永日小品

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その一角にあらわれた。点は遥かの向にあるけれども、机の上に乗せたほど明らかに見えた。

第 3 章
山やまの裾すそに大きなおおきな藁葺わらぶきがあって、村むらから二に町まちほど上るのぼると、路みちは自分じぶんの門もんの前まえで尽きつきている。
門もんを這入るはいる馬うまがある。
鞍くらの横よこに一いち叢くさむらの菊きくを結いゆいつけて、鈴すずを鳴らしならして、白壁しらかべの中なかへ隠れかくれてしまった。
日ひは高くたかく屋やの棟むねを照らしてらしている。
後あとの山やまを、こんもり隠すかくす松まつの幹みきがことごとく光っひかりって見えるみえる。
茸たけの時節じせつである。
豊三郎とよさぶろうは机つくえの上うえで今いま採っとったばかりの茸たけの香こうを嗅いかいだ。
そうして、豊ゆたか、豊ゆたかという母ははの声こえを聞いきいた。
その声こえが非常ひじょうに遠くとおくにある。
それで手てに取るとるように明らかあきらかに聞えるきこえる。
――母ははは五ご年ねん前まえに死んしんでしまった。
豊三郎とよさぶろうはふと驚いおどろいて、わが眼めを動かしうごかした。
すると先刻せんこく見みた梧桐ごどうの先さきがまた眸ひとみに映っうつった。
延びようのびようとする枝えだが、一所いっしょで伐りきり詰めつめられているので、股またの根ねは、瘤こぶで埋まっうまって、見み悪いわるいほど窮屈きゅうくつに力ちからが入っはいっている。
豊三郎とよさぶろうはまた急きゅうに、机つくえの前まえに押しつけおしつけられたような気きがした。
梧桐ごどうを隔てへだてて、垣根かきねの外そとを見下すみくだすと、汚ないきたない長屋ながやが三四さんよん軒のきある。
綿めんの出でた蒲団ふとんが遠慮えんりょなく秋あきの日ひに照りつけてりつけられている。
傍そばに五十ごじゅう余りあまりの婆ばあさんが立ったって、梧桐ごどうの先さきを見みていた。
ところどころ縞しまの消えきえかかった着物きものの上うえに、細ほそ帯おびを一筋ひとすじ巻いまいたなりで、乏しいとぼしい髪かみを、大きなおおきな櫛くしのまわりに巻きつけまきつけて、茫然ぼうぜんと、枝えだを透かしすかした梧桐ごどうの頂辺てっぺんを見みたまま立ったっている。
豊三郎とよさぶろうは婆ばあさんの顔かおを見みた。
その顔かおは蒼くあおくむくんでいる。
婆ばあさんは腫れぼったいはれぼったい瞼まぶたの奥おくから細いほそい眼めを出しだして、眩しまぶしそうに豊三郎とよさぶろうを見上げみあげた。
豊三郎とよさぶろうは急きゅうに自分じぶんの眼めを机つくえの上うえに落しおとした。
三さん日ひ目めに豊三郎とよさぶろうは花屋はなやへ行っいって菊きくを買っかって来きた。
国くにの庭にわに咲くさくようなのをと思っおもって、探しさがして見みたが見当らみあたらないので、やむをえず花屋はなやのあてがったのを、そのまま三さん本ほんほど藁わらで括っくくって貰っもらって、徳利とっくりのような花瓶かびんへ活けいけた。
行李こうりの底そこから、帆足ほあし万里ばんりの書いかいた小さいちいさい軸じくを出しだして、壁かべへ掛けかけた。
これは先年せんねん帰省きせいした時じ、装飾そうしょく用ようのためにわざわざ持っもって来きたものである。
それから豊三郎とよさぶろうは座蒲団ざふとんの上うえへ坐っすわって、しばらく軸じくと花はなを眺めながめていた。
その時じ窓まどの前まえの長屋ながやの方ほうで、豊々ゆたかと云ういう声こえがした。
その声こえが調子ちょうしと云いいい、音色ねいろといい、優しいやさしい故郷こきょうの母ははに少しすこしも違わちがわない。
豊三郎とよさぶろうはたちまち窓まどの障子しょうじをがらりと開けあけた。
すると昨日きのう見みた蒼あおぶくれの婆ばあさんが、落ちかかるおちかかる秋あきの日ひを額がくに受けうけて、十じゅう二に三さんになる鼻垂はなたり小僧こぞうを手招きてまねきしていた。
がらりと云ういう音おとがすると同時どうじに、婆ばあさんは例れいのむくんだ眼めを翻こぼしえして下したから豊三郎とよさぶろうを見上げみあげた。
金きん
劇烈げきれつな三さん面めん記事きじを、写真しゃしん版ばんにして引き伸ばしひきのばしたような小説しょうせつを、のべつに五六ごろく冊さつ読んよんだら、全くまったく厭いやになった。
飯めしを食っしょくっていても、生活難せいかつなんが飯めしといっしょに胃の腑いのふまで押し寄せおしよせて来きそうでならない。
腹はらが張れはれば、腹はらがせっぱ詰っせっぱつまって、いかにも苦しいくるしい。
そこで帽子ぼうしを被っかぶって空谷くうこく子この所ところへ行っいった。
この空谷くうこく子こと云ういうのは、こういう時じに、話しはなしをするのに都合つごうよく出来上っできあがった、哲学者てつがくしゃみたような占者せんしゃみたような、妙みょうな男おとこである。
無辺際むへんざいの空間くうかんには、地球ちきゅうより大きなおおきな火事かじがところどころにあって、その火事かじの報知ほうちが吾々われわれの眼めに伝わるつたわるには、百ひゃく年ねんもかかるんだからなあと云っいって、神田かんだの火事かじを馬鹿ばかにした男おとこである。
もっとも神田かんだの火事かじで空谷くうこく子この家いえが焼けやけなかったのはたしかな事実じじつである。
空谷くうこく子こは小さなちいさな角かく火鉢ひばちに倚れよれて、真鍮しんちゅうの火箸ひばしで灰はいの上うえへ、しきりに何なんか書いかいていた。
どうだね、相そう変らかわらず考え込んかんがえこんでるじゃないかと云ういうと、さも面倒くさめんどうくさそうな顔つきかおつきをして、うん今金いまかねの事ことを少しすこし考えかんがえているところだと答えこたえた。
