倫敦消息

二

第 2 章
また「ホトトギスほととぎす」が届いとどいたから出直しでなおして一度いちど伺おううかがおう。
我輩わがはいの下宿げしゅくの体裁ていさいは前回ぜんかい申し述べもうしのべたごとくすこぶる憐れあわれっぽい始末しまつだが、そういう境界きょうかいに澄まし返っすましかえって三十さんじゅう代だいの顔子がんし然さとしていられるかと君きみ方ほうはきっと聞くきくに違いちがいない。
聞かきかなくっても聞くきく事ことにしないとこっちが不都合ふつごうだからまず聞くきくと認めるみとめる。
ところで我輩わがはいが君きみらに答えるこたえるんだ、懸価かけねのないところを答えるこたえるんだから、そのつもりで聞かきかなくっては行けいけない。
我輩わがはいも時じには禅ぜん坊主ぼうずみたような変哲へんてつ学がく者もののような悟りすましさとりすました事ことも云っいって見るみるが、やはり大体だいたいのところが御存じごぞんじのごとき俗物ぞくぶつだからこんな窮屈きゅうくつな暮しくらしをして回かいやその楽らくをあらためず賢けんなるかなと褒めほめられる権利けんりは毛頭もうとうないのだよ。
そんならなぜもっと愉快ゆかいな所ところへ移らうつらないかと云ういうかも知れしれないが、そこに大おおに理由りゆうの存するそんするあり焉さ。
まず聞きききたまえ。
なるほど留学生りゅうがくせいの学資がくしは御ご話しはなしにならないくらい少ないすくない。
倫敦ろんどんではなおなお少ないすくない。
少ないすくないがこの留学りゅうがく費ひ全体ぜんたいを投じとうじて衣食住いしょくじゅうの方ほうへ廻せまわせば我輩わがはいといえども最少さいしょうしは楽らくな生活せいかつができるのさ。
それは国くににいる時分じぶんの体面たいめんを保つたもつ事ことは覚束ないおぼつかないが(国くににいれば高等官こうとうかん一いち等とうから五ごつ下したへ勘定かんじょうすれば直ぐすぐ僕ぼくの番へつがへ巡じゅんわってくるのだからね。
もっとも下したから勘定かんじょうすれば四よんつで来きてしまうんだから日本にっぽんでもあまり威張れいばれないが)とにかくこれよりもさっぱりした家いえへ這入れるはいれる。
然るしかるにあらゆる節倹せっけんををしてかようなわびしい住居じゅうきょをしているのはね、一いちつは自分じぶんが日本にっぽんにおった時じの自分じぶんではない単にたんに学生がくせいであると云ういう感じかんじが強いつよいのと、二につ目めにはせっかく西洋せいようへ来きたものだから成るなる事ことなら一いち冊さつでも余計よけい専門せんもん上うえの書物しょもつを買っかって帰りかえりたい慾よくがあるからさ。
そこで家いえを持っもって下婢かひ共ともを召し使っめしつかった事ことは忘れわすれて、ただ十じゅう年ねん前まえ大学だいがくの寄宿舎きしゅくしゃで雪駄せったのカカトかかとのような「ビステキびすてき」を食っしょくった昔むかししを考えかんがえてはそれよりも少しすこしは結構けっこう?
