門

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七

第 7 章
円明寺えんめいじの杉すぎが焦げこげたように赭あか黒くくろくなった。
天気てんきの好いよい日ひには、風かぜに洗わあらわれた空そらの端はしずれに、白いしろい筋すじの嶮しくけわしく見えるみえる山やまが出でた。
年ねんは宗助そうすけ夫婦ふうふを駆っかって日ごとひごとに寒いさむい方ほうへ吹き寄せふきよせた。
朝あさになると欠かさかかさず通るとおる納豆なっとう売うりの声こえが、瓦かわらを鎖すさす霜しもの色いろを連想れんそうせしめた。
宗助そうすけは床ゆかの中なかでその声こえを聞きききながら、また冬ふゆが来きたと思い出しおもいだした。
御ご米べいは台所だいどころで、今年ことしも去年きょねんのように水道すいどうの栓せんが氷っこおってくれなければ助かるたすかるがと、暮くれから春はるへ掛けかけての取越とりこし苦労くろうをした。
夜よるになると夫婦ふうふとも炬燵こたつにばかり親しんしたしんだ。
そうして広島ひろしまや福岡ふくおかの暖かいあたたかい冬ふゆを羨せんやんだ。
「まるで前まえの本多ほんださんみたようね」と御ご米べいが笑っわらった。
前まえの本多ほんださんと云ういうのは、やはり同じおなじ構内こうないに住んすんで、同じおなじ坂井さかいの貸家かしやを借りかりている隠居いんきょ夫婦ふうふであった。
小女こおんなを一人ひとり使っつかって、朝あさから晩ばんまでことりと音おともしないように静かしずかな生計せいけいを立てたてていた。
御ご米べいが茶の間ちゃのまで、たった一人ひとり裁縫さいほうをしていると、時々ときどき御ご爺じいさんと云ういう声こえがした。
それはこの本多ほんだの御ご婆ばあさんが夫おっとを呼ぶよぶ声こえであった。
門口かどぐちなどで行き逢うゆきあうと、丁寧ていねいに時候じこうの挨拶あいさつをして、ちと御ご話はなしにいらっしゃいと云ういうが、ついぞ行っいった事こともなければ、向うむこうからも来きた試みがない。
したがって夫婦ふうふの本多ほんださんに関するかんする知識ちしきは極めてきわめて乏しかっとぼしかった。
ただ息子むすこが一人ひとりあって、それが朝鮮ちょうせんの統監とうかん府ふとかで、立派りっぱな役人やくにんになっているから、月々つきづきその方ほうの仕送しおくりで、気楽きらくに暮らしくらして行かいかれるのだと云ういう事ことだけを、出入でいりの商人しょうにんのあるものから耳みみにした。
「御ご爺じいさんはやっぱり植木うえきを弄っいじっているかい」「だんだん寒くさむくなったから、もうやめたんでしょう。縁の下えんのしたに植木鉢うえきばちがたくさん並んならんでるわ」 話はなしはそれから前まえの家いえを離れはなれて、家主やぬしの方ほうへ移っうつった。
これは、本多ほんだとはまるで反対はんたいで、夫婦ふうふから見るみると、この上うえもない賑やかにぎやかそうな家庭かていに思わおもわれた。
この頃このごろは庭にわが荒れあれているので、大勢おおぜいの小供こどもが崖がけの上うえへ出でて騒ぐさわぐ事ことはなくなったが、ピヤノぴやのの音おとは毎晩まいばんのようにする。
折々おりおりは下女げじょか何なんぞの、台所だいどころの方ほうで高こう笑わらいをする声こえさえ、宗助そうすけの茶の間ちゃのままで響いひびいて来きた。
「ありゃいったい何なんをする男おとこなんだい」と宗助そうすけが聞いきいた。
この問もんは今までいままでも幾度いくどか御ご米べいに向っむかって繰り返さくりかえされたものであった。
「何になんにもしないで遊んあそんでるんでしょう。地面じめんや家作かさくを持っもって」と御ご米べいが答えこたえた。
この答こたえも今までいままでにもう何なん遍へんか宗助そうすけに向っむかって繰り返さくりかえされたものであった。
