門

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六

第 6 章
小六しょうろくはともかくも都合つごうしだい下宿げしゅくを引き払っひきはらって兄あにの家いえへ移るうつる事ことに相談そうだんが調っととのった。
御ご米べいは六ろく畳たたみに置きおきつけた桑くわの鏡台きょうだいを眺めながめて、ちょっと残り惜しいのこりおしい顔かおをしたが、「こうなると少しすこし遣けん場ばに困るこまるのね」と訴えるうったえるように宗助そうすけに告げつげた。
実際じっさいここを取り上げとりあげられては、御ご米べいの御ご化粧けしょうをする場所ばしょが無くなっなくなってしまうのである。
宗助そうすけは何なんの工夫くふうもつかずに、立ちたちながら、向うむこうの窓側まどがわに据えすえてある鏡かがみの裏うらを斜しゃに眺めながめた。
すると角度かくどの具合ぐあいで、そこに御ご米べいの襟元えりもとから片頬かたほおが映っうつっていた。
それがいかにも血色けっしょくのわるい横顔よこがおなのに驚ろかさおどろかされて、「御前ごぜん、どうかしたのかい。大おお変色へんしょくが悪いわるいよ」と云いいいながら、鏡かがみから眼めを放しはなして、実際じっさいの御ご米べいの姿すがたを見みた。
鬢びんが乱れみだれて、襟えりの後あとの辺へんが垢あかで少しすこし汚れよごれていた。
御ご米べいはただ、「寒いさむいせいなんでしょう」と答えこたえて、すぐ西側にしがわに付いついている。
一間いちけんの戸棚とだなを明けあけた。
下したには古いふるい創はじめだらけの箪笥たんすがあって、上うえには支那しな鞄かばんと柳やなぎ行李こうりが二につ三さんつ載っのっていた。
「こんなもの、どうしたって片づけかたづけようがないわね」「だからそのままにしておくさ」 小六しょうろくのここへ引いん移っうつって来るくるのは、こう云ういう点てんから見みて、夫婦ふうふのいずれにも、多少たしょう迷惑めいわくであった。
だから来るくると云っいって約束やくそくしておきながら、今いまだに来きない小六しょうろくに対したいしては、別段べつだんの催促さいそくもしなかった。
一日いちにち延びれのびれば延びのびただけ窮屈きゅうくつが逃げにげたような気きがどこかでした。
小六しょうろくにもちょうどそれと同じおなじ憚があったので、いられる限かぎりは下宿げしゅくにいる方ほうが便利べんりだと胸むねをきめたものか、つい一いち日ひ一日いちにちと引越ひっこしを前まえへ送っおくっていた。
その癖くせ彼かれの性質せいしつとして、兄あに夫婦ふうふのごとく、荏苒じんぜんの境さかいに落ちついおちついてはいられなかったのである。
そのうち薄いうすい霜しもが降りふりて、裏うらの芭蕉ばしょうを見事みごとに摧いくだいた。
朝あさは崖がけ上うえの家主やぬしの庭にわの方ほうで、鵯ひよどりが鋭どいするどい声こえを立てたてた。
夕方ゆうがたには表ひょうを急ぐいそぐ豆腐とうふ屋やの喇叭らっぱに交っかって、円明寺えんめいじの木魚もくぎょの音おとが聞えきこえた。
日ひはますます短かくみじかくなった。
そうして御ご米べいの顔色かおいろは、宗助そうすけが鏡かがみの中なかに認めみとめた時じよりも、爽かさわやかにはならなかった。
夫おっとが役所やくしょから帰っかえって来きて見るみると、六ろく畳たたみで寝ねている事ことが一二いちに度どあった。
どうかしたかと尋ねるたずねると、ただ少しすこし心持こころもちが悪いわるいと答えるこたえるだけであった。
医者いしゃに見みて貰えもらえと勧めるすすめると、それには及ばおよばないと云っいって取り合わとりあわなかった。
