8/10

8
小六しょうろくさん茶の間ちゃのまから始めはじめそれ座敷ざしきほうさきべい聞いきい
小六しょうろく四五しごまえとうとうあにところ引き移っひきうつっ結果けっか今日きょう障子しょうじ張替はりかい手伝わてつだわなけれならないことなっ
かれむかし叔父おじいえ安之助やすのすけいっしょなっ自分じぶん部屋へや唐紙とうし張り替えはりかえ経験けいけんある
そののりぼん溶いといたりへら使っつかったりだいぶ本式ほんしきやり出しだし首尾しゅび好くよく乾かしかわかしいざもとところ建てるたてるいうだんなるばいとも反っ繰り返っそっくりかえっ敷居しきいみぞ嵌まらはまらなかっ
それからこれ安之助やすのすけ共同きょうどう失敗しっぱい仕事しごとある叔母おば云いいいつけ障子しょうじ張らちょうらられとき水道すいどうざぶざぶわく洗っあらっためやっぱり乾いかわいあとそうからだいびつでき非常ひじょう困難こんなん
姉さんあねさん障子しょうじ張るはるときよほど慎重しんちょうない失策しっさくです洗っあらっちゃ駄目だめです云いいいながら小六しょうろく茶の間ちゃのま縁側えんがわからびりびり破きやぶき始めはじめ
縁先えんさきみぎほう小六しょうろくいるろくたたみ折れ曲っおれまがっひだり玄関げんかん突き出しつきだしいる
その向うむこうへいえん平行へいこう塞いせいいるからまあ四角しかくかこいうち云っいっいい
なつなるコスモスこすもすいちめん茂らしげら夫婦ふうふとも毎朝まいあさ深いぶかい景色けしき喜んよろこんことあるまたへいした細いほそいたけ立てたてそれ朝顔あさがお絡まからまことある
その起き抜けおきぬけ今朝けさ咲いさいはなすう勘定かんじょう合っあっ二人ふたりらく
けれどあきからふゆかけはなくさまるで枯れかれしまう小さなちいさな砂漠さばくよう眺めるながめる気の毒きのどくくらい淋しくさびしくなる
小六しょうろくこのしもばかり降りふり四角しかく地面じめんしきり障子しょうじかみ剥がしはがし
時々ときどき寒いさむいかぜあとから小六しょうろく坊主頭ぼうずあたまえりへん襲っおそっ
そのたびかれ吹き曝しふきさらしえんからろくたたみなか引っ込みひっこみたくなっ
かれ赤いあかい無言むごんままはたらけながら馬尻うましりなか雑巾ぞうきん絞っしぼっ障子しょうじさん拭きふき出しだし
寒いさむいでしょう気の毒きのどくさまあいにく天気てんき時雨れしぐれもんからべい愛想あいそ云っいっ鉄瓶てつびん注ぎそそぎ注ぎそそぎ昨日きのうのり溶いとい
小六しょうろく実際じっさいこんなようする内心ないしん大いにおおいに軽蔑けいべつ
こと昨今さっこん自分じぶんやむなく置かおか境遇きょうぐうからこのさい多少たしょう自己じこ侮辱ぶじょくいるかん抱いいだい雑巾ぞうきん
むかし叔父おじいえこれ同じおなじことやらられ暇潰しひまつぶし慰みなぐさみ不愉快ふゆかいどころかえって面白かっおもしろかっ記憶きおくさえあるいまじゃこのくらい仕事しごとよりほかする能力のうりょくないもの強いてしいて周囲しゅういから諦めあきらめさせられよう縁側えんがわ寒いさむいなおことしゃく触っさわっ
それねー快よいこころよい返事へんじさえ碌にろくになかっ
そうあたまなか自分じぶん下宿げしゅく法科ほうか大学生だいがくせいちょっと散歩さんぽ出るでるついで資生堂しせいどう寄っよっさん入りいり石鹸せっけん歯磨はみがき買うかうさええん近くちかくきん払うはらう華奢きゃしゃ思い浮べおもいうかべ
するどう自分じぶん一人ひとりこんな窮境きゅうきょう陥るおちいるべき理由りゆうないよう感ぜかんぜられ
それからこんな生活せいかつ状態じょうたい甘んじあまんじ一生いっしょう送るおくるあに夫婦ふうふいかに憫然びんぜん見えみえ
かれ障子しょうじ張るはる美濃紙みのし買うかうさえ気兼きがねしまい思わおもわれるほど小六しょうろくから見るみる消極的しょうきょくてき暮し方くらしかた