宗助そうすけはこれより以上いじょう立ち入ったちいって、坂井さかいの事ことを聞いきいた事ことがなかった。
学校がっこうをやめた当座とうざは、順境じゅんきょうにいて得意とくいな振舞ふるまいをするものに逢うあうと、今いまに見ろみろと云ういう気きも起っおこった。
それがしばらくすると、単なるたんなる憎悪ぞうおの念ねんに変化へんかした。
ところが一二いちに年ねんこのかたは全くまったく自他じたの差違さいに無頓着むとんちゃくになって、自分じぶんは自分じぶんのように生れうまれついたもの、先さきは先さきのような運うんを持っもって世の中よのなかへ出でて来きたもの、両方りょうほう共とも始はじめから別べつ種類しゅるいの人間にんげんだから、ただ人間にんげんとして生息せいそくする以外いがいに、何なんの交渉こうしょうも利害りがいもないのだと考えるかんがえるようになってきた。
たまに世間せけん話はなしのついでとして、ありゃいったい何なんをしている人ひとだぐらいは聞きききもするが、それより先さきは、教えおしえて貰うもらう努力どりょくさえ出すだすのが面倒めんどうだった。
御ご米べいにもこれと同じおなじ傾きかたむきがあった。
けれどもその夜よるは珍らしくめずらしく、坂井さかいの主人しゅじんは四十よんじゅう恰好かっこの髯ひげのない人ひとであると云ういう事ことやら、ピヤノぴやのを弾くひくのは惣領そうりょうの娘むすめで十じゅう二に三さんになると云ういう事ことやら、またほかの家いえの小供こどもが遊びあそびに来きても、ブランコぶらんこへ乗せのせてやらないと云ういう事ことやらを話しはなした。
「なぜほかの家いえの子供こどもはブランコぶらんこへ乗せのせないんだい」「つまり吝けちなんでしょう。早くはやく悪くわるくなるから」 宗助そうすけは笑いわらい出しだした。
彼かれはそのくらい吝嗇りんしょくな家主やぬしが、屋根やねが漏るもると云えいえば、すぐ瓦かわら師しを寄こしよこしてくれる、垣かきが腐っくさったと訴えれうったえればすぐ植木屋うえきやに手てを入れいれさしてくれるのは矛盾むじゅんだと思っおもったのである。
その晩ばん宗助そうすけの夢ゆめには本多ほんだの植木鉢うえきばちも坂井さかいのブランコぶらんこもなかった。
彼かれは十じゅう時半じはん頃ころ床ゆかに入っはいって、万象ばんしょうに疲れつかれた人ひとのように鼾いびきをかいた。
この間まから頭あたまの具合ぐあいがよくないため、寝ね付ふの悪いわるいのを苦くにしていた御ご米べいは、時々ときどき眼めを開けあけて薄暗いうすぐらい部屋へやを眺めながめた。
細いほそい灯あかりが床の間とこのまの上うえに乗せのせてあった。
夫婦ふうふは夜中よなか灯火とうかを点けつけておく習慣しゅうかんがついているので、寝るねる時じはいつでも心こころを細目さいもくにして洋灯ようとうをここへ上げあげた。
御ご米べいは気きにするように枕まくらの位置いちを動かしうごかした。
そうしてそのたびに、下したにしている方ほうの肩かたの骨ほねを、蒲団ふとんの上うえで滑らしすべらした。
しまいには腹這はらばいになったまま、両肱りょうひじを突いついて、しばらく夫おっとの方ほうを眺めながめていた。
それから起き上っおきあがって、夜具やぐの裾すそに掛けかけてあった不断ふだん着きを、寝巻ねまきの上うえへ羽織っはおったなり、床の間とこのまの洋灯ようとうを取り上げとりあげた。
「あなたあなた」と宗助そうすけの枕元まくらもとへ来きて曲きょくみながら呼んよんだ。
その時夫ときおはもう鼾いびきをかいていなかった。
けれども、元もとの通りとおり深いぶかい眠ねむりから来るくる呼吸こきゅうを続けつづけていた。
御ご米べいはまた立ち上ったちのぼって、洋灯ようとうを手てにしたまま、間まの襖ふすまを開けあけて茶の間ちゃのまへ出でた。
暗いくらい部屋へやが茫漠ぼうばく手元てもとの灯あかりに照らさてらされた時じ、御ご米べいは鈍くにぶく光るひかる箪笥たんすの環かんを認めみとめた。
