坑夫

その一つ、――すなわち積極の頂点からとんぼ返りを打って、魂が消極の末端にひょっくり現われる奇特である。平たく云うと、生きてる事実が明瞭になり切った途端に、命を棄てようと決心する現象を云うんである。自分はこれを活上より死に入る作用と名けている。この作用は矛盾のごとく思われるが実際から云うと、矛盾でも何でも、魂の持前だから存外自然に行われるものである。論より証拠発奮して死ぬものは奇麗に死ぬが、いじけて殺されるものは、どうも旨く死に切れないようだ。人の身の上はとにかく、こう云う自分が好い証拠である。梯子の途中で、ええ忌々しい、死んじまえと思った時は、手を離すのが怖くも何ともなかった。無論例のごとくどきんなどとはけっしてしなかった。ところがいざ死のうとして、手を離しかけた時に、また妙な精神作用を承当した。

第 6 章
自分じぶんは元来がんらいが小説しょうせつ的まとの人間にんげんじゃないんだが、まだ年ねんが若かっわかかったから、今までいままで浮気うわきに自殺じさつを計画けいかくした時じは、いつでも花々しくはなばなしくやって見せみせたいと云ういう念ねんがあった。
短銃たんじゅうでも九きゅう寸すん五ご分ぶんでも立派りっぱに――つまり人ひとが賞めほめてくれるように死んしんでみたいと考えかんがえていた。
できるならば、華厳けごんの瀑ばくまででも出向きでむきたいなどと思っおもった事こともある。
しかしどうしても便所べんじょや物置ものおきで首くびを縊るくびるのは下等したとうだと断念だんねんしていた。
その虚栄心きょえいしんが、この際さい突然とつぜん首くびを出しだした。
どこから出しだしたか分らわからないが、出しだした。
つまり出すだすだけの余地よちがあったから出しだしたに相違そういあるまいから、自分じぶんの決心けっしんはいかに真面目まじめであったにしても、さほど差しさし逼っせまってはいなかったんだろう。
しかしこのくらい断乎だんことして、現にげんに梯子段はしごだんから手てを離しはなしかけた、最中さいちゅうに首くびを出すだすくらいだから、相手あいてもなかなか深いぶかい勢力せいりょくを張っちょうっていたに違いない。
もっともこれは死んしんで銅像どうぞうになりたがる精神せいしんと大したたいした懸隔けんかくもあるまいから、普通ふつうの人間にんげんとしては別べつに怪しむあやしむべき願望がんぼうとも思わおもわないが、何しろなにしろこの際さいの自分じぶんには、ちと贅沢ぜいたく過ぎすぎたようだ。
しかしこの贅沢ぜいたく心こころのために、自分じぶんは発作ほっさ性せいの急きゅう往生おうじょうを思いとまっおもいとまって、不束ふつつかながら今日きょうまで生きいきている。
全くまったく今いまはの際さいにも弱点じゃくてんを引張っひっぱっていた御蔭みかげである。
話すはなすとこうなる。
――いよいよ死んしんじまえと思っおもって、体からだを心持こころもち後あとへ引いひいて、手ての握をゆるめかけた時じに、どうせ死ぬしぬなら、ここで死んしんだって冴えさえない。
待てまて待てまて、出でてから華厳けごんの瀑ばくへ行けいけと云ういう号令ごうれい――号令ごうれいは変へんだが、全くまったく号令ごうれいのようなものが頭あたまの中なかに響きひびき渡っわたった。
ゆるめかけた手てが自然しぜんと緊きんった。
曇っくもった眼めが、急きゅうに明かるくあかるくなった。
カンテラかんてらが燃えもえている。
仰向くあおむくと、泥どろで濡れぬれた梯子段はしごだんが、暗いくらい中なかまで続いつづいている。
是非ぜひ共とも登らのぼらなければならない。
もし途中とちゅうで挫折ざせつすれば犬死いぬじにになる。
