坊っちゃん

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十

第 10 章
祝勝しゅくしょう会かいで学校がっこうはお休みやすみだ。
練兵れんぺい場ばで式しきがあるというので、狸たぬきは生徒せいとを引率いんそつして参列さんれつしなくてはならない。
おれも職員しょくいんの一人ひとりとしていっしょにくっついて行くいくんだ。
町まちへ出るでると日の丸ひのまるだらけで、まぼしいくらいである。
学校がっこうの生徒せいとは八百はっぴゃく人ひともあるのだから、体操たいそうの教師きょうしが隊伍たいごを整えととのえて、一いち組くみ一いち組くみの間まを少しすこしずつ明けあけて、それへ職員しょくいんが一人ひとりか二人ふたりずつ監督かんとくとして割り込むわりこむ仕掛けしかけである。
仕掛しかけだけはすこぶる巧妙こうみょうなものだが、実際じっさいはすこぶる不手際ふてぎわである。
生徒せいとは小供こどもの上うえに、生意気なまいきで、規律きりつを破らやぶらなくっては生徒せいとの体面たいめんにかかわると思っおもってる奴やつ等とうだから、職員しょくいんが幾いく人ひとついて行っいったって何なんの役やくに立つたつもんか。
命令めいれいも下さくださないのに勝手かってな軍歌ぐんかをうたったり、軍歌ぐんかをやめるとワーわーと訳わけもないのに鬨の声ときのこえを揚げあげたり、まるで浪人ろうにんが町内ちょうないをねりあるいてるようなものだ。
軍歌ぐんかも鬨の声ときのこえも揚げあげない時じはがやがや何なんか喋舌っしゃべってる。
喋舌らしゃべらないでも歩けあるけそうなもんだが、日本人にっぽんにんはみな口くちから先さきへ生れるうまれるのだから、いくら小言こごとを云っいったって聞きききっこない。
喋舌るしゃべるのもただ喋舌るしゃべるのではない、教師きょうしのわる口わるくちを喋舌るしゃべるんだから、下等したとうだ。
おれは宿直しゅくちょく事件じけんで生徒せいとを謝罪しゃざいさして、まあこれならよかろうと思っおもっていた。
ところが実際じっさいは大違いおおちがいである。
下宿げしゅくの婆ばあさんの言葉ことばを借りかりて云えいえば、正にまさに大違いおおちがいの勘五郎かんごろうである。
生徒せいとがあやまったのは心こころから後悔こうかいしてあやまったのではない。
ただ校長こうちょうから、命令めいれいされて、形式的けいしきてきに頭あたまを下げさげたのである。
商人しょうにんが頭あたまばかり下げさげて、狡いずるい事ことをやめないのと一般いっぱんで生徒せいとも謝罪しゃざいだけはするが、いたずらは決してけっしてやめるものでない。
よく考えかんがえてみると世の中よのなかはみんなこの生徒せいとのようなものから成立せいりつしているかも知れしれない。
人ひとがあやまったり詫びわびたりするのを、真面目まじめに受けうけて勘弁かんべんするのは正直しょうじき過ぎるすぎる馬鹿ばかと云ういうんだろう。
あやまるのも仮りかりにあやまるので、勘弁かんべんするのも仮りかりに勘弁かんべんするのだと思っおもってれば差し支えさしつかえない。
もし本当ほんとうにあやまらせる気きなら、本当ほんとうに後悔こうかいするまで叩きつけたたきつけなくてはいけない。
おれが組くみと組くみの間まにはいって行くいくと、天麩羅てんぷらだの、団子だんごだの、と云ういう声こえが絶えたえずする。
しかも大勢おおぜいだから、誰だれが云ういうのだか分らわからない。
よし分っわかってもおれの事ことを天麩羅てんぷらと云っいったんじゃありません、団子だんごと申しもうしたのじゃありません、それは先生せんせいが神経しんけい衰弱すいじゃくだから、ひがんで、そう聞くきくんだぐらい云ういうに極まっきわまってる。
こんな卑劣ひれつな根性こんじょうは封建ほうけん時代じだいから、養成ようせいしたこの土地とちの習慣しゅうかんなんだから、いくら云っいって聞かしきかしたって、教えおしえてやったって、到底とうてい直りなおりっこない。
こんな土地とちに一いち年ねんも居るいると、潔白けっぱくなおれも、この真似まねをしなければならなく、なるかも知れしれない。
向うむこうでうまく言い抜けいいぬけられるような手段しゅだんで、おれの顔かおを汚すよごすのを抛っほうっておく、樗蒲ちょほ一いちはない。
向こうむこうが人ひとならおれも人ひとだ。
生徒せいとだって、子供こどもだって、ずう体からだはおれより大きいおおきいや。
だから刑罰けいばつとして何なんか返報へんぽうをしてやらなくっては義理ぎりがわるい。
ところがこっちから返報へんぽうをする時分じぶんに尋常じんじょうの手段しゅだんで行くいくと、向うむこうから逆ぎゃく捩を食わしくわして来るくる。
貴様きさまがわるいからだと云ういうと、初手しょてから逃げにげ路みちが作っつくってある事ことだから滔々とうとうと弁じ立てるべんじたてる。
弁じ立てべんじたてておいて、自分じぶんの方ほうを表向きおもてむきだけ立派りっぱにしてそれからこっちの非ひを攻撃こうげきする。
もともと返報へんぽうにした事ことだから、こちらの弁護べんごは向うむこうの非ひが挙がらあがらない上うえは弁護べんごにならない。
つまりは向うむこうから手てを出しだしておいて、世間体せけんたいはこっちが仕掛けしかけた喧嘩けんかのように、見傚さみなされてしまう。
大変たいへんな不利益ふりえきだ。
それなら向うむこうのやるなり、愚ぐ迂多良たら童子どうじを極め込んきめこんでいれば、向うむこうはますます増長ぞうちょうするばかり、大きくおおきく云えいえば世の中よのなかのためにならない。
そこで仕方しかたがないから、こっちも向うむこうの筆法ひっぽうを用いもちいて捕まえつかまえられないで、手ての付けつけようのない返報へんぽうをしなくてはならなくなる。
そうなっては江戸っ子えどっこも駄目だめだ。
駄目だめだが一いち年ねんもこうやられる以上いじょうは、おれも人間にんげんだから駄目だめでも何なんでもそうならなくっちゃ始末しまつがつかない。
どうしても早くはやく東京とうきょうへ帰っかえって清きよしといっしょになるに限るかぎる。
こんな田舎いなかに居るいるのは堕落だらくしに来きているようなものだ。
新聞しんぶん配達はいたつをしたって、ここまで堕落だらくするよりはましだ。
こう考えかんがえて、いやいや、附いついてくると、何なんだか先鋒せんぽうが急きゅうにがやがや騒ぎさわぎ出しだした。
同時どうじに列れつはぴたりと留まるとまる。
変へんだから、列れつを右みぎへはずして、向うむこうを見るみると、大手町おおてまちを突き当っつきあたって薬師町やくしまちへ曲がるまがる角かくの所ところで、行き詰っいきづまったぎり、押し返しおしかえしたり、押し返さおしかえされたりして揉み合っもみあっている。
前方ぜんぽうから静かしずかに静かしずかにと声こえを涸らしからして来きた体操たいそう教師きょうしに何なんですと聞くきくと、曲り角まがりかどで中学校ちゅうがっこうと師範学校しはんがっこうが衝突しょうとつしたんだと云ういう。
中学ちゅうがくと師範しはんとはどこの県けん下したでも犬と猿いぬとさるのように仲なかがわるいそうだ。
なぜだかわからないが、まるで気風きふうが合わあわない。
何なんかあると喧嘩けんかをする。
大方おおかた狭いせまい田舎いなかで退屈たいくつだから、暇潰しひまつぶしにやる仕事しごとなんだろう。
おれは喧嘩けんかは好きすきな方ほうだから、衝突しょうとつと聞いきいて、面白おもしろ半分はんぶんに馳はせけ出しけだして行っいった。
すると前まえの方ほうにいる連中れんちゅうは、しきりに何なんだ地方税ちほうぜいの癖くせに、引き込めひきこめと、怒鳴っどなってる。
後ろうしろからは押せ押せおせおせと大きなおおきな声こえを出すだす。
おれは邪魔じゃまになる生徒せいとの間まをくぐり抜けくぐりぬけて、曲がり角まがりかどへもう少しすこしで出ようでようとした時じに、前まえへ!
