草枕

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八

第 8 章
御ご茶ちゃの御馳走ごちそうになる。
相客あいきゃくは僧そう一人ひとり、観海みかい寺てらの和尚おしょうで名なは大おお徹とおると云ういうそうだ。
俗ぞく一人ひとり、二に十じゅう四よん五ごの若いわかい男おとこである。
老人ろうじんの部屋へやは、余よが室むろの廊下ろうかを右みぎへ突き当っつきあたって、左ひだりへ折れおれた行きいき留りとまりにある。
大おおさは六ろく畳たたみもあろう。
大きなおおきな紫檀したんの机つくえを真中まなかに据えすえてあるから、思っおもったより狭苦しいせまくるしい。
それへと云ういう席せきを見るみると、布団ふとんの代りかわりに花はな毯が敷いしいてある。
無論むろん支那しな製せいだろう。
真中まなかを六角ろっかくに仕切っしきって、妙みょうな家いえと、妙みょうな柳やなぎが織り出しおりだしてある。
周囲しゅういは鉄色てついろに近いちかい藍あいで、四隅よすみに唐草からくさの模様もようを飾っかざった茶ちゃの輪わを染め抜いそめぬいてある。
支那しなではこれを座敷ざしきに用いもちいたものか疑わしいうたがわしいが、こうやって布団ふとんに代用だいようして見るみるとすこぶる面白いおもしろい。
印度いんどの更紗さらさとか、ペルシャぺるしゃの壁掛かべかけとか号するごうするものが、ちょっと間まが抜けぬけているところに価値かちがあるごとく、この花はな毯もこせつかないところに趣おもむきがある。
花はな毯ばかりではない、すべて支那しなの器具きぐは皆みな抜けぬけている。
どうしても馬鹿ばかで気きの長いながい人種じんしゅの発明はつめいしたものとほか取れとれない。
見みているうちに、ぼおっとするところが尊みこととい。
日本にっぽんは巾着きんちゃく切りきりの態度たいどで美術品びじゅつひんを作るつくる。
西洋せいようは大きくおおきくて細かくこまかくて、そうしてどこまでも娑婆しゃば気きがとれない。
まずこう考えかんがえながら席せきに着くつく。
若いわかい男おとこは余よとならんで、花はな毯の半はんを占領せんりょうした。
和尚おしょうは虎とらの皮かわの上うえへ坐っすわった。
虎とらの皮かわの尻尾しっぽが余よの膝ひざの傍そばを通り越しとおりこして、頭あたまは老人ろうじんの臀しりの下したに敷かしきかれている。
老人ろうじんは頭あたまの毛けをことごとく抜いぬいて、頬ほおと顎あごへ移植いしょくしたように、白いしろい髯ひげをむしゃむしゃと生やしはやして、茶托ちゃたくへ載せのせた茶碗ちゃわんを丁寧ていねいに机つくえの上うえへならべる。
「今日きょうは久し振りひさしぶりで、うちへ御客ごきゃくが見えみえたから、御ご茶ちゃを上げようあげようと思っおもって、……」と坊ぼうさんの方ほうを向くむくと、「いや、御ご使しをありがとう。わしも、だいぶ御無沙汰ごむさたをしたから、今日きょうぐらい来きて見ようみようかと思っおもっとったところじゃ」と云ういう。
この僧そうは六十ろくじゅう近いちかい、丸顔まるがおの、達磨だるまを草書そうしょに崩しくずしたような容貌ようぼうを有しゆうしている。
老人ろうじんとは平常へいじょうからの昵懇じっこんと見えるみえる。
「この方ほうが御客ごきゃくさんかな」 老人ろうじんは首肯しゅこうながら、朱泥しゅでいの急須きゅうすから、緑みどりを含むふくむ琥珀こはく色いろの玉たま液えきを、二三にさん滴しずくずつ、茶碗ちゃわんの底そこへしたたらす。
