしかこの机つくえと共ともに落ちおちたとします。
この落ちおちたという事実じじつに対したいして、諸君しょくんは必ずかならず笑わわらわれるに違いちがいない。
しかし倫理的りんりてきに申しもうしたならば、人ひとが落ちおちたというに笑うわらうはずがない、気の毒きのどくだという同情どうじょうがあって然るしかるべきである、殊にことに私わたくしのような招かまねかれて来きた者ものに対するたいする礼儀れいぎとしても笑うわらうのは倫理的りんりてきでない事ことは明あきらである。
けれども笑うわらうという事ことと、気の毒きのどくだと思うおもう事ことと、どちらか捨てすてねばならぬ場合ばあいに、滑稽こっけい趣味しゅみの上うえにこれを観賞かんしょうするは、一種いっしゅの芸術的げいじゅつてきの見方みかたであります。
けれども私わたくしが、脳のう振盪しんとうを起しおこして倒れたおれたとすれば、諸君しょくんの笑わらいは必ずかならず倫理的りんりてきの同情どうじょうに変ずるへんずるに違いちがいありますまい。
こういう風かぜに或ある程度ていどまで芸術げいじゅつと倫理りんりと相そう離りるる部分ぶぶんはあるけれども、最後さいごまたは根柢こんていには倫理的りんりてき認容にんようがなければならぬのであります。
従っしたがって小説しょうせつ戯曲ぎきょくの材料ざいりょうは七なな分ぶんまで、徳義とくぎ的まと批判ひはんに訴えうったえて取捨しゅしゃ選択せんたくせられるのであります。
恋こいを描くえがくにローマンろーまん主義しゅぎの場合ばあいでは途中とちゅうで、単にたんに顔かおを合せあわせたばかりで直ぐすぐに恋情れんじょうが成立ちなりたち、このために盲目もうもくになったり、跛足ちんばになったりして、煩悶はんもん懊悩おうのうするというようなことになる。
しかしこんな事実じじつは、実際じっさいあり得とくない事ことである。
其処そこが感激かんげき派はの小説しょうせつで、或ある情緒じょうちょを誇大こだいして、即ちすなわち抽象的ちゅうしょうてき理想りそうを具体化ぐたいかしたようなものを作り上げつくりあげたのであります、事実じじつからは遠いとおいけれど感激かんげきは多いおおいのであります。
ローマンろーまんチックちっくの道徳どうとくは何なんとなしに対象物たいしょうぶつをして大きくおおきく偉くえらく感じかんじさせる。
ナチュラリズムなちゅらりずむの道徳どうとくは、自己じこの欠点けってんを暴露ばくろさせる正直しょうじきな可愛らしいかわいらしい所ところがある。
ローマンチシズムろーまんちしずむの芸術げいじゅつは情緒的じょうちょてきエモーショナルえもーしょなるで人ひとをして偉くえらく大きくおおきく思わおもわせるし、ナチュラリズムなちゅらりずむの芸術げいじゅつは理智的りちてきで、正直しょうじきに実際じっさいを思わおもわしめる。
即ちすなわち文学ぶんがく上うえから見みてローマンチシズムろーまんちしずむは偽にせを伝えるつたえるがまた人ひとの精神せいしんに偉大いだいとか崇高すうこうとかの現象げんしょうを認めみとめしめるから、人ひとの精神せいしんを未来みらいに結合けつごうさする。
ナチュラリズムなちゅらりずむは、材料ざいりょうの取扱いとりあつかい方ほうが正直しょうじきで、また現在げんざいの事実じじつを発揮はっきさすることに勉つとむむるから、人ひとの精神せいしんを現在げんざいに結合けつごうさする、例えばたとえば人間にんげんを始めはじめから不完全ふかんぜんな物ものと見みて人ひとの欠点けってんを評しひょうしたるものである。
ローマンチシズムろーまんちしずむは、己おのれ以上いじょうの偉大いだいなるものを材料ざいりょうとして取扱うとりあつかうから、感激かんげき的まとであるけれども、その材料ざいりょうが読むよむ者もの聞くきく者ものには全くまったく、没交渉ぼつこうしょうで印象いんしょうにヨソヨソしいよそよそしい所ところがある、これに引き換えひきかえてナチュラリズムなちゅらりずむは、如何にいかに汚いきたない下らしたらないものでも、自分じぶんというものがその鏡かがみに写っうつって何なんだか親しくしたしくしみじみと感得かんとくせしめる。
能くよく能くよく考えかんがえて見るみると人ひとというものは、平時へいじにおいては軽微けいびの程度ていどにおけるローマンチシズムろーまんちしずむの主張しゅちょう者もので、或ある者ものを批評ひひょうしたり要求ようきゅうするに自己じこの力ちから以上いじょうのものを以いてしている。
一体いったい人間にんげんの心こころは自分じぶん以上いじょうのものを、渇仰かつごうする根本的こんぽんてきの要求ようきゅうを持っもっている、今日きょうよりは明日あすに一部いちぶの望みのぞみを有するゆうするのである。