宗助そうすけは心配しんぱいした。
役所やくしょへ出でていてもよく御ご米べいの事ことが気きにかかって、用ようの邪魔じゃまになるのを意識いしきする時じもあった。
ところがある日ひ帰りがけかえりがけに突然とつぜん電車でんしゃの中なかで膝ひざを拍っうった。
その日ひは例れいになく元気げんきよく格子こうしを明けあけて、すぐと勢いきおいよく今日きょうはどうだいと御ご米べいに聞いきいた。
御ご米べいがいつもの通りとおり服ふくや靴足袋くつたびを一纏めひとまとめにして、六ろく畳たたみへ這入るはいる後あとから追いおいて来きて、「御ご米べい、御前ごぜん子供こどもができたんじゃないか」と笑いわらいながら云っいった。
御ご米べいは返事へんじもせずに俯向いうつむいてしきりに夫おっとの背広せびろの埃ほこりを払っはらった。
刷毛はけの音おとがやんでもなかなか六ろく畳たたみから出でて来きないので、また行っいって見るみると、薄暗いうすぐらい部屋へやの中なかで、御ご米べいはたった一人ひとり寒かんそうに、鏡台きょうだいの前まえに坐っすわっていた。
はいと云っいって立ったったが、その声こえが泣いないた後あとの声こえのようであった。
その晩ばん夫婦ふうふは火鉢ひばちに掛けかけた鉄瓶てつびんを、双方そうほうから手てで掩うおおうようにして差しさし向っむかった。
「どうですな世の中よのなかは」と宗助そうすけが例れいにない浮いういた調子ちょうしを出しだした。
御ご米べいの頭あたまの中なかには、夫婦ふうふにならない前まえの、宗助そうすけと自分じぶんの姿すがたが奇麗きれいに浮んうかんだ。
「ちっと、面白くおもしろくしようじゃないか。この頃このごろはいかにも不景気ふけいきだよ」と宗助そうすけがまた云っいった。
二人ふたりはそれから今度こんどの日曜にちようにはいっしょにどこへ行こういこうか、ここへ行こういこうかと、しばらくそればかり話し合っはなしあっていた。
それから二人ふたりの春着はるぎの事ことが題目だいもくになった。
宗助そうすけの同僚どうりょうの高木たかぎとか云ういう男おとこが、細君さいくんに小袖こそでとかを強請らねだられた時じ、おれは細君さいくんの虚栄心きょえいしんを満足まんぞくさせるために稼いかせいでるんじゃないと云っいって跳ねはねつけたら、細君さいくんがそりゃ非道いひどい、実際じっさい寒くさむくなっても着きて出るでるものがないんだと弁解べんかいするので、寒けれさむければやむを得とくない、夜具やぐを着るきるとか、毛布もうふを被るかぶるとかして、当分とうぶん我慢がまんしろと云っいった話はなしを、宗助そうすけはおかしく繰り返しくりかえして御ご米べいを笑わしわらわした。
御ご米べいは夫おっとのこの様子ようすを見みて、昔むかしがまた眼めの前まえに戻っもどったような気きがした。
「高木たかぎの細君さいくんは夜具やぐでも構わかまわないが、おれは一いちつ新らしいあたらしい外套がいとうを拵えこしらえたいな。この間ま歯医者はいしゃへ行っいったら、植木屋うえきやが薦こもで盆栽ぼんさいの松まつの根ねを包んつつんでいたので、つくづくそう思っおもった」「外套がいとうが欲しいほしいって」「ああ」 御ご米べいは夫おっとの顔かおを見みて、さも気の毒きのどくだと云ういう風かぜに、「御ご拵らえこしらえなさいな。月賦げっぷで」と云っいった。
宗助そうすけは、「まあ止そうよそうよ」と急きゅうに侘しくわびしく答えこたえた。
そうして「時じに小六しょうろくはいつから来るくる気きなんだろう」と聞いきいた。
