坑夫

その三人が三人ながら、宿無である。顔も洗わず朝飯も食わずに、雲の中を迷って歩く連中である。この連中と道伴になって登り一里、降り二里を足の続く限り雲に吹かれて来たら、雨になった。時計がないんで何時だか分らない。空模様で判断すると、朝とも云われるし、午過とも云われるし、また夕方と云っても差支ない。自分の精神と同じように世界もぼんやりしているが、ただちょっと眼についたのは、雨の間から微かに見える山の色であった。その色が今までのとは打って変っている。いつの間にか木が抜けて、空坊主になったり、ところ斑の禿頭と化けちまったんで、丹砂のように赤く見える。今までの雲で自分と世間を一筆に抹殺して、ここまでふらつきながら、手足だけを急がして来たばかりだから、この赤い山がふと眼に入るや否や、自分ははっと雲から醒めた気分になった。色彩の刺激が、自分にこう強く応えようとは思いがけなかった。――実を云うと自分は色盲じゃないかと思うくらい、色には無頓着な性質である。――そこでこの赤い山が、比較的烈しく自分の視神経を冒すと同時に、自分はいよいよ銅山に近づいたなと思った。虫が知らせたと云えば、虫が知らせたとも云えるが、実はこの山の色を見て、すぐ銅を連想したんだろう。とにかく、自分がいよいよ到着したなと直覚的に――世の中で直覚的と云うのは大概このくらいなものだと思うが――いわゆる直覚的に事実を感得した時に、長蔵さんが、「やっと、着いた」と自分が言いたいような事を云った。それから十五分ほどしたら町へ出た。山の中の山を越えて、雲の中の雲を通り抜けて、突然新しい町へ出たんだから、眼を擦って視覚をたしかめたいくらい驚いた。それも昔の宿とか里とか云う旧幕時代に縁のあるような町なら、まだしもだが、新しい銀行があったり、新しい郵便局があったり、新しい料理屋があったり、すべてが苔の生えない、新しずくめの上に、白粉をつけた新しい女までいるんだから、全く夢のような気持で、不審が顔に出る暇もないうちに通り越しちまった。すると橋へ出た。長蔵さんは橋の上へ立って、ちょっと水の色を見たが、「これが入口だよ。いよいよ着いたんだから、そのつもりでいなくっちゃ、いけない」と注意を与えた。しかし自分には、どんなつもりでいなくっちゃいけないんだか、ちっとも分らなかったから、黙って橋の上へ立って、入口から奥の方を見ていた。左が山である。右も山である。そうして、所々に家が見える。やっぱり木造の色が新しい。中には白壁だか、ペンキ塗だか分らないのがある。これも新しい。古ぼけて禿げてるのは山ばかりだった。何だかまた現実世界に引き摺り込まれるような気がして、少しく失望した。長蔵さんは自分が黙って橋の向を覗き込んでるのを見て、「好いかね、御前さん、大丈夫かい」とまた聞き直したから、自分は、「好いです」と明瞭に答えたが、内心あまり好くはなかった。なぜだかしらないが、長蔵さんはただ自分にだけ懸念がある様子であった。赤毛布と小僧には「好いかね」とも「大丈夫かい」とも聞かなかった。頭からこの両人は過去の因果で、坑夫になって、銅山のうちに天命を終るべきものと認定しているような気色がありありと見えた。して見ると不信用なのは自分だけで、だいぶ長蔵さんからこいつは危ないなと睨まれていたのかも知れない。好い面の皮だ。

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また立つたつ
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