その二間を行き尽くすとまた二間ばかり先が見えて来る。世の中が二間四方に縮まったかと思うと、歩けば歩るくほど新しい二間四方が露われる。その代り今通って来た過去の世界は通るに任せて消えて行く。
第 1 章
四つ角でバスを待ち合せていると、鼠色の空気が切り抜かれて急に眼の前へ馬の首が出た。
それだのにバスの屋根にいる人は、まだ霧を出切らずにいる。
こっちから霧を冒して、飛乗って下を見ると、馬の首はもう薄ぼんやりしている。
バスが行き逢うときは、行き逢った時だけ奇麗だなと思う。
思う間もなく色のあるものは、濁った空の中に消えてしまう。
漠々として無色の裡に包まれて行った。
ウェストミンスター橋を通るとき、白いものが一二度眼を掠めて翻がえった。
眸を凝らして、その行方を見つめていると、封じ込められた大気の裡に、鴎が夢のように微かに飛んでいた。
その時頭の上でビッグベンが厳に十時を打ち出した。
仰ぐと空の中でただ音だけがする。
ヴィクトリヤで用を足して、テート画館の傍を河沿にバタシーまで来ると、今まで鼠色に見えた世界が、突然と四方からばったり暮れた。
泥炭を溶いて濃く、身の周囲に流したように、黒い色に染められた重たい霧が、目と口と鼻とに逼って来た。
外套は抑えられたかと思うほど湿っている。
軽い葛湯を呼吸するばかりに気息が詰まる。
足元は無論穴蔵の底を踏むと同然である。
自分はこの重苦しい茶褐色の中に、しばらく茫然と佇立んだ。
自分の傍を人が大勢通るような心持がする。
けれども肩が触れ合わない限りははたして、人が通っているのかどうだか疑わしい。
その時この濛々たる大海の一点が、豆ぐらいの大きさにどんよりと黄色く流れた。
自分はそれを目標に、四歩ばかりを動かした。
するとある店先の窓硝子の前へ顔が出た。
店の中では瓦斯を点けている。
中は比較的明かである。
人は常のごとくふるまっている。
自分はやっと安心した。
バタシーを通り越して、手探りをしないばかりに向うの岡へ足を向けたが、岡の上は仕舞屋ばかりである。
同じような横町が幾筋も並行して、青天の下でも紛れやすい。
自分は向って左の二つ目を曲ったような気がした。
それから二町ほど真直に歩いたような心持がした。
それから先はまるで分らなくなった。
暗い中にたった一人立って首を傾けていた。
右の方から靴の音が近寄って来た。
と思うと、それが四五間手前まで来て留まった。
それからだんだん遠退いて行く。
しまいには、全く聞えなくなった。
あとは寂としている。
自分はまた暗い中にたった一人立って考えた。
どうしたら下宿へ帰れるかしらん。
懸物
大刀老人は亡妻の三回忌までにはきっと一基の石碑を立ててやろうと決心した。
けれども倅の痩腕を便に、ようやく今日を過すよりほかには、一銭の貯蓄もできかねて、また春になった。
あれの命日も三月八日だがなと、訴えるような顔をして、倅に云うと、はあ、そうでしたっけと答えたぎりである。
大刀老人は、とうとう先祖伝来の大切な一幅を売払って、金の工面をしようときめた。
倅に、どうだろうと相談すると、倅は恨めしいほど無雑作にそれがいいでしょうと賛成してくれた。
倅は内務省の社寺局へ出て四十円の月給を貰っている。
女房に二人の子供がある上に、大刀老人に孝養を尽くすのだから骨が折れる。
老人がいなければ大切な懸物も、とうに融通の利くものに変形したはずである。
この懸物は方一尺ほどの絹地で、時代のために煤竹のような色をしている。
暗い座敷へ懸けると、暗澹として何が画いてあるか分らない。
老人はこれを王若水の画いた葵だと称している。
そうして、月に一二度ぐらいずつ袋戸棚から出して、桐の箱の塵を払って、中のものを丁寧に取り出して、直に三尺の壁へ懸けては、眺めている。
なるほど眺めていると、煤けたうちに、古血のような大きな模様がある。
緑青の剥げた迹かと怪しまれる所も微かに残っている。
老人はこの模糊たる唐画の古蹟に対って、生き過ぎたと思うくらいに住み古した世の中を忘れてしまう。
