その一着として逃亡ちて見るんである。だから逃亡ちて見てもやっぱり過去に追われて苦しいようなら、その時徐に自滅の計を廻らしても遅くはない。それでも駄目ときまればその時こそきっと自殺して見せる。――こう書くと自分はいかにも下らない人間になってしまうが、事実を露骨に云うとこれだけの事に過ぎないんだから仕方がない。またこう書けばこそ下らなくなるが、その当時のぼんやりした意気込を、ぼんやりした意気込のままに叙したなら、これでも小説の主人公になる資格は十分あるんだろうと考える。
第 1 章
それでなくっても実際その当時の、二人の少女の有様やら、日ごとに変る局面の転換やら、自分の心配やら、煩悶やら、親の意見や親類の忠告やら、何やらかやらを、そっくりそのまま書き立てたら、だいぶん面白い続きものができるんだが、そんな筆もなし時もないから、まあやめにして、せっかくの坑夫事件だけを話す事にする。
とにかくこう云う訳で自分はいよいよとなって出奔したんだから、固より生きながら葬られる覚悟でもあり、また自ら葬ってしまう了簡でもあったが、さすがに親の名前や過去の歴史はいくら棄鉢になっても長蔵さんには話したくなかった。
長蔵さんばかりじゃない、すべての人間に話したくなかった。
すべての人間は愚か、自分にさえできる事なら語りたくないほど情ない心持でひょろひょろしていた。
だから長蔵さんが人を周旋する男にも似合わず、自分の身元について一言も聞き糺さなかったのは、変と思いながらも、内々嬉しかった。
本当を云うと、当時の自分はまだ嘘をつく事をよく練習していなかったし、ごまかすと云う事は大変な悪事のように考えていたんだから、聞かれたら定めし困ったろうと思う。
そこで長蔵さんに尾いて、横町を曲って行くと、一二丁行ったか行かないうちに町並が急に疎になって、所々は田圃の片割れが細く透いて見える。
表はあんなに繁昌しても、繁昌は横幅だけであるなと気がついたら、また急に横町を曲らせられて、また賑かな所へ出された。
その突当りが停車場であった。
汽車に乗らなくっては坑夫になる手続きが済まないんだと云う事をこの時ようやく知った。
実は鉱山の出張所でもこの町にあって、まずそこへ連れて行かれて、そこからまた役人が山へでも護送してくれるんだろうと思っていた。
そこで停車場へ這入る五六間手間になってから、「長蔵さん、汽車に乗るんですか」と後から、呼び掛けながら聞いて見た。
自分がこの男を長蔵さんと云ったのはこの時が始めてである。
長蔵さんはちょっと振り返ったが、あかの他人から名前を呼ばれたのを不審がる様子もなく、すぐ、「ああ、乗るんだよ」と答えたなり、停車場に這入った。
自分は停車場の入口に立って考え出した。
あの男はいったい自分といっしょに汽車へ乗って先方まで行く気なんだろうか、それにしては余り親切過ぎる。
なんぼなんでも見ず知らずの自分にこう叮嚀な世話を焼くのはおかしい。
ことによると彼奴は詐欺師かも知れない。
自分は下らん事に今更のごとくはっと気がついて急に汽車へ乗るのが厭になって来た。
いっその事また停車場を飛び出そうかしらと思って、今までプラットフォームの方を向いていた足を、入口の見当に向け易えた。
しかしまだ歩き出すほどの決心もつかなかったと見えて、茫然として、停車場前の茶屋の赤い暖簾を眺めていると、いきなり大きな声を出して遠くから呼びとめられた。
自分はこの声を聞くと共に、その所有者は長蔵さんであって、松原以来の声であると云う事を悟った。
振り返ると、長蔵さんは遠方から顔だけ斜に出して、しきりにこちらを見て、首を竪に振っている。
何でも身体は便所の塀にかくれているらしい。
せっかく呼ぶものだからと思って、自分は長蔵さんの顔を目的に歩いて行くと、「御前さん、汽車へ乗る前にちょっと用を足したら善かろう」と云う。
自分はそれには及ばんから、一応辞退して見たが、なかなか承知しそうもないから、そこで長蔵さんと相並んで、きたない話だが、小便を垂れた。
その時自分の考えはまた変った。
自分は身体よりほかに何にも持っていない。
取られようにも瞞られようにも、名誉も財産もないんだから初手から見込の立たない代物である。
昨日の自分と今日の自分とを混同して、長蔵さんを恐ろしがったのは、免職になりながら俸給の差し押を苦にするようなものであった。
長蔵さんは教育のある男ではあるまいが、自分の風体を見て一目騙るべからずと看破するには教育も何も要ったものではない。
だからことによると、自分を坑夫に周旋して、あとから周旋料でも取るんだろうと思い出した。
それならそれで構わない。
給料のうちを幾分かやれば済む事だなどと考えながら用を足した。
――実は自分がこれだけの結論に到着するためには、わずかの時間内だがこれほどの手数と推論とを要したのである。
このくらい骨を折ってすら、まだ長蔵さんのポン引きなる事をいわゆるポン引きなる純粋の意味において会得する事が出来なかったのは、年が十九だったからである。
年の若いのは実に損なもので、こんなにポン引きの近所までどうか、こうか、漕ぎつけながら、それでも、もしや好意ずくの世話ずきから起った親切じゃあるまいかと思って、飛んだ気兼をしたのはおかしかった。
実は二人して、用を足して、のそのそ三等待合所の入口まで来た時、自分は比較的威儀を正して長蔵さんに、こんな事を云ったんである。
「あなたに、わざわざ先方まで連れて行っていただいては恐縮ですから、もうこれでたくさんです」 すると長蔵さんは返事もせずに変な顔をして、黙って自分の方を見ているから、これは礼の云いようがわるいのかとも思って、「いろいろ御世話になってありがたいです。これから先はもう僕一人でやりますから、どうか御構いなく」と云って、しきりに頭を下げた。
すると、「一人でやれるものかね」と長蔵さんが云った。
この時だけは御前さんを省いたようである。
「なにやれます」と答えたら、「どうして」と聞き返されたんで、少し面喰ったが、「今貴方に伺って置けば、先へ行って貴方の名前を云って、どうかしますから」ともじもじ述べ立てると、「御前さん、私の名前くらいで、すぐ坑夫になれると思ってるのは大間違いだよ。坑夫なんて、そんなに容易になれるもんじゃないよ」と跳つけられちまった。
仕方がないから「でも御気の毒ですから」と言訳かたがた挨拶をすると、「なに遠慮しないでもいい、先方まで送ってあげるから心配しないがいい。――袖摩り合うも何とかの因縁だ。ハハハハハ」と笑った。
そこで自分は最後に、「どうも済みません」と礼を述べて置いた。
