あの頃の自分の事

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三四さんよんたつこれ好いよい天気てんきことある
自分じぶん午前ごぜん講義こうぎ出席しゅっせきから成瀬なるせ二人ふたり久米くめ下宿げしゅく行つおこなつそこ一しよいっしよ昼飯ちゅうはん食つくつ
久米くめ京都きょうと菊池きくち今朝けさつてよこし云ふいふ戯曲ぎきょく原稿げんこう見せみせ
それ坂田さかた藤十郎とうじゅうろうこい云ふいふ徳川とくがわ時代じだい名高いなだかい役者やくしゃ主人公しゅじんこう一幕ひとまくものだつ
読めよめ云ふいふから読んよん見るみるテエマてえま面白いおもしろい関らかかわら無暗むやみ友染ともそめ縮緬ちりめんやう台辞だいじ多くおおくつてどう永井ながい荷風かふう谷崎たにざき潤一郎じゅんいちろう糟粕そうはく嘗めなめゐるやうかんあつ
から自分じぶん言下げんか悪作おさけなしつけ
成瀬なるせ読んよんやはり同感どうかん出来できない云ついつ
久米くめ我々われわれ批評ひひょう聞いきいぼく感服かんぷく出来できない一体いったい少しすこし高等学校こうとうがっこう情調じょうちょうありすぎる同意どうい表しあらわし
それから久米くめ我々われわれ一同いちどう代表だいひょう菊池きくちところその意味いみ批評ひひょう手紙てがみ書いかいやること
そこみゆき松岡まつおか遊びあそび
松岡まつおか我々われわれさんひと英文科えいぶんかせき置いおいゐる関らかかわら独りひとり哲学科てつがくかいつ
勿論もちろん我々われわれ同じおなじやう創作そうさくする心算しんさんだつ
かれ我々われわれなか一番いちばん久米くめおやしかつ
一しきりひとしきり二人ふたり同じおなじいえ下宿げしゅくことあつ
それ砲兵ほうへい工廠こうしょううらある職工しょっこうふく造るつくるいえだつ
実生活じつせいかつうえロマンテイケルだつ久米くめいまあの青いあおい職工しょっこうふくアトリエあとりえやう書斎しょさい西洋せいようつくえすえその書斎しょさい久米くめ正雄まさお工房こうぼう名づけなづけたいなど云ふいふ途方とほうないゆめよく
自分じぶんかれとうその下宿げしゅく訪問ほうもんする毎時まいじかう云ふいふ久米くめゆめ思ひ出しおもひだしもの
松岡まつおかその時分じぶんから余りあまり職工しょっこうふくえんない思想しそうなり心もちこころもちなり持つもつゐるらしかつ
まだ感傷かんしょうくせこそ脱しだっしかつかれなか宗教しゅうきょうにおいするものもうふんだん
かれその東洋とうようとも西洋せいようつかないイエルサレムいえるされむ建設けんせつもくろみながらキエルケガアド愛読あいどくたり怪しあやし水彩画すいさいが描いえがいたり
当時とうじかれ描いえがい水彩画すいさいがいちさかさまほうはるからしくなるものあついまよく覚えおぼえゐる
その後そのあと松岡まつおか久米くめ宮裏みやうら移るうつるとも本郷ほんごう五丁目ごちょうめ下宿げしゅく移しうつし
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我々われわれよんひとまた久米くめ手製てせい珈琲こーひー啜りすすりながら煙草たばこけむり濛々もうもうたなびくなかさかんいろんな問題もんだいべりあわせ
そのころ丁度ちょうど武者小路むしゃのこうじ実篤さねあつしょうパルナスぱるなす頂上ちょうじょう立たたたゐるころだつ
じゅう我々われわれしばしば作品さくひんその主張しゅちょう話題わだいうえ
我々われわれ大抵たいてい武者小路むしゃのこうじ文壇ぶんだん天窓てんまど開け放つあけはなつそう空気くうき入れいれこと愉快ゆかい感じかんじゐるもの