ある時は懸物をじっと見つめながら、煙草を吹かす。
または御茶を飲む。
でなければただ見つめている。
御爺さん、これ、なあにと小供が来て指を触けようとすると、始めて月日に気がついたように、老人は、触ってはいけないよと云いながら、静かに立って、懸物を巻きにかかる。
すると、小供が御爺さん鉄砲玉はと聞く。
うん鉄砲玉を買って来るから、悪戯をしてはいけないよと云いながら、そろそろと懸物を巻いて、桐の箱へ入れて、袋戸棚へしまって、そうしてそこいらを散歩しに出る。
帰りには町内の飴屋へ寄って、薄荷入の鉄砲玉を二袋買って来て、そら鉄砲玉と云って、小供にやる。
倅が晩婚なので小供は六つと四つである。
倅と相談をした翌日、老人は桐の箱を風呂敷に包んで朝早くから出た。
そうして四時頃になって、また桐の箱を持って帰って来た。
小供が上り口まで出て、御爺さん鉄砲玉はと聞くと、老人は何にも云わずに、座敷へ来て、箱の中から懸物を出して、壁へ懸けて、ぼんやり眺め出した。
四五軒の道具屋を持って廻ったら、落款がないとか、画が剥げているとか云って、老人の予期したほどの尊敬を、懸物に払うものがなかったのだそうである。
倅は道具屋は廃しになさいと云った。
老人も道具屋はいかんと云った。
二週間ほどしてから、老人はまた桐の箱を抱えて出た。
そうして倅の課長さんの友達の所へ、紹介を得て見せに行った。
その時も鉄砲玉を買って来なかった。
倅が帰るや否や、あんな眼の明かない男にどうして譲れるものか、あすこにあるものは、みんな贋物だ、とさも倅の不徳義のように云った。
倅は苦笑していた。
二月の初旬に偶然旨い伝手ができて、老人はこの幅を去る好事家に売った。
老人は直に谷中へ行って、亡妻のために立派な石碑を誂えた。
そうしてその余りを郵便貯金にした。
それから五日ほど立って、常のごとく散歩に出たが、いつもよりは二時間ほど後れて帰って来た。
その時両手に大きな鉄砲玉の袋を二つ抱えていた。
売り払った懸物が気にかかるから、もう一遍見せて貰いに行ったら、四畳半の茶座敷にひっそりと懸かっていて、その前には透き徹るような臘梅が活けてあったのだそうだ。
老人はそこで御茶の御馳走になったのだという。
おれが持っているよりも安心かも知れないと老人は倅に云った。
倅はそうかも知れませんと答えた。
小供は三日間鉄砲玉ばかり食っていた。
紀元節
南向きの部屋であった。
明かるい方を背中にした三十人ばかりの小供が黒い頭を揃えて、塗板を眺めていると、廊下から先生が這入って来た。
先生は背の低い、眼の大きい、瘠せた男で、顎から頬へ掛けて、髯が爺汚く生えかかっていた。
そうしてそのざらざらした顎の触る着物の襟が薄黒く垢附いて見えた。
この着物と、この髯の不精に延びるのと、それから、かつて小言を云った事がないのとで、先生はみなから馬鹿にされていた。
先生はやがて、白墨を取って、黒板に記元節と大きく書いた。
小供はみんな黒い頭を机の上に押しつけるようにして、作文を書き出した。
先生は低い背を伸ばして、一同を見廻していたが、やがて廊下伝いに部屋を出て行った。
すると、後から三番目の机の中ほどにいた小供が、席を立って先生の洋卓の傍へ来て、先生の使った白墨を取って、塗板に書いてある記元節の記の字へ棒を引いて、その傍へ新しく紀と肉太に書いた。
ほかの小供は笑いもせずに驚いて見ていた。
さきの小供が席へ帰ってしばらく立つと、先生も部屋へ帰って来た。
そうして塗板に気がついた。
「誰か記を紀と直したようだが、記と書いても好いんですよ」と云ってまた一同を見廻した。
一同は黙っていた。
記を紀と直したものは自分である。
明治四十二年の今日でも、それを思い出すと下等な心持がしてならない。
そうして、あれが爺むさい福田先生でなくって、みんなの怖がっていた校長先生であればよかったと思わない事はない。
儲口
