門

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九

第 9 章
裏うらの坂井さかいと宗助そうすけとは文庫ぶんこが縁えんになって思わおもわぬ関係かんけいがついた。
それまでは月つきに一度いちどこちらから清きよしに家賃やちんを持たしもたしてやると、向むかいからその受取うけとりを寄こすよこすだけの交渉こうしょうに過ぎすぎなかったのだから、崖がけの上うえに西洋せいよう人ひとが住んすんでいると同様どうようで、隣人りんじんとしての親みしんみは、まるで存在そんざいしていなかったのである。
宗助そうすけが文庫ぶんこを届けとどけた日ひの午後ごごに、坂井さかいの云っいった通りとおり、刑事けいじが宗助そうすけの家いえの裏手うらてから崖下がいかを検べしらべに来きたが、その時じ坂井さかいもいっしょだったので、御ご米べいは始めはじめて噂うわさに聞いきいた家主やぬしの顔かおを見みた。
髭ひげのないと思っおもったのに、髭ひげを生やしはやしているのと、自分じぶんなぞに対したいしても、存外ぞんがい丁寧ていねいな言葉ことばを使うつかうのが、御ご米べいには少しすこし案外あんがいであった。
「あなた、坂井さかいさんはやっぱり髭ひげを生やしはやしていてよ」と宗助そうすけが帰っかえったとき、御ご米べいはわざわざ注意ちゅういした。
それから二に日ひばかりして、坂井さかいの名刺めいしを添えそえた立派りっぱな菓子折かしおりを持っもって、下女げじょが礼れいに来きたが、せんだってはいろいろ御世話ごせわになりまして、ありがとう存じぞんじます、いずれ主人しゅじんが自身じしんに伺ううかがうはずでございますがと云いいいおいて、帰っかえって行っいった。
その晩ばん宗助そうすけは到来とうらいの菓子折かしおりの葢おおいを開けあけて、唐饅頭とうまんじゅうを頬張りほおばりながら、「こんなものをくれるところをもって見るみると、それほど吝けちでもないようだね。他ほかの家の子いえのこをブランコぶらんこへ乗せのせてやらないって云ういうのは嘘うそだろう」と云っいった。
御ご米べいも、「きっと嘘うそよ」と坂井さかいを弁護べんごした。
夫婦ふうふと坂井さかいとは泥棒どろぼうの這入らはいらない前まえより、これだけ親しみしたしみの度どが増しましたようなものの、それ以上いじょうに接近せっきんしようと云ういう念ねんは、宗助そうすけの頭あたまにも、御ご米べいの胸むねにも宿らやどらなかった。
利害りがいの打算ださんから云えいえば無論むろんの事こと、単にたんに隣人りんじんの交際こうさいとか情誼じょうぎとか云ういう点てんから見みても、夫婦ふうふはこれよりも前進ぜんしんする勇気ゆうきを有ゆうたなかったのである。
もし自然しぜんがこのままに無為むいの月日つきひを駆っかったなら、久きゅうしからぬうちに、坂井さかいは昔むかしの坂井さかいになり、宗助そうすけは元もとの宗助そうすけになって、崖がけの上うえと崖がけの下したに互たがいの家いえが懸けかけ隔るへだたるごとく、互たがいの心こころも離れ離れはなればなれになったに違いなかった。
ところがそれからまた二に日ひ置いおいて、三さん日ひ目めの暮れ方くれがたに、獺かわうその襟えりの着いついた暖かあたたかそうな外套がいとうを着きて、突然とつぜん坂井さかいが宗助そうすけの所ところへやって来きた。
夜間やかん客きゃくに襲わおそわれつけない夫婦ふうふは、軽微けいびの狼狽ろうばいを感じかんじたくらい驚ろかさおどろかされたが、座敷ざしきへ上げあげて話しはなして見るみると、坂井さかいは丁寧ていねいに先日せんじつの礼れいを述べのべた後あと、「御蔭みかげで取らとられた品物しなものがまた戻りもどりましたよ」と云いいいながら、白しろ縮緬ちりめんの兵児帯へこおびに巻き付けまきつけた金鎖かなくさりを外しはずして、両りょう葢おおいの金きん時計とけいを出しだして見せみせた。
