倫敦消息

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三

第 3 章
朋友ほうゆうその朋友ほうゆうと共ともに我輩わがはいが生活せいかつを共ともにするところの朋友ほうゆう姉妹しまいの事ことについては前回ぜんかい少しくすこしく述ぶるのぶるところあったが、このほかに我輩わがはいがもっとも敬服けいふくしもっとも辟易へきえきするところの朋友ほうゆうがまだ一人ひとりある。
姓せいはペンぺん渾名あだなはbedgepardonなる聖人せいじんの事ことを少しくすこしく報道ほうどうしないでは何なんだか気きがすまないから、同君どうくんの事ことをちょっと御ご話しはなして、次回じかいからは方面ほうめんの変っかわった目撃談もくげきだん観察かんさつ談だんを御ご紹介しょうかい仕ろうつかまつろう。
そもそもこのペンぺんすなわち内うちの下女げじょなるペンぺんになぜ我輩わがはいがこの渾名あだなを呈していしたかと云ういうと、彼かれは舌したが短かみじかすぎるのか長ながすぎるのか呂律ろれつが少々しょうしょう廻りまわり兼ねるかねる善人ぜんにんなる故こにIbegyourpardonと云ういう代りかわりにいつでもbedgepardonと云ういうからである。
ベッジ・パードンぱーどんは名なのごとくいかにもベッジ・パードンぱーどんである。
しかし非常ひじょうな能弁のうべん家いえで、彼かれの舌したの先さきから唾液だえきを容赦ようしゃなく我輩わがはいの顔面がんめんに吹きかけふきかけて話しはなし立てるたてる時じなどは滔々とうとう滾々こんこんとして惜いおしい時間じかんを遠慮えんりょなく人ひとに潰さつぶさせて毫もごうも気の毒きのどくだと思わおもわぬくらいの善人ぜんにんかつ雄弁ゆうべん家いえである。
この善人ぜんにんにして雄弁ゆうべん家いえなるベッジパードンは倫敦ろんどんに生れうまれながらまるで倫敦ろんどんの事ことを御存じごぞんじない。
田舎いなかは無論むろん御存じごぞんじない。
また御ご存じぞんじなさりたくもない様子ようすだ。
朝あさから晩ばんまで晩ばんから朝あさまで働きはたらき続けつづけに働いはたらいてそれから四よん階かいのアッチックあっちっくへ登っのぼって寝るねる。
翌日よくじつ日ひが出るでると四よん階かいから天降っあもってまた働きはたらき始めるはじめる。
息いきをセッセとせっせとはずまして――彼かれは喘息ぜんそく持もちである――はたから見るみるのも気の毒きのどくなくらいだ。
さりながら彼かれは毫もごうも自分じぶんに対したいして気の毒きのどくな感じかんじを持っもっておらぬ。
Aの字じかBの字じか見当けんとうのつかぬ彼かれは少しすこしも不自由ふじゆうらしい様子ようすがない。
我輩わがはいは朝夕あさゆうこの女おんな聖人せいじんに接しせっして敬慕けいぼの念ねんに堪えんたえんくらいの次第しだいであるが、このペンぺんに捕っとって話しかけはなしかけられた時じは幸みゆきか不幸ふこうかこれは他人たにんに判断はんだんして貰うもらうより仕方しかたがない。
日本にっぽんにいる人ひとは英語えいごなら誰だれの使うつかう英語えいごでも大概たいがい似にたもんだと思っおもっているかも知れしれないが、やはり日本にっぽんと同じおなじ事ことで、国々くにぐにの方言ほうげんがあり身分みぶんの高下こうげがありなどして、それはそれは千せん違い万別ばんべつである。
しかし教育きょういくある上等じょうとう社会しゃかいの言語げんごはたいてい通ずるつうずるから差支さしつかえないが、この倫敦ろんどんのコックネーこっくねーと称するしょうする言語げんごに至っいたっては我輩わがはいにはとうてい分らわからない。
これは当地とうちの中流ちゅうりゅう以下いかの用よううる語ごばで字引じびきにないような発音はつおんをするのみならず、前まえの言げんばと後あとの言げんばの句切りくぎりが分らわからないことほどさよう早くはやく饒舌にょうぜつるのである。