せっかく空谷くうこく子この所ところへ来きて、また金きんの話はなしなぞを聞かさきかされてはたまらないから、黙っだまってしまった。
すると空谷くうこく子こが、さも大発見だいはっけんでもしたように、こう云っいった。
「金きんは魔物まものだね」 空谷くうこく子この警句けいくとしてははなはだ陳腐ちんぷだと思っおもったから、そうさね、と云っいったぎり相手あいてにならずにいた。
空谷くうこく子こは火鉢ひばちの灰はいの中なかに大きなおおきな丸まるを描いえがいて、君きみここに金きんがあるとするぜ、と丸まるの真中まなかを突とっッっついた。
「これが何になんにでも変化へんかする。衣服いふくにもなれば、食物しょくもつにもなる。電車でんしゃにもなれば宿屋やどやにもなる」「下らしたらんな。知れしれ切っきってるじゃないか」「否いな、知れしれ切っきっていない。この丸まるがね」とまた大きなおおきな丸まるを描いえがいた。
「この丸まるが善人ぜんにんにもなれば悪人あくにんにもなる。極楽ごくらくへも行くいく、地獄じごくへも行くいく。あまり融通ゆうずうが利ききき過ぎるすぎるよ。まだ文明ぶんめいが進ますすまないから困るこまる。もう少しすこし人類じんるいが発達はったつすると、金きんの融通ゆうずうに制限せいげんをつけるようになるのは分りわかり切っきっているんだがな」「どうして」「どうしても好いよいが、――例えばたとえば金きんを五色ごしきに分けわけて、赤いあかい金きん、青いあおい金きん、白いしろい金きんなどとしても好かろうよかろう」「そうして、どうするんだ」「どうするって。赤いあかい金きんは赤いあかい区域くいき内うちだけで通用つうようするようにする。白いしろい金きんは白いしろい区域くいき内うちだけで使うつかう事ことにする。もし領分りょうぶん外そとへ出るでると、瓦かわらの破片はへん同様どうようまるで幅はばが利かりかないようにして、融通ゆうずうの制限せいげんをつけるのさ」 もし空谷くうこく子こが初対面はつたいめんの人ひとで、初対面はつたいめんの最さい先さきからこんな話はなしをしかけたら、自分じぶんは空谷くうこく子こをもって、あるいは脳のうの組織そしきに異状いじょうのある論客ろんきゃくと認めみとめたかも知れしれない。
しかし空谷くうこく子こは地球ちきゅうより大きなおおきな火事かじを想像そうぞうする男おとこだから、安心あんしんしてその訳わけを聞いきいて見みた。
空谷くうこく子この答こたえはこうであった。
「金きんはある部分ぶぶんから見るみると、労力ろうりょくの記号きごうだろう。ところがその労力ろうりょくがけっして同どう種類しゅるいのものじゃないから、同じおなじ金きんで代表だいひょうさして、彼是あれこれ相そう通ずるつうずると、大変たいへんな間ま違いになる。例えばたとえば僕ぼくがここで一万いちまん噸とんの石炭せきたんを掘っほったとするぜ。その労力ろうりょくは器械きかい的まとの労力ろうりょくに過ぎすぎないんだから、これを金きんに代えかえたにしたところが、その金きんは同どう種類しゅるいの器械きかい的まとの労力ろうりょくと交換こうかんする資格しかくがあるだけじゃないか。しかるに一度いちどこの器械きかい的まとの労力ろうりょくが金きんに変形へんけいするや否いなや、急きゅうに大おお自在じざいの神通力じんずうりょくを得とくて、道徳的どうとくてきの労力ろうりょくとどんどん引き換えひきかえになる。そうして、勝手次第かってしだいに精神せいしん界さかいが攪乱かくらんされてしまう。不都合ふつごう極まるきわまる魔物まものじゃないか。だから色分いろわけにして、少しすこしその分ぶんを知らしらしめなくっちゃいかんよ」 自分じぶんは色分いろわけ説せつに賛成さんせいした。
それからしばらくして、空谷くうこく子こに尋ねたずねて見みた。
「器械きかい的まとの労力ろうりょくで道徳的どうとくてきの労力ろうりょくを買収ばいしゅうするのも悪かろうわるかろうが、買収ばいしゅうされる方ほうも好かよしみかあないんだろう」「そうさな。今いまのような善知ぜんち善ぜん能のうの金きんを見るみると、神かみも人間にんげんに降参こうさんするんだから仕方しかたがないかな。現代げんだいの神かみは野蛮やばんだからな」 自分じぶんは空谷くうこく子こと、こんな金きんにならない話はなしをして帰っかえった。
心こころ
二に階かいの手摺てすりに湯上りゆあがりの手拭てぬぐいを懸けかけて、日の目ひのめの多いおおい春はるの町まちを見下すみくだすと、頭巾ずきんを被っかぶって、白いしろい髭ひげを疎らまばらに生やしはやした下駄げたの歯は入いりが垣かきの外そとを通るとおる。
古いふるい鼓つづみを天秤棒てんびんぼうに括りくくりつけて、竹たけのへらでかんかんと敲くたたくのだが、その音おとは頭あたまの中なかでふと思い出しおもいだした記憶きおくのように、鋭いするどいくせに、どこか気きが抜けぬけている。
爺じいさんが筋すじ向むかいの医者いしゃの門もんの傍そばへ来きて、例れいの冴えさえ損なっそこなった春はるの鼓つづみをかんと打つうつと、頭あたまの上うえに真白まっしろに咲いさいた梅うめの中なかから、一いち羽はねの小鳥ことりが飛び出しとびだした。
歯は入いりは気きがつかずに、青いあおい竹垣たけがきをなぞえに向むかいの方ほうへ廻りまわり込んこんで見えみえなくなった。
鳥とりは一いち摶に手摺てすりの下したまで飛んとんで来きた。
しばらくは柘榴ざくろの細枝ほそえだに留っとめっていたが、落ちつかおちつかぬと見えみえて、二三にさん度ど身ぶりみぶりを易えるかえる拍子ひょうしに、ふと欄干らんかんに倚りよりかかっている自分じぶんの方ほうを見上げるみあげるや否いなや、ぱっと立ったった。