まず結構けっこうだと思っおもっているのさ。
人ひとは「カムバーウェルかむばーうぇる」のような貧乏びんぼう町まちにくすぼってると云っいって笑うわらうかも知れしれないがそんな事ことに頓着とんちゃくする必要ひつようはない。
かような陋巷ろうこうにおったって引張りひっぱりと近づきちかづきになった事こともなし夜鷹よたかと話はなしをした事こともない。
心こころの底そこまでは受合わうけあわないがまず挙動きょどうだけは君子くんしのやるべき事ことをやっているんだ。
実じつに立派りっぱなものだと自らみずから慰めなぐさめている。
しかしながら冬ふゆの夜よるのヒューヒューひゅーひゅー風かぜが吹くふく時じにストーヴすとーゔから煙りけむりが逆戻りぎゃくもどりをして室むろの中なかが真黒まっくろに一面いちめんに燻るくすぶるときや、窓まどと戸との障子しょうじの隙間すきまから寒いさむい風かぜが遠慮えんりょなく這込んで股またから腰こしのあたりがたまらなく冷たいつめたい時じや、板張いたばりの椅子いすが堅くかたくって疝気せんき持もちの尻しりのように痛くいたくなるときや、自分じぶんの着きている着物きものがぜんぜん変色へんしょくして来るくるにつれて自分じぶんがだんだん下落げらくするような情ないなさけない心持こころもちのする時じは、何なんのためにこんな切りつめきりつめた生活せいかつをするんだろうと思うおもう事こともある。
エーえー構わかまわない。
本ほんも何なんも買えかえなくても善いよいから為替かわせはみんな下宿げしゅく料りょうにぶち込んぶちこんで人間にんげんらしい暮しくらしをしようという気きになる。
それからステッキすてっきでも振り回わしふりまわしてその辺へんを散歩さんぽするのである。
向むかいへ出でて見るみると逢うあう奴やつも逢うあう奴やつも皆んなみんな厭いやに背いそむいが高いたかい。
おまけに愛嬌あいきょうのない顔かおばかりだ。
こんな国くにではちっと人間にんげんの背いそむいに税ぜいをかけたら少しすこしは倹約けんやくした小さなちいさな動物どうぶつが出来るできるだろうなどと考えるかんがえるが、それはいわゆる負ふ惜しみおしみの減らへらず口くちと云ういう奴やつで、公平こうへいな処ところが向うむこうの方ほうがどうしても立派りっぱだ。
何なんとなく自分じぶんが肩身かたみの狭いせまい心持ちこころもちがする。
向うむこうから人間にんげん並外れなみはずれた低いひくい奴やつが来きた。
占うらないたと思っおもってすれ違っすれちがって見るみると自分じぶんより二に寸すんばかり高いたかい。
こんどは向うむこうから妙みょうな顔色かおいろをした一いち寸すん法師ほうしが来きたなと思うおもうと、これすなわち乃公だいこう自身じしんの影かげが姿見すがたみに写っうつったのである。
やむをえず苦笑いにがわらいをすると向うむこうでも苦笑いにがわらいをする。
これは理りの当然とうぜんだ。
それから公園こうえんへでも行くいくと角兵衛獅子かくべえししに網あみを被せかぶせたような女おんながぞろぞろ歩行いあるいている。
その中なかには男おとこもいる。
職人しょくにんもいる。
感心かんしんに大概たいがいは日本にっぽんの奏任官そうにんかん以上いじょうの服装ふくそうをしている。
この国くにでは衣服いふくでは人ひとの高下こうげが分らわからない。
牛肉ぎゅうにく配達はいたつなどが日曜にちようになるとシルクハットしるくはっとでフロックコートふろっくこーとなどを着きて澄きよししている。
しかし一般いっぱんに人気にんきが善いよい。
我輩わがはいなどを捕えとらえて悪口わるぐちをついたり罵っののしったりするものは一人ひとりもおらん。
ふり向いふりむいても見みない。
当地とうちでは万事ばんじ鷹揚おうように平気へいきにしているのが紳士しんしの資格しかくの一いちつとなっている。
むやみに巾着きんちゃく切りきりのようにこせこせしたり物珍らしものめずらしそうにじろじろ人ひとの顔かおなんどを見るみるのは下品げぼんとなっている。
ことに婦人ふじんなぞは後ろうしろをふりかえって見るみるのも品しなが悪いわるいとなっている。
指ゆびで人ひとをさすなんかは失礼しつれいの骨頂こっちょうだ。
習慣しゅうかんがこうであるのにさすが倫敦ろんどんは世界せかいの勧工場かんこうじょうだからあまり珍らしめずらしそうに外国人がいこくにんを玩弄がんろうしない。
それからたいていの人間にんげんは非常ひじょうに忙がしいいそがしい。
頭あたまの中なかが金きんの事ことで充満じゅうまんしているから日本人にっぽんにんなどを冷かしひやかしている暇ひまがないというような訳わけで、我々われわれ黄色きいろ人ひと――黄色きいろ人ひととは甘くあまくつけたものだ。
全くまったく黄色いきいろい。