「来るくるのは厭いやなんでしょう」と御ご米べいが答えこたえた。
御ご米べいには、自分じぶんが始めはじめから小六しょうろくに嫌わいやわれていると云ういう自覚じかくがあった。
それでも夫おっとの弟おとうとだと思うおもうので、なるべくは反はんを合せあわせて、少しすこしでも近づけるちかづけるように近づけるちかづけるようにと、今日きょうまで仕向けしむけて来きた。
そのためか、今いまでは以前いぜんと違っちがって、まあ普通ふつうの小舅こじゅうとぐらいの親しみしたしみはあると信じしんじているようなものの、こんな場合ばあいになると、つい実際じっさい以上いじょうにも気きを回しまわして、自分じぶんだけが小六しょうろくの来きない唯一ゆいいつの原因げんいんのように考えかんがえられるのであった。
「そりゃ下宿げしゅくからこんな所ところへ移るうつるのは好かよしみかあないだろうよ。ちょうどこっちが迷惑めいわくを感ずるかんずる通りとおり、向うむこうでも窮屈きゅうくつを感ずるかんずる訳わけだから。おれだって、小六しょうろくが来きないとすれば、今いまのうち思い切っおもいきって外套がいとうを作るつくるだけの勇気ゆうきがあるんだけれども」 宗助そうすけは男おとこだけに思い切っおもいきってこう云っいってしまった。
けれどもこれだけでは御ご米べいの心こころを尽しつくしていなかった。
御ご米べいは返事へんじもせずに、しばらく黙っだまっていたが、細いほそい腮を襟えりの中なかへ埋めうめたまま、上眼うわめを使っつかって、「小六しょうろくさんは、まだ私わたくしの事ことを悪んにくんでいらっしゃるでしょうか」と聞き出しききだした。
宗助そうすけが東京とうきょうへ来きた当座とうざは、時々ときどきこれに類似るいじの質問しつもんを御ご米べいから受けうけて、その都度つど慰めるなぐさめるのにだいぶ骨ほねの折れおれた事こともあったが、近来きんらいは全くまったく忘れわすれたように何なんも云わいわなくなったので、宗助そうすけもつい気きに留めとめなかったのである。
「またヒステリーひすてりーが始まっはじまったね。好いよいじゃないか小六しょうろくなんぞが、どう思っおもったって。おれさえついてれば」「論語ろんごにそう書いかいてあって」 御ご米べいはこんな時じに、こういう冗談じょうだんを云ういう女おんなであった。
宗助そうすけは「うん、書いかいてある」と答えこたえた。
それで二人ふたりの会話かいわがしまいになった。
翌日よくじつ宗助そうすけが眼めを覚ますさますと、亜鉛あえん張ちょうの庇ひさしの上うえで寒いさむい音おとがした。
御ご米べいが襷たすき掛かかりのまま枕元まくらもとへ来きて、「さあ、もう時間じかんよ」と注意ちゅういしたとき、彼かれはこの点滴てんてきの音おとを聞きききながら、もう少しすこし暖かいあたたかい蒲団ふとんの中なかに温もっぬくもっていたかった。
けれども血色けっしょくのよくない御ご米べいの、かいがいしい姿すがたを見るみるや否いなや、「おい」と云っいって直じか起き上っおきあがった。
外そとは濃いこい雨あめに鎖ささされていた。
崖がけの上うえの孟宗もうそう竹たけが時々ときどき鬣たてがみを振うふるうように、雨あめを吹いふいて動いうごいた。
この侘びしいわびしい空そらの下したへ濡れぬれに出るでる宗助そうすけに取っとって、力ちからになるものは、暖かいあたたかい味噌汁みそしると暖かいあたたかい飯めしよりほかになかった。
「また靴くつの中なかが濡れるぬれる。どうしても二に足あし持っもっていないと困るこまる」と云っいって、底そこに小さいちいさい穴あなのあるのを仕方なししかたなしに穿いはいて、洋よう袴はかまの裾すそを一寸ちょっとばかりまくり上げまくりあげた。
