その四種がまたいろいろに分化して行く事も前に述べたごとくであります。この四種の理想は文芸家の理想ではあるが、ある意味から云うと一般人間の理想でありますからして、この四面に渉ってもっとも高き理想を有している文芸家は同時に人間としてももっとも高くかつもっとも広き理想を有した人であります。人間としてもっとも広くかつ高き理想を有した人で始めて他を感化する事ができるのでありますから、文芸は単なる技術ではありません。人格のない作家の作物は、卑近なる理想、もしくは、理想なき内容を与うるのみだからして、感化力を及ぼす力もきわめて薄弱であります。偉大なる人格を発揮するためにある技術を使ってこれを他の頭上に浴せかけた時、始めて文芸の功果は炳焉として末代までも輝き渡るのであります。輝き渡るとは何も作家の名前が伝わるとか、世間からわいわい騒がれると云う意味で云うのではありません。作家の偉大なる人格が、読者、観者もしくは聴者の心に浸み渡って、その血となり肉となって彼らの子々孫々まで伝わると云う意味であります。文芸に従事するものはこの意味で後世に伝わらなくては、伝わる甲斐がないのであります。人名辞書に二行や三行かかれる事は伝わるのではない。自分が伝わるのではない。活版だけが伝わるのであります。自己が真の意味において一代に伝わり、後世に伝わって、始めて我々が文芸に従事する事の閑事業でない事を自覚するのであります。始めて自己が一個人でない、社会全体の精神の一部分であると云う事実を意識するのであります。始めて文芸が世道人心に至大の関係があるのを悟るのであります。我々は生慾の念から出立して、分化の理想を今日まで持続したのでありますから、この理想をある手段によって実現するものは、我々生存の目的を、一層高くかつ大いにした功蹟のあるものであります。もっとも偉大なる理想をもっともよく実現するものは我々生存の目的をもっともよく助長する功蹟のあるものであります。文芸の士はこの意味においてけっして閑人ではありません。芭蕉のごとく消極的な俳句を造るものでも李白のような放縦な詩を詠ずるものでもけっして閑人ではありません。普通の大臣豪族よりも、有意義な生活を送って、皆それぞれに人生の大目的に貢献しております。
第 5 章
理想とは何でもない。
いかにして生存するがもっともよきかの問題に対して与えたる答案に過ぎんのであります。
画家の画、文士の文、は皆この答案であります。
文芸家は世間からこの問題を呈出されるからして、いろいろの方便によって各自が解釈した答案を呈出者に与えてやるに過ぎんのであります。
答案が有力であるためには明暸でなければならん、せっかくの名答も不明暸であるならば、相互の意志が疏通せぬような不都合に陥ります。
いわゆる技巧と称するものは、この答案を明暸にするために文芸の士が利用する道具であります。
道具は固より本体ではない。
そこで諸君はわかったと云われるかも知れぬ。
またはわからぬと云われるかも知れぬ。
分った方はそれでよろしいが、分らぬ方には少々説明をしなければなりません。
ただいま技巧は道具だと申しました。
そう一概に云うと明暸なようであるが退いて考えるとなかなかわかりにくい。
技巧とは何だと聴かれた時に、たいてい困ります。
普通は思想をあらわす、手段だと云いますが、その手段によって発表される思想だからして、思想を離れて、手段だけを考える訳には行かず、また手段を離れて思想だけを拝見する訳には無論行きません。
それでだんだん論じつめて行くと、どこまでが手段で、どこからが思想だかはなはだ曖昧になります。
ちょうどこの白墨について云うと、白い色と白墨の形とを切離すようなものでこの格段な白墨を目安にして論ずると白い色をとれば形はなくなってしまいますし、またこの形をとれば白い色も消えてしまいます。
両つのものは二にして一、一にして二と云ってもしかるべきものであります。
そこで哲理的に論ずるとなかなか面倒ですから、分りやすいために実例で説明しようと思います。
せんだって大学で講義の時に引用した例がありますから、ちょっとそれで用を弁じておきます。
ここに二つの文章があります。
最初のは沙翁の句で、次のはデフォーと云う男の句であります。
これを比較すると技巧と内容の区別が自ら判然するだろうと思います。
Uneasyliestheheadthatwearsacrown. Kingsfrequentlylamentedthemiserableconsequencesofbeingborntogreatthings,andwishedtheyhadbeeninthemiddleofthetwoextremes,betweenthemeanandthegreat. 大体の意味は説明する必要もないまでに明暸であります。