日本にっぽんにいる時じはあまり白いしろい方ほうではないがまず一通りひととおりの人間にんげん色いろという色いろに近いちかいと心得こころえていたが、この国くにではついに人ひと-間ま-を-去さっ-る-三さん-舎しゃ-色いろと言わいわざるを得とくないと悟っさとった――その黄色きいろ人ひとがポクポクぽくぽく人ひと込こみの中なかを歩行いあるいたり芝居しばいや興行こうぎょう物ものなどを見みに行かいかれるのである。
しかし時々ときどきは我輩わがはいに聞えきこえぬように我輩わがはいの国元くにもとを気きにして評するひょうする奴やつがある。
この間ま或るある所ところの店みせに立ったって見みていたら後ろうしろから二人ふたりの女おんなが来きて“leastpoorChinese”と評しひょうして行っいった。
leastpoorとは物もの匂いにおい形容詞けいようしだ。
或るある公園こうえんで男女だんじょ二人ふたり連がつながあれは支那しな人ひとだいや日本人にっぽんにんだと争っあらそっていたのを聞ききた事ことがある。
二三にさん日ひ前まえさる所ところへ呼ばよばれてシルクハットしるくはっとにフロックふろっくで出かけでかけたら、向うむこうから来きた二人ふたりの職工しょっこうみたような者ものがahandsomeJap.といった。
ありがたいんだか失敬しっけいなんだか分らわからない。
せんだって或ある芝居しばいへ行っいった。
大入おおいりで這入れはいれないからガレリーがれりーで立見たちみをしていると傍そばのものが、あすこにいる二人ふたりは葡萄ぶどう耳みみ人ひとだろうと評しひょうしていた。
――こんな事ことを話すはなすつもりではなかった。
話しはなしの筋すじが分らわからなくなった。
ちょっと一服いっぷくしてから出直そうでなおそう。
まず散歩さんぽでもして帰るかえるとちょっと気分きぶんが変っかわって来きて晴々はればれする。
何なんこんな生活せいかつもただ二三にさん年ねんの間まだ。
国くにへ帰れかえれば普通ふつうの人間にんげんの着るきる物ものを着きて普通ふつうの人間にんげんの食うくう物ものを食っしょくって普通ふつうの人ひとの寝るねる処ところへ寝ねられる。
少しすこしの我慢がまんだ、我慢がまんしろ我慢がまんしろ、と独り言ひとりごとをいって寝ねてしまう。
寝ねてしまう時じは善いよいが、寝ねられないでまた考え出すかんがえだす事ことがある。
元来がんらい我慢がまんしろと云ういうのは現在げんざいに安んぜやすんぜざる訳わけだ――だんだん事件じけんがむずかしくなって来るくる――時々ときどきやけの気味きみになるのは貧苦ひんくがつらいのだ。
年来ねんらい自分じぶんが考えかんがえたまた自分じぶんが多少たしょう実行じっこうし来りきたりたる処世しょせいの方針ほうしんはどこへ行っいった。
前後ぜんごを切断せつだんせよ、妄りみだりに過去かこに執着しゅうちゃくするなかれ、いたずらに将来しょうらいに望もちを属するぞくするなかれ、満身まんしんの力ちからをこめて現在げんざいに働けはたらけというのが乃公だいこうの主義しゅぎなのである。
しかるに国くにへ帰れかえれば楽らくができるからそれを楽しみたのしみに辛しん防ぼうしようと云ういうのははかない考かんがえだ。
国くにへ帰れかえれば楽らくをさせると受合っうけあったものは誰だれもない。
自分じぶんがきめているばかりだ。
自分じぶんがきめてもいいから楽らくができなかった時じにすぐ機鋒きほうを転じてんじて過去かこの妄想もうそうを忘却ぼうきゃくし得れえればいいが、今いまのように未来みらいに御願いおねがい申しもうしているようではとうていその未来みらいが満足まんぞくせられずに過去かこと変じへんじた時じにこの過去かこをさらりと忘れるわすれる事ことはできまい。
のみならず報酬ほうしゅうを目的もくてきに働はたらけらくのは野暮やぼの至りいたりだ。
死ねしねば天堂てんどうへ行かいかれる、未来みらいは雨蛙あまがえるといっしょに蓮れんの葉はに往生おうじょうができるから、この世このよで善行ぜんこうをしようという下卑げびた考かんがえと一般いっぱんの論法ろんぽうで、それよりもなお一層いっそう陋劣ろうれつな考かんがえだ。
国くにを立つたつ前まえ五六ごろく年ねんの間まにはこんな下等したとうな考かんがえは起さおこさなかった。
ただ現在げんざいに活動かつどうしただ現在げんざいに義務ぎむをつくし現在げんざいに悲喜ひき憂苦ゆうくを感ずるかんずるのみで、取越とりこし苦労くろうや世よ迷言めいげんや愚痴ぐちは口くちの先さきばかりでない腹はらの中なかにもたくさんなかった。
それで少々しょうしょう得意とくいになったので外国がいこくへ行っいっても金きんが少すくななくっても一いち箪の食しょく一瓢いっぴょうの飲いん然さと呑気のんきに洒落しゃれにまた沈着ちんちゃくに暮さくれされると自負じふしつつあったのだ。
自惚うぬぼれ自惚うぬぼれ!
