草枕

3/10

三

第 3 章
昨夕さくゆうは妙みょうな気持ちきもちがした。
宿やどへ着いついたのは夜よるの八はち時じ頃ころであったから、家いえの具合ぐあい庭にわの作り方つくりかたは無論むろん、東西とうざいの区別くべつさえわからなかった。
何なんだか廻廊かいろうのような所ところをしきりに引き廻さひきまわされて、しまいに六ろく畳たたみほどの小さなちいさな座敷ざしきへ入れいれられた。
昔むかしし来きた時じとはまるで見当けんとうが違うちがう。
晩餐ばんさんを済ましすまして、湯ゆに入っはいって、室むろへ帰っかえって茶ちゃを飲んのんでいると、小女こおんなが来きて床ゆかを延べよのべよかと云ういう。
不思議ふしぎに思っおもったのは、宿やどへ着いついた時じの取次とりつぎも、晩食ばんしょくの給仕きゅうじも、湯壺ゆつぼへの案内あんないも、床ゆかを敷くしく面倒めんどうも、ことごとくこの小女こおんな一人ひとりで弁じべんじている。
それで口くちは滅多めったにきかぬ。
と云ういうて、田舎いなか染みしみてもおらぬ。
赤いあかい帯おびを色気いろけなく結んむすんで、古風こふうな紙燭しそくをつけて、廊下ろうかのような、梯子段はしごだんのような所ところをぐるぐる廻わらまわらされた時じ、同じおなじ帯おびの同じおなじ紙燭しそくで、同じおなじ廊下ろうかとも階段かいだんともつかぬ所ところを、何度なんども降りふりて、湯壺ゆつぼへ連れつれて行かいかれた時じは、すでに自分じぶんながら、カンヴァスかんゔぁすの中なかを往来おうらいしているような気きがした。
給仕きゅうじの時じには、近頃ちかごろは客きゃくがないので、ほかの座敷ざしきは掃除そうじがしてないから、普段ふだん使っつかっている部屋へやで我慢がまんしてくれと云っいった。
床ゆかを延べるのべる時じにはゆるりと御ご休みやすみと人間にんげんらしい、言葉ことばを述べのべて、出でて行っいったが、その足音あしおとが、例れいの曲りくねっまがりくねった廊下ろうかを、次第しだいに下したの方ほうへ遠かっとおかった時じに、あとがひっそりとして、人ひとの気きがしないのが気きになった。
生れうまれてから、こんな経験けいけんはただ一度いちどしかない。
昔むかしし房州ぼうしゅうを館山たてやまから向うむこうへ突き抜けつきぬけて、上総かずさから銚子ちょうしまで浜伝いはまづたいに歩行ほこうた事ことがある。
その時じある晩ばん、ある所ところへ宿やどた。
ある所ところと云ういうよりほかに言いいいようがない。
今いまでは土地とちの名なも宿やどの名なも、まるで忘れわすれてしまった。
第一だいいち宿屋やどやへとまったのかが問題もんだいである。
棟むねの高いたかい大きなおおきな家いえに女おんながたった二人ふたりいた。
余よがとめるかと聞いきいたとき、年ねんを取っとった方ほうがはいと云っいって、若いわかい方ほうがこちらへと案内あんないをするから、ついて行くいくと、荒れ果てあれはてた、広いひろい間まをいくつも通り越しとおりこして一番いちばん奥おくの、中二階ちゅうにかいへ案内あんないをした。
三さん段だん登っのぼって廊下ろうかから部屋へやへ這入ろうはいろうとすると、板庇いたびさしの下したに傾きかけかたむきかけていた一いち叢くさむらの修竹しゅうちくが、そよりと夕風ゆうかぜを受けうけて、余よの肩かたから頭あたまを撫でなでたので、すでにひやりとした。
椽えん板いたはすでに朽ちくちかかっている。
来年らいねんは筍たけのこが椽えんを突き抜いつきぬいて座敷ざしきのなかは竹たけだらけになろうと云っいったら、若いわかい女おんなが何になんにも云わいわずににやにやと笑っわらって、出でて行っいった。
その晩ばんは例れいの竹たけが、枕元まくらもとで婆娑ばさついて、寝ねられない。
障子しょうじをあけたら、庭にわは一面いちめんの草原そうげんで、夏なつの夜よるの月明げつめいかなるに、眼めを走そうしらせると、垣かきも塀へいもあらばこそ、まともに大きなおおきな草山くさやまに続いつづいている。