暗いくらい坑こうで、誰だれも人ひとのいない所ところで、日の目ひのめも見みないで、鉱こうと同じおなじようにころげ落ちころげおちて、それっきり忘れわすれられるのは――案内あんないの初はつさんにさえ忘れわすれられるのは――よし見つかっみつかっても半獣はんじゅう半人はんにんの坑夫こうふ共ともに軽蔑けいべつされるのは無念むねんである。
是非ぜひ共とも登りのぼり切っきっちまわなければならない。
カンテラかんてらは燃えもえている。
梯子はしごは続いつづいている。
梯子はしごの先さきには坑こうが続いつづいている。
坑こうの先さきには太陽たいようが照りてり渡っわたっている。
広いひろい野のがある、高いたかい山やまがある。
野のと山やまを越しこして行けいけば華厳けごんの瀑ばくがある。
――どうあっても登らのぼらなければならない。
左ひだりの手てを頭あたまの上うえまで伸ばしのばした。
ぬらつく段木だんもくを指ゆびの痕あとのつくほど強くつよく握っにぎった。
濡れぬれた腰こしをうんと立てたてた。
同時どうじに右みぎの足あしを一いち尺さし上げあげた。
カンテラかんてらの灯あかりは暗いくらい中なかを竪たてに動いうごいて行くいく。
坑こうは層そう一層いっそうと明かるくあかるくなる。
踏みふみ棄てすてて去るさる段々だんだんはしだいしだいに暗いくらい中なかに落ちおちて行くいく。
吐くはく息いきが黒いくろい壁かべへ当るあたる。
熱いあつい息いきである。
そうして時々ときどきは白くしろく見えみえた。
次つぎには口くちを結んむすんだ。
すると鼻はなの奥おくが鳴っなった。
梯子はしごはまだ尽きつきない。
懸崖けんがいからは水みずが垂れるたれる。
ひらりとカンテラかんてらを翻こぼしえすと、崖がけの面めんを掠めかすめて弓形ゆみがたにじいと、消えきえかかって、手ての運動うんどうの止まるとまる所ところへ落ちついおちついた時じに、また真直まっすぐに油煙ゆえんを立てるたてる。
また翻こぼしえす。
灯あかりは斜めななめに動くうごく。
梯子はしごの通るとおる一いち尺さし幅はばを外れはずれて、がんがらがんの壁かべが眼めに映るうつる。
ぞっとする。
眼めが眩むくらむ。
眼めを閉っしまって、登るのぼる。
灯あかりも見えみえない、壁かべも見えみえない。
ただ暗いくらい。
手てと足あしが動いうごいている。
動くうごく手ても動くうごく足あしも見えみえない。
手て障さわり足あし障さわりだけで生きいきて行くいく。
生きいきて登っのぼって行くいく。
生きるいきると云ういうのは登るのぼる事ことで、登るのぼると云ういうのは生きるいきる事ことであった。
それでも――梯子はしごはまだある。
それから先さきはほとんど夢中むちゅうだ。
自分じぶんで登っのぼったのか、天佑てんゆうで登っのぼったのかほとんど判然はんぜんしない。
ただ登りのぼり切っきって、もう一いち段だんも握るにぎる梯子はしごがないと云ういう事ことを覚っさとった時じに、坑こうの中なかへぴたりと坐っすわった。
「どうした。上がっあがって来きたか。途中とちゅうで死にゃしにゃしねえかと思っおもって、――あんまり長えなげえから。見みに行こういこうかと思っおもったが、一人ひとりじゃ気味きみがわるいからな。だけども、好くよく上がっあがって来きたな。えらいや」と待ちまちかねて、もじもじしていた初はつさんが大いにおおいに喜んよろこんでくれた。
何なんでも梯子はしごの上うえでよっぽど心配しんぱいしていたらしい。
自分じぶんはただ、「少しすこし気分きぶんが悪るかっわるかったから途中とちゅうで休んやすんでいました」と答えこたえた。
「気分きぶんが悪いわるい? そいつあ困っこまったろう。途中とちゅうって、梯子はしごの途中とちゅうか」「ええ、まあそうです」「ふうん。じゃ明日あすは作業さぎょうもできめえめー」 この一言ひとことを聞いきいた時じ、自分じぶんは糞ふんでも食えくえと思っおもった。
誰だれが土竜むぐらもちの真似まねなんかするものかと思っおもった。