こんなかみじゃまたすぐ破けやぶけます云いいいながら小六しょうろく巻いまい小口こぐちいちさしほど透かしすかし二三にさん力任せちからまかせ鳴らしならし
そう たくじゃ小供こどもないからそれほどなくっ答えこたえべいのりふくむまし刷毛はけ取っとっとんとんとんさんうえ渡しわたし
二人ふたり長くながく継いつづいかみ双方そうほうから引き合っひきあいっなるべくしでるみできないよう力めりきめ小六しょうろく時々ときどき面倒臭めんどうしゅうそうかおするべいつい遠慮えんりょよしみ加減かげん髪剃かみそり小口こぐち切り落しきりおとししまうことあっ
したがっでき上っできあがっもの所々ところどころぶくぶくだいぶつい
べい情なじょうなそう戸袋とぶくろ立てたて懸けかけ張りばり立てたて障子しょうじ眺めながめ
そうこころなか相手あいて小六しょうろくなくっおっとあっなら思っおもっ
しわ少しすこしできどうせぼく手際てぎわじゃ旨くうまく行かいかないなに兄さんあにさんってそう御上手おかみてじゃなくっそれ兄さんあにさんあなたよりよっぽど無精むせい 小六しょうろく何になんに答えこたえなかっ
台所だいどころからきよし持っもっ含嗽がんそう茶碗ちゃわん受け取っうけとっ戸袋とぶくろまえ立ったっかみ一面いちめん濡れるぬれるほどきり吹いふい
ばい張っちょうっときさききり吹いふいぶんほぼ乾いかわいしわおおかた平らたいらなっ
さんばい張っちょうっとき小六しょうろくこし痛くいたくなっ云いいい出しだし
じつ云ういうべいほう今朝けさからあたま痛かっいたかっある
もういちばい張っちょうっ茶の間ちゃのまだけ済ましすましから休みやすみましょう云っいっ
茶の間ちゃのま済ましすましいるうちうまなっ二人ふたり食事しょくじ始めはじめ
小六しょうろく引き移っひきうつっからこの四五しごべい宗助そうすけない午飯ごはんいつも小六しょうろくむかい食べるたべることなっ
宗助そうすけいっしょなっ以来いらいべい毎日まいにちぜんともものおっとよりほかなかっ
おっと留守るすただ独りひとりはし執るとる多年たねん習慣しゅうかんあっ
から突然とつぜんこの小舅こじゅうと自分じぶんひつ置いおいたがいかお見合せみあわせながらくち動かすうごかすべい取っとっ一種いっしゅ異ないな経験けいけんあっ
それ下女げじょ台所だいどころはたらけいるときまだしもきよしかげおとないなるなおことへん窮屈きゅうくつ感じかんじ起っおこっ
無論むろん小六しょうろくよりべいほう年上としうえあるまた従来じゅうらい関係かんけいから云っいっ両性りょうせい絡みからみつけるあでっぽい空気くうき箝束まと初期しょきおいすら二人ふたり起りおこりとくべきはずものなかっ
べい小六しょうろくむかいぜん着くつくきのこ気ぶっせいきぶっせい心持こころもちいつなったら消えるきえるだろうこころなかわたくし疑ぐっうたぐっ
小六しょうろく引き移るひきうつるまでこんな結果けっか出ようでようまるでつかなかっからなおさら当惑とうわく
仕方しかたないからなるべく食事しょくじなかはなしせめて手持無沙汰てもちむさた隙間すきまだけ補おうおぎなおう力めりきめ
不幸ふこういま小六しょうろくこのねー態度たいど対したいしほど好いよい調子ちょうし出すだすだけ余裕よゆう分別ぶんべつあたまなか発見はっけんとくなかっある
小六しょうろくさん下宿げしゅく御馳走ごちそうあっ こんな質問しつもん逢うあう小六しょうろく下宿げしゅくから遊びあそび時分じぶんよう淡泊たんぱく遠慮えんりょないこたえするわけ行かいかなくなっ
やむとくなにそうありませぐらいおくその語気ごきからり澄んすんないべいほう自分じぶん待遇たいぐう悪いわるいせい解釈かいしゃくすることあっ
それまた無言むごん小六しょうろくあたま映るうつることあっ
