四
第 4 章
船が飯田河岸のような石垣へ横にぴたりと着くんだから海とは思えない。
河岸の上には人がたくさん並んでいる。
けれどもその大部分は支那のクーリーで、一人見ても汚ならしいが、二人寄るとなお見苦しい。
こうたくさん塊るとさらに不体裁である。
余は甲板の上に立って、遠くからこの群集を見下しながら、腹の中で、へえー、こいつは妙な所へ着いたねと思った。
そのうち船がだんだん河岸に近づいてくるに従って、陸の方で帽子を振って知人に挨拶をするものなどができて来た。
宣教師のウィンという人の妻君が、中村さんが多分迎えに来ておいででしょうと、笑いながら御世辞を云ったが、電報も打たず、いつ着くとも知らせなかった余の到着を、いくら権威赫々たる総裁だって予知し得る道理がない。
余は欄干に頬杖を突きながら、なるほどこいつはどうしたものかな、ひとまず是公の家へ行って宿を聞いて、それからその宿へ移る事にでもするかなと思ってるうちに、船は鷹揚にかの汚ならしいクーリー団の前に横づけになって止まった。
止まるや否や、クーリー団は、怒った蜂の巣のように、急に鳴動し始めた。
その鳴動の突然なのには、ちょっと胆力を奪われたが、何しろ早晩地面の上へ下りるべき運命を持った身体なんだから、しまいにはどうかしてくれるだろうと思って、やっぱり頬杖を突いて河岸の上の混戦を眺めていた。
すると佐治さんが来て、夏目さんどこへおいでになりますと聞いてくれた。
まあひとまず総裁の家へでも行って見ましょうと答えていると、そこへ背の高い、紺色の夏服を着た立派な紳士が出て来て、懐中から名刺を出して叮嚀に挨拶をされた。
それが秘書の沼田さんだったので、頬杖を突いて、いつまでも鳴動を眺めている余には、大変な好都合になった。
沼田さんは今度郷里から呼び迎えられた老人を、自宅へ案内されるために、船まで来られたのだそうだが、同じ鉄嶺丸に余の乗っている事を聞いて、わざわざ刺を通じられたのである。
じゃホテルの馬車でと沼田さんが佐治さんに話している。
河岸の上を見ると、なるほど馬車が並んでいた。
力車もたくさんある、ところが力車はみんな鳴動連が引くので、内地のに比べるとはなはだ景気が好くない。
馬車の大部分もまた鳴動連によって、御せられている様子である。
したがっていずれも鳴動流に汚ないものばかりであった。
ことに馬車に至っては、その昔日露戦争の当時、露助が大連を引上げる際に、このまま日本人に引渡すのは残念だと云うので、御叮嚀に穴を掘って、土の中に埋めて行ったのを、チャンが土の臭を嗅いで歩いて、とうとう嗅ぎあてて、一つ掘っては鳴動させ、二つ掘っては鳴動させ、とうとう大連を縦横十文字に鳴動させるまでに掘り尽くしたと云う評判のある、――評判だから、本当の事は分らないが、この評判があらゆる評判のうちでもっとも巧妙なものと、誰しも認めざるを得ないほどの泥だらけの馬車である。
その中に東京の真中でも容易に見る事のできないくらい、新しい奇麗なのが二台あった。
御者が立派なリヴェリーを着て、光った長靴を穿いて、哈爾賓産の肥えた馬の手綱を取って控えていた。
佐治さんは、船から河岸へ掛けた橋を渡って、鳴動の中を突き切って、わざわざ余をその奇麗な馬車の傍まで連れて行った。
さあ御乗んなさいと勧めながら、すぐ御者台の方へ向いて、総裁の御宅までと注意を与えた。
御者はすぐ鞭を執った。
車は鳴動の中を揺ぎ出した。