我輩わがはいはコックネーこっくねーでは毎度まいど閉口へいこうするが、ベッジパードンのコックネーこっくねーに至っいたっては閉口へいこうを通りとおり過しすごしてもう一遍いちぺん閉口へいこうするまで少々しょうしょう草くさ臥るふせるから開口かいこう一番いちばんちょっと休まやすまなければやり切れきれないくらいのものだ。
我輩わがはいがここに下宿げしゅくしたてにはしばしばペンぺんの襲撃しゅうげきを蒙っこうむって恐縮きょうしゅくしたのである。
やむをえずこの旨むねを神かみさんに届け出るとどけでると、可か愛想あいそにペンぺんは大変たいへん御ご小言こごとを頂戴ちょうだいした。
御客様ごきゃくさまにそんなぶしつけな方ほうがあるものか以後いごはたしなむが善かろうよかろうときめつけられた。
それから従順じゅうじゅんなるペンぺんはけっして我輩わがはいに口くちをきかない。
ただし口くちをきかないのは妻君さいくんの内うちにいる時じに限るかぎるので、山の神やまのかみが外そとへ出でた時じには依然いぜんとしてもとのペンぺんである。
もとのペンぺんが無言むごんの業ごうをさせられた口惜しくやしまぎれに折おりを見みて元利がんり共とも取返そうとりかえそうと云ういう勢いきおいでくるからたまらない。
一いち週間しゅうかん無理むりに断食だんじきをした先生せんせいが八はち日ひ目めに御ご櫃ひつを抱えかかえて奮戦ふんせんするの慨がいがある。
例れいのごとくデンマークヒルでんまーくひるを散歩さんぽして帰るかえると、我輩わがはいのために戸とを開いひらいたるペンぺんは直ちにただちにしゃべり出しだした。
果せるおおせるかな家内かないのものは皆みな新宅しんたくへ荷物にもつを片かた付ふに行っいって伽藍堂がらんどうの中なかに残るのこるは我輩わがはいとペンぺんばかりである。
彼かれは立板たていたに水みずを流すながすがごとく※々十五じゅうご分間ぶんけんばかりノベツのべつに何なんか云っいっているが毫もごうもわからない。
能弁のうべんなる彼かれは我輩わがはいに一言ひとことの質問しつもんをも挟きょうさましめざるほどの速度そくどをもって弁じべんじかけつつある。
我輩わがはいは仕方しかたがないから話しはなしは分らわからぬものと諦めあきらめてペンぺんの顔かおの造作ぞうさの吟味ぎんみにとりかかった。
温厚おんこうなる二重瞼にじゅうまぶたと先さきが少々しょうしょう逆戻りぎゃくもどりをして根ねに近づいちかづいている鼻はなとあくまで紅いあかいに健全けんぜんなる顔色かおいろとそして自由自在じゆうじざいに運動うんどうを縦たてままにしている舌したと、舌したの両脇りょうわきに流れながれてくる白きしろき唾つばとをしばらくは無心むしんに見つめみつめていたが、やがて気の毒きのどくなような可か愛想あいそのようなまたおかしいような五ご目め鮨すし司つかさのような感じかんじが起っおこって来きた。
我輩わがはいはこの感じかんじを現わすあらわすために唇くちびるを曲げまげて少しくすこしく微笑びしょうを洩らしもらした。
無邪気むじゃきなるペンぺんはその辺へんに気きのつくはずはない。
自分じぶんの噺はなしに身みが入っはいって笑うわらうのだと我われ点しともしたと見えみえて赤いあかい頬ほおに笑わらい靨えくぼをこしらえてケタケタけたけた笑っわらった。
この頓珍漢とんちんかんなる出来事できごとのために我輩わがはいはいよいよ変テコへんてこな心持こころもちになる、ペンぺんはますます乗気のりきになる、始末しまつがつかない。
彼かれの云ういう所ところをあそこで一言ひとことここで一句いっく、分っわかったところだけ綜合そうごうして見るみるとこういうのらしい。
昨日きのう差配さはい人ひとが談判だんぱんに来きた。
内うちの女連おんなれんはバツばつが悪いわるいから留守るすを使っつかって追い返しおいかえした。
この玄関げんかん払はらいの使命しめいを完うまっとうしたのがペンぺんである。