枝えだの上うえが煙るけむるごとくに動いうごいたと思っおもったら、小鳥ことりはもう奇麗きれいな足あしで手摺てすりの桟さんを踏まえふまえている。
まだ見みた事ことのない鳥とりだから、名前なまえを知ろうしろうはずはないが、その色合いろあいが著るきるしく自分じぶんの心こころを動かしうごかした。
鶯うぐいすに似にて少しすこし渋味しぶみの勝っかった翼つばさに、胸むねは燻んくすんだ、煉瓦れんがの色いろに似にて、吹けふけば飛びとびそうに、ふわついている。
その辺へんには柔かにこやかな波なみを時々ときどき打たしうたして、じっとおとなしくしている。
怖こわすのは罪つみだと思っおもって、自分じぶんもしばらく、手摺てすりに倚っよったまま、指ゆび一いち本ほんも動かさうごかさずに辛抱しんぼうしていたが、存外ぞんがい鳥とりの方ほうは平気へいきなようなので、やがて思い切っおもいきって、そっと身みを後あとへ引いひいた。
同時どうじに鳥とりはひらりと手摺てすりの上うえに飛び上がっとびあがって、すぐと眼めの前まえに来きた。
自分じぶんと鳥とりの間まはわずか一いち尺さしほどに過ぎすぎない。
自分じぶんは半ばなかば無意識むいしきに右手みぎてを美しいうつくしい鳥とりの方ほうに出しだした。
鳥とりは柔かにこやかな翼つばさと、華奢きゃしゃな足あしと、漣さざなみの打つうつ胸むねのすべてを挙げあげて、その運命うんめいを自分じぶんに託するたくするもののごとく、向うむこうからわが手ての中なかに、安らかやすらかに飛び移っとびうつった。
自分じぶんはその時じ丸味まるみのある頭あたまを上うえから眺めながめて、この鳥とりは……と思っおもった。
しかしこの鳥とりは……の後あとはどうしても思い出せおもいだせなかった。
ただ心こころの底そこの方ほうにその後そのあとが潜んひそんでいて、総体そうたいを薄くうすく暈すぼかすように見えみえた。
この心こころの底そこ一面いちめんに煮に染んしんだものを、ある不可思議ふかしぎの力ちからで、一所いっしょに集めあつめて判然はんぜんと熟視じゅくししたら、その形かたちは、――やっぱりこの時じ、この場ばに、自分じぶんの手てのうちにある鳥とりと同じおなじ色いろの同じおなじ物ものであったろうと思うおもう。
自分じぶんは直じかに籠かごの中なかに鳥とりを入れいれて、春はるの日影ひかげの傾くかたむくまで眺めながめていた。
そうしてこの鳥とりはどんな心持こころもちで自分じぶんを見みているだろうかと考えかんがえた。
やがて散歩さんぽに出でた。
欣々きんきん然さとして、あてもないのに、町まちの数すうをいくつも通り越しとおりこして、賑かにぎやかな往来おうらいを行けるいける所ところまで行っいったら、往来おうらいは右みぎへ折れおれたり左ひだりへ曲っきょくったりして、知らしらない人ひとの後あとから、知らしらない人ひとがいくらでも出でて来るくる。
いくら歩いあるいても賑かにぎやかで、陽気ようきで、楽々らくらくしているから、自分じぶんはどこの点てんで世界せかいと接触せっしょくして、その接触せっしょくするところに一種いっしゅの窮屈きゅうくつを感ずるかんずるのか、ほとんど想像そうぞうも及ばおよばない。
知らしらない人ひとに幾いく千せん人ひととなく出逢うであうのは嬉しいうれしいが、ただ嬉しいうれしいだけで、その嬉しいうれしい人ひとの眼つきめつきも鼻はなつきもとんと頭あたまに映らうつらなかった。
するとどこかで、宝たから鈴すずが落ちおちて廂ひさし瓦かわらに当るあたるような音おとがしたので、はっと思っおもって向うむこうを見るみると、五六ごろく間ま先さきの小路こうじの入口いりぐちに一人ひとりの女おんなが立ったっていた。
何なんを着きていたか、どんな髷まげに結っけつっていたか、ほとんど分らわからなかった。
ただ眼めに映っうつったのはその顔かおである。
その顔かおは、眼めと云いいい、口くちと云いいい、鼻はなと云っいって、離れ離れはなればなれに叙述じょじゅつする事ことのむずかしい――否いな、眼めと口くちと鼻はなと眉まゆと額がくといっしょになって、たった一いちつ自分じぶんのために作り上げつくりあげられた顔かおである。
百ひゃく年ねんの昔むかしからここに立ったって、眼めも鼻はなも口くちもひとしく自分じぶんを待っまっていた顔かおである。
百ひゃく年ねんの後あとまで自分じぶんを従えしたがえてどこまでも行くいく顔かおである。
黙っだまって物ものを云ういう顔かおである。
女おんなは黙っだまって後あとを向いむかいた。
追いついおいついて見るみると、小路こうじと思っおもったのは露ろ次つぎで、不断ふだんの自分じぶんなら躊躇ちゅうちょするくらいに細くほそくて薄暗いうすぐらい。
けれども女おんなは黙っだまってその中なかへ這入っはいって行くいく。
黙っだまっている。
けれども自分じぶんに後あとを跟けつけて来いこいと云ういう。
自分じぶんは身みを穿めるようにして、露ろ次つぎの中なかに這入っはいった。
黒いくろい暖簾のれんがふわふわしている。
白いしろい字じが染抜いそめぬいてある。
その次つぎには頭あたまを掠めるかすめるくらいに軒灯けんとうが出でていた。
真中まなかに三階松さんかいまつが書いかいて下したに本ほんとあった。
その次つぎには硝子がらすの箱ばこに軽焼かるやきの霰あられが詰っなじっていた。
その次つぎには軒のきの下したに、更紗さらさの小片しょうへんを五ごつ六ろくつ四角しかくな枠わくの中なかに並べならべたのが懸けかけてあった。
それから香水こうすいの瓶びんが見えみえた。
すると露ろ次つぎは真黒まっくろな土蔵どぞうの壁かべで行きいき留っとめった。
女おんなは二に尺さしほど前まえにいた。
と思うおもうと、急きゅうに自分じぶんの方ほうをふり返っふりかえった。
そうして急きゅうに右みぎへ曲っきょくった。