と云ういう高くたかく鋭いするどい号令ごうれいが聞えきこえたと思っおもったら師範学校しはんがっこうの方ほうは粛粛しゅくしゅくとして行進こうしんを始めはじめた。
先さきを争っあらそった衝突しょうとつは、折合おりあわせがついたには相違そういないが、つまり中学校ちゅうがっこうが一歩いちほを譲っゆずったのである。
資格しかくから云ういうと師範学校しはんがっこうの方ほうが上うえだそうだ。
祝勝しゅくしょうの式しきはすこぶる簡単かんたんなものであった。
旅団長りょだんちょうが祝詞のりとを読むよむ、知事ちじが祝詞のりとを読むよむ、参列者さんれつしゃが万歳ばんざいを唱えるとなえる。
それでおしまいだ。
余興よきょうは午後ごごにあると云ういう話はなしだから、ひとまず下宿げしゅくへ帰っかえって、こないだじゅうから、気きに掛っかかっていた、清きよしへの返事へんじをかきかけた。
今度こんどはもっと詳しくくわしく書いかいてくれとの注文ちゅうもんだから、なるべく念ねん入いりに認めみとめなくっちゃならない。
しかしいざとなって、半切はんせつを取り上げるとりあげると、書くかく事ことはたくさんあるが、何なんから書き出しかきだしていいか、わからない。
あれにしようか、あれは面倒臭いめんどうくさい。
これにしようか、これはつまらない。
何なんか、すらすらと出でて、骨ほねが折れおれなくって、そうして清きよしが面白おもしろがるようなものはないかしらん、と考えかんがえてみると、そんな注文ちゅうもん通りとおりの事件じけんは一いちつもなさそうだ。
おれは墨すみを磨っすって、筆ふでをしめして、巻紙まきがみを睨めにらめて、――巻紙まきがみを睨めにらめて、筆ふでをしめして、墨すみを磨っすって――同じおなじ所作しょさを同じおなじように何なん返かえしも繰り返しくりかえしたあと、おれには、とても手紙てがみは書けるかけるものではないと、諦めあきらめて硯すずりの蓋ふたをしてしまった。
手紙てがみなんぞをかくのは面倒臭いめんどうくさい。
やっぱり東京とうきょうまで出掛けでかけて行っいって、逢っあって話はなしをするのが簡便かんべんだ。
清きよしの心配しんぱいは察しさっしないでもないが、清きよしの注文ちゅうもん通りとおりの手紙てがみを書くかくのは三七さんなな日ひの断食だんじきよりも苦しいくるしい。
おれは筆ふでと巻紙まきがみを抛り出しほうりだして、ごろりと転がっころがって肱枕ひじまくらをして庭にわの方ほうを眺めながめてみたが、やっぱり清きよしの事ことが気きにかかる。
その時じおれはこう思っおもった。
こうして遠くとおくへ来きてまで、清きよしの身の上みのうえを案じあんじていてやりさえすれば、おれの真心まごころは清きよしに通じるつうじるに違いちがいない。
通じつうじさえすれば手紙てがみなんぞやる必要ひつようはない。
やらなければ無事ぶじで暮しくらしてると思っおもってるだろう。
たよりは死んしんだ時じか病気びょうきの時じか、何なんか事ことの起っおこった時じにやりさえすればいい訳わけだ。
庭にわは十じゅう坪つぼほどの平たいら庭にわで、これという植木うえきもない。
ただ一いち本ほんの蜜柑みかんがあって、塀へいのそとから、目標もくひょうになるほど高いたかい。
おれはうちへ帰るかえると、いつでもこの蜜柑みかんを眺めるながめる。
東京とうきょうを出でた事ことのないものには蜜柑みかんの生っなまっているところはすこぶる珍しいめずらしいものだ。
あの青いあおい実じつがだんだん熟しじゅくしてきて、黄色きいろになるんだろうが、定めてさだめて奇麗きれいだろう。
今いまでももう半分はんぶん色いろの変っかわったのがある。
婆ばあさんに聞いきいてみると、すこぶる水気みずけの多いおおい、旨いうまい蜜柑みかんだそうだ。
今いまに熟つくづくたら、たんと召し上がれめしあがれと云っいったから、毎日まいにち少しすこしずつ食っしょくってやろう。
もう三さん週間しゅうかんもしたら、充分じゅうぶん食えるくえるだろう。
まさか三さん週間しゅうかん以内いないにここを去るさる事こともなかろう。
おれが蜜柑みかんの事ことを考えかんがえているところへ、偶然ぐうぜん山嵐やまあらしが話しはなしにやって来きた。
今日きょうは祝勝しゅくしょう会かいだから、君きみといっしょにご馳走ごちそうを食おうくおうと思っおもって牛肉ぎゅうにくを買っかって来きたと、竹たけの皮かわの包つつみを袂たもとから引きずりひきずり出しだして、座敷ざしきの真中まなかへ抛り出しほうりだした。
おれは下宿げしゅくで芋いも責せめ豆腐とうふ責せめになってる上うえ、蕎麦屋そばや行きいき、団子だんご屋や行きいきを禁じきんじられてる際さいだから、そいつは結構けっこうだと、すぐ婆ばあさんから鍋なべと砂糖さとうをかり込んこんで、煮に方ほうに取りかかっとりかかった。
山嵐やまあらしは無暗むやみに牛肉ぎゅうにくを頬張りほおばりながら、君きみあの赤あかシャツしゃつが芸者げいしゃに馴染なじめのある事ことを知っしってるかと聞くきくから、知っしってるとも、この間まうらなりの送別会そうべつかいの時じに来きた一人ひとりがそうだろうと云っいったら、そうだ僕ぼくはこの頃このごろようやく勘づいかんづいたのに、君きみはなかなか敏捷びんしょうだと大いにおおいにほめた。
「あいつは、ふた言げん目めには品性ひんせいだの、精神的せいしんてき娯楽ごらくだのと云ういう癖くせに、裏うらへ廻っまわって、芸者げいしゃと関係かんけいなんかつけとる、怪しからあやしからん奴やつだ。それもほかの人ひとが遊ぶあそぶのを寛容かんようするならいいが、君きみが蕎麦屋そばやへ行っいったり、団子だんご屋やへはいるのさえ取締とりしまり上うえ害がいになると云っいって、校長こうちょうの口くちを通しとおして注意ちゅういを加えくわえたじゃないか」「うん、あの野郎やろうの考えかんがえじゃ芸者げいしゃ買かいは精神的せいしんてき娯楽ごらくで、天麩羅てんぷらや、団子だんごは物理的ぶつりてき娯楽ごらくなんだろう。精神的せいしんてき娯楽ごらくなら、もっと大おおべらにやるがいい。何なんだあの様ようは。馴染なじめの芸者げいしゃがはいってくると、入れ代りいれかわりに席せきをはずして、逃げるにげるなんて、どこまでも人ひとを胡魔化すごまかす気きだから気きに食わくわない。そうして人ひとが攻撃こうげきすると、僕ぼくは知らしらないとか、露西亜ろしあ文学ぶんがくだとか、俳句はいくが新体詩しんたいしの兄弟分きょうだいぶんだとか云っいって、人ひとを烟けむりに捲くまくつもりなんだ。あんな弱虫よわむしは男おとこじゃないよ。全くまったく御殿ごてん女中じょちゅうの生れ変りうまれかわりか何なんかだぜ。ことによると、あいつのおやじは湯島ゆしまのかげまかもしれない」「湯島ゆしまのかげまた何なんだ」「何なんでも男おとこらしくないもんだろう。――君きみそこのところはまだ煮えにえていないぜ。そんなのを食うくうと絛虫じょうちゅうが湧くわくぜ」「そうか、大抵たいてい大丈夫だいじょうぶだろう。それで赤あかシャツしゃつは人ひとに隠れかくれて、温泉おんせんの町まちの角かく屋やへ行っいって、芸者げいしゃと会見かいけんするそうだ」「角屋すみやって、あの宿屋やどやか」「宿屋やどや兼けん料理屋りょうりやさ。だからあいつを一番いちばんへこますためには、あいつが芸者げいしゃをつれて、あすこへはいり込むはいりこむところを見届けみとどけておいて面詰めんきつするんだね」「見届けるみとどけるって、夜番よばんでもするのかい」「うん、角屋すみやの前まえに枡屋ますやという宿屋やどやがあるだろう。あの表ひょう二に階かいをかりて、障子しょうじへ穴あなをあけて、見みているのさ」「見みているときに来るくるかい」「来るくるだろう。どうせひと晩ばんじゃいけない。二に週間しゅうかんばかりやるつもりでなくっちゃ」「随分ずいぶん疲れるつかれるぜ。僕ぼくあ、おやじの死ぬしぬとき一いち週間しゅうかんばかり徹夜てつやして看病かんびょうした事ことがあるが、あとでぼんやりして、大いにおおいに弱っよわった事ことがある」「少しすこしぐらい身体しんたいが疲れつかれたって構わかまわんさ。あんな奸物かんぶつをあのままにしておくと、日本にっぽんのためにならないから、僕ぼくが天てんに代っかわって誅戮ちゅうりくを加えるくわえるんだ」「愉快ゆかいだ。そう事ことが極まれきわまれば、おれも加勢かせいしてやる。それで今夜こんやから夜番よばんをやるのかい」「まだ枡屋ますやに懸合けんごうってないから、今夜こんやは駄目だめだ」「それじゃ、いつから始めるはじめるつもりだい」「近々ちかぢかのうちやるさ。いずれ君きみに報知ほうちをするから、そうしたら、加勢かせいしてくれたまえ」「よろしい、いつでも加勢かせいする。僕ぼくは計略けいりゃくは下手へただが、喧嘩けんかとくるとこれでなかなかすばしこいぜ」 おれと山嵐やまあらしがしきりに赤あかシャツしゃつ退治たいじの計略けいりゃくを相談そうだんしていると、宿やどの婆ばあさんが出でて来きて、学校がっこうの生徒せいとさんが一人ひとり、堀田ほった先生せんせいにお目めにかかりたいててお出ででたぞなもし。
