アグニの神

5
妙子たえこ勿論もちろんばあさんこの魔法まほう使ところだれ触れふれない思つおもつ違ひちがひありませ
しかし実際じっさい部屋へやそともう一人ひとり鍵穴かぎあなから覗いのぞいゐるおとこあつです
それ一体いったいだれ
言ふいふまでなく書生しょせい遠藤えんどうです
遠藤えんどう妙子たえこ手紙てがみから一時いちじ往来おうらい立つたつなり夜明けよあけ待たまた思ひおもひまし
お嬢さんおじょうさん身の上みのうえ思ふおもふどうぢつとられませ
そことうとう盗人ぬすびとやうそつといえなか忍びこむしのびこむ早速さっそくこのかい戸口とぐちさつきから透き見すきみです
しかし透き見すきみする言ついつ何しろなにしろ鍵穴かぎあな覗くのぞくですから蒼白いあおじろい香炉こうろひかり浴びあび死人しにんやう妙子たえこかおやつ正面しょうめん見えるみえるだけです
そのそとつくえ魔法まほう書物しょもつゆかひれ伏しひれふしばあさん姿すがたまるで遠藤えんどうひりませ
しかし嗄れしゃがればあさんこえとるやうはつきり聞えきこえまし
アグニあぐにかみアグニあぐにかみどうわたくし申すもうすこと聞き入れききいれ下さいくださいまし ばあさんかう言ついつ思ふおもふいきないやう妙子たえこやはりつぶつたまま突然とつぜんくち利ききき始めはじめまし
しかもそのこえどう妙子たえこやう少女しょうじょ思はおもうはない荒々しいあらあらしいおとここえです
いやおれお前おまえ願ひねがひなぞ聞かきかないお前おまえおれ言ひつけいひつけ背いそむいいつも悪事あくじばかり働いはたらいおれもう今夜こんや限りかぎりお前おまえ見捨てようみすてよう思つおもつゐるいやそのうえ悪事あくじばつ下しおろしやら思つおもつゐる ばあさん呆気あっけとら
暫くしばらくなん答へこたえへ喘ぐあえぐやうこえばかり立てたてまし
妙子たえこばあさん頓着とんちゃくおごそか話しはなし続けるつづけるです
お前おまえ憐れあわれ父親ちちおやからこの女の子おんなのこ盗んぬすんもしいのちおししかつたら明日あす言はげんは今夜こんやうち早速さっそくこの女の子おんなのこ返すかえす好いよい 遠藤えんどう鍵穴かぎあな当てあてままばあさんこたえ待つまつまし
するばあさん驚きおどろきする思ひの外おもいのほか憎々しいにくにくしい笑ひ声わらいごえ洩らしもらしながらきゅう妙子たえこまえとっ立ちたちまし
ひと莫迦ばかする好いよい加減かげんおしお前おまえわたくしなん思つおもつゐるわたくしまだお前おまえ欺さだまされるほど耄碌もうろくない心算しんさん早速さっそくお前おまえ父親ちちおや返せかえせ警察けいさつ役人やくにんぢやあるまいアグニあぐにかみそんなこと言ひつけいひつけなつたまるもの ばあさんどこからとり出しとりだしつぶ妙子たえこかおさきいちちょうナイフないふ突きつけつきつけまし
さあ正直しょうじき白状はくじょうおしお前おまえ勿体もったいなくアグニあぐにかみ声色こわいろ使ゐるだら さつきから容子ようこつて妙子たえこ実際じっさいねむゐること勿論もちろん遠藤えんどうわかりませ
ですから遠藤えんどうこれ見るみるさて計略けいりゃく露顕ろけん思はおもうはむね躍らおどらまし
妙子たえこそう変らかわら目蓋まぶたいち動かさうごかさ嘲笑ちょうしょうやう答へこたえへです
お前おまえ死に時しにどき近づいちかづいおれこえお前おまえ人間にんげんこえ聞えるきこえるおれこえ低くひくくとも天上てんじょう燃えるもえるほのおこえそれお前おまえわからないわからなけれ勝手にかってにする好いよいおれただお前おまえ尋ねるたずねるすぐこの女の子おんなのこ送り返すおくりかえすそれおれ言ひつけいひつけ背くそむく ばあさんちよいとためつたやうです
忽ちたちまち勇気ゆうきとり直すとりなおす片手かたてナイフないふ振りふりながら片手かたて妙子たえこ頭髪とうはつ掴んつかんずるずる手もとてもと引き寄せひきよせまし
この阿魔あままだつよしじょう張るはるよしよしそれなら約束やくそく通りとおりいち思ひおもひいのちやる ばあさんナイフないふ振り上げふりあげまし
もういち分間ぶんけん遅れおくれ妙子たえこいのちなくなります
遠藤えんどう咄嗟とっさ起すおこすじょうかかつた入口いりぐち無理むり無体むたい明けようあけようまし
容易ようい破れやぶれませ
いくら押しおし叩いたたいかわ摺りすり剥けるむけるばかりです