その時じ自分じぶんの頭あたまは突然とつぜん先刻せんこくの鳥とりの心持こころもちに変化へんかした。
そうして女おんなに尾おいて、すぐ右みぎへ曲っきょくった。
右みぎへ曲るまがると、前まえよりも長いながい露ろ次つぎが、細くほそく薄暗くうすぐらく、ずっと続いつづいている。
自分じぶんは女おんなの黙っだまって思惟しいするままに、この細くほそく薄暗くうすぐらく、しかもずっと続いつづいている露ろ次つぎの中なかを鳥とりのようにどこまでも跟いて行っいった。
変化へんか
二人ふたりは二に畳たたみ敷しきの二に階かいに机つくえを並べならべていた。
その畳たたみの色いろの赤黒くあかぐろく光っひかりった様子ようすがありありと、二十にじゅう余よ年ねん後あとの今日きょうまでも、眼めの底そこに残っのこっている。
部屋へやは北向きたむきで、高さたかさ二に尺さしに足らあしらぬ小窓こまどを前まえに、二人ふたりが肩かたと肩かたを喰っくっつけるほど窮屈きゅうくつな姿勢しせいで下した調ちょうをした。
部屋へやの内うちが薄暗くうすぐらくなると、寒いさむいのを思い切っおもいきって、窓まど障子しょうじを明け放っあけはなったものである。
その時じ窓まどの真下ましたの家いえの、竹たけ格子こうしの奥おくに若いわかい娘むすめがぼんやり立ったっている事ことがあった。
静かしずかな夕暮ゆうぐれなどはその娘むすめの顔かおも姿すがたも際立っきわだって美しくうつくしく見えみえた。
折々おりおりはああ美しいうつくしいなと思っおもって、しばらく見下しみくだしていた事こともあった。
けれども中村なかむらには何になんにも言わいわなかった。
中村なかむらも何になんにも言わいわなかった。
女おんなの顔かおは今いまは全くまったく忘れわすれてしまった。
ただ大工だいくか何なんかの娘むすめらしかったという感じかんじだけが残っのこっている。
無論むろん長屋ながや住居じゅうきょの貧しいまずしい暮しくらしをしていたものの子こである。
我われら二人ふたりの寝ね起きする所ところも、屋根やねに一いち枚ばいの瓦かわらさえ見るみる事ことのできない古ふる長屋ながやの一部いちぶであった。
下したには学僕がくぼくと幹事かんじを混ぜまぜて十人じゅうにんばかり寄宿きしゅくしていた。
そうして吹き曝しふきさらしの食堂しょくどうで、下駄げたを穿いはいたまま、飯めしを食っしょくった。
食料しょくりょうは一いち箇月かげつに二に円えんであったが、その代りかわりはなはだ不味いまじいものであった。
それでも、隔日かくじつに牛肉ぎゅうにくの汁しるを一度いちどずつ食わしくわした。
もちろん肉にくの膏あぶらが少しすこし浮いういて、肉にくの香こうが箸はしに絡まっからまって来るくるくらいなところであった。
それで塾生じゅくせいは幹事かんじが狡猾こうかつで、旨いうまいものを食わくわせなくっていかんとしきりに不平ふへいをこぼしていた。
中村なかむらと自分じぶんはこの私塾しじゅくの教師きょうしであった。
二人ふたりとも月給げっきゅうを五ご円えんずつ貰っもらって、日ひに二に時間じかんほど教えおしえていた。
自分じぶんは英語えいごで地理書ちりしょや幾何学きかがくを教えおしえた。
幾何きかの説明せつめいをやる時じに、どうしてもいっしょになるべき線せんが、いっしょにならないで困っこまった事ことがある。
ところが込みこみいった図ずを、太いふとい線せんで書いかいているうちに、その線せんが二につ、黒板こくばんの上うえで重なり合っかさなりあっていっしょになってくれたのは嬉しかっうれしかった。
二人ふたりは朝あさ起きるおきると、両国橋りょうこくきょうを渡っわたって、一いちつ橋はしの予備よび門もんに通学つうがくした。
その時分じぶん予備よび門もんの月謝げっしゃは二十五にじゅうご銭せんであった。
二人ふたりは二人ふたりの月給げっきゅうを机つくえの上うえにごちゃごちゃに攪き交ぜまぜて、そのうちから二十五にじゅうご銭せんの月謝げっしゃと、二に円えんの食料しょくりょうと、それから湯銭ゆせん若干じゃっかんを引いひいて、あまる金きんを懐ふところに入れいれて、蕎麦そばや汁粉しるこや寿司すしを食いくい廻っまわって歩いあるいた。
共同きょうどう財産ざいさんが尽きるつきると二人ふたりとも全くまったく出でなくなった。
予備よび門もんへ行くいく途中とちゅう両国橋りょうこくきょうの上うえで、貴様きさまの読んよんでいる西洋せいようの小説しょうせつのなかには美人びじんが出でて来るくるかと中村なかむらが聞いきいた事ことがある。
自分じぶんはうん出でて来るくると答えこたえた。
しかしその小説しょうせつは何なんの小説しょうせつで、どんな美人びじんが出でて来きたのか、今いまではいっこう覚えおぼえない。
中村なかむらはその時じから小説しょうせつなどを読まよまない男おとこであった。
中村なかむらが端艇たんてい競争きょうそうのチャンピヨンちゃんぴよんになって勝っかった時じ、学校がっこうから若干じゃっかんの金きんをくれて、その金きんで書籍しょせきを買っかって、その書籍しょせきへある教授きょうじゅが、これこれの記念きねんに贈るおくると云ういう文句もんくを書き添えかきそえた事ことがある。
中村なかむらはその時じおれは書物しょもつなんかいらないから、何なんでも貴様きさまの好よしみなものを買っかってやると云っいった。
そうしてアーノルドあーのるどの論文ろんぶんと沙翁しゃおうのハムレットはむれっとを買っかってくれた。
その本ほんはいまだに持っもっている。
自分じぶんはその時じ始めはじめてハムレットはむれっとと云ういうものを読んよんで見みた。
ちっとも分らわからなかった。
学校がっこうを出るでると中村なかむらはすぐ台湾たいわんに行っいった。