これでも美しいうつくしい女おんなに惚れほれられたんだと思っおもった。
坑こうを出れでれば、すぐ華厳けごんの瀑ばくまで行くいくんだと思っおもった。
そうして立派りっぱに死ぬしぬんだと思っおもった。
最後さいごに半時はんときもこんな獣けものを相手あいてにしていられるものかと思っおもった。
そこで、自分じぶんは初はつさんに向っむかって、簡単かんたんに、「よければ上がりあがりましょう」と云っいった。
初はつさんは怪訝けげんな顔かおをした。
「上がるあがる? 元気げんきだなあ」 自分じぶんは「馬鹿ばかにするねえ、この明あきら盲目もうもくめ。人ひとを見み損そんなやがって」と云いいいたかった。
しかし口くちだけは叮嚀ていねいに、一言ひとこと、「ええ」と返事へんじをして置いおいた。
初はつさんはまだぐずぐずしている。
驚いおどろいたと云ういうよりも、やっぱり馬鹿ばかにしたぐずつき方ほうである。
「おい大丈夫だいじょうぶかい。冗談じょうだんじゃねえ。顔色かおいろが悪いわるいぜ」「じゃ僕ぼくが先さきへ行きいきましょう」と自分じぶんはむっとして歩きあるき出しだした。
「いけねえ、いけねえ。先さきへ行っいっちゃいけねえ、後あとから尾おいて来きねえ」「そうですか」「当前とうぜんだあな。人ひとつけ。誰だれが案内あんないを置きおき去さっにして、先さきへ行くいく奴やつがあるかい、何なんでい」と初はつさんは、自分じぶんを払い退けはらいのけないばかりにして、先さきへ出でた。
出でたと思うおもうと急きゅうに速力そくりょくを増しました。
腰こしを折っおったり、四よんつに這っはったり、背中せなかを横よこっ丁ていにしたり、頭あたまだけ曲げまげたり、坑こうの恰好かっこしだいでいろいろに変化へんかする。
そうして非常ひじょうに急ぐいそぐ。
まるで土つちの中なかで生れうまれて、銅脈どうみゃくの奥おくで教育きょういくを受けうけた人間にんげんのようである。
畜生ちくしょう中っ腹ちゅうっぱらで急ぎいそぎやがるなと、こっちも負けまけない気きで歩きあるき出しだしたが、そこへ行くいくと、いくら気きばかり張っちょうっていても駄目だめだ。
五ごつ六ろくつ角かくを曲っきょくって、下りくだりたり上っのぼったり、がたつかせているうちに、初はつさんは見えみえなくなった。
と思うおもうと、何なんとかして、何なんとか、てててててと云ういう歌うたを唄ううたう。
初はつさんの姿すがたが見えみえないのに、初はつさんの声こえだけは、坑こうの四方しほうへ反響はんきょうして、籠っこもったように打ち返しうちかえしてくる。
意地いじの悪いわるい野郎やろうだと思っおもった。
始めはじめのうちこそ、追っついおっついてやるから今いまに見みていろと云ういう勢いきおいで、根限りこんかぎり這っはったり屈んかがんだりしたが、残念ざんねんな事ことには初はつさんの歌うたがだんだん遠くとおくへ行っいってしまう。
そこで自分じぶんは追いつくおいつく事ことはひとまず断念だんねんして、初はつさんのてててててを道案内どうあんないにして進むすすむ事ことにした。
当分とうぶんはそれで大概たいがいの見当けんとうがついたが、しまいにはそのててててても怪しくあやしくなって、とうとうまるで聞えきこえなくなった時じには、さすがに茫然ぼうぜんとした。
一いち本道ほんどうなら初はつさんなんどを頼りたよりにしなくっても、自力じりきで日ひの当るあたる所ところまで歩いあるいて出でて見せるみせるが、何しろなにしろ、長年ながねん掘ほり荒しあらした坑こうだから、まるで土蜘蛛つちぐもの根拠地こんきょちみたようにいろいろな穴あなが、とんでもない所ところに開いひらいている。
滅多めったな穴あなへ這入るはいるとまた腰こしきり水みずに漬つける所ところか、でなければ、例れいの逆ささかさの桟道さんどうへ出でそうで容易よういに踏み込めふみこめない。