午うま過すぎに帰っかえって来きて見るみると、御ご米べいは金盥かなだらいの中なかに雑巾ぞうきんを浸けつけて、六ろく畳たたみの鏡台きょうだいの傍そばに置いおいていた。
その上うえの所ところだけ天井てんじょうの色いろが変っかわって、時々ときどき雫しずくが落ちおちて来きた。
「靴くつばかりじゃない。家いえの中なかまで濡れるぬれるんだね」と云っいって宗助そうすけは苦笑くしょうした。
御ご米べいはその晩ばん夫おっとのために置おけ炬燵こたつへ火ひを入れいれて、スコッチすこっちの靴下くつしたと縞しま羅紗らしゃの洋よう袴はかまを乾かしかわかした。
明るあかる日ひもまた同じおなじように雨あめが降っふった。
夫婦ふうふもまた同じおなじように同じおなじ事ことを繰り返しくりかえした。
その明るあかる日ひもまだ晴れはれなかった。
三さん日ひ目めの朝あさになって、宗助そうすけは眉まゆを縮めちぢめて舌した打だをした。
「いつまで降るふる気きなんだ。靴くつがじめじめして我慢がまんにも穿けはけやしない」「六ろく畳たたみだって困るこまるわ、ああ漏っろうっちゃ」 夫婦ふうふは相談そうだんして、雨あめが晴れはれしだい、家根やねを繕っつくろって貰うもらうように家主やぬしへ掛け合うかけあう事ことにした。
けれども靴くつの方ほうは何なんともしようがなかった。
宗助そうすけはきしんで這入らはいらないのを無理むりに穿いはいて出でて行っいった。
幸みゆきにその日ひは十一じゅういち時じ頃ころからからりと晴れはれて、垣かきに雀すずめの鳴くなく小春日和こはるひよりになった。
宗助そうすけが帰っかえった時じ、御ご米べいは例れいより冴え冴えさえざえしい顔色かおいろをして、「あなた、あの屏風びょうぶを売っうっちゃいけなくって」と突然とつぜん聞いきいた。
抱一ほういつの屏風びょうぶはせんだって佐伯さえきから受取っうけとったまま、元もとの通りとおり書斎しょさいの隅すみに立てたててあったのである。
二に枚ばい折おりだけれども、座敷ざしきの位置いちと広さひろさから云っいっても、実じつはむしろ邪魔じゃまな装飾そうしょくであった。
南みなみへ廻すまわすと、玄関げんかんからの入口いりぐちを半分はんぶん塞いせいでしまうし、東ひがしへ出すだすと暗くくらくなる、と云っいって、残るのこる一方いっぽうへ立てれたてれば床の間とこのまを隠すかくすので、宗助そうすけは、「せっかく親爺おやじの記念きねんだと思っおもって、取っとって来きたようなものの、しようがないねこれじゃ、場塞げばふたげで」と零しこぼした事ことも一二いちに度どあった。
その都度つど御ご米べいは真丸まんまるな縁えんの焼けやけた銀ぎんの月つきと、絹地きぬじからほとんど区別くべつできないような穂芒ほすすきの色いろを眺めながめて、こんなものを珍重ちんちょうする人ひとの気きが知れしれないと云ういうような見えみえをした。
けれども、夫おっとを憚っはばかって、明白めいはくさまには何なんとも云いいい出さださなかった。
ただ一いち返かえし「これでもいい絵えなんでしょうかね」と聞いきいた事ことがあった。
その時じ宗助そうすけは始めはじめて抱一ほういつの名なを御ご米べいに説明せつめいして聞かしきかした。
しかしそれは自分じぶんが昔むかしし父ちちから聞いきいた覚さとしのある、朧気おぼろきな記憶きおくを好よしみ加減かげんに繰り返すくりかえすに過ぎすぎなかった。
実際じっさいの画がの価値かちや、また抱一ほういつについての詳しいくわしい歴史れきしなどに至るいたると宗助そうすけにもその実じつはなはだ覚束なかっおぼつかなかったのである。