それから二人でベンチへ隣り合せに腰を掛けていると、だんだん停車場へ人が寄ってくる。
大抵は田舎者である。
中には長蔵さんのような袢天兼どてらを着た上に、天秤棒さえ荷いだのがある。
そうかと思うと光沢のある前掛を締めて、中折帽を妙に凹ました江戸ッ子流の商人もある。
その他の何やらかやらでベンチの四方が足音と人声でざわついて来た時に、切符口の戸がかたりと開いた。
待ち兼ねた連中は急いで立ち上がって、みんな鉄網の前へ集ってくる。
この時長蔵さんの態度は落ちつき払ったものであった。
例の太刀のごとくそっくりかえった「朝日」を厚い唇の間に啣えながら、あの角張った顔を三が二ほど自分の方へ向けて、「御前さん、汽車賃を持っていなさるかい」と聞いた。
また自分の未熟なところを発表するようだが、実を云うと汽車賃の事は今が今まで自分の考えには毫も上らなかったのである。
汽車に乗るんだなと思いながら、いくら金を払うものか、また金を払う必要があるものか、とんと思い至らなかったのは愚の至である。
愚はどこまでも承認するがこの質問に出逢うまでは無賃で乗れるかのごとき心持で平気でいたのは事実である。
よく分らないけれども、何でも自分の腹の底には、長蔵さんにさえ食っついてさえおれば、どうかしてくれるんだろうと云う依頼心が妙に潜んでいたんだろう。
ただし自分じゃけっしてそう思っていなかった。
今でもそうだとは自分の事ながら申しにくい。
けれども、こう云う安心がないとすれば、いくら馬鹿だって、十九だって、停車場へ来て汽車賃の汽の字も考えずにいられるもんじゃない。
その癖こんなに依頼している長蔵さんに対して、もう御世話にならなくっても、好うございますの、これから一人で行きますのと平に同行を断ったのは、どう云う了簡だろう。
自分はこう云う場合にたびたび出逢ってから、しまいには自分で一つの理論を立てた。
――病気に潜伏期があるごとく、吾々の思想や、感情にも潜伏期がある。
この潜伏期の間には自分でその思想を有ちながら、その感情に制せられながら、ちっとも自覚しない。
またこの思想や感情が外界の因縁で意識の表面へ出て来る機会がないと、生涯その思想や感情の支配を受けながら、自分はけっしてそんな影響を蒙った覚がないと主張する。
その証拠はこの通りと、どしどし反対の行為言動をして見せる。
がその行為言動が、傍から見ると矛盾になっている。
自分でもはてなと思う事がある。
はてなと気がつかないでもとんだ苦しみを受ける場合が起ってくる。
自分が前に云った少女に苦しめられたのも、元はと云えば、やっぱりこの潜伏者を自覚し得なかったからである。
この正体の知れないものが、少しも自分の心を冒さない先に、劇薬でも注射して、ことごとく殺し尽す事が出来たなら、人間幾多の矛盾や、世上幾多の不幸は起らずに済んだろうに。
ところがそう思うように行かんのは、人にも自分にも気の毒の至りである。
それで、自分が長蔵さんから「御前さん汽車賃を持っていなさるか」と問われた時に、自分ははっと思って、少からず狼狽えた。
三十二銭のうちで饅頭の代と茶代を引くと何にもありゃしない。
汽車賃もない癖に、坑夫になろうなんて呑込顔に受合ったんだから、自分は少し図迂図迂しい人間であったんだと気がついたら、急に頬辺が熱くなった。
その時分の事を考えると自分ながら可愛らしい。
これが今だったら、たとい電車の中で借金の催促をされようとも、ただ困るだけで、けっして赤面はしない。
ましてぽん引きの長蔵さんなどに対して、神聖なる羞恥の血色を見せるなんてもったいない事は、夢にもやる気遣いはありゃしない。
自分はどう云うものか、長蔵さんに対して汽車賃はありますと答えたかった。
しかし実際がないんだから嘘を吐く訳には行かない。
嘘を吐きっ放にして済ませられるなら、思い切って、嘘を吐く事にしたろうが、とにかく今切符を買うと云う間際で、吐けばすぐ露現してしまうんだから始末がわるい。
と云って汽車賃はありませんと答えるのがいかにも苦痛である。
どうも子供だから、しかも満更の子供でなくって、少し大きくなりかけた、色気のついた、煩悶をしている、つまらん常識があるような、ないような子供だから、なおなお不都合だった。
そこで汽車賃はありますとも、ありませんとも云いにくかったもんだから、「少しあります」と答えた。
それも響の物に応ずるごとく、停滞なく出ればよかったが、何しろもったいなくも頬辺を赤くしたあとで、はなはだ恐縮の態度で出したんだから、馬鹿である。
「少しって、御前さん、いくら持ってるい」と長蔵さんが聞き返した。
長蔵さんは自分が頬辺を赤くしても、恐縮しても、まるで頓着しない。
ただいくら持ってるか聞きたい様子であった。
ところがあいにく肝心の自分にはいくらあるか判然しない。
何しろ〆て三十二銭のうち、饅頭を三皿食って、茶代を五銭やったんだから、残るところはたくさんじゃない。
あっても無くっても同じくらいなものだ。
「ほんのわずかです。とても足りそうもないです」と正直なところを云うと、「足りないところは、私が足して上げるから、構わない。何しろ有るだけ御出し」と、思ったよりは平気である。
自分はこの際一銭銅や二銭銅を勘定するのは、いかにも体裁がわるいと考えた上に、有るものを無いと隠すように取られては厭だから、懐から例の蟇口を取り出して、蟇口ごと長蔵さんに渡した。
この蟇口は鰐の皮で拵えたすこぶる上等なもので、親父から貰う時も、これは高価な品であると云う講釈をとくと聴かされた贅沢物である。
長蔵さんは蟇口を受け取って、ちょっと眺めていたが、「ふふん、安くないね」と云ったなり中味も改めずに腹掛の隠しへ入れちまった。
中味を改めないところはよかったが、「じゃ、私が切符を買って来て上げるから、ちゃんとここに待っていなくっちゃ、いけない。はぐれると、坑夫になれないんだからね」と念を押して、ベンチを離れて切符口の方へすたすた行ってしまった。
見ていると人込の中へ這入ったなり振り返りもしないで切符を買う番のくるのを待っている。
さっき松原の掛茶屋を出てから、今先方までの長蔵さんは始終自分の傍に食っついていて、たまに離れると便所からでも顔を出して呼ぶくらいであったのに、蟇口を受け取って、切符を買う時はまるで自分を忘れているように見受けられた。
あんまり人が多くって、こっちへ眼をつける暇がなかったんだろう。
これに反して自分は一生懸命に長蔵さんの後姿を見守って、札を買う順番が一人一人に廻って来るたんびに長蔵さんがだんだん切符口へ近づいて行くのを、遠くから妙な神経を起して眺めていた。
蟇口は立派だが中を開けられたら銅貨が出るばかりだ。
