坑夫

1/8

その一着として逃亡ちて見るんである。だから逃亡ちて見てもやっぱり過去に追われて苦しいようなら、その時徐に自滅の計を廻らしても遅くはない。それでも駄目ときまればその時こそきっと自殺して見せる。――こう書くと自分はいかにも下らない人間になってしまうが、事実を露骨に云うとこれだけの事に過ぎないんだから仕方がない。またこう書けばこそ下らなくなるが、その当時のぼんやりした意気込を、ぼんやりした意気込のままに叙したなら、これでも小説の主人公になる資格は十分あるんだろうと考える。

第 1 章
それでなくっても実際じっさいその当時とうじの、二人ふたりの少女しょうじょの有様ありさまやら、日ごとひごとに変るかわる局面きょくめんの転換てんかんやら、自分じぶんの心配しんぱいやら、煩悶はんもんやら、親おやの意見いけんや親類しんるいの忠告ちゅうこくやら、何なんやらかやらを、そっくりそのまま書き立てかきたてたら、だいぶん面白いおもしろい続きものつづきものができるんだが、そんな筆ふでもなし時じもないから、まあやめにして、せっかくの坑夫こうふ事件じけんだけを話すはなす事ことにする。
とにかくこう云ういう訳わけで自分じぶんはいよいよとなって出奔しゅっぽんしたんだから、固よりもとより生きいきながら葬らほうむられる覚悟かくごでもあり、また自らみずから葬っそうってしまう了簡りょうけんでもあったが、さすがに親おやの名前なまえや過去かこの歴史れきしはいくら棄鉢になっても長蔵ちょうぞうさんには話しはなしたくなかった。
長蔵ちょうぞうさんばかりじゃない、すべての人間にんげんに話しはなしたくなかった。
すべての人間にんげんは愚かおろか、自分じぶんにさえできる事ことなら語りかたりたくないほど情ないなさけない心持こころもちでひょろひょろしていた。
だから長蔵ちょうぞうさんが人ひとを周旋しゅうせんする男おとこにも似合わにあわず、自分じぶんの身元みもとについて一言ひとことも聞き糺さききたださなかったのは、変へんと思いおもいながらも、内々ないない嬉しかっうれしかった。
本当ほんとうを云ういうと、当時とうじの自分じぶんはまだ嘘うそをつく事ことをよく練習れんしゅうしていなかったし、ごまかすと云ういう事ことは大変たいへんな悪事あくじのように考えかんがえていたんだから、聞かきかれたら定めしさだめし困っこまったろうと思うおもう。
そこで長蔵ちょうぞうさんに尾おいて、横町よこちょうを曲っきょくって行くいくと、一二いちに丁てい行っいったか行かいかないうちに町並まちなみが急きゅうに疎まばらになって、所々ところどころは田圃たんぼの片割れかたわれが細くほそく透いすいて見えるみえる。
表ひょうはあんなに繁昌はんじょうしても、繁昌はんじょうは横幅よこはばだけであるなと気きがついたら、また急きゅうに横町よこちょうを曲らきょくらせられて、また賑かにぎやかな所ところへ出さだされた。
その突当りつきあたりが停車場ていしゃじょうであった。
汽車きしゃに乗らのらなくっては坑夫こうふになる手続きてつづきが済ますまないんだと云ういう事ことをこの時じようやく知っしった。
実じつは鉱山こうざんの出張所しゅっちょうしょでもこの町まちにあって、まずそこへ連れつれて行かいかれて、そこからまた役人やくにんが山やまへでも護送ごそうしてくれるんだろうと思っおもっていた。
そこで停車場ていしゃじょうへ這入るはいる五六ごろく間ま手間てまになってから、「長蔵ちょうぞうさん、汽車きしゃに乗るのるんですか」と後あとから、呼び掛けよびかけながら聞いきいて見みた。
自分じぶんがこの男おとこを長蔵ちょうぞうさんと云っいったのはこの時じが始めはじめてである。
長蔵ちょうぞうさんはちょっと振り返っふりかえったが、あかの他人たにんから名前なまえを呼ばよばれたのを不審ふしんがる様子ようすもなく、すぐ、「ああ、乗るのるんだよ」と答えこたえたなり、停車場ていしゃじょうに這入っはいった。
自分じぶんは停車場ていしゃじょうの入口いりぐちに立ったって考え出しかんがえだした。
あの男おとこはいったい自分じぶんといっしょに汽車きしゃへ乗っのって先方せんぽうまで行くいく気きなんだろうか、それにしては余りあまり親切しんせつ過ぎるすぎる。
なんぼなんでも見みず知らしらずの自分じぶんにこう叮嚀ていねいな世話せわを焼くやくのはおかしい。
ことによると彼奴きゃつは詐欺師さぎしかも知れしれない。
自分じぶんは下らしたらん事ことに今更いまさらのごとくはっと気きがついて急きゅうに汽車きしゃへ乗るのるのが厭いやになって来きた。
いっその事ことまた停車場ていしゃじょうを飛び出そうとびだそうかしらと思っおもって、今までいままでプラットフォームぷらっとふぉーむの方ほうを向いむかいていた足あしを、入口いりぐちの見当けんとうに向けむけ易えかえた。
しかしまだ歩きあるき出すだすほどの決心けっしんもつかなかったと見えみえて、茫然ぼうぜんとして、停車場ていしゃじょう前まえの茶屋ちゃやの赤いあかい暖簾のれんを眺めながめていると、いきなり大きなおおきな声こえを出しだして遠くとおくから呼びとめよびとめられた。
自分じぶんはこの声こえを聞くきくと共ともに、その所有者しょゆうしゃは長蔵ちょうぞうさんであって、松原まつばら以来いらいの声こえであると云ういう事ことを悟っさとった。
振り返るふりかえると、長蔵ちょうぞうさんは遠方えんぽうから顔かおだけ斜しゃに出しだして、しきりにこちらを見みて、首くびを竪たてに振っふっている。
何なんでも身体しんたいは便所べんじょの塀へいにかくれているらしい。
せっかく呼ぶよぶものだからと思っおもって、自分じぶんは長蔵ちょうぞうさんの顔かおを目的もくてきに歩いあるいて行くいくと、「御前ごぜんさん、汽車きしゃへ乗るのる前まえにちょっと用ようを足したしたら善かろうよかろう」と云ういう。
自分じぶんはそれには及ばおよばんから、一応いちおう辞退じたいして見みたが、なかなか承知しょうちしそうもないから、そこで長蔵ちょうぞうさんと相そう並んならんで、きたない話はなしだが、小便しょうべんを垂れたれた。
その時じ自分じぶんの考えかんがえはまた変っかわった。
自分じぶんは身体しんたいよりほかに何になんにも持っもっていない。
取らとられようにも瞞まんられようにも、名誉めいよも財産ざいさんもないんだから初手しょてから見込みこみの立たたたない代物しろものである。
昨日きのうの自分じぶんと今日きょうの自分じぶんとを混同こんどうして、長蔵ちょうぞうさんを恐ろしおそろしがったのは、免職めんしょくになりながら俸給ほうきゅうの差しさし押おうを苦くにするようなものであった。
長蔵ちょうぞうさんは教育きょういくのある男おとこではあるまいが、自分じぶんの風体ふうたいを見みて一目いちもく騙るかたるべからずと看破かんぱするには教育きょういくも何なんも要っいったものではない。
だからことによると、自分じぶんを坑夫こうふに周旋しゅうせんして、あとから周旋料しゅうせんりょうでも取るとるんだろうと思い出しおもいだした。
それならそれで構わかまわない。
給料きゅうりょうのうちを幾分いくぶんかやれば済むすむ事ことだなどと考えかんがえながら用ようを足したした。
――実じつは自分じぶんがこれだけの結論けつろんに到着とうちゃくするためには、わずかの時間じかん内うちだがこれほどの手数てすうと推論すいろんとを要しようしたのである。
このくらい骨ほねを折っおってすら、まだ長蔵ちょうぞうさんのポン引きぽんひきなる事ことをいわゆるポン引きぽんひきなる純粋じゅんすいの意味いみにおいて会得えとくする事ことが出来できなかったのは、年ねんが十九じゅうきゅうだったからである。
年ねんの若いわかいのは実じつに損そんなもので、こんなにポン引きぽんひきの近所きんじょまでどうか、こうか、漕ぎつけこぎつけながら、それでも、もしや好意こういずくの世話せわずきから起っおこった親切しんせつじゃあるまいかと思っおもって、飛んとんだ気兼きがねをしたのはおかしかった。
実じつは二人ふたりして、用ようを足したして、のそのそ三さん等とう待合所まちあいしょの入口いりぐちまで来きた時じ、自分じぶんは比較的ひかくてき威儀いぎを正しただして長蔵ちょうぞうさんに、こんな事ことを云っいったんである。
「あなたに、わざわざ先方せんぽうまで連れつれて行っいっていただいては恐縮きょうしゅくですから、もうこれでたくさんです」 すると長蔵ちょうぞうさんは返事へんじもせずに変へんな顔かおをして、黙っだまって自分じぶんの方ほうを見みているから、これは礼れいの云いいいようがわるいのかとも思っおもって、「いろいろ御世話ごせわになってありがたいです。これから先さきはもう僕ぼく一人ひとりでやりますから、どうか御構いおかまいなく」と云っいって、しきりに頭あたまを下げさげた。
すると、「一人ひとりでやれるものかね」と長蔵ちょうぞうさんが云っいった。
この時じだけは御前ごぜんさんを省いはぶいたようである。
「なにやれます」と答えこたえたら、「どうして」と聞き返さききかえされたんで、少しすこし面めん喰っくったが、「今いま貴方あなたに伺っうかがって置けおけば、先さきへ行っいって貴方あなたの名前なまえを云っいって、どうかしますから」ともじもじ述べ立てるのべたてると、「御前ごぜんさん、私わたくしの名前なまえくらいで、すぐ坑夫こうふになれると思っおもってるのは大おお間違いまちがいだよ。坑夫こうふなんて、そんなに容易よういになれるもんじゃないよ」と跳とべつけられちまった。
仕方しかたがないから「でも御ご気の毒きのどくですから」と言訳いいわけかたがた挨拶あいさつをすると、「なに遠慮えんりょしないでもいい、先方せんぽうまで送っおくってあげるから心配しんぱいしないがいい。――袖そで摩りすり合うあうも何なんとかの因縁いんねんだ。ハハハハハははははは」と笑っわらった。
そこで自分じぶんは最後さいごに、「どうも済みすみません」と礼れいを述べのべて置いおいた。
それから二人ふたりでベンチべんちへ隣り合せとなりあわせに腰こしを掛けかけていると、だんだん停車場ていしゃじょうへ人ひとが寄っよってくる。
大抵たいていは田舎者いなかものである。
中なかには長蔵ちょうぞうさんのような袢天兼けんどてらを着きた上うえに、天秤棒てんびんぼうさえ荷いにないだのがある。
そうかと思うおもうと光沢こうたくのある前掛まえかけを締めしめて、中折なかおれ帽ぼうを妙みょうに凹ましへこました江戸えどッ子っこ流りゅうの商人しょうにんもある。