草山くさやまの向うむこうはすぐ大おお海原うなばらでどどんどどんと大きなおおきな濤とうが人ひとの世よを威嚇いかくしに来るくる。
余よはとうとう夜よるの明けるあけるまで一睡いっすいもせずに、怪しあやし気きな蚊帳かやのうちに辛しん防ぼうしながら、まるで草双紙くさそうしにでもありそうな事ことだと考えかんがえた。
その後そのあと旅たびもいろいろしたが、こんな気持きもちになった事ことは、今夜こんやこの那古なこ井いへ宿るやどるまではかつて無かっなかった。
仰あおぐ向むかいに寝ねながら、偶然ぐうぜん目めを開けあけて見るみると欄間らんまに、朱塗りしゅぬりの縁えんをとった額がくがかかっている。
文字もじは寝ねながらも竹影ちくえい払はらい階かい塵ごみ不動ふどうと明らかあきらかに読まよまれる。
大おお徹とおるという落款らっかんもたしかに見えるみえる。
余よは書しょにおいては皆無かいむ鑒かん識しきのない男おとこだが、平生へいぜいから、黄檗おうばくの高泉たかいずみ和尚おしょうの筆致ひっちを愛しあいしている。
隠元いんげんも即そく非ひも木庵もくあんもそれぞれに面白味おもしろみはあるが、高泉たかいずみの字じが一番いちばん蒼あお勁つよしでしかも雅馴がじゅんである。
今いまこの七なな字じを見るみると、筆ふでのあたりから手ての運びはこび具合ぐあい、どうしても高泉たかいずみとしか思わおもわれない。
しかし現にげんに大おお徹とおるとあるからには別人べつじんだろう。
ことによると黄檗おうばくに大おお徹とおるという坊主ぼうずがいたかも知れしれぬ。
それにしては紙かみの色いろが非常ひじょうに新しいあたらしい。
どうしても昨今さっこんのものとしか受け取れうけとれない。
横よこを向くむく。
床ゆかにかかっている若冲じゃくちゅうの鶴つるの図ずが目めにつく。
これは商売柄しょうばいがらだけに、部屋へやに這入っはいった時じ、すでに逸品いっぴんと認めみとめた。
若冲じゃくちゅうの図ずは大抵たいてい精緻せいちな彩色さいしきものが多いおおいが、この鶴つるは世間せけんに気兼きがねなしの一筆いっぴつがきで、一いち本ほん足あしですらりと立ったった上うえに、卵形らんけいの胴どうがふわっと乗かっのっかっている様子ようすは、はなはだ吾われ意いを得とくて、飄逸ひょういつの趣おもむきは、長いながい嘴くちばしのさきまで籠っこもっている。
床ゆかの隣りとなりは違い棚ちがいだなを略しりゃくして、普通ふつうの戸棚とだなにつづく。
戸棚とだなの中なかには何なんがあるか分らわからない。
すやすやと寝入るねいる。
夢ゆめに。
長良ながらの乙女おとめが振袖ふりそでを着きて、青馬あおうまに乗っのって、峠とうげを越すこすと、いきなり、ささだ男おとこと、ささべ男おとこが飛び出しとびだして両方りょうほうから引っ張るひっぱる。
女おんなが急きゅうにオフェリヤおふぇりやになって、柳やなぎの枝えだへ上っのぼって、河かわの中なかを流れながれながら、うつくしい声こえで歌うたをうたう。
救っすくってやろうと思っおもって、長いながい竿さおを持っもって、向島むこうじまを追つい懸けかけて行くいく。
女おんなは苦しいくるしい様子ようすもなく、笑いわらいながら、うたいながら、行末ぎょうまつも知らしらず流れながれを下るくだる。
余よは竿さおをかついで、おおいおおいと呼ぶよぶ。
そこで眼めが醒めさめた。
腋の下わきのしたから汗あせが出でている。
妙みょうに雅俗がぞく混淆こんこうな夢ゆめを見みたものだと思っおもった。
昔むかしし宋そうの大慧だいえ禅師ぜんじと云ういう人ひとは、悟道ごどうの後あと、何事なにごとも意いのごとくに出来できん事ことはないが、ただ夢ゆめの中なかでは俗念ぞくねんが出でて困るこまると、長いながい間まこれを苦くにされたそうだが、なるほどもっともだ。
文芸ぶんげいを性せい命いのちにするものは今いま少しすこしうつくしい夢ゆめを見みなければ幅はばが利かりかない。
こんな夢ゆめでは大部分だいぶぶん画がにも詩しにもならんと思いおもいながら、寝返りねがえりを打つうつと、いつの間まにか障子しょうじに月がさつきがさして、木きの枝えだが二三にさん本ほん斜めななめに影かげをひたしている。