規則きそくだから警察けいさつへ届けるとどける事ことは届けとどけたが、実じつはだいぶ古いふるい時計とけいなので、取らとられてもそれほど惜しくおしくもないぐらいに諦たいらめていたら、昨日きのうになって、突然とつぜん差出人さしだしにんの不明ふめいな小包こづつみが着いついて、その中なかにちゃんと自分じぶんの失くしなくしたのが包んつつんであったんだと云ういう。
「泥棒どろぼうも持ちもち扱こきかったんでしょう。それとも余りあまり金きんにならないんで、やむを得とくず返しかえしてくれる気きになったんですかね。何しろなにしろ珍らしいめずらしい事ことで」と坂井さかいは笑っわらっていた。
それから、「何なん私わたくしから云ういうと、実じつはあの文庫ぶんこの方ほうがむしろ大切たいせつな品しなでしてね。祖母そぼが昔むかしし御殿ごてんへ勤めつとめていた時分じぶん、戴いいただいたんだとか云っいって、まあ記念きねんのようなものですから」と云ういうような事ことも説明せつめいして聞かしきかした。
その晩ばん坂井さかいはそんな話はなしを約やく二に時間じかんもして帰っかえって行っいったが、相手あいてになった宗助そうすけも、茶の間ちゃのまで聞いきいていた御ご米べいも、大変たいへん談話だんわの材料ざいりょうに富んとんだ人ひとだと思わおもわぬ訳わけに行かいかなかった。
後あとで、「世間せけんの広いひろい方ほうね」と御ご米べいが評しひょうした。
「閑かんだからさ」と宗助そうすけが解釈かいしゃくした。
次の日つぎのひ宗助そうすけが役所やくしょの帰りがけかえりがけに、電車でんしゃを降りふりて横町よこちょうの道具屋どうぐやの前まえまで来るくると、例れいの獺かわうその襟えりを着けつけた坂井さかいの外套がいとうがちょっと眼めに着いついた。
横顔よこがおを往来おうらいの方ほうへ向けむけて、主人しゅじんを相手あいてに何なんか云っいっている。
主人しゅじんは大きなおおきな眼鏡めがねを掛けかけたまま、下したから坂井さかいの顔かおを見上げみあげている。
宗助そうすけは挨拶あいさつをすべき折おりでもないと思っおもったから、そのまま行き過ぎいきすぎようとして、店みせの正面しょうめんまで来るくると、坂井さかいの眼めが往来おうらいへ向いむかいた。
「やあ昨夜さくやは。今いま御ご帰りかえりですか」と気軽きがるに声こえをかけられたので、宗助そうすけも愛想あいそなく通り過ぎるとおりすぎる訳わけにも行かいかなくなって、ちょっと歩調ほちょうを緩めゆるめながら、帽子ぼうしを取っとった。
すると坂井さかいは、用ようはもう済んすんだと云ういう風かぜをして、店みせから出でて来きた。
「何なんか御ご求めもとめですか」と宗助そうすけが聞くきくと、「いえ、何なん」と答えこたえたまま、宗助そうすけと並んならんで家いえの方ほうへ歩きあるき出しだした。
六七ろくなな間ま来きたとき、「あの爺いじじい、なかなか猾い奴やつですよ。崋山かざんの偽物にせものを持っもって来きて押付おしつけようとしやがるから、今いま叱りつけしかりつけてやったんです」と云いいい出しだした。
宗助そうすけは始めはじめて、この坂井さかいも余裕よゆうある人ひとに共通きょうつうな好事こうずを道楽どうらくにしているのだと心づいこころづいた。
そうしてこの間ま売り払っうりはらった抱一ほういつの屏風びょうぶも、最初さいしょからこう云ういう人ひとに見せみせたら、好かっよかったろうにと、腹はらの中なかで考えかんがえた。
「あれは書画しょがには明るいあかるい男おとこなんですか」「なに書画しょがどころか、まるで何なんも分らわからない奴やつです。あの店みせの様子ようすを見みても分るわかるじゃありませんか。骨董こっとうらしいものは一いちつも並んならんでいやしない。もとが紙屑かみくず屋やから出世しゅっせしてあれだけになったんですからね」 坂井さかいは道具屋どうぐやの素性そせいをよく知っしっていた。