それを通り過ぎるとおりすぎると黒くくろく燻ぶっふすぶった台所だいどころに、腰障子こししょうじの紙かみだけが白くしろく見えみえた。
御ご米べいは火の気ひのけのない真中まなかに、しばらく佇たたずまいずんでいたが、やがて右手みぎてに当るあたる下女げじょ部屋へやの戸とを、音おとのしないようにそっと引いひいて、中なかへ洋灯ようとうの灯あかりを翳しかざした。
下女げじょは縞しまも色いろも判然はんぜん映らうつらない夜具やぐの中なかに、土竜むぐらもちのごとく塊まっかたまって寝ねていた。
今度こんどは左側ひだりがわの六ろく畳たたみを覗いのぞいた。
がらんとして淋しいさびしい中なかに、例れいの鏡台きょうだいが置いおいてあって、鏡かがみの表ひょうが夜中よなかだけに凄くすごく眼めに応えこたえた。
御ご米べいは家中かちゅうを一回いちかい回っまわった後あと、すべてに異状いじょうのない事ことを確かめたしかめた上うえ、また床ゆかの中なかへ戻っもどった。
そうしてようやく眼めを眠っねむった。
今度こんどは好いよい具合ぐあいに、眼蓋まぶたのあたりに気きを遣わつかわないで済むすむように覚えおぼえて、しばらくするうちに、うとうととした。
するとまたふと眼めが開いひらいた。
何なんだかずしんと枕元まくらもとで響いひびいたような心持こころもちがする。
耳みみを枕まくらから離しはなして考えるかんがえると、それはある大きなおおきな重いおもいものが、裏うらの崖がけから自分じぶん達とおるの寝ねている座敷ざしきの縁えんの外そとへ転がり落ちころがりおちたとしか思わおもわれなかった。
しかし今いま眼めが覚めるさめるすぐ前まえに起っおこった出来事できごとで、けっして夢ゆめの続つづくじゃないと考えかんがえた時じ、御ご米べいは急きゅうに気味きみを悪くわるくした。
そうして傍そばに寝ねている夫おっとの夜具やぐの袖そでを引いひいて、今度こんどは真面目まじめに宗助そうすけを起しおこし始めはじめた。
宗助そうすけはそれまで全くまったくよく寝ねていたが、急きゅうに眼めが覚めるさめると、御ご米べいが、「あなたちょっと起きおきて下さいください」と揺っゆっていたので、半分はんぶんは夢中むちゅうに、「おい、好しよし」とすぐ蒲団ふとんの上うえへ起き直っおきなおった。
御ご米べいは小声こごえで先刻せんこくからの様子ようすを話しはなした。
「音おとは一遍いちぺんした限かぎりなのかい」「だって今いましたばかりなのよ」 二人ふたりはそれで黙っだまった。
ただじっと外そとの様子ようすを伺っうかがっていた。
けれども世間せけんは森もりと静せいであった。
いつまで耳みみを峙てそばだてていても、再びふたたび物ものの落ちおちて来るくる気色けしきはなかった。
宗助そうすけは寒いさむいと云いいいながら、単衣ひとえの寝巻ねまきの上うえへ羽織はおりを被っかぶって、縁側えんがわへ出でて、雨戸あまどを一いち枚ばい繰っくった。
外そとを覗くのぞくと何になんにも見えみえない。
ただ暗いくらい中なかから寒いさむい空気くうきがにわかに肌はだに逼っせまって来きた。
宗助そうすけはすぐ戸とを閉へいてた。
※をおろして座敷ざしきへ戻るもどるや否いなや、また蒲団ふとんの中なかへ潜り込んもぐりこんだが、「何になんにも変っかわった事ことはありゃしない。多分たぶん御前ごぜんの夢ゆめだろう」と云っいって、宗助そうすけは横よこになった。
御ご米べいはけっして夢ゆめでないと主張しゅちょうした。
たしかに頭あたまの上うえで大きなおおきな音おとがしたのだと固執こしつした。
宗助そうすけは夜具やぐから半分はんぶん出しだした顔かおを、御ご米べいの方ほうへ振り向けふりむけて、「御ご米べい、お前おまえは神経しんけいが過敏かびんになって、近頃ちかごろどうかしているよ。もう少しすこし頭あたまを休めやすめてよく寝るねる工夫くふうでもしなくっちゃいけない」と云っいった。
