その一つだけが触れて、他は触れぬものだと断言するのは、論理的にかく証明し来ったところで、成立せぬ出放題の広言であります。真は深くもなり、広くもなり得る理想であります。しかしながら、真が独り人生に触れて、他の理想は触れぬとは、真以外に世界に道路がある事を認め得ぬ色盲者の云う事であります。東西南北ことごとく道路で、ことごとく通行すべきはずで、大切と云えばことごとく大切であります。
第 7 章
四種の理想は分化を受けます。
分化を受けるに従って変形を生じます。
変形を生じつつ進歩する機会を早めます。
この変形のうち、もっとも新しい理想を実現する人を人生において新意義を認めた人と云います。
変形のうちもっとも深き理想を実現する人を、深刻に人生に触れた人と申します。
(云うまでもなく深刻とは真、善、美、壮の四面にわたって申すべき形容詞であります。
悲惨だから深刻だとか、暗黒だから深刻だとか云うのは無意味の言語であります)変形のうちもっとも広き理想を実現する人を、広く人生に触れた人と申します。
この三つを兼ねて、完全なる技巧によりてこれを実現する人を、理想的文芸家、すなわち文芸の聖人と云うのであります。
文芸の聖人はただの聖人で、これに技巧を加えるときに、始めて文芸の聖人となるのであります。
聖人の理想と申して別段の事もありません。
ただいかにして生存すべきかの問題を解釈するまでであります。
発達した理想と、完全な技巧と合した時に、文芸は極致に達します。
(それだから、文芸の極致は、時代によって推移するものと解釈するのが、もっとも論理的なのであります)文芸が極致に達したときに、これに接するものはもしこれに接し得るだけの機縁が熟していれば、還元的感化を受けます。
この還元的感化は文芸が吾人に与え得る至大至高の感化であります。
機縁が熟すと云う意味は、この極致文芸のうちにあらわれたる理想と、自己の理想とが契合する場合か、もしくはこれに引つけられたる自己の理想が、新しき点において、深き点において、もしくは広き点において、啓発を受くる刹那に大悟する場合を云うのであります。
縁なき衆生は度しがたしとは単に仏法のみで言う事ではありません。
段違いの理想を有しているものは、感化してやりたくても、感化を受けたくてもとうていどうする事もできません。
還元的感化と云う字が少々妙だから、御分りにならんかと思います。
これを説明すると、こういう意味になります。
文芸家は今申す通り自己の修養し得た理想を言語とか色彩とかの方便であらわすので、その現わされる理想は、ある種の意識が、ある種の連続をなすのを、そのままに写し出したものに過ぎません。
だからこれに対して享楽の境に達するという意味は、文芸家のあらわした意識の連続に随伴すると云う事になります。
だから我々の意識の連続が、文芸家の意識の連続とある度まで一致しなければ、享楽と云う事は行われるはずがありません。
いわゆる還元的感化とはこの一致の極度において始めて起る現象であります。
一致の意味は固より明暸で、この一致した意識の連続が我々の心のうちに浸み込んで、作物を離れたる後までも痕迹を残すのがいわゆる感化であります。
すると説明すべきものはただ還元の二字になります。
しかしこの二字もまた一致と云う字面のうちに含まれております。
一致と云うと我の意識と彼の意識があって、この二つのものが合して一となると云う意味でありますが、それは一致せぬ前に言うべき事で、すでに一致した以上は一もなく二もない訳でありますからして、この境界に入ればすでに普通の人間の状態を離れて、物我の上に超越しております。
ところがこの物我の境を超越すると云う事は、この講演の出立地であって、またあらゆる思索の根拠本源になります。
したがって文芸の作物に対して、我を忘れ彼を忘れ、無意識に(反省的でなくと云う意なり)享楽を擅にする間は、時間も空間もなく、ただ意識の連続があるのみであります。
もっともここに時間も空間もないと云うのは作物中にないと云うのではない、自己が作物に対する時間、また自己が占めている空間がないという意味であって、読んで何時間かかるか、また読んでいる場所は書斎の裡か郊外か蓐中かを忘れると云うのと同じ事であります。