自分じぶんより豪いえらいもの自分じぶんより高いたかいものを望むのぞむ如くごとく、現在げんざいよりも将来しょうらいに光明こうみょうを発見はっけんせんとするものである。
以上いじょう述べのべた如くごとくローマンチシズムろーまんちしずむの思想しそう即ちすなわち一いちの理想主義りそうしゅぎの流れながれは、永久えいきゅうに変るかわることなく、深くふかく人心じんしんの奥底おくそこに永きながき生命せいめいを有しゆうしているものであります。
従っしたがってローマンろーまん主義しゅぎの文学ぶんがくは永久えいきゅうに生存せいぞんの権利けんりを有しゆうしております。
人心じんしんのこの響きひびきに触れふれている限りかぎり、ローマンろーまん主義しゅぎの思想しそうは永久えいきゅうに伝わるつたわるものであります。
これに反しはんしてナチュラリズムなちゅらりずむの道徳どうとくは前述ぜんじゅつの如くごとく、寛容的かんようてき精神せいしんに富んとんでいる。
事実じじつを事実じじつとしてありのままを描いえがいたものが、真しんのナチュラリズムなちゅらりずむの文学ぶんがくである。
自己じこ解剖かいぼう、自己じこ批判ひはん、の傾向けいこうが段々だんだんと人心じんしんの間まに広まりひろまりつつあり、精神せいしんが極めてきわめて平民へいみん的まとに、換言かんげんすれば平凡へいぼん的まとになって来きたのであります。
人間にんげんの人間にんげんらしい所ところの写実しゃじつをするのが自然主義しぜんしゅぎの特徴とくちょうで、ローマンろーまん主義しゅぎの人間にんげん以上いじょう自己じこ以上いじょう、殆んどほとんど望んのぞんで得とくべからざるほどの人物じんぶつ理想りそうを描いえがいたのに対したいして極めてきわめて通常つうじょうのものをそのまま、そのままという所ところに重きおもきを置いおいて世態せたいをありのままに欠点けってんも、弱点じゃくてんも、表裏ひょうりともに、一元いちげんにあらぬ二に元もと以上いじょうにわたって実際じっさいを描き出すえがきだすのであります。
従っしたがってカーライルかーらいるの英雄えいゆう崇拝すうはい的まと傾向けいこうの欲求よっきゅうが永久えいきゅうに存在そんざいする事ことは前述ぜんじゅつの通りとおりであるが今いまはこれに多少たしょうの変化へんかを来たしきたしたという訳わけであります。
さてかく自然主義しぜんしゅぎの道徳どうとく文学ぶんがくのために、自己じこ改良かいりょうの念ねんが浅くあさく向上こうじょう渇仰かつごうの動機どうきが薄くうすくなるということは必ずかならずあるに相違そういない。
これは慥たしかに欠点けってんであります。
従っしたがって現代げんだいの教育きょういくの傾向けいこう、文学ぶんがくの潮流ちょうりゅうが、自然主義しぜんしゅぎ的まとであるためにボツボツぼつぼつその弊害へいがいが表われあらわれて、日本にっぽんの自然主義しぜんしゅぎという言辞げんじは甚だしくはなはだしく卑しむいやしむべきものになって来きた。
けれどもこれは間ま違いである。
自然主義しぜんしゅぎはそんな非ひ倫理的りんりてきなものではない、自然主義しぜんしゅぎそのものは日本にっぽんの文学ぶんがくの一部いちぶに表われあらわれたようなものではなく、単にたんに彼かれらはその欠点けってんのみを示ししめしたのである。
前まえにも言っいった通りとおり如何にいかに文学ぶんがくといえども決してけっして倫理りんり範囲はんいを脱しだっしているものではなく、少くすくなくも、倫理的りんりてき渇仰かつごうの念ねんを何所なんしょにか萌さきざさしめなければならぬものであります。
人間にんげんの心こころの底そこに永久えいきゅうに、ローマンろーまん主義しゅぎの英雄えいゆう崇拝すうはい的まと情緒的じょうちょてきの傾向けいこうの存するそんする限りかぎり、この心こころは永ひさし存するそんするものであるが、それを全くまったく無視むしして、人間にんげんの弱点じゃくてんばかりを示すしめすのは、文学ぶんがくとしての真価しんかを有するゆうするものでない、片輪かたわな出来でき損いそこないの芸術げいじゅつであります。
如何にいかに人間にんげんの弱点じゃくてんを書いかいたものでも、その弱点じゃくてんの全体ぜんたいを読むよむ内うちに何処どこにかこれに対するたいする悪感あっかんとか、あるいは別べつに倫理的りんりてきの要求ようきゅうとかが読者どくしゃの心こころに萌え出づるもえいづるような文学ぶんがくでなければならぬ。
これが人心じんしんの自然しぜんの要求ようきゅうで、芸術げいじゅつもまたこの範囲はんいにある。
今いまの一部いちぶの小説しょうせつが人ひとに嫌わいやわれるは、自然主義しぜんしゅぎそのものの欠点けってんでなく取扱うとりあつかう同派どうはの文学者ぶんがくしゃの失敗しっぱいで、畢竟ひっきょう過去かこの極端きょくたんなるローマンろーまん主義しゅぎの反動はんどうであります。