自分じぶんは嘘うそをつくのは嫌いやだ。
神かみさまにすまない。
しかし主命しゅうめいもだしがたしでやむをえず嘘うそをついた。
まずたいていここら当りあたりだろうと遠くとおくの火事かじを見るみるように見当けんとうをつけてようやく自分じぶんの部屋へやへ引き下っひきさがった。
我輩わがはいのトランクとらんくと書籍しょせきは今朝けさ三さん時じ頃ころ主人しゅじんが新宅しんたくへ運んはこんでしまったので、残るのこるのは身体しんたいばかりだ。
何なんとなく寂さび漠きよしの感かんがある。
夜よるの八はち時じ頃ころにコツコツこつこつ戸とを叩いたたいて這入っはいって来きた――例れいのペンぺんが――今日きょう差配さはい人ひとが四よん度ど来きたという注進ちゅうしんだ。
それから何なんかいうが少しすこしも解しかいしかねる。
あまり面倒めんどうだから善いよい加減かげんにして追ついさげる。
……十じゅう時じ頃ころにまたペンぺんが来きた。
今度こんど差配さはいが来きたらどうしようという。
今度こんどは相談そうだんのためだ。
心配しんぱいするには及ばおよばんといって慰めなぐさめて引きさがらひきさがらせる。
十じゅう時半じはんになるがまだ内うちのものは帰らかえらない。
もしここの亭主ていしゅが詐欺師さぎしであって我輩わがはいを置き去りおきざりにして荷物にもつだけ取っとって行っいったとすれば我輩わがはいはアンポンタンの骨頂こっちょうでさぞかし人ひとに笑わわらわれるだろうと気きがついた。
やがて門もんの戸とのあく音おとがする。
帰っかえったらしい。
まずアンポンタンにならずにすんだ。
ありがたいと寝るねる。
翌日よくじつが四よん月つき二十五にじゅうご日ひ、九きゅう時じ頃ころ起きおきて下したへ行くいくと主人しゅじん夫婦ふうふが今いま朝飯あさめしをすましたところだ。
我輩わがはいが食卓しょくたくにつくのを相図あいずに昨夜さくやの騒動そうどうを御存じごぞんじですかと神かみさんが尋ねたずねた。
我輩わがはいは三さん階かいに寝るねるのである。
下したでどんな事ことがあったか少しすこしも知らしらない。
騒動そうどうって何なんがあったのですと聞くきくと、例れいの差配さはい人ひととの悶着もんじゃく一いち件けんである。
昨夜さくや彼かれらが新宅しんたくから帰っかえって家いえへ這入るはいる途端とたん門口かどぐちに待ち設けまちもうけていた差配さはい人ひとは、亭主ていしゅが戸とをしめる余地よちのないほど早くはやく彼かれらに続いつづいて飛び込んとびこんで、なぜ断りことわりなしにしかも深夜しんやに引越ひっこしをするそれでも君きみは紳士しんしかと云ういうと、我輩わがはいが我輩わがはいの荷物にもつをわきへ運ぶはこぶに誰だれに断わることわる必要ひつようがある。
また何時なんじに荷にを出そうでそうとこっちの勝手かってじゃないかと亭主ていしゅが抗弁こうべんする。
それからだんだん議論ぎろんに花はなが咲いさいて壮語そうご四隣しりんを驚かすおどろかすと云ういう騒ぎさわぎであったそうな。
元来がんらいこの家いえは神かみさんの名前なまえでかりている。
ところが七なな年ねん前まえに少々しょうしょう家賃やちんを滞おらしたのが今日きょうまで祟ったたっていて出るでる事ことができん。
しかも彼かれの財産ざいさんは早晩そうばん家賃やちんのかたに取らとられるという始末しまつだ。
しかし憐れあわれなる姉妹しまいは別段べつだん取押えとりおさえられて困るこまるような物ものも持っもっていない。
差配さはいもそれには目めをつけておらん。
ただこの老おい差配さはいの目ざしめざしているのは亭主ていしゅその人ひとの家財かざいにある。
亭主ていしゅも二十にじゅう世紀せいきの人間にんげんだからその辺へんに抜かりぬかりはない。
代言人だいげんにんの所ところへ行っいってちゃんと相談そうだんしている。