その時じ次の間つぎのまの柱時計はしらとけいが二に時じを打っうった。
その音おとで二人ふたりともちょっと言葉ことばを途と切らしきらして、黙っだまって見るみると、夜よるはさらに静まり返っしずまりかえったように思わおもわれた。
二人ふたりは眼めが冴えさえて、すぐ寝つかねつかれそうにもなかった。
御ご米べいが、「でもあなたは気楽きらくね。横よこになると十じゅう分ぶん経たへたないうちに、もう寝ねていらっしゃるんだから」と云っいった。
「寝るねる事ことは寝るねるが、気きが楽らくで寝ねられるんじゃない。つまり疲れるつかれるからよく寝るねるんだろう」と宗助そうすけが答えこたえた。
こんな話はなしをしているうちに、宗助そうすけはまた寝入っねいってしまった。
御ご米べいは依然いぜんとして、のつそつ床ゆかの中なかで動いうごいていた。
すると表ひょうをがらがらと烈しいはげしい音おとを立てたてて車くるまが一いち台だい通っとおった。
近頃ちかごろ御ご米べいは時々ときどき夜明よあけ前まえの車くるまの音おとを聞いきいて驚ろかさおどろかされる事ことがあった。
そうしてそれを思い合わせるおもいあわせると、いつも似寄っによった刻限こくげんなので、必竟ひっきょうは毎朝まいあさ同じおなじ車くるまが同じおなじ所ところを通るとおるのだろうと推測すいそくした。
多分たぶん牛乳ぎゅうにゅうを配達はいたつするためかなどで、ああ急ぐいそぐに違いないときめていたから、この音おとを聞くきくと等しくひとしく、もう夜よるが明けあけて、隣人りんじんの活動かつどうが始っはじまったごとくに、心こころ丈夫じょうぶになった。
そうこうしていると、どこかで鶏にわとりの声こえが聞えきこえた。
またしばらくすると、下駄げたの音おとを高くたかく立てたてて往来おうらいを通るとおるものがあった。
そのうち清きよしが下女げじょ部屋へやの戸とを開けあけて厠かわやへ起きおきた模様もようだったが、やがて茶の間ちゃのまへ来きて時計とけいを見みているらしかった。
この時じ床の間とこのまに置いおいた洋灯ようとうの油あぶらが減っへって、短かいみじかい心こころに届かとどけかなくなったので、御ご米べいの寝ねている所ところは真暗まっくらになっていた。
そこへ清きよしの手てにした灯火とうかの影かげが、襖ふすまの間まから射し込んさしこんだ。
「清かさやかい」と御ご米べいが声こえを掛けかけた。
清きよしはそれからすぐ起きおきた。
三十さんじゅう分ぶんほど経っきょうって御ご米べいも起きおきた。
また三十さんじゅう分ぶんほど経っきょうって宗助そうすけもついに起きおきた。
平常へいじょうは好いよい時分じぶんに御ご米べいがやって来きて、「もう起きおきてもよくってよ」と云ういうのが例れいであった。
日曜にちようとたまの旗日はたびには、それが、「さあもう起きおきてちょうだい」に変るかわるだけであった。
しかし今日きょうは昨夕さくゆうの事ことが何なんとなく気きにかかるので、御ご米べいの迎むかえに来きないうち宗助そうすけは床ゆかを離れはなれた。
そうして直じか崖下がいかの雨戸あまどを繰っくった。
下したから覗くのぞくと、寒いさむい竹たけが朝あさの空気くうきに鎖ささされてじっとしている後あとから、霜しもを破るやぶる日ひの色いろが射ししゃして、幾分いくぶんか頂いただきを染めそめていた。
その二に尺さしほど下したの勾配こうばいの一番いちばん急きゅうな所ところに生えはえている枯草かれくさが、妙みょうに摺りすり剥けむけて、赤土あかつちの肌はだを生々しくなまなましく露出ろしゅつした様子ようすに、宗助そうすけはちょっと驚ろかさおどろかされた。
それから一直線いちちょくせんに降りふりて、ちょうど自分じぶんの立ったっている縁えん鼻はなの土つちが、霜柱しもばしらを摧いくだいたように荒れあれていた。
宗助そうすけは大きなおおきな犬いぬでも上うえから転がり落ちころがりおちたのじゃなかろうかと思っおもった。