ことに今日きょうあたま具合ぐあい好くよくないぜん向っむかっべいいつもよう力めるりきめる退たいあっ
力めりきめ失敗しっぱいするなおいやあっ
それ二人ふたりとも障子しょうじ張るはるときより言葉少なことばずくな食事しょくじ済ましすまし
午後ごご慣れなれせいあさ比べるくらべる仕事しごと少しすこし取っとっ
しかし二人ふたり気分きぶん飯前めしまえよりかえって縁遠くえんどおくなっ
こと寒いさむい天気てんき二人ふたりあたま応えこたえ
起きおき載せのせそらしだい遠退いとおのい行くいく思わおもわれるほど好くよく晴れはれそれしんあお色づくいろづくころからきゅうくも暗いくらいなか粉雪こなゆき醸しかもしいるよう日の目ひのめ密封みっぷう
二人ふたりこうこう火鉢ひばち翳しかざし
兄さんあにさん来年らいねんなる月給げっきゅう上がるあがるでしょう ふと小六しょうろくこんなもんべいかけ
べいそのたたみうえ紙片しへん取っとっのり汚れよごれ拭いぬぐい全くまったくおもう寄らよらないいうかお
どう新聞しんぶん見るみる来年らいねんから一般いっぱん官吏かんり増俸ぞうほうある云ういうはなしじゃありませ べいそんな消息しょうそく全くまったく知らしらなかっ
小六しょうろくから詳しいくわしい説明せつめい聞いきい始めはじめなるほど首肯いうなずい
全くまったくこれじゃだれってやっ行けいけないさかな切身きりみなんかわたくし東京とうきょうからもうばいなってるですもの云っいっ
さかな切身きりみ値段ねだんなる小六しょうろくほう全くまったくしきあっ
べい注意ちゅうい始めはじめそれほどむやみ高くたかくなるもの思っおもっ
小六しょうろくちょっと好奇心こうきしんため二人ふたり会話かいわ存外ぞんがい素直すなお流れながれ行っいっ
べいうら家主やぬしじゅうはちきゅう時代じだい物価ぶっか大変たいへん安かっやすかっはなしこの宗助そうすけから聞いきい通りとおり繰り返しくりかえし
その時分じぶん蕎麦そば食うくうさかんかけはちりんしゅものせんりんあっ
牛肉ぎゅうにく普通ふつう一人前いちにんまえよんせんロースろーすろくせんあっ
寄席よせさんせんよんせんあっ
学生がくせいつきななえんぐらいくにから貰えもらえなかあっ
じゅうえん取るとるすでに贅沢ぜいたく思わおもわ
小六しょうろくさんその時分じぶんわけなく大学だいがく卒業そつぎょうできべい云っいっ
兄さんあにさんその時分じぶん大変たいへん暮しくらしやすいわけです小六しょうろく答えこたえ
座敷ざしきちょうえき済んすんときもうさんすぎなっ
そうこういるうち宗助そうすけ帰っかえっ来るくるばん支度したく始めはじめなくっならない二人ふたりこれ一段落いちだんらくのり髪剃かみそり片づけかたづけ
小六しょうろく大きなおおきなしんいち握り拳にぎりこぶし自分じぶんあたまこんこん叩いたたい
どう御苦労ごくろうさま疲れつかれでしょうべい小六しょうろく労わっいたわっ
小六しょうろくそれより口淋しいくちさびしいおもう
この文庫ぶんこ届けとどけやっれい坂井さかいからくれ云ういう菓子かし戸棚とだなから出しだし貰っもらっ食べたべ
べいちゃ入れいれ
坂井さかい云ういうひと大学だいがくですええやっぱりそうですって 小六しょうろくちゃ飲んのん煙草たばこ吹いふい
やがて兄さんあにさん増俸ぞうほうことまだあなた話さはなさないです聞いきい
いいえちっともべい答えこたえ
兄さんあにさんようなれたら好いよいだろう不平ふへいなんなくっ べい特別とくべつ挨拶あいさつなかっ
小六しょうろくそのまま起っおこっろくたたみ這入っはいっやがて消えきえ云っいっ火鉢ひばち抱えかかえまた
かれあにいえ厄介やっかいなりながらもう少しすこし立てたて都合つごうつくだろう慰めなぐさめ安之助やすのすけ言葉ことば信じしんじ学校がっこうひょうむかい休学きゅうがくからだ一時いちじ始末しまつつけある
8/10