すなわち冠を戴く頭は安きひまなしと云うのが沙翁の句で、高貴の身に生れたる不幸を悲しんで、両極の中、上下の間に世を送りたく思うは帝王の習いなりと云うのがデフォーの句であります。
無論前者は韻語の一行で、後者は長い散文小説中の一句であるから、前後に関係して云うと、種々な議論もできますが、この二句だけを独立させて評して見ると、その技巧の点において大変な差違があります。
それはあとから説明するとして、二句の内容は、二句共に大同小異である事は、誰も疑わぬほどに明かでありましょう。
だから思想から見ると双方共に同様と見ても差支ないとします。
思想が同様であるにも関わらず、この二句を読んで得る感じには大変な違があります。
私はせんだって中デフォーの作物を批評する必要があって、その作物を読直すときに偶然この句に出合いまして、ふと沙翁のヘンリー四世中の語を思い出して、その内容の同じきにも関らず、その感じに大変な相違のあるに驚きましたが、なぜこんな相違があるかに至っては解剖して見るまでは判然と自分にもわからなかったのであります。
そこでこれから御話しをするのは私の当時の感じを解剖した所であります。
沙翁の方から述べますと――あの句は帝王が年中(十年でもよい、二十年でもよい。
いやしくも彼が位にある間だけ)の身心状態を、長い時間に通ずる言葉であらわさないで、これを一刻につづめて示している。
そこが一つの手際であります。
その意味をもっと詳しく説明するとこうなります。
uneasy(不安)と云う語は漠然たる心の状態をあらわすようであるが実は非常に鋭敏なよく利く言葉であります。
例えば椅子の足の折れかかったのに腰をかけてuneasyであるとか、ズボン釣りを忘れたためズボンが擦り落ちそうでuneasyであるとか、すべて落ちつかぬ様子であります。
もちろん落ちつかぬ様子と云うのは、ある時間の経過を含む状態には相違ないが、長時間の経過を待たないで、すぐ眼に映る状態であります。
だからこのuneasyと云う語は、長い間持続する状態でも、これを一刻もしくは一分に縮めて画のようにとっさの際に頭脳の裏に描き出し得る状態であります。
ある人はこう云って、私の説を攻撃するかも知れぬ。
――なるほど君の云うようなuneasyな状態もあるかも知れない。
しかしそれは身体のuneasyな場合で心のuneasyな場合ではない。
身体のuneasyな状態は長い時間を切って断面的にこれを想像の鏡に写す事もできようが、心のuneasyな場合すなわち心配とか、気がかりというようなものは、そういう風に印象を構成する訳には行かんだろうと。
私はその攻撃に対しては、こう答える。
――そういうuneasyな状態はあるに相違ない。
ないが、ここにはそんな事を考える必要はない。
よし帝王のuneasinessが精神的であっても、そう考える必要はない。
必要はないと云うよりもそんな余裕はない。
uneasyの下にliesすなわち横わるとある。
liesと云うと有形的な物体に適用せらるる文字である。
だからuneasyと読んで、どちらのuneasyかと迷う間もなく、直liesと云う字に接続するからしてuneasyの意味は明確になってくる。
するとまたこう非難する人が出るかも知れぬ。
――liesにも両様がある。
有形物について云う事は無論であるが無形物についてもよく使う字である。
だからuneasyliesでは君の云うように判然たる印象は起って来ないと。
この非難に対する私の弁解はこうであります。
uneasyliesでは印象が起らぬと云うなら第三字目のheadという字を読んで見るがよかろう。
headは具体的のものである。
よしheadまでも比喩的な意味に解せられるとしてもuneasyliestheheadと続けて読んで、しかもこのheadを抽象的な能力とか知力とか解釈する者はあるまい。
誰でも具体的の髪の生えた頭と解釈するであろう。
headを具体的と解する以上はliesも無論有形物のlieする有様に相違ない。
してみるとuneasyもまた形態に関係のない目に見えぬ意味とは取りにくい。
しかもそのuneasyな有様はいつまで続くか無論わからないが、よし長時間続く状態にしても、いやしくも続いている間は、いつでも目に見える状態である。