今いまお宅たくへ参じさんじたのじゃが、お留守るすじゃけれ、大方おおかたここじゃろうてて捜し当てさがしあててお出でででたのじゃがなもしと、閾しきいの所ところへ膝ひざを突いついて山嵐やまあらしの返事へんじを待っまってる。
山嵐やまあらしはそうですかと玄関げんかんまで出でて行っいったが、やがて帰っかえって来きて、君きみ、生徒せいとが祝勝しゅくしょう会かいの余興よきょうを見みに行かいかないかって誘いさそいに来きたんだ。
今日きょうは高知こうちから、何なんとか踴りをしに、わざわざここまで多人数たにんずう乗り込んのりこんで来きているのだから、是非ぜひ見物けんぶつしろ、めったに見みられない踴だというんだ、君きみもいっしょに行っいってみたまえと山嵐やまあらしは大いにおおいに乗り気のりきで、おれに同行どうこうを勧めるすすめる。
おれは踴なら東京とうきょうでたくさん見みている。
毎年まいとし八幡はちまん様ようのお祭りおまつりには屋台やたいが町内ちょうないへ廻っまわってくるんだから汐しお酌みくみでも何なんでもちゃんと心得こころえている。
土佐とさっぽの馬鹿ばか踴なんか、見みたくもないと思っおもったけれども、せっかく山嵐やまあらしが勧めるすすめるもんだから、つい行くいく気きになって門もんへ出でた。
山嵐やまあらしを誘いさそいに来きたものは誰だれかと思っおもったら赤あかシャツしゃつの弟おとうとだ。
妙みょうな奴やつが来きたもんだ。
会場かいじょうへはいると、回向えこう院いんの相撲すもうか本門ほんもん寺てらの御会式ごえしきのように幾いく旒りゅうとなく長いながい旗はたを所々ところどころに植え付けうえつけた上うえに、世界せかい万国ばんこくの国旗こっきをことごとく借りかりて来きたくらい、縄なわから縄なわ、綱つなから綱つなへ渡しわたしかけて、大きなおおきな空そらが、いつになく賑やかにぎやかに見えるみえる。
東ひがしの隅すみに一夜いちや作りつくりの舞台ぶたいを設けもうけて、ここでいわゆる高知こうちの何なんとか踴りをやるんだそうだ。
舞台ぶたいを右みぎへ半町はんちょうばかりくると葭簀よしずの囲いかこいをして、活花いけばなが陳列ちんれつしてある。
みんなが感心かんしんして眺めながめているが、一向いっこうくだらないものだ。
あんなに草くさや竹たけを曲げまげて嬉しうれしがるなら、背せ虫むしの色男いろおとこや、跛びっこの亭主ていしゅを持っもって自慢じまんするがよかろう。
舞台ぶたいとは反対はんたいの方面ほうめんで、しきりに花火はなびを揚げるあげる。
花火はなびの中なかから風船ふうせんが出でた。
帝国ていこく万歳ばんざいとかいてある。
天主てんしゅの松まつの上うえをふわふわ飛んとんで営所えいしょのなかへ落ちおちた。
次つぎはぽんと音おとがして、黒いくろい団子だんごが、しょっと秋あきの空そらを射抜くいぬくように揚がるあがると、それがおれの頭あたまの上うえで、ぽかりと割れわれて、青いあおい烟けむりが傘かさの骨ほねのように開いひらいて、だらだらと空中くうちゅうに流れ込んながれこんだ。
風船ふうせんがまた上がっあがった。
今度こんどは陸海軍りくかいぐん万歳ばんざいと赤地あかじに白くしろく染め抜いそめぬいた奴やつが風かぜに揺られゆられて、温泉おんせんの町まちから、相生村あいおいむらの方ほうへ飛んとんでいった。
大方おおかた観音かんのん様ようの境内けいだいへでも落ちおちたろう。
式しきの時じはさほどでもなかったが、今度こんどは大変たいへんな人出ひとでだ。
田舎いなかにもこんなに人間にんげんが住んすんでるかと驚ろいおどろいたぐらいうじゃうじゃしている。
利口りこうな顔かおはあまり見当らみあたらないが、数すうから云ういうとたしかに馬鹿ばかに出来できない。
そのうち評判ひょうばんの高知こうちの何なんとか踴が始まっはじまった。
踴というから藤間ふじまか何なんぞのやる踴りかと早合点はやがてんしていたが、これは大おお間違いまちがいであった。
いかめしい後あと鉢巻はちまきをして、立ったっ付けつけ袴はかまを穿いはいた男おとこが十人じゅうにんばかりずつ、舞台ぶたいの上うえに三さん列れつに並んならんで、その三さん十人じゅうにんがことごとく抜き身ぬきみを携げているには魂消たまげた。
前列ぜんれつと後列こうれつの間まはわずか一いち尺さし五ご寸すんぐらいだろう、左右さゆうの間隔かんかくはそれより短いみじかいとも長くながくはない。
たった一人ひとり列れつを離れはなれて舞台ぶたいの端はしに立ったってるのがあるばかりだ。
この仲間なかま外れはずれの男おとこは袴はかまだけはつけているが、後鉢巻あとはちまきは倹約けんやくして、抜身ぬきみの代りかわりに、胸むねへ太鼓たいこを懸けかけている。
太鼓たいこは太神おおみかみ楽らくの太鼓たいこと同じおなじ物ものだ。
この男おとこがやがて、いやあ、はああと呑気のんきな声こえを出しだして、妙みょうな謡うたいをうたいながら、太鼓たいこをぼこぼん、ぼこぼんと叩くたたく。
歌うたの調子ちょうしは前代未聞ぜんだいみもんの不思議ふしぎなものだ。
三河みかわ万歳ばんざいと普陀洛ふだらくやの合併がっぺいしたものと思えおもえば大したたいした間違いまちがいにはならない。
歌うたはすこぶる悠長ゆうちょうなもので、夏なつ分ぶんの水飴みずあめのように、だらしがないが、句切りくぎりをとるためにぼこぼんを入れるいれるから、のべつのようでも拍子ひょうしは取れるとれる。
この拍子ひょうしに応じおうじて三さん十人じゅうにんの抜き身ぬきみがぴかぴかと光るひかるのだが、これはまたすこぶる迅速じんそくなお手際てぎわで、拝見はいけんしていても冷々ひやひやする。
隣りとなりも後ろうしろも一いち尺さし五ご寸すん以内いないに生きいきた人間にんげんが居いて、その人間にんげんがまた切れるきれる抜き身ぬきみを自分じぶんと同じおなじように振りふり舞わすまわすのだから、よほど調子ちょうしが揃わそろわなければ、同志どうし撃げきを始めはじめて怪我けがをする事ことになる。
それも動かうごかないで刀かたなだけ前後ぜんごとか上下じょうげとかに振るふるのなら、まだ危険きけんもないが、三さん十人じゅうにんが一度いちどに足踏みあしふみをして横よこを向くむく時じがある。
ぐるりと廻るまわる事ことがある。
膝ひざを曲げるまげる事ことがある。
隣りとなりのものが一いち秒びょうでも早はや過ぎるすぎるか、遅ち過ぎれすぎれば、自分じぶんの鼻はなは落ちるおちるかも知れしれない。
隣りとなりの頭あたまはそがれるかも知れしれない。
抜き身ぬきみの動くうごくのは自由自在じゆうじざいだが、その動くうごく範囲はんいは一いち尺さし五ご寸すん角かくの柱はしらのうちにかぎられた上うえに、前後ぜんご左右さゆうのものと同どう方向ほうこうに同どう速度そくどにひらめかなければならない。
こいつは驚いおどろいた、なかなかもって汐しお酌しゃくや関せきの戸との及ぶおよぶところでない。
聞いきいてみると、これははなはだ熟練じゅくれんの入るはいるもので容易よういな事ことでは、こういう風かぜに調子ちょうしが合わあわないそうだ。
ことにむずかしいのは、かの万歳ばんざい節ふしのぼこぼん先生せんせいだそうだ。
三さん十人じゅうにんの足あしの運びはこびも、手ての働きはたらきも、腰こしの曲げまげ方ほうも、ことごとくこのぼこぼん君きみの拍子ひょうし一いちつで極まるきわまるのだそうだ。
傍そばで見みていると、この大将たいしょうが一番いちばん呑気のんきそうに、いやあ、はああと気楽きらくにうたってるが、その実じつははなはだ責任せきにんが重くおもくって非常ひじょうに骨ほねが折れるおれるとは不思議ふしぎなものだ。
おれと山嵐やまあらしが感心かんしんのあまりこの踴を余念よねんなく見物けんぶつしていると、半町はんちょうばかり、向うむこうの方ほうで急きゅうにわっと云ういう鬨の声ときのこえがして、今までいままで穏やかおだやかに諸所しょしょを縦覧じゅうらんしていた連中れんちゅうが、にわかに波なみを打っうって、右左みぎひだりりに揺きわななき始めるはじめる。