日没にちぼつ後日ごじつ出前でまえなれば彼かれの家具かぐを運び出しはこびだしても差配さはいは指ゆびを啣えて見物けんぶつしておらねばならぬと云ういう事ことを承知しょうちしている。
それだから朝あさの三さん時じ頃ころから大八車だいはちしゃを※って来きて一いち晩ばん寝ねずにかかって自分じぶんの荷にを新宅しんたくへ運んはこんだのである。
彼かれはすこぶる尨大ぼうだいなるシマリしまりのない顔かおをしている。
そこで申訳もうしわけのために少々しょうしょう鼻はなの下したへ髭ひげをはやしてはいるが、なかなか差配さはいに負けまけぬ抜目ぬけめのない男おとこと見えるみえる。
我輩わがはいは亭主ていしゅに自分じぶんの身体しんたいはいつ移れるうつれるのかと聞いきいたら今日きょうでもよいというから、午飯ごはんの後妻ごさい君きみと共ともに新宅しんたくへ引き移るひきうつる事ことにした。
神かみさんと二人ふたりで午飯ごはんを食っしょくっていると亭主ていしゅが代言人だいげんにんの所ところから帰っかえって来きて神かみさんに、御前ごぜん一いちつ手紙てがみをかいて差配さはいの所ところへ郵便ゆうびんでやれ書留かきとめにしなくてはいかんといってまた出でて行っいった。
神かみさんはサラサラさらさら何なんか書きかき始めるはじめる。
どんな手紙てがみをかくか少々しょうしょう見みたい心持こころもちでもある。
やがて神かみさんは書きかき了っしまって「ちょっと○○さんこういう手紙てがみなんです聞いきいて下さいください」と高慢こうまんな顔かおをして手紙てがみを読みよみ始めるはじめる。
「拝啓はいけい妾めかけは驚おどろき入いり申さる候こう。……どうですもう少しすこしゆっくり読みよみましょうか……妾めかけは驚きおどろき入いり申さる候こう。昨日きのうは三さん度どならず四よん度どまでも留守宅るすたくへ御ご来臨らいりんの上下じょうげ婢おんなに向っむかって妾めかけら身の上みのうえに関するかんする種々しゅじゅなる質問しつもんを発せはっせられ、それのみならず無断むだんにて人ひとの家いえを捜索そうさくなされ、あまつさえ下婢かひに向っむかって妾めかけはレデーでーの資格しかくなきものなりなど余計よけいな事ことを吹聴ふいちょうせられ候こう由ゆ、元来がんらい右みぎはいかなる御ご主意しゅいに御座ぎょざ候こうや伺うかがい度ど候こう。この乱暴らんぼうなる貴下きかの挙動きょどうに対したいし妾めかけは弁解べんかいを求むるもとむる権利けんりありと存あり候こう。……こう云ういうのです。これがね策さくなんですよ」と云ういうから我輩わがはいも少々しょうしょう驚きおどろき入いり申しもうしておるところだが、策さくって云ういうのはどんな策さくなんですと聞くきくと、先生せんせいいよいよ得意とくいだ。
ようござんすか、御手紙おてがみを書いかいてちゃんとこの通りとおり控えひかえをとっておくでしょう、先方せんぽうでもしこの事件じけんを裁判さいばん沙汰さたにする日ひにはこれが証拠しょうこになって差配さはいが乱暴らんぼうを働いはたらいたという種しゅになるのですよ。
今までいままでは女おんな二人ふたりだと思っおもってずいぶん勝手かってな事ことばかりしたのですが、今いまじゃ男おとこがついているからそうばかり踏みつけふみつけられちゃいませんのさ、と間接かんせつに亭主ていしゅの自慢じまんを仰せおおせられた。
それから御ご待遠まちどお様ようそれでは出かけでかけましょうと云ういうから出かけでかけた。
我輩わがはいは手提てさげ革鞄かわかばんの中なかへ雑物ざつぶつを押し込んおしこんですこぶる重いおもい奴やつをさげてしかも左ひだりの手てには蝙蝠かわほりとステッキすてっきを二に本ほん携えたずさえている。
レデーでーは網袋あみぶくろの中なかへ渋紙しぶがみ包つつみを四よんつ入れいれて右みぎの手てにさげている。
この渋紙しぶがみ包つつみの一いちつには我輩わがはいの寝巻ねまきとヘコ帯へこおびが這入っはいっているんだ。