しかし犬いぬにしてはいくら大きいおおきいにしても、余りあまり勢いきおいが烈しはげし過ぎるすぎると思っおもった。
宗助そうすけは玄関げんかんから下駄げたを提げさげて来きて、すぐ庭にわへ下りくだりた。
縁えんの先さきへ便所べんじょが折れ曲っおれまがって突き出しつきだしているので、いとど狭いせまい崖下がいかが、裏うらへ抜けるぬける半間はんまほどの所ところはなおさら狭苦しくせまくるしくなっていた。
御ご米べいは掃除屋そうじやが来るくるたびに、この曲り角まがりかどを気きにしては、「あすこがもう少しすこし広いひろいといいけれども」と危険きけんがるので、よく宗助そうすけから笑わわらわれた事ことがあった。
そこを通り抜けるとおりぬけると、真直まっすぐに台所だいどころまで細いほそい路みちが付いついている。
元もとは枯枝かれえだの交っかった杉垣すぎがきがあって、隣となりの庭にわの仕切りしきりになっていたが、この間ま家主やぬしが手てを入れいれた時じ、穴あなだらけの杉葉すぎばを奇麗きれいに取り払っとりはらって、今いまでは節ふしの多いおおい板塀いたべいが片側かたがわを勝手口かってぐちまで塞いせいでしまった。
日当りひあたりの悪いわるい上うえに、樋といから雨滴うてきばかり落ちるおちるので、夏なつになると秋海棠しゅうかいどうがいっぱい生えるはえる。
その盛りもりな頃ころは青いあおい葉はが重なり合っかさなりあって、ほとんど通り路とおりみちがなくなるくらい茂っしげるって来るくる。
始めはじめて越しこした年ねんは、宗助そうすけも御ご米べいもこの景色けしきを見みて驚ろかさおどろかされたくらいである。
この秋海棠しゅうかいどうは杉垣すぎがきのまだ引き抜かひきぬかれない前まえから、何なん年ねんとなく地下ちかに蔓つるっていたもので、古家ふるやの取りとり毀たこぼたれた今いまでも、時節じせつが来るくると昔むかしの通りとおり芽めを吹くふくものと解っわかった時じ、御ご米べいは、「でも可愛いかわいいわね」と喜んよろこんだ。
宗助そうすけが霜しもを踏んふんで、この記念きねんの多いおおい横手よこてへ出でた時じ、彼かれの眼めは細長いほそながい路次ろしの一いち点てんに落ちおちた。
そうして彼かれは日ひの通わかよわない寒ささむさの中なかにはたと留まっとまった。
彼かれの足元あしもとには黒塗くろぬりの蒔絵まきえの手文庫てぶんこが放り出しほうりだしてあった。
中味なかみはわざわざそこへ持っもって来きて置いおいて行っいったように、霜しもの上うえにちゃんと据すえっているが、蓋ふたは二三にさん尺さし離れはなれて、塀へいの根ねに打ちつけうちつけられたごとくに引っ繰り返っひっくりかえって、中なかを張っちょうった千代紙ちよしの模様もようが判然はんぜん見えみえた。
文庫ぶんこの中なかから洩れもれた、手紙てがみや書付かきつけ類るいが、そこいらに遠慮えんりょなく散らばっちらばっている中なかに、比較的ひかくてき長いながい一いち通つうがわざわざ二に尺さしばかり広げひろげられて、その先さきが紙屑かみくずのごとく丸めまるめてあった。
宗助そうすけは近づいちかづいて、この揉もみ苦茶にがちゃになった紙かみの下したを覗いのぞいて覚えおぼえず苦笑くしょうした。
下したには大便だいべんが垂れたれてあった。
土つちの上うえに散らばっちらばっている書類しょるいを一いち纏まといにして、文庫ぶんこの中なかへ入れいれて、霜しもと泥どろに汚れよごれたまま宗助そうすけは勝手口かってぐちまで持っもって来きた。
腰障子こししょうじを開けあけて、清きよしに「おいこれをちょっとそこへ置いおいてくれ」と渡すわたすと、清きよしは妙みょうな顔かおをして、不思議ふしぎそうにそれを受取っうけとった。
御ご米べいは奥おくで座敷ざしきへ払はらい塵ごみを掛けかけていた。
宗助そうすけはそれから懐手ふところでをして、玄関げんかんだの門もんの辺へんをよく見廻っみめぐったが、どこにも平常へいじょうと異なることなる点てんは認めみとめられなかった。