開けて見て、何だこれっぱかりしか持っていないのかと長蔵さんが驚くに違ない。
どうも気の毒である。
いくら足し前をするんだろうなどと入らざる事を苦に病んでいると、やがて長蔵さんは平生の顔つきで帰って来た。
「さあ、これが御前さんの分だ」と云いながら赤い切符を一枚くれたぎりいくら不足だとも何とも云わない。
きまりが悪かったから、自分もただ「ありがとう」と受取ったぎり賃銭の事は口へ出さなかった。
蟇口の事もそれなりにして置いた。
長蔵さんの方でも蟇口の事はそれっきり云わなかった。
したがって蟇口はついに長蔵さんにやった事になる。
それから、とうとう二人して汽車へ乗った。
汽車の中では別にこれと云う出来事もなかった。
ただ自分の隣りに腫物だらけの、腐爛目の、痘痕のある男が乗ったので、急に心持が悪くなって向う側へ席を移した。
どうも当時の状態を今からよく考えて見るとよっぽどおかしい。
生家を逃亡ちて、坑夫にまで、なり下る決心なんだから、大抵の事に辟易しそうもないもんだがやっぱり醜ないものの傍へは寄りつきたくなかった。
あの按排では自殺の一日前でも、腐爛目の隣を逃げ出したに違ない。
それなら万事こう几帳面に段落をつけるかと思うと、そうでないから困る。
第一長蔵さんや茶店のかみさんに逢った時なんぞは平生の自分にも似ず、※の音も出さずに心からおとなしくしていた。
議論も主張も気慨も何もあったもんじゃありゃしない。
もっともこれはだいぶ餓じい時であったから、少しは差引いて勘定を立るのが至当だが、けっして空腹のためばかりとは思えない。
どうも矛盾――また矛盾が出たから廃そう。
自分は自分の生活中もっとも色彩の多い当時の冒険を暇さえあれば考え出して見る癖がある。
考え出すたびに、昔の自分の事だから遠慮なく厳密なる解剖の刀を揮って、縦横十文字に自分の心緒を切りさいなんで見るが、その結果はいつも千遍一律で、要するに分らないとなる。
昔しだから忘れちまったんだなどと云ってはいけない。
このくらい切実な経験は自分の生涯中に二度とありゃしない。
二十以下の無分別から出た無茶だから、その筋道が入り乱れて要領を得んのだと評してはなおいけない。
経験の当時こそ入り乱れて滅多やたらに盲動するが、その盲動に立ち至るまでの経過は、落ち着いた今日の頭脳の批判を待たなければとても分らないものだ。
この鉱山行だって、昔の夢の今日だから、このくらい人に解るように書く事が出来る。
色気がなくなったから、あらいざらい書き立てる勇気があると云うばかりじゃない。
その時の自分を今の眼の前に引擦り出して、根掘り葉掘り研究する余裕がなければ、たといこれほどにだってとうてい書けるものじゃない。
俗人はその時その場合に書いた経験が一番正しいと思うが、大間違である。
刻下の事情と云うものは、転瞬の客気に駆られて、とんでもない誤謬を伝え勝ちのものである。
自分の鉱山行などもその時そのままの心持を、日記にでも書いて置いたら、定めし乳臭い、気取った、偽りの多いものが出来上ったろう。
とうてい、こうやって人の前へ御覧下さいと出された義理じゃない。
自分が腐爛目の難を避けて、向う側に席を移すと、長蔵さんは一目ちょっと自分と腐爛目を見たなりで、やはり元の所へ腰を掛けたまま動かなかった。
長蔵さんの神経が自分よりよほど剛健なのには少からず驚嘆した。
のみならず、平気な顔で腐爛目と話し出したに至って、少しく愛想が尽きた。
「また山行きかね」「ああまた一人連れて行くんだ」「あれかい」と腐爛目は自分の方を見た。
長蔵さんはこの時何か返事をしかけたんだろうがふと自分と顔を見合せたものだから、そのまま厚い唇を閉じて横を向いてしまった。
その顔について廻って、腐爛目は、「まただいぶん儲かるね」と云った。
自分はこの言葉を聞くや否やたちまち窓の外へ顔を出した。
そうして窓から唾液をした。
するとその唾液が汽車の風で自分の顔へ飛んで来た。
何だか不愉快だった。
前の腰掛で知らない男が二人弁じている。
「泥棒が這入るとするぜ」「こそこそがかい」「なに強盗がよ。それでもって、抜身か何かで威嚇した時によ」「うん、それで」「それで、主人が、泥棒だからってんで贋銭をやって帰したとするんだ」「うんそれから」「後で泥棒が贋銭と気がついて、あすこの亭主は贋銭使だ贋銭使だって方々振れて歩くんだ。常公の前だが、どっちが罪が重いと思う」「どっちたあ」「その亭主と泥棒がよ」「そうさなあ」と相手は解決に苦しんでいる。
自分は眠くなったから、窓の所へ頭を持たしてうとうとした。
寝ると急に時間が無くなっちまう。
だから時間の経過が苦痛になるものは寝るに限る。
死んでもおそらく同じ事だろう。
しかし死ぬのは、やさしいようでなかなか容易でない。
まず凡人は死ぬ代りに睡眠で間に合せて置く方が軽便である。
柔道をやる人が、時々朋友に咽喉を締めて貰う事がある。
夏の日永のだるい時などは、絶息したまま五分も道場に死んでいて、それから活を入れさせると、生れ代るような好い気分になる――ただし人の話だが。
――自分は、もしや死にっきりに死んじまやしないかと云う神経のために、ついぞこの荒療治を頼んだ事がない。
睡眠はこれほどの効験もあるまいが、その代り生き戻り損う危険も伴っていないから、心配のあるもの、煩悶の多いもの、苦痛に堪えぬもの、ことに自滅の一着として、生きながら坑夫になるものに取っては、至大なる自然の賚である。
その自然の賚が偶然にも今自分の頭の上に落ちて来た。
ありがたいと礼を云う閑もないうちに、うっとりとしちまって、生きている以上は是非共その経過を自覚しなければならない時間を、丸潰しに潰していた。
ところが眼が覚めた。
後から考えて見たら、汽車の動いてる最中に寝込んだもんだから、汽車の留ったために、眠りが調子を失ってどこかへ飛んで行ったのである。
自分は眠っていると、時間の経過だけは忘れているが、空間の運動には依然として反応を呈する能力があるようだ。
だから本当に煩悶を忘れるためにはやはり本当に死ななくっては駄目だ。
ただし煩悶がなくなった時分には、また生き返りたくなるにきまってるから、正直に理想を云うと、死んだり生きたり互違にするのが一番よろしい。
――こんな事をかくと、何だか剽軽な冗談を云ってるようだがけっしてそんな浮いた了見じゃない。
本気に真面目を話してるつもりである。
その証拠にはこの理想はただ今過去を回想して、面白半分興に乗じて、好い加減につけ加えたんじゃない。
実際汽車が留って、不意に眼が覚めた時、この通りに出て来たのである。