冴えるさえるほどの春はるの夜よるだ。
気きのせいか、誰だれか小声こごえで歌うたをうたってるような気きがする。
夢ゆめのなかの歌うたが、この世このよへ抜け出しぬけだしたのか、あるいはこの世このよの声こえが遠きとおき夢ゆめの国くにへ、うつつながらに紛れ込んまぎれこんだのかと耳みみを峙てそばだてる。
たしかに誰だれかうたっている。
細くほそくかつ低いひくい声こえには相違そういないが、眠らねむらんとする春はるの夜よるに一縷いちるの脈みゃくをかすかに搏たうたせつつある。
不思議ふしぎな事ことに、その調子ちょうしはとにかく、文句もんくをきくと――枕元まくらもとでやってるのでないから、文句もんくのわかりようはない。
――その聞えきこえぬはずのものが、よく聞えるきこえる。
あきづけば、をばなが上うえに、おく露ろの、けぬべくもわは、おもほゆるかもと長良ながらの乙女おとめの歌うたを、繰り返しくりかえし繰り返すくりかえすように思わおもわれる。
初めはじめのうちは椽えんに近くちかく聞えきこえた声こえが、しだいしだいに細くほそく遠退いとおのいて行くいく。
突然とつぜんとやむものには、突然とつぜんの感かんはあるが、憐れあわれはうすい。
ふっつりと思い切っおもいきったる声こえをきく人ひとの心こころには、やはりふっつりと思い切っおもいきったる感じかんじが起るおこる。
これと云ういう句切りくぎりもなく自然しぜんに細りほそりて、いつの間まにか消えるきえるべき現象げんしょうには、われもまた秒びょうを縮めちぢめ、分ぶんを割いさいて、心細こころぼそさの細ほそさが細るほそる。
死しなんとしては、死しなんとする病夫びょうふのごとく、消えきえんとしては、消えきえんとする灯火とうかのごとく、今いまやむか、やむかとのみ心こころを乱すみだすこの歌うたの奥おくには、天下てんかの春はるの恨みうらみをことごとく萃あつむめたる調べしらべがある。
今までいままでは床ゆかの中なかに我慢がまんして聞いきいていたが、聞くきく声こえの遠ざかるとおざかるに連れつれて、わが耳みみは、釣り出さつりださるると知りしりつつも、その声こえを追いかけおいかけたくなる。
細くほそくなればなるほど、耳みみだけになっても、あとを慕っしたって飛んとんで行きいきたい気きがする。
もうどう焦慮しょうりょても鼓膜こまくに応えこたえはあるまいと思うおもう一いち刹那せつなの前まえ、余よはたまらなくなって、われ知らしらず布団ふとんをすり抜けるすりぬけると共ともにさらりと障子しょうじを開けあけた。
途端とたんに自分じぶんの膝ひざから下したが斜めななめに月つきの光りひかりを浴びるあびる。
寝巻ねまきの上うえにも木きの影かげが揺れゆれながら落ちおちた。
障子しょうじをあけた時じにはそんな事ことには気きがつかなかった。
あの声こえはと、耳みみの走るはしる見当けんとうを見破るみやぶると――向うむこうにいた。
花はなならば海棠かいどうかと思わおもわるる幹みきを背せに、よそよそしくも月つきの光りひかりを忍んしのんで朦朧もうろうたる影法師かげほうしがいた。
あれかと思うおもう意識いしきさえ、確としかとは心こころにうつらぬ間まに、黒いくろいものは花はなの影かげを踏み砕いふみくだいて右みぎへ切れきれた。
わがいる部屋へやつづきの棟むねの角かくが、すらりと動くうごく、背せの高いたかい女おんな姿すがたを、すぐに遮っさえぎってしまう。
借着かりぎの浴衣ゆかた一いち枚ばいで、障子しょうじへつらまったまま、しばらく茫然ぼうぜんとしていたが、やがて我われに帰るかえると、山里やまざとの春はるはなかなか寒いさむいものと悟っさとった。
ともかくもと抜け出でぬけいでた布団ふとんの穴あなに、再びふたたび帰参きさんして考え出しかんがえだした。
括り枕くくりまくらのしたから、袂たもと時計とけいを出しだして見るみると、一時いちじ十じゅう分ぶん過ぎすぎである。
再びふたたび枕まくらの下したへ押し込んおしこんで考え出しかんがえだした。
