満韓ところどころ

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五

第 5 章
門もんを這入っはいって馬車ばしゃの輪わが砂利じゃりの上うえを二三にさん間ま軋っきしったかと思うおもうと、馬うまは大きなおおきな玄関げんかんの前まえへ来きて静かしずかに留まっとまった。
石段いしだんを上っのぼって、入口いりぐちの所ところに立つたつや否いなや、色いろの白いしろい十じゅう四よん五ごの給仕きゅうじが、頑丈がんじょうな樫かしの戸とを内うちから開いひらいて、余よの顔かおを見みながら挨拶あいさつをした。
もう御ご帰りかえりかと尋ねるたずねると、まだでございますと云ういう。
留守るすでは仕方しかたがない。
どうしたものだろうと思っおもって、石いしの上うえに佇たたずまいずんで首くびを傾けかたむけているところへ、後あとに足音あしおとがするようだからふり向くふりむくと、先刻せんこく鉄嶺てつれい丸まるで知己ちきになった沼田ぬまたさんである。
さあ、どうぞと云わいわれるので、中なかに入っはいった。
沼田ぬまたさんは先さきへ立ったって、ホールほーるの突き当りつきあたりにある厚いあつい戸とを開いひらいた。
その戸との中なかへ首くびを突っ込んつっこんで、室むろの奥おくを見渡しみわたした時じに、こりゃ滅法めっぽう広いひろいなと思っおもった。
数字すうじの観念かんねんに乏しいとぼしい性質せいしつだから何なん畳敷たたみじきだかとんと要領ようりょうを得とくないが、何なんでも細長いほそながい御寺おてらの本堂ほんどうのような心持こころもちがした。
その広いひろい座敷ざしきがただ一いち枚ばいの絨毯じゅうたんで敷きつめしきつめられて、四角しかくだけがわずかばかり華やかはなやかな織物おりものの色いろと映りうつり合うあうために、薄暗くうすぐらく光っひかりっている。
この大きなおおきな絨毯じゅうたんの上うえに、応接おうせつ用ようの椅子いすと卓たくがちょんぼり二に所ところに並べならべてある。
一方いっぽうの卓たくと一方いっぽうの卓たくとは、まるで隣家りんかの座敷ざしきぐらい離れはなれている。
沼田ぬまたさんは余よをその一方いっぽうに導いみちびいて席せきを与えあたえられた。
仰向いあおむいて見るみると天井てんじょうがむやみに高いたかい。
高いたかいはずである。
室むろの入口いりぐちには二に階かいがついていて、その二に階かいの手摺てすりから、余よの坐っすわっている所ところが一目いちもくに見下さみくだされるような構造こうぞうなんだから、つまるところは、余よの頭あたまの上うえが、一いち階かいの天井てんじょう兼けん二に階かいの天井てんじょうである。
後あとに人ひとの説明せつめいを聞いきいて始めてはじめて知っしったのだが、このだだっ広いだだっぴろい応接おうせつ間まは、実じつは舞踏ぶとう室むろで、それを見下しみくだしている手摺てすり付ふの二に階かいは、楽隊がくたいの楽らくを奏するそうする所ところにできているのだそうだ。
そんなら、そうと早くはやくから教えおしえてくれれば、安心あんしんするものを、断りことわりなしに急きゅうに仏ふつ様ようのない本堂ほんどうへ案内あんないされたものだからまず一番いちばんに吃驚びっくりした。
余よは大連だいれん滞在たいざい中なか何度なんどとなくこの部屋へやを横切っよこぎって、是ぜ公こうの書斎しょさいへ通っとおったので、喫驚きっきょうする事ことは、最初さいしょの一度いちどだけですんだが、通るとおるたんびに、おりもせぬ阿弥陀あみだ様ようを思い出さおもいださない事ことはなかった。
室むろを這入っはいって右みぎは、往来おうらいを向いむかいた窓まどで、左ひだりの中央ちゅうおうから長いながい幕まくが次つぎの部屋へやの仕切りしきりに垂れたれている。
正面しょうめんに五ご尺さしほどの盆栽ぼんさいを二に鉢ばち置いおいて、横よこに奇麗きれいな象ぞうの置物おきものが据えすえてある。
大きさおおきさは豚ぶたの子こほどある。
これは狸穴まみあなの支社ししゃの客間きゃくまで見みたものと同じおなじだから、一いち対たいを二につに分けわけたものだろうと思っおもった。
そのほかには長いながい幕まくの上うえに、大なおおきな額がくがかかっていた。
その左ひだりりの端はしに、小さくちいさく南満なんまん鉄道会社てつどうかいしゃ総裁そうさい後藤ごとう新平しんぺいと書いかいてある。
書体しょたいから云ういうと、上海しゃんはい辺へんで見るみる看板かんばんのような字じで、筆画ひっかくがすこぶる整っととのっている。
後藤ごとうさんも満洲まんしゅうへ来きていただけに、字じが旨くうまくなったものだと感心かんしんしたが、その実じつ感心かんしんしたのは、後藤ごとうさんの揮毫きごうではなくって、清国しんこく皇帝こうていの御ご筆ふでであった。
右みぎの肩かたに賜うたまうと云ういう字じがあるのを見落しみおとした上うえに後藤ごとうさんの名前なまえが小さちいささ過ぎるすぎるのでつい失礼しつれいをしたのである。
後藤ごとうさんも清国しんこく皇帝こうていに逢っあって、こう小さくちいさく呼びよび棄に書かかかれちゃたまらない。
えらい人ひとからは、滅多めったに賜わったまわったり何なんかされない方ほうがいいと思っおもった。
沼田ぬまたさんは給仕きゅうじを呼んよんで、処々ところ方々かたがたへ電話でんわをかけさして、是ぜ公こうの行方ゆくえを聞き合せききあわせてくれたが全くまったく分らわからない。
米国べいこくの艦隊かんたいが港内こうないに碇泊ていはくしているので、驩迎のため、今日きょうはベースボールべーすぼーるがあるはずだから、あるいはそれを観かんに行っいってるかも知れしれないと云ういう話はなしであった。
そのうち広いひろい部屋へやがようやく暗くくらくなりかけた。
じゃどこぞ宿屋やどやへでも行っいって待ちまちましょうと云ういうと、社しゃの宿屋やどやですから、やっぱり大和やまとホテルほてるがいいでしょうと、沼田ぬまたさんが親切しんせつに自分じぶんで余よをホテルほてるまで案内あんないしてくれた。
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