ところがそれが偶然ぐうぜん御ご米べいのために妙みょうな行為こういの動機どうきを構かまえ成るなる原因げんいんとなった。
過去かこ一いち週間しゅうかん夫おっとと自分じぶんの間まに起っおこった会話かいわに、ふとこの知識ちしきを結びつけむすびつけて考えかんがえ得とくた彼女かのじょはちょっと微笑んほほえんだ。
この日ひ雨あめが上っのぼって、日脚ひあしがさっと茶の間ちゃのまの障子しょうじに射ししゃした時じ、御ご米べいは不断ふだん着きの上うえへ、妙みょうな色いろの肩掛かたかけとも、襟巻えりまきともつかない織物おりものを纏っまとって外そとへ出でた。
通りとおりを二に丁目ちょうめほど来きて、それを電車でんしゃの方角ほうがくへ曲っきょくって真直まっすぐに来るくると、乾物屋ひものやと麺めん麭屋の間まに、古道具こどうぐを売っうっているかなり大きなおおきな店みせがあった。
御ご米べいはかつてそこで足あしの畳み込めるたたみこめる食卓しょくたくを買っかった記憶きおくがある。
今いま火鉢ひばちに掛けかけてある鉄瓶てつびんも、宗助そうすけがここから提げさげて帰っかえったものである。
御ご米べいは手てを袖そでにして道具屋どうぐやの前まえに立ち留まったちどまった。
見るみると相そう変らかわらず新らしいあたらしい鉄瓶てつびんがたくさん並べならべてあった。
そのほかには時節柄じせつがらとでも云ういうのか火鉢ひばちが一番いちばん多くおおく眼めに着いついた。
しかし骨董こっとうと名なのつくほどのものは、一いちつもないようであった。
ひとり何なんとも知れしれぬ大きなおおきな亀の甲かめのこうが、真向まっこうに釣るつるしてあって、その下したから長いながい黄きばんだ払子ほっすが尻尾しっぽのように出でていた。
それから紫檀したんの茶棚ちゃだなが一いちつ二につ飾っかざってあったが、いずれも狂きょうの出でそうな生なまなものばかりであった。
しかし御ご米べいにはそんな区別くべつはいっこう映らうつらなかった。
ただ掛かかり物ものも屏風びょうぶも一いちつも見当らみあたらない事ことだけ確かめたしかめて、中なかへ這入っはいった。
御ご米べいは無論むろん夫おっとが佐伯さえきから受取っうけとった屏風びょうぶを、いくらかに売り払ううりはらうつもりでわざわざここまで足あしを運んはこんだのであるが、広島ひろしま以来いらいこう云ういう事ことにだいぶ経験けいけんを積んつんだ御蔭みかげで、普通ふつうの細君さいくんのような努力どりょくも苦痛くつうも感ぜかんぜずに、思い切っおもいきって亭主ていしゅと口くちを利くきく事ことができた。
亭主ていしゅは五十ごじゅう恰好かっこの色いろの黒いくろい頬ほおの瘠けた男おとこで、鼈甲べっこうの縁えんを取っとった馬鹿ばかに大きなおおきな眼鏡めがねを掛けかけて、新聞しんぶんを読みよみながら、疣いぼだらけの唐金からかねの火鉢ひばちに手てを翳しかざしていた。
「そうですな、拝見はいけんに出でてもようがす」と軽くかるく受合っうけあったが、別べつに気きの乗っのった様子ようすもないので、御ご米べいは腹はらの中なかで少しすこし失望しつぼうした。
しかし自分じぶんからがすでに大したたいした望もちを抱いいだいて出でて来きた訳わけでもないので、こう簡易かんいに受けうけられると、こっちから頼むたのむようにしても、見みて貰わもらわなければならなかった。
「ようがす。じゃのちほど伺いうかがいましょう。今いま小僧こぞうがちょっと出でておりませんからな」 御ご米べいはこの存在そんざいな言葉ことばを聞いきいてそのまま宅たくへ帰っかえったが、心こころの中なかでは、はたして道具屋どうぐやが来るくるか来きないかはなはだ疑わしくうたがわしく思っおもった。