清いきよい香りかおりがかすかに鼻はなを襲うおそう気分きぶんがした。
「こんな田舎いなかに一人ひとりでは御ご淋しかろさびしかろ」と和尚おしょうはすぐ余よに話しかけはなしかけた。
「はああ」となんともかとも要領ようりょうを得とくぬ返事へんじをする。
淋しいさびしいと云えいえば、偽りいつわりである。
淋しさびしからずと云えいえば、長いながい説明せつめいが入るはいる。
「なんの、和尚おしょうさん。このかたは画がを書かかかれるために来きられたのじゃから、御ご忙がしいいそがしいくらいじゃ」「おお左様さようか、それは結構けっこうだ。やはり南宗なんしゅう派はかな」「いいえ」と今度こんどは答えこたえた。
西洋画せいようがだなどと云っいっても、この和尚おしょうにはわかるまい。
「いや、例れいの西にし洋画ようがじゃ」と老人ろうじんは、主人しゅじん役やくに、また半分はんぶん引き受けひきうけてくれる。
「ははあ、洋画ようがか。すると、あの久一ひさいちさんのやられるようなものかな。あれは、わしこの間ま始めはじめて見みたが、随分ずいぶん奇麗きれいにかけたのう」「いえ、詰らなじらんものです」と若いわかい男おとこがこの時じようやく口くちを開いひらいた。
「御前ごぜん何なんぞ和尚おしょうさんに見みていただいたか」と老人ろうじんが若いわかい男おとこに聞くきく。
言葉ことばから云ういうても、様子ようすから云ういうても、どうも親類しんるいらしい。
「なあに、見みていただいたんじゃないですが、鏡かがみが池いけで写生しゃせいしているところを和尚おしょうさんに見つかっみつかったのです」「ふん、そうか――さあ御ご茶ちゃが注げそそげたから、一杯いちばい」と老人ろうじんは茶碗ちゃわんを各自かくじの前まえに置くおく。
茶ちゃの量りょうは三四さんよん滴しずくに過ぎすぎぬが、茶碗ちゃわんはすこぶる大きいおおきい。
生壁なまかべ色いろの地ちへ、焦げこげた丹たんと、薄いうすい黄きで、絵えだか、模様もようだか、鬼おにの面めんの模様もようになりかかったところか、ちょっと見当けんとうのつかないものが、べたに描いえがいてある。
「杢兵衛もくべえです」と老人ろうじんが簡単かんたんに説明せつめいした。
「これは面白いおもしろい」と余よも簡単かんたんに賞めほめた。
「杢兵衛もくべえはどうも偽物にせものが多くおおくて、――その糸底いとぞこを見みて御覧ごらんなさい。銘めいがあるから」と云ういう。
取り上げとりあげて、障子しょうじの方ほうへ向けむけて見るみる。
障子しょうじには植木鉢うえきばちの葉蘭はらんの影かげが暖かあたたかそうに写っうつっている。
首くびを曲げまげて、覗き込むのぞきこむと、杢もくの字じが小さくちいさく見えるみえる。
銘めいは観賞かんしょうの上うえにおいて、さのみ大切たいせつのものとは思わおもわないが、好事こうず者ものはよほどこれが気きにかかるそうだ。
茶碗ちゃわんを下したへ置かおかないで、そのまま口くちへつけた。
濃くこく甘くあまく、湯ゆ加減かげんに出でた、重いおもい露ろを、舌したの先さきへ一いちしずくずつ落しおとして味っあじって見るみるのは閑人ひまじん適意てきいの韻事いんじである。
普通ふつうの人ひとは茶ちゃを飲むのむものと心得こころえているが、あれは間ま違いだ。
舌頭ぜっとうへぽたりと載せのせて、清いきよいものが四方しほうへ散れちれば咽喉のどへ下るくだるべき液えきはほとんどない。
ただ馥郁ふくいくたる匂においが食道しょくどうから胃いのなかへ沁みしみ渡るわたるのみである。