よもや化物ばけものではあるまい。
化物ばけものでなければ人間にんげんで、人間にんげんとすれば女おんなだ。
あるいは此これ家いえの御嬢ごじょうさんかも知れしれない。
しかし出帰りでがえりの御嬢ごじょうさんとしては夜なかよなかに山やまつづきの庭にわへ出るでるのがちと不穏当ふおんとうだ。
何なんにしてもなかなか寝ねられない。
枕まくらの下したにある時計とけいまでがちくちく口くちをきく。
今までいままで懐中時計かいちゅうとけいの音おとの気きになった事ことはないが、今夜こんやに限っかぎって、さあ考えろかんがえろ、さあ考えろかんがえろと催促さいそくするごとく、寝るねるな寝るねるなと忠告ちゅうこくするごとく口くちをきく。
怪しからあやしからん。
怖いこわいものもただ怖いこわいものそのままの姿すがたと見れみれば詩しになる。
凄いすごい事ことも、己れおのれを離れはなれて、ただ単独たんどくに凄いすごいのだと思えおもえば画がになる。
失恋しつれんが芸術げいじゅつの題目だいもくとなるのも全くまったくその通りとおりである。
失恋しつれんの苦しみくるしみを忘れわすれて、そのやさしいところやら、同情どうじょうの宿るやどるところやら、憂うれいのこもるところやら、一歩いちほ進めすすめて云えいえば失恋しつれんの苦しみくるしみそのものの溢るるところやらを、単にたんに客観的きゃっかんてきに眼前がんぜんに思い浮べるおもいうかべるから文学ぶんがく美術びじゅつの材料ざいりょうになる。
世よには有りありもせぬ失恋しつれんを製造せいぞうして、自からみずから強いてしいて煩悶はんもんして、愉快ゆかいを貪どんぼるものがある。
常人じょうじんはこれを評しひょうして愚ぐだと云ういう、気違きちがいだと云ういう。
しかし自からみずから不幸ふこうの輪廓りんかくを描いえがいて好んこのんでその中なかに起臥きがするのは、自からみずから烏有うゆうの山水さんすいを刻こく画がして壺中つぼちゅうの天地てんちに歓喜かんきすると、その芸術的げいじゅつてきの立脚地りっきゃくちを得とくたる点てんにおいて全くまったく等しいひとしいと云わいわねばならぬ。
この点てんにおいて世上せじょう幾多いくたの芸術家げいじゅつかは(日常にちじょうの人ひととしてはいざ知らしらず)芸術家げいじゅつかとして常人じょうじんよりも愚ぐである、気違きちがいである。
われわれは草鞋わらじ旅行りょこうをする間ま、朝あさから晩ばんまで苦しいくるしい、苦しいくるしいと不平ふへいを鳴らしならしつづけているが、人ひとに向っむかって曾遊そうゆうを説くとく時分じぶんには、不平ふへいらしい様子ようすは少しすこしも見せみせぬ。
面白かっおもしろかった事こと、愉快ゆかいであった事ことは無論むろん、昔むかしの不平ふへいをさえ得意とくいに喋々ちょうちょうして、したり顔したりがおである。
これはあえて自らみずから欺くあざむくの、人ひとを偽わるいつわるのと云ういう了見りょうけんではない。
旅行りょこうをする間まは常人じょうじんの心持ちこころもちで、曾遊そうゆうを語るかたるときはすでに詩人しじんの態度たいどにあるから、こんな矛盾むじゅんが起るおこる。
して見るみると四角しかくな世界せかいから常識じょうしきと名なのつく、一角いっかくを磨滅まめつして、三角さんかくのうちに住むすむのを芸術家げいじゅつかと呼んよんでもよかろう。
この故こに天然てんねんにあれ、人事じんじにあれ、衆しゅう俗ぞくの辟易へきえきして近づきちかづきがたしとなすところにおいて、芸術家げいじゅつかは無数むすうの琳琅りんろうを見み、無上むじょうの宝たから※を知るしる。
俗ぞくにこれを名けなづけて美化びかと云ういう。
その実じつは美化びかでも何なんでもない。
燦爛さんらんたる彩あや光ひかりは、炳乎へいことして昔むかしから現象げんしょう世界せかいに実在じつざいしている。