宗助そうすけはようやく家いえへ入っはいった。
茶の間ちゃのまへ来きて例れいの通りとおり火鉢ひばちの前まえへ坐っすわったが、すぐ大きなおおきな声こえを出しだして御ご米べいを呼んよんだ。
御ご米べいは、「起き抜けおきぬけにどこへ行っいっていらしったの」と云いいいながら奥おくから出でて来きた。
「おい昨夜さくや枕元まくらもとで大きなおおきな音おとがしたのは、やっぱり夢ゆめじゃなかったんだ。泥棒どろぼうだよ。泥棒どろぼうが坂井さかいさんの崖がけの上うえから宅たくの庭にわへ飛び下りとびおりた音おとだ。今いま裏うらへ回っまわって見みたら、この文庫ぶんこが落ちおちていて、中なかにはいっていた手紙てがみなんぞが、むちゃくちゃに放り出しほうりだしてあった。おまけに御馳走ごちそうまで置いおいて行っいった」 宗助そうすけは文庫ぶんこの中なかから、二三にさん通つうの手紙てがみを出しだして御ご米べいに見せみせた。
それには皆みな坂井さかいの名宛なあてが書いかいてあった。
御ご米べいは吃驚びっくりして立膝たてひざのまま、「坂井さかいさんじゃほかに何なんか取らとられたでしょうか」と聞いきいた。
宗助そうすけは腕組うでぐみをして、「ことに因るよると、まだ何なんかやられたね」と答えこたえた。
夫婦ふうふはともかくもと云ういうので、文庫ぶんこをそこへ置いおいたなり朝飯あさめしの膳ぜんに着いついた。
しかし箸はしを動かすうごかす間まも泥棒どろぼうの話はなしは忘れわすれなかった。
御ご米べいは自分じぶんの耳みみと頭あたまのたしかな事ことを夫おっとに誇っほこった。
宗助そうすけは耳みみと頭あたまのたしかでない事ことを幸福こうふくとした。
「そうおっしゃるけれど、これが坂井さかいさんでなくって、宅たくで御覧ごらんなさい。あなたみたように、ぐうぐう寝ねていらしったら困るこまるじゃないの」と御ご米べいが宗助そうすけをやり込めやりこめた。
「なに、宅たくなんぞへ這入るはいる気遣きづかいはないから大丈夫だいじょうぶだ」と宗助そうすけも口くちの減らへらない返事へんじをした。
そこへ清きよしが突然とつぜん台所だいどころから顔かおを出しだして、「この間ま拵えこしらえた旦那だんな様ようの外套がいとうでも取らとられようものなら、それこそ騒ぎさわぎでございましたね。御ご宅たくでなくって坂井さかいさんだったから、本当ほんとうに結構けっこうでございます」と真面目まじめに悦えつの言葉ことばを述べのべたので、宗助そうすけも御ご米べいも少しすこし挨拶あいさつに窮しきゅうした。
食事しょくじを済ましすましても、出勤しゅっきんの時刻じこくにはまだだいぶ間まがあった。
坂井さかいでは定めてさだめて騒いさわいでるだろうと云ういうので、文庫ぶんこは宗助そうすけが自分じぶんで持っもって行っいってやる事ことにした。
蒔絵まきえではあるが、ただ黒地くろじに亀甲きっこう形かたちを金きんで置いおいただけの事ことで、別べつに大してたいして金目かねめの物ものとも思えおもえなかった。
御ご米べいは唐桟とうざんの風呂敷ふろしきを出しだしてそれを包んつつんだ。
風呂敷ふろしきが少しすこし小さいちいさいので、四隅よすみを対うむかう同志どうし繋いつないで、真中まなかにこま結びこまむすびを二につ拵えこしらえた。
宗助そうすけがそれを提げさげたところは、まるで進物しんもつの菓子折かしおりのようであった。
座敷ざしきで見れみればすぐ崖がけの上うえだが、表ひょうから廻るまわると、通りとおりを半町はんちょうばかり来きて、坂さかを上っのぼって、また半町はんちょうほど逆ぎゃくに戻らもどらなければ、坂井さかいの門前もんぜんへは出でられなかった。
宗助そうすけは石いしの上うえへ芝しばを盛っもって扇おうぎ骨ほね木きを奇麗きれいに植えつけうえつけた垣かきに沿うそうて門内もんないに入っはいった。