左ひだりの手てにはこれも我輩わがはいのシートしーとを渋紙しぶがみ包つつみにして抱えかかえている。
両人りょうにんとも両手りょうてが塞がっふさがっている。
とんだ道行みちゆきだ。
角かくまで出でて鉄道馬車てつどうばしゃに乗るのる。
ケニングトンまで二に銭せん宛ずつだ。
レデーでーは私わたくしが払っはらっておきますといって黒いくろい皮かわの蟇口がまぐちから一いちペネーぺねえ出しだして切符きっぷ売うりに渡しわたした。
乗合のりあいは少ないすくない。
向側むかいがわに派出はしゅつななりをしている若いわかい女おんなが乗っのっている。
すると我輩わがはいの随行ずいこうしているレデーでーが突然とつぜんあなたはメリーめりー・コレリこれりのマスタークリスチアンを御ご読みよみなさいましたかと大きなおおきな声こえで聞ききた。
これは近頃ちかごろ十五万じゅうごまん部ぶ売れうれたというちょっと有名ゆうめいな本ほんだ。
我輩わがはいは書物しょもつは持っもっているがまだ読まよまないと答えこたえた。
「あの本ほんはね、大変たいへん善くよくできているのですがね、どうも作者さくしゃの宗旨しゅうしが何なんだか分らわからないのですよ。私わたくしの知っしっている者ものなんか皆んなみんなコレリこれりの宗旨しゅうしは何なんだろうって噂うわさしていますよ」とますます向側むかいがわの婦人ふじんに聞えよがしきこえよがしである。
自分じぶんだって読んよんだ事こともないのに鉄道馬車てつどうばしゃの中なかなんかでよせば善いよいと思っおもったが、仕方しかたがないからウンウンうんうんと生返事なまへんじをしていた。
やがてケニングトンに着きた。
ここで馬車ばしゃを乗り換のりかえる。
こんどは上うえへ上がろうあがろうと云ういうから階子はしごを登っのぼってトップとっぷへ乗っのった。
「この左ひだりりにあるのが有名ゆうめいな孤児院こじいんでスパージョンの紀念きねんのために作っつくったのです。「スパージョン」て云ういうのは有名ゆうめいな説教せっきょう家いえですよ」「スパージョン」ぐらい講釈こうしゃくしないだって知っしっていら、腹はらが立ったったから黙っだまっててやった。
「だんだん木きが青くあおくなって好いよい心持こころもちですね、二に週間しゅうかんぐらい前まえからズットずっと景色けしきが変っかわって来きましたね」「さよう、時じにあすこに並んならんでいるのは何なんんて云ういう樹きですか」「あれ? あれはポプラーぽぷらでさあね」「ヘエーへえあれがポプラーぽぷらですか、ナールほど」我輩わがはいは感嘆かんたんの辞じを発しはっした。
神かみさんはすぐツケつけ上るのぼる。
「ポプラーぽぷらはよく詩しに咏じてありますよ、「テニソンてにそん」などにも出でています。
どんな風かぜの無いない日ひでも枝えだが動くうごく。
アスペンあすぺんとも云いいいます。
これもたしか「テニソンてにそん」にあったと思いおもいます」と「テニソンてにそん」専売せんばいだ。
そのくせ何なんの詩しにあるとも云わいわない。
我輩わがはいは面倒臭いめんどうくさいという風かぜでウンウンうんうん云ういうのみである。
向うむこうの敷石しきいしの上うえを立派りっぱな婦人ふじんが裾すそを長くながく引いひいて通るとおる。
「家いえの内うちでの御ご引きずりひきずりには不賛成ふさんせいもありませんが、外そとであんな長いながい裾すそを引きずっひきずって歩行くあるくのはあまり体裁ていさいの善いよいものではありませんね」と裾短すそみじかかなるレデーでーは我輩わがはいに教きょううる処ところあった。
ようやく「ツーチングつーちんぐ」という処ところへつく。
今度こんどは円太郎まどかたろう馬車ばしゃで新宅しんたくの横町よこちょうの前まえまで来きた。
「どれが内うちですか」と聞いきいた。
向うむこうに雑ざつな煉瓦れんが造りつくりの長屋ながやが四五しご軒のき並んならんでいる。
前まえには何になんにもない。