こんな事ことでは道みちを去るさる事こと三千里さんぜんり。
まず明日あすからは心こころを入れ換えいれかえて勉強べんきょう専門せんもんの事こと。
こう決心けっしんして寝ねてしまう。
かかるありさまでこの薄暗いうすぐらい汚きたな苦しいくるしい有名ゆうめいなカンバーウェルかんばーうぇると云ういう貧乏びんぼう町まちの隣町となりまちに昨年さくねんの末すえから今日きょうまでおったのである。
おったのみならずこの先このさきも留学りゅうがく期限きげんのきれるまではここにおったかも知れしれぬのである。
しかるにここに或るある出来事できごとが起っおこっていくらおりたくっても退去たいきょせねばならぬ事こととなった、というと何なんか小説しょうせつ的まとだが、その訳わけを聞くきくとすこぶる平凡へいぼんさ。
世の中よのなかの出来事できごとの大半たいはんは皆みな平凡へいぼんな物ものだから仕方しかたがない。
この家いえはもとからの下宿げしゅくではない。
去年きょねんまでは女学校じょがっこうであったので、ここの神かみさんと妹いもうとが経験けいけんもなく財産ざいさんもなく将来しょうらいの目的もくてきもしかと立たたたないのに自営じえいの道みちを講ずるこうずるためにこの上品じょうぼんのような下等したとうのような妙みょうな商しょう買かいを始めはじめたのである。
彼かれらは固よりもとより不正ふせいな人間にんげんではない。
正道せいどうを踏んふんで働けるはたらけるだけ働いはたらいたのだ。
しかし耶蘇教やそきょうの神かみ様ようも存外ぞんがい半間はんまなもので、こういう時じにちょっと人ひとを助けたすけてやる事ことを知らしらない。
そこでもって家賃やちんが滞るとどこおる――倫敦ろんどんの家賃やちんは高いたかい――借金しゃっきんができる、寄宿きしゅく生なまの中なかに熱病ねつびょうが流行るはやる。
一人ひとり退校たいこうする、二人ふたり退校たいこうする、しまいに閉校へいこうする。
……運命うんめいが逆ぎゃくまに回転かいてんするとこう行くいくものだ。
可憐かれんなる彼かれら――可憐かれんは取消そうとりけそう二人ふたりとも可憐かれんという柄がらではない――エーえー不憫ふびんなる――憫然びんぜんなる彼かれらはあくまでも困難こんなんと奮戦ふんせんしようという決心けっしんでついに下宿げしゅくを開業かいぎょうした。
その開業かいぎょうしたての煙けむりの出でているところへ我輩わがはいは飛び込んとびこんだのである。
飛び込んとびこんでからだんだん事情じじょうを聞いきいたときにこんどこそはこの二人ふたりの少女しょうじょ、ではない我輩わがはいより三さん寸すんばかり背いそむいの高いたかい女おんなに成功せいこうあらしめたまえと私かわたくしかに祈念きねんを凝らしこらした。
誰れだれに祈念きねんを凝らしこらしたと聞かきかれると少々しょうしょう困るこまる。
祈るいのるべき神かみに交際こうさいの無いない拙者せっしゃだから、ただあてどもなく祈念きねんした。
果せるおおせるかないっこう霊れい現げんがない。
ちっとも客きゃくが来きない。
「夏目なつめさん、あなたの御存じごぞんじの方ほうでいらしっていただく方ほうはありますまいか」「さよう、実じつに御ご気の毒きのどくだから周旋しゅうせんしたいのだが、倫敦ろんどんには別べつに朋友ほうゆうというものがないから――」。
それでもせんだってまでは日本人にっぽんにんが一人ひとりおった。
この先生せんせいはすこぶる陽気ようきな人ひとでこんな家いえには向かむかない。
我輩わがはいがほととぎすを読んよんでいるのを見みて、君きみも天智てんじ天皇てんのうの方ほうはやれるのかいと聴ちょうた男おとこだ。
その日本人にっぽんにんがとうとう逃出すにげだす。
残るのこるは我輩わがはい一人ひとりだ。