ただ一いち翳かげ眼めに在っあって空花そらはな乱らん墜すおとするが故こに、俗ぞく累るいの覊絏牢ろうとして絶ちたちがたきが故こに、栄辱えいじょく得喪とくそうのわれに逼るせまる事こと、念々ねんねん切せつなるが故こに、ターナーたーなーが汽車きしゃを写すうつすまでは汽車きしゃの美びを解せげせず、応挙おうきょが幽霊ゆうれいを描くえがくまでは幽霊ゆうれいの美びを知らしらずに打ちうち過ぎるすぎるのである。
余よが今いま見みた影法師かげほうしも、ただそれきりの現象げんしょうとすれば、誰れだれが見みても、誰だれに聞かしきかしても饒に詩趣ししゅを帯びおびている。
――孤村こそんの温泉おんせん、――春宵しゅんしょうの花影はなかげ、――月つき前まえの低てい誦、――朧夜おぼろよの姿すがた――どれもこれも芸術家げいじゅつかの好よしみ題目だいもくである。
この好よしみ題目だいもくが眼前がんぜんにありながら、余よは入らはいらざる詮義せんぎ立てたてをして、余計よけいな探ぐりさぐりを投げ込んなげこんでいる。
せっかくの雅みやび境さかいに理窟りくつの筋すじが立ったって、願っねがってもない風流ふうりゅうを、気味きみの悪るわるさが踏みつけふみつけにしてしまった。
こんな事ことなら、非人情ひにんじょうも標榜ひょうぼうする価値かちがない。
もう少しすこし修行しゅぎょうをしなければ詩人しじんとも画家がかとも人ひとに向っむかって吹聴ふいちょうする資格しかくはつかぬ。
昔むかしし以い太ふとし利亜りあの画家がかサルヴァトル・ロザろざは泥棒どろぼうが研究けんきゅうして見みたい一心いっしんから、おのれの危険きけんを賭かけにして、山賊さんぞくの群ぐんに這入りはいり込んこんだと聞いきいた事ことがある。
飄然ひょうぜんと画帖がじょうを懐ふところにして家いえを出ででたからには、余よにもそのくらいの覚悟かくごがなくては恥ずかしいはずかしい事ことだ。
こんな時じにどうすれば詩的してきな立脚地りっきゃくちに帰れるかえれるかと云えいえば、おのれの感じかんじ、そのものを、おのが前まえに据えつけすえつけて、その感じかんじから一歩いちほ退いしりぞいて有体ありていに落ちついおちついて、他人たにんらしくこれを検査けんさする余地よちさえ作れつくればいいのである。
詩人しじんとは自分じぶんの屍骸しがいを、自分じぶんで解剖かいぼうして、その病状びょうじょうを天下てんかに発表はっぴょうする義務ぎむを有しゆうしている。
その方便ほうべんは色々いろいろあるが一番いちばん手近てぢかなのは何なんでも蚊かでも手当りてあたり次第しだい十七じゅうなな字じにまとめて見るみるのが一番いちばんいい。
十七じゅうなな字じは詩形しけいとしてもっとも軽便けいべんであるから、顔かおを洗うあらう時じにも、厠かわやに上っのぼった時じにも、電車でんしゃに乗っのった時じにも、容易よういに出来るできる。
十七じゅうなな字じが容易よういに出来るできると云ういう意味いみは安直あんちょくに詩人しじんになれると云ういう意味いみであって、詩人しじんになると云ういうのは一種いっしゅの悟りさとりであるから軽便けいべんだと云っいって侮蔑ぶべつする必要ひつようはない。
軽便けいべんであればあるほど功徳くどくになるからかえって尊重そんちょうすべきものと思うおもう。
まあちょっと腹はらが立つたつと仮定かていする。
腹はらが立ったったところをすぐ十七じゅうなな字じにする。
十七じゅうなな字じにするときは自分じぶんの腹立ちはらだちがすでに他人たにんに変じへんじている。
腹はらを立ったったり、俳句はいくを作っつくったり、そう一人ひとりが同時どうじに働けるはたらけるものではない。
ちょっと涙なみだをこぼす。
この涙なみだを十七じゅうなな字じにする。
するや否いなやうれしくなる。
涙なみだを十七じゅうなな字じに纏めまとめた時じには、苦しみくるしみの涙なみだは自分じぶんから遊離ゆうりして、おれは泣くなく事ことの出来るできる男おとこだと云ういう嬉しさうれしさだけの自分じぶんになる。
これが平生へいぜいから余よの主張しゅちょうである。
今夜こんやも一いちつこの主張しゅちょうを実行じっこうして見ようみようと、夜具やぐの中なかで例れいの事件じけんを色々いろいろと句くに仕立てるしたてる。