喧嘩けんかだ喧嘩けんかだと云ういう声こえがすると思うおもうと、人ひとの袖そでを潜り抜けくぐりぬけて来きた赤あかシャツしゃつの弟おとうとが、先生せんせいまた喧嘩けんかです、中学ちゅうがくの方ほうで、今朝けさの意趣いしゅ返しかえしをするんで、また師範しはんの奴やつと決戦けっせんを始めはじめたところです、早くはやく来きて下さいくださいと云いいいながらまた人ひとの波なみのなかへ潜り込んもぐりこんでどっかへ行っいってしまった。
山嵐やまあらしは世話せわの焼けるやける小僧こぞうだまた始めはじめたのか、いい加減いいかげんにすればいいのにと逃げるにげる人ひとを避けさけながら一散いっさんに馳はせけ出しけだした。
見みている訳わけにも行かいかないから取り鎮めるとりしずめるつもりだろう。
おれは無論むろんの事こと逃げるにげる気きはない。
山嵐やまあらしの踵かかとを踏んふんであとからすぐ現場げんばへ馳けつけかけつけた。
喧嘩けんかは今いまが真最中しんさいちゅうである。
師範しはんの方ほうは五六ごろく十人じゅうにんもあろうか、中学ちゅうがくはたしかに三さん割わり方ほう多いおおい。
師範しはんは制服せいふくをつけているが、中学ちゅうがくは式しき後あと大抵たいていは日本にっぽん服ふくに着換えきかえているから、敵てき味方みかたはすぐわかる。
しかし入り乱れいりみだれて組んくんづ、解れわかれつ戦ったたかってるから、どこから、どう手てを付けつけて引き分けひきわけていいか分らわからない。
山嵐やまあらしは困っこまったなと云ういう風かぜで、しばらくこの乱雑らんざつな有様ありさまを眺めながめていたが、こうなっちゃ仕方しかたがない。
巡査じゅんさがくると面倒めんどうだ。
飛び込んとびこんで分けようわけようと、おれの方ほうを見みて云ういうから、おれは返事へんじもしないで、いきなり、一番いちばん喧嘩けんかの烈しはげしそうな所ところへ躍り込んおどりこんだ。
止せよせ止せよせ。
そんな乱暴らんぼうをすると学校がっこうの体面たいめんに関わるかかわる。
よさないかと、出るでるだけの声こえを出しだして敵てきと味方みかたの分界ぶんかい線せんらしい所ところを突き貫けようつきぬけようとしたが、なかなかそう旨くうまくは行かいかない。
一二いちに間まはいったら、出るでる事ことも引くひく事ことも出来できなくなった。
目めの前まえに比較的ひかくてき大きなおおきな師範しはん生なまが、十じゅう五ご六ろくの中学生ちゅうがくせいと組み合っくみあっている。
止せよせと云っいったら、止さよさないかと師範しはん生なまの肩かたを持っもって、無理むりに引き分けようひきわけようとする途端とたんにだれか知らしらないが、下したからおれの足あしをすくった。
おれは不意ふいを打たうたれて握っにぎった、肩かたを放しはなして、横よこに倒れたおれた。
堅いかたい靴くつでおれの背中せなかの上うえへ乗っのった奴やつがある。
両手りょうてと膝ひざを突いついて下したから、跳ね起きはねおきたら、乗っのった奴やつは右みぎの方ほうへころがり落ちころがりおちた。
起き上がっおきあがって見るみると、三さん間まばかり向うむこうに山嵐やまあらしの大きなおおきな身体しんたいが生徒せいとの間まに挟まりはさまりながら、止せよせ止せよせ、喧嘩けんかは止せよせ止せよせと揉み返さもみかえされてるのが見えみえた。
おい到底とうてい駄目だめだと云っいってみたが聞えきこえないのか返事へんじもしない。
ひゅうと風かぜを切っきって飛んとんで来きた石いしが、いきなりおれの頬骨ほおぼねへ中っちゅうったなと思っおもったら、後ろうしろからも、背中せなかを棒ぼうでどやした奴やつがある。
教師きょうしの癖くせに出でている、打てうて打てうてと云ういう声こえがする。
教師きょうしは二人ふたりだ。
大きいおおきい奴やつと、小さいちいさい奴やつだ。
石いしを抛げろなげろ。
と云ういう声こえもする。
おれは、なに生意気なまいきな事ことをぬかすな、田舎者いなかものの癖くせにと、いきなり、傍そばに居いた師範しはん生なまの頭あたまを張りつけはりつけてやった。
石いしがまたひゅうと来るくる。
今度こんどはおれの五ご分ぶん刈かりの頭あたまを掠めかすめて後ろうしろの方ほうへ飛んとんで行っいった。
山嵐やまあらしはどうなったか見えみえない。
こうなっちゃ仕方しかたがない。
始めはじめは喧嘩けんかをとめにはいったんだが、どやされたり、石いしをなげられたりして、恐れ入っおそれいって引き下がるひきさがるうんでれがんがあるものか。
おれを誰だれだと思うおもうんだ。
身長しんちょうは小さくちいさくっても喧嘩けんかの本場ほんばで修行しゅぎょうを積んつんだ兄さんあにさんだと無茶苦茶むちゃくちゃに張り飛ばしはりとばしたり、張り飛ばさはりとばされたりしていると、やがて巡査じゅんさだ巡査じゅんさだ逃げろにげろ逃げろにげろと云ういう声こえがした。
今までいままで葛練りくずねりの中なかで泳いえいいでるように身動きみうごきも出来できなかったのが、急きゅうに楽らくになったと思っおもったら、敵てきも味方みかたも一度いちどに引上げひきあげてしまった。
田舎者いなかものでも退却たいきゃくは巧妙こうみょうだ。
クロパトキンくろぱときんより旨いうまいくらいである。
山嵐やまあらしはどうしたかと見るみると、紋付もんつけの一いち重じゅう羽織はおりをずたずたにして、向うむこうの方ほうで鼻はなを拭いぬぐいている。
鼻柱はなばしらをなぐられて大分おおいた出血しゅっけつしたんだそうだ。
鼻はながふくれ上がっふくれあがって真赤まっかになってすこぶる見苦しいみぐるしい。
おれは飛白ひはくの袷あわせを着きていたから泥どろだらけになったけれども、山嵐やまあらしの羽織はおりほどな損害そんがいはない。
しかし頬ほおぺたがぴりぴりしてたまらない。
山嵐やまあらしは大分おおいた血ちが出でているぜと教えおしえてくれた。
巡査じゅんさは十じゅう五ご六ろく名な来きたのだが、生徒せいとは反対はんたいの方面ほうめんから退却たいきゃくしたので、捕まっつかまったのは、おれと山嵐やまあらしだけである。
おれらは姓名せいめいを告げつげて、一部いちぶ始終しじゅうを話しはなしたら、ともかくも警察けいさつまで来いこいと云ういうから、警察けいさつへ行っいって、署長しょちょうの前まえで事ことの顛末てんまつを述べのべて下宿げしゅくへ帰っかえった。
十一じゅういち
あくる日あくるひ眼めが覚めさめてみると、身体しんたい中なか痛くいたくてたまらない。
久しくひさしく喧嘩けんかをしつけなかったから、こんなに答えるこたえるんだろう。
これじゃあんまり自慢じまんもできないと床ゆかの中なかで考えかんがえていると、婆ばあさんが四国しこく新聞しんぶんを持っもってきて枕元まくらもとへ置いおいてくれた。
実じつは新聞しんぶんを見るみるのも退たい儀ぎなんだが、男おとこがこれしきの事ことに閉口へいこうたれて仕様しようがあるものかと無理むりに腹這いはらばいになって、寝ねながら、二に頁ぺーじを開けあけてみると驚ろいおどろいた。
昨日きのうの喧嘩けんかがちゃんと出でている。
喧嘩けんかの出でているのは驚ろかおどろかないのだが、中学ちゅうがくの教師きょうし堀田ほった某ぼうと、近頃ちかごろ東京とうきょうから赴任ふにんした生意気なまいきなる某ぼうとが、順良じゅんりょうなる生徒せいとを使嗾しそうしてこの騒動そうどうを喚起かんきせるのみならず、両人りょうにんは現場げんばにあって生徒せいとを指揮しきしたる上うえ、みだりに師範しはん生なまに向っむかって暴行ぼうこうをほしいままにしたりと書いかいて、次つぎにこんな意見いけんが附記ふきしてある。
本ほん県けんの中学ちゅうがくは昔時せきじより善良ぜんりょう温順おんじゅんの気風きふうをもって全国ぜんこくの羨望せんぼうするところなりしが、軽薄けいはくなる二に豎子じゅしのために吾われ校こうの特権とっけんを毀損きそんせられて、この不面目ふめんぼくを全ぜん市しに受けうけたる以上いじょうは、吾人ごじんは奮然ふんぜんとして起っおこってその責任せきにんを問わとわざるを得とくず。
吾人ごじんは信しんず、吾人ごじんが手てを下すくだす前まえに、当局者とうきょくしゃは相当そうとうの処分しょぶんをこの無頼漢ぶらいかんの上うえに加えくわえて、彼かれ等とうをして再びふたたび教育きょういく界さかいに足あしを入るはいるる余地よちなからしむる事ことを。
そうして一いち字じごとにみんな黒点こくてんを加えくわえて、お灸きゅうを据えすえたつもりでいる。
おれは床ゆかの中なかで、糞ふんでも喰らえくらえと云いいいながら、むっくり飛び起きとびおきた。
不思議ふしぎな事ことに今までいままで身体しんたいの関節かんせつが非常ひじょうに痛かっいたかったのが、飛び起きるとびおきると同時どうじに忘れわすれたように軽くかるくなった。