「あっちは栗の出る所でしてね。まあ相場がざっと両に四升ぐらいのもんでしょうかね。それをこっちへ持って来ると、升に一円五十銭もするんですよ。それでね、私がちょうど向うにいた時分でしたが、浜から千八百俵ばかり注文がありました。旨く行くと一升二円以上につくんですから、さっそくやりましたよ。千八百俵拵えて、私が自分で栗といっしょに浜まで持って行くと、――なに相手は支那人で、本国へ送り出すんでさあ。すると、支那人が出て来て、宜しいと云うから、もう済んだのかと思うと、蔵の前へ高さ一間もあろうと云う大きな樽を持ち出して、水をその中へどんどん汲み込ませるんです。――いえ何のためだか私にもいっこう分らなかったんで。何しろ大きな樽ですからね、水を張るんだって容易なこっちゃありません。かれこれ半日かかっちまいました。それから何をするかと思って見ていると、例の栗をね、俵をほどいて、どんどん樽の中へ放り込むんですよ。――私も実に驚いたが、支那人てえ奴は本当に食えないもんだと後になって、ようやく気がついたんです。栗を水の中に打ち込むとね、たしかな奴は尋常に沈みますが、虫の食った奴だけはみんな浮いちまうんです。それを支那人の野郎笊でしゃくってね、ペケだって、俵の目方から引いてしまうんだからたまりません。私は傍で見ていてはらはらしました。何しろ七分通り虫が入ってたんだから弱りました。大変な損でさあ。――虫の食ったんですか。いまいましいから、みんな打遣って来ました。支那人の事ですから、やっぱり知らん顔をして、俵にして、おおかた本国へ送ったでげしょう。
「それから薩摩芋を買い込んだこともありまさあ。一俵四円で、二千俵の契約でね。ところが注文の来たのが月半、十四日でして二十五日までにと云うんだから、どう骨を折ったって二千俵と云う数が寄りっこありませんや。とうてい駄目だからって、一応断りました。実を云うと残念でしたがな。すると商館の番頭がいうには、否契約書には二十五日とあるけれども、けっしてその通りには厳行しないからと、再三勧めるもんだから、ついその気になりましてね。――いえ芋は支那へ行くんじゃありません。亜米利加でした。やッぱり亜米利加にも薩摩芋を食う奴があると見えるんですよ。妙な事があるもんで、――で、さっそく買収にかかりました。埼玉から川越の方をな。だが口でこそ二千俵ですが、いざ買い占めるとなるとなかなか大したもんですからな。でもようやくの事で、とうとう二十八日過ぎに約束通りの俵を持って、行きますと、――実に狡猾な奴がいるもんで、約定書のうちに、もしはなはだしい日限の違約があるときは、八千円の損害賠償を出すと云う項目があるんですよ。ところが彼はその条款を応用しちまって、どうしても代金を渡さないんです。もっとも手付は四千円取っておきましたがね。そうこうしている内に、先方では芋を船へ積み込んじまったから、どうする事もできない訳になりました。あんまり業腹だから、千円の保証金を納めましてね、現物取押を申請して、とうとう芋を取り押えてやりました。ところが上には上があるもんで、先方は八千円の保証金を納めて、構わず船を出しちまったんです。でいよいよ裁判になったにはなったんですが、何しろ約定書が入れてあるもんだから、しようがない。私は裁判官の前で泣きましたね。芋はただ取られる、裁判には負ける、こんな馬鹿な事はない、少しは、まあ私の身になって考えて見て下さいって。裁判官も腹のなかでは、だいぶ私の方に同情した様子でしたが、法律の力じゃ、どうする事もできないもんですからな。とうとう負けました」
行列
ふと机から眼を上げて、入口の方を見ると、書斎の戸がいつの間にか、半分明いて、広い廊下が二尺ばかり見える。
廊下の尽きる所は唐めいた手摺に遮られて、上には硝子戸が立て切ってある。
青い空から、まともに落ちて来る日が、軒端を斜に、硝子を通して、縁側の手前だけを明るく色づけて、書斎の戸口までぱっと暖かに射した。
しばらく日の照る所を見つめていると、眼の底に陽炎が湧いたように、春の思いが饒かになる。
その時この二尺あまりの隙間に、空を踏んで、手摺の高さほどのものがあらわれた。
