犬と笛

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六

第 6 章
それからしばらくたって、香木こうぼくの弓ゆみに孔雀くじゃくの羽はねの矢やを背負っせおった、神かみ様ようのような髪かみ長彦ながひこが、黒犬くろいぬの背中せなかに跨りまたがりながら、白しろと斑ぶちと二に匹ひきの犬いぬを小脇こわきにかかえて、飛鳥あすかの大臣だいじん様ようの御館おたてへ、空そらから舞い下っまいくだって来きた時じには、あの二人ふたりの年若としわかな侍さむらいたちが、どんなに慌てあわて騒ぎさわぎましたろう。
いや、大臣だいじん様ようでさえ、あまりの不思議ふしぎに御ご驚きおどろきになって、暫くしばらくはまるで夢ゆめのように、髪かみ長彦ながひこの凜々りんりんしい姿すがたを、ぼんやり眺めながめていらっしゃいました。
が、髪かみ長彦ながひこはまず兜かぶとをぬいで、叮嚀ていねいに大臣だいじん様ように御ごじぎをしながら、「私わたくしはこの国くにの葛城山かつらぎやまの麓ふもとに住んすんでいる、髪かみ長彦ながひこと申すもうすものでございますが、御ご二に方ほうの御ご姫ひめ様ようを御ご助けたすけ申しもうしたのは私わたくしで、そこにおります御ご侍さむらいたちは、食しょく蜃人しんにんや土蜘蛛つちぐもを退治たいじするのに、指ゆび一いち本ほんでも御ご動かしうごかしになりは致しいたしません。」と申し上げもうしあげました。
これを聞いきいた侍さむらいたちは、何しろなにしろ今までいままでは髪かみ長彦ながひこの話しはなした事ことを、さも自分じぶんたちの手柄てがららしく吹聴ふいちょうしていたのですから、二人ふたりとも急きゅうに顔色かおいろを変えかえて、相手あいての言げんを遮りさえぎりながら、「これはまた思いおもいもよらない嘘うそをつくやつでございます。食しょく蜃人しんにんの首くびを斬っきったのも私たちわたくしたちなら、土蜘蛛つちぐもの計略けいりゃくを見やぶっみやぶったのも、私たちわたくしたちに相違そういございません。」と、誠まことしやかに申し上げもうしあげました。
そこでまん中まんなかに立ったった大臣だいじん様ようは、どちらの云ういう事ことがほんとうとも、見きわめみきわめが御ごつきにならないので、侍さむらいたちと髪かみ長彦ながひこを御ご見比べみくらべなさりながら、「これはお前おまえたちに聞いきいて見るみるよりほかはない。一体いったいお前おまえたちを助けたすけたのは、どっちの男おとこだったと思うおもう。」と、御ご姫ひめ様ようたちの方ほうを向いむかいて、仰あおぐ有ゆういました。
すると二人ふたりの御ご姫ひめ様ようは、一度いちどに御父様おちちさまの胸むねに御すぎょすがりになりながら、「私たちわたくしたちを助けたすけましたのは、髪かみ長彦ながひこでございます。その証拠しょうこには、あの男おとこのふさふさした長いながい髪かみに、私たちわたくしたちの櫛くしをさして置きおきましたから、どうかそれを御覧ごらん下さいくださいまし。」と、恥しはずかしそうに御ご云いいいになりました。
見るみると成程なるほど、髪かみ長彦ながひこの頭あたまには、金きんの櫛くしと銀ぎんの櫛くしとが、美しくうつくしくきらきら光っひかりっています。
もうこうなっては侍さむらいたちも、ほかに仕方しかたはございませんから、とうとう大臣だいじん様ようの前まえにひれ伏しひれふして、「実じつは私たちわたくしたちが悪だくみわるだくみで、あの髪かみ長彦ながひこの助けたすけた御ご姫ひめ様ようを、私たちわたくしたちの手柄てがらのように、ここでは申し上げもうしあげたのでございます。この通りとおり白状はくじょう致しいたしました上うえは、どうか命いのちばかりは御ご助けたすけ下さいくださいまし。」と、がたがたふるえながら申し上げもうしあげました。
それから先さきの事ことは、別べつに御ご話しはなしするまでもありますまい。
髪かみ長彦ながひこは沢山たくさん御ご褒美ほうびを頂いいただいた上うえに、飛鳥あすかの大臣だいじん様ようの御ご婿むこ様ようになりましたし、二人ふたりの若いわかい侍さむらいたちは、三さん匹ひきの犬いぬに追いまわさおいまわされて、ほうほう御館おたての外そとへ逃げ出しにげだしてしまいました。
ただ、どちらの御ご姫ひめ様ようが、髪かみ長彦ながひこの御ご嫁よめさんになりましたか、それだけは何分なんふん昔むかしの事ことで、今いまでははっきりとわかっておりません。
(大正たいしょう七なな年ねん十二じゅうに月つき)
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