おれは新聞しんぶんを丸めまるめて庭にわへ抛げなげつけたが、それでもまだ気きに入らはいらなかったから、わざわざ後架こうかへ持っもって行っいって棄てすてて来きた。
新聞しんぶんなんて無暗むやみな嘘うそを吐くはくもんだ。
世の中よのなかに何なんが一番いちばん法螺ほらを吹くふくと云っいって、新聞しんぶんほどの法螺吹きほらふきはあるまい。
おれの云っいってしかるべき事ことをみんな向うむこうで並べならべていやがる。
それに近頃ちかごろ東京とうきょうから赴任ふにんした生意気なまいきな某ぼうとは何なんだ。
天下てんかに某ぼうと云ういう名前なまえの人ひとがあるか。
考えかんがえてみろ。
これでもれっきとした姓せいもあり名なもあるんだ。
系図けいずが見みたけりゃ、多田ただ満仲みつなか以来いらいの先祖せんぞを一人ひとり残らのこらず拝ましおがましてやらあ。
――顔かおを洗っあらったら、頬ほおぺたが急きゅうに痛くいたくなった。
婆ばあさんに鏡かがみをかせと云っいったら、けさの新聞しんぶんをお見みたかなもしと聞くきく。
読んよんで後架こうかへ棄てすてて来きた。
欲しけりゃほしけりゃ拾っじゅうって来いこいと云っいったら、驚いおどろいて引き下がっひきさがった。
鏡かがみで顔かおを見るみると昨日きのうと同じおなじように傷きずがついている。
これでも大事だいじな顔かおだ、顔かおへ傷きずまで付けつけられた上うえへ生意気なまいきなる某ぼうなどと、某ぼう呼ばわりよばわりをされればたくさんだ。
今日きょうの新聞しんぶんに辟易へきえきして学校がっこうを休んやすんだなどと云わいわれちゃ一生いっしょうの名折れなおれだから、飯めしを食っしょくっていの一いち号ごうに出頭しゅっとうした。
出でてくる奴やつも、出でてくる奴やつもおれの顔かおを見みて笑っわらっている。
何なんがおかしいんだ。
貴様きさま達とおるにこしらえてもらった顔かおじゃあるまいし。
そのうち、野のだが出でて来きて、いや昨日きのうはお手柄てがらで、――名誉めいよのご負傷ふしょうでげすか、と送別会そうべつかいの時じに撲っなぐった返報へんぽうと心得こころえたのか、いやに冷かしひやかしたから、余計よけいな事ことを言わいわずに絵筆えふででも舐めなめていろと云っいってやった。
するとこりゃ恐入りおそれいりやした。
しかしさぞお痛いいたい事ことでげしょうと云ういうから、痛かろういたかろうが、痛くいたくなかろうがおれの面めんだ。
貴様きさまの世話せわになるもんかと怒鳴りつけどなりつけてやったら、向う側むこうがわの自席じせきへ着いついて、やっぱりおれの顔かおを見みて、隣りとなりの歴史れきしの教師きょうしと何なんか内所ないしょ話はなしをして笑っわらっている。
それから山嵐やまあらしが出頭しゅっとうした。
山嵐やまあらしの鼻はなに至っいたっては、紫色むらさきいろに膨張ぼうちょうして、掘っほったら中なかから膿のうが出でそうに見えるみえる。
自惚うぬぼれのせいか、おれの顔かおよりよっぽど手ひどくてひどく遣らやられている。
おれと山嵐やまあらしは机つくえを並べならべて、隣りとなり同志どうしの近しいちかしい仲なかで、お負けおまけにその机つくえが部屋へやの戸口とぐちから真正面ましょうめんにあるんだから運うんがわるい。
妙みょうな顔かおが二につ塊まっかたまっている。
ほかの奴やつは退屈たいくつにさえなるときっとこっちばかり見るみる。
飛んとんだ事ことでと口くちで云ういうが、心こころのうちではこの馬鹿ばかがと思っおもってるに相違そういない。
それでなければああいう風かぜに私語しご合っあってはくすくす笑うわらう訳わけがない。
教場きょうじょうへ出るでると生徒せいとは拍手はくしゅをもって迎えむかえた。
先生せんせい万歳ばんざいと云ういうものが二三にさん人ひとあった。
景気けいきがいいんだか、馬鹿ばかにされてるんだか分からぶんからない。
おれと山嵐やまあらしがこんなに注意ちゅういの焼点しょうてんとなってるなかに、赤あかシャツしゃつばかりは平常へいじょうの通りとおり傍そばへ来きて、どうも飛んとんだ災難さいなんでした。
僕ぼくは君等きみらに対したいしてお気の毒きのどくでなりません。
新聞しんぶんの記事きじは校長こうちょうとも相談そうだんして、正誤せいごを申し込むもうしこむ手続きてつづきにしておいたから、心配しんぱいしなくてもいい。
僕ぼくの弟おとうとが堀田ほった君きみを誘いさそいに行っいったから、こんな事ことが起っおこったので、僕ぼくは実じつに申し訳もうしわけがない。
それでこの件けんについてはあくまで尽力じんりょくするつもりだから、どうかあしからず、などと半分はんぶん謝罪しゃざい的まとな言葉ことばを並べならべている。
校長こうちょうは三さん時間じかん目めに校長こうちょう室むろから出でてきて、困っこまった事ことを新聞しんぶんがかき出しかきだしましたね。
むずかしくならなければいいがと多少たしょう心配しんぱいそうに見えみえた。
おれには心配しんぱいなんかない、先さきで免職めんしょくをするなら、免職めんしょくされる前まえに辞表じひょうを出しだしてしまうだけだ。
しかし自分じぶんがわるくないのにこっちから身みを引くひくのは法螺吹きほらふきの新聞屋しんぶんやをますます増長ぞうちょうさせる訳わけだから、新聞屋しんぶんやを正誤せいごさせて、おれが意地いじにも務めるつとめるのが順当じゅんとうだと考えかんがえた。
帰りがけかえりがけに新聞屋しんぶんやに談判だんぱんに行こういこうと思っおもったが、学校がっこうから取消とりけしの手続きてつづきはしたと云ういうから、やめた。
おれと山嵐やまあらしは校長こうちょうと教頭きょうとうに時間じかんの合間あいまを見計っみはからって、嘘うそのないところを一応いちおう説明せつめいした。
校長こうちょうと教頭きょうとうはそうだろう、新聞屋しんぶんやが学校がっこうに恨みうらみを抱いいだいて、あんな記事きじをことさらに掲げかかげたんだろうと論断ろんだんした。
赤あかシャツしゃつはおれ等とうの行為こういを弁解べんかいしながら控ひかえ所ところを一人ひとりごとに廻っまわってあるいていた。
ことに自分じぶんの弟おとうとが山嵐やまあらしを誘い出しさそいだしたのを自分じぶんの過失かしつであるかのごとく吹聴ふいちょうしていた。
みんなは全くまったく新聞屋しんぶんやがわるい、怪しからあやしからん、両君りょうくんは実じつに災難さいなんだと云っいった。
帰りがけかえりがけに山嵐やまあらしは、君きみ赤あかシャツしゃつは臭いくさいぜ、用心ようじんしないとやられるぜと注意ちゅういした。
どうせ臭いくさいんだ、今日きょうから臭くくさくなったんじゃなかろうと云ういうと、君きみまだ気きが付かつかないか、きのうわざわざ、僕ぼく等とうを誘い出しさそいだして喧嘩けんかのなかへ、捲き込んまきこんだのは策さくだぜと教えおしえてくれた。
なるほどそこまでは気きがつかなかった。
山嵐やまあらしは粗暴そぼうなようだが、おれより智慧ちえのある男おとこだと感心かんしんした。
「ああやって喧嘩けんかをさせておいて、すぐあとから新聞屋しんぶんやへ手てを廻しまわしてあんな記事きじをかかせたんだ。実じつに奸物かんぶつだ」「新聞しんぶんまでも赤あかシャツしゃつか。そいつは驚いおどろいた。しかし新聞しんぶんが赤あかシャツしゃつの云ういう事ことをそう容易くたやすく聴くきくかね」「聴かきかなくって。新聞屋しんぶんやに友達ともだちが居りゃいりゃ訳わけはないさ」「友達ともだちが居るいるのかい」「居いなくても訳わけないさ。嘘うそをついて、事実じじつこれこれだと話しゃはなしゃ、すぐ書くかくさ」「ひどいもんだな。本当ほんとうに赤あかシャツしゃつの策さくなら、僕ぼく等とうはこの事件じけんで免職めんしょくになるかも知れしれないね」「わるくすると、遣らやられるかも知れしれない」「そんなら、おれは明日あす辞表じひょうを出しだしてすぐ東京とうきょうへ帰っかえっちまわあ。こんな下等したとうな所ところに頼んたのんだって居るいるのはいやだ」「君きみが辞表じひょうを出しだしたって、赤あかシャツしゃつは困らこまらない」「それもそうだな。どうしたら困るこまるだろう」「あんな奸物かんぶつの遣るやる事ことは、何なんでも証拠しょうこの挙がらあがらないように、挙がらあがらないようにと工夫くふうするんだから、反駁はんばくするのはむずかしいね」「厄介やっかいだな。それじゃ濡衣ぬれぎぬを着るきるんだね。面白くおもしろくもない。天道てんと是ぜ耶非かだ」「まあ、もう二三にさん日ひ様子ようすを見ようみようじゃないか。それでいよいよとなったら、温泉おんせんの町まちで取っとって抑えるおさえるより仕方しかたがないだろう」「喧嘩けんか事件じけんは、喧嘩けんか事件じけんとしてか」「そうさ。こっちはこっちで向うむこうの急所きゅうしょを抑えるおさえるのさ」「それもよかろう。おれは策略さくりゃくは下手へたなんだから、万事ばんじよろしく頼むたのむ。いざとなれば何なんでもする」 俺おれと山嵐やまあらしはこれで分れわかれた。