馬鹿気た感じだから滑稽のように思われるけれどもその時は正直にこんな馬鹿気た感じが起ったんだから仕方がない。
この感じが滑稽に近ければ近いほど、自分は当時の自分を可愛想に思うのである。
こんな常識をはずれた希望を、真面目に抱かねばならぬほど、その時の自分は情ない境遇におったんだと云う事が判然するからである。
自分がふと眼を開けると、汽車はもう留っていた。
汽車が留まったなと云う考えよりも、自分は汽車に乗っていたんだなと云う考えが第一に起った。
起ったと思うが早いか、長蔵さんがいるんだ、坑夫になるんだ、汽車賃がなかったんだ、生家を出奔したんだ、どうしたんだ、こうしたんだとまるで十二三のたんだがむらむらと塊まって、頭の底から一度に湧いて来た。
その速い事と云ったら、言語に絶すると云おうか、電光石火と評しようか、実に恐ろしいくらいだった。
ある人が、溺れかかったその刹那に、自分の過去の一生を、細大漏らさずありありと、眼の前に見た事があると云う話をその後聞いたが、自分のこの時の経験に因って考えると、これはけっして嘘じゃなかろうと思う。
要するにそのくらい早く、自分は自分の実世界における立場と境遇とを自覚したのである。
自覚すると同時に、急に厭な心持になった。
ただ厭では、とても形容が出来ないんだが、さればと云って、別に叙述しようもない心持ちだからただの厭でとめて置く。
自分と同じような心持ちを経験した人ならば、ただこれだけで、なるほどあれだなと、直勘づくだろう。
また経験した事がないならば、それこそ幸福だ、けっして知るに及ばない。
その内同じ車室に乗っていたものが二三人立ち上がる。
外からも二三人這入って来る。
どこへ陣取ろうかと云う眼つきできょろきょろするのと、忘れものはないかと云う顔つきでうろうろするのと、それから何の用もないのに姿勢を更えて窓へ首を出したり、欠伸をしたりするのと、が一度に合併して、すべて動揺の状態に世の中を崩し始めて来た、自分は自分の周囲のものが、ことごとく活動しかけるのを自覚していた。
自覚すると共に、自分は普通の人間と違って、みんなが活動する時分でさえ、他に釣り込まれて気分が動いて来ないような仲間外れだと考えた。
袖が触れ違って、膝を突き合せていながらも、魂だけはまるで縁も由緒もない、他界から迷い込んだ幽霊のような気持であった。
今までは、どうか、こうか、人並に調子を取って来たのが汽車が留まるや否や、世間は急に陽気になって上へ騰る。
自分は急に陰気になって下へ降る、とうてい交際はできないんだと思うと、背中と胸の厚さがしゅうと減って、臓腑が薄っ片な一枚の紙のように圧しつけられる。
途端に魂だけが地面の下へ抜け出しちまった。
まことに申訳のない、御恥ずかしい心持ちをふらつかせて、凹んでいた。
ところへ長蔵さんが、立って来て、「御前さん、まだ眼が覚めないかね。ここから降りるんだよ」と注意してくれた。
それでようやくなるほどと気がついて立ち上った。
魂が地の底へ抜け出して行く途中でも、手足に血が通ってるうちは、呼ぶと返って来るからおかしなものだ。
しかしこれがもう少し烈しくなると、なかなか思うように魂が身体に寄りついてくれない。
その後台湾沖で難船した時などは、ほとんど魂に愛想を尽かされて、非常な難義をした事がある。
何にでも上には上があるもんだ。
これが行き留りだの、突き当りだのと思って、安心してかかると、とんだ目に逢う。
しかしこの時はこの心持が自分に取ってもっとも新しくて、しかもはなはだ苦い経験であった。
長蔵さんのどてらの尻を嗅ぎながら改札場から表へ出ると、大きな宿の通りへ出た。
一本筋の通りだが存外広い、ばかりではない、心持の判然するほど真直である。
自分はこの広い往還の真中に立って遥か向うの宿外を見下した。
その時一種妙な心持になった。
この心持ちも自分の生涯中にあって新らしいものであるから、ついでにここに書いて置く。
自分は肺の底が抜けて魂が逃げ出しそうなところを、ようやく呼びとめて、多少人間らしい了簡になって、宿の中へ顔を出したばかりであるから、魂が吸く息につれて、やっと胎内に舞い戻っただけで、まだふわふわしている。
少しも落ちついていない。
だからこの世にいても、この汽車から降りても、この停車場から出ても、またこの宿の真中に立っても、云わば魂がいやいやながら、義理に働いてくれたようなもので、けっして本気の沙汰で、自分の仕事として引き受けた専門の職責とは心得られなかったくらい、鈍い意識の所有者であった。
そこで、ふらついている、気の遠くなっている、すべてに興味を失った、かなつぼ眼を開いて見ると、今までは汽車の箱に詰め込まれて、上下四方とも四角に仕切られていた限界が、はっと云う間に、一本筋の往還を沿うて、十丁ばかり飛んで行った。
しかもその突当りに滴るほどの山が、自分の眼を遮りながらも、邪魔にならぬ距離を有って、どろんとしたわが眸を翠の裡に吸寄せている。
――そこで何んとなく今云ったような心持になっちまったのである。
第一には大道砥のごとしと、成語にもなってるくらいで、平たい真直な道は蟠まりのない爽なものである。
もっと分り安く云うと、眼を迷つかせない。
心配せずにこっちへ御出と誘うようにでき上ってるから、少しも遠慮や気兼をする必要がない。
ばかりじゃない。
御出と云うから一本筋の後を喰ッついて行くと、どこまでも行ける。
奇体な事に眼が横町へ曲りたくない。
道が真直に続いていればいるほど、眼も真直に行かなくっては、窮屈でかつ不愉快である。
一本の大道は眼の自由行動と平行して成り上ったものと自分は堅く信じている。
それから左右の家並を見ると、――これは瓦葺も藁葺もあるんだが――瓦葺だろうが、藁葺だろうが、そんな差別はない。
遠くへ行けば行くほどしだいしだいに屋根が低くなって、何百軒とある家が、一本の針金で勾配を纏められるために向うのはずれからこっちまで突き通されてるように、行儀よく、斜に一筋を引っ張って、どこまでも進んでいる。
そうして進めば進むほど、地面に近寄ってくる。
自分の立っている左右の二階屋などは――宿屋のように覚えているが――見上げるほどの高さであるのに、宿外れの軒を透して見ると、指の股に這入ると思われるくらい低い。
その途中に暖簾が風に動いていたり、腰障子に大きな蛤がかいてあったりして、多少の変化は無論あるけれども、軒並だけを遠くまで追っ掛けて行くと、一里が半秒で眼の中に飛び込んで来る。
それほど明瞭である。
前に云った通り自分の魂は二日酔の体たらくで、どこまでもとろんとしていた。