いつでも見える状態であるからして、そのいずれの一瞬間を截ち切ってもその断面は長い全部を代表する事ができる、語を換えて云えば、十年二十年の状態を一瞬の間につづめたもの、煮つめたもの、煎じつめたものを脳裏に呼び起すことができると。
そこでこの煮つめたところ、煎じつめたところが沙翁の詩的なところで、読者に電光の機鋒をちらっと見せるところかと思います。
これは時間の上の話であります。
長い時間の状態を一時に示す詩的な作用であります。
ところで沙翁には今一つの特色があります。
上述の時間的なるに対してこれは空間的と云うてもよかろうと思います。
すなわちこういう解剖なのです。
帝王と云う字は具体の名詞か抽象の名詞かと問えば、誰も具体と答えるだろうと思います。
なるほど具体名詞に相違ないです。
けれどもただ具体的だと承知するばかりで、明暸な印象は比較的出にくいのです。
帝王の画を眼前でかいて見ろと云われても、すぐと図案は拵えられんだろうと思います。
私共の脳中にはこの帝王と云うものがすこぶる漠然として纏らない図になって畳み込まれています。
ところへtheheadthatwearsacorwnと云われると、帝王と云う観念が急に判然とします。
なぜかと云うと、今までは具体であるということだけが解っていたけれど、局部の知識はすこぶる曖昧で取とめがつかなかったのであります。
あたかも度の合わぬ眼鏡で物を見るように、その物は独立して存在しているが他の物と独立している事だけが明暸で、その物の内容は朦朧としておったのであります。
ところがuneasyliestheheadthatwearsacrownと云われたので焼点が急にきまったような心持がするのであります。
帝王と云えば個人として帝王の全部を想像せねばならん、全部を想像すると勢ぼんやりする。
ぼんやりしないために、局部を想像しようとすると、局部がたくさんあるので、どこを想像してよいか分りません。
そこで沙翁は多くある局部のうちで、ここを想像するのが一番いいと教えてくれたのであります。
その教えてくれたのは、帝王の足でもない、手でもない。
乃至は背骨でもない。
もしくは帝王の腹の中でもない。
彼が指さして、あすこだけを注意して御覧、kingがよく見えると教えてくれた所は、燦爛たる冠を戴く彼の頭であります。
この注意をうけた吾々は今まで全局に眼をちらつかせて要領を得んのに苦しんでいたのに、かく注意を受けたから、試みにその方へ視線をむけると、なるほどkingが見えたのであります。
明暸なのは局部に過ぎぬけれども、この局部がkingを代表してしかるべき精髄であるからして、ここが明暸に見えれば全体を明暸に見たと同じ事になる。
取も直さず物を見るべき要点を沙翁が我々に教えてくれたのであります。
この要点は全体を明かにするにおいて功力があるのみならず、要点以外に気を散らす必要がなく、不要の部分をことごとく切り棄てる事もできるからして、読者から云えば注意力の経済になる。
この要点を空間に配して云うと、沙翁はkingと云う大きなものを縮めて、単なる「冠を戴く頭」に変化さしてくれたのであります。
かくして六尺の人は一尺に足らぬ頭と煎じつめられたのであります。
してみると沙翁の句は一方において時間を煎じつめ、一方では空間を煎じつめて、そうして鮮かに長時間と広空間とを見せてくれております。
あたかも肉眼で遠景を見ると漠然としているが、一たび双眼鏡をかけると大きな尨大なものが奇麗に縮まって眸裡に印するようなものであります。
そうしてこの双眼鏡の度を合わしてくれるのがすなわち沙翁なのであります。
これが沙翁の句を読んで詩的だと感ずる所以であります。
ところがデフォーの文章を読んで見るとまるで違っております。
この男のかき方は長いものは長いなり、短いものは短いなりに書き放して毫も煎じつめたところがありません。
遠景を見るのに肉眼で見ています。
度を合せぬのみか、双眼鏡を用いようともしません。
まあ智慧のない叙方と云ってよいでしょう。
あるいは心配して読者の便宜をはかってくれぬ書き方、呑気もしくは不親切な書き方と云っても悪くはありますまい。
もしくは伸縮方を解せぬ、弾力性のない文章と評しても構わないでしょう。
汽車電車は無論人力さえ工夫する手段を知らないで、どこまでも親譲りの二本足でのそのそ歩いて行く文章であります。
したがって散文的の感があるのです。
散文的な文章とは馬へも乗れず、車へも乗れず、何らの才覚がなくって、ただ地道に御拾いでおいでになる文章を云うのであります。
これはけっして悪口ではありません、御拾いも時々は結構であります。
