九
第 9 章
これが豆油の精製しない方で、こっちが精製した方です。
色が違うばかりじゃない、香も少し変っています。
嗅いで御覧なさいと技師が注意するので嗅いで見た。
用いる途ですか、まあ料理用ですね。
外国では動物性の油が高価ですから、こう云うのができたら便利でしょう。
第一大変安いのです。
これでオリーブ油の何分の一にしか当らないんだから。
そうして効用は両方共ほぼ同じです。
その点から見てもはなはだ重宝です。
それにこの油の特色は他の植物性のもののように不消化でないです。
動物性と同じくらいに消化れますと云われたので急に豆油がありがたくなった。
やはり天麩羅などにできますかと聞くと、無論できますと答えたので、近き将来において一つ豆油の天麩羅を食ってみようと思ってその室を出た。
出がけに御邪魔でもこれをお持ちなさいと云って細長い箱をくれたから、何だろうと思って、即座に開けて見ると、石鹸が三つ並んでいた。
これがやっぱり同じ材料から製造した石鹸ですと説明されたが、普通の石鹸と別に変ったところもないようだから、ただなるほどと云ったなり眺めていた。
すると、この石鹸に面白いところは、塩水に溶解するから奇体ですよとの追加があったので、急に貰って行く気になって葢をした。
柞蚕から取った糸を並べて、これが従来の奴ですと云うのを見ると、なるほど色が黒い。
こっちは精製した方でと、傍に出されると全く白い。
かつ節なしにでき上っている。
これで織ったのがありますかと聞いて見ると、あいにく有りませんと云う答である。
しかしもし織ったらどんなものができるでしょうと聞くと、羽二重のようなものができるつもりですと云う。
その上価段が半分だと云う。
柞蚕から羽二重が織れて、それが内地の半額で買えたらさぞ善かろう。
高粱酒を出して洋盃に注ぎながら、こっちが普通の方で、こっちが精製した方でと、またやりだしたから、いや御酒はたくさんですと断った。
さすが酒好きの是公も高粱酒の比較飲みは、思わしくないと見えて、並製も上製も同じく謝絶した。
是公の話によると、この間高峯譲吉さんが来て、高粱からウィスキーを採るとか採らないとかしきりに研究していたそうである。
ウィスキーがこの試験場でできるようになったら是公がさぞ喜んで飲む事だろう。
陶器を作っている部屋もあったようだが、これはほんの試験中で、並製も上製もないようであった。
中央試験所を出て、五六町来ると、馬車を下りて草の中に迷い込んだ。
路のない谷へ下りたり、足場のない岡へ上ったりするので、汗が出て、顔の皮がひりひりして来た。
その上胃がしきりに痛む。
是公に聞いて見ると、射撃場へ連れて行ってやるんだと云うから、例の連れて行ってやると云う厚意に免じて、腹の痛いのを我慢して目的の家まで行ってすぐ椅子の上へ腰をかけてしまった。
是公がしきりに鉄砲の話をするようであったが、とんと頭に響かない。
何でもこの家だけは会社から寄附してやった。
これでも二千円とか三千円とかかかったという事だけがようやく耳に這入った。
そこへ汚ない支那人が二三人、奇麗な鳥籠を提げてやって来た。
支那人て奴は風雅なものだよ。
着るものもない貧乏人のくせに、ああやって、鳥をぶら下げて、山の中をまごついて、鳥籠を樹の枝に釣るして、その下に坐って、食うものも食わずにおとなしく聞いているんだよ。
それがもし二人集まれば鳴き競をするからね。
ああ実に風雅なものだよ。
としきりに支那人を賞めている。
余はポッケットからゼムを出して呑んだ。