ところへ停車場を出るや否や断りなしにこの明瞭な――盲目にさえ明瞭なこの景色にばったりぶつかったのである。
魂の方では驚かなくっちゃならない。
また実際驚いた。
驚いたには違いないが、今まであやふやに不精不精に徘徊していた惰性を一変して屹となるには、多少の時間がかかる。
自分の前に云った一種妙な心持ちと云うのは、魂が寝返りを打たないさき、景色がいかにも明瞭であるなと心づいたあと、――その際どい中間に起った心持ちである。
この景色はかように暢達して、かように明白で、今までの自分の情緒とは、まるで似つかない、景気のいいものであったが、自身の魂がおやと思って、本気にこの外界に対い出したが最後、いくら明かでも、いくら暢びりしていても、全く実世界の事実となってしまう。
実世界の事実となるといかな御光でもありがた味が薄くなる。
仕合せな事に、自分は自分の魂が、ある特殊の状態にいたため――明かな外界を明かなりと感受するほどの能力は持ちながら、これは実感であると自覚するほど作用が鋭くなかったため――この真直な道、この真直な軒を、事実に等しい明かな夢と見たのである。
この世でなければ見る事の出来ない明瞭な程度と、これに伴う爽涼した快感をもって、他界の幻影に接したと同様の心持になったのである。
自分は大きな往来の真中に立っている。
その往来はあくまでも長くって、あくまでも一本筋に通っている。
歩いて行けばその外まで行かれる。
たしかにこの宿を通り抜ける事はできる。
左右の家は触れば触る事が出来る。
二階へ上れば上る事が出来る。
できると云う事はちゃんと心得ていながらも、できると云う観念を全く遺失して、単に切実なる感能の印象だけを眸のなかに受けながら立っていた。
自分は学者でないから、こう云う心持ちは何と云うんだか分らない。
残念な事に名前を知らないのでついこう長くかいてしまった。
学問のある人から見たら、そんな事をと笑われるかも知れないが仕方がない。
その後これに似た心持は時々経験した事がある。
しかしこの時ほど強く起った事はかつてない。
だから、ひょっとすると何かの参考になりはすまいかと思って、わざわざここに書いたのである。
ただしこの心持ちは起るとたちまち消えてしまった。
見ると日はもう傾きかけている。
初夏の日永の頃だから、日差から判断して見ると、まだ四時過ぎ、おそらく五時にはなるまい。
山に近いせいか、天気は思ったほどよくないが、現に日が出ているくらいだから悪いとは云われない。
自分は斜かけに、長い一筋の町を照らす太陽を眺めた時、あれが西の方だと思った。
東京を出て北へ北へと走ったつもりだが、汽車から降りて見ると、まるで方角がわからなくなっていた。
この町を真直に町の通ってるなりに、下ると、突き当りが山で、その山は方角から推すと、やはり北であるから、自分と長蔵さんは相変らず、北の方へ行くんだと思った。
その山は距離から云うとだいぶんあるように思われた。
高さもけっして低くはない。
色は真蒼で、横から日の差す所だけが光るせいか、陰の方は蒼い底が黒ずんで見えた。
もっともこれは日の加減と云うよりも杉檜の多いためかも知れない。
ともかくも蓊欝として、奥深い様子であった。
自分は傾きかけた太陽から、眼を移してこの蒼い山を眺めた時、あの山は一本立だろうか、または続きが奥の方にあるんだろうかと考えた。
長蔵さんと並んで、だんだん山の方へ歩いて行くと、どうあっても、向うに見える山の奥のまたその奥が果しもなく続いていて、そうしてその山々はことごとく北へ北へと連なっているとしか思われなかった。
これは自分達が山の方へ歩いて行くけれど、ただ行くだけでなかなか麓へ足が届かないから、山の方で奥へ奥へと引き込んでいくような気がする結果とも云われるし。
日がだんだん傾いて陰の方は蒼い山の上皮と、蒼い空の下層とが、双方で本分を忘れて、好い加減に他の領分を犯し合ってるんで、眺める自分の眼にも、山と空の区劃が判然しないものだから、山から空へ眼が移る時、つい山を離れたと云う意識を忘却して、やはり山の続きとして空を見るからだとも云われる。
そうしてその空は大変広い。
そうして際限なく北へ延びている。
そうして自分と長蔵さんは北へ行くんである。
自分は昨夕東京を出て、千住の大橋まで来て、袷の尻を端折ったなり、松原へかかっても、茶店へ腰を掛けても、汽車へ乗っても、空脛のままで押し通して来た。
それでも暑いくらいであった。
ところがこの町へ這入ってから何だか空脛では寒い気持がする。
寒いと云うよりも淋しいんだろう。
長蔵さんと黙って足だけを動かしていると、まるで秋の中を通り抜けてるようである。
そこで自分はまた空腹になった。
たびたび空腹になった事ばかりを書くのはいかがわしい事で、かつこの際空腹になっては、どうも詩的でないが、致し方がない。
実際自分は空腹になった。
家を出てから、ただ歩くだけで、人間の食うものを食わないから、たちまち空腹になっちまう。
どんなに気分がわるくっても、煩悶があっても、魂が逃げ出しそうでも、腹だけは十分減るものである。
いや、そう云うよりも、魂を落つけるためには飯を供えなくっちゃいけないと云い換えるのが適当かも知れない。
品の悪い話だが、自分は長蔵さんと並んで往来の真中を歩きながら、左右に眼をくばって、両側の飲食店を覗き込むようにして長い町を下って行った。
ところがこの町には飲食店がだいぶんある。
旅屋とか料理屋とか云う上等なものは駄目としても、自分と長蔵さんが這入ってしかるべきやたいち流のがあすこにもここにも見える。
しかし長蔵さんは毫も支度をしそうにない。
最前の我多馬車の時のように「御前さん夕食を食うかね」とも聞いてくれない。
その癖自分と同じように、きょろきょろ両側に眼を配って何だか発見したいような気色がありありと見える。
自分は今に長蔵さんが恰好な所を見つけて、晩食をしたために自分を連れ込む事と自信して、気を永く辛抱しながら、長い町を北へ北へと下って行った。
自分は空腹を自白したが、倒れるほどひもじくは無かった。
胃の中にはまだ先刻の饅頭が多少残ってるようにも感ぜられた。
だから歩けば歩かれる。
ただ汽車を下りるや否や滅り込みそうな精神が、真直な往来の真中に抛り出されて、おやと眼を覚したら、山里の空気がひやりと、夕日の間から皮膚を冒して来たんで、心機一転の結果としてここに何か食って見たくなったんである。
したがって食わなければ食わないでも済む。
長蔵さん何か食わしてくれませんかと云うほど苦しくもなかった。
しかし何だか口が淋しいと見えて、しきりに縄暖簾や、お煮〆や、御中食所が気にかかる。