それぎりまるで逢わあわなかったのが、偶然ぐうぜん倫敦ろんどんの真中まなかでまたぴたりと出喰わしでくわした。
ちょうど七なな年ねんほど前まえである。
その時じ中村なかむらは昔むかしの通りとおりの顔かおをしていた。
そうして金きんをたくさん持っもっていた。
自分じぶんは中村なかむらといっしょに方々かたがた遊んあそんで歩いあるいた。
中村なかむらも以前いぜんと異っちがって、貴様きさまの読んよんでいる西洋せいようの小説しょうせつには美人びじんが出でて来るくるかなどとは聞かきかなかった。
かえって向うむこうから西洋せいようの美人びじんの話はなしをいろいろした。
日本にっぽんへ帰っかえってからまた逢わあわなくなった。
すると今年ことしの一いち月つきの末すえ、突然とつぜん使しをよこして、話はなしがしたいから築地つきじの新しん喜楽きらくまで来いこいと云っいって来きた。
正午しょうごまでにという注文ちゅうもんだのに、時計とけいはもう十一じゅういち時じ過すぎである。
そうしてその日ひに限っかぎって北風きたかぜが非常ひじょうに強くつよく吹いふいていた。
外そとへ出るでると、帽子ぼうしも車くるまも吹き飛ばさふきとばされそうな勢いいきおいである。
自分じぶんはその日ひの午後ごごに是非ぜひ片づけかたづけなくてはならない用事ようじを控えひかえていた。
妻つまに電話でんわを懸けかけさせて、明日あすじゃ都合つごうが悪いわるいかと聞かきかせると、明日あすになると出立しゅったつの準備じゅんびや何なんかで、こっちも忙しいいそがしいから……と云ういうところで、電話でんわが切れきれてしまった。
いくら、どうしても懸らかからない。
おおかた風かぜのせいでしょうと、妻つまが寒いさむい顔かおをして帰っかえって来きた。
それでとうとう逢わあわずにしまった。
昔むかしの中村なかむらは満鉄まんてつの総裁そうさいになった。
昔むかしの自分じぶんは小説家しょうせつかになった。
満鉄まんてつの総裁そうさいとはどんな事ことをするものかまるで知らしらない。
中村なかむらも自分じぶんの小説しょうせつをいまだかつて一いち頁ぺーじも読んよんだ事ことはなかろう。
クレイグくれいぐ先生せんせい
クレイグくれいぐ先生せんせいは燕えんのように四よん階かいの上うえに巣すをくっている。
舗石ほせきの端はしに立ったって見上げみあげたって、窓まどさえ見えみえない。
下したからだんだんと昇っのぼって行くいくと、股またの所ところが少しすこし痛くいたくなる時分じぶんに、ようやく先生せんせいの門前もんぜんに出るでる。
門もんと申しもうしても、扉とびらや屋根やねのある次第しだいではない。
幅はば三さん尺さし足らあしらずの黒いくろい戸とに真鍮しんちゅうの敲たたき子こがぶら下がっぶらさがっているだけである。
しばらく門前もんぜんで休息きゅうそくして、この敲たたき子この下端かたんをこつこつと戸板といたへぶつけると、内うちから開けあけてくれる。
開けあけてくれるものは、いつでも女おんなである。
近眼きんがんのせいか眼鏡めがねをかけて、絶えたえず驚いおどろいている。
年ねんは五十ごじゅうくらいだから、ずいぶん久しいひさしい間ま世の中よのなかを見みて暮しくらしたはずだが、やっぱりまだ驚いおどろいている。
戸とを敲くたたくのが気の毒きのどくなくらい大きなおおきな眼めをしていらっしゃいと云ういう。
這入るはいると女おんなはすぐ消えきえてしまう。
そうして取附とりふの客間きゃくま――始めはじめは客間きゃくまとも思わおもわなかった。
別段べつだん装飾そうしょくも何なんもない。
窓まどが二につあって、書物しょもつがたくさん並んならんでいるだけである。
クレイグくれいぐ先生せんせいはたいていそこに陣取っじんどっている。
自分じぶんの這入っはいって来るくるのを見るみると、やあと云っいって手てを出すだす。
握手あくしゅをしろという相図あいずだから、手てを握るにぎる事ことは握るにぎるが、向むかいではかつて握り返しにぎりかえした事ことがない。
こっちもあまり握り心地にぎりごこちが好いよい訳わけでもないから、いっそ廃しはいしたらよかろうと思うおもうのに、やっぱりやあと云っいって毛けだらけな皺しわだらけな、そうして例れいによって消極的しょうきょくてきな手てを出すだす。
習慣しゅうかんは不思議ふしぎなものである。
この手ての所有者しょゆうしゃは自分じぶんの質問しつもんを受けうけてくれる先生せんせいである。
始めはじめて逢っあった時じ報酬ほうしゅうはと聞いきいたら、そうさな、とちょっと窓まどの外そとを見みて、一回いちかい七なな志こころざしじゃどうだろう。
多さわ過ぎれすぎればもっと負けまけても好いよいと云わいわれた。
それで自分じぶんは一回いちかい七なな志こころざしの割わりで月末げつまつに全額ぜんがくを払うはらう事ことにしていたが、時じによると不意ふいに先生せんせいから催促さいそくを受けるうける事ことがあった。
君きみ、少しすこし金きんが入るはいるから払っはらって行っいってくれんかなどと云わいわれる。
自分じぶんは洋よう袴はかまの隠しかくしから金貨きんかを出しだして、むき出しむきだしにへえと云っいって渡すわたすと、先生せんせいはやあすまんと受取りうけとりながら、例れいの消極的しょうきょくてきな手てを拡げひろげて、ちょっと掌てのひらの上うえで眺めながめたまま、やがてこれを洋よう袴はかまの隠しかくしへ収めおさめられる。
困るこまる事ことには先生せんせいけっして釣つりを渡さわたさない。
余分よぶんを来月らいげつへ繰り越そうくりこそうとすると、次つぎの週しゅうにまた、ちょっと書物しょもつを買いかいたいからなどと催促さいそくされる事ことがある。
先生せんせいは愛あい蘭らん土つちの人ひとで言葉ことばがすこぶる分らわからない。