そこで自分じぶんは暗いくらい中なかに立ち留ったちどまって、カンテラかんてらの灯あかりを見詰めみつめながら考えかんがえた。
往きゆきには八はち番ばん坑こうまで下りくだりて行っいったんだから帰りかえりには是非ぜひ共とも電車でんしゃの通るとおる所ところまで登らのぼらなければならない。
どんな穴あなでも上りのぼりならば好いよいとする。
その代りかわり下りくだりなら引返しひきかえして、また出直すでなおす事ことにする。
そうして迂路うろついていたら、どこかの作事さくじ場ばへ出るでるだろう。
出でたら坑夫こうふに聞くきくとしよう。
こう決心けっしんをして、東西南北とうざいなんぼくの判然はんぜんしない所ところを好いよい加減かげんに迷めいついていた。
非常ひじょうに気きが急いいそいて息いきが切れきれたが、めちゃめちゃに歩いあるいたために足あしの冷たいつめたいのだけは癒っなおった。
しかしなかなか出でられない。
何なんだか同じおなじ路みちを往っいったり来きたりするような案あん排はいで、あんまり、もどかしものだから、壁かべへ頭あたまをぶつけて割っわりっちまいたくなった。
どっちを割るわれるんだと云えいえば無論むろん頭あたまを割るわれるんだが、幾分いくぶんか壁かべの方ほうも割れるわれるだろうくらいの疳かん癪しゃくが起っおこった。
どうも歩けあるけば歩くあるくほど天井てんじょうが邪魔じゃまになる、左右さゆうの壁かべが邪魔じゃまになる。
草鞋わらじの底そこで踏むふむ段々だんだんが邪魔じゃまになる。
坑こう総体そうたいが自分じぶんを閉じ込めとじこめて、いつまで立ったっても出しだしてくれないのがもっとも邪魔じゃまになる。
この邪魔ものじゃまものの一いち局きょく部ぶへ頭あたまを擲きたたきつけて、せめて罅ひびでも入らしはいらしてやろうと――やらないまでも時々ときどき思うおもうのは、早くはやく華厳けごんの瀑ばくへ行きいきたいからであった。
そうこうしているうちに、向うむこうから一人ひとりの掘子ほりこが来きた。
ばらの銅どうをスノコすのこへ運ぶはこぶ途中とちゅうと見えみえて例れいの箕みを抱いいだいてよちよちカンテラかんてらを揺りゆすりながら近づいちかづいた。
この灯あかりを見つけみつけた時じは、嬉しくうれしくって胸むねがどきりと飛び上がっとびあがった。
もう大丈夫だいじょうぶと勇んいさんで近寄っちかよって行くいくと、近寄るちかよるがものはない、向うむこうでもこっちへ歩いあるいて来るくる。
二につのカンテラかんてらが一間いちけんばかりの距離きょりに近寄っちかよった時じ、待ち受けまちうけたように、自分じぶんは掘子ほりこの顔かおを見みた。
するとその顔かおが非常ひじょうな蒼あおん蔵くらであった。
この坑こうのなかですら、只事ただごととは受取れうけとれない蒼あおん蔵くらである。
あかるみへ出しだして、青いあおい空そらの下したで見みたら、大変たいへんな蒼あおん蔵くらに違いない。
それで口くちを利くきくのが厭いやになった。
こんな奴やつの癖くせに人ひとに調ちょう戯たわむれったり、嬲っなぶったり、辱しめはずかしめたりするのかと思っおもったら、なおなお道みちを聞くきくのが厭いやになった。
死んしんだって一人ひとりで出でて見せるみせると云ういう気きになった。
手前てまえ共ともに口くちを聞くきくような安っぽいやすっぽい男おとこじゃないと、腹はらの中なかでたしかに申し渡しもうしわたして擦れ違っすれちがった。
向うむこうは何になんにも知らしらないから、これは無論むろんだまって擦れ違っすれちがった。
行く先ゆくさきは暗くくらくなった。
カンテラかんてらは一いちつになった。
気きはますます焦慮しょうりょって来きた。
けれどもなかなか出でない。
ただ道みちはどこまでもある。
右みぎにも左ひだりにもある。