出来できたら書きつけかきつけないと散漫さんまんになっていかぬと、念入りねんいりの修業しゅぎょうだから、例れいの写生しゃせい帖じょうをあけて枕元まくらもとへ置くおく。
「海棠かいどうの露ろをふるふや物もの狂きょうひ」と真先まっさきに書き付けかきつけて読んよんで見るみると、別べつに面白くおもしろくもないが、さりとて気味きみのわるい事こともない。
次つぎに「花はなの影かげ、女おんなの影かげの朧おぼろかな」とやったが、これは季きが重なっかさなっている。
しかし何なんでも構わかまわない、気きが落ちついおちついて呑気のんきになればいい。
それから「正一位しょういちい、女おんなに化けばけて朧月おぼろづき」と作っつくったが、狂句きょうくめいて、自分じぶんながらおかしくなった。
この調子ちょうしなら大丈夫だいじょうぶと乗気のりきになって出るでるだけの句くをみなかき付けるつける。
春はるの星ほしを落しおとして夜半やはんのかざしかな春はるの夜よるの雲くもに濡らすぬらすや洗あらいひ髪かみ春はるや今宵こよい歌うたつかまつる御ご姿すがた海棠かいどうの精せいが出でてくる月夜つきよかなうた折々おりおり月下げっかの春はるををちこちす思ひ切つおもいきつて更けふけ行くいく春はるの独りひとりかな
などと、試みこころみているうち、いつしか、うとうと眠くねむくなる。
恍惚こうこつと云ういうのが、こんな場合ばあいに用いるもちいるべき形容詞けいようしかと思うおもう。
熟睡じゅくすいのうちには何人なんにんも我われを認めみとめ得とくぬ。
明覚めいさとしの際さいには誰だれあって外界がいかいを忘るるわするるものはなかろう。
ただ両りょう域いきの間まに縷のごとき幻まぼろし境さかいが横わるよこたわる。
醒めさめたりと云ういうには余りあまり朧おぼろにて、眠るねむると評せひょうせんには少しくすこしく生気せいきを剰すあます。
起臥きがの二に界さかいを同どう瓶びん裏うらに盛りもりて、詩歌しいかの彩管さいかんをもって、ひたすらに攪き雑ぜまぜたるがごとき状態じょうたいを云ういうのである。
自然しぜんの色いろを夢ゆめの手前てまえまでぼかして、ありのままの宇宙うちゅうを一段いちだん、霞かすみの国くにへ押し流すおしながす。
睡魔すいまの妖あやかし腕うでをかりて、ありとある実相じっそうの角度かくどを滑かなめらかにすると共ともに、かく和らげやわらげられたる乾坤けんこんに、われからと微かかすかに鈍なまくらき脈みゃくを通わかよわせる。
地ちを這うはう煙けむりの飛ばとばんとして飛びとび得とくざるごとく、わが魂たましいの、わが殻からを離れはなれんとして離りるるに忍びしのびざる態たいである。
抜け出でんぬけいでんとして逡巡しゅんじゅんい、逡巡しゅんじゅんいては抜け出でんぬけいでんとし、果てはては魂たましいと云ういう個体こたいを、もぎどうに保ちたもちかねて、氤※たる瞑くら氛が散るちるともなしに四肢しし五体ごたいに纏綿てんめんして、依々いたり恋々れんれんたる心持ちこころもちである。
余よが寤寐ごびの境さかいにかく逍遥しょうようしていると、入口いりぐちの唐紙とうしがすうと開いひらいた。
あいた所ところへまぼろしのごとく女おんなの影かげがふうと現われあらわれた。
余よは驚きおどろきもせぬ。
恐れおそれもせぬ。
ただ心地よくここちよく眺めながめている。
眺めるながめると云ういうてはちと言葉ことばが強きょう過ぎるすぎる。
余よが閉じとじている瞼まぶたの裏うらに幻影げんえいの女おんなが断りことわりもなく滑り込んすべりこんで来きたのである。
まぼろしはそろりそろりと部屋へやのなかに這入るはいる。
仙女せんじょの波なみをわたるがごとく、畳たたみの上うえには人ひとらしい音おとも立たたたぬ。
閉へいずる眼めのなかから見るみる世の中よのなかだから確としかとは解らわからぬが、色いろの白いしろい、髪かみの濃いこい、襟足えりあしの長いながい女おんなである。
近頃ちかごろはやる、ぼかした写真しゃしんを灯影とうえいにすかすような気きがする。
まぼろしは戸棚とだなの前まえでとまる。