赤に白く唐草を浮き織りにした絹紐を輪に結んで、額から髪の上へすぽりと嵌めた間に、海棠と思われる花を青い葉ごと、ぐるりと挿した。
黒髪の地に薄紅の莟が大きな雫のごとくはっきり見えた。
割合に詰った顎の真下から、一襞になって、ただ一枚の紫が縁までふわふわと動いている。
袖も手も足も見えない。
影は廊下に落ちた日を、するりと抜けるように通った。
後から、―― 今度は少し低い。
真紅の厚い織物を脳天から肩先まで被って、余る背中に筋違の笹の葉の模様を背負っている。
胴中にただ一葉、消炭色の中に取り残された緑が見える。
それほど笹の模様は大きかった。
廊下に置く足よりも大きかった。
その足が赤くちらちらと三足ほど動いたら、低いものは、戸口の幅を、音なく行き過ぎた。
第三の頭巾は白と藍の弁慶の格子である。
眉廂の下にあらわれた横顔は丸く膨らんでいる。
その片頬の真中が林檎の熟したほどに濃い。
尻だけ見える茶褐色の眉毛の下が急に落ち込んで、思わざる辺から丸い鼻が膨れた頬を少し乗り越して、先だけ顔の外へ出た。
顔から下は一面に黄色い縞で包まれている。
長い袖を三寸余も縁に牽いた。
これは頭より高い胡麻竹の杖を突いて来た。
杖の先には光を帯びた鳥の羽をふさふさと着けて、照る日に輝かした。
縁に牽く黄色い縞の、袖らしい裏が、銀のように光ったと思ったらこれも行き過ぎた。
すると、すぐ後から真白な顔があらわれた。
額から始まって、平たい頬を塗って、顎から耳の附根まで遡ぼって、壁のように静かである。
中に眸だけが活きていた。
唇は紅の色を重ねて、青く光線を反射した。
胸のあたりは鳩の色のように見えて、下は裾までばっと視線を乱している中に、小さなヴァイオリンを抱えて、長い弓を厳かに担いでいる。
二足で通り過ぎる後には、背中へ黒い繻子の四角な片をあてて、その真中にある金糸の刺繍が、一度に日に浮いた。
最後に出たものは、全く小さい。
手摺の下から転げ落ちそうである。
けれども大きな顔をしている。
その中でも頭はことに大きい。
それへ五色の冠を戴いてあらわれた。
冠の中央にあるぽっちが高く聳えているように思われる。
身には井の字の模様のある筒袖に、藤鼠の天鵞絨の房の下ったものを、背から腰の下まで三角に垂れて、赤い足袋を踏んでいた。
手に持った朝鮮の団扇が身体の半分ほどある。
団扇には赤と青と黄で巴を漆で描いた。
行列は静かに自分の前を過ぎた。
開け放しになった戸が、空しい日の光を、書斎の入口に送って、縁側に幅四尺の寂しさを感じた時、向うの隅で急にヴァイオリンを擦る音がした。
ついで、小さい咽喉が寄り合って、どっと笑う声がした。
宅の小供は毎日母の羽織や風呂敷を出して、こんな遊戯をしている。
昔
ピトロクリの谷は秋の真下にある。
十月の日が、眼に入る野と林を暖かい色に染めた中に、人は寝たり起きたりしている。
十月の日は静かな谷の空気を空の半途で包んで、じかには地にも落ちて来ぬ。
と云って、山向へ逃げても行かぬ。
風のない村の上に、いつでも落ちついて、じっと動かずに靄んでいる。
その間に野と林の色がしだいに変って来る。
酸いものがいつの間にか甘くなるように、谷全体に時代がつく。
ピトロクリの谷は、この時百年の昔し、二百年の昔にかえって、やすやすと寂びてしまう。
人は世に熟れた顔を揃えて、山の背を渡る雲を見る。
その雲は或時は白くなり、或時は灰色になる。
折々は薄い底から山の地を透かせて見せる。
いつ見ても古い雲の心地がする。
自分の家はこの雲とこの谷を眺めるに都合好く、小さな丘の上に立っている。
南から一面に家の壁へ日があたる。
幾年十月の日が射したものか、どこもかしこも鼠色に枯れている西の端に、一本の薔薇が這いかかって、冷たい壁と、暖かい日の間に挟まった花をいくつか着けた。
大きな弁は卵色に豊かな波を打って、萼から翻えるように口を開けたまま、ひそりとところどころに静まり返っている。
香は薄い日光に吸われて、二間の空気の裡に消えて行く。
自分は