出入でいりの八百屋やおやの阿爺あやの話はなしによると、坂井さかいの家いえは旧幕きゅうばくの頃ころ何なんとかの守まもると名乗っなのったもので、この界隈かいわいでは一番いちばん古いふるい門閥もんばつ家いえなのだそうである。
瓦解がかいの際さい、駿府すんぷへ引き上げひきあげなかったんだとか、あるいは引き上げひきあげてまた出でて来きたんだとか云ういう事ことも耳みみにしたようであるが、それは判然はんぜん宗助そうすけの頭あたまに残っのこっていなかった。
「小さいちいさい内うちから悪戯いたずらものでね。あいつが餓鬼大将がきたいしょうになってよく喧嘩けんかをしに行っいった事ことがありますよ」と坂井さかいは御ご互たがいの子供こどもの時じの事ことまで一口ひとくち洩らしもらした。
それがまたどうして崋山かざんの贋物にせものを売り込もううりこもうと巧んたくんだのかと聞くきくと、坂井さかいは笑っわらって、こう説明せつめいした。
――「なに親父おやじの代だいから贔屓ひいきにしてやってるものですから、時々ときどき何なんだ蚊かだって持っもって来るくるんです。ところが眼めも利かりかない癖くせに、ただ慾よくばりたがってね、まことに取扱いとりあつかい悪いわるい代物しろものです。それについこの間ま抱一ほういつの屏風びょうぶを買っかって貰っもらって、味あじを占めしめたんでね」 宗助そうすけは驚ろいおどろいた。
けれども話はなしの途中とちゅうを遮ぎるさえぎる訳わけに行かいかなかったので、黙っだまっていた。
坂井さかいは道具屋どうぐやがそれ以来いらい乗気のりきになって、自身じしんに分りわかりもしない書画しょが類るいをしきりに持ち込んもちこんで来るくる事ことやら、大坂おおさか出来できの高麗こま焼やけを本物ほんものだと思っおもって、大事だいじに飾っかざっておいた事ことやら話しはなした末すえ、「まあ台所だいどころで使うつかう食卓しょくたくか、たかだか新しんの鉄瓶てつびんぐらいしか、あんな所ところじゃ買えかえたもんじゃありません」と云っいった。
そのうち二人ふたりは坂さかの上うえへ出でた。
坂井さかいはそこを右みぎへ曲るまがる、宗助そうすけはそこを下したへ下りくだりなければならなかった。
宗助そうすけはもう少しすこしいっしょに歩いあるいて、屏風びょうぶの事ことを聞きききたかったが、わざわざ回り路まわりみちをするのも変へんだと心づいこころづいて、それなり分れわかれた。
分れるわかれる時じ、「近いちかい中なか御邪魔ごじゃまに出でてもようございますか」と聞くきくと、坂井さかいは、「どうぞ」と快よくこころよく答えこたえた。
その日ひは風かぜもなくひとしきり日ひも照ってったが、家いえにいると底そこ冷れいのする寒ささむさに襲わおそわれるとか云っいって、御ご米べいはわざわざ置おけ炬燵こたつに宗助そうすけの着物きものを掛けかけて、それを座敷ざしきの真中まなかに据えすえて、夫おっとの帰りかえりを待ち受けまちうけていた。
この冬ふゆになって、昼ひるのうち炬燵こたつを拵らえこしらえたのは、その日ひが始めはじめてであった。
夜よるは疾うとうから用いもちいていたが、いつも六ろく畳たたみに置くおくだけであった。
「座敷ざしきの真中まなかにそんなものを据えすえて、今日きょうはどうしたんだい」「でも、御客ごきゃくも何なんもないからいいでしょう。だって六ろく畳たたみの方ほうは小六しょうろくさんがいて、塞がっふさがっているんですもの」 宗助そうすけは始めはじめて自分じぶんの家いえに小六しょうろくのいる事ことに気きがついた。
襯衣の上うえから暖かいあたたかい紡績ぼうせき織おりを掛けかけて貰っもらって、帯おびをぐるぐる巻きつけまきつけたが、「ここは寒帯かんたいだから炬燵こたつでも置かおかなくっちゃ凌げしのげない」と云っいった。