赤あかシャツしゃつが果たしてはたして山嵐やまあらしの推察すいさつ通りとおりをやったのなら、実じつにひどい奴やつだ。
到底とうてい智慧ちえ比べくらべで勝てるかてる奴やつではない。
どうしても腕力わんりょくでなくっちゃ駄目だめだ。
なるほど世界せかいに戦争せんそうは絶えたえない訳わけだ。
個人こじんでも、とどの詰りとどのつまりは腕力わんりょくだ。
あくる日あくるひ、新聞しんぶんのくるのを待ちまちかねて、披いひらいてみると、正誤せいごどころか取り消しとりけしも見えみえない。
学校がっこうへ行っいって狸たぬきに催促さいそくすると、あしたぐらい出すだすでしょうと云ういう。
明日あすになって六ろく号ごう活字かつじで小さくちいさく取消とりけしが出でた。
しかし新聞屋しんぶんやの方ほうで正誤せいごは無論むろんしておらない。
また校長こうちょうに談判だんぱんすると、あれより手続きてつづきのしようはないのだと云ういう答こたえだ。
校長こうちょうなんて狸たぬきのような顔かおをして、いやにフロックふろっく張っちょうっているが存外ぞんがい無む勢力せいりょくなものだ。
虚偽きょぎの記事きじを掲げかかげた田舎いなか新聞しんぶん一いちつ詫わびまらせる事ことが出来できない。
あんまり腹はらが立ったったから、それじゃ私わたくしが一人ひとりで行っいって主筆しゅひつに談判だんぱんすると云っいったら、それはいかん、君きみが談判だんぱんすればまた悪口わるぐちを書かかかれるばかりだ。
つまり新聞屋しんぶんやにかかれた事ことは、うそにせよ、本当ほんとうにせよ、つまりどうする事ことも出来できないものだ。
あきらめるより外そとに仕方しかたがないと、坊主ぼうずの説教せっきょうじみた説諭せつゆを加えくわえた。
新聞しんぶんがそんな者ものなら、一いち日ひも早くはやく打っ潰しぶっつぶしてしまった方ほうが、われわれの利益りえきだろう。
新聞しんぶんにかかれるのと、泥どろ鼈すっぽんに食いつかくいつかれるとが似にたり寄っよったりだとは今日きょうただ今ただいま狸たぬきの説明せつめいによって始めてはじめて承知しょうち仕っつかまつった。
それから三さん日ひばかりして、ある日ひの午後ごご、山嵐やまあらしが憤然ふんぜんとやって来きて、いよいよ時機じきが来きた、おれは例れいの計画けいかくを断行だんこうするつもりだと云ういうから、そうかそれじゃおれもやろうと、即座そくざに一味いちみ徒党ととうに加盟かめいした。
ところが山嵐やまあらしが、君きみはよす方ほうがよかろうと首くびを傾けかたむけた。
なぜと聞くきくと君きみは校長こうちょうに呼ばよばれて辞表じひょうを出せだせと云わいわれたかと尋ねるたずねるから、いや云わいわれない。
君きみは?
と聴き返すききかえすと、今日きょう校長こうちょう室むろで、まことに気の毒きのどくだけれども、事情じじょうやむをえんから処決しょけつしてくれと云わいわれたとの事ことだ。
「そんな裁判さいばんはないぜ。狸たぬきは大方おおかた腹鼓はらつづみを叩きたたき過ぎすぎて、胃いの位置いちが顛倒てんとうしたんだ。君きみとおれは、いっしょに、祝勝しゅくしょう会かいへ出でてさ、いっしょに高知こうちのぴかぴか踴りを見みてさ、いっしょに喧嘩けんかをとめにはいったんじゃないか。辞表じひょうを出せだせというなら公平こうへいに両方りょうほうへ出せだせと云ういうがいい。なんで田舎いなかの学校がっこうはそう理窟りくつが分らわからないんだろう。焦慮しょうりょいな」「それが赤あかシャツしゃつの指金さしがねだよ。おれと赤あかシャツしゃつとは今までいままでの行こう懸りかかり上うえ到底とうてい両立りょうりつしない人間にんげんだが、君きみの方ほうは今いまの通りとおり置いおいても害がいにならないと思っおもってるんだ」「おれだって赤あかシャツしゃつと両立りょうりつするものか。害がいにならないと思うおもうなんて生意気なまいきだ」「君きみはあまり単純たんじゅん過ぎるすぎるから、置いおいたって、どうでも胡魔化さごまかされると考えかんがえてるのさ」「なお悪いわるいや。誰だれが両立りょうりつしてやるものか」「それに先だってせんだって古賀こがが去っさってから、まだ後任こうにんが事故じこのために到着とうちゃくしないだろう。その上うえに君きみと僕ぼくを同時どうじに追い出しおいだしちゃ、生徒せいとの時間じかんに明きあきが出来できて、授業じゅぎょうにさし支えるさしつかえるからな」「それじゃおれを間まのくさびに一席いっせき伺わうかがわせる気きなんだな。こん畜生ちくしょう、だれがその手てに乗るのるものか」
翌日よくじつおれは学校がっこうへ出でて校長こうちょう室むろへ入っはいって談判だんぱんを始めはじめた。
「何なんで私わたくしに辞表じひょうを出せだせと云わいわないんですか」「へえ?」と狸たぬきはあっけに取らとられている。
「堀田ほったには出せだせ、私わたくしには出さださないで好いよいと云ういう法ほうがありますか」「それは学校がっこうの方ほうの都合つごうで……」「その都合つごうが間違っまちがってまさあ。私わたくしが出さださなくって済むすむなら堀田ほっただって、出すだす必要ひつようはないでしょう」「その辺へんは説明せつめいが出来できかねますが――堀田ほった君きみは去らさられてもやむをえんのですが、あなたは辞表じひょうをお出しだしになる必要ひつようを認めみとめませんから」 なるほど狸たぬきだ、要領ようりょうを得とくない事ことばかり並べならべて、しかも落ち付きおちつき払っはらってる。
おれは仕様しようがないから「それじゃ私わたくしも辞表じひょうを出しだしましょう。堀田ほった君きみ一人ひとり辞職じしょくさせて、私わたくしが安閑あんかんとして、留まっとまっていられると思っおもっていらっしゃるかも知れしれないが、私わたくしにはそんな不人情ふにんじょうな事ことは出来できません」「それは困るこまる。堀田ほったも去りさりあなたも去っさったら、学校がっこうの数学すうがくの授業じゅぎょうがまるで出来できなくなってしまうから……」「出来できなくなっても私わたくしの知っしった事ことじゃありません」「君きみそう我儘わがままを云ういうものじゃない、少しすこしは学校がっこうの事情じじょうも察しさっしてくれなくっちゃ困るこまる。それに、来きてから一いち月つき立つたつか立たたたないのに辞職じしょくしたと云ういうと、君きみの将来しょうらいの履歴りれきに関係かんけいするから、その辺へんも少しすこしは考えかんがえたらいいでしょう」「履歴りれきなんか構うかまうもんですか、履歴りれきより義理ぎりが大切たいせつです」「そりゃごもっとも――君きみの云ういうところは一々いちいちごもっともだが、わたしの云ういう方ほうも少しすこしは察しさっして下さいください。君きみが是非ぜひ辞職じしょくすると云ういうなら辞職じしょくされてもいいから、代りかわりのあるまでどうかやってもらいたい。とにかく、うちでもう一いち返かえし考え直しかんがえなおしてみて下さいください」 考え直すかんがえなおすって、直しなおしようのない明々あかあか白々しらしらたる理由りゆうだが、狸たぬきが蒼くあおくなったり、赤くあかくなったりして、可か愛想あいそになったからひとまず考え直すかんがえなおす事こととして引き下がっひきさがった。
赤あかシャツしゃつには口くちもきかなかった。
どうせ遣っつかっつけるなら塊かたまりめて、うんと遣っつかっつける方ほうがいい。
山嵐やまあらしに狸たぬきと談判だんぱんした模様もようを話しはなしたら、大方おおかたそんな事ことだろうと思っおもった。
辞表じひょうの事ことはいざとなるまでそのままにしておいても差支えさしつかえあるまいとの話はなしだったから、山嵐やまあらしの云ういう通りとおりにした。
どうも山嵐やまあらしの方ほうがおれよりも利巧りこうらしいから万事ばんじ山嵐やまあらしの忠告ちゅうこくに従うしたがう事ことにした。
山嵐やまあらしはいよいよ辞表じひょうを出しだして、職員しょくいん一同いちどうに告別こくべつの挨拶あいさつをして浜はまの港屋みなとやまで下っしたったが、人ひとに知れしれないように引き返しひきかえして、温泉おんせんの町まちの枡屋ますやの表ひょう二に階かいへ潜んひそんで、障子しょうじへ穴あなをあけて覗きのぞき出しだした。