こうなると家いえを畳むたたむより仕方しかたがない。
そこでこれから南みなみの方ほうにあたる倫敦ろんどんの町外れまちはずれ――町外れまちはずれと云っいっても倫敦ろんどんは広いひろい、どこまで広がるひろがるか分らわからない――その町外れまちはずれだからよほど辺鄙へんぴな処ところだ。
そこに恰好かっこな小奇麗しょうきれいな新宅しんたくがあるので、そこへ引越そうひっこそうという相談そうだんだ。
或ある日ひ亭主ていしゅと神かみさんが出でて行っいって我輩わがはいと妹いもうとが差し向いさしむかいで食事しょくじをしていると陰気いんきな声こえで「あなたもいっしょに引越しひっこして下さいくださいますか」といった。
この「下さいくださいますか」が色気いろけのある小説しょうせつ的まとの「下さいくださいますか」ではない。
色沢しきたく気き抜きぬきの世帯せたい染そめた「下さいくださいますか」である。
我輩わがはいがこの語ごを聞いきいたときは非常ひじょうにいやな可か愛想あいそな気持ちきもちがした。
元来がんらい我輩わがはいは江戸っ児えどっこだ。
しかるに朱引しゅびき内うちか朱引しゅびき外そとか少々しょうしょう曖昧あいまいな所ところで生れうまれた精せいか知らしらん今までいままで江戸っ児えどっこのやるような心持ちこころもちのいい慈善じぜん的まと事業じぎょうをやった事ことがない。
今いま何なんと答こたえをしたかたしかに覚えおぼえておらん。
いやしくも一遍いちぺんの義侠ぎきょう心こころがあるならば、うんあなたの移るうつる処ところならどこでも移りうつります、と答えるこたえるはずなのだ。
そうは答えこたえなかったらしい。
ここにそう答えこたえられない訳わけがある。
なるほどこの妹いもうとはごく内気うちきなおとなしいしかも非常ひじょうに堅固けんごな宗教家しゅうきょうかで、我輩わがはいはこの女おんなと家いえを共ともにするのは毫もごうも不愉快ふゆかいを感じかんじないが、姉あねの方ほうたる少々しょうしょう御ご転てんだ。
この姉あねの経歴けいれき談だんも聞ききたが長くながくなるから抜きぬきにして、ちょっと小生しょうせいの気きに入らはいらない点てんを列挙れっきょするならば、第だい一生いっしょう意気いきだ、第だい二に知ったかしったかぶりをする、第だい三さんつまらない英語えいごを使っつかってあなたはこの字じを知っしっておいでですかと聞くきく事ことがある。
一々いちいち勘定かんじょうすれば際限さいげんがない。
せんだってトンネルとんねると云ういう字じを知っしっているかと聞ききた。
それからstrawすなわち藁わらという字じを知っしっているかと聞ききた。
英文学えいぶんがく専門せんもんの留学生りゅうがくせいもこうなると怒るおこる張合はりあいもない。
近頃ちかごろは少々しょうしょう見当けんとうがついたと見えみえてそんな失敬しっけいな事ことも言わいわない。
また一般いっぱんの挙動きょどうも大におおいに叮嚀ていねいになった。
これは漱石そうせきが一言ひとことの争そうもせず冥々めいめいの裡りにこの御転婆おてんばを屈伏くっぷくせしめたのである。
――そんな得意とくい談だんはどうでも善いよいとして、この国くにの女おんなことに婆ばあさんとくると、いわゆる老婆ろうば親切しんせつと云ういう訳わけかも知れしれんが、自分じぶんの使うつかう英語えいごに頼みたのみもせぬ註解ちゅうかいを加えくわえたり、この字じは分りわかりますかなどという事ことがたくさんある。
この間まさる処ところへ呼ばよばれてそこの奥さんおくさんと談だんしをした。
するとその人ひとが大おおの耶蘇やそ信者しんじゃだからたまらない。
滔々とうとうと神徳しんとくを述べ立てのべたてた。
まことに品しなの善いよい、しとやかな御ご婆ばあさんだ。
しかる処ところevolutionと云ういう字じを御承知ごしょうちですかと聞かきかれた。