歯はを用いるもちいるは卑しいいやしい。
水みずはあまりに軽いかるい。
玉露ぎょくろに至っいたっては濃こかなる事こと、淡水たんすいの境さかいを脱しだっして、顎あごを疲らすつからすほどの硬さかたさを知らしらず。
結構けっこうな飲料いんりょうである。
眠らねむられぬと訴うったえうるものあらば、眠らねむらぬも、茶ちゃを用いよもちいよと勧めすすめたい。
老人ろうじんはいつの間まにやら、青玉せいぎょくの菓子皿かしさらを出しだした。
大きなおおきな塊かたまりを、かくまで薄くうすく、かくまで規則きそく正しくただしく、刳りくりぬいた匠たくみ人ひとの手際てぎわは驚ろくおどろくべきものと思うおもう。
すかして見るみると春はるの日影ひかげは一面いちめんに射し込んさしこんで、射し込んさしこんだまま、逃がれのがれ出ずるいずる路みちを失っうしなったような感じかんじである。
中なかには何なんも盛らもらぬがいい。
「御客ごきゃくさんが、青磁せいじを賞めほめられたから、今日きょうはちとばかり見せようみせようと思うおもうて、出しだして置きおきました」「どの青磁せいじを――うん、あの菓子かし鉢ばちかな。あれは、わしも好よしみじゃ。時じにあなた、西洋画せいようがでは襖ふすまなどはかけんものかな。かけるなら一いちつ頼みたのみたいがな」 かいてくれなら、かかぬ事こともないが、この和尚おしょうの気きに入るはいるか入らはいらぬかわからない。
せっかく骨ほねを折っおって、西洋画せいようがは駄目だめだなどと云わいわれては、骨ほねの折おり栄えいがない。
「襖ふすまには向かむかないでしょう」「向かむかんかな。そうさな、この間まの久一ひさいちさんの画がのようじゃ、少しすこし派手はで過ぎるすぎるかも知れしれん」「私わたくしのは駄目だめです。あれはまるでいたずらです」と若いわかい男おとこはしきりに、恥かしはずかしがって謙遜けんそんする。
「その何なんとか云ういう池いけはどこにあるんですか」と余よは若いわかい男おとこに念ねんのため尋ねたずねて置くおく。
「ちょっと観海みかい寺てらの裏うらの谷たにの所ところで、幽邃ゆうすいな所ところです。――なあに学校がっこうにいる時分じぶん、習っならったから、退屈たいくつまぎれに、やって見みただけです」「観海みかい寺てらと云ういうと……」「観海みかい寺てらと云ういうと、わしのいる所ところじゃ。いい所ところじゃ、海うみを一目いちもくに見下しみくだしての――まあ逗留とうりゅう中なかにちょっと来きて御覧ごらん。なに、ここからはつい五六ごろく丁ていよ。あの廊下ろうかから、そら、寺てらの石段いしだんが見えるみえるじゃろうが」「いつか御ご邪魔じゃまに上っのぼってもいいですか」「ああいいとも、いつでもいる。ここの御嬢ごじょうさんも、よう、来きられる。――御嬢ごじょうさんと云えいえば今日きょうは御ご那美なみさんが見えんみえんようだが――どうかされたかな、隠居いんきょさん」「どこぞへ出でましたかな、久一ひさいち、御前ごぜんの方ほうへ行きいきはせんかな」「いいや、見えみえません」「また独りひとり散歩さんぽかな、ハハハハはははは。御ご那美なみさんはなかなか足あしが強いつよい。この間ま法ほう用ようで礪並まで行っいったら、姿見すがたみ橋はしの所ところで――どうも、善くよく似にとると思っおもったら、御ご那美なみさんよ。尻しりを端折っはしょって、草履ぞうりを穿いはいて、和尚おしょうさん、何なんをぐずぐず、どこへ行きいきなさると、いきなり、驚ろかさおどろかされたて、ハハハハはははは。