小六しょうろくの部屋へやになった六ろく畳たたみは、畳たたみこそ奇麗きれいでないが、南みなみと東ひがしが開いひらいていて、家中かちゅうで一番いちばん暖かいあたたかい部屋へやなのである。
宗助そうすけは御ご米べいの汲んくんで来きた熱いあつい茶ちゃを湯呑ゆのみから二に口くちほど飲んのんで、「小六しょうろくはいるのかい」と聞いきいた。
小六しょうろくは固よりもとよりいたはずである。
けれども六ろく畳たたみはひっそりして人ひとのいるようにも思わおもわれなかった。
御ご米べいが呼びよびに立とうたとうとするのを、用ようはないからいいと留めとめたまま、宗助そうすけは炬燵こたつ蒲団ふとんの中なかへ潜り込んもぐりこんで、すぐ横よこになった。
一方いっぽう口くちに崖がけを控えひかえている座敷ざしきには、もう暮方くれがたの色いろが萌しきざしていた。
宗助そうすけは手枕てまくらをして、何なんを考えるかんがえるともなく、ただこの暗くくらく狭いせまい景色けしきを眺めながめていた。
すると御ご米べいと清きよしが台所だいどころで働くはたらく音おとが、自分じぶんに関係かんけいのない隣となりの人ひとの活動かつどうのごとくに聞えきこえた。
そのうち、障子しょうじだけがただ薄白くうすじろく宗助そうすけの眼めに映るうつるように、部屋へやの中なかが暮れくれて来きた。
彼かれはそれでもじっとして動かうごかずにいた。
声こえを出しだして洋灯ようとうの催促さいそくもしなかった。
彼かれが暗いくらい所ところから出でて、晩食ばんしょくの膳ぜんに着いついた時じは、小六しょうろくも六ろく畳たたみから出でて来きて、兄あにの向うむこうに坐っすわった。
御ご米べいは忙しいいそがしいので、つい忘れわすれたと云っいって、座敷ざしきの戸とを締めしめに立ったった。
宗助そうすけは弟おとうとに夕方ゆうがたになったら、ちと洋灯ようとうを点けるつけるとか、戸とを閉へいてるとかして、忙しいいそがしい姉あねの手伝てつだいでもしたら好かろうよかろうと注意ちゅういしたかったが、昨今さっこん引き移っひきうつったばかりのものに、気まずいきまずい事ことを云ういうのも悪かろうわるかろうと思っおもってやめた。
御ご米べいが座敷ざしきから帰っかえって来るくるのを待っまって、兄弟きょうだいは始めはじめて茶碗ちゃわんに手てを着けつけた。
その時じ宗助そうすけはようやく今日きょう役所やくしょの帰りがけかえりがけに、道具屋どうぐやの前まえで坂井さかいに逢っあった事ことと、坂井さかいがあの大きなおおきな眼鏡めがねを掛けかけている道具屋どうぐやから、抱一ほういつの屏風びょうぶを買っかったと云ういう話はなしをした。
御ご米べいは、「まあ」と云っいったなり、しばらく宗助そうすけの顔かおを見みていた。
「じゃきっとあれよ。きっとあれに違いないわね」 小六しょうろくは始めはじめのうち何になんにも口くちを出さださなかったが、だんだん兄あに夫婦ふうふの話はなしを聞いきいているうちに、ほぼ関係かんけいが明暸めいりょうになったので、「全体ぜんたいいくらで売っうったのです」と聞いきいた。
御ご米べいは返事へんじをする前まえにちょっと夫おっとの顔かおを見みた。
食事しょくじが終るおわると、小六しょうろくはじきに六ろく畳たたみへ這入っはいった。
宗助そうすけはまた炬燵こたつへ帰っかえった。
しばらくして御ご米べいも足あしを温めあたために来きた。
そうして次つぎの土曜どようか日曜にちようには坂井さかいへ行っいって、一いちつ屏風びょうぶを見みて来きたらいいだろうと云ういうような事ことを話し合っはなしあった。
次つぎの日曜にちようになると、宗助そうすけは例れいの通りとおり一いち週しゅうに一いち返かえしの楽寝らくねを貪どんぼったため、午前ごぜん半日はんじつをとうとう空そらに潰しつぶしてしまった。