相手の長蔵さんがまた申し合せたように右左と覗き込むので、こっちはますます食意地が張ってくる。
自分はこの長い町を通りながら、自分らに適当と思う程度の一膳めし屋をついに九軒まで勘定した。
数えて九軒目に至ったら、さしもに長い宿はとうとうおしまいになり掛けて、もう一町も行けば宿外れへ出抜けそうである。
はなはだ心細かった。
時にふと右側を見ると、また酒めしと云う看板に逢着した。
すると自分の心のうちにこれが最後だなと云う感じが起った。
それがためか煤けた軒の腰障子に、肉太に認めた酒めし、御肴と云う文字がもっとも劇烈な印象をもって自分の頭に映じて来た。
その映じた文字がいまだに消えない。
酒の字でも、めしの字でも、御肴の字でもありあり見える。
この様子では、いくら耄碌してもこの五字だけは、そっくりそのまま、紙の上に書く事が出来るだろう。
自分が最後の酒、めし、御肴をしみじみ見ていると、不思議な事に長蔵さんも一生懸命に腰障子の方に眼をつけている。
自分はさすが頑強の長蔵さんも今度こそ食いに這入るに違なかろうと思った。
ところが這入らない。
その代りぴたりと留った。
見ると腰障子の奥の方では何だか赤いものが動いている。
長蔵さんの顔色を窺うと、何でもこの赤いものを見詰めているらしい。
この赤いものは無論人間である。
が長蔵さんがなぜ立ち留ってこの赤い人間を覗き込むのか、とんと自分には分らなかった。
人間には違ないが、ただ薄暗く赤いばかりで、顔つきなどは無論判然しやしない。
がと思って、自分も不審かたがた立ち留っていると、やがて障子の奥から赤毛布が飛び出した。
いくら山里でも五月の空に毛布は無用だろうと云う人があるかも知れないが、実際この男は赤毛布で身を堅めていた。
その代り下には手織の単衣一枚だけしきゃ着ていないんだから、つまり〆て見ると自分と大した相違はない事になる。
もっとも単衣一枚で凌いでると云う事は、あとからの発見で、障子の影から飛び出した時にはただ赤いばかりであった。
すると長蔵さんは、いきなり、この赤い男の側へつかつかやって行って、「お前さん、働く気はないかね」と云った。
自分が長蔵さんに捕まった時に聞かされた、第一の質問はやはり「働く気はないかね」であったから、自分はおやまた働かせる気かなと思って、少からぬ興味の念に駆られながら二人を見物していた。
その時この長蔵さんは、誰を見ても手頃な若い衆とさえ鑑定すれば、働く気はないかねと持ち掛ける男だと云う事を判然と覚った。
つまり長蔵さんは働かせる事を商売にするんで、けっして自分一人を非常な適任者と認めて、それで坑夫に推挙した訳ではなかった。
おおかたどこで、どんな人に、幾人逢おうとも、版行で押したような口調で御前さん働く気はないかねを根気よく繰返し得る男なんだろう。
考えると、よくこんな商売を厭きもせず、長の歳月やられたものだ。
長蔵さんだって、天性御前さん働く気はないかねに適した訳でもあるまい。
やっぱり何かの事情やむを得ず御前さんを復習しているんだろう。
こう思えば、まことに罪のない男である。
要するに芸がないからほかの事は出来ないんだが、ほかの事が出来ないんだと意識して煩悶する気色もなく、自分でなくっちゃ御前さんをやり得る人間は天下広しといえども二人と有るまいと云うほどの平気な顔で、やっている。
その当時自分にこれだけの長蔵観があったらだいぶ面白かったろうが、何しろ魂に逃げだされ損なっている最中だったから、なかなかそんな余裕は出て来なかった。
この長蔵観は当時の自分を他人と見做して、若い時の回想を紙の上に写すただ今、始めて序の節に浮かんだのである。
だからやッぱり紙の上だけで消えてなくなるんだろう。
しかしその時その砌りの長蔵観と比較して見るとだいぶ違ってるようだ。
―― 自分は長蔵さんと赤毛布の立談を聞きながら、自分は長蔵さんから毫も人格を認められていなかったと云う事を見出した。
――もっとも人格はこの際少しおかしい。
いやしくも東京を出奔して坑夫にまでなり下がるものが人格を云々するのは変挺な矛盾である。
それは自分も承知している。
現に今筆を執って人格と書き出したら、何となく馬鹿気ていて、思わず噴き出しそうになったくらいである。
自分の過去を顧みて噴き出しそうになる今の身分を、昔と比べて見ると実に結構の至りであるが、その時はなかなか噴き出すどころの騒ぎではなかった。
――長蔵さんは明かに自分の人格を認めていなかった。
と云うのは、彼れはこの酒、めし、御肴の裏から飛び出した若い男を捕まえて、第二世の自分であるごとく、全く同じ調子と、同じ態度と、同じ言語と、もっと立ち入って云えば、同じ熱心の程度をもって、同じく坑夫になれと勧誘している。
それを自分はなぜだか少々怪しからんように考えた。
その意味を今から説明して見ると、ざっとこんな訳なんだろう。
―― 坑夫は長蔵さんの云うごとくすこぶる結構な家業だとは、常識を質に入れた当時の自分にももっともと思いようがなかった。
まず牛から馬、馬から坑夫という位の順だから、坑夫になるのは不名誉だと心得ていた。
自慢にゃならないと覚っていた。
だから坑夫の候補者が自分ばかりと思のほか突然居酒屋の入口から赤毛布になって、あらわれようとも別段神経を悩ますほどの大事件じゃないくらいは分りきってる。
しかしこの赤毛布の取扱方が全然自分と同様であると、同様であると云う点に不平があるよりも、自分は全然赤毛布と一般な人間であると云う気になっちまう。
取扱方の同様なのを延き伸ばして行くと、つまり取り扱われるものが同様だからと云う妙な結論に到着してくる。
自分はふらふらとそこへ到着していたと見える。
長蔵さんが働かないかと談判しているのは赤毛布で、赤毛布はすなわち自分である。
何だか他人が赤毛布を着て立ってるようには思われない。
自分の魂が、自分を置き去りにして、赤毛布の中に飛び込んで、そうして長蔵さんから坑夫になれと談じつけられている。
そこで、どうも情なくなっちまった。
自分が直接に長蔵さんと応対している間は、人格も何も忘れているんだが、自分が赤毛布になって、君儲かるんだぜと説得されている体裁を、自分が傍へ立って見た日には方なしである。
自分ははたしてこんなものかと、少しく興を醒まして赤毛布を、つらつら観察していた。
ところが不思議にもこの赤毛布がまた自分と同じような返事をする。
被ってる赤毛布ばかりじゃない、心底から、この若い男は自分と同じ人間だった。
そこで自分はつくづくつまらないなと感じた。