ただ年が年中足を擂木にして、火事見舞に行くんでも、葬式の供に立つんでも同じ心得で、てくてくやっているのは、本人の勝手だと云えば云うようなものの、あまり器量のない話であります。
デフォーははなはだ達筆で生涯に三百何部と云う書物をかきました。
まあ車夫のような文章家なのです。
これで二家の文章の批評は了ります。
この批評によって、我々の得た結論は何であるかと云うと、文芸に在って技巧は大切なものであると云う事であります。
もし技巧がなければせっかくの思想も、気の毒な事に、さほどな利目が出て来ない。
沙翁とデフォーは同じ思想をあらわしたのでありますが、その結果は以上のごとく、大変な相違を来します。
思想が同じいのにこれほどな相違が出るのは全く技巧のためだと結論します。
近頃日本の文学者のある人々は技巧は無用だとしきりに主張するそうですが、いまだ明暸なる御考えを承った事がないから、何とも申されませんが、以上の説明によると、文芸家である以上は、技巧はどうしても捨てる訳には、参るまいと信じます。
そうして以上の説明はけっして論理その他の誤謬を含んでおらんと信じます。
有名な人の作曲さえやれば、どんな下手が奏しても構わないと云う御主意ならば文章も技巧は無用かも知れませんが、私にはそうは思われません。
そうして技巧を無用視せらるる方のうちには人生に触れなくては駄目だ、技巧はどうでもよい、人生に触れるのが目的だと言われる人が大分あるようですが、これもまだ明暸な説明を承った事がないから何の意味だか了解できませんが、この言葉を承わるたびに何だか妙な心持がします。
ただ触れろ触れろと仰があっても、触れる見当がつかなければ、作家は途方に暮れます。
むやみに人生だ人生だと騒いでも、何が人生だか御説明にならん以上は、火の見えないのに半鐘を擦るようなもので、ちょっと景気はいいようだが、どいたどいたと駆けて行く連中は、あとから大に迷惑致すだろうと察せられます。
人生に触れろと御注文が出る前に、人生とはこんなもの、触れるとはあんなもの、すべてのあんな、こんなを明暸にしておいてさてかような訳だから技巧は無用じゃないかと仰せられたなら、その時始めて御相手を致しても遅くはなかろうと思って、それまでは差し控える事に致しております。
もし私の方で申す人生に触れるという意味が御承知になりたければ今じきに明暸なる御答えを仕ってもよろしいが、ついでもある事だから、次の節まで待っていただきましょう。
御待遠だといかぬから、すぐさま次の節に移って弁じます。
文学者の一部分で、しきりに触れろ触れろと云い、技巧は無用だ無用だと云っているに反して、画家の方では――画家は我々のように騒々しくない、おとなしく勉強しておられるから、むやみに三つ番は敲かれぬようであるが――しかしその実行しておられるところを拝見すると、触れるの触れぬのと云う事は頓着なくただ熱心に技術を研いておられるように見受けます。
申すまでもなく私は極めて画道には暗い人間であります。
だから画の事に関して嘴を容れる権利は無論ないのですが、門外漢の云う事も時には御参考になるだろうし、こうして諸君に御目にかかる機会も滅多にありませず、かつ文芸全体に通じての議論ですから、大胆なところを述べてしまいます。
――あなた方の方では人間を御かきになるときはモデルを御使いになります、草や木を御かきになるときは野外もしくは室内で写生をなさいます。
これはまことに結構な事で、我々文学者が四畳半のなかで、夢のような不都合な人物、景色、事件を想像して好加減な事を並べて平気でいるよりも遥に熱心な御研究であります。
その効能は固より御承知の事で、私などがかれこれ申すのも釈迦に何とかいう類になりますが、まず講話の順序として分らぬながら、分ったと思う事だけを述べます。
こう云う修業で得る点は私の考えではまず二通りになるだろうと思います。
一つは物の大小形状及びその色合などについて知覚が明暸になりますのと、この明暸になったものを、精細に写し出す事が巧者にかつ迅速にできる事だと信じます。
二はこれを描き出すに当って使用する線及び点が、描き出される物の形状や色合とは比較的独立して、それ自身において、一種の手際を帯びて来る事であります。
この第二の技術は技術でありかつ理想をもあらわしているからして純然たる技巧と見る訳には参りません。
現に日本在来の絵画はおもにこの技巧だけで価値を保ったものであります。
それにも関わらず、これに対して鑑賞の眼を恣にすると、それぞれに一種の理想をあらわしている、すなわち画家の人格を示している、ために大なる感興を引く事が多いのであります。
たとえば一線の引き方でも、(