自分じぶんは右みぎにも這入っはいった、また左ひだりにも這入っはいった、また真直まっすぐにも歩いあるいて見みた。
しかし出でられない。
いよいよ出でられないのかと、少しくすこしく途方とほうに暮れくれている鼻はなの先さきで、かあんかあんと鳴りなり出しだした。
五六ごろく歩あゆみで突き当っつきあたって、折れ込むおれこむと、小さなちいさな作事さくじ場ばがあって、一人ひとりの坑夫こうふがしきりに槌つちを振り上げふりあげて鑿のみを敲いたたいている。
敲くたたくたんびに鉱こうが壁かべから落ちおちて来るくる。
その傍そばに俵たわらがある。
これはさっきスノコすのこへ投げ込んなげこんだ俵たわらと同じおなじ大きさおおきさで、もういっぱい詰っなじっている。
掘子ほりこが来きて担いにないで行くいくばかりだ。
自分じぶんは今度こんどこそこいつに聞いきいてやろうと思っおもった。
が肝心かんじんの本人ほんにんが一生懸命いっしょうけんめいにかあんかあん鳴らしならしている。
おまけに顔かおもよく見えみえない。
ちょうどいいから少しすこし休んやすんで行こういこうと云ういう気きが起っおこった。
幸いさいわい俵たわらがある。
この上うえへ尻しりをおろせば、持っもって来いこいの腰掛こしかけになる。
自分じぶんはどさっとアテシコあてしこを俵たわらの上うえに落しおとした。
すると突然とつぜんかあんかあんがやんだ。
坑夫こうふの影かげが急きゅうに長くながく高くたかくなった。
鑿のみを持っもったままである。
「何なんをしやがるんでい」 鋭いするどい声こえが穴あないっぱいに響いひびいた。
自分じぶんの耳みみには敲きたたき込まこまれるように響いひびいた。
高いたかい影かげは大股おおまたに歩いあるいて来るくる。
見るみると、足あしの長いながい、胸むねの張っちょうった、体格たいかくの逞しいたくましい男おとこであった。
顔かおは背せの割わりに小さいちいさい。
その輪廓りんかくがやや判然はんぜんする所ところまで来きて、男おとこは留まっとまった。
そうして自分じぶんを見下しみくだした。
口くちを結んむすんでいる。
二重瞼にじゅうまぶたの大きなおおきな眼めを見張っみはっている。
鼻筋はなすじが真直まっすぐに通っとおっている。
色いろが赭あか黒いくろい。
ただの坑夫こうふではない。
突然とつぜんとして云っいった。
「貴様きさまは新前しんまえだな」「そうです」 自分じぶんの腰こしはこの時じすでに俵たわらを離れはなれていた。
何なんとなく、向うむこうから近づいちかづいてくる坑夫こうふが恐ろしかっおそろしかった。
今までいままで一万いちまん余人よにんの坑夫こうふを畜生ちくしょうのように軽蔑けいべつしていたのに、――誓っちかって死んしんでしまおうと覚悟かくごをしていたのに、――大股おおまたに歩いあるいて来きた坑夫こうふがたちまち恐ろしくおそろしくなった。
しかし、「何なんでこんな所ところを迷子まいごついてるんだ」と聞き返さききかえされた時じには、やや安心あんしんした。
自分じぶんの様子ようすを見みて、故意こいに俵たわらの上うえへ腰こしをおろしたんでないと見極めみきわめた語調ごちょうである。
「実じつは昨夕さくゆう飯場はんばへ着いついて、様子ようすを見みに坑こうへ這入っはいったばかりです」「一人ひとりでか」「いいえ、飯場はんば頭あたまから人ひとをつけてくれたんですが……」「そうだろう、一人ひとりで這入れるはいれる所ところじゃねえ。どうしたその案内あんないは」「先さきへ出でちまいました」「先さきへ出でた? 手前てまえを置き去りおきざりにしてか」「まあ、そうです」「太えふてえ野郎やろうだ。よしよし今いまに己おのれが送り出しおくりだしてやるから待っまってろ」と云っいったなり、また鑿のみと槌つちをかあんかあん鳴らしならし始めはじめた。
自分じぶんは命令めいれいの通りとおり待っまっていた。