その上もう一つつまらない事が重なったのは、長蔵さんが、にくにくしいほど公平で、自分の方が赤毛布よりも坑夫に適していると云うところを少しも見せない。
全く器械的にやっている。
先口だから、もう少しこっちを贔屓にしたら好かろうと思うくらいであった。
――これで見ると人間の虚栄心はどこまでも抜けないものだ。
窮して坑夫になるとか、ならないとか云う切歯詰った時でさえ自分はこれほどの虚栄心を有っていた。
泥棒に義理があったり、乞食に礼式があるのも全くこの格なんだろう。
――しかしこの虚栄心の方は、自分すなわち赤毛布であると云うことを自覚して、大につまらなくなったよりも、よほどつまらなさ加減が少かった。
自分が大につまらなくなって、ぼんやり立っていると、二人の談判は見る間に片づいてしまった。
これは必ずしも長蔵さんがことほどさように上手だからと云う訳ではない。
赤毛布の方がことほどさように馬鹿だったからである。
自分はこの男を一概に馬鹿と云うが、あながち、自分に比較して軽蔑する気じゃけっしてない。
自分の当時は、長蔵さんの話をはいはい聞く点において、すぐ坑夫になろうと承知する点において、その他いろいろの点において、全くこの若い男と同等すなわち馬鹿であったのである。
もし強いて違うところを詮議したら赤毛布を被ってるのと絣を着ているとの差違くらいなものだろう。
だから馬鹿と云うのは、自分と同じく気の毒な人と云う意味で、馬鹿のうちに少しぐらいは同情の意を寓したつもりである。
で、馬鹿が二人長蔵さんに尾いていっしょに銅山まで引っ張られる事になった。
しかるに自分が赤毛布と肩を並べて歩き出した時、ふと気がついて見ると、さっきのつまらない心持ちがもう消えていた。
どうも人間の了見ほど出たり引っ込んだりするものはない。
有るんだなと安心していると、すでにない。
ないから大丈夫と思ってると、いや有る。
有るようで、ないようでその正体はどこまで行っても捕まらない。
その後さる温泉場で退屈だから、宿の本を借りて読んで見たらいろいろ下らない御経の文句が並べてあったなかに、心は三世にわたって不可得なりとあった。
三世にわたるなんてえのは、大袈裟な法螺だろうが、不可得と云うのは、こんな事を云うんじゃなかろうかと思う。
もっともある人が自分の話を聞いて、いやそれは念と云うもので心じゃないと反対した事がある。
自分はいずれでも御随意だから黙っていた。
こんな議論は全く余計な事だが、なぜ云いたくなるかというと、世間には大変利口な人物でありながら、全く人間の心を解していないものがだいぶんある。
心は固形体だから、去年も今年も虫さえ食わなければ大抵同じもんだろうくらいに考えているには弱らせられる。
そうして、そう云う呑気な料簡で、人を自由に取り扱うの、教育するの、思うようにして見せるのと騒いでいるから驚いちまう。
水だって流れりゃ返って来やしない。
ぐずぐずしていりゃ蒸発しちまう。
とにかくこの際は、赤毛布と並んで歩き出した時、もう先刻のつまらない考えが蒸発していたと云う事だけを記憶して置いて貰えばいい。
――そうして吾ながら驚いたのは、どうも赤毛布と並んで歩くのが愉快になって来た。
もっともこの男は茨城か何かの田舎もので、鼻から逃げる妙な発音をする。
芋の事を芋と訓じたのはこれからさきの逸話に属するが、歩き出したてから、あんまりありがたい音声ではなかった。
その上顔が人並にできていなかった。
この男に比べると角張った顎の、厚唇の長蔵さんなどは威風堂々たるものである。
のみならず茨城の田舎を突っ走ったのみで、いまだかつて東京の地を踏んだことがない。
そうして、赤い毛布が妙に臭い。
それにもかかわらず自分はこの山里で、銅山行きの味方を得たような心持ちがして嬉しかった。
自分はどうせ捨てる身だけれども、一人で捨てるより道伴があって欲い。
一人で零落れるのは二人で零落れるのよりも淋しいもんだ。
そう明らさまに申しては失礼に当るが、自分はこの男について何一つ好いてるところはなかったけれども、ただいっしょに零落れてくれると云う点だけがありがたいのでそれがため大いに愉快を感じた。
それで歩き出すや否や、少し話もし掛けて見たくらいに、近しい仲となってしまった。
これから推して考えると、川で死ぬ時は、きっと船頭の一人や二人を引き擦り込みたくなるに相違ない。
もし死んでから地獄へでも行くような事があったなら、人のいない地獄よりも、必ず鬼のいる地獄を択ぶだろう。
そう云う訳で、たちまち赤毛布が好きになって、約一二町も歩いて来たら、また空腹を覚え出した。
よく空腹を覚えるようだが、これは前段の続きでけっして新しい空腹ではない。
順序を云うと、第一に精神が稀薄になって、もっとも刻下感に乏しい時に汽車を下りたんで、次に真直な往来を真直に突き当りの山まで見下したもんだからようやく正気づいたのは前申した通りである。
それが機縁になって、今度は食気がついて、それから人格を認められていない事を認識して、はなはだつまらなくなって、つまらなくなったと思ったら坑夫の同類が出来て、少しく頽勢を挽回したと云うしだいになる。
だに因ってまた空腹に立ち戻ったと説明したら善く呑み込めるだろう。
さて空腹にはなったが、最後の一膳飯屋はもう通り越している。
宿はすでに尽きかかった。
行く手は暗い山道である。
とうてい願は叶いそうもない。
それに赤毛布は今食ったばかりの腹だから、勇ましくどんどん歩く。
どうも、降参しちまった。
そこで思い切って、最後の手段として長蔵さんに話しかけて見た。
「長蔵さん、これからあの山を越すんですか」「あの取附の山かい。あれを越しちゃ大変だ。これから左へ切れるんさ」と云ったなりまたすたすた歩いて行く。
どうも是非に及ばない。
「まだよっぽどあるんですか、僕は少し腹が減ったんだが」と、とうとう空腹の由を自白した。
すると長蔵さんは「そうかい。芋でも食うべい」と、云いながら、すぐさま、左側の芋屋へ飛び込んだ。
よく約束したように、そこん所に芋屋があったもんだ。
これを大袈裟に云えば天佑である。
今でもこの時の上出来に行った有様を回顧すると、おかしいばかりじゃない、嬉しい。
もっとも東京の芋屋のように奇麗じゃなかった。
ほとんど名状しがたいくらいに真黒になった芋屋で、芋屋と云えば芋屋だが、芋専門じゃない。
と云って芋のほかに何を売ってるんだったか、今は忘れちまった。
食う方に気を取られ過ぎたせいかとも思う。
やがて長蔵さんは両手に芋を載せて、真黒な家から、のそりと出て来た。
入れ物がないもんだから、両手を前へ出して、「さあ、食った」と云う。