一人ひとりでいつものように簡単かんたんな食事しょくじを済ましすまして、清きよしに膳ぜんを下げさげさしていると、いきなり御免ごめん下さいくださいと云っいって、大きなおおきな声こえを出しだして道具屋どうぐやが玄関げんかんからやって来きた。
座敷ざしきへ上げあげて、例れいの屏風びょうぶを見せるみせると、なるほどと云っいって裏うらだの縁えんだのを撫でなでていたが、「御ご払はらいになるなら」と少しすこし考えかんがえて、「六ろく円えんに頂いいただいておきましょう」と否々いないなそうに価あたいを付けつけた。
御ご米べいには道具屋どうぐやの付けつけた相場そうばが至当しとうのように思わおもわれた。
けれども一応いちおう宗助そうすけに話しはなしてからでなくっては、余りあまり専断せんだん過ぎるすぎると心づいこころづいた上うえ、品物しなものの歴史れきしが歴史れきしだけに、なおさら遠慮えんりょして、いずれ帰っかえったらよく相談そうだんして見みた上うえでと答えこたえたまま、道具屋どうぐやを帰そうかえそうとした。
道具屋どうぐやは出で掛かかりに、「じゃ、奥さんおくさんせっかくだから、もう一いち円えん奮発ふんぱつしましょう。それで御ご払いはらい下さいください」と云っいった。
御ご米べいはその時じ思い切っおもいきって、「でも、道具屋どうぐやさん、ありゃ抱一ほういつですよ」と答えこたえて、腹はらの中なかではひやりとした。
道具屋どうぐやは、平気へいきで、「抱一ほういつは近来きんらい流行りはやりませんからな」と受け流しうけながしたが、じろじろ御ご米べいの姿すがたを眺めながめた上うえ、「じゃなおよく御ご相談そうだんなすって」と云い捨ていいすてて帰っかえって行っいった。
御ご米べいはその時じの模様もようを詳しくくわしく話しはなした後あとで、「売っうっちゃいけなくって」とまた無邪気むじゃきに聞いきいた。
宗助そうすけの頭あたまの中なかには、この間まから物質ぶっしつ上うえの欲求よっきゅうが、絶えたえず動いうごいていた。
ただ地味じみな生活せいかつをしなれた結果けっかとして、足らあしらぬ家計かけいを足るたると諦たいらめる癖くせがついているので、毎月まいつききまって這入るはいるもののほかには、臨時りんじに不意ふいの工面くめんをしてまで、少しすこしでも常つね以上いじょうに寛ろいくつろいでみようと云ういう働はたらけは出でなかった。
話はなしを聞いきいたとき彼かれはむしろ御ご米べいの機敏きびんな才覚さいかくに驚ろかさおどろかされた。
同時どうじにはたしてそれだけの必要ひつようがあるかを疑っうたがった。
御ご米べいの思わくおもわくを聞いきいて見るみると、ここで十じゅう円えん足らあしらずの金きんが入れいれば、宗助そうすけの穿くはく新らしいあたらしい靴くつを誂あつらえらえた上うえ、銘仙めいせんの一いち反はんぐらいは買えるかえると云ういうのである。
宗助そうすけはそれもそうだと思っおもった。
けれども親おやから伝わっつたわった抱一ほういつの屏風びょうぶを一方いっぽうに置いおいて、片方かたほうに新らしいあたらしい靴くつ及びおよび新らしいあたらしい銘仙めいせんを並べならべて考えかんがえて見るみると、この二につを交換こうかんする事ことがいかにも突飛とっぴでかつ滑稽こっけいであった。