「世の中よのなかの事ことは乱雑らんざつで法則ほうそくがないようですがよく御覧ごらんになると皆みな進化しんかの道理どうりに支配しはいされております……進化しんか……分りわかりますか」。
まるで赤ん坊あかんぼうに説教せっきょうするようだ。
向むかいは親切しんせつに言っいってくれるんだから、へーへーと云っいっているより仕方しかたがない。
それはこの婆ばあさんのようにベラベラべらべらしゃべる事ことはできない。
挨拶あいさつなどもただ咽喉のどの処ところへせり上っせりあがって来きた字じを使っつかってほっと一息ひといきつくくらいの仕儀しぎなんだから向うむこうでこっちを見くびるみくびるのは無理むりはないが、離れ離れはなればなれの言語げんごの数すうから云えいえばあなたよりも我輩わがはいの方ほうが余計よけい知っしっておりますよといってやりたいくらいだ。
それからよく御ご婆ばあさんを引合ひきあいに出すだすが、もう一人ひとり御ご婆ばあさんがある。
この御ご婆ばあさんがせんだって手紙てがみをよこしてその中なかにfolkという字じを使っつかっている。
ただ使っつかっているばかりなら不思議ふしぎはないが、その字じにfootnoteが付いついている。
これは英国えいこく古代こだいの字じなりとあった。
「ノートのーと」を自分じぶんの手紙てがみへつけるのも面白いおもしろいが、そのノートのーとの文句もんくがなおさら面白いおもしろい。
この御ご婆ばあさんと船ふねへ合あわせ乗のりをした時じに、何なんか文章ぶんしょうを書けかけ、直しなおしてやるというから、日記にっきの一節いっせつを出しだしてよろしくおたのもうす事ことにした。
すると大変たいへん感心かんしんしたといって二三にさん所ところ一二いちに字じ添削てんさくして返しかえした。
見るみると直さなおさなくってもけっして差支さしつかえのない所ところを直しなおしている。
そしてとんでもない間違っまちがった事ことが例れいのノートのーと的まとで書いかいてある。
この御ご婆ばあさんはけっして下等したとうな人ひとでない。
相応そうおうな身分みぶんのある中流ちゅうりゅうの人ひとである。
かくのごとき人間にんげんに邂逅かいこうする英国えいこくだから、我われ下宿げしゅくの妻君さいくんが生意気なまいきな事ことを云ういうのも別段べつだん相手あいてにする必要ひつようはないが、同じおなじ英国えいこくへ来きたくらいなら今いま少しすこし学問がくもんのある話せるはなせる人ひとの家いえにおって、汚ないきたない狭いせまいは苦くにならないから、どうか朝夕あさゆう交際こうさいがして見みたい。
こう云ういう望もちがあるから、へー行きいきましょうとは答えこたえなかったが、自分じぶんの望みのぞみ通りとおりの人ひとで下宿人げしゅくにんを置くおく処ところがあるかそれがすこぶる疑わしいうたがわしい。
広いひろい世界せかいにはあるだろう。
けれどもそれに逢着ほうちゃくするのは難なん中なかの難事なんじである。
我輩わがはいの先生せんせいの処ところが一間いちけんあいておれば置おけてもらうのだけれども、それは間まがないのだからできない相談そうだんだ。
こう云ういう時じになると西洋せいようの新聞しんぶんは便利べんりだ。
万事ばんじ広告こうこくの世界せかいなのだから下宿げしゅくの広告こうこくがいくらでもある。
我輩わがはいが以前いぜん下宿げしゅくをさがす時じDailyTelegraphの下宿げしゅくの広告こうこく欄らんを見みた事ことがある。
始めはじめから終りおわりまで読むよむのに三さん時間じかんかかった事ことを記臆きおくしている。
今いまは「テレグラフてれぐらふ」を取っとっておらん、「スタンダードすたんだーど」だ。