これを知っしってるものはおればかりだろう。
赤あかシャツしゃつが忍んしのんで来れこればどうせ夜よるだ。
しかも宵の口よいのくちは生徒せいとやその他ほかの目めがあるから、少なくすくなくとも九きゅう時じ過ぎすぎに極っきょくってる。
最初さいしょの二に晩ばんはおれも十一じゅういち時じ頃ころまで張番はりばんをしたが、赤あかシャツしゃつの影かげも見えみえない。
三さん日ひ目めには九きゅう時じから十じゅう時半じはんまで覗いのぞいたがやはり駄目だめだ。
駄目だめを踏んふんで夜なかよなかに下宿げしゅくへ帰るかえるほど馬鹿ばか気きた事ことはない。
四五しご日ひすると、うちの婆ばあさんが少々しょうしょう心配しんぱいを始めはじめて、奥さんおくさんのおありるのに、夜遊びよあそびはおやめたがええぞなもしと忠告ちゅうこくした。
そんな夜遊びよあそびとは夜遊びよあそびが違うちがう。
こっちのは天てんに代っかわって誅戮ちゅうりくを加えるくわえる夜遊びよあそびだ。
とはいうものの一いち週間しゅうかんも通っとおって、少しすこしも験げんが見えみえないと、いやになるもんだ。
おれは性急せいきゅうな性分しょうぶんだから、熱心ねっしんになると徹夜てつやでもして仕事しごとをするが、その代りかわり何なんによらず長持ちながもちのした試しためしがない。
いかに天誅てんちゅう党とうでも飽きるあきる事ことに変りかわりはない。
六ろく日ひ目めには少々しょうしょういやになって、七なな日ひ目めにはもう休もうやすもうかと思っおもった。
そこへ行くいくと山嵐やまあらしは頑固がんこなものだ。
宵よいから十二じゅうに時じ過すぎまでは眼めを障子しょうじへつけて、角屋すみやの丸まるぼやの瓦斯がす燈あかりの下したを睨めにらめっきりである。
おれが行くいくと今日きょうは何人なんにん客きゃくがあって、泊りとまりが何人なんにん、女おんなが何人なんにんといろいろな統計とうけいを示すしめすのには驚ろいおどろいた。
どうも来きないようじゃないかと云ういうと、うん、たしかに来るくるはずだがと時々ときどき腕組うでぐみをして溜息ためいきをつく。
可愛かわい想そうに、もし赤あかシャツしゃつがここへ一度いちど来きてくれなければ、山嵐やまあらしは、生涯しょうがい天誅てんちゅうを加えるくわえる事ことは出来できないのである。
八はち日ひ目めには七なな時じ頃ころから下宿げしゅくを出でて、まずゆるりと湯ゆに入っはいって、それから町まちで鶏卵けいらんを八はちつ買っかった。
これは下宿げしゅくの婆ばあさんの芋いも責せめに応ずるおうずる策さくである。
その玉子たまごを四よんつずつ左右さゆうの袂たもとへ入れいれて、例れいの赤あか手拭てぬぐいを肩かたへ乗せのせて、懐手ふところでをしながら、枡屋ますやの楷かい子こ段だんを登っのぼって山嵐やまあらしの座敷ざしきの障子しょうじをあけると、おい有望ゆうぼう有望ゆうぼうと韋駄天いだてんのような顔かおは急きゅうに活気かっきを呈していした。
昨夜さくやまでは少しすこし塞ぎふさぎの気味きみで、はたで見みているおれさえ、陰気いんき臭いくさいと思っおもったくらいだが、この顔色かおいろを見みたら、おれも急きゅうにうれしくなって、何なんも聞かきかない先さきから、愉快ゆかい愉快ゆかいと云っいった。
「今夜こんや七なな時半じはん頃ころあの小鈴しょうれいと云ういう芸者げいしゃが角屋すみやへはいった」「赤あかシャツしゃつといっしょか」「いいや」「それじゃ駄目だめだ」「芸者げいしゃは二人ふたりづれだが、――どうも有望ゆうぼうらしい」「どうして」「どうしてって、ああ云ういう狡いずるい奴やつだから、芸者げいしゃを先さきへよこして、後あとから忍んしのんでくるかも知れしれない」「そうかも知れしれない。もう九きゅう時じだろう」「今いま九きゅう時じ十二じゅうに分ぶんばかりだ」と帯おびの間まからニッケルにっける製せいの時計とけいを出しだして見みながら云っいったが「おい洋燈らんぷを消せけせ、障子しょうじへ二につ坊主頭ぼうずあたまが写っうつってはおかしい。狐きつねはすぐ疑ぐるうたぐるから」 おれは一貫いっかん張ちょうの机つくえの上うえにあった置きおき洋燈らんぷをふっと吹きふきけした。
星明りほしあかりで障子しょうじだけは少々しょうしょうあかるい。
月つきはまだ出でていない。
おれと山嵐やまあらしは一生懸命いっしょうけんめいに障子しょうじへ面めんをつけて、息いきを凝らしこらしている。
チーンちーんと九きゅう時半じはんの柱時計はしらとけいが鳴っなった。
「おい来るくるだろうかな。今夜こんや来きなければ僕ぼくはもう厭いやだぜ」「おれは銭せんのつづく限りかぎりやるんだ」「銭せんっていくらあるんだい」「今日きょうまでで八はち日ひ分ぶん五ご円えん六十ろくじゅう銭せん払っはらった。いつ飛び出しとびだしても都合つごうのいいように毎晩まいばん勘定かんじょうするんだ」「それは手廻してまわしがいい。宿屋やどやで驚いおどろいてるだろう」「宿屋やどやはいいが、気きが放せはなせないから困るこまる」「その代りかわり昼寝ひるねをするだろう」「昼寝ひるねはするが、外出がいしゅつが出来できないんで窮屈きゅうくつでたまらない」「天誅てんちゅうも骨ほねが折れるおれるな。これで天網てんもう恢々かいかい疎まばらにして洩らしもらしちまったり、何なんかしちゃ、つまらないぜ」「なに今夜こんやはきっとくるよ。――おい見ろみろ見ろみろ」と小声こごえになったから、おれは思わおもわずどきりとした。
黒いくろい帽子ぼうしを戴いいただいた男おとこが、角屋すみやの瓦斯がす燈あかりを下したから見上げみあげたまま暗いくらい方ほうへ通り過ぎとおりすぎた。
違っちがっている。
おやおやと思っおもった。
そのうち帳場ちょうばの時計とけいが遠慮えんりょなく十じゅう時じを打っうった。
今夜こんやもとうとう駄目だめらしい。
世間せけんは大分おおいた静かしずかになった。
遊廓ゆうかくで鳴らすならす太鼓たいこが手てに取るとるように聞えるきこえる。
月つきが温泉おんせんの山やまの後あとからのっと顔かおを出しだした。
往来おうらいはあかるい。
すると、下したの方ほうから人声ひとごえが聞えきこえだした。
窓まどから首くびを出すだす訳わけには行かいかないから、姿すがたを突き留めるつきとめる事ことは出来できないが、だんだん近づいちかづいて来るくる模様もようだ。
からんからんと駒下駄こまげたを引きひき擦るする音おとがする。
眼めを斜めななめにするとやっと二人ふたりの影法師かげほうしが見えるみえるくらいに近づいちかづいた。
「もう大丈夫だいじょうぶですね。邪魔ものじゃまものは追っ払っおっぱらったから」正しくただしく野のだの声こえである。
「強がるつよがるばかりで策さくがないから、仕様しようがない」これは赤あかシャツしゃつだ。
「あの男おとこもべらんめえに似にていますね。あのべらんめえと来きたら、勇み肌いさみはだの坊っぼっちゃんだから愛嬌あいきょうがありますよ」「増給ぞうきゅうがいやだの辞表じひょうを出しだしたいのって、ありゃどうしても神経しんけいに異状いじょうがあるに相違そういない」おれは窓まどをあけて、二に階かいから飛び下りとびおりて、思う様おもうさま打ちのめしうちのめしてやろうと思っおもったが、やっとの事ことで辛しん防ぼうした。
二人ふたりはハハハハははははと笑いわらいながら、瓦斯がす燈あかりの下したを潜っもぐって、角屋すみやの中なかへはいった。
「おい」「おい」「来きたぜ」「とうとう来きた」「これでようやく安心あんしんした」「野のだの畜生ちくしょう、おれの事ことを勇み肌いさみはだの坊っぼっちゃんだと抜かしぬかしやがった」「邪魔物じゃまものと云ういうのは、おれの事ことだぜ。失敬しっけい千万せんまんな」 おれと山嵐やまあらしは二人ふたりの帰路きろを要撃ようげきしなければならない。
しかし二人ふたりはいつ出でてくるか見当けんとうがつかない。
山嵐やまあらしは下したへ行っいって今夜こんやことによると夜中よなかに用事ようじがあって出るでるかも知れしれないから、出でられるようにしておいてくれと頼んたのんで来きた。
今いま思うおもうと、よく宿やどのものが承知しょうちしたものだ。
大抵たいていなら泥棒どろぼうと間違えまちがえられるところだ。
赤あかシャツしゃつの来るくるのを待ち受けまちうけたのはつらかったが、出でて来るくるのをじっとして待っまってるのはなおつらい。
寝るねる訳わけには行かいかないし、始終しじゅう障子しょうじの隙すきから睨めにらめているのもつらいし、どうも、こうも心こころが落ちつかおちつかなくって、これほど難儀なんぎな思いおもいをした事ことはいまだにない。