御ご米べいはまた頭あたまが重いおもいとか云っいって、火鉢ひばちの縁えんに倚りよりかかって、何なんをするのも懶ものぐさそうに見えみえた。
こんな時じに六ろく畳たたみが空いむなしいていれば、朝あさからでも引込むひきこむ場所ばしょがあるのにと思うおもうと、宗助そうすけは小六しょうろくに六ろく畳たたみをあてがった事ことが、間接かんせつに御ご米べいの避難ひなん場ばを取り上げとりあげたと同じおなじ結果けっかに陥るおちいるので、ことに済ますまないような気きがした。
心持こころもちが悪けれわるければ、座敷ざしきへ床ゆかを敷いしいて寝ねたら好かろうよかろうと注意ちゅういしても、御ご米べいは遠慮えんりょして容易よういに応じおうじなかった。
それではまた炬燵こたつでも拵えこしらえたらどうだ、自分じぶんも当るあたるからと云っいって、とうとう櫓やぐらと掛蒲団かかりふとんを清きよしに云いいいつけて、座敷ざしきへ運ばはこばした。
小六しょうろくは宗助そうすけが起きるおきる少しすこし前まえに、どこかへ出でて行っいって、今朝けさは顔かおさえ見せみせなかった。
宗助そうすけは御ご米べいに向っむかって別段べつだんその行先いきさきを聞き糺しききただしもしなかった。
この頃ころでは小六しょうろくに関係かんけいした事ことを云いいい出しだして、御ご米べいにその返事へんじをさせるのが、気の毒きのどくになって来きた。
御ご米べいの方ほうから、進んすすんで弟おとうとの讒訴ざんそでもするようだと、叱るしかるにしろ、慰さめるなぐさめるにしろ、かえって始末しまつが好いよいと考えるかんがえる時じもあった。
午うまになっても御ご米べいは炬燵こたつから出でなかった。
宗助そうすけはいっそ静かしずかに寝かしねかしておく方ほうが身体しんたいのためによかろうと思っおもったので、そっと台所だいどころへ出でて、清きよしにちょっと上うえの坂井さかいまで行っいってくるからと告げつげて、不断ふだん着きの上うえへ、袂たもとの出るでる短いみじかいインヴァネスいんゔぁねすを纏っまとって表ひょうへ出でた。
今までいままで陰気いんきな室むろにいた所為せいか、通つうへ来るくると急きゅうにからりと気きが晴れはれた。
肌はだの筋肉きんにくが寒いさむい風かぜに抵抗ていこうして、一時いちじに緊縮きんしゅくするような冬ふゆの心持こころもちの鋭どくするどく出るでるうちに、ある快感かいかんを覚えおぼえたので、宗助そうすけは御ご米べいもああ家いえにばかり置いおいては善くよくない、気候きこうが好くよくなったら、ちと戸外こがいの空気くうきを呼吸こきゅうさせるようにしてやらなくては毒どくだと思いおもいながら歩いあるいた。
坂井さかいの家いえの門もんを入っはいったら、玄関げんかんと勝手口かってぐちの仕切しきりになっている生垣いけがきの目めに、冬ふゆに似合わにあわないぱっとした赤いあかいものが見えみえた。
傍そばへ寄っよってわざわざ検べるしらべると、それは人形にんぎょうに掛けるかける小さいちいさい夜具やぐであった。
細いほそい竹たけを袖そでに通しとおして、落ちおちないように、扇おうぎ骨ほね木きの枝えだに寄せ掛けよせかけた手際てぎわが、いかにも女の子おんなのこの所作しょさらしく殊勝しゅしょうに思わおもわれた。
こう云ういう悪戯いたずらをする年頃としごろの娘むすめは固よりもとよりの事こと、子供こどもと云ういう子供こどもを育て上げそだてあげた経験けいけんのない宗助そうすけは、この小さいちいさい赤いあかい夜具やぐの尋常じんじょうに日ひに干しほしてある有様ありさまをしばらく立ったって眺めながめていた。
そうして二十にじゅう年ねんも昔むかしに父母ふぼが、死んしんだ妹いもうとのために飾っかざった、赤いあかい雛段ひなだんと五ご人ひと囃はやしと、模様もようの美びくしい干菓子かんかしと、それから甘いあまいようで辛いつらい白酒しろざけを思い出しおもいだした。
