あの頃の自分の事

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五

第 5 章
フイルふいる・ハアモニイ会かいへ行つおこなつたあくる日あくるひ、午前ごぜんの大塚おおつか博士はかせの講義こうぎ(題目だいもくはリツケルトりつけるとの哲学てつがくだつた。
これが自分じぶんが聞いきいた中なかでは最ももっとも啓発けいはつされる所ところの多さわかつた講義こうぎである)をすませた後あとで、又また成瀬なるせと凩こがらしの吹くふく中なかを、わざわざ一白いっぱく舎しゃへ二十にじゅう銭せんの弁当べんとうを食ひくひに行つおこなつたら、彼かれが突然とつぜん自分じぶんに、「君きみは昨夜さくや僕ぼく等とうの後あとにゐた女おんなの人ひとを知ちつてゐるかい。」と尋ねたずねた。
「知らしらない。知ちつてゐるのは隣となりの金きんと皮かわと骨ほねと白粉おしろいとだけだ。」「金きんと皮かわと――何なんだい、それは。」「何なんでも好いよい。兎に角とにかく、後あとにゐた女おんなの人ひとぢやない事ことは確かくだ。さうして君きみは又またその女おんなの人ひとに惚れほれでもしたのかい。」「惚れるほれる所ところか、僕ぼくも知らしらなかつたんだ。」「何なんだ、つまらない。そんな人間にんげんなら、ゐたつてゐなくたつて、同じおなじ事ことぢやないか。」「所ところがね。家いえに帰つかえつたらムツタアが後あとの女おんなの人ひとを見みたかと云ふいふんだ。つまりその人ひとが僕ぼくの細君さいくんの候補者こうほしゃだつたんださうだね。」「ぢや見合ひみあひか。」「見合ひみあひ程ほどまだ進歩しんぽしたものぢやないんだらう。」「だつて見みたかつて云へいえば、見合ひみあひぢやないか。君きみのムツタアも亦また、迂遠うえんだな。見せるみせる心算しんさんなら、前まえへ坐らすわらせりや好いよいのに。後あとにゐるものが見えるみえる位くらいなら、こんな二十にじゅう銭せんの弁当べんとうなんぞ食つくつてゐやしない。」成瀬なるせは親孝行おやこうこうな男おとこだから、自分じぶんがかう云ふいふと、ちよいと妙みょうな顔かおをした。
が、すぐに又また、「しかし向うむこうの女おんなの人ひとを本位ほんいにして云へいえば、僕ぼく等とうが前まえにゐた事ことになるんだからな。」「成程なるほど、あすこぢや両方りょうほうで向むかいひ合あわせつてゐようと思つおもつたら、どつちか一方いっぽうが舞台ぶたいへ上らのぼらなくつちやならない訳わけだ。――訳わけだが、それで君きみは何なんつて返事へんじをしたんだい。」「見みなかつたつて云ついつたあね。実際じっさい見みなかつたんだから仕方しかたがないぢやないか。」「さう今いまになつて、僕ぼくに欝憤うっぷんを洩しもらしたつて駄目だめだよ。だが惜しいおしい事ことをしたな。一体いったいあれは音楽会おんがくかいだつたから、いけないんだ。芝居しばいなら僕ぼくが頼またのまれなくつたつて、帝劇ていげき中なかの見物けんぶつをのこらず物色ぶっしょくをしてやるんだのに。」――成瀬なるせと自分じぶんとはこんな話はなしをしながら、大おお笑ひわらひに笑ひわらひ合あわせつた。
その日ひは午後ごごには、独逸どいつ語ごの時間じかんがあつた。
が、当時とうじ我々われわれはアイアムビツクに出席しゅっせきするとか何なんとか云ついつて、成瀬なるせが出れでれば自分じぶんが休みやすみ、自分じぶんが出れでれば成瀬なるせが休んやすんでゐた。
さうして一いちつ教科書きょうかしょに代る代るかわるがわる二人ふたりで仮名かなをつけて、試験しけん前まえには一しよいっしよにその教科書きょうかしょを読んよんで間まに合せあわせてゐた。
丁度ちょうどその午後ごごの独逸どいつ語ごは成瀬なるせが出席しゅっせきする番ばんに当とうつてゐたから、自分じぶんは食事しょくじをしまふと、成瀬なるせに教科書きょうかしょを引き渡しひきわたして、独りひとりで一白いっぱく舎しゃの外そとへ出でた。
出るでると外そとは凩こがらしが、砂煙すなけむりを往来おうらいの空そらに捲き上げまきあげてゐた。
黄いろいきいろい並木なみきの銀杏ぎんなんの落葉らくようも、その中なかでくるくる舞まいひながら、大学だいがく前まえの古本屋ふるほんやの店みせの奥おくまで吹かふかれて行つおこなつた。
自分じぶんはふと松岡まつおかを訪ねたずねて見ようみようと云ふいふ気きになつた。
松岡まつおかは自分じぶんと(恐らくおそらくは大抵たいていな人ひとと)違いつて大風おおふうの吹くふく日ひが一番いちばん落着いおちついて好いよいと称ししょうしてゐた。
だからその日ひなどは殊ことに落着いおちついてゐるだらうと思つおもつて、何度なんども帽子ぼうしを飛ばとばせさうにしながら、やつと本郷ほんごう五丁目ごちょうめの彼かれの下宿げしゅくまで辿りつくたどりつくと、下宿げしゅくのお婆ばあさんが入口いりぐちで、「松岡まつおかさんはまだ御ご休みやすみになつていらつしやいますが」と、気の毒きのどくさうな顔かおをして云ついつた。