普通の場合においてこれを忘れる事ができんのは、ある間は作者の意識連続と一致し、あるときはこれを離れるから、我は依然として我、彼は依然として彼なのであります。
一致している際に蚤に食われて急に我に帰り、時計が鳴ってにわかに我に帰るというようであるから、間髪を容れざる完全の一致より生ずる享楽を擅まにする事ができんのであります。
かくのごとく自己の意識と作家の意識が離れたり合ったりする間は、読書でも観画でも、純一無雑と云う境遇に達する事はできません。
これを俗に邪魔が這入るとも、油を売るとも、散漫になるとも云います。
人によると、生涯に一度も無我の境界に点頭し、恍惚の域に逍遥する事のないものがあります。
俗にこれを物に役せられる男と云います。
かような男が、何かの因縁で、急にこの還元的一致を得ると、非常な醜男子が絶世の美人に惚れられたように喜びます。
「意識の連続」のうちで比較的連続と云う事を主にして理想があらわれてくると、おもに文学ができます。
比較的意識そのものの内容を主にして理想があらわれて来ると絵画が成立します。
だからして前者の理想はおもに意識の推移する有様であらわれて来ます。
したがってこの推移法が理想的に行く作物は、読者をして還元的感化をうけやすくします。
これを動の還元的感化と云います。
それから後者の理想はおもに意識の停留する有様であらわれて来ます。
だから停留法がうまく行くと、すなわち意識が停留したいところを見計って、その刹那を捕えると、観者をして還元的感化をうけやすくします。
これを静の還元的感化と云います。
しかしながらこれは重なる傾向から文学と絵画を分ったまでで、その実は截然とこう云う区別はできんのであります。
しばらくこの二要素を文学の方へかためて申しますと、推移の法則は文学の力学として論ずべき問題で、逗留の状態は文学の材料として考えるべき条項であります。
双方とも批評学の発達せぬ今日は誰も手を着けておりませんから、研究の余地は幾らでもあります。
私は自分の文学論のうちに、不完全ながら自分の考えだけは述べておきましたから、御参考を願います。
固より新たに開拓する領土の事でありますから、御参考になるほどにはできておりません。
けれども、あの議論の上へ上へとこれからの人が、新知識を積んで行って、私の疎漏なところを補い、誤謬のあるところを正して下さったならば、批評学が学問として未来に成立せんとは限らんだろうと思います。
私はある事情から重に創作の方をやる考えでありますから、向後この方面に向って、どのくらいの貢献ができるか知れませんが、もし篤実な学者があって、鋭意にそちらを開拓して行かれたならば、学界はこの人のために大いなる利益を享けるに相違なかろうと確信しております。
最後に一言を加えます。
我々は生きたい生きたいと云う下司な念を本来持っております。
この下司な了見からして、物我の区別を立てます。
そうしていかなる意識の連続を得んかという選択の念を生じ、この選択の範囲が広まるに従って一種の理想を生じ、その理想が分岐して、哲学者(または科学者)となり、文芸家となり実行家となり、その文芸家がまた四種の理想を作り、かつこれを分岐せしめて、各自に各自の欲する意識の連続を実現しつつあるのであります。
要するに皆いかにして存在せんかの生活問題から割り出したものに過ぎません。
だからして何をやろうとけっして実際的の利害を外れたことは一つもないのであります。
世の中では芸術家とか文学家とか云うものを閑人と号して、何かいらざる事でもしているもののように考えています。
実を云うと芸術家よりも文学家よりもいらぬ事をしている人間はいくらでもあるのです。
朝から晩まで車を飛ばせて馳け廻っている連中のうちで、文学者や芸術家よりもいらざる事をしている連中がいくらあるか知れません。
自分だけが国家有用の材だなどと己惚れて急がしげに生存上十人前くらいの権利があるかのごとくふるまってもとうてい駄目なのです。
彼らの有用とか無用とかいう意味は極めて幼稚な意味で云うのですから駄目であります。