少しすこし焦しょうきこんで来るくると、東京とうきょう者ものが薩摩さつま人ひとと喧嘩けんかをした時じくらいにむずかしくなる。
それで大変たいへんそそっかしい非常ひじょうな焦しょうきこみ屋やなんだから、自分じぶんは事ことが面倒めんどうになると、運うんを天てんに任せまかせて先生せんせいの顔かおだけ見みていた。
その顔かおがまたけっして尋常じんじょうじゃない。
西洋せいよう人ひとだから鼻はなは高いたかいけれども、段だんがあって、肉にくが厚あつし過ぎるすぎる。
そこは自分じぶんに善くよく似にているのだが、こんな鼻はなは一見いっけんしたところがすっきりした好いよい感じかんじは起らおこらないものである。
その代りかわりそこいら中なかむしゃくしゃしていて、何なんとなく野趣やしゅがある。
髯ひげなどはまことに御ご気の毒きのどくなくらい黒白くろしろ乱らん生なましていた。
いつかベーカーべーかーストリートすとりーとで先生せんせいに出合っであった時じには、鞭むちを忘れわすれた御者ぎょしゃかと思っおもった。
先生せんせいの白しろ襯衣や白襟しろえりを着けつけたのはいまだかつて見みた事ことがない。
いつでも縞しまのフラネルふらねるをきて、むくむくした上靴うわぐつを足あしに穿いはいて、その足あしを煖炉だんろの中なかへ突き込むつきこむくらいに出しだして、そうして時々ときどき短いみじかい膝ひざを敲いたたいて――その時じ始めはじめて気きがついたのだが、先生せんせいは消極的しょうきょくてきの手てに金きんの指輪ゆびわを嵌めはめていた。
――時じには敲くたたく代りかわりに股またを擦っすって、教えおしえてくれる。
もっとも何なんを教えおしえてくれるのか分らわからない。
聞いきいていると、先生せんせいの好きすきな所ところへ連れつれて行っいって、けっして帰しかえしてくれない。
そうしてその好きすきな所ところが、時候じこうの変り目かわりめや、天気てんき都合つごうでいろいろに変化へんかする。
時じによると昨日きのうと今日きょうで両極りょうきょくへ引越しひっこしをする事ことさえある。
わるく云えいえば、まあ出鱈目でたらめで、よく評するひょうすると文学ぶんがく上うえの座談ざだんをしてくれるのだが、今いまになって考えかんがえて見るみると、一回いちかい七なな志こころざしぐらいで纏っまとった規則きそく正しいただしい講義こうぎなどのできる訳わけのものではないのだから、これは先生せんせいの方ほうがもっともなので、それを不平ふへいに考えかんがえた自分じぶんは馬鹿ばかなのである。
もっとも先生せんせいの頭あたまも、その髯ひげの代表だいひょうするごとく、少しすこしは乱雑らんざつに傾いかたむいていたようでもあるから、むしろ報酬ほうしゅうの値あたい上うえをして、えらい講義こうぎをして貰わもらわない方ほうがよかったかも知れしれない。
先生せんせいの得意とくいなのは詩しであった。
詩しを読むよむときには顔かおから肩かたの辺へんが陽炎かげろうのように振動しんどうする。
――嘘うそじゃない。
全くまったく振動しんどうした。
その代りかわり自分じぶんに読んよんでくれるのではなくって、自分じぶんが一人ひとりで読んよんで楽らくんでいる事ことに帰着きちゃくしてしまうからつまりはこっちの損そんになる。
いつかスウィンバーンすうぃんばーんのロザモンドろざもんどとか云ういうものを持っもって行っいったら、先生せんせいちょっと見せみせたまえと云っいって、二三にさん行こう朗読ろうどくしたが、たちまち書物しょもつを膝ひざの上うえに伏せふせて、鼻眼鏡びがんきょうをわざわざはずして、ああ駄目だめ駄目だめスウィンバーンすうぃんばーんも、こんな詩しを書くかくように老い込んおいこんだかなあと云っいって嘆息たんそくされた。
自分じぶんがスウィンバーンすうぃんばーんの傑作けっさくアタランタあたらんたを読んよんでみようと思い出しおもいだしたのはこの時じである。
先生せんせいは自分じぶんを小供こどものように考えかんがえていた。
君きみこう云ういう事ことを知っしってるか、ああ云ういう事ことが分っわかってるかなどと愚ぐにもつかない事ことをたびたび質問しつもんされた。
かと思うおもうと、突然とつぜんえらい問題もんだいを提出ていしゅつして急きゅうに同輩どうはい扱こきに飛び移るとびうつる事ことがある。
いつか自分じぶんの前まえでワトソンわとそんの詩しを読んよんで、これはシェレーしぇれに似にた所ところがあると云ういう人ひとと、全くまったく違っちがっていると云ういう人ひととあるが、君きみはどう思うおもうと聞かきかれた。
どう思うおもうたって、自分じぶんには西洋せいようの詩しが、まず眼めに訴えうったえて、しかる後あと耳みみを通過つうかしなければまるで分らわからないのである。
そこで好いよい加減かげんな挨拶あいさつをした。
シェレーしぇれに似にている方ほうだったか、似にていない方ほうだったか、今いまでは忘れわすれてしまった。
がおかしい事ことに、先生せんせいはその時じ例れいの膝ひざを叩いたたいて僕ぼくもそう思うおもうと云わいわれたので、大いにおおいに恐縮きょうしゅくした。
ある時じ窓まどから首くびを出しだして、遥かはるかの下界かかいを忙しいそがしそうに通るとおる人ひとを見下しみくだしながら、君きみあんなに人間にんげんが通るとおるが、あの内うちで詩しの分るわかるものは百ひゃく人ひとに一人ひとりもいない、可愛かわい相そうなものだ。
いったい英吉利いぎりす人ひとは詩しを解するかいする事ことのできない国民こくみんでね。
そこへ行くいくと愛あい蘭らん土人どじんはえらいものだ。
はるかに高尚こうしょうだ。
――実際じっさい詩しを味うあじわう事ことのできる君きみだの僕ぼくだのは幸福こうふくと云わいわなければならない。
と云わいわれた。