この男おとこに逢っあったら、もう一人ひとりで出るでる気きがなくなった。
死んしんでも一人ひとりで出でて見せるみせると威張っいばった決心けっしんが、急きゅうにどこへか行っいってしまった。
自分じぶんはこの変化へんかに気きがついていた。
それでも別べつに恥かしいはずかしいとも思わおもわなかった。
人ひとに公言こうげんした事ことでないから構わかまわないと思っおもった。
その後あと人ひとに公言こうげんしたために、やらないでも済むすむ事こと、やってはならない事ことを毎度まいどやった。
人ひとに公言こうげんすると、しないのとは大変たいへんな違いがあるもんだ。
その内うちかあんかあんがやんだ。
坑夫こうふはまた自分じぶんの前まえまで来きて、胡坐こざをかきながら、「ちょっと待ちまちねえ。一服いっぷくやるから」と、煙草たばこ入いりを取り出しとりだした。
茶色ちゃいろの、皮かわか紙かみか判然はんぜんしないもので、股引ももひきに差し込んさしこんである上うえから筒袖つつそでが被さっかぶさっていた。
坑夫こうふは旨むねそうに腹はらの底そこまで吸っすった煙けむりを、鼻はなから吹き出しふきだしている間まに、短いみじかい羅宇らうの中途ちゅうとを、煙草たばこ入いりの筒つつでぽんと払いはらいた。
小さいちいさい火球かきゅうが雁首がんくびから勢いいきおいよく飛び出しとびだしたと思っおもったら、坑夫こうふの草鞋わらじの爪先つまさきへ落ちおちてじゅうと消えきえた。
坑夫こうふは殻からになった煙管きせるをぷっと吹くふく。
羅宇らうの中なかに籠っこもった煙けむりが、一度いちどに雁首がんくびから出でた。
坑夫こうふはその時じ始めはじめて口くちを利いきいた。
「御前ごぜんはどこだ。こんな所ところへ全体ぜんたい何なんしに来きた。身体つきからだつきは、すらりとしているようだが。今までいままで働いはたらいた事ことはねえんだろう。どうして来きた」「実じつは働いはたらいた事ことはないんです。が少しすこし事情じじょうがあって、来きたんです。……」とまでは云っいったが、坑夫こうふには愛想あいそが尽きつきたから、もう、帰るかえるんだとは云わいわなかった。
死ぬしぬんだとはなおさら云わいわなかった。
しかし今までいままでのように、腹はらの内うちで畜生ちくしょうあつかいにして、口先くちさきばかり叮嚀ていねいにしていたのとはだいぶん趣おもむきが違うちがう。
自分じぶんはただ洗いあらい攫いさらい自分じぶんの思わくおもわくを話しはなしてしまわないだけで、話しはなしただけは真面目まじめに話しはなしたんである。
すこしも裏表うらおもてはない。
腹はらから叮嚀ていねいに答えこたえた。
坑夫こうふはしばらくの間ま黙っだまって雁首がんくびを眺めながめていた。
それからまた煙草たばこを詰めつめた。
煙けむりが鼻はなから出でだした真最中しんさいちゅうに口くちを開いひらいた。
自分じぶんがその時じこの坑夫こうふの言葉ことばを聞いきいて、第だい一いちに驚いおどろいたのは、彼かれの教育きょういくである。
教育きょういくから生ずるしょうずる、上品じょうぼんな感情かんじょうである。
見識けんしきである。
熱誠ねっせいである。
最後さいごに彼かれの使っつかった漢語かんごである。
――彼れあれは坑夫こうふなどの夢ゆめにも知りしりようはずがない漢語かんごを安々やすやすと、あたかも家庭かていの間まで昨日きのうまで常住じょうじゅう坐臥ざが使っつかっていたかのごとく、使っつかった。
自分じぶんはその時じの有様ありさまをいまだに眼めの前まえに浮べるうかべる事ことがある。
彼れあれは大きなおおきな眼めを見張っみはったなり、自分じぶんの顔かおを熟視じゅくししたまま、心持こころもち頸くびを前まえの方ほうに出しだして、胡坐こざの膝ひざへ片手かたてを逆ぎゃくに突いついて、左ひだりの肩かたを少しすこし聳して、右みぎの指ゆびで煙管きせるを握っにぎって、薄いうすい唇くちびるの間まから奇麗きれいな歯はを時々ときどきあらわして、――こんな事ことを云っいった。