「売るうるなら売っうっていいがね。どうせ家いえに在っあったって邪魔じゃまになるばかりだから。けれどもおれはまだ靴くつは買わかわないでも済むすむよ。この間ま中なかみたように、降りふり続けつづけに降らふられると困るこまるが、もう天気てんきも好くよくなったから」「だってまた降るふると困るこまるわ」 宗助そうすけは御ご米べいに対したいして永久えいきゅうに天気てんきを保証ほしょうする訳わけにも行かいかなかった。
御ご米べいも降らふらない前まえに是非ぜひ屏風びょうぶを売れうれとも云いいいかねた。
二人ふたりは顔かおを見合しみあいして笑っわらっていた。
やがて、「安あん過ぎるすぎるでしょうか」と御ご米べいが聞いきいた。
「そうさな」と宗助そうすけが答えこたえた。
彼かれは安いやすいと云わいわれれば、安いやすいような気きがした。
もし買手かいてがあれば、買手かいての出すだすだけの金きんはいくらでも取りとりたかった。
彼かれは新聞しんぶんで、近来きんらい古書こしょ画がの入札にゅうさつが非常ひじょうに高価こうかになった事ことを見みたような心持こころもちがした。
せめてそんなものが一いち幅はばでもあったらと思っおもった。
けれどもそれは自分じぶんの呼吸こきゅうする空気くうきの届くとどくうちには、落ちおちていないものと諦めあきらめていた。
「買手かいてにも因るよるだろうが、売手うりてにも因るよるんだよ。いくら名画めいがだって、おれが持っもっていた分ぶんにはとうていそう高くたかく売れうれっこはないさ。しかし七なな円えんや八はち円えんてえな、余りあまり安いやすいようだね」 宗助そうすけは抱一ほういつの屏風びょうぶを弁護べんごすると共ともに、道具屋どうぐやをも弁護べんごするような語気ごきを洩らしもらした。
そうしてただ自分じぶんだけが弁護べんごに価あたいしないもののように感じかんじた。
御ご米べいも少しすこし気きを腐らしくさらした気味きみで、屏風びょうぶの話はなしはそれなりにした。
翌日よくじつ宗助そうすけは役所やくしょへ出でて、同僚どうりょうの誰彼だれかれにこの話はなしをした。
すると皆みな申し合せもうしあわせたように、それは価あたいじゃないと云っいった。
けれども誰だれも自分じぶんが周旋しゅうせんして、相当そうとうの価あたいに売払っうりはらってやろうと云ういうものはなかった。
またどう云ういう筋すじを通れとおれば、馬鹿ばかな目めに逢わあわないで済むすむという手続てつづきを教えおしえてくれるものもなかった。
宗助そうすけはやっぱり横町よこちょうの道具屋どうぐやに屏風びょうぶを売るうるよりほかに仕方しかたがなかった。
それでなければ元もとの通りとおり、邪魔じゃまでも何なんでも座敷ざしきへ立てたてておくよりほかに仕方しかたがなかった。
彼かれは元もとの通りとおりそれを座敷ざしきへ立てたてておいた。
すると道具屋どうぐやが来きて、あの屏風びょうぶを十五じゅうご円えんに売っうってくれと云いいい出しだした。
夫婦ふうふは顔かおを見合しみあいして微笑んほほえんだ。
もう少しすこし売らうらずに置いおいてみようじゃないかと云っいって、売らうらずにおいた。
すると道具屋どうぐやがまた来きた。
また売らうらなかった。
御ご米べいは断ることわるのが面白くおもしろくなって来きた。
四よん度目どめには知らしらない男おとこを一人ひとり連れつれて来きたが、その男おとことこそこそ相談そうだんして、とうとう三十五さんじゅうご円えんに価あたいを付けつけた。
その時じ夫婦ふうふも立ちたちながら相談そうだんした。
そうしてついに思い切っおもいきって屏風びょうぶを売り払っうりはらった。
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