その他ほかの何なんやらかやらでベンチべんちの四方しほうが足音あしおとと人声ひとごえでざわついて来きた時じに、切符きっぷ口くちの戸とがかたりと開いひらいた。
待ちまち兼ねけんねた連中れんちゅうは急いいそいで立ち上がったちあがって、みんな鉄網てつもうの前まえへ集っつどってくる。
この時じ長蔵ちょうぞうさんの態度たいどは落ちつきおちつき払っはらったものであった。
例れいの太刀たちのごとくそっくりかえった「朝日あさひ」を厚いあつい唇くちびるの間まに啣えながら、あの角張っかくばった顔かおを三さんが二にほど自分じぶんの方ほうへ向けむけて、「御前ごぜんさん、汽車きしゃ賃ちんを持っもっていなさるかい」と聞いきいた。
また自分じぶんの未熟みじゅくなところを発表はっぴょうするようだが、実じつを云ういうと汽車きしゃ賃ちんの事ことは今いまが今までいままで自分じぶんの考えかんがえには毫もごうも上らのぼらなかったのである。
汽車きしゃに乗るのるんだなと思いおもいながら、いくら金きんを払うはらうものか、また金きんを払うはらう必要ひつようがあるものか、とんと思い至らおもいいたらなかったのは愚ぐの至いたりである。
愚ぐはどこまでも承認しょうにんするがこの質問しつもんに出逢うであうまでは無賃むちんで乗れるのれるかのごとき心持こころもちで平気へいきでいたのは事実じじつである。
よく分らわからないけれども、何なんでも自分じぶんの腹はらの底そこには、長蔵ちょうぞうさんにさえ食っしょくっついてさえおれば、どうかしてくれるんだろうと云ういう依頼心いらいしんが妙みょうに潜んひそんでいたんだろう。
ただし自分じぶんじゃけっしてそう思っおもっていなかった。
今いまでもそうだとは自分じぶんの事ことながら申しもうしにくい。
けれども、こう云ういう安心あんしんがないとすれば、いくら馬鹿ばかだって、十九じゅうきゅうだって、停車場ていしゃじょうへ来きて汽車きしゃ賃ちんの汽きの字じも考えかんがえずにいられるもんじゃない。
その癖くせこんなに依頼いらいしている長蔵ちょうぞうさんに対したいして、もう御世話ごせわにならなくっても、好うようございますの、これから一人ひとりで行きいきますのと平たいらに同行どうこうを断っことわったのは、どう云ういう了簡りょうけんだろう。
自分じぶんはこう云ういう場合ばあいにたびたび出逢っであってから、しまいには自分じぶんで一いちつの理論りろんを立てたてた。
――病気びょうきに潜伏期せんぷくきがあるごとく、吾々われわれの思想しそうや、感情かんじょうにも潜伏期せんぷくきがある。
この潜伏期せんぷくきの間まには自分じぶんでその思想しそうを有ゆうちながら、その感情かんじょうに制せせいせられながら、ちっとも自覚じかくしない。
またこの思想しそうや感情かんじょうが外界がいかいの因縁いんねんで意識いしきの表面ひょうめんへ出でて来るくる機会きかいがないと、生涯しょうがいその思想しそうや感情かんじょうの支配しはいを受けうけながら、自分じぶんはけっしてそんな影響えいきょうを蒙っこうむった覚さとしがないと主張しゅちょうする。
その証拠しょうこはこの通りとおりと、どしどし反対はんたいの行為こうい言動げんどうをして見せるみせる。
がその行為こうい言動げんどうが、傍そばから見るみると矛盾むじゅんになっている。
自分じぶんでもはてなと思うおもう事ことがある。
はてなと気きがつかないでもとんだ苦しみくるしみを受けるうける場合ばあいが起っおこってくる。
自分じぶんが前まえに云っいった少女しょうじょに苦しめくるしめられたのも、元もとはと云えいえば、やっぱりこの潜伏せんぷく者ものを自覚じかくし得とくなかったからである。
この正体しょうたいの知れしれないものが、少しすこしも自分じぶんの心こころを冒さおかさない先さきに、劇薬げきやくでも注射ちゅうしゃして、ことごとく殺しころし尽すつくす事ことが出来できたなら、人間にんげん幾多いくたの矛盾むじゅんや、世上せじょう幾多いくたの不幸ふこうは起らおこらずに済んすんだろうに。
ところがそう思うおもうように行かいかんのは、人ひとにも自分じぶんにも気の毒きのどくの至りいたりである。
それで、自分じぶんが長蔵ちょうぞうさんから「御前ごぜんさん汽車きしゃ賃ちんを持っもっていなさるか」と問わとわれた時じに、自分じぶんははっと思っおもって、少すくなからず狼狽えうろたえた。
三十二さんじゅうに銭せんのうちで饅頭まんじゅうの代だいと茶代ちゃだいを引くひくと何になんにもありゃしない。
汽車きしゃ賃ちんもない癖くせに、坑夫こうふになろうなんて呑どん込こみ顔かおに受合っうけあったんだから、自分じぶんは少しすこし図ず迂図迂しい人間にんげんであったんだと気きがついたら、急きゅうに頬辺ほおべたが熱くあつくなった。
その時分じぶんの事ことを考えるかんがえると自分じぶんながら可愛らしいかわいらしい。
これが今いまだったら、たとい電車でんしゃの中なかで借金しゃっきんの催促さいそくをされようとも、ただ困るこまるだけで、けっして赤面せきめんはしない。
ましてぽん引きぽんひきの長蔵ちょうぞうさんなどに対したいして、神聖しんせいなる羞恥しゅうちの血色けっしょくを見せるみせるなんてもったいない事ことは、夢ゆめにもやる気遣いきづかいはありゃしない。
自分じぶんはどう云ういうものか、長蔵ちょうぞうさんに対したいして汽車きしゃ賃ちんはありますと答えこたえたかった。
しかし実際じっさいがないんだから嘘うそを吐くはく訳わけには行かいかない。
嘘うそを吐ときっ放ほうにして済ますませられるなら、思い切っおもいきって、嘘うそを吐くはく事ことにしたろうが、とにかく今切いまぎれ符ふを買うかうと云ういう間際まぎわで、吐けはけばすぐ露ろ現しあらわしてしまうんだから始末しまつがわるい。
と云っいって汽車きしゃ賃ちんはありませんと答えるこたえるのがいかにも苦痛くつうである。
どうも子供こどもだから、しかも満更まんざらの子供こどもでなくって、少しすこし大きくおおきくなりかけた、色気いろけのついた、煩悶はんもんをしている、つまらん常識じょうしきがあるような、ないような子供こどもだから、なおなお不都合ふつごうだった。
そこで汽車きしゃ賃ちんはありますとも、ありませんとも云いいいにくかったもんだから、「少しすこしあります」と答えこたえた。
それも響ひびきの物ものに応ずるおうずるごとく、停滞ていたいなく出れでればよかったが、何しろなにしろもったいなくも頬辺ほおべたを赤くあかくしたあとで、はなはだ恐縮きょうしゅくの態度たいどで出しだしたんだから、馬鹿ばかである。
「少しすこしって、御前ごぜんさん、いくら持っもってるい」と長蔵ちょうぞうさんが聞き返しききかえした。
長蔵ちょうぞうさんは自分じぶんが頬辺ほおべたを赤くあかくしても、恐縮きょうしゅくしても、まるで頓着とんちゃくしない。
ただいくら持っもってるか聞きききたい様子ようすであった。
ところがあいにく肝心かんじんの自分じぶんにはいくらあるか判然はんぜんしない。
何しろなにしろ〆て三十二さんじゅうに銭せんのうち、饅頭まんじゅうを三さん皿さら食っしょくって、茶代ちゃだいを五ご銭せんやったんだから、残るのこるところはたくさんじゃない。
あっても無くっなくっても同じおなじくらいなものだ。
「ほんのわずかです。とても足りたりそうもないです」と正直しょうじきなところを云ういうと、「足りたりないところは、私わたくしが足したして上げるあげるから、構わかまわない。何しろなにしろ有るあるだけ御ご出しだし」と、思っおもったよりは平気へいきである。
自分じぶんはこの際さい一いち銭せん銅どうや二に銭せん銅どうを勘定かんじょうするのは、いかにも体裁ていさいがわるいと考えかんがえた上うえに、有るあるものを無いないと隠すかくすように取らとられては厭いやだから、懐ふところから例れいの蟇口がまぐちを取り出しとりだして、蟇口がまぐちごと長蔵ちょうぞうさんに渡しわたした。
この蟇口がまぐちは鰐わにの皮かわで拵えこしらえたすこぶる上等じょうとうなもので、親父おやじから貰うもらう時じも、これは高価こうかな品しなであると云ういう講釈こうしゃくをとくと聴かさきかされた贅沢ぜいたく物ものである。
長蔵ちょうぞうさんは蟇口がまぐちを受け取っうけとって、ちょっと眺めながめていたが、「ふふん、安くやすくないね」と云っいったなり中味なかみも改めあらためずに腹掛はらがけの隠しかくしへ入れいれちまった。
中味なかみを改めあらためないところはよかったが、「じゃ、私わたくしが切符きっぷを買っかって来きて上げるあげるから、ちゃんとここに待っまっていなくっちゃ、いけない。はぐれると、坑夫こうふになれないんだからね」と念ねんを押しおして、ベンチべんちを離れはなれて切符きっぷ口くちの方ほうへすたすた行っいってしまった。
見みていると人ひと込こみの中なかへ這入っはいったなり振り返りふりかえりもしないで切符きっぷを買うかう番ばんのくるのを待っまっている。
さっき松原まつばらの掛茶屋かけちゃやを出でてから、今いま先方せんぽうまでの長蔵ちょうぞうさんは始終しじゅう自分じぶんの傍そばに食っしょくっついていて、たまに離れるはなれると便所べんじょからでも顔かおを出しだして呼ぶよぶくらいであったのに、蟇口がまぐちを受け取っうけとって、切符きっぷを買うかう時じはまるで自分じぶんを忘れわすれているように見受けみうけられた。
あんまり人ひとが多くおおくって、こっちへ眼めをつける暇ひまがなかったんだろう。
これに反しはんして自分じぶんは一生懸命いっしょうけんめいに長蔵ちょうぞうさんの後姿うしろすがたを見守っみまもって、札さつを買うかう順番じゅんばんが一人一人ひとりひとりに廻っまわって来るくるたんびに長蔵ちょうぞうさんがだんだん切符きっぷ口くちへ近づいちかづいて行くいくのを、遠くとおくから妙みょうな神経しんけいを起しおこして眺めながめていた。
蟇口がまぐちは立派りっぱだが中なかを開けあけられたら銅貨どうかが出るでるばかりだ。
開けあけて見みて、何なんだこれっぱかりしか持っもっていないのかと長蔵ちょうぞうさんが驚くおどろくに違いない。
どうも気の毒きのどくである。
いくら足し前たしまえをするんだろうなどと入らはいらざる事ことを苦くに病んやんでいると、やがて長蔵ちょうぞうさんは平生へいぜいの顔つきかおつきで帰っかえって来きた。