この新聞しんぶんは上品じょうぼんな新聞しんぶんだからここへ出るでる広告こうこくなら間ま違いはないと思っおもって四よん月つき十七じゅうなな日ひの分ぶんの広告こうこく欄らんを読みよみ始めるはじめると、存外ぞんがい営業えいぎょう的まとのが多くおおくって素人しろうと家いえへ置きおきたいと云ういうのが少ないすくない。
しかしいろいろのがある。
「宿料しゅくりょう低廉ていれん、風呂ふろ付ふ、食物しょくもつ上うえ等とう」こんなのは普通ふつうなのだ。
「ハイドパークはいどぱーくに面しめんし地下ちか電気でんきへ三さん分ぶん地下ちか鉄道てつどうへ五ご分ぶん、貴女きじょと交際こうさいの便利べんりあり」なんと云ういうのがある。
「球たま突とっ随意ずいいピヤノぴやのありgaysociety,latedinner」これも珍らしくめずらしくない。
「レートれーとジンナーじんなー」と云ういうのはこの頃このごろの流行りゅうこうなのだ。
我輩わがはいなどには至極しごく不便ふべんだ。
その中なかで下したのようなのを見出しみだした。
「立派りっぱなる室むろを有するゆうする寡婦かふ及およびその妹いもうとと共ともに同宿どうしゅくせんとするあまり派出はしゅつやかならざる紳士しんしを求むもとむ。御望おもちの方ほうは○○筆墨ひつぼく店みせへ御ご一報いっぽうを乞うこう」。
まずここへでも一いちつあたってみようと云ういう気きになったから直ぐすぐ手紙てがみを書いかいて、宿料しゅくりょうその他ほか委細いさいの事ことを報知ほうちして貰いもらいたい、小生しょうせいの身分みぶんはかくかく職業しょくぎょうはかくかく、なるべく低廉ていれんでなるべく愉快ゆかいな処ところに住みすみたいと勝手かってな事ことをかいてやった。
その夜よるの十じゅう時じ頃ころ自分じぶんの室むろで読書どくしょをしていると、室むろの戸とをコツコツこつこつ叩くたたくものがある。
“Yes,comein.”といったら宿やどの亭主ていしゅがニコニコにこにこして這入っはいって来きた。
「実じつはあなたも御承知ごしょうちの通りとおりこの度ど引越すひっこす事ことにきまりましたが、どうでしょう、向うむこうはここよりも大分おおいた奇麗きれいでかつ器具きぐなどもよほど上等じょうとうにしますが、来きていただく訳わけには参りまいりますまいか」「それは君きみの方ほうで僕ぼくに是非ぜひ来きてくれと言うゆうのなら……」「イエいえ是非ぜひといって御ご無理むりを願うねがう訳わけではありませんが、御都合ごつごうがよければ――実じつは御ご馴染なじめにもなっておりますし家内かないや妹いもうとも大変たいへんそれを希望きぼう致しいたしますから」「君きみの新宅しんたくへ下宿人げしゅくにんを置きおきたいという事ことは僕ぼくも承知しょうちしていますが、あながち僕ぼくでなくっても善いよいだろうと思っおもってね」と実じつはこれこれだと話すはなすと、亭主ていしゅの顔かおが少々しょうしょう陰気いんきになって来きた。
我輩わがはいも少々しょうしょう手持無沙汰てもちむさたである。
「それじゃこうしよう、いずれ先方せんぽうから返事へんじが来るくる、来れこればひとまず行っいって室むろを見みて、それが気きに入らはいらなかったら君きみの方ほうへ行くいくとしよう、ほかを探すさがす事ことはやめにして。あの手紙てがみを出すだす前まえに君きみの方ほうの希望きぼうがどのくらいの程度ていどだか分っわかっていれば、聞き合せるききあわせるまでもない御ご望みのぞみに応じおうじたのだが、こうなっては仕方しかたがない。まず先方せんぽうの返事へんじ次第しだいですね。その代りかわりほかはけっしてさがさない。あれがいけなければきっと君きみの方ほうへ行きいきますよ」。
亭主ていしゅは御ご邪魔じゃま様ようといって下りくだりて行っいった。
朝あさになって食堂しょくどうへ行くいくと誰だれもいない。