御前ごぜんはそんな形姿けいしで地体ちたいどこへ、行っいったのぞいと聴くきくと、今いま芹摘みせりつみに行っいった戻りもどりじゃ、和尚おしょうさん少しすこしやろうかと云ういうて、いきなりわしの袂たもとへ泥どろだらけの芹せりを押し込んおしこんで、ハハハハハははははは」「どうも、……」と老人ろうじんは苦笑いにがわらいをしたが、急きゅうに立ったって「実じつはこれを御覧ごらんに入れるいれるつもりで」と話はなしをまた道具どうぐの方ほうへそらした。
老人ろうじんが紫檀したんの書架しょかから、恭しくうやうやしく取りとり下しおろした紋もん緞子どんすの古いふるい袋ふくろは、何なんだか重じゅうそうなものである。
「和尚おしょうさん、あなたには、御ご目めに懸けかけた事ことがあったかな」「なんじゃ、一体いったい」「硯すずりよ」「へえ、どんな硯すずりかい」「山陽さんようの愛蔵あいぞうしたと云ういう……」「いいえ、そりゃまだ見みん」「春水しゅんすいの替えかえ蓋ふたがついて……」「そりゃ、まだのようだ。どれどれ」 老人ろうじんは大事だいじそうに緞子どんすの袋ふくろの口くちを解くとくと、小豆色あずきいろの四角しかくな石いしが、ちらりと角かくを見せるみせる。
「いい色合いろあいじゃのう。端渓たんけいかい」「端渓たんけいで※※眼めが九きゅうつある」「九きゅうつ?」と和尚おしょう大おおに感じかんじた様子ようすである。
「これが春水しゅんすいの替えかえ蓋ふた」と老人ろうじんは綸子りんずで張っちょうった薄いうすい蓋ふたを見せるみせる。
上うえに春水しゅんすいの字じで七なな言げん絶句ぜっくが書いかいてある。
「なるほど。春水しゅんすいはようかく。ようかくが、書しょは杏あんず坪つぼの方ほうが上手じょうずじゃて」「やはり杏あんず坪つぼの方ほうがいいかな」「山陽さんようが一番いちばんまずいようだ。どうも才子さいし肌はだで俗気ぞくきがあって、いっこう面白うおもしろうない」「ハハハハはははは。和尚おしょうさんは、山陽さんようが嫌いきらいだから、今日きょうは山陽さんようの幅はばを懸けかけ替えかえて置いおいた」「ほんに」と和尚おしょうさんは後ろうしろを振り向くふりむく。
床ゆかは平床ひらどこを鏡かがみのようにふき込んふきこんで、※気きを吹いふいた古銅こどう瓶びんには、木蘭もくらんを二に尺さしの高さたかさに、活けいけてある。
軸じくは底光りそこびかりのある古ふる錦襴きんらんに、装幀そうていの工夫くふうを籠めこめた物もの徂徠そらいの大幅おおはばである。
絹地きぬじではないが、多少たしょうの時代じだいがついているから、字じの巧拙こうせつに論ろんなく、紙かみの色いろが周囲しゅういのきれ地ちとよく調和ちょうわして見えるみえる。
あの錦襴きんらんも織りおりたては、あれほどのゆかしさも無かっなかったろうに、彩色さいしきが褪せあせて、金糸きんしが沈んしずんで、華麗かれいなところが滅めつり込んこんで、渋いしぶいところがせり出しせりだして、あんないい調子ちょうしになったのだと思うおもう。
焦茶こげちゃの砂壁すなかべに、白いしろい象牙ぞうげの軸じくが際立っきわだって、両方りょうほうに突張っつっぱっている、手前てまえに例れいの木蘭もくらんがふわりと浮き出さうきだされているほかは、床ゆか全体ぜんたいの趣おもむきは落ちつきおちつき過ぎすぎてむしろ陰気いんきである。
「徂徠そらいかな」と和尚おしょうが、首くびを向けむけたまま云ういう。