「さあ、これが御前ごぜんさんの分ぶんだ」と云いいいながら赤いあかい切符きっぷを一いち枚ばいくれたぎりいくら不足ふそくだとも何なんとも云わいわない。
きまりが悪かっわるかったから、自分じぶんもただ「ありがとう」と受取っうけとったぎり賃銭ちんせんの事ことは口くちへ出さださなかった。
蟇口がまぐちの事こともそれなりにして置いおいた。
長蔵ちょうぞうさんの方ほうでも蟇口がまぐちの事ことはそれっきり云わいわなかった。
したがって蟇口がまぐちはついに長蔵ちょうぞうさんにやった事ことになる。
それから、とうとう二人ふたりして汽車きしゃへ乗っのった。
汽車きしゃの中なかでは別べつにこれと云ういう出来事できごともなかった。
ただ自分じぶんの隣りとなりに腫物しゅもつだらけの、腐爛ふらん目めの、痘痕あばたのある男おとこが乗っのったので、急きゅうに心持こころもちが悪くわるくなって向う側むこうがわへ席せきを移しうつした。
どうも当時とうじの状態じょうたいを今いまからよく考えかんがえて見るみるとよっぽどおかしい。
生家せいかを逃亡とうぼうちて、坑夫こうふにまで、なり下るなりさがる決心けっしんなんだから、大抵たいていの事ことに辟易へきえきしそうもないもんだがやっぱり醜しゅうないものの傍そばへは寄りつきよりつきたくなかった。
あの按排あんばいでは自殺じさつの一いち日ひ前まえでも、腐爛ふらん目めの隣となりを逃げ出しにげだしたに違いない。
それなら万事ばんじこう几帳面きちょうめんに段落だんらくをつけるかと思うおもうと、そうでないから困るこまる。
第一だいいち長蔵ちょうぞうさんや茶店ちゃみせのかみさんに逢っあった時じなんぞは平生へいぜいの自分じぶんにも似にず、※の音おとも出さださずに心こころからおとなしくしていた。
議論ぎろんも主張しゅちょうも気き慨がいも何なんもあったもんじゃありゃしない。
もっともこれはだいぶ餓じい時じであったから、少しすこしは差引いさしひいて勘定かんじょうを立るたてるのが至当しとうだが、けっして空腹くうふくのためばかりとは思えおもえない。
どうも矛盾むじゅん――また矛盾むじゅんが出でたから廃そうはいそう。
自分じぶんは自分じぶんの生活せいかつ中なかもっとも色彩しきさいの多いおおい当時とうじの冒険ぼうけんを暇ひまさえあれば考え出しかんがえだして見るみる癖くせがある。
考え出すかんがえだすたびに、昔むかしの自分じぶんの事ことだから遠慮えんりょなく厳密げんみつなる解剖かいぼうの刀かたなを揮っふるって、縦横じゅうおう十じゅう文字もじに自分じぶんの心緒しんしょを切りさいなんきりさいなんで見るみるが、その結果けっかはいつも千せん遍へん一律いちりつで、要するようするに分らわからないとなる。
昔むかししだから忘れわすれちまったんだなどと云っいってはいけない。
このくらい切実せつじつな経験けいけんは自分じぶんの生涯しょうがい中なかに二に度どとありゃしない。
二十にじゅう以下いかの無分別むぶんべつから出でた無茶むちゃだから、その筋道すじみちが入り乱れいりみだれて要領ようりょうを得んえんのだと評しひょうしてはなおいけない。
経験けいけんの当時とうじこそ入り乱れいりみだれて滅多めったやたらに盲動もうどうするが、その盲動もうどうに立ち至るたちいたるまでの経過けいかは、落ち着いおちついた今日きょうの頭脳ずのうの批判ひはんを待たまたなければとても分らわからないものだ。
この鉱山こうざん行こうだって、昔むかしの夢ゆめの今日きょうだから、このくらい人ひとに解るわかるように書くかく事ことが出来るできる。
色気いろけがなくなったから、あらいざらい書き立てるかきたてる勇気ゆうきがあると云ういうばかりじゃない。
その時じの自分じぶんを今いまの眼めの前まえに引いん擦り出しすりだして、根掘りねほり葉掘りはほり研究けんきゅうする余裕よゆうがなければ、たといこれほどにだってとうてい書けるかけるものじゃない。
俗人ぞくじんはその時じその場合ばあいに書いかいた経験けいけんが一番いちばん正しいただしいと思うおもうが、大間おおま違いである。
刻下こっかの事情じじょうと云ういうものは、転瞬てんしゅんの客気かっきに駆らかられて、とんでもない誤謬ごびゅうを伝えつたえ勝ちかちのものである。
自分じぶんの鉱山こうざん行こうなどもその時じそのままの心持こころもちを、日記にっきにでも書いかいて置いおいたら、定めしさだめし乳臭いちちくさい、気取っきどった、偽りいつわりの多いおおいものが出来上っできあがったろう。
とうてい、こうやって人ひとの前まえへ御覧ごらん下さいくださいと出さだされた義理ぎりじゃない。
自分じぶんが腐爛ふらん目めの難なんを避けさけて、向う側むこうがわに席せきを移すうつすと、長蔵ちょうぞうさんは一目いちもくちょっと自分じぶんと腐爛ふらん目めを見みたなりで、やはり元もとの所ところへ腰こしを掛けかけたまま動かうごかなかった。
長蔵ちょうぞうさんの神経しんけいが自分じぶんよりよほど剛健ごうけんなのには少すくなからず驚嘆きょうたんした。
のみならず、平気へいきな顔かおで腐爛ふらん目めと話しはなし出しだしたに至っいたって、少しくすこしく愛想あいそが尽きつきた。
「また山行きやまいきかね」「ああまた一人ひとり連れつれて行くいくんだ」「あれかい」と腐爛ふらん目めは自分じぶんの方ほうを見みた。
長蔵ちょうぞうさんはこの時じ何なんか返事へんじをしかけたんだろうがふと自分じぶんと顔かおを見合せみあわせたものだから、そのまま厚いあつい唇くちびるを閉じとじて横よこを向いむかいてしまった。
その顔かおについて廻っまわって、腐爛ふらん目めは、「まただいぶん儲かるもうかるね」と云っいった。
自分じぶんはこの言葉ことばを聞くきくや否いなやたちまち窓まどの外そとへ顔かおを出しだした。
そうして窓まどから唾液だえきをした。
するとその唾液だえきが汽車きしゃの風かぜで自分じぶんの顔かおへ飛んとんで来きた。
何なんだか不愉快ふゆかいだった。
前まえの腰掛こしかけで知らしらない男おとこが二人ふたり弁じべんじている。
「泥棒どろぼうが這入るはいるとするぜ」「こそこそがかい」「なに強盗ごうとうがよ。それでもって、抜身ぬきみか何なんかで威嚇いかくした時じによ」「うん、それで」「それで、主人しゅじんが、泥棒どろぼうだからってんで贋にせ銭せんをやって帰しかえしたとするんだ」「うんそれから」「後あとで泥棒どろぼうが贋にせ銭せんと気きがついて、あすこの亭主ていしゅは贋にせ銭せん使しだ贋にせ銭せん使しだって方々かたがた振れふれて歩くあるくんだ。常つね公こうの前まえだが、どっちが罪つみが重いおもいと思うおもう」「どっちたあ」「その亭主ていしゅと泥棒どろぼうがよ」「そうさなあ」と相手あいては解決かいけつに苦しんくるしんでいる。
自分じぶんは眠くねむくなったから、窓まどの所ところへ頭あたまを持たしもたしてうとうとした。
寝るねると急きゅうに時間じかんが無くなっなくなっちまう。
だから時間じかんの経過けいかが苦痛くつうになるものは寝るねるに限るかぎる。
死んしんでもおそらく同じおなじ事ことだろう。
しかし死ぬしぬのは、やさしいようでなかなか容易よういでない。
まず凡人ぼんじんは死ぬしぬ代りかわりに睡眠すいみんで間まに合せあわせて置くおく方ほうが軽便けいべんである。
柔道じゅうどうをやる人ひとが、時々ときどき朋友ほうゆうに咽喉のどを締めしめて貰うもらう事ことがある。
夏なつの日永ひながのだるい時じなどは、絶息ぜっそくしたまま五ご分ぶんも道場どうじょうに死んしんでいて、それから活かつを入れいれさせると、生れうまれ代るかわるような好いよい気分きぶんになる――ただし人ひとの話はなしだが。
――自分じぶんは、もしや死にしにっきりに死んしんじまやしないかと云ういう神経しんけいのために、ついぞこの荒こう療治りょうじを頼んたのんだ事ことがない。
睡眠すいみんはこれほどの効験こうけんもあるまいが、その代りかわり生きいき戻りもどり損うそこなう危険きけんも伴っともなっていないから、心配しんぱいのあるもの、煩悶はんもんの多いおおいもの、苦痛くつうに堪えこらえぬもの、ことに自滅じめつの一いち着きとして、生きいきながら坑夫こうふになるものに取っとっては、至大しだいなる自然しぜんの賚である。
その自然しぜんの賚が偶然ぐうぜんにも今いま自分じぶんの頭あたまの上うえに落ちおちて来きた。
ありがたいと礼れいを云ういう閑かんもないうちに、うっとりとしちまって、生きいきている以上いじょうは是非ぜひ共ともその経過けいかを自覚じかくしなければならない時間じかんを、丸まる潰しつぶしに潰しつぶしていた。
ところが眼めが覚めさめた。
後あとから考えかんがえて見みたら、汽車きしゃの動いうごいてる最中さいちゅうに寝込んねこんだもんだから、汽車きしゃの留っとめったために、眠りねむりが調子ちょうしを失っうしなってどこかへ飛んとんで行っいったのである。
自分じぶんは眠っねむっていると、時間じかんの経過けいかだけは忘れわすれているが、空間くうかんの運動うんどうには依然いぜんとして反応はんのうを呈するていする能力のうりょくがあるようだ。
だから本当ほんとうに煩悶はんもんを忘れるわすれるためにはやはり本当ほんとうに死なしななくっては駄目だめだ。
ただし煩悶はんもんがなくなった時分じぶんには、また生き返りいきかえりたくなるにきまってるから、正直しょうじきに理想りそうを云ういうと、死んしんだり生きいきたり互たがい違いにするのが一番いちばんよろしい。
――こんな事ことをかくと、何なんだか剽軽ひょうきんな冗談じょうだんを云っいってるようだがけっしてそんな浮いういた了見りょうけんじゃない。
本気ほんきに真面目まじめを話しはなしてるつもりである。
その証拠しょうこにはこの理想りそうはただ今ただいま過去かこを回想かいそうして、面白おもしろ半分はんぶん興きょうに乗じじょうじて、好いよい加減かげんにつけ加えつけくわえたんじゃない。
実際じっさい汽車きしゃが留っとめって、不意ふいに眼めが覚めさめた時じ、この通りとおりに出でて来きたのである。
馬鹿ばか気きた感じかんじだから滑稽こっけいのように思わおもわれるけれどもその時じは正直しょうじきにこんな馬鹿ばか気きた感じかんじが起っおこったんだから仕方しかたがない。
この感じかんじが滑稽こっけいに近けれちかければ近いちかいほど、自分じぶんは当時とうじの自分じぶんを可か愛想あいそに思うおもうのである。