自分じぶんを詩しの分るわかる方ほうの仲間なかまへ入れいれてくれたのははなはだありがたいが、その割合わりあいには取扱とりあつかいがすこぶる冷淡れいたんである。
自分じぶんはこの先生せんせいにおいていまだ情合じょうあいというものを認めみとめた事ことがない。
全くまったく器械きかい的まとにしゃべってる御ご爺じいさんとしか思わおもわれなかった。
けれどもこんな事ことがあった。
自分じぶんのいる下宿げしゅくがはなはだ厭いやになったから、この先生せんせいの所ところへでも置いおいて貰おうもらおうかしらと思っおもって、ある日ひ例れいの稽古けいこを済ましすましたあと、頼んたのんで見るみると、先生せんせいたちまち膝ひざを敲いたたいて、なるほど、僕ぼくのうちの部屋へやを見せるみせるから、来きたまえと云っいって、食堂しょくどうから、下女げじょ部屋へやから、勝手かってから、一応いちおうすっかり引っ張りひっぱり回しまわして見せみせてくれた。
固よりもとより四よん階かい裏うらの一隅いちぐうだから広いひろいはずはない。
二三にさん分ぶんかかると、見るみる所ところはなくなってしまった。
先生せんせいはそこで、元もとの席せきへ帰っかえって、君きみこういう家いえなんだから、どこへも置いおいて上げるあげる訳わけには行かいかないよと断ることわるかと思うおもうと、たちまちワルトわると・ホイットマンほいっとまんの話はなしを始めはじめた。
昔むかしホイットマンほいっとまんが来きて自分じぶんの家いえへしばらく逗留とうりゅうしていた事ことがある――非常ひじょうに早口はやくちだから、よく分らわからなかったが、どうもホイットマンほいっとまんの方ほうが来きたらしい――で、始めはじめあの人ひとの詩しを読んよんだ時じはまるで物ものにならないような心持こころもちがしたが、何なん遍へんも読みよみ過しすごしているうちにだんだん面白くおもしろくなって、しまいには非常ひじょうに愛読あいどくするようになった。
だから…… 書生しょせいに置いおいて貰うもらう件けんは、まるでどこかへ飛んとんで行っいってしまった。
自分じぶんはただ成行なりゆきに任せまかせてへえへえと云っいって聞いきいていた。
何なんでもその時じはシェレーしぇれが誰だれとかと喧嘩けんかをしたとか云ういう事ことを話しはなして、喧嘩けんかはよくない、僕ぼくは両方りょうほう共とも好きすきなんだから、僕ぼくの好きすきな二人ふたりが喧嘩けんかをするのははなはだよくないと故障こしょうを申し立てもうしたてておられた。
いくら故障こしょうを申し立てもうしたてても、もう何十なんじゅう年ねんか前まえに喧嘩けんかをしてしまったのだから仕方しかたがない。
先生せんせいはそそっかしいから、自分じぶんの本ほんなどをよく置きおき違えるちがえる。
そうしてそれが見当らみあたらないと、大いにおおいに焦しょうきこんで、台所だいどころにいる婆ばあさんを、ぼやでも起っおこったように、仰山ぎょうさんな声こえをして呼び立てるよびたてる。
すると例れいの婆ばあさんが、これも仰山ぎょうさんな顔かおをして客間きゃくまへあらわれて来るくる。
「お、おれの『ウォーズウォースうぉーずうぉーす』はどこへやった」 婆ばあさんは依然いぜんとして驚いおどろいた眼めを皿さらのようにして一応いちおう書棚しょだなを見廻しみまわしているが、いくら驚いおどろいてもはなはだたしかなもので、すぐに、「ウォーズウォースうぉーずうぉーす」を見つけみつけ出すだす。
そうして、「ヒヤひや、サーさー」と云っいって、いささかたしなめるように先生せんせいの前まえに突きつけるつきつける。
先生せんせいはそれを引ったくるひったくるように受け取っうけとって、二に本ほんの指ゆびで汚ないきたない表紙ひょうしをぴしゃぴしゃ敲きたたきながら、君きみ、ウォーズウォースうぉーずうぉーすが……とやり出すだす。
婆ばあさんは、ますます驚いおどろいた眼めをして台所だいどころへ退っしさって行くいく。
先生せんせいは二に分ぶんも三さん分ぶんも「ウォーズウォースうぉーずうぉーす」を敲いたたいている。
そうしてせっかく捜しさがして貰っもらった「ウォーズウォースうぉーずうぉーす」をついに開けあけずにしまう。
先生せんせいは時々ときどき手紙てがみを寄こすよこす。
その字じがけっして読めよめない。
もっとも二三にさん行こうだから、何なん遍へんでも繰返しくりかえして見るみる時間じかんはあるが、どうしたって判定はんていはできない。
先生せんせいから手紙てがみがくれば差支さしつかえがあって稽古けいこができないと云ういうことと断定だんていして始めはじめから読むよむ手数てすうを省くはぶくようにした。
たまに驚いおどろいた婆ばあさんが代筆だいひつをする事ことがある。
その時じははなはだよく分るわかる。
先生せんせいは便利べんりな書記しょきを抱えかかえたものである。
先生せんせいは、自分じぶんに、どうも字じが下手へたで困るこまると嘆息たんそくしていられた。
そうして君きみの方ほうがよほど上手じょうずだと云わいわれた。
こう云ういう字じで原稿げんこうを書いかいたら、どんなものができるか心配しんぱいでならない。
先生せんせいはアーデンあーでん・シェクスピヤしぇくすぴやの出版しゅっぱん者ものである。
よくあの字じが活版かっぱんに変形へんけいする資格しかくがあると思うおもう。
先生せんせいは、それでも平気へいきに序文じょぶんをかいたり、ノートのーとをつけたりして済しなしている。
のみならず、この序文じょぶんを見ろみろと云っいってハムレットはむれっとへつけた緒言しょげんを読まさよまされた事ことがある。
その次つぎ行っいって面白かっおもしろかったと云ういうと、君きみ日本にっぽんへ帰っかえったら是非ぜひこの本ほんを紹介しょうかいしてくれと依頼いらいされた。