「徂徠そらいもあまり、御ご好きすきでないかも知れしれんが、山陽さんようよりは善かろうよかろうと思うおもうて」「それは徂徠そらいの方ほうが遥かはるかにいい。享保きょうほう頃ころの学者がくしゃの字じはまずくても、どこぞに品しながある」「広沢ひろさわをして日本にっぽんの能書のうがきならしめば、われはすなわち漢かん人ひとの拙つたななるものと云ういうたのは、徂徠そらいだったかな、和尚おしょうさん」「わしは知らしらん。そう威張るいばるほどの字じでもないて、ワハハハハわはははは」「時じに和尚おしょうさんは、誰だれを習わならわれたのかな」「わしか。禅ぜん坊主ぼうずは本ほんも読まよまず、手習てならいもせんから、のう」「しかし、誰だれぞ習わならわれたろう」「若いわかい時じに高泉たかいずみの字じを、少しすこし稽古けいこした事ことがある。それぎりじゃ。それでも人ひとに頼またのまれればいつでも、書きかきます。ワハハハハわはははは。時じにその端渓たんけいを一いちつ御ご見せみせ」と和尚おしょうが催促さいそくする。
とうとう緞子どんすの袋ふくろを取り除けるとりのぞける。
一座いちざの視線しせんはことごとく硯すずりの上うえに落ちるおちる。
厚あつしさはほとんど二に寸すんに近いちかいから、通例つうれいのものの倍ばいはあろう。
四よん寸すんに六ろく寸すんの幅はばも長さながさもまず並なみと云っいってよろしい。
蓋ふたには、鱗うろこのかたに研きみがきをかけた松まつの皮かわをそのまま用いもちいて、上うえには朱漆しゅうるしで、わからぬ書体しょたいが二に字じばかり書いかいてある。
「この蓋ふたが」と老人ろうじんが云ういう。
「この蓋ふたが、ただの蓋ふたではないので、御覧ごらんの通りとおり、松まつの皮かわには相違そういないが……」 老人ろうじんの眼めは余よの方ほうを見みている。
しかし松まつの皮かわの蓋ふたにいかなる因縁いんねんがあろうと、画工がこうとして余よはあまり感服かんぷくは出来できんから、「松まつの蓋ふたは少しすこし俗ぞくですな」と云っいった。
老人ろうじんはまあと云わいわぬばかりに手てを挙げあげて、「ただ松まつの蓋ふたと云ういうばかりでは、俗ぞくでもあるが、これはその何なんですよ。山陽さんようが広島ひろしまにおった時じに庭にわに生えはえていた松まつの皮かわを剥いむいで山陽さんようが手ずからてずから製しせいしたのですよ」 なるほど山陽さんようは俗ぞくな男おとこだと思っおもったから、「どうせ、自分じぶんで作るつくるなら、もっと不器用ふきように作れつくれそうなものですな。わざとこの鱗うろこのかたなどをぴかぴか研ぎ出さとぎださなくっても、よさそうに思わおもわれますが」と遠慮えんりょのないところを云っいって退けしりぞけた。
「ワハハハハわはははは。そうよ、この蓋ふたはあまり安っぽいやすっぽいようだな」と和尚おしょうはたちまち余よに賛成さんせいした。
若いわかい男おとこは気の毒きのどくそうに、老人ろうじんの顔かおを見るみる。
老人ろうじんは少々しょうしょう不機嫌ふきげんの体からだに蓋ふたを払いのけはらいのけた。
下したからいよいよ硯すずりが正体しょうたいをあらわす。
もしこの硯すずりについて人ひとの眼めを峙つそばだつべき特異とくいの点てんがあるとすれば、その表面ひょうめんにあらわれたる匠たくみ人ひとの刻こくである。
真中まなかに袂たもと時計とけいほどな丸いまりい肉にくが、縁えんとすれすれの高さたかさに彫り残さほりのこされて、これを蜘蛛くもの背せに象ぞうどる。