家いえの内うちはむしろ静かしずか過ぎるすぎるくらいしんとしていた。
摺すり硝子がらすの戸とが閉へいててある玄関げんかんへ来きて、ベルべるを二三にさん度ど押しおして見みたが、ベルべるが利かりかないと見えみえて誰だれも出でて来きなかった。
宗助そうすけは仕方なししかたなしに勝手口かってぐちへ廻っまわった。
そこにも摺すり硝子がらすの嵌まっはまった腰障子こししょうじが二に枚ばい閉へいててあった。
中なかでは器物きぶつを取り扱うとりあつかう音おとがした。
宗助そうすけは戸とを開けあけて、瓦斯がす七輪しちりんを置いおいた板の間いたのまに蹲踞んしゃがんでいる下女げじょに挨拶あいさつをした。
「これはこちらのでしょう。今朝けさ私わたくしの家いえの裏うらに落ちおちていましたから持っもって来きました」と云いいいながら、文庫ぶんこを出しだした。
下女げじょは「そうでございましたか、どうも」と簡単かんたんに礼れいを述べのべて、文庫ぶんこを持っもったまま、板の間いたのまの仕切しきりまで行っいって、仲働なかばたらきらしい女おんなを呼び出しよびだした。
そこで小声こごえに説明せつめいをして、品物しなものを渡すわたすと、仲働なかばたらきはそれを受取っうけとったなり、ちょっと宗助そうすけの方ほうを見みたがすぐ奥おくへ入っはいった。
入れいれ違いに、十じゅう二に三さんになる丸顔まるがおの眼めの大きなおおきな女の子おんなのこと、その妹いもうとらしい揃のリボンりぼんを懸けかけた子こがいっしょに馳はせけて来きて、小さいちいさい首くびを二につ並べならべて台所だいどころへ出しだした。
そうして宗助そうすけの顔かおを眺めながめながら、泥棒どろぼうよと耳語じごやった。
宗助そうすけは文庫ぶんこを渡しわたしてしまえば、もう用ようが済んすんだのだから、奥おくの挨拶あいさつはどうでもいいとして、すぐ帰ろうかえろうかと考えかんがえた。
「文庫ぶんこは御宅ごたくのでしょうね。いいんでしょうね」と念ねんを押しおして、何になんにも知らしらない下女げじょを気の毒きのどくがらしているところへ、最前さいぜんの仲働なかばたらきが出でて来きて、「どうぞ御ご通りとおり下さいください」と丁寧ていねいに頭あたまを下げさげたので、今度こんどは宗助そうすけの方ほうが少しすこし痛み入るいたみいるようになった。
下女げじょはいよいよしとやかに同じおなじ請求せいきゅうを繰り返しくりかえした。
宗助そうすけは痛み入るいたみいる境さかいを通り越しとおりこして、ついに迷惑めいわくを感じかんじ出しだした。
ところへ主人しゅじんが自分じぶんで出でて来きた。
主人しゅじんは予想よそう通りとおり血色けっしょくの好いよい下した膨ぼうの福相ふくそうを具えそなえていたが、御ご米べいの云っいったように髭ひげのない男おとこではなかった。
鼻はなの下したに短かくみじかく刈り込んかりこんだのを生やしはやして、ただ頬ほおから腮を奇麗きれいに蒼くあおくしていた。
「いやどうもとんだ御ご手数てすうで」と主人しゅじんは眼尻めじりに皺しわを寄せよせながら礼れいを述べのべた。
米沢よねざわの絣かすりを着きた膝ひざを板の間いたのまに突いついて、宗助そうすけからいろいろ様子ようすを聞いきいている態度たいどが、いかにも緩くゆるくりしていた。
宗助そうすけは昨夕さくゆうから今朝けさへかけての出来事できごとを一通りひととおり掻いかい撮んつまんで話しはなした上うえ、文庫ぶんこのほかに何なんか取らとられたものがあるかないかを尋ねたずねて見みた。
主人しゅじんは机つくえの上うえに置いおいた金きん時計とけいを一いちつ取らとられた由ゆを答えこたえた。
けれどもまるで他ほかのものでも失くなくなした時じのように、いっこう困っこまったと云ういう気色けしきはなかった。