自分は眼前に芋を突きつけられながら、ただ「ありがとう」と礼を述べて、芋を眺めていた。
どの芋にしようかと考えた訳ではない。
そんな選択を許すような芋ではなかった。
赤くって、黒くって、瘠せていて、湿っぽそうで、それで所々皮が剥げて、剥げた中から緑青を吹いたような味が出ている。
どれにぶつかったって大同小異である。
そんなら一目惨澹たるこの芋の光景に辟易して、手を出さなかったかと云うと、そうでもない。
自分の胃の状況から察すると、芋中のヽヽとも云わるべきこの御薩を快よく賞翫する食欲は十分有ったように思う。
しかし「さあ、食った」と突きつけられた時は、何だかおびえたような気分で、おいきたと手を出し損なった。
これはおおかた「さあ、食った」の云い方が悪かったんだろう。
自分が芋を取らないのを見て、長蔵さんは、少々もどかしいと云う眼つきで、再び「さあ」と、例の顎で芋を指しながら、前へ出した手頸を、食えと云う相図にちょっと動かした。
よく考えて見ると、両手が芋で塞ってるんで、自分がどうかしてやらないと、長蔵さんは、いくら芋が食いたくても、口へ持って行く事ができないんであった。
じれたのももっともである。
そこで自分はようやく気がついて、二の腕で、変な曲線を描いて、右の手を芋まで持って行こうとすると、持って行く途中で、芋の方が一本ころころと往来の中へ落ちた。
これはすぐさま赤毛布が拾った。
拾ったと思ったら、「この芋は好芋だ。おれが貰おう」と云った。
それでこの男は芋を芋と発音すると云う事が分った。
自分はこの時長蔵さんから、最初に三本、あとから一本締て五本、前後二回に受取ったと記憶している。
そうしてそれを懐かしげに食いながら、いよいよ宿外れまで来るとまた一事件起った。
宿の外れには橋がある。
橋の下は谷川で、青い水が流れている。
自分はもう町が尽きるんだなとは思いながら、つい芋に心を奪われて、橋の上へ乗っかかるまでは川があるとも気がつかなかった。
ところが急に水の音がするんで、おやと思うと橋へ出ている。
川がある。
水が流れている。
――何だか馬鹿気た話だが、事実にもっとも近い叙述をやろうとすると、まあ、こう書くのが一番適切だろう、こう書いて置く。
けっして小説家の弄ぶような法螺七分の形容ではない。
これが形容でないとするとその時の自分がいかに芋を旨がったのかがおのずから分明になる。
さて水音に驚いて、欄干から下を見ると、音のするのはもっともで、川の中に大きな石がだいぶんある。
そうしてその形状がいかにも不作法にでき上って、あたかも水の通り道の邪魔になるように寝たり、突っ立ったりしている。
それへ水がやけにぶつかる。
しかもその水には勾配がついている。
山から落ちた勢いをなし崩しに持ち越して、追っ懸けられるように跳って来る。
だから川と云うようなものの、実は幅の広い瀑を月賦に引き延ばしたくらいなものである。
したがって水の少ない割には大変烈しい。
鼻っ端の強い江戸ッ子のようにむやみやたらに突っかかって来る。
そうして白い泡を噴いたり、青い飴のようになったり、曲ったり、くねったりして下へ流れて行く。
どうも非常にやかましい。
時に日はだんだん暮れてくる。
仰向いて見たが、日向はどこにも見えない。
ただ日の落ちた方角がぽうっと明るくなって、その明かるい空を背負ってる山だけが目立って蒼黒くなって来た。
時は五月だけれども寒いもんだ。
この水音だけでも夏とは思われない。
まして入日を背中から浴びて、正面は陰になった山の色と来たら、――ありゃ全体何と云う色だろう。
ただ形容するだけなら紫でも黒でも蒼でも構わないんだが、あの色の気持を書こうとすると駄目だ。
何でもあの山が、今に動き出して、自分の頭の上へ来て、どっと圧っ被さるんじゃあるまいかと感じた。
それで寒いんだろう。
実際今から一時間か二時間のうちには、自分の左右前後四方八方ことごとく、あの山のような気味のわるい色になって、自分も長蔵さんも茨城県も、全く世界一色の内に裹まれてしまうに違ないと云う事を、それとはなく意識して、一二時間後に起る全体の色を、一二時間前に、入日の方の局部の色として認めたから、局部から全体を唆かされて、今にあの山の色が広がるんだなと、どっかで虫が知らせたために、山の方が動き出して頭の上へ圧っ被さるんじゃあるまいかと云う気を起したんだなと――自分は今机の前で解剖して見た。
閑があるととかく余計な事がしたくなって困る。
その時はただ寒いばかりであった。
傍にいる茨城県の毛布が羨ましくなって来たくらいであった。
すると橋の向うから――向たって突き当りが山で、左右が林だから、人家なんぞは一軒もありゃしない。
――実際自分はこう突然人家が尽きてしまおうとは、自分が自分の足で橋板を踏むまでも思いも寄らなかったのである。
――その淋しい山の方から、小僧が一人やって来た。
年は十三四くらいで、冷飯草履を穿いている。
顔は始めのうちはよく分らなかったが、何しろ薄暗い林の中を、少し明るく通り抜けてる石ころ路を、たった一人してこっちへひょこひょこ歩いて来る。
どこから、どうして現れたんだか分らない。
木下闇の一本路が一二丁先で、ぐるりと廻り込んで、先が見えないから、不意に姿を出したり、隠したりするような仕掛にできてるのかも知れないが、何しろ時が時、場所が場所だから、ちょっと驚いた。
自分は四本目の芋を口へ宛がったなり、顎を動かす事を忘れて、この小僧をしばらくの間眺めていた。
もっともしばらくと云ったって、わずか二十秒くらいなものである。
芋はそれからすぐに食い始めたに違いない。
小僧の方では、自分らを見て、驚いたか驚かないか、その辺はしかと確められないが、何しろ遠慮なく近づいて来た。
五六間のこっちから見ると頭の丸い、顔の丸い、鼻の丸い、いずれも丸く出来上った小僧である。
品質から云うと赤毛布よりもずっと上製である。
自分らが三人並んで橋向うの小路を塞いでいるのを、とんと苦にならない様子で通り抜けようとする。
すこぶる平気な態度であった。
すると長蔵さんが、また、「おい、小僧さん」と呼び留めた。
小僧は臆した気色もなく「なんだ」と答えた。
ぴたりと踏み留った。
その度胸には自分も少々驚いた。
さすがこの日暮に山から一人で降りて来るがものはある。
自分などがこの小僧の年輩の頃は夜青山の墓地を抜けるのがいささか苦になったものだ。
なかなかえらいと感心していると、長蔵さんは、「芋を食わないかね」と云いながら、食い残しを、気前よく、二本、小僧の鼻の前に出した。
すると小僧はたちまち二本とも引ったくるように受け取って、ありがとうとも何とも云わず、すぐ