恐らくおそらくこの愉快ゆかいかかと接しせっし我々われわれ時代じだい或はあるいは我々われわれ以後いご時代じだい青年せいねんのみ特にとくに痛感つうかん心もちこころもちだら
から我々われわれ以前いぜん我々われわれ以後いご文壇ぶんだんおよびそれ以外いがい鑑賞かんしょういえ対するたいする評価ひょうか大小だいしょう径庭けいていあつ已むやむとくない
それ丁度ちょうど我々われわれ以前いぜん我々われわれ以後いご田山たやま花袋かたい対するたいする評価ひょうか相違そういする同じおなじことある
ただその相違そうい程度ていど武者小路むしゃのこうじ田山たやまどちらしん近いちかい疑問ぎもんある
ねんため断つたつ置くおく自分じぶん同じおなじこと云ふいふ程度ていどまで含んふくんゐる心算しんさんぢやない
当時とうじ我々われわれ武者小路むしゃのこうじ文壇ぶんだんメシヤめしやかつ
作家さっか見るみる思想家しそうか見るみるこのまた自らみずから相違そういあつ
作家さっか武者小路むしゃのこうじ作品さくひん完成かんせい期するきするうえ余りあまり性急せいきゅうあつ
形式けいしき内容ないよう不即ふそく不離ふり関係かんけいしばしば自身じしん雑感ざっかんなか書いかいゐる関らかかわら忍耐にんたいより興奮こうふん依頼いらいしばしば実際じっさい創作そうさくうえこの微妙びみょう関係かんけい等閑なおざり附しふし顧みかえりみかつ
から従来じゅうらい冷眼れいがん形式けいしきそのいもうと以後いごいちさくまい徐々じょじょ謀叛むほん始めはじめ
さう脚本きゃくほんから次第しだいその秀抜しゅうばつ戯曲ぎきょくまと要素ようそ失はしつは全くまったく云はいはない
一部いちぶ批評家ひひょうか戯曲ぎきょくないやう云ふいふある青年せいねんゆめさへいちこまいちこまうえ云へいえやはり戯曲ぎきょくまと力強いちからづよい表現ひょうげんとく個所かしょある
自身じしんのみ語るかたる役割やくわりおのれ自身じしん語るかたる性格せいかく代りかわり続々ぞくぞくそこいつ
しかもそこ語らかたら思想しそうなり感情かんじょうなり必然性ひつぜんせい乏しいとぼしい戯曲ぎきょくまと表現ひょうげん借りかりゐるだけそれだけ一層いっそう雑感ざっかん書かかかものより稀薄きはく
ある家庭かていむかしから作品さくひん親しんしたしん我々われわれそのころそのいもうと以後いごかう云ふいふ傾向けいこう慊らあきたりらないところさわかつ
それ同時どうじまた雑感ざっかん多くおおくなか我々われわれなか燃えもえ理想主義りそうしゅぎ吹いふい一時いちじ光焔ひかりほのお放たはなたしめるだけ大風おおふうやう雄々しいおおしいちから潜んひそんゐること事実じじつだつ
往々おうおう一部いちぶ批評家ひひょうか雑感ざっかん支持しじべき論理ろんり欠陥けっかん指摘してきする
論理ろんり待つまつ確めたしかめられもののみ真理しんりあること認めるみとめる余りあまり我々われわれ人間的にんげんてき素質そしつ多量たりょう持ちもちすぎゐる
いやなんよりその人間的にんげんてき素質そしつまえ真面目まじめあれ云ふいふそれこそ闡明せんめい大いなるおおいなる真理しんりいちだつ
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しかし舞台ぶたいうえ芝居しばい折角せっかくその橘屋たちばなや御出でおいでなつ池田いけだ輝方てるかた以上いじょう俗悪ぞくあく
自分じぶんとうとう一幕ひとまく待ちまち切れきれなく舞台ぶたいめぐるつたしお久米くめひつぱつそと
星月夜ほしつきよ往来おうらいからあんなこえ出しだし莫迦ばか云ついつ久米くめなんあれだつ中々なかなか好いよいこえ自慢じまん容易よういその認めみとめかつ
いまあのこと考へるかんがへるかれカツフエかつふえライオンらいおん飲んのんウイスキイういすきい祟らたたらものしか思はおもうはない