坂井さかいの主人しゅじんは在宅ざいたくではあったけれども、食事しょくじ中なかだと云ういうので、しばらく待たまたせられた。
宗助そうすけは座ざに着くつくや否いなや、隣となりの室むろで小さいちいさい夜具やぐを干しほした人ひと達とおるの騒ぐさわぐ声こえを耳みみにした。
下女げじょが茶ちゃを運ぶはこぶために襖ふすまを開けるあけると、襖ふすまの影かげから大きなおおきな眼めが四よんつほどすでに宗助そうすけを覗いのぞいていた。
火鉢ひばちを持っもって出るでると、その後そのあとからまた違っちがった顔かおが見えみえた。
始めはじめてのせいか、襖ふすまの開閉かいへいのたびに出るでる顔かおがことごとく違っちがっていて、子供こどもの数すうが何人なんにんあるか分らわからないように思わおもわれた。
ようやく下女げじょが退がりさがりきりに退がるさがると、今度こんどは誰だれだか唐紙とうしを一いち寸すんほど細目さいもくに開けあけて、黒いくろい光るひかる眼めだけをその間まから出しだした。
宗助そうすけも面白くおもしろくなって、黙っだまって手て招ぎおぎをして見みた。
すると唐紙とうしをぴたりと閉へいてて、向う側むこうがわで三四さんよん人ひとが声こえを合しごうして笑いわらい出しだした。
やがて一人ひとりの女の子おんなのこが、「よう、御ご姉あね様ようまたいつものように叔母おばさんごっこしましょうよ」と云いいい出しだした。
すると姉あねらしいのが、「ええ、今日きょうは西洋せいようの叔母おばさんごっこよ。東作とうさくさんは御ご父さまちちさまだからパパぱぱで、雪子ゆきこさんは御ご母さまははさまだからママままって云ういうのよ。よくって」と説明せつめいした。
その時じまた別べつの声こえで、「おかしいわね。ママままだって」と云っいって嬉しうれしそうに笑っわらったものがあった。
「私わたくしそれでもいつも御ご祖母そぼさまなのよ。御ご祖母そぼさまの西洋せいようの名ながなくっちゃいけないわねえ。御ご祖母そぼさまは何なんて云ういうの」と聞いきいたものもあった。
「御ご祖母そぼさまはやっぱりババばばでいいでしょう」と姉あねがまた説明せつめいした。
それから当分とうぶんの間まは、御免ごめん下さいくださいましだの、どちらからいらっしゃいましたのと盛さかんに挨拶あいさつの言葉ことばが交換こうかんされていた。
その間まにはちりんちりんと云ういう電話でんわの仮かり色いろも交っかった。
すべてが宗助そうすけには陽気ようきで珍らしくめずらしく聞えきこえた。
そこへ奥おくの方ほうから足音あしおとがして、主人しゅじんがこっちへ出でて来きたらしかったが、次の間つぎのまへ入るはいるや否いなや、「さあ、御前ごぜん達とおるはここで騒ぐさわぐんじゃない。あっちへ行っいっておいで。御客ごきゃくさまだから」と制しせいした。
その時じ、誰だれだかすぐに、「厭いやだよ。御ご父ちちっちゃんべい。大きいおおきい御馬おうま買っかってくれなくっちゃ、あっちへ行かいかないよ」と答えこたえた。
声こえは小さいちいさい男の子おとこのこの声こえであった。
年ねんが行かいかないためか、舌したがよく回らまわらないので、抗弁こうべんのしようがいかにも億劫おっくうで手間てまがかかった。
宗助そうすけはそこを特にとくに面白くおもしろく思っおもった。
主人しゅじんが席せきに着いついて、長いながい間ま待たしまたした失礼しつれいを詫びわびている間まに、子供こどもは遠くとおくへ行っいってしまった。
「大変たいへん御ご賑やかにぎやかで結構けっこうです」と宗助そうすけが今いま自分じぶんの感じかんじた通つうを述べるのべると、主人しゅじんはそれを愛嬌あいきょうと受取っうけとったものと見えみえて、「いや御覧ごらんのごとく乱雑らんざつな有様ありさまで」と言訳いいわけらしい返事へんじをしたが、それを緒いとぐちに、子供こどもの世話せわの焼けやけて、夥だしくおびただしく手てのかかる事ことなどをいろいろ宗助そうすけに話しはなして聞かしきかした。