こんな常識じょうしきをはずれた希望きぼうを、真面目まじめに抱かかかえかねばならぬほど、その時じの自分じぶんは情ないなさけない境遇きょうぐうにおったんだと云ういう事ことが判然はんぜんするからである。
自分じぶんがふと眼めを開けるあけると、汽車きしゃはもう留っとめっていた。
汽車きしゃが留まっとまったなと云ういう考えかんがえよりも、自分じぶんは汽車きしゃに乗っのっていたんだなと云ういう考えかんがえが第だい一いちに起っおこった。
起っおこったと思うおもうが早いはやいか、長蔵ちょうぞうさんがいるんだ、坑夫こうふになるんだ、汽車きしゃ賃ちんがなかったんだ、生家せいかを出奔しゅっぽんしたんだ、どうしたんだ、こうしたんだとまるで十じゅう二に三さんのたんだがむらむらと塊まっかたまって、頭あたまの底そこから一度いちどに湧いわいて来きた。
その速いはやい事ことと云っいったら、言語げんごに絶するぜっすると云おういおうか、電光石火でんこうせっかと評しようひょうしようか、実じつに恐ろしいおそろしいくらいだった。
ある人ひとが、溺れおぼれかかったその刹那せつなに、自分じぶんの過去かこの一生いっしょうを、細大さいだい漏らさもらさずありありと、眼めの前まえに見みた事ことがあると云ういう話はなしをその後そのあと聞いきいたが、自分じぶんのこの時じの経験けいけんに因っよって考えるかんがえると、これはけっして嘘うそじゃなかろうと思うおもう。
要するようするにそのくらい早くはやく、自分じぶんは自分じぶんの実じつ世界せかいにおける立場たちばと境遇きょうぐうとを自覚じかくしたのである。
自覚じかくすると同時どうじに、急きゅうに厭いやな心持こころもちになった。
ただ厭いやでは、とても形容けいようが出来できないんだが、さればと云っいって、別べつに叙述じょじゅつしようもない心持ちこころもちだからただの厭いやでとめて置くおく。
自分じぶんと同じおなじような心持ちこころもちを経験けいけんした人ひとならば、ただこれだけで、なるほどあれだなと、直じか勘づくかんづくだろう。
また経験けいけんした事ことがないならば、それこそ幸福こうふくだ、けっして知るしるに及ばおよばない。
その内うち同じおなじ車室しゃしつに乗っのっていたものが二三にさん人ひと立ち上がるたちあがる。
外そとからも二三にさん人ひと這入っはいって来るくる。
どこへ陣取ろうじんどろうかと云ういう眼つきめつきできょろきょろするのと、忘れものわすれものはないかと云ういう顔つきかおつきでうろうろするのと、それから何なんの用ようもないのに姿勢しせいを更さらえて窓まどへ首くびを出しだしたり、欠伸あくびをしたりするのと、が一度いちどに合併がっぺいして、すべて動揺どうようの状態じょうたいに世の中よのなかを崩しくずし始めはじめて来きた、自分じぶんは自分じぶんの周囲しゅういのものが、ことごとく活動かつどうしかけるのを自覚じかくしていた。
自覚じかくすると共ともに、自分じぶんは普通ふつうの人間にんげんと違っちがって、みんなが活動かつどうする時分じぶんでさえ、他ほかに釣り込まつりこまれて気分きぶんが動いうごいて来きないような仲間なかま外れはずれだと考えかんがえた。
袖そでが触れふれ違っちがって、膝ひざを突き合せつきあわせていながらも、魂たましいだけはまるで縁えんも由緒ゆいしょもない、他界たかいから迷い込んまよいこんだ幽霊ゆうれいのような気持きもちであった。
今までいままでは、どうか、こうか、人並ひとなみに調子ちょうしを取っとって来きたのが汽車きしゃが留まるとまるや否いなや、世間せけんは急きゅうに陽気ようきになって上うえへ騰るあがる。
自分じぶんは急きゅうに陰気いんきになって下したへ降るふる、とうてい交際こうさいはできないんだと思うおもうと、背中せなかと胸むねの厚あつしさがしゅうと減っへって、臓腑ぞうふが薄うすっ片かたな一いち枚ばいの紙かみのように圧しおしつけられる。
途端とたんに魂たましいだけが地面じめんの下したへ抜け出しぬけだしちまった。
まことに申訳もうしわけのない、御ご恥ずかしいはずかしい心持ちこころもちをふらつかせて、凹んへこんでいた。
ところへ長蔵ちょうぞうさんが、立ったって来きて、「御前ごぜんさん、まだ眼めが覚めさめないかね。ここから降りるおりるんだよ」と注意ちゅういしてくれた。
それでようやくなるほどと気きがついて立ち上ったちのぼった。
魂たましいが地ちの底そこへ抜け出しぬけだして行くいく途中とちゅうでも、手足てあしに血ちが通っとおってるうちは、呼ぶよぶと返っかえって来るくるからおかしなものだ。
しかしこれがもう少しすこし烈しくはげしくなると、なかなか思うおもうように魂たましいが身体しんたいに寄りついよりついてくれない。
その後あと台湾たいわん沖おきで難船なんせんした時じなどは、ほとんど魂たましいに愛想あいそを尽かさつかされて、非常ひじょうな難義なんぎをした事ことがある。
何になんにでも上うえには上うえがあるもんだ。
これが行きいき留りとまりだの、突き当りつきあたりだのと思っおもって、安心あんしんしてかかると、とんだ目めに逢うあう。
しかしこの時じはこの心持こころもちが自分じぶんに取っとってもっとも新しくあたらしくて、しかもはなはだ苦いにがい経験けいけんであった。
長蔵ちょうぞうさんのどてらの尻しりを嗅ぎかぎながら改札かいさつ場ばから表ひょうへ出るでると、大きなおおきな宿やどの通りとおりへ出でた。
一いち本ほん筋すじの通りとおりだが存外ぞんがい広いひろい、ばかりではない、心持こころもちの判然はんぜんするほど真直まっすぐである。
自分じぶんはこの広いひろい往還おうかんの真中まなかに立ったって遥かはるか向うむこうの宿外しゅくがいを見下しみくだした。
その時じ一種いっしゅ妙みょうな心持こころもちになった。
この心持ちこころもちも自分じぶんの生涯しょうがい中なかにあって新らしいあたらしいものであるから、ついでにここに書いかいて置くおく。
自分じぶんは肺はいの底そこが抜けぬけて魂たましいが逃げ出しにげだしそうなところを、ようやく呼びとめよびとめて、多少たしょう人間にんげんらしい了簡りょうけんになって、宿やどの中なかへ顔かおを出しだしたばかりであるから、魂たましいが吸きゅうく息いきにつれて、やっと胎内たいないに舞い戻っまいもどっただけで、まだふわふわしている。
少しすこしも落ちついおちついていない。
だからこの世このよにいても、この汽車きしゃから降りふりても、この停車場ていしゃじょうから出でても、またこの宿やどの真中まなかに立ったっても、云わいわば魂たましいがいやいやながら、義理ぎりに働いはたらいてくれたようなもので、けっして本気ほんきの沙汰さたで、自分じぶんの仕事しごととして引き受けひきうけた専門せんもんの職責しょくせきとは心得こころえられなかったくらい、鈍いにぶい意識いしきの所有者しょゆうしゃであった。
そこで、ふらついている、気きの遠くとおくなっている、すべてに興味きょうみを失っうしなった、かなつぼ眼めを開いひらいて見るみると、今までいままでは汽車きしゃの箱ばこに詰め込まつめこまれて、上下じょうげ四方しほうとも四角しかくに仕切らしきられていた限界げんかいが、はっと云ういう間まに、一いち本ほん筋すじの往還おうかんを沿うそうて、十じゅう丁ていばかり飛んとんで行っいった。
しかもその突当りつきあたりに滴るしたたるほどの山やまが、自分じぶんの眼めを遮りさえぎりながらも、邪魔じゃまにならぬ距離きょりを有っあって、どろんとしたわが眸ひとみを翠みどりの裡りに吸寄せすいよせている。
――そこで何なんんとなく今いま云っいったような心持こころもちになっちまったのである。
第だい一いちには大道だいどう砥とのごとしと、成語せいごにもなってるくらいで、平たいひらたい真直まっすぐな道みちは蟠とぐろまりのない爽そうなものである。
もっと分りわかり安くやすく云ういうと、眼めを迷めいつかせない。
心配しんぱいせずにこっちへ御ご出でと誘うさそうようにでき上っできあがってるから、少しすこしも遠慮えんりょや気兼きがねをする必要ひつようがない。
ばかりじゃない。
御ご出でと云ういうから一いち本ほん筋すじの後あとを喰くえッっついて行くいくと、どこまでも行けるいける。
奇体きたいな事ことに眼めが横町よこちょうへ曲りまがりたくない。
道みちが真直まっすぐに続いつづいていればいるほど、眼めも真直まっすぐに行かいかなくっては、窮屈きゅうくつでかつ不愉快ふゆかいである。
一いち本ほんの大道だいどうは眼めの自由じゆう行動こうどうと平行へいこうして成り上っなりあがったものと自分じぶんは堅くかたく信じしんじている。
それから左右さゆうの家並いえなみを見るみると、――これは瓦葺かわらぶきも藁葺わらぶきもあるんだが――瓦葺かわらぶきだろうが、藁葺わらぶきだろうが、そんな差別さべつはない。
遠くとおくへ行けいけば行くいくほどしだいしだいに屋根やねが低くひくくなって、何百なんびゃく軒のきとある家いえが、一いち本ほんの針金はりがねで勾配こうばいを纏めまとめられるために向うむこうのはずれからこっちまで突き通さつきとおされてるように、行儀ぎょうぎよく、斜しゃに一筋ひとすじを引っ張っひっぱって、どこまでも進んすすんでいる。
そうして進めすすめば進むすすむほど、地面じめんに近寄っちかよってくる。
自分じぶんの立ったっている左右さゆうの二に階かい屋やなどは――宿屋やどやのように覚えおぼえているが――見上げるみあげるほどの高さたかさであるのに、宿外れしゅくはずれの軒のきを透しとおして見るみると、指ゆびの股またに這入るはいると思わおもわれるくらい低いひくい。
その途中とちゅうに暖簾のれんが風かぜに動いうごいていたり、腰障子こししょうじに大きなおおきな蛤はまぐりがかいてあったりして、多少たしょうの変化へんかは無論むろんあるけれども、軒並のきなみだけを遠くとおくまで追っ掛けおっかけて行くいくと、一いち里さとが半はん秒びょうで眼めの中なかに飛び込んとびこんで来るくる。
それほど明瞭めいりょうである。
前まえに云っいった通りとおり自分じぶんの魂たましいは二に日ひ酔よいの体たらくていたらくで、どこまでもとろんとしていた。
ところへ停車場ていしゃじょうを出るでるや否いなや断りことわりなしにこの明瞭めいりょうな――盲目もうもくにさえ明瞭めいりょうなこの景色けしきにばったりぶつかったのである。
魂たましいの方ほうでは驚かおどろきかなくっちゃならない。
また実際じっさい驚いおどろいた。