句くの順序じゅんじょや、単語たんごの使い方つかいかたは、たしかな記憶きおくをそのまま写しうつしたものである。
ただ語ご声こえだけはどうしようもない。
――「亀の甲かめのこうより年の功としのこうと云ういうことがあるだろう。こんな賤しいいやしい商売しょうばいはしているが、まあ年長者ねんちょうしゃの云ういう事ことだから、参考さんこうに聞くきくがいい。青年せいねんは情じょうの時代じだいだ。おれも覚さとしがある。情じょうの時代じだいには失敗しっぱいするもんだ。君きみもそうだろう。己おのれもそうだ。誰だれでもそうにきまってる。だから、察しさっしている。君きみの事情じじょうと己おのれの事情じじょうとは、どのくらい違うちがうか知らしらないが、何しろなにしろ察しさっしている。咎めとがめやしない。同情どうじょうする。深いぶかい事故じこもあるだろう。聞いきいて相談そうだんになれる身体しんたいなら聞きききもするが、シキしきから出でられない人間にんげんじゃ聞いきいたって、仕方なししかたなし、君きみも話しはなしてくれない方ほうがいい。おれも……」と云いいい掛けかけた時じ、自分じぶんはこの男おとこの眼つきめつきが多少たしょう異様いようにかがやいていたと云ういう事ことに気きがついた。
何なんだか大変たいへん感じかんじている。
これが当人とうにんの云ういうごとくシキしきを出でられないためか、または今いま云いいい掛けかけたおれもの後あとへ出でて来るくる話はなしのためか、ちょっと分りわかりにくいが、何しろなにしろ妙みょうな眼めだった。
しかもこの眼めが鋭くするどく自分じぶんをも見詰めみつめている。
そうしてその鋭いするどいうちに、懐旧かいきゅうと云ういうのか、沈吟ちんぎんと云ういうのか、何なんだか、人ひとを引きつけるひきつけるなつかしみがあった。
この黒いくろい坑こうの中なかで、人気にんきはこの坑夫こうふだけで、この坑夫こうふは今いまや眼めだけである。
自分じぶんの精神せいしんの全部ぜんぶはたちまちこの眼球がんきゅうに吸いつけすいつけられた。
そうして彼かれの云ういう事ことを、とっくり聞いきいた。
彼かれはおれもを二に遍へん繰り返しくりかえした。
「おれも、元もとは学校がっこうへ行っいった。中等ちゅうとう以上いじょうの教育きょういくを受けうけた事こともある。ところが二十三にじゅうさんの時じに、ある女おんなと親しくしたしくなって――詳しいくわしい話はなしはしないが、それが基もとで容易よういならん罪つみを犯しおかした。罪つみを犯しおかして気きがついて見るみると、もう社会しゃかいに容れいれられない身体しんたいになっていた。もとより酔興すいきょうでした事ことじゃない、やむを得とくない事情じじょうから、やむを得とくない罪つみを犯しおかしたんだが、社会しゃかいは冷れい刻こくなものだ。内部ないぶの罪つみはいくらでも許すゆるすが、表面ひょうめんの罪つみはけっして見逃さみのがさない。おれは正しいただしい人間にんげんだ、曲っきょくった事ことが嫌いやだから、つまりは罪つみを犯すおかすようにもなったんだが、さて犯しおかした以上いじょうは、どうする事こともできない。学問がくもんも棄てすてなければならない。功名こうみょうも抛たなげうたなければならない。万事ばんじが駄目だめだ。口惜しいくやしいけれども仕方しかたがない。その上うえ制裁せいさいの手てに捕えとらえられなければならない。(故意こいか偶然ぐうぜんか、彼かれはとくに制裁せいさいの手てと云ういう言語げんごを使用しようした。)しかし自分じぶんが悪いわるい覚さとしがないのに、むやみに罪つみを着るきるなあ、どうしても己おのれの性質せいしつとしてできない。