アーデンあーでん・シェクスピヤしぇくすぴやのハムレットはむれっとは自分じぶんが帰朝きちょう後あと大学だいがくで講義こうぎをする時じに非常ひじょうな利益りえきを受けうけた書物しょもつである。
あのハムレットはむれっとのノートのーとほど周到しゅうとうにして要領ようりょうを得とくたものはおそらくあるまいと思うおもう。
しかしその時じはさほどにも感じかんじなかった。
しかし先生せんせいのシェクスピヤしぇくすぴや研究けんきゅうにはその前まえから驚かさおどろかされていた。
客間きゃくまを鍵かぎの手てに曲るまがると六ろく畳たたみほどな小さなちいさな書斎しょさいがある。
先生せんせいが高くたかく巣すをくっているのは、実じつを云ういうと、この四よん階かいの角かくで、その角かくのまた角かくに先生せんせいにとっては大切たいせつな宝物ほうもつがある。
――長さながさ一いち尺さし五ご寸すん幅はば一いち尺さしほどな青あお表紙ひょうしの手帳てちょうを約やく十じゅう冊さつばかり併べならべて、先生せんせいはまがな隙すきがな、紙片しへんに書いかいた文句もんくをこの青あお表紙ひょうしの中なかへ書き込んかきこんでは、吝けち坊ぼうが穴あなの開いひらいた銭せんを蓄ちくるように、ぽつりぽつりと殖やしふやして行くいくのを一生いっしょうの楽みたのしみにしている。
この青あお表紙ひょうしが沙翁しゃおう字典じてんの原稿げんこうであると云ういう事ことは、ここへ来き出しだしてしばらく立つたつとすぐに知っしった。
先生せんせいはこの字典じてんを大成たいせいするために、ウェールスうぇーるすのさる大学だいがくの文学ぶんがくの椅子いすを抛っほうって、毎日まいにちブリチッシ・ミュージアムみゅーじあむへ通うかよう暇ひまをこしらえたのだそうである。
大学だいがくの椅子いすさえ抛つなげうつくらいだから、七なな志こころざしの御ご弟子でしを疎まばら末すえにするのは無理むりもない。
先生せんせいの頭あたまのなかにはこの字典じてんが終日しゅうじつ終夜しゅうや槃桓磅※しているのみである。
先生せんせい、シュミッドしゅみっどの沙翁しゃおう字彙じいがある上うえにまだそんなものを作るつくるんですかと聞いきいた事ことがある。
すると先生せんせいはさも軽蔑けいべつを禁じきんじ得とくざるような様子ようすでこれを見みたまえと云いいいながら、自己じこ所有しょゆうのシュミッドしゅみっどを出しだして見せみせた。
見るみると、さすがのシュミッドしゅみっどが前後ぜんご二に巻まき一いち頁ぺーじとして完膚かんぷなきまで真黒まっくろになっている。
自分じぶんはへえと云っいったなり驚いおどろいてシュミッドしゅみっどを眺めながめていた。
先生せんせいはすこぶる得意とくいである。
君きみ、もしシュミッドしゅみっどと同どう程度ていどのものを拵えるこしらえるくらいなら僕ぼくは何なんもこんなに骨ほねを折りおりはしないさと云っいって、また二に本ほんの指ゆびを揃えそろえて真黒まっくろなシュミッドしゅみっどをぴしゃぴしゃ敲きたたき始めはじめた。
「全体ぜんたいいつ頃いつごろから、こんな事ことを御ご始めはじめになったんですか」 先生せんせいは立ったって向うむこうの書棚しょだなへ行っいって、しきりに何なんか捜し出しさがしだしたが、また例れいの通りとおり焦れったじれったそうな声こえでジェーンじぇーん、ジェーンじぇーん、おれのダウデンはどうしたと、婆ばあさんが出でて来きないうちから、ダウデンの所在しょざいを尋ねたずねている。
婆ばあさんはまた驚いおどろいて出でて来るくる。
そうしてまた例れいのごとくヒヤひや、サーさーと窘めたしなめて帰っかえって行くいくと、先生せんせいは婆ばあさんの一いち拶さつにはまるで頓着とんちゃくなく、餓じそうに本ほんを開けあけて、うんここにある。
ダウデンがちゃんと僕ぼくの名なをここへ挙げあげてくれている。
特別とくべつに沙翁しゃおうを研究けんきゅうするクレイグくれいぐ氏しと書いかいてくれている。
この本ほんが千八百七十せんはっぴゃくななじゅう……年ねんの出版しゅっぱんで僕ぼくの研究けんきゅうはそれよりずっと前まえなんだから……自分じぶんは全くまったく先生せんせいの辛抱しんぼうに恐れ入っおそれいった。
ついでに、じゃいつ出来上るできあがるんですかと尋ねたずねて見みた。
いつだか分るわかるものか、死ぬしぬまでやるだけの事ことさと先生せんせいはダウデンを元もとの所ところへ入れいれた。
自分じぶんはその後そのあとしばらくして先生せんせいの所ところへ行かいかなくなった。
行かいかなくなる少しすこし前まえに、先生せんせいは日本にっぽんの大学だいがくに西洋せいよう人ひとの教授きょうじゅは要らいらんかね。
僕ぼくも若いわかいと行くいくがなと云っいって、何なんとなく無常むじょうを感じかんじたような顔かおをしていられた。
先生せんせいの顔かおにセンチメントせんちめんとの出でたのはこの時じだけである。
自分じぶんはまだ若いわかいじゃありませんかといって慰めなぐさめたら、いやいやいつどんな事ことがあるかも知れしれない。
もう五十六ごじゅうろくだからと云っいって、妙みょうに沈んしずんでしまった。
日本にっぽんへ帰っかえって二に年ねんほどしたら、新着しんちゃくの文芸ぶんげい雑誌ざっしにクレイグくれいぐ氏しが死んしんだと云ういう記事きじが出でた。
沙翁しゃおうの専門せんもん学がく者ものであると云ういうことが、二三にさん行こう書き加えかきくわえてあっただけである。
自分じぶんはその時じ雑誌ざっしを下したへ置いおいて、あの字引じびきはついに完成かんせいされずに、反故ほごになってしまったのかと考えかんがえた。
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