驚いおどろいたには違いちがいないが、今までいままであやふやに不精ぶしょう不精ぶしょうに徘徊はいかいしていた惰性だせいを一変いっぺんして屹ときっとなるには、多少たしょうの時間じかんがかかる。
自分じぶんの前まえに云っいった一種いっしゅ妙みょうな心持ちこころもちと云ういうのは、魂たましいが寝返りねがえりを打たうたないさき、景色けしきがいかにも明瞭めいりょうであるなと心づいこころづいたあと、――その際どいきわどい中間ちゅうかんに起っおこった心持ちこころもちである。
この景色けしきはかように暢達ちょうたつして、かように明白めいはくで、今までいままでの自分じぶんの情緒じょうちょとは、まるで似つかにつかない、景気けいきのいいものであったが、自身じしんの魂たましいがおやと思っおもって、本気ほんきにこの外界がいかいに対いむかい出しだしたが最後さいご、いくら明かあきらかでも、いくら暢とおるびりしていても、全くまったく実じつ世界せかいの事実じじつとなってしまう。
実じつ世界せかいの事実じじつとなるといかな御ご光ひかりでもありがた味あじが薄くうすくなる。
仕合せしあわせな事ことに、自分じぶんは自分じぶんの魂たましいが、ある特殊とくしゅの状態じょうたいにいたため――明かあきらかな外界がいかいを明かあきらかなりと感受かんじゅするほどの能力のうりょくは持ちもちながら、これは実感じっかんであると自覚じかくするほど作用さようが鋭くするどくなかったため――この真直まっすぐな道みち、この真直まっすぐな軒のきを、事実じじつに等しいひとしい明かあきらかな夢ゆめと見みたのである。
この世このよでなければ見るみる事ことの出来できない明瞭めいりょうな程度ていどと、これに伴うともなう爽涼そうりょうした快感かいかんをもって、他界たかいの幻影げんえいに接しせっしたと同様どうようの心持こころもちになったのである。
自分じぶんは大きなおおきな往来おうらいの真中まなかに立ったっている。
その往来おうらいはあくまでも長くながくって、あくまでも一いち本ほん筋すじに通っとおっている。
歩いあるいて行けいけばその外そとまで行かいかれる。
たしかにこの宿やどを通り抜けるとおりぬける事ことはできる。
左右さゆうの家いえは触れふれば触るさわる事ことが出来るできる。
二に階かいへ上れのぼれば上るのぼる事ことが出来るできる。
できると云ういう事ことはちゃんと心得こころえていながらも、できると云ういう観念かんねんを全くまったく遺失いしつして、単にたんに切実せつじつなる感能かんのうの印象いんしょうだけを眸ひとみのなかに受けうけながら立ったっていた。
自分じぶんは学者がくしゃでないから、こう云ういう心持ちこころもちは何なんと云ういうんだか分らわからない。
残念ざんねんな事ことに名前なまえを知らしらないのでついこう長くながくかいてしまった。
学問がくもんのある人ひとから見みたら、そんな事ことをと笑わわらわれるかも知れしれないが仕方しかたがない。
その後そのあとこれに似にた心持こころもちは時々ときどき経験けいけんした事ことがある。
しかしこの時じほど強くつよく起っおこった事ことはかつてない。
だから、ひょっとすると何なんかの参考さんこうになりはすまいかと思っおもって、わざわざここに書いかいたのである。
ただしこの心持ちこころもちは起るおこるとたちまち消えきえてしまった。
見るみると日ひはもう傾きかけかたむきかけている。
初夏しょかの日永ひながの頃ころだから、日差にっさから判断はんだんして見るみると、まだ四よん時じ過ぎすぎ、おそらく五ご時じにはなるまい。
山やまに近いちかいせいか、天気てんきは思っおもったほどよくないが、現にげんに日ひが出でているくらいだから悪いわるいとは云わいわれない。
自分じぶんは斜しゃかけに、長いながい一筋ひとすじの町まちを照らすてらす太陽たいようを眺めながめた時じ、あれが西にしの方ほうだと思っおもった。
東京とうきょうを出でて北きたへ北きたへと走っはしったつもりだが、汽車きしゃから降りふりて見るみると、まるで方角ほうがくがわからなくなっていた。
この町まちを真直まっすぐに町まちの通っとおってるなりに、下るくだると、突き当りつきあたりが山やまで、その山やまは方角ほうがくから推すおすと、やはり北きたであるから、自分じぶんと長蔵ちょうぞうさんは相そう変らかわらず、北きたの方ほうへ行くいくんだと思っおもった。
その山やまは距離きょりから云ういうとだいぶんあるように思わおもわれた。
高さたかさもけっして低くひくくはない。
色いろは真しん蒼あおで、横よこから日ひの差すさす所ところだけが光るひかるせいか、陰かげの方ほうは蒼いあおい底そこが黒ずんくろずんで見えみえた。
もっともこれは日ひの加減かげんと云ういうよりも杉すぎ檜ひのきの多いおおいためかも知れしれない。
ともかくも蓊欝として、奥深いおくぶかい様子ようすであった。
自分じぶんは傾きかけかたむきかけた太陽たいようから、眼めを移しうつしてこの蒼いあおい山やまを眺めながめた時じ、あの山やまは一本いちぽん立たてだろうか、または続きつづきが奥おくの方ほうにあるんだろうかと考えかんがえた。
長蔵ちょうぞうさんと並んならんで、だんだん山やまの方ほうへ歩いあるいて行くいくと、どうあっても、向うむこうに見えるみえる山やまの奥おくのまたその奥おくが果しはてしもなく続いつづいていて、そうしてその山々やまやまはことごとく北きたへ北きたへと連なっつらなっているとしか思わおもわれなかった。
これは自分じぶん達とおるが山やまの方ほうへ歩いあるいて行くいくけれど、ただ行くいくだけでなかなか麓ふもとへ足あしが届かとどけかないから、山やまの方ほうで奥おくへ奥おくへと引き込んひきこんでいくような気きがする結果けっかとも云わいわれるし。
日ひがだんだん傾いかたむいて陰かげの方ほうは蒼いあおい山やまの上皮じょうひと、蒼いあおい空そらの下層かそうとが、双方そうほうで本分ほんぶんを忘れわすれて、好いよい加減かげんに他ほかの領分りょうぶんを犯しおかし合っあってるんで、眺めるながめる自分じぶんの眼めにも、山やまと空そらの区劃くかくが判然はんぜんしないものだから、山やまから空そらへ眼めが移るうつる時じ、つい山やまを離れはなれたと云ういう意識いしきを忘却ぼうきゃくして、やはり山やまの続きつづきとして空そらを見るみるからだとも云わいわれる。
そうしてその空そらは大変たいへん広いひろい。
そうして際限さいげんなく北きたへ延びのびている。
そうして自分じぶんと長蔵ちょうぞうさんは北きたへ行くいくんである。
自分じぶんは昨夕さくゆう東京とうきょうを出でて、千住せんじゅの大橋おおはしまで来きて、袷あわせの尻しりを端折っはしょったなり、松原まつばらへかかっても、茶店ちゃみせへ腰こしを掛けかけても、汽車きしゃへ乗っのっても、空そら脛すねのままで押し通しおしとおして来きた。
それでも暑いあついくらいであった。
ところがこの町まちへ這入っはいってから何なんだか空そら脛すねでは寒いさむい気持きもちがする。
寒いさむいと云ういうよりも淋しいさびしいんだろう。
長蔵ちょうぞうさんと黙っだまって足あしだけを動かしうごかしていると、まるで秋あきの中なかを通り抜けとおりぬけてるようである。
そこで自分じぶんはまた空腹くうふくになった。
たびたび空腹くうふくになった事ことばかりを書くかくのはいかがわしい事ことで、かつこの際さい空腹くうふくになっては、どうも詩的してきでないが、致し方いたしかたがない。
実際じっさい自分じぶんは空腹くうふくになった。
家いえを出でてから、ただ歩くあるくだけで、人間にんげんの食うくうものを食わくわないから、たちまち空腹くうふくになっちまう。
どんなに気分きぶんがわるくっても、煩悶はんもんがあっても、魂たましいが逃げ出しにげだしそうでも、腹はらだけは十分じゅうふん減るへるものである。
いや、そう云ういうよりも、魂たましいを落つけるおちつけるためには飯めしを供えそなえなくっちゃいけないと云い換えるいいかえるのが適当てきとうかも知れしれない。
品しなの悪いわるい話はなしだが、自分じぶんは長蔵ちょうぞうさんと並んならんで往来おうらいの真中まなかを歩きあるきながら、左右さゆうに眼めをくばって、両側りょうがわの飲食店いんしょくてんを覗き込むのぞきこむようにして長いながい町まちを下っしたって行っいった。
ところがこの町まちには飲食店いんしょくてんがだいぶんある。
旅たび屋やとか料理屋りょうりやとか云ういう上等じょうとうなものは駄目だめとしても、自分じぶんと長蔵ちょうぞうさんが這入っはいってしかるべきやたいち流りゅうのがあすこにもここにも見えるみえる。
しかし長蔵ちょうぞうさんは毫もごうも支度したくをしそうにない。
最前さいぜんの我われ多さわ馬車ばしゃの時じのように「御前ごぜんさん夕食ゆうしょくを食うくうかね」とも聞いきいてくれない。
その癖くせ自分じぶんと同じおなじように、きょろきょろ両側りょうがわに眼めを配っくばって何なんだか発見はっけんしたいような気色けしきがありありと見えるみえる。
自分じぶんは今いまに長蔵ちょうぞうさんが恰好かっこな所ところを見つけみつけて、晩食ばんしょくをしたために自分じぶんを連れ込むつれこむ事ことと自信じしんして、気きを永くながく辛抱しんぼうしながら、長いながい町まちを北きたへ北きたへと下っしたって行っいった。
自分じぶんは空腹くうふくを自白じはくしたが、倒れるたおれるほどひもじくは無かっなかった。
胃いの中なかにはまだ先刻せんこくの饅頭まんじゅうが多少たしょう残っのこってるようにも感ぜかんぜられた。
だから歩けあるけば歩かふかれる。
ただ汽車きしゃを下りるおりるや否いなや滅めつり込みこみそうな精神せいしんが、真直まっすぐな往来おうらいの真中まなかに抛り出さほうりだされて、おやと眼めを覚しさましたら、山里やまざとの空気くうきがひやりと、夕日ゆうひの間まから皮膚ひふを冒しおかして来きたんで、心機一転しんきいってんの結果けっかとしてここに何なんか食っしょくって見みたくなったんである。
したがって食わくわなければ食わくわないでも済むすむ。
長蔵ちょうぞうさん何なんか食わしくわしてくれませんかと云ういうほど苦しくくるしくもなかった。
しかし何なんだか口くちが淋しいさびしいと見えみえて、しきりに縄なわ暖簾のれんや、お煮〆にしめや、御ご中食ちゅうしょく所ところが気きにかかる。