中央ちゅうおうから四方しほうに向っむかって、八はち本ほんの足あしが彎曲わんきょくして走るはしると見れみれば、先さきには各かく※※眼めを抱えかかえている。
残るのこる一いち個こは背せの真中まなかに、黄きな汁しるをしたたらしたごとく煮染にしめんで見えるみえる。
背せと足あしと縁えんを残しのこして余るあまる部分ぶぶんはほとんど一いち寸すん余よの深さふかさに掘り下げほりさげてある。
墨すみを湛えるたたえる所ところは、よもやこの塹壕ざんごうの底そこではあるまい。
たとい一いち合あわせの水みずを注ぐそそぐともこの深さふかさを充たすみたすには足らあしらぬ。
思うおもうに水みず盂の中なかから、一いち滴しずくの水みずを銀ぎん杓ひしゃくにて、蜘蛛くもの背せに落しおとしたるを、貴きとうとき墨すみに磨りすり去るさるのだろう。
それでなければ、名なは硯すずりでも、その実じつは純然じゅんぜんたる文房ぶんぼう用ようの装飾品そうしょくひんに過ぎすぎぬ。
老人ろうじんは涎よだれの出でそうな口くちをして云ういう。
「この肌合はだあいと、この眼めを見みて下さいください」 なるほど見れみれば見るみるほどいい色いろだ。
寒くさむく潤沢じゅんたくを帯びおびたる肌はだの上うえに、はっと、一息ひといき懸けかけたなら、直ちにただちに凝っこって、一いち朶の雲くもを起すおこすだろうと思わおもわれる。
ことに驚くおどろくべきは眼めの色いろである。
眼めの色いろと云わいわんより、眼めと地ちの相そう交わるまじわる所ところが、次第しだいに色いろを取り替えとりかえて、いつ取り替えとりかえたか、ほとんど吾われ眼めの欺かあざむかれたるを見出しみだし得とくぬ事ことである。
形容けいようして見るみると紫色むらさきいろの蒸むし羊羹ようかんの奥おくに、隠元豆いんげんまめを、透いすいて見えるみえるほどの深さふかさに嵌め込んはめこんだようなものである。
眼めと云えいえば一いち個こ二に個こでも大変たいへんに珍重ちんちょうされる。
九きゅう個こと云っいったら、ほとんど類るいはあるまい。
しかもその九きゅう個こが整然せいぜんと同どう距離きょりに按排あんばいされて、あたかも人造じんぞうのねりものと見違えみちがえらるるに至っいたってはもとより天下てんかの逸品いっぴんをもって許さゆるさざるを得とくない。
「なるほど結構けっこうです。観かんて心持こころもちがいいばかりじゃありません。こうして触っさわっても愉快ゆかいです」と云いいいながら、余よは隣りとなりの若いわかい男おとこに硯すずりを渡しわたした。
「久一ひさいちに、そんなものが解るわかるかい」と老人ろうじんが笑いわらいながら聞いきいて見るみる。
久一ひさいち君きみは、少々しょうしょう自棄じきの気味きみで、「分りゃわかりゃしません」と打ち遣っうちやったように云い放っいいはなったが、わからん硯すずりを、自分じぶんの前まえへ置いおいて、眺めながめていては、もったいないと気きがついたものか、また取り上げとりあげて、余よに返しかえした。
余よはもう一遍いちぺん丁寧ていねいに撫でなで廻わしまわした後あと、とうとうこれを恭しくうやうやしく禅師ぜんじに返却へんきゃくした。
禅師ぜんじはとくと掌てのひらの上うえで見み済ましすました末すえ、それでは飽き足らあきたらぬと考えかんがえたと見えみえて、鼠ねずみ木綿もめんの着物きものの袖そでを容赦ようしゃなく蜘蛛くもの背せへこすりつけて、光沢こうたくの出でた所ところをしきりに賞翫しょうがんしている。