戸棚とだながあく。
白いしろい腕うでが袖そでをすべって暗闇くらやみのなかにほのめいた。
戸棚とだながまたしまる。
畳たたみの波なみがおのずから幻影げんえいを渡しわたし返すかえす。
入口いりぐちの唐紙とうしがひとりでに閉へいたる。
余よが眠りねむりはしだいに濃やかこまやかになる。
人ひとに死ししして、まだ牛うしにも馬うまにも生れ変らうまれかわらない途中とちゅうはこんなであろう。
いつまで人ひとと馬うまの相中あいなかに寝ねていたかわれは知らしらぬ。
耳元みみもとにききっと女おんなの笑い声わらいごえがしたと思っおもったら眼めがさめた。
見れみれば夜よるの幕まくはとくに切り落さきりおとされて、天下てんかは隅すみから隅すみまで明るいあかるい。
うららかな春日しゅんじつが丸窓まるまどの竹たけ格子こうしを黒くくろく染め抜いそめぬいた様子ようすを見るみると、世の中よのなかに不思議ふしぎと云ういうものの潜むひそむ余地よちはなさそうだ。
神秘しんぴは十じゅう万まん億おく土つちへ帰っかえって、三途さんずの川かわの向側むかいがわへ渡っわたったのだろう。
浴衣ゆかたのまま、風呂場ふろばへ下りくだりて、五ご分ぶんばかり偶然ぐうぜんと湯壺ゆつぼのなかで顔かおを浮かしうかしていた。
洗うあらう気きにも、出るでる気きにもならない。
第だい一昨いっさく夕ゆうはどうしてあんな心持ちこころもちになったのだろう。
昼ひると夜よるを界さかいにこう天地てんちが、でんぐり返るでんぐりがえるのは妙みょうだ。
身体しんたいを拭くふくさえ退たい儀ぎだから、いい加減いいかげんにして、濡れぬれたまま上っのぼって、風呂場ふろばの戸とを内うちから開けるあけると、また驚かさおどろかされた。
「御早うおはよう。昨夕さくゆうはよく寝ねられましたか」 戸とを開けるあけるのと、この言葉ことばとはほとんど同時どうじにきた。
人ひとのいるさえ予期よきしておらぬ出合頭であいあたまの挨拶あいさつだから、さそくの返事へんじも出るでる遑いとまさえないうちに、「さ、御ご召しめしなさい」と後ろうしろへ廻っまわって、ふわりと余よの背中せなかへ柔かいやわらかい着物きものをかけた。
ようやくの事こと「これはありがとう……」だけ出しだして、向き直るむきなおる、途端とたんに女おんなは二三にさん歩あゆみ退いしりぞいた。
昔むかしから小説家しょうせつかは必ずかならず主人公しゅじんこうの容貌ようぼうを極力きょくりょく描写びょうしゃすることに相場そうばがきまってる。
古今ここん東西とうざいの言語げんごで、佳人かじんの品評ひんぴょうに使用しようせられたるものを列挙れっきょしたならば、大蔵経だいぞうきょうとその量りょうを争うあらそうかも知れしれぬ。
この辟易へきえきすべき多量たりょうの形容詞けいようし中なかから、余よと三さん歩あゆみの隔りへだたりに立つたつ、体からだを斜めななめに捩っもじって、後目しりめに余よが驚愕きょうがくと狼狽ろうばいを心地よここちよげに眺めながめている女おんなを、もっとも適当てきとうに叙すじょすべき用語ようごを拾いひろい来きったなら、どれほどの数すうになるか知れしれない。
しかし生れうまれて三十さんじゅう余よ年ねんの今日きょうに至るいたるまで未だいまだかつて、かかる表情ひょうじょうを見みた事ことがない。
美術家びじゅつかの評ひょうによると、希臘ぎりしゃの彫刻ちょうこくの理想りそうは、端はし粛しゅくの二に字じに帰するきするそうである。
端はし粛しゅくとは人間にんげんの活力かつりょくの動かうごかんとして、未だいまだ動かうごかざる姿すがたと思うおもう。
動けうごけばどう変化へんかするか、風雲ふううんか雷霆らいていか、見わけみわけのつかぬところに余韻よいんが縹緲ひょうびょうと存するそんするから含蓄がんちくの趣おもむきを百ひゃく世よの後あとに伝うつたうるのであろう。
世上せじょう幾多いくたの尊厳そんげんと威儀いぎとはこの湛然たんねんたる可能かのう力ちからの裏面りめんに伏在ふくざいしている。
動けうごけばあらわれる。