相手あいての長蔵ちょうぞうさんがまた申し合せもうしあわせたように右左みぎひだりと覗き込むのぞきこむので、こっちはますます食しょく意地いじが張っちょうってくる。
自分じぶんはこの長いながい町まちを通りとおりながら、自分じぶんらに適当てきとうと思うおもう程度ていどの一いち膳ぜんめし屋めしやをついに九きゅう軒のきまで勘定かんじょうした。
数えかぞえて九きゅう軒のき目めに至っいたったら、さしもに長いながい宿やどはとうとうおしまいになり掛けかけて、もう一いち町まちも行けいけば宿外れしゅくはずれへ出抜けでぬけそうである。
はなはだ心細かっこころぼそかった。
時じにふと右側みぎがわを見るみると、また酒さけめしと云ういう看板かんばんに逢着ほうちゃくした。
すると自分じぶんの心こころのうちにこれが最後さいごだなと云ういう感じかんじが起っおこった。
それがためか煤けすすけた軒のきの腰障子こししょうじに、肉太にくぶとに認めみとめた酒さけめし、御ご肴さかなと云ういう文字もじがもっとも劇烈げきれつな印象いんしょうをもって自分じぶんの頭あたまに映じえいじて来きた。
その映じえいじた文字もじがいまだに消えきえない。
酒さけの字じでも、めしの字じでも、御ご肴さかなの字じでもありあり見えるみえる。
この様子ようすでは、いくら耄碌もうろくしてもこの五ご字じだけは、そっくりそのまま、紙かみの上うえに書くかく事ことが出来るできるだろう。
自分じぶんが最後さいごの酒さけ、めし、御ご肴さかなをしみじみ見みていると、不思議ふしぎな事ことに長蔵ちょうぞうさんも一生懸命いっしょうけんめいに腰障子こししょうじの方ほうに眼めをつけている。
自分じぶんはさすが頑強がんきょうの長蔵ちょうぞうさんも今度こんどこそ食いくいに這入るはいるに違いなかろうと思っおもった。
ところが這入らはいらない。
その代りかわりぴたりと留っとめった。
見るみると腰障子こししょうじの奥おくの方ほうでは何なんだか赤いあかいものが動いうごいている。
長蔵ちょうぞうさんの顔色かおいろを窺ううかがうと、何なんでもこの赤いあかいものを見詰めみつめているらしい。
この赤いあかいものは無論むろん人間にんげんである。
が長蔵ちょうぞうさんがなぜ立ち留ったちどまってこの赤いあかい人間にんげんを覗き込むのぞきこむのか、とんと自分じぶんには分らわからなかった。
人間にんげんには違いないが、ただ薄暗くうすぐらく赤いあかいばかりで、顔つきかおつきなどは無論むろん判然はんぜんしやしない。
がと思っおもって、自分じぶんも不審ふしんかたがた立ち留ったちどまっていると、やがて障子しょうじの奥おくから赤毛あかげ布ぬのが飛び出しとびだした。
いくら山里やまざとでも五ご月つきの空そらに毛布もうふは無用むようだろうと云ういう人ひとがあるかも知れしれないが、実際じっさいこの男おとこは赤毛あかげ布ぬので身みを堅めかためていた。
その代りかわり下したには手織ておりの単衣ひとえ一いち枚ばいだけしきゃ着きていないんだから、つまり〆て見るみると自分じぶんと大したたいした相違そういはない事ことになる。
もっとも単衣ひとえ一いち枚ばいで凌いしのいでると云ういう事ことは、あとからの発見はっけんで、障子しょうじの影かげから飛び出しとびだした時じにはただ赤いあかいばかりであった。
すると長蔵ちょうぞうさんは、いきなり、この赤いあかい男おとこの側がわへつかつかやって行っいって、「お前おまえさん、働くはたらく気きはないかね」と云っいった。
自分じぶんが長蔵ちょうぞうさんに捕まっつかまった時じに聞かさきかされた、第だい一いちの質問しつもんはやはり「働くはたらく気きはないかね」であったから、自分じぶんはおやまた働かはたらかせる気きかなと思っおもって、少すくなからぬ興味きょうみの念ねんに駆らかられながら二人ふたりを見物けんぶつしていた。
その時じこの長蔵ちょうぞうさんは、誰だれを見みても手頃てごろな若い衆わかいしゅとさえ鑑定かんていすれば、働くはたらく気きはないかねと持ち掛けるもちかける男おとこだと云ういう事ことを判然はんぜんと覚っさとった。
つまり長蔵ちょうぞうさんは働かはたらかせる事ことを商売しょうばいにするんで、けっして自分じぶん一人ひとりを非常ひじょうな適任者てきにんしゃと認めみとめて、それで坑夫こうふに推挙すいきょした訳わけではなかった。
おおかたどこで、どんな人ひとに、幾いく人ひと逢おうあおうとも、版行はんこうで押しおしたような口調くちょうで御前ごぜんさん働くはたらく気きはないかねを根気こんきよく繰返しくりかえし得るうる男おとこなんだろう。
考えるかんがえると、よくこんな商売しょうばいを厭きあきもせず、長ながの歳月さいげつやられたものだ。
長蔵ちょうぞうさんだって、天性てんせい御前ごぜんさん働くはたらく気きはないかねに適してきした訳わけでもあるまい。
やっぱり何なんかの事情じじょうやむを得とくず御前ごぜんさんを復習ふくしゅうしているんだろう。
こう思えおもえば、まことに罪つみのない男おとこである。
要するようするに芸げいがないからほかの事ことは出来できないんだが、ほかの事ことが出来できないんだと意識いしきして煩悶はんもんする気色けしきもなく、自分じぶんでなくっちゃ御前ごぜんさんをやり得るうる人間にんげんは天下てんか広しひろしといえども二人ふたりと有るあるまいと云ういうほどの平気へいきな顔かおで、やっている。
その当時とうじ自分じぶんにこれだけの長蔵ちょうぞう観かんがあったらだいぶ面白かっおもしろかったろうが、何しろなにしろ魂たましいに逃げださにげだされ損なっそこなっている最中さいちゅうだったから、なかなかそんな余裕よゆうは出でて来きなかった。
この長蔵ちょうぞう観かんは当時とうじの自分じぶんを他人たにんと見做しみなして、若いわかい時じの回想かいそうを紙かみの上うえに写すうつすただ今ただいま、始めはじめて序じょの節ふしに浮かんうかんだのである。
だからやッぱりやっぱり紙かみの上うえだけで消えきえてなくなるんだろう。
しかしその時じその砌りみぎりの長蔵ちょうぞう観かんと比較ひかくして見るみるとだいぶ違っちがってるようだ。
―― 自分じぶんは長蔵ちょうぞうさんと赤毛あかげ布ぬのの立たて談だんを聞きききながら、自分じぶんは長蔵ちょうぞうさんから毫もごうも人格じんかくを認めみとめられていなかったと云ういう事ことを見出しみだした。
――もっとも人格じんかくはこの際さい少しすこしおかしい。
いやしくも東京とうきょうを出奔しゅっぽんして坑夫こうふにまでなり下がるなりさがるものが人格じんかくを云々うんぬんするのは変へん挺ちょうな矛盾むじゅんである。
それは自分じぶんも承知しょうちしている。
現にげんに今いま筆ふでを執っとって人格じんかくと書き出しかきだしたら、何なんとなく馬鹿ばか気きていて、思わおもわず噴き出しふきだしそうになったくらいである。
自分じぶんの過去かこを顧みかえりみて噴き出しふきだしそうになる今いまの身分みぶんを、昔むかしと比べくらべて見るみると実じつに結構けっこうの至りいたりであるが、その時じはなかなか噴き出すふきだすどころの騒ぎさわぎではなかった。
――長蔵ちょうぞうさんは明かあきらかに自分じぶんの人格じんかくを認めみとめていなかった。
と云ういうのは、彼れあれはこの酒さけ、めし、御ご肴さかなの裏うらから飛び出しとびだした若いわかい男おとこを捕まえつかまえて、第だい二に世よの自分じぶんであるごとく、全くまったく同じおなじ調子ちょうしと、同じおなじ態度たいどと、同じおなじ言語げんごと、もっと立ち入ったちいって云えいえば、同じおなじ熱心ねっしんの程度ていどをもって、同じくおなじく坑夫こうふになれと勧誘かんゆうしている。
それを自分じぶんはなぜだか少々しょうしょう怪しからあやしからんように考えかんがえた。
その意味いみを今いまから説明せつめいして見るみると、ざっとこんな訳わけなんだろう。
―― 坑夫こうふは長蔵ちょうぞうさんの云ういうごとくすこぶる結構けっこうな家業かぎょうだとは、常識じょうしきを質しつに入れいれた当時とうじの自分じぶんにももっともと思いおもいようがなかった。
まず牛うしから馬うま、馬うまから坑夫こうふという位くらいの順じゅんだから、坑夫こうふになるのは不名誉ふめいよだと心得こころえていた。
自慢じまんにゃならないと覚っさとっていた。
だから坑夫こうふの候補者こうほしゃが自分じぶんばかりと思おもうのほか突然とつぜん居酒屋いざかやの入口いりぐちから赤毛あかげ布ぬのになって、あらわれようとも別段べつだん神経しんけいを悩ますなやますほどの大事件だいじけんじゃないくらいは分りわかりきってる。
しかしこの赤毛あかげ布ぬのの取扱とりあつかい方ほうが全然ぜんぜん自分じぶんと同様どうようであると、同様どうようであると云ういう点てんに不平ふへいがあるよりも、自分じぶんは全然ぜんぜん赤あか毛布もうふと一般いっぱんな人間にんげんであると云ういう気きになっちまう。
取扱とりあつかい方ほうの同様どうようなのを延きひき伸ばしのばして行くいくと、つまり取り扱わとりあつかわれるものが同様どうようだからと云ういう妙みょうな結論けつろんに到着とうちゃくしてくる。
自分じぶんはふらふらとそこへ到着とうちゃくしていたと見えるみえる。
長蔵ちょうぞうさんが働かはたらかないかと談判だんぱんしているのは赤毛あかげ布ぬので、赤毛あかげ布ぬのはすなわち自分じぶんである。
何なんだか他人たにんが赤毛あかげ布ぬのを着きて立ったってるようには思わおもわれない。
自分じぶんの魂たましいが、自分じぶんを置き去りおきざりにして、赤毛あかげ布ぬのの中なかに飛び込んとびこんで、そうして長蔵ちょうぞうさんから坑夫こうふになれと談じだんじつけられている。
そこで、どうも情なくなさけなくなっちまった。
自分じぶんが直接ちょくせつに長蔵ちょうぞうさんと応対おうたいしている間まは、人格じんかくも何なんも忘れわすれているんだが、自分じぶんが赤毛あかげ布ぬのになって、君きみ儲かるもうかるんだぜと説得せっとくされている体裁ていさいを、自分じぶんが傍そばへ立ったって見みた日ひには方ほうなしである。
自分じぶんははたしてこんなものかと、少しくすこしく興きょうを醒ましさまして赤毛あかげ布ぬのを、つらつら観察かんさつしていた。
ところが不思議ふしぎにもこの赤毛あかげ布ぬのがまた自分じぶんと同じおなじような返事へんじをする。
被っかぶってる赤毛あかげ布ぬのばかりじゃない、心底しんそこから、この若いわかい男おとこは自分じぶんと同じおなじ人間にんげんだった。