怒るなら、怒ってもよろしい、いくら怒っても駄目であります。
怒るのは理窟が分らんから怒るのです。
怒るよりも頭を下げてその訳でも聞きに来たらよかろうと思います。
恐れ入って聞きにくればいつでも教えてやってよろしい。
――私なども学校をやめて、縁側にごろごろ昼寝をしていると云って、友達がみんな笑います。
――笑うのじゃない、実は羨ましいのかも知れません。
――なるほど昼寝は致します。
昼寝ばかりではない、朝寝も宵寝も致します。
しかし寝ながらにして、えらい理想でも実現する方法を考えたら、二六時中車を飛ばして電車と競争している国家有用の才よりえらいかも知れない。
私はただ寝ているのではない、えらい事を考えようと思って寝ているのである。
不幸にしてまだ考えつかないだけである。
なかなかもって閑人ではない。
諸君も閑人ではない。
閑人と思うのは、思う方が閑人である、でなければ愚人である。
文芸家は閑が必要かも知れませんが、閑人じゃありません。
ひま人と云うのは世の中に貢献する事のできない人を云うのです。
いかに生きてしかるべきかの解釈を与えて、平民に生存の意義を教える事のできない人を云うのです。
こう云う人は肩で呼吸をして働いていたって閑人です。
文芸家はいくら縁側に昼寝をしていたって閑人じゃない。
文芸家のひまとのらくら華族や、ずぼら金持のひまといっしょにされちゃ大変だ。
だから芸術家が自分を閑人と考えるようじゃ、自分で自分の天職を抛つようなもので、御天道様にすまない事になります。
芸術家はどこまでも閑人じゃないときめなくっちゃいけない。
いくら縁側に昼寝をしても閑人じゃないときめなくっちゃいけない。
しかしこれだけ大胆にひま人じゃないと主張するためには、主張するだけの確信がなければなりません。
言葉を換えて云うといかにして活きべきかの問題を解釈して、誰が何と云っても、自分の理想の方が、ずっと高いから、ちっとも動かない、驚かない、何だ人生の意義も理想もわからぬくせに、生意気を云うなと超然と構えるだけに腹ができていなければなりません。
これだけにできていなければ、いくら技巧があっても、書いたものに品位がない。
ないはずである。
こう書いたら笑われるだろう、ああ云ったら叱られるだろうと、びくびくして筆を執るから、あの男は腹の中がかたまっておらん、理想が生煮だ、という弱点が書物の上に見え透くように写っている、したがっていかにも意気地がない。
いくら技巧があったって、これじゃ人を引きつけることもできん、いわんや感化をやであります。
またいわんや還元的感化をやであります。
こんな文芸家を称して閑人と云うのであります。
正木君の云われた市気匠気と云うのは、かかる閑人の文芸家に着いて廻るのであります。
要するに我々に必要なのは理想である。
理想は文に存するものでもない、絵に存するものでもない、理想を有している人間に着いているものである。
だからして技巧の力を藉りて理想を実現するのは人格の一部を実現するのである。
人格にない事を、ただ句を綴り章を繋いで、上滑りのするようにかきこなしたって、閑人に過ぎません。
俗にこれを柄にないと申します。
柄にない事は、やっても閑人でやらなくても閑人だから、やらない方が手数が省けるだけ得になります。
ただ新しい理想か、深い理想か、広い理想があって、これを世の中に実現しようと思っても、世の中が馬鹿でこれを実現させない時に、技巧は始めてこの人のため至大な用をなすのであります。
一般の世が自分が実世界における発展を妨げる時、自分の理想は技巧を通じて文芸上の作物としてあらわるるほかに路がないのであります。
そうして百人に一人でも、千人に一人でも、この作物に対して、ある程度以上に意識の連続において一致するならば、一歩進んで全然その作物の奥より閃めき出ずる真と善と美と壮に合して、未来の生活上に消えがたき痕跡を残すならば、なお進んで還元的感化の妙境に達し得るならば、文芸家の精神気魄は無形の伝染により、社会の大意識に影響するが故に、永久の生命を人類内面の歴史中に得て、ここに自己の使命を完うしたるものであります。
――明治四十年四月東京美術学校において述――