そこで突っ走っつっぱしった。逃げにげられるだけ逃げにげて、ここまで来きて、とうとうシキしきの中なかへ潜り込んもぐりこんだ。それから六ろく年ねんというもの、ついに日光にっこうを見みた事ことがない。毎日まいにち毎日まいにち坑こうの中なかでかんかん敲いたたいているばかりだ。丸まる六ろく年ねん敲いたたいた。来年らいねんになればもうシキしきを出でたって構わかまわない、七なな年ねん目めだからな。しかし出でない、また出でられない。制裁せいさいの手てには捕まらつかまらないが、出でない。こうなりゃ出でたって仕方しかたがない。娑婆しゃばへ帰れかえれたって、娑婆しゃばでした所業しょぎょうは消えきえやしない。昔むかしは今いまでも腹はらん中なかにある。なあ君きみ昔むかしは今いまでも腹はらん中なかにあるだろう。君きみはどうだ……」と途中とちゅうで、いきなり自分じぶんに質問しつもんを掛けかけた。
自分じぶんは藪やぶから棒ぼうの質問しつもんに、用意よういの返事へんじを持ち合せもちあわせなかったから、はっと思っおもった。
自分じぶんの腹はらん中なかにあるのは、昔むかしどころではない。
一二いちに年ねん前まえから一昨いっさく日ひまで持ち越しもちこした現在げんざいに等しいひとしい過去かこである。
自分じぶんはいっその事こと自分じぶんの心事しんじをこの男おとこの前まえに打ち明けうちあけてしまおうかと思っおもった。
すると相手あいては、さも打ち明けうちあけさせまいと自分じぶんを遮るさえぎるごとくに、話はなしの続きつづきを始めはじめた。
「六ろく年ねんここに住んすんでいるうちに人間にんげんの汚ないきたないところは大抵たいてい見み悉しつした。でも出るでる気きにならない。いくら腹はらが立ったっても、いくら嘔吐おうとを催しもよおしそうでも、出るでる気きにならない。しかし社会しゃかいには、――日ひの当るあたる社会しゃかいには――ここよりまだ苦しいくるしい所ところがある。それを思うおもうと、辛抱しんぼうも出来るできる。ただ暗くくらくって狭いせまい所ところだと思えおもえばそれで済むすむ。身体しんたいも今いまじゃ銅どう臭くくさくなって、一いち日ひもカンテラかんてらの油あぶらを嗅がかがなくっちゃいられなくなった。しかし――しかしそりゃおれの事ことだ。君きみの事ことじゃない。君きみがそうなっちゃ大変たいへんだ。生きいきてる人間にんげんが銅どう臭くくさくなっちゃ大変たいへんだ。いや、どんな決心けっしんでどんな目的もくてきを持っもって来きても駄目だめだ。決心けっしんも目的もくてきもたった二三にさん日ひで突とっッっつき殺さころされてしまう。それが気の毒きのどくだ。いかにも可哀想かわいそうだ。理想りそうも何になんにもない鑿のみと槌つちよりほかに使うつかう術じゅつを知らしらない野郎やろうなら、それで結構けっこうだが。しかし君きみのような――君きみは学校がっこうへ行っいったろう。――どこへ行っいった。――ええ? まあどこでもいい。それに若いわかいよ。シキしきへ抛り込まほうりこまれるには若わか過ぎるすぎるよ。ここは人間にんげんの屑くずが抛り込まほうりこまれる所ところだ。全くまったく人間にんげんの墓所ぼしょだ。生きいきて葬らほうむられる所ところだ。一度いちど踏ん込んふんこんだが最後さいご、どんな立派りっぱな人間にんげんでも、出でられっこのない陥穽かんせいだ。そんな事こととは知らしらずに、大方おおかたポン引ぽんびきの言いいいなりしだいになって、引張らひっぱられて来きたんだろう。それを君きみのために悲しむかなしむんだ。人ひと一人ひとりを堕落だらくさせるのは大事件だいじけんだ。殺しころしちまう方ほうがまだ罪つみが浅いあさい。堕落だらくした奴やつはそれだけ害がいをする。他人たにんに迷惑めいわくを掛けるかける。――実じつはおれも