硝子戸の中

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八

第 8 章
不愉快ふゆかいに充ちみちた人生じんせいをとぼとぼ辿りたどりつつある私わたくしは、自分じぶんのいつか一度いちど到着とうちゃくしなければならない死しという境地きょうちについて常つねに考えかんがえている。
そうしてその死しというものを生なまよりは楽らくなものだとばかり信じしんじている。
ある時じはそれを人間にんげんとして達したっし得るうる最上さいじょう至高しこうの状態じょうたいだと思うおもう事こともある。
「死しは生なまよりも尊みこととい」 こういう言葉ことばが近頃ちかごろでは絶えたえず私わたくしの胸むねを往来おうらいするようになった。
しかし現在げんざいの私わたくしは今いままのあたりに生きいきている。
私わたくしの父母ふぼ、私わたくしの祖父母そふぼ、私わたくしの曾祖父母そうそふぼ、それから順次じゅんじに溯そぼって、百ひゃく年ねん、二百にひゃく年ねん、乃至ないし千せん年ねん万まん年ねんの間まに馴致じゅんちされた習慣しゅうかんを、私わたくし一いち代だいで解脱げだつする事ことができないので、私わたくしは依然いぜんとしてこの生なまに執着しゅうちゃくしているのである。
だから私わたくしの他ほかに与えるあたえる助言じょげんはどうしてもこの生なまの許すゆるす範囲はんい内うちにおいてしなければすまないように思うおもう。
どういう風かぜに生きいきて行くいくかという狭いせまい区域くいきのなかでばかり、私わたくしは人類じんるいの一人ひとりとして他ほかの人類じんるいの一人ひとりに向わむかわなければならないと思うおもう。
すでに生なまの中なかに活動かつどうする自分じぶんを認めみとめ、またその生なまの中なかに呼吸こきゅうする他人たにんを認めるみとめる以上いじょうは、互いたがいの根本こんぽん義ぎはいかに苦しくくるしくてもいかに醜くみにくくてもこの生なまの上うえに置かおかれたものと解釈かいしゃくするのが当り前あたりまえであるから。
「もし生きいきているのが苦痛くつうなら死んしんだら好いよいでしょう」 こうした言葉ことばは、どんなに情なくなさけなく世よを観ずるかんずる人ひとの口くちからも聞ききき得とくないだろう。
医者いしゃなどは安らかやすらかな眠ねむりに赴ふむこうとする病人びょうにんに、わざと注射ちゅうしゃの針はりを立てたてて、患者かんじゃの苦痛くつうを一刻いっこくでも延ばすのばす工夫くふうを凝らしこらしている。
こんな拷問ごうもんに近いちかい所作しょさが、人間にんげんの徳義とくぎとして許さゆるされているのを見みても、いかに根強くねづよく我々われわれが生なまの一いち字じに執着しゅうちゃくしているかが解るわかる。
私わたくしはついにその人ひとに死しをすすめる事ことができなかった。
その人ひとはとても回復かいふくの見込みみこみのつかないほど深くふかく自分じぶんの胸むねを傷けきずつけられていた。
同時どうじにその傷きずが普通ふつうの人ひとの経験けいけんにないような美びくしい思い出おもいでの種しゅとなってその人ひとの面めんを輝やかしかがやかしていた。
彼女かのじょはその美びくしいものを宝石ほうせきのごとく大事だいじに永久えいきゅう彼女かのじょの胸むねの奥おくに抱き締めだきしめていたがった。
不幸ふこうにして、その美びくしいものはとりも直さなおさず彼女かのじょを死し以上いじょうに苦しめるくるしめる手傷てきずそのものであった。
二につの物ものは紙かみの裏表うらおもてのごとくとうてい引き離せひきはなせないのである。
私わたくしは彼女かのじょに向っむかって、すべてを癒すいやす「時じ」の流れながれに従っしたがって下れくだれと云っいった。
彼女かのじょはもしそうしたらこの大切たいせつな記憶きおくがしだいに剥げはげて行くいくだろうと嘆いなげいた。
公平こうへいな「時じ」は大事だいじな宝物ほうもつを彼女かのじょの手てから奪ううばう代りかわりに、その傷口きずぐちもしだいに療治りょうじしてくれるのである。
烈しいはげしい生なまの歓喜かんきを夢ゆめのように暈しぼかしてしまうと同時どうじに、今いまの歓喜かんきに伴なうともなう生々しいなまなましい苦痛くつうも取り除けるとりのぞける手段しゅだんを怠たらおこたらないのである。
私わたくしは深いぶかい恋愛れんあいに根ざしねざしている熱烈ねつれつな記憶きおくを取り上げとりあげても、彼女かのじょの創口そうこうから滴るしたたる血潮ちしおを「時じ」に拭わぬぐわしめようとした。
いくら平凡へいぼんでも生きいきて行くいく方ほうが死ぬしぬよりも私わたくしから見みた彼女かのじょには適当てきとうだったからである。
かくして常つねに生なまよりも死しを尊いとうといと信じしんじている私わたくしの希望きぼうと助言じょげんは、ついにこの不愉快ふゆかいに充ちみちた生なまというものを超越ちょうえつする事ことができなかった。
しかも私わたくしにはそれが実行じっこう上うえにおける自分じぶんを、凡庸ぼんような自然主義者しぜんしゅぎしゃとして証拠しょうこ立てたてたように見えみえてならなかった。
私わたくしは今いまでも半信はんしん半疑はんぎの眼めでじっと自分じぶんの心こころを眺めながめている。
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