反動はんどうは正動せいどうよりも常規つねのりを逸するいっする。
故こにわれわれは反動はんどうとして多少たしょうこの間このまの消息しょうそくを諒りょうとせねばならぬ。
さて自然主義しぜんしゅぎは遠慮えんりょなく事実じじつそのままを人ひとの前まえに暴露ばくろし、または描き出すえがきだすため種々しゅじゅなる欠点けってんを生ずるしょうずるに至りいたりましたが、これを救うすくうは過去かこのローマンろーまん主義しゅぎを復興ふっこうするにあらずして、新しんローマンろーまん主義しゅぎともいうべきものを興すおこすにあろうかと思うおもう。
新しんローマンろーまん主義しゅぎというも、全くまったく以前いぜんのローマンろーまん主義しゅぎとは別物べつものである。
凡そおよそ歴史れきしは繰返すくりかえすものなりというけれども、歴史れきしは決してけっして繰返さくりかえさぬのである、繰返すくりかえすというのは間ま違いである。
如何なるいかなる場合ばあいにも後戻りあともどりをすることなく前まえへ前まえへと走っはしっている。
教育きょういく及びおよび文芸ぶんげいとても、自然主義しぜんしゅぎに弊害へいがいがあるからとて、昔むかしには戻らもどらぬ。
もし戻っもどってもそれは全くまったく新しんなる形式けいしき内容ないようを有するゆうするもので、浅薄せんぱくなる観察かんさつ者ものには昔時せきじに戻りもどりたる感じかんじを起さおこさせるけれども、実じつはそうではないのであります。
しこうして自然主義しぜんしゅぎに反動はんどうしたものとするならば、新しんローマンろーまん主義しゅぎともいうべきものは、自然主義しぜんしゅぎ対たいローマンろーまん主義しゅぎの最後さいごに生ずるしょうずるはずである。
新しんローマンろーまん主義しゅぎというとも決してけっして、昔むかしのローマンろーまん主義しゅぎに返っかえったのではない、全くまったく別物べつものなのであります。
即ちすなわち新しんローマンろーまん主義しゅぎは、昔時せきじのローマンろーまん主義しゅぎのように空想くうそうに近いちかい理想りそうを立てたてずに、程度ていどの低いひくい実際じっさいに近いちかい達成たっせいし得とくらるる目的もくてきを立てたてて、やって行くいくのである。
社会しゃかいは常つねに、二元にげんである。
ローマンろーまん主義しゅぎの調和ちょうわは時じと場所ばしょに依りより、その要求ようきゅうに応じおうじて二者にしゃが適宜てきぎに調ちょう諧して、甲こうの場合ばあいには自然主義しぜんしゅぎ六ろく分ぶんローマンろーまん主義しゅぎ四よん分ぶんというように時代じだい及びおよび場所ばしょの要求ようきゅうに伴うともなうて、両者りょうしゃの完全かんぜんなる調和ちょうわを保つたもつ所ところに、新しんローマンろーまん主義しゅぎを認めるみとめる。
将来しょうらいはこうなる事ことであろうと思うおもう。
昔むかしの感激かんげき的まとの教育きょういくと、当時とうじの情緒的じょうちょてきなローマンろーまん主義しゅぎの文芸ぶんげいと今いまの科学かがく上うえの真しんを重んずるおもんずる教育きょういく主義しゅぎと、空想くうそう的まとならざる自然主義しぜんしゅぎの文芸ぶんげいと、相そう連れんって両者りょうしゃの変遷へんせん及びおよび関係かんけいが明瞭めいりょうになるのであります。
かくして人心じんしんに向上こうじょうの念ねんがある以上いじょう、永久えいきゅうにローマンろーまん主義しゅぎの存続そんぞくを認にんむると共ともに、総てすべての真しんに価値かちを発見はっけんする自然主義しぜんしゅぎもまた充分じゅうぶんなる生命せいめいを存しそんして、この二者にしゃの調和ちょうわが今後こんごの重なるかさなる傾向けいこうとなるべきものと思うおもうのであります。
近頃ちかごろ教育者きょういくしゃには文学ぶんがくはいらぬというものもあるが、自分じぶんの今までいままでのお話はなしは全くまったく教育きょういくに関係かんけいがないという事ことが出来できぬ。
現時げんじの教育きょういくにおいて小学校しょうがっこう中等ちゅうとう学校がっこうはローマンろーまん主義しゅぎで大学だいがくなどに至っいたっては、ナチュラルなちゅらる主義しゅぎのものとなる。
この二者にしゃは密接みっせつなる関係かんけいを有しゆうして、二につであるけれどもつまりは一いちつに重なるかさなるものと見みてよろしいのであります。
故こに前まえ申しもうした通りとおり文学ぶんがくと教育きょういくとは決してけっして離れはなれないものであるのであります。
(文責ぶんせき記者きしゃにあり)――明治めいじ四四よんよん、七なな、一いち『信濃しなの教育きょういく』――
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