その中なかで綺麗きれいな支那しな製せいの花はな籃のなかへ炭団たどんを一杯いちばい盛っもって床の間とこのまに飾っかざったと云ういう滑稽こっけいと、主人しゅじんの編へん上うえの靴くつのなかへ水みずを汲み込んくみこんで、金魚きんぎょを放しはなしたと云ういう悪戯いたずらが、宗助そうすけには大変たいへん耳新しかっみみあたらしかった。
しかし、女の子おんなのこが多いおおいので服装ふくそうに物ものが要るいるとか、二に週間しゅうかんも旅行りょこうして帰っかえってくると、急きゅうにみんなの背せが一寸ちょっとずつも伸びのびているので、何なんだか後あとから追いつかおいつかれるような心持こころもちがするとか、もう少しすこしすると、嫁入よめいりの支度したくで忙殺ぼうさつされるのみならず、きっと貧ひん殺さころされるだろうとか云ういう話はなしになると、子供こどものない宗助そうすけの耳みみにはそれほどの同情どうじょうも起しおこし得とくなかった。
かえって主人しゅじんが口くちで子供こどもを煩はん冗がる割わりに、少しすこしもそれを苦くにする様子ようすの、顔かおにも態度たいどにも見えみえないのを羨ましくうらやましく思っおもった。
好いよい加減かげんな頃ころを見計っみはからって宗助そうすけは、せんだって話はなしのあった屏風びょうぶをちょっと見せみせて貰えもらえまいかと、主人しゅじんに申し出もうしでた。
主人しゅじんはさっそく引き受けひきうけて、ぱちぱちと手てを鳴らしならして、召使めしつかいを呼んよんだが、蔵くらの中なかにしまってあるのを取り出しとりだして来るくるように命じめいじた。
そうして宗助そうすけの方ほうを向いむかいて、「つい二三にさん日ひ前まえまでそこへ立てたてておいたのですが、例れいの子供こどもが面白おもしろ半分はんぶんにわざと屏風びょうぶの影かげへ集まっあつまって、いろいろな悪戯いたずらをするものですから、傷きずでもつけられちゃ大変たいへんだと思っおもってしまい込んしまいこんでしまいました」と云っいった。
宗助そうすけは主人しゅじんのこの言葉ことばを聞いきいた時じ、今更いまさら手数てすうをかけて、屏風びょうぶを見せみせて貰うもらうのが、気の毒きのどくにもなり、また面倒めんどうにもなった。
実じつを云ういうと彼かれの好奇心こうきしんは、それほど強くつよくなかったのである。
なるほどいったん他ほかの所有しょゆうに帰しかえしたものは、たとい元もとが自分じぶんのであったにしろ、無かっなかったにしろ、そこを突き留めつきとめたところで、実際じっさい上うえには何なんの効果こうかもない話はなしに違いなかった。
けれども、屏風びょうぶは宗助そうすけの申し出もうしでた通りとおり、間まもなく奥おくから縁えん伝いつたいに運び出さはこびだされて、彼かれの眼めの前まえに現れあらわれた。
そうしてそれが予想よそう通りとおりついこの間ままで自分じぶんの座敷ざしきに立てたててあった物ものであった。
この事実じじつを発見はっけんした時じ、宗助そうすけの頭あたまには、これと云っいって大したたいした感動かんどうも起らおこらなかった。
ただ自分じぶんが今いま坐っすわっている畳たたみの色いろや、天井てんじょうの柾目まさめや、床ゆかの置物おきものや、襖ふすまの模様もようなどの中なかに、この屏風びょうぶを立てたてて見みて、それに、召使めしつかいが二人ふたりがかりで、蔵くらの中なかから大事だいじそうに取り出しとりだして来きたと云ういう所作しょさを付け加えつけくわえて考えるかんがえると、自分じぶんが持っもっていた時じよりは、たしかに十じゅう倍ばい以上いじょう貴たかとい品いひんのように眺めながめられただけであった。
彼かれは即座そくざに云ういうべき言葉ことばを見出しみだし得とくなかったので、いたずらに、見み慣れなれたものの上うえに、さらに新らしくあたらしくもない眼めを据えすえていた。