砂利じゃりを掘っほった大きなおおきな穴あながある。
東京とうきょうの小石川こいしかわ辺へんの景色けしきだ。
長屋ながやの端はしの一いち軒のきだけ塞がっふさがっていてあとはみんな貸家かしやの札さつが張っちょうってある。
塞がっふさがっているのが大家おおやさんの内うちでその隣となりが我輩わがはいの新しん下宿げしゅく、彼かれらのいわゆる新しんパラダイスぱらだいすである。
這入らはいらない先さきから聞しきかしに劣るおとる殺風景さっぷうけいな家いえだと思っおもったが、這入っはいって見るみるとなおなお不風流ふふうりゅうだ。
しかのみならずどの室むろにも荷物にもつが抛り込んほうりこんであってまるで類焼るいしょう後あとの立たて退場たいじょうのようだ。
ただ我輩わがはいの陣取るじんどるべき二に階かいの一いち間まだけが少しくすこしく方ほう付ふてオラレブルになっている。
以前いぜんの部屋へやよりも奇麗きれいだ。
装飾そうしょくもまず我慢がまんできる。
やがて亭主ていしゅが出でて来きて窓掛まどかけをコツコツこつこつ打ちつけるうちつける。
ストーヴすとーゔの上うえへ額がくをかけるが「ミッスルトー」という額がくはいかがです、あれは人ひとによると嫌いきらいますがちょっと御覧ごらんに入れいれましょうと云て持っもって来きて見せみせた。
何なんでもない裸体らたい画がの美人びじんだ。
「ハハーはは裸体らたい画がですな、結構けっこうです」と冗談じょうだん半分はんぶんにいったら「へへへ私わたくしもちっとも構いかまいませんがね」とコツコツこつこつ釘くぎをうってかける。
「どうですこれで角度かくどは……もう少しすこし下向げこうに……裸体らたい美人びじんがあなたの方ほうを見下すみくだすように――よろしゅうございます」。
それから我輩わがはいの書棚しょだなを作っつくってやるといって壁かべの寸法すんぽうと書物しょもつの寸法すんぽうをとって「グードナイト」といって出でて行っいった。
門前もんぜんを通るとおる車くるまは一いち台だいもない。
往来おうらいの人声ひとごえもしない。
すこぶる寂寥せきりょうたるものだ。
主人しゅじん夫婦ふうふは事件じけんの落着らくちゃくするまでは毎晩まいばん旧宅きゅうたくへ帰っかえって寝ねなければならぬ。
新宅しんたくには三さん階かいに寝るねる妹いもうととカーローかーろ君きみとジャックじゃっく君きみとアーネストあーねすと君きみである。
カーローかーろ君きみとジャックじゃっく君きみは犬いぬの名なであってアーネストあーねすと君きみはここの主人しゅじんの店みせに使っつかっている若きわかき人間にんげんの名なである。
我輩わがはいの敬服けいふくしかつ辟易へきえきするベッジパードンは解雇かいこされてしまった。
我輩わがはいは移転いてん後あとにこの話はなしを聞いきいて憮然ぶぜんとして彼かれの未来みらいを想像そうぞうした。
魯西亜ろしあと日本にっぽんは争わあらそわんとしては争わあらそわざらんとしつつある。
支那しなは天子てんし蒙塵もうじんの辱かたじけなを受けうけつつある。
英国えいこくはトランスヴとらんすゔ※ールるの金剛石こんごうせきを掘り出しほりだして軍費ぐんぴの穴あなを填めんはめんとしつつある。
この多事たじなる世界せかいは日ひとなく夜よるとなく回転かいてんしつつ波瀾はらんを生じしょうじつつある間まに我輩わがはいのすむ小天地しょうてんちにも小しょう回転かいてんと小しょう波瀾はらんがあって我われ下宿げしゅくの主人公しゅじんこうはその尨大ぼうだいなる身体しんたいを賭しとしてかの小冠者しょうかじゃ差配さはいと雌雄しゆうを決せけっせんとしつつある。
しかして我輩わがはいは子規しきの病気びょうきを慰めなぐさめんがためにこの日記にっきをかきつつある。
四よん月つき二十六にじゅうろく日ひ。
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