そこで自分じぶんはつくづくつまらないなと感じかんじた。
その上うえもう一いちつつまらない事ことが重なっかさなったのは、長蔵ちょうぞうさんが、にくにくしいほど公平こうへいで、自分じぶんの方ほうが赤毛あかげ布ぬのよりも坑夫こうふに適してきしていると云ういうところを少しすこしも見せみせない。
全くまったく器械きかい的まとにやっている。
先口せんくちだから、もう少しすこしこっちを贔屓ひいきにしたら好かろうよかろうと思うおもうくらいであった。
――これで見るみると人間にんげんの虚栄心きょえいしんはどこまでも抜けぬけないものだ。
窮しきゅうして坑夫こうふになるとか、ならないとか云ういう切歯せっし詰っなじった時じでさえ自分じぶんはこれほどの虚栄心きょえいしんを有っあっていた。
泥棒どろぼうに義理ぎりがあったり、乞食こじきに礼式れいしきがあるのも全くまったくこの格かくなんだろう。
――しかしこの虚栄心きょえいしんの方ほうは、自分じぶんすなわち赤毛あかげ布ぬのであると云ういうことを自覚じかくして、大におおいにつまらなくなったよりも、よほどつまらなさ加減かげんが少かっすくなかった。
自分じぶんが大おおにつまらなくなって、ぼんやり立ったっていると、二人ふたりの談判だんぱんは見るみる間まに片づいかたづいてしまった。
これは必ずかならずしも長蔵ちょうぞうさんがことほどさように上手じょうずだからと云ういう訳わけではない。
赤毛あかげ布ぬのの方ほうがことほどさように馬鹿ばかだったからである。
自分じぶんはこの男おとこを一概いちがいに馬鹿ばかと云ういうが、あながち、自分じぶんに比較ひかくして軽蔑けいべつする気きじゃけっしてない。
自分じぶんの当時とうじは、長蔵ちょうぞうさんの話はなしをはいはい聞くきく点てんにおいて、すぐ坑夫こうふになろうと承知しょうちする点てんにおいて、その他ほかいろいろの点てんにおいて、全くまったくこの若いわかい男おとこと同等どうとうすなわち馬鹿ばかであったのである。
もし強いてしいて違うちがうところを詮議せんぎしたら赤毛あかげ布ぬのを被っかぶってるのと絣かすりを着きているとの差違さいくらいなものだろう。
だから馬鹿ばかと云ういうのは、自分じぶんと同じくおなじく気の毒きのどくな人ひとと云ういう意味いみで、馬鹿ばかのうちに少しすこしぐらいは同情どうじょうの意いを寓しぐうしたつもりである。
で、馬鹿ばかが二人ふたり長蔵ちょうぞうさんに尾おいていっしょに銅山どうざんまで引っ張らひっぱられる事ことになった。
しかるに自分じぶんが赤毛あかげ布ぬのと肩かたを並べならべて歩きあるき出しだした時じ、ふと気きがついて見るみると、さっきのつまらない心持ちこころもちがもう消えきえていた。
どうも人間にんげんの了見りょうけんほど出でたり引っ込んひっこんだりするものはない。
有るあるんだなと安心あんしんしていると、すでにない。
ないから大丈夫だいじょうぶと思っおもってると、いや有るある。
有るあるようで、ないようでその正体しょうたいはどこまで行っいっても捕まらつかまらない。
その後そのあとさる温泉場おんせんじょうで退屈たいくつだから、宿やどの本ほんを借りかりて読んよんで見みたらいろいろ下らしたらない御ご経きょうの文句もんくが並べならべてあったなかに、心こころは三さん世よにわたって不可ふか得とくなりとあった。
三さん世よにわたるなんてえのは、大袈裟おおげさな法螺ほらだろうが、不可ふか得とくと云ういうのは、こんな事ことを云ういうんじゃなかろうかと思うおもう。
もっともある人ひとが自分じぶんの話はなしを聞いきいて、いやそれは念ねんと云ういうもので心こころじゃないと反対はんたいした事ことがある。
自分じぶんはいずれでも御ご随意ずいいだから黙っだまっていた。
こんな議論ぎろんは全くまったく余計よけいな事ことだが、なぜ云いいいたくなるかというと、世間せけんには大変たいへん利口りこうな人物じんぶつでありながら、全くまったく人間にんげんの心こころを解しかいしていないものがだいぶんある。
心こころは固形こけい体からだだから、去年きょねんも今年ことしも虫むしさえ食わくわなければ大抵たいてい同じおなじもんだろうくらいに考えかんがえているには弱らよわらせられる。
そうして、そう云ういう呑気のんきな料簡りょうけんで、人ひとを自由じゆうに取り扱うとりあつかうの、教育きょういくするの、思うおもうようにして見せるみせるのと騒いさわいでいるから驚いおどろいちまう。
水みずだって流れりゃながれりゃ返っかえって来きやしない。
ぐずぐずしていりゃ蒸発じょうはつしちまう。
とにかくこの際さいは、赤毛あかげ布ぬのと並んならんで歩きあるき出しだした時じ、もう先刻せんこくのつまらない考えかんがえが蒸発じょうはつしていたと云ういう事ことだけを記憶きおくして置いおいて貰えもらえばいい。
――そうして吾われながら驚いおどろいたのは、どうも赤毛あかげ布ぬのと並んならんで歩くあるくのが愉快ゆかいになって来きた。
もっともこの男おとこは茨城いばらきか何なんかの田舎いなかもので、鼻はなから逃げるにげる妙みょうな発音はつおんをする。
芋いもの事ことを芋いもと訓じくんじたのはこれからさきの逸話いつわに属するぞくするが、歩きあるき出しだしたてから、あんまりありがたい音声おんせいではなかった。
その上うえ顔かおが人並ひとなみにできていなかった。
この男おとこに比べるくらべると角張っかくばった顎あごの、厚あつし唇くちびるの長蔵ちょうぞうさんなどは威風いふう堂々どうどうたるものである。
のみならず茨城いばらきの田舎いなかを突っ走っつっぱしったのみで、いまだかつて東京とうきょうの地ちを踏んふんだことがない。
そうして、赤いあかい毛布もうふが妙みょうに臭いくさい。
それにもかかわらず自分じぶんはこの山里やまざとで、銅山どうざん行きいきの味方みかたを得とくたような心持ちこころもちがして嬉しかっうれしかった。
自分じぶんはどうせ捨てるすてる身みだけれども、一人ひとりで捨てるすてるより道伴どうともがあって欲いほしい。
一人ひとりで零落れるおちぶれるのは二人ふたりで零落れるおちぶれるのよりも淋しいさびしいもんだ。
そう明らさまあからさまに申しもうしては失礼しつれいに当るあたるが、自分じぶんはこの男おとこについて何なん一いちつ好いよいてるところはなかったけれども、ただいっしょに零落れおちぶれてくれると云ういう点てんだけがありがたいのでそれがため大いにおおいに愉快ゆかいを感じかんじた。
それで歩きあるき出すだすや否いなや、少しすこし話はなしもし掛けかけて見みたくらいに、近しいちかしい仲なかとなってしまった。
これから推しおして考えるかんがえると、川かわで死ぬしぬ時じは、きっと船頭せんどうの一人ひとりや二人ふたりを引きひき擦り込みすりこみたくなるに相違そういない。
もし死んしんでから地獄じごくへでも行くいくような事ことがあったなら、人ひとのいない地獄じごくよりも、必ずかならず鬼おにのいる地獄じごくを択ぶえらぶだろう。
そう云ういう訳わけで、たちまち赤毛あかげ布ぬのが好きすきになって、約やく一二いちに町まちも歩いあるいて来きたら、また空腹くうふくを覚えおぼえ出しだした。
よく空腹くうふくを覚えるおぼえるようだが、これは前段ぜんだんの続きつづきでけっして新しいあたらしい空腹くうふくではない。
順序じゅんじょを云ういうと、第だい一いちに精神せいしんが稀薄きはくになって、もっとも刻下こっか感かんに乏しいとぼしい時じに汽車きしゃを下りくだりたんで、次つぎに真直まっすぐな往来おうらいを真直まっすぐに突き当りつきあたりの山やままで見下しみくだしたもんだからようやく正気せいきづいたのは前まえ申しもうした通りとおりである。
それが機縁きえんになって、今度こんどは食気しょっきがついて、それから人格じんかくを認めみとめられていない事ことを認識にんしきして、はなはだつまらなくなって、つまらなくなったと思っおもったら坑夫こうふの同類どうるいが出来できて、少しくすこしく頽勢たいせいを挽回ばんかいしたと云ういうしだいになる。
だに因っよってまた空腹くうふくに立ち戻ったちもどったと説明せつめいしたら善くよく呑み込めるのみこめるだろう。
さて空腹くうふくにはなったが、最後さいごの一いち膳ぜん飯屋めしやはもう通り越しとおりこしている。
宿やどはすでに尽きつきかかった。
行く手ゆくては暗いくらい山道さんどうである。
とうてい願がんは叶いかないそうもない。
それに赤毛あかげ布ぬのは今いま食っしょくったばかりの腹はらだから、勇ましくいさましくどんどん歩くあるく。
どうも、降参こうさんしちまった。
そこで思い切っおもいきって、最後さいごの手段しゅだんとして長蔵ちょうぞうさんに話しかけはなしかけて見みた。
「長蔵ちょうぞうさん、これからあの山やまを越すこすんですか」「あの取附とりふの山やまかい。あれを越しこしちゃ大変たいへんだ。これから左ひだりへ切れるきれるんさ」と云っいったなりまたすたすた歩いあるいて行くいく。
どうも是非ぜひに及ばおよばない。
「まだよっぽどあるんですか、僕ぼくは少しすこし腹はらが減っへったんだが」と、とうとう空腹くうふくの由ゆを自白じはくした。
すると長蔵ちょうぞうさんは「そうかい。芋いもでも食うくうべい」と、云いいいながら、すぐさま、左側ひだりがわの芋いも屋やへ飛び込んとびこんだ。
よく約束やくそくしたように、そこん所ところに芋いも屋やがあったもんだ。
これを大袈裟おおげさに云えいえば天佑てんゆうである。
今いまでもこの時じの上出来じょうできに行っいった有様ありさまを回顧かいこすると、おかしいばかりじゃない、嬉しいうれしい。
もっとも東京とうきょうの芋いも屋やのように奇麗きれいじゃなかった。
ほとんど名状めいじょうしがたいくらいに真黒まっくろになった芋いも屋やで、芋いも屋やと云えいえば芋いも屋やだが、芋いも専門せんもんじゃない。
と云っいって芋いものほかに何なんを売っうってるんだったか、今いまは忘れわすれちまった。
食うくう方ほうに気きを取らとられ過ぎすぎたせいかとも思うおもう。
やがて長蔵ちょうぞうさんは両手りょうてに芋いもを載せのせて、真黒まっくろな家いえから、のそりと出でて来きた。
入れ物いれものがないもんだから、両手りょうてを前まえへ出しだして、「さあ、食っしょくった」と云ういう。