主人しゅじんは宗助そうすけをもってある程度ていどの鑑賞かんしょう家いえと誤解ごかいした。
立ちたちながら屏風びょうぶの縁えんへ手てを掛けかけて、宗助そうすけの面めんと屏風びょうぶの面めんとを比較ひかくしていたが、宗助そうすけが容易よういに批評ひひょうを下さくださないので、「これは素性そせいのたしかなものです。出でが出でですからね」と云っいった。
宗助そうすけは、ただ「なるほど」と云っいった。
主人しゅじんはやがて宗助そうすけの後あとへ回っまわって来きて、指ゆびでそこここを指しさしながら、品評ひんぴょうやら説明せつめいやらした。
その中なかには、さすが御ご大名だいみょうだけあって、好いよい絵の具えのぐを惜おし気きもなく使うつかうのがこの画家がかの特色とくしょくだから、色いろがいかにもみごとであると云ういうような、宗助そうすけには耳みみ新らしいあたらしいけれども、普通ふつう一般いっぱんに知れ渡っしれわたった事こともだいぶ交っかっていた。
宗助そうすけは好いよい加減かげんな頃ころを見計らっみはからって、丁寧ていねいに礼れいを述べのべて元もとの席せきに復しふくした。
主人しゅじんも蒲団ふとんの上うえに直っなおった。
そうして、今度こんどは野路のじや空そら云々うんぬんという題だい句くやら書体しょたいやらについて語りかたり出しだした。
宗助そうすけから見るみると、主人しゅじんは書しょにも俳句はいくにも多くおおくの興味きょうみを有っあっていた。
いつの間まにこれほどの知識ちしきを頭あたまの中なかへ貯えたくわえ得とくらるるかと思うおもうくらい、すべてに心得こころえのある男おとこらしく思わおもわれた。
宗助そうすけは己れおのれを恥じはじて、なるべく物数ぶっすうを云わいわないようにして、ただ向うむこうの話はなしだけに耳みみを借かりす事ことを力めりきめた。
主人しゅじんは客きゃくがこの方面ほうめんの興味きょうみに乏しいとぼしい様子ようすを見みて、再びふたたび話はなしを画がの方ほうへ戻しもどした。
碌なろくなものはないけれども、望もちならば所蔵しょぞうの画帖がじょうや幅はば物ものを見せみせてもいいと親切しんせつに申し出しもうしだした。
宗助そうすけはせっかくの好意こういを辞退じたいしない訳わけに行かいかなかった。
その代りかわりに、失礼しつれいですがと前置ぜんちをして、主人しゅじんがこの屏風びょうぶを手てに入れるいれるについて、どれほどの金額きんがくを払っはらったかを尋ねたずねた。
「まあ掘出しほりだし物ものですね。八十はちじゅう円えんで買いかいました」と主人しゅじんはすぐ答えこたえた。
宗助そうすけは主人しゅじんの前まえに坐っすわって、この屏風びょうぶに関するかんするいっさいの事ことを自白じはくしようか、しまいかと思案しあんしたが、ふと打ち明けるうちあけるのも一興いっきょうだろうと心づいこころづいて、とうとう実じつはこれこれだと、今までいままでの顛末てんまつを詳しくくわしく話しはなし出しだした。
主人しゅじんは時々ときどきへえ、へえと驚ろいおどろいたような言葉ことばを挟んはさんで聞いきいていたが、しまいに、「じゃあなたは別べつに書画しょがが好きすきで、見みにいらしった訳わけでもないんですね」と自分じぶんの誤解ごかいを、さも面白いおもしろい経験けいけんでもしたように笑いわらい出しだした。
同時どうじに、そう云ういう訳わけなら、自分じぶんが直じかに宗助そうすけから相当そうとうの値あたいで譲っゆずって貰えもらえばよかったに、惜しいおしい事ことをしたと云っいった。
最後さいごに横町よこちょうの道具屋どうぐやをひどく罵しっののしって、怪しからあやしからん奴やつだと云っいった。
宗助そうすけと坂井さかいとはこれからだいぶ親しくしたしくなった。
9/10