「隠居いんきょさん、どうもこの色いろが実じつに善いよいな。使うつかうた事ことがあるかの」「いいや、滅多めったには使いつかいとう、ないから、まだ買うかうたなりじゃ」「そうじゃろ。こないなのは支那しなでも珍らしかろうめずらしかろうな、隠居いんきょさん」「左様さよう」「わしも一いちつ欲しいほしいものじゃ。何なんなら久一ひさいちさんに頼もうたのもうか。どうかな、買うかうて来きておくれかな」「へへへへ。硯すずりを見つけみつけないうちに、死んしんでしまいそうです」「本当ほんとうに硯すずりどころではないな。時じにいつ御ご立ちたちか」「二三にさん日ひうちに立ちたちます」「隠居いんきょさん。吉田よしだまで送っおくって御ごやり」「普段ふだんなら、年ねんは取っとっとるし、まあ見合すみあわすところじゃが、ことによると、もう逢えあえんかも、知れしれんから、送っおくってやろうと思うおもうております」「御ご伯父おじさんは送っおくってくれんでもいいです」 若いわかい男おとこはこの老人ろうじんの甥おいと見えるみえる。
なるほどどこか似にている。
「なあに、送っおくって貰うもらうがいい。川船かわふねで行けいけば訳わけはない。なあ隠居いんきょさん」「はい、山越やまごえでは難義なんぎだが、廻りまわり路みちでも船ふねなら……」 若いわかい男おとこは今度こんどは別べつに辞退じたいもしない。
ただ黙っだまっている。
「支那しなの方ほうへおいでですか」と余よはちょっと聞いきいて見みた。
「ええ」 ええの二に字じでは少しすこし物もの足らあしらなかったが、その上うえ掘っほって聞くきく必要ひつようもないから控えひかえた。
障子しょうじを見るみると、蘭らんの影かげが少しすこし位置いちを変えかえている。
「なあに、あなた。やはり今度こんどの戦争せんそうで――これがもと志願兵しがんへいをやったものだから、それで召集しょうしゅうされたので」 老人ろうじんは当人とうにんに代っかわって、満洲まんしゅうの野のに日ひならず出征しゅっせいすべきこの青年せいねんの運命うんめいを余よに語ごげた。
この夢ゆめのような詩しのような春はるの里さとに、啼くなくは鳥とり、落つるおつるは花はな、湧くわくは温泉おんせんのみと思い詰めおもいつめていたのは間ま違いである。
現実世界げんじつせかいは山やまを越えこえ、海うみを越えこえて、平家へいけの後裔こうえいのみ住みすみ古ふるるしたる孤村こそんにまで逼るせまる。
朔北さくほくの曠野こうやを染むしむる血潮ちしおの何万なんまん分ぶんの一いちかは、この青年せいねんの動脈どうみゃくから迸るたばしる時じが来るくるかも知れしれない。
この青年せいねんの腰こしに吊るつる長きながき剣けんの先さきから煙りけむりとなって吹くふくかも知れしれない。
しかしてその青年せいねんは、夢みるゆめみる事ことよりほかに、何なんらの価値かちを、人生じんせいに認めみとめ得とくざる一いち画工がこうの隣りとなりに坐っすわっている。
耳みみをそばだつれば彼かれが胸むねに打つうつ心臓しんぞうの鼓動こどうさえ聞ききき得るうるほど近くちかくに坐っすわっている。
その鼓動こどうのうちには、百里ひゃくりの平野ひらのを捲くまく高きたかき潮しおが今いますでに響いひびいているかも知れしれぬ。
運命うんめいは卒然そつぜんとしてこの二人ふたりを一堂いちどうのうちに会しかいしたるのみにて、その他ほかには何事なにごとをも語らかたらぬ。
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