皆んなみんな飯めしをすました後あとである。
ああ今日きょうも寝坊ねぼうして気の毒きのどくだなと思っおもって「テーブルてーぶる」の上うえを見るみると、薄紫うすむらさき色いろの状袋じょうぶくろの四隅よすみを一いち分ぶんばかり濃いこい菫色すみれいろに染めそめた封書ふうしょがある。
我輩わがはいに来きた返事へんじに違いちがいない。
こんな表ひょうの状袋じょうぶくろを用ようるくらいでは少々しょうしょう我輩わがはいの手てに合わあわん高等こうとう下宿げしゅくだなと思おもうながら「ナイフないふ」で開封かいふうすると、「御ご問合せといあわせの件けんに付ふ申さる上うえ候こう。この家いえはレデーでー(このレデーでーという字じの下したに棒ぼうが引いひいてある)の所有しょゆうにて室内しつないの装飾そうしょくの立派りっぱなるはもちろん室々しつはことごとく電気灯でんきとうを用いもちいよき召使めしつかいを雇いやとい高尚こうしょう優雅ゆうがなる生活せいかつに適するてきするように意いを用いもちい候こう。宿料しゅくりょうは一いち週しゅう三十三さんじゅうさん円えんに御座ぎょざ候こう。あるいは御ご気きに召さめさぬかと存じぞんじ候えそうらえども、御ご出で被ひ下した候えそうらえば喜こんよろこんで室々しつ御ご案内あんない可か仕し候こう、敬具けいぐ」。
飯めしを食いくいながら呼鈴よびりんを押しおして宿やどの神かみさんを呼んよんだ。
「とうとうあなたの方ほうへ行くいく事ことにしましたよ。一いち週しゅう三十三さんじゅうさん円えんの下宿げしゅく料りょうなんかとうてい我輩わがはいには払えはらえんから君きみの方ほうへ行きいきましょうよ」「はあそうですか、どうもありがとう、なるべく気きをつけますからどうぞさよう願いねがいたいもので」。
細君さいくんが出でて行っいった後あとから亭主ていしゅの首くびが半分はんぶん戸との間まから出でた。
Thank you,Mr.Natsume,thank you.と言っいってニコニコにこにこ笑っわらった。
我輩わがはいも少々しょうしょう嬉しいうれしいような心持ちこころもちがした。
細君さいくんと妹いもうとは引越しひっこしの荷ごしらえにごしらえで終日しゅうじつ急がしいいそがしい。
七なな時じに茶ちゃを飲むのむときに食堂しょくどうで逢っあった。
「今日きょうは飼っかっていた鸚鵡おうむを売りうりました」と妹いもうとがいった。
姉あねもまけずに「前まえ使っつかった学校がっこうの招牌も売りうりました。十じゅう円えんに買っかって行きいきました」と云っいった。
運命うんめいの車くるまは容赦ようしゃなく廻転かいてんしつつある。
我輩わがはいの前まえおよび彼かれら二人ふたりの前まえにはいかなる出来事できごとが横わりよこたわりつつあるか。
我われらは三さん人ひとながら愚ぐな事ことをしているかも知れしれぬ。
愚かおろかも知れしれぬ、また利口りこうかも知れしれぬ。
ただ我輩わがはいの運命うんめいが彼かれら二人ふたりの運命うんめいと漸々ぜんぜん接近せっきんしつつあるは事実じじつである。
後あとを顧みかえりみてかの薄紫うすむらさきの貴女きじょ及びおよびその妹いもうとの事こととその門構もんがまえ付ふの家いえを想像そうぞうし、前まえを見みてこの貧困ひんこんなるしかし正直しょうじきなる二人ふたりの姉妹しまいとその未来みらいの楽園らくえんと予期よきしつつある格子戸こうしと作りつくりを想像そうぞうして、両者りょうしゃの差違さいを趣味しゅみあるようにも感ずるかんずる。
また貧富ひんぷの懸隔けんかくはかように色気いろけなき物ものかとも感ずるかんずる。
またミカウバーと住んすんでおったデヴィッドでゔぃっど・カッパーかっぱーフィールドふぃーるどのような感じかんじもする。
四よん月つき二十にじゅう日ひ。