硝子戸の中

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四

第 4 章
日ひならずして、彼かれは二三にさんの友達ともだちを拵えこしらえた。
その中なかで最ももっとも親しかっしたしかったのはすぐ前まえの医者いしゃの宅たくにいる彼かれと同年輩どうねんぱいぐらいの悪戯者いたずらものであった。
これは基督教きりすときょう徒とに相応しいふさわしいジョンじょんという名前なまえを持っもっていたが、その性質せいしつは異端いたん者もののヘクトーへくとーよりも遥はるかに劣っおとっていたようである。
むやみに人ひとに噛みつくかみつく癖くせがあるので、しまいにはとうとう打ち殺さうちころされてしまった。
彼かれはこの悪友あくゆうを自分じぶんの庭にわに引き入れひきいれて勝手かってな狼藉ろうぜきを働はたらけらいて私わたくしを困らこまらせた。
彼かれらはしきりに樹きの根ねを掘っほって用ようもないのに大きなおおきな穴あなを開けあけて喜んよろこんだ。
綺麗きれいな草花くさばなの上うえにわざと寝転んねころんで、花はなも茎くきも容赦ようしゃなく散らしちらしたり、倒したおしたりした。
ジョンじょんが殺さころされてから、無聊ぶりょうな彼かれは夜遊びよあそび昼ひる遊びあそびを覚えるおぼえるようになった。
散歩さんぽなどに出かけるでかける時じ、私わたくしはよく交番こうばんの傍そばに日向ぼっこひなたぼっこをしている彼かれを見るみる事ことがあった。
それでも宅たくにさえいれば、よくうさん臭いくさいものに吠えほえついて見せみせた。
そのうちで最ももっとも猛烈もうれつに彼かれの攻撃こうげきを受けうけたのは、本所ほんじょ辺へんから来るくる十じゅう歳としばかりになる角兵衛獅子かくべえししの子こであった。
この子こはいつでも「今日きょうは御祝いおいわい」と云っいって入っはいって来るくる。
そうして家いえの者ものから、麺めん麭の皮かわと一いち銭せん銅貨どうかを貰わもらわないうちは帰らかえらない事ことに一人ひとりできめていた。
だからヘクトーへくとーがいくら吠えほえても逃げ出さにげださなかった。
かえってヘクトーへくとーの方ほうが、吠えほえながら尻尾しっぽを股またの間まに挟んはさんで物置ものおきの方ほうへ退却たいきゃくするのが例れいになっていた。
要するようするにヘクトーへくとーは弱虫よわむしであった。
そうして操行そうこうからいうと、ほとんど野良犬のらいぬと択ぶえらぶところのないほどに堕落だらくしていた。
それでも彼かれらに共通きょうつうな人ひと懐っこいなつっこい愛情あいじょうはいつまでも失わうしなわずにいた。
時々ときどき顔かおを見合せるみあわせると、彼かれは必ずかならず尾おを掉とうって私わたくしに飛びついとびついて来きた。
あるいは彼かれの背せを遠慮えんりょなく私わたくしの身体しんたいに擦りすりつけた。
私わたくしは彼かれの泥足どろあしのために、衣服いふくや外套がいとうを汚しよごした事ことが何度なんどあるか分らわからない。
去年きょねんの夏なつから秋あきへかけて病気びょうきをした私わたくしは、一いちカ月かげつばかりの間まついにヘクトーへくとーに会うあう機会きかいを得とくずに過ぎすぎた。
病やまいがようやく怠っおこたって、床ゆかの外そとへ出でられるようになってから、私わたくしは始めはじめて茶の間ちゃのまの縁えんに立ったって彼かれの姿すがたを宵闇よいやみの裡りに認めみとめた。
私わたくしはすぐ彼かれの名なを呼んよんだ。
しかし生垣いけがきの根ねにじっとうずくまっている彼かれは、いくら呼んよんでも少しすこしも私わたくしの情けなさけに応じおうじなかった。
彼かれは首くびも動かさうごかさず、尾おも振らふらず、ただ白いしろい塊かたまりのまま垣根かきねにこびりついてるだけであった。
私わたくしは一いちカ月かげつばかり会わあわないうちに、彼かれがもう主人しゅじんの声こえを忘れわすれてしまったものと思っおもって、微かかすかな哀愁あいしゅうを感ぜかんぜずにはいられなかった。
まだ秋あきの始めはじめなので、どこの間まの雨戸あまども締めしめられずに、星ほしの光ひかりが明け放たあけはなたれた家いえの中なかからよく見みられる晩ばんであった。
私わたくしの立ったっていた茶の間ちゃのまの縁えんには、家いえのものが二三にさん人ひといた。
けれども私わたくしがヘクトーへくとーの名前なまえを呼んよんでも彼かれらはふり向きふりむきもしなかった。
私わたくしがヘクトーへくとーに忘れわすれられたごとくに、彼かれらもまたヘクトーへくとーの事ことをまるで念頭ねんとうに置いおいていないように思わおもわれた。
私わたくしは黙っだまって座敷ざしきへ帰っかえって、そこに敷いしいてある布団ふとんの上うえに横よこになった。
病後びょうごの私わたくしは季節きせつに不ふ相当そうとうな黒くろ八丈はちじょうの襟えりのかかった銘仙めいせんのどてらを着きていた。
私わたくしはそれを脱ぐぬぐのが面倒めんどうだから、そのまま仰あおぐ向むかいに寝ねて、手てを胸むねの上うえで組み合せくみあわせたなり黙っだまって天井てんじょうを見つめみつめていた。
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