あらわるれば一いちか二にか三さんか必ずかならず始末しまつがつく。
一いちも二にも三さんも必ずかならず特殊とくしゅの能力のうりょくには相違そういなかろうが、すでに一いちとなり、二にとなり、三さんとなった暁あかつきには、※泥どろ帯水たいすいの陋を遺憾いかんなく示ししめして、本来ほんらい円満えんまんの相そうに戻るもどる訳わけには行かいかぬ。
この故こに動どうと名なのつくものは必ずかならず卑しいいやしい。
運慶うんけいの仁王におうも、北斎ほくさいの漫画まんがも全くまったくこの動どうの一いち字じで失敗しっぱいしている。
動かうごか静かしずか。
これがわれら画工がこうの運命うんめいを支配しはいする大おお問題もんだいである。
古来こらい美人びじんの形容けいようも大抵たいていこの二に大おお範疇はんちゅうのいずれにか打ち込むうちこむ事ことが出来できべきはずだ。
ところがこの女おんなの表情ひょうじょうを見るみると、余よはいずれとも判断はんだんに迷っまよった。
口くちは一いち文字もじを結んむすんで静せいである。
眼めは五ご分ぶんのすきさえ見出すみだすべく動いうごいている。
顔かおは下した膨ぼうの瓜実うりざね形かたちで、豊かゆたかに落ちつきおちつきを見せみせているに引きひき易えかえて、額がくは狭苦しくせまくるしくも、こせついて、いわゆる富士額ふじびたいの俗臭ぞくしゅうを帯びおびている。
のみならず眉まゆは両方りょうほうから逼っせまって、中間ちゅうかんに数すう滴しずくの薄荷はっかを点じてんじたるごとく、ぴくぴく焦慮しょうりょている。
鼻はなばかりは軽薄けいはくに鋭どくするどくもない、遅鈍ちどんに丸くまるくもない。
画がにしたら美しかろううつくしかろう。
かように別れ別れわかれわかれの道具どうぐが皆みな一癖ひとくせあって、乱調らんちょうにどやどやと余よの双眼そうがんに飛び込んとびこんだのだから迷うまようのも無理むりはない。
元来がんらいは静せいであるべき大地だいちの一角いっかくに陥欠かんけつが起っおこって、全体ぜんたいが思わおもわず動いうごいたが、動くうごくは本来ほんらいの性せいに背くそむくと悟っさとって、力めりきめて往昔おうせきの姿すがたにもどろうとしたのを、平衡へいこうを失っうしなった機き勢いきおいに制せせいせられて、心こころならずも動きうごきつづけた今日きょうは、やけだから無理むりでも動いうごいて見せるみせると云わいわぬばかりの有様ありさまが――そんな有様ありさまがもしあるとすればちょうどこの女おんなを形容けいようする事ことが出来るできる。
それだから軽侮けいぶの裏うらに、何なんとなく人ひとに縋りすがりたい景色けしきが見えるみえる。
人ひとを馬鹿ばかにした様子ようすの底そこに慎み深いつつしみぶかい分別ぶんべつがほのめいている。
才さいに任せまかせ、気きを負えおえば百ひゃく人ひとの男子だんしを物の数もののかずとも思わおもわぬ勢いきおいの下したから温和おんわしい情けなさけが吾われ知らしらず湧いわいて出るでる。
どうしても表情ひょうじょうに一致いっちがない。
悟りさとりと迷めいが一いち軒のきの家いえに喧嘩けんかをしながらも同居どうきょしている体からだだ。
この女おんなの顔かおに統一とういつの感じかんじのないのは、心こころに統一とういつのない証拠しょうこで、心こころに統一とういつがないのは、この女おんなの世界せかいに統一とういつがなかったのだろう。
不幸ふこうに圧しおしつけられながら、その不幸ふこうに打ち勝とううちかとうとしている顔かおだ。
不ふ仕合しあいな女おんなに違いない。
「ありがとう」と繰り返しくりかえしながら、ちょっと会釈えしゃくした。
「ほほほほ御ご部屋へやは掃除そうじがしてあります。往っいって御覧ごらんなさい。いずれ後ほどのちほど」と云ういうや否いなや、ひらりと、腰こしをひねって、廊下ろうかを軽気けいきに馳はせけて行っいった。
頭あたまは銀杏ぎんなん返かえしに結っけつっている。
白いしろい襟えりがたぼの下したから見えるみえる。
帯おびの黒くろ繻子しゅすは片側かたがわだけだろう。
3/10