自分じぶんは眼前がんぜんに芋いもを突きつけつきつけられながら、ただ「ありがとう」と礼れいを述べのべて、芋いもを眺めながめていた。
どの芋いもにしようかと考えかんがえた訳わけではない。
そんな選択せんたくを許すゆるすような芋いもではなかった。
赤くあかくって、黒くくろくって、瘠せやせていて、湿っぽしめっぽそうで、それで所々ところどころ皮かわが剥げはげて、剥げはげた中なかから緑青ろくしょうを吹いふいたような味あじが出でている。
どれにぶつかったって大同小異だいどうしょういである。
そんなら一目いちもく惨澹さんたんたるこの芋いもの光景こうけいに辟易へきえきして、手てを出さださなかったかと云ういうと、そうでもない。
自分じぶんの胃いの状況じょうきょうから察するさっすると、芋いも中なかのヽヽとも云わいわるべきこの御薩おさつを快よくこころよく賞翫しょうがんする食欲しょくよくは十分じゅうふん有っあったように思うおもう。
しかし「さあ、食っしょくった」と突きつけつきつけられた時じは、何なんだかおびえたような気分きぶんで、おいきたと手てを出しだし損なっそこなった。
これはおおかた「さあ、食っしょくった」の云いいい方ほうが悪かっわるかったんだろう。
自分じぶんが芋いもを取らとらないのを見みて、長蔵ちょうぞうさんは、少々しょうしょうもどかしいと云ういう眼つきめつきで、再びふたたび「さあ」と、例れいの顎あごで芋いもを指しさしながら、前まえへ出しだした手頸てくびを、食えくえと云ういう相図あいずにちょっと動かしうごかした。
よく考えかんがえて見るみると、両手りょうてが芋いもで塞っふさがってるんで、自分じぶんがどうかしてやらないと、長蔵ちょうぞうさんは、いくら芋いもが食いくいたくても、口くちへ持っもって行くいく事ことができないんであった。
じれたのももっともである。
そこで自分じぶんはようやく気きがついて、二の腕にのうでで、変へんな曲線きょくせんを描いえがいて、右みぎの手てを芋いもまで持っもって行こういこうとすると、持っもって行くいく途中とちゅうで、芋いもの方ほうが一いち本ほんころころと往来おうらいの中なかへ落ちおちた。
これはすぐさま赤毛あかげ布ぬのが拾っじゅうった。
拾っじゅうったと思っおもったら、「この芋いもは好よしみ芋いもだ。おれが貰おうもらおう」と云っいった。
それでこの男おとこは芋いもを芋いもと発音はつおんすると云ういう事ことが分っわかった。
自分じぶんはこの時じ長蔵ちょうぞうさんから、最初さいしょに三さん本ほん、あとから一いち本ほん締しめて五本ごぽん、前後ぜんご二に回かいに受取っうけとったと記憶きおくしている。
そうしてそれを懐かしなつかしげに食いくいながら、いよいよ宿外れしゅくはずれまで来るくるとまた一いち事件じけん起っおこった。
宿やどの外れはずれには橋はしがある。
橋はしの下したは谷川たにがわで、青いあおい水みずが流れながれている。
自分じぶんはもう町まちが尽きるつきるんだなとは思いおもいながら、つい芋いもに心こころを奪わうばわれて、橋はしの上うえへ乗っのっかかるまでは川かわがあるとも気きがつかなかった。
ところが急きゅうに水みずの音おとがするんで、おやと思うおもうと橋はしへ出でている。
川かわがある。
水みずが流れながれている。
――何なんだか馬鹿ばか気きた話はなしだが、事実じじつにもっとも近いちかい叙述じょじゅつをやろうとすると、まあ、こう書くかくのが一番いちばん適切てきせつだろう、こう書いかいて置くおく。
けっして小説家しょうせつかの弄ぶもてあそぶような法螺ほら七なな分ぶんの形容けいようではない。
これが形容けいようでないとするとその時じの自分じぶんがいかに芋いもを旨むねがったのかがおのずから分明ふんみょうになる。
さて水音みずおとに驚いおどろいて、欄干らんかんから下したを見るみると、音おとのするのはもっともで、川かわの中なかに大きなおおきな石いしがだいぶんある。
そうしてその形状けいじょうがいかにも不作ふさく法ほうにでき上っできあがって、あたかも水みずの通り道とおりみちの邪魔じゃまになるように寝ねたり、突っ立っつったったりしている。
それへ水みずがやけにぶつかる。
しかもその水みずには勾配こうばいがついている。
山やまから落ちおちた勢いいきおいをなし崩しなしくずしに持ち越しもちこして、追っおっ懸けかけられるように跳とべって来るくる。
だから川かわと云ういうようなものの、実じつは幅はばの広いひろい瀑ばくを月賦げっぷに引き延ばしひきのばしたくらいなものである。
したがって水みずの少ないすくない割わりには大変たいへん烈しいはげしい。
鼻はなっ端はしの強いつよい江戸えどッ子っこのようにむやみやたらに突っかかっつっかかって来るくる。
そうして白いしろい泡あわを噴いふいたり、青いあおい飴あめのようになったり、曲っきょくったり、くねったりして下したへ流れながれて行くいく。
どうも非常ひじょうにやかましい。
時じに日ひはだんだん暮れくれてくる。
仰向いあおむいて見みたが、日向ひなたはどこにも見えみえない。
ただ日ひの落ちおちた方角ほうがくがぽうっと明るくあかるくなって、その明かるいあかるい空そらを背負っせおってる山やまだけが目立っめだって蒼黒くあおぐろくなって来きた。
時じは五ご月つきだけれども寒いさむいもんだ。
この水音みずおとだけでも夏なつとは思わおもわれない。
まして入日いりひを背中せなかから浴びあびて、正面しょうめんは陰かげになった山やまの色いろと来きたら、――ありゃ全体ぜんたい何なんと云ういう色いろだろう。
ただ形容けいようするだけなら紫むらさきでも黒くろでも蒼あおでも構わかまわないんだが、あの色いろの気持きもちを書こうかこうとすると駄目だめだ。
何なんでもあの山やまが、今いまに動きうごき出しだして、自分じぶんの頭あたまの上うえへ来きて、どっと圧あつっ被さるかぶさるんじゃあるまいかと感じかんじた。
それで寒いさむいんだろう。
実際じっさい今いまから一いち時間じかんか二に時間じかんのうちには、自分じぶんの左右さゆう前後ぜんご四方しほう八方はっぽうことごとく、あの山やまのような気味きみのわるい色いろになって、自分じぶんも長蔵ちょうぞうさんも茨城県いばらきけんも、全くまったく世界せかい一色いっしょくの内うちに裹まれてしまうに違いないと云ういう事ことを、それとはなく意識いしきして、一二いちに時間じかん後あとに起るおこる全体ぜんたいの色いろを、一二いちに時間じかん前まえに、入日いりひの方ほうの局部きょくぶの色いろとして認めみとめたから、局部きょくぶから全体ぜんたいを唆かさそそのかされて、今いまにあの山やまの色いろが広がるひろがるんだなと、どっかで虫むしが知らしらせたために、山やまの方ほうが動きうごき出しだして頭あたまの上うえへ圧あつっ被さるかぶさるんじゃあるまいかと云ういう気きを起しおこしたんだなと――自分じぶんは今いま机つくえの前まえで解剖かいぼうして見みた。
閑かんがあるととかく余計よけいな事ことがしたくなって困るこまる。
その時じはただ寒いさむいばかりであった。
傍そばにいる茨城県いばらきけんの毛布もうふが羨ましくうらやましくなって来きたくらいであった。
すると橋はしの向うむこうから――向むかいたって突き当りつきあたりが山やまで、左右さゆうが林はやしだから、人家じんかなんぞは一いち軒のきもありゃしない。
――実際じっさい自分じぶんはこう突然とつぜん人家じんかが尽きつきてしまおうとは、自分じぶんが自分じぶんの足あしで橋板はしいたを踏むふむまでも思いおもいも寄らよらなかったのである。
――その淋しいさびしい山やまの方ほうから、小僧こぞうが一人ひとりやって来きた。
年ねんは十じゅう三さん四よんくらいで、冷飯ひやめし草履ぞうりを穿いはいている。
顔かおは始めはじめのうちはよく分らわからなかったが、何しろなにしろ薄暗いうすぐらい林はやしの中なかを、少しすこし明るくあかるく通り抜けとおりぬけてる石ころいしころ路みちを、たった一人ひとりしてこっちへひょこひょこ歩いあるいて来るくる。
どこから、どうして現れあらわれたんだか分らわからない。
木下きのした闇やみの一いち本ほん路みちが一二いちに丁てい先さきで、ぐるりと廻りまわり込んこんで、先さきが見えみえないから、不意ふいに姿すがたを出しだしたり、隠しかくしたりするような仕掛しかけにできてるのかも知れしれないが、何しろなにしろ時じが時じ、場所ばしょが場所ばしょだから、ちょっと驚いおどろいた。
自分じぶんは四よん本ほん目めの芋いもを口くちへ宛ずつがったなり、顎あごを動かすうごかす事ことを忘れわすれて、この小僧こぞうをしばらくの間ま眺めながめていた。
もっともしばらくと云っいったって、わずか二十にじゅう秒びょうくらいなものである。
芋いもはそれからすぐに食いくい始めはじめたに違いちがいない。
小僧こぞうの方ほうでは、自分じぶんらを見みて、驚いおどろいたか驚かおどろきかないか、その辺へんはしかと確めたしかめられないが、何しろなにしろ遠慮えんりょなく近づいちかづいて来きた。
五六ごろく間まのこっちから見るみると頭あたまの丸いまりい、顔かおの丸いまりい、鼻はなの丸いまりい、いずれも丸くまるく出来上っできあがった小僧こぞうである。
品質ひんしつから云ういうと赤毛あかげ布ぬのよりもずっと上製じょうせいである。
自分じぶんらが三さん人ひと並んならんで橋向うはしむこうの小路こうじを塞いせいでいるのを、とんと苦くにならない様子ようすで通り抜けようとおりぬけようとする。
すこぶる平気へいきな態度たいどであった。
すると長蔵ちょうぞうさんが、また、「おい、小僧こぞうさん」と呼びよび留めとめた。
小僧こぞうは臆しおくした気色けしきもなく「なんだ」と答えこたえた。
ぴたりと踏みふみ留っとめった。
その度胸どきょうには自分じぶんも少々しょうしょう驚いおどろいた。
さすがこの日暮ひぐれに山やまから一人ひとりで降りふりて来るくるがものはある。
自分じぶんなどがこの小僧こぞうの年輩ねんぱいの頃ころは夜よる青山あおやまの墓地ぼちを抜けるぬけるのがいささか苦くになったものだ。
なかなかえらいと感心かんしんしていると、長蔵ちょうぞうさんは、「芋いもを食わくわないかね」と云いいいながら、食い残しくいのこしを、気前きまえよく、二に本ほん、小僧こぞうの鼻はなの前まえに出しだした。
すると小僧こぞうはたちまち二に本ほんとも引ったくるひったくるように受け取っうけとって、ありがとうとも何なんとも云わいわず、すぐ
1/8