時計とけいよりはむしろ宗助そうすけの叙述じょじゅつの方ほうに多くおおくの興味きょうみを有っあって、泥棒どろぼうが果してはたして崖がけを伝っつたって裏うらから逃げるにげるつもりだったろうか、または逃げるにげる拍子ひょうしに、崖がけから落ちおちたものだろうかと云ういうような質問しつもんを掛けかけた。
宗助そうすけは固よりもとより返答へんとうができなかった。
そこへ最前さいぜんの仲働なかばたらきが、奥おくから茶ちゃや莨たばこを運んはこんで来きたので、宗助そうすけはまた帰りかえりはぐれた。
主人しゅじんはわざわざ座蒲団ざふとんまで取り寄せとりよせて、とうとうその上うえへ宗助そうすけの尻しりを据えすえさした。
そうして今朝けさ早くはやく来きた刑事けいじの話はなしをし始めはじめた。
刑事けいじの判定はんていによると、賊ぞくは宵よいから邸内ていないに忍び込んしのびこんで、何なんでも物置ものおきかなぞに隠れかくれていたに違いない。
這入口くちはやはり勝手かってである。
燐寸まっちを擦っすって蝋燭ろうそくを点しともして、それを台所だいどころにあった小桶こおけの中なかへ立てたてて、茶の間ちゃのまへ出でたが、次つぎの部屋へやには細君さいくんと子供こどもが寝ねているので、廊下ろうか伝いつたいに主人しゅじんの書斎しょさいへ来きて、そこで仕事しごとをしていると、この間ま生れうまれた末すえの男の子おとこのこが、乳ちちを呑むのむ時刻じこくが来きたものか、眼めを覚ましさまして泣きなき出しだしたため、賊ぞくは書斎しょさいの戸とを開けあけて庭にわへ逃げにげたらしい。
「平常へいじょうのように犬いぬがいると好かっよかったんですがね。あいにく病気びょうきなので、四五しご日ひ前まえ病院びょういんへ入れいれてしまったもんですから」と主人しゅじんは残念ざんねんがった。
宗助そうすけも、「それは惜しいおしい事ことでした」と答えこたえた。
すると主人しゅじんはその犬いぬの種しゅやら血統けっとうやら、時々ときどき猟りょうに連れつれて行くいく事ことや、いろいろな事ことを話しはなし始めはじめた。
「猟りょうは好よしみですから。もっとも近来きんらいは神経痛しんけいつうで少しすこし休んやすんでいますが。何しろなにしろ秋口あきぐちから冬ふゆへ掛けかけて鴫しぎなぞを打ちうちに行くいくと、どうしても腰こしから下したは田たの中なかへ浸っひたって、二に時間じかんも三さん時間じかんも暮らさくらさなければならないんですから、全くまったく身体しんたいには好くよくないようです」 主人しゅじんは時間じかんに制限せいげんのない人ひとと見えみえて、宗助そうすけが、なるほどとか、そうですか、とか云っいっていると、いつまでも話しはなしているので、宗助そうすけはやむを得とくず中途ちゅうとで立ち上がったちあがった。
「これからまた例れいの通りとおり出かけでかけなければなりませんから」と切り上げるきりあげると、主人しゅじんは始めはじめて気きがついたように、忙がしいいそがしいところを引き留めひきとめた失礼しつれいを謝ししゃした。
そうしていずれまた刑事けいじが現状げんじょうを見みに行くいくかも知れしれないから、その時じはよろしく願うねがうと云ういうような事ことを述べのべた。
最後さいごに、「どうかちと御ご話はなしに。私わたくしも近頃ちかごろはむしろ閑かんな方ほうですから、また御邪魔ごじゃまに出でますから」と丁寧ていねいに挨拶あいさつをした。
門もんを出でて急ぎ足いそぎあしに宅たくへ帰るかえると、毎朝まいあさ出るでる時刻じこくよりも、もう三十さんじゅう分ぶんほど後れおくれていた。
「あなたどうなすったの」と御ご米べいが気きを揉んもんで玄関げんかんへ出でた。
宗助そうすけはすぐ着物きものを脱いぬいで洋服ようふくに着換えきかえながら、「あの坂井さかいと云ういう人ひとはよっぽど気楽きらくな人ひとだね。金きんがあるとああ緩かんくりできるもんかな」と云っいった。
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