いっその事こと角かく屋やへ踏み込んふみこんで現場げんばを取っとって抑えようおさえようと発議はつぎしたが、山嵐やまあらしは一言ひとことにして、おれの申し出もうしでを斥けしりぞけた。
自分じぶん共ともが今時分いまじぶん飛び込んとびこんだって、乱暴者らんぼうしゃだと云っいって途中とちゅうで遮らさえぎられる。
訳わけを話しはなして面会めんかいを求めれもとめれば居いないと逃げるにげるか別室べっしつへ案内あんないをする。
不用意ふよういのところへ踏み込めるふみこめると仮定かていしたところで何十なんじゅうとある座敷ざしきのどこに居るいるか分るわかるものではない、退屈たいくつでも出るでるのを待つまつより外そとに策さくはないと云ういうから、ようやくの事ことでとうとう朝あさの五ご時じまで我慢がまんした。
角屋すみやから出るでる二人ふたりの影かげを見るみるや否いなや、おれと山嵐やまあらしはすぐあとを尾けつけた。
一番いちばん汽車きしゃはまだないから、二人ふたりとも城下じょうかまであるかなければならない。
温泉おんせんの町まちをはずれると一いち丁ていばかりの杉並すぎなみ木きがあって左右さゆうは田圃たんぼになる。
それを通りこすとおりこすとここかしこに藁葺わらぶきがあって、畠はたけの中なかを一筋ひとすじに城下じょうかまで通るとおる土手どてへ出るでる。
町まちさえはずれれば、どこで追いついおいついても構わかまわないが、なるべくなら、人家じんかのない、杉並すぎなみ木きで捕まえつかまえてやろうと、見えがくれみえがくれについて来きた。
町まちを外れるはずれると急きゅうに馳はせけ足あしの姿勢しせいで、はやてのように後ろうしろから、追いついおいついた。
何なんが来きたかと驚ろいおどろいて振り向くふりむく奴やつを待てまてと云っいって肩かたに手てをかけた。
野のだは狼狽ろうばいの気味きみで逃げ出そうにげでそうという景色けしきだったから、おれが前まえへ廻っまわって行手ぎょうてを塞いせいでしまった。
「教頭きょうとうの職しょくを持っもってるものが何なんで角屋すみやへ行っいって泊っとまった」と山嵐やまあらしはすぐ詰りなじりかけた。
「教頭きょうとうは角屋すみやへ泊っとまって悪るいわるいという規則きそくがありますか」と赤あかシャツしゃつは依然いぜんとして鄭てい寧ねいな言葉ことばを使っつかってる。
顔かおの色いろは少々しょうしょう蒼いあおい。
「取締とりしまり上うえ不都合ふつごうだから、蕎麦屋そばやや団子だんご屋やへさえはいってはいかんと、云ういうくらい謹直きんちょくな人ひとが、なぜ芸者げいしゃといっしょに宿屋やどやへとまり込んこんだ」野のだは隙すきを見みては逃げ出そうにげでそうとするからおれはすぐ前まえに立ち塞がったちふさがって「べらんめえの坊っぼっちゃんた何なんだ」と怒鳴り付けどなりつけたら、「いえ君きみの事ことを云っいったんじゃないんです、全くまったくないんです」と鉄面皮てつめんぴに言訳いいわけがましい事ことをぬかした。
おれはこの時じ気きがついてみたら、両手りょうてで自分じぶんの袂たもとを握っにぎってる。
追っかけるおっかける時じに袂たもとの中なかの卵たまごがぶらぶらして困るこまるから、両手りょうてで握りにぎりながら来きたのである。
おれはいきなり袂たもとへ手てを入れいれて、玉子たまごを二につ取り出しとりだして、やっと云いいいながら、野のだの面めんへ擲きたたきつけた。
玉子たまごがぐちゃりと割れわれて鼻はなの先さきから黄味きみがだらだら流れだしながれだした。
野のだはよっぽど仰天ぎょうてんした者ものと見えみえて、わっと言いいいながら、尻しり持もちをついて、助けたすけてくれと云っいった。
おれは食うくうために玉子たまごは買っかったが、打つうつけるために袂たもとへ入れいれてる訳わけではない。
ただ肝きも癪しゃくのあまりに、ついぶつけるともなしに打だつけてしまったのだ。
しかし野のだが尻しり持もちを突いついたところを見みて始めはじめて、おれの成功せいこうした事ことに気きがついたから、こん畜生ちくしょう、こん畜生ちくしょうと云いいいながら残るのこる六ろくつを無茶苦茶むちゃくちゃに擲きたたきつけたら、野のだは顔かお中なか黄色きいろになった。
おれが玉子たまごをたたきつけているうち、山嵐やまあらしと赤あかシャツしゃつはまだ談判だんぱん最中さいちゅうである。
「芸者げいしゃをつれて僕ぼくが宿屋やどやへ泊っとまったと云ういう証拠しょうこがありますか」「宵よいに貴様きさまのなじみの芸者げいしゃが角屋すみやへはいったのを見みて云ういう事ことだ。胡魔化せごまかせるものか」「胡魔化すごまかす必要ひつようはない。僕ぼくは吉川よしかわ君きみと二人ふたりで泊っとまったのである。芸者げいしゃが宵よいにはいろうが、はいるまいが、僕ぼくの知っしった事ことではない」「だまれ」と山嵐やまあらしは拳骨げんこつを食わしくわした。
赤あかシャツしゃつはよろよろしたが「これは乱暴らんぼうだ、狼藉ろうぜきである。理非りひを弁じべんじないで腕力わんりょくに訴えるうったえるのは無法むほうだ」「無法むほうでたくさんだ」とまたぽかりと撲ぐる。
「貴様きさまのような奸物かんぶつはなぐらなくっちゃ、答えこたえないんだ」とぽかぽかなぐる。
おれも同時どうじに野のだを散々さんざんに擲きたたき据えすえた。
しまいには二人ふたりとも杉すぎの根方ねかたにうずくまって動けうごけないのか、眼めがちらちらするのか逃げようにげようともしない。
「もうたくさんか、たくさんでなけりゃ、まだ撲っなぐってやる」とぽかんぽかんと両人りょうにんでなぐったら「もうたくさんだ」と云っいった。
野のだに「貴様きさまもたくさんか」と聞いきいたら「無論むろんたくさんだ」と答えこたえた。
「貴様きさま等とうは奸物かんぶつだから、こうやって天誅てんちゅうを加えるくわえるんだ。これに懲りこりて以来いらいつつしむがいい。いくら言葉ことば巧みたくみに弁解べんかいが立ったっても正義まさよしは許さゆるさんぞ」と山嵐やまあらしが云っいったら両人りょうにん共ともだまっていた。
ことによると口くちをきくのが退たい儀ぎなのかも知れしれない。
「おれは逃げにげも隠れかくれもせん。今夜こんや五ご時じまでは浜はまの港屋みなとやに居るいる。用ようがあるなら巡査じゅんさなりなんなり、よこせ」と山嵐やまあらしが云ういうから、おれも「おれも逃げにげも隠れかくれもしないぞ。堀田ほったと同じおなじ所ところに待っまってるから警察けいさつへ訴えうったえたければ、勝手にかってに訴えろうったえろ」と云っいって、二人ふたりしてすたすたあるき出しだした。
おれが下宿げしゅくへ帰っかえったのは七なな時じ少しすこし前まえである。
部屋へやへはいるとすぐ荷作りにづくりを始めはじめたら、婆ばあさんが驚いおどろいて、どうおしるのぞなもしと聞いきいた。
お婆ばあさん、東京とうきょうへ行っいって奥さんおくさんを連れつれてくるんだと答えこたえて勘定かんじょうを済ましすまして、すぐ汽車きしゃへ乗っのって浜はまへ来きて港屋みなとやへ着くつくと、山嵐やまあらしは二に階かいで寝ねていた。
おれは早速さっそく辞表じひょうを書こうかこうと思っおもったが、何なんと書いかいていいか分らわからないから、私儀しぎ都と合有ごうゆう之これ辞職じしょくの上うえ東京とうきょうへ帰りかえり申さる候こうにつき左様さよう御承知ごしょうち被ひ下した度ど候こう以上いじょうとかいて校長こうちょう宛ずつにして郵便ゆうびんで出しだした。
汽船きせんは夜よる六ろく時じの出帆しゅっぱんである。
山嵐やまあらしもおれも疲れつかれて、ぐうぐう寝込んねこんで眼めが覚めさめたら、午後ごご二に時じであった。
下女げじょに巡査じゅんさは来きないかと聞いきいたら参りまいりませんと答えこたえた。
「赤あかシャツしゃつも野のだも訴えうったえなかったなあ」と二人ふたりは大きにおおきに笑っわらった。
その夜よるおれと山嵐やまあらしはこの不浄ふじょうな地ちを離れはなれた。
船ふねが岸きしを去れされば去るさるほどいい心持ちこころもちがした。
神戸こうべから東京とうきょうまでは直行ちょっこうで新橋しんばしへ着いついた時じは、ようやく娑婆しゃばへ出でたような気きがした。
山嵐やまあらしとはすぐ分れわかれたぎり今日きょうまで逢うあう機会きかいがない。
清きよしの事ことを話すはなすのを忘れわすれていた。
――おれが東京とうきょうへ着いついて下宿げしゅくへも行かいかず、革鞄かわかばんを提げさげたまま、清きよしや帰っかえったよと飛び込んとびこんだら、あら