「まだ寝ねてゐる? 恐ろしくおそろしく寝坊ねぼうだな。」「いえ、昨夜さくや徹夜てつやなすつて、ついさつきまで起きおきていらしつたんですがね、今し方いましがた寝るねるからつて、床ゆかへおはいりになつたんでございますよ。」「ぢやまだ眼めがさめてゐるかも知れしれない。兎に角とにかくちよいと上うえつて見みませう。寝ねてゐればすぐに下りくだりて来きます。」自分じぶんは松岡まつおかのゐる二に階かいへ、足音あしおとを偸みぬすみながら、そつと上うえつた。
上うえつてとつつきの襖ふすまをあけると、二三にさん枚ばい戸とを立てたてた、うす暗いうすぐらい部屋へやのまん中まんなかに、松岡まつおかの床ゆかがとつてあつた。
枕元まくらもとには怪しあやしげな一閑いっかん張ちょうの机つくえがあつて、その上うえには原稿げんこう用よう紙かみが乱雑らんざつに重なりかさなり合あわせつてゐた。
と思ふおもふと机つくえの下したには、古ふる新聞しんぶんを敷いしいた上うえに、夥しいおびただしい南京豆なんきんまめの皮かわが、杉形すぎなりに高くたかく盛りもり上うえつてゐた。
自分じぶんはすぐに松岡まつおかが書くかくと云ついつてゐる、三さん幕まく物ものの戯曲ぎきょくの事ことを思ひ出しおもひだした。
「やつてゐるな」――ふだんならかう云ついつて、自分じぶんはその机つくえの前まえへ坐りすわりながら、出来できただけの原稿げんこうを読まよませて貰もらえふ所ところだつた。
が、生憎あいにくその声こえに応おうずべき松岡まつおかは、髭ひげののびた顔かおを括り枕くくりまくらの上うえにのせて、死んしんだやうに寝ね入ついつてゐた。
勿論もちろん自分じぶんは折角せっかく徹夜てつやの疲を癒しいやしてゐる彼かれを、起きさうなどと云ふいふ考へかんがへはなかつた。
しかし又またこの儘まま帰つかえつてしまふのも、何なんとなく残り惜しのこりおしかつた。
そこで自分じぶんは彼かれの枕元まくらもとに坐りすわりながら、机つくえの上うえの原稿げんこうを、暫くしばらくあつちこつち読んよんで見みた。
その間まも凩こがらしはこの二に階かいを揺ぶつてしつきりなく通りとおりすぎた。
が、松岡まつおかは依然いぜんとして、静せいな寝息ねいきばかり洩しもらしてゐた。
自分じぶんはやがて、かうしてゐても仕方しかたがないと思つおもつたから、物もの足りたりない腰こしをやつと上げあげて、静せいに枕元まくらもとを離れようはなれようとした。
その時じふと松岡まつおかの顔かおを見るみると、彼かれは眠りねむりながら睫毛まつげの間まへ、涙なみだを一ぱいいっぱいためてゐた。
いや、さう云へいえば頬ほおの上うえにも、涙なみだの流れながれた痕あとが残ざんつてゐた。
自分じぶんはこの思ひおもひもよらない松岡まつおかの顔かおに気きがつくと、さつきの「やつてゐるな」と云ふいふ元気げんきの好いよい心もちこころもちは、一時いちじにどこかへ消えきえてしまつた。
さうしてその代りかわりに、自分じぶんも夜通しよどおし苦しんくるしんで、原稿げんこうでもせつせと書いかいたやうな、やり切れきれない心細こころぼそさが、俄にわかに胸むねへこみ上げこみあげて来きた。
「莫迦ばかな奴やつだな。寝ねながら泣くなく程ほど苦しいくるしい仕事しごとなんぞをするなよ。体からだでも毀しこわしたら、どうするんだ。」――自分じぶんはその心細こころぼそさの中なかで、かう松岡まつおかを叱りしかりたかつた。
が、叱りしかりたいその裏うらでは、やつぱり「よくそれ程ほど苦しんくるしんだな」と、内証ないしょうで褒めほめてやりたかつた。
さう思つおもつたら、自分じぶんまで、何時なんじの間まにか涙ぐんなみだぐんでゐた。
それから又また足音あしおとを偸んぬすんで、梯子段はしごだんを下りくだりて来るくると、下宿げしゅくの御ご婆ばあさんが心配しんぱいさうに、「御ご休みやすみなすつていらつしやいますか」と尋いきいた。
自分じぶんは「よく寝ねてゐます」とぶつきらぼうな返事へんじをして、泣顔なきがおを見みられるのが嫌いやだつたから、※々凩こがらしの往来おうらいへ出でた。
往来おうらいは相そう不変ふへん、砂煙すなけむりが空そらへ舞まいひ上うえつてゐた。
さうしてその空そらで、凄じくすさまじく何なんか唸るうなるものがあつた。
気きになつたから上うえを見るみると、唯ただ、小さなちいさな太陽たいようが、白くしろく天心てんしんに動いうごいてゐた。
自分じぶんはアスフアルトあすふあるとの往来おうらいに立つたつた儘まま、どつちへ行かいかうかなと考へかんがへた。
(大正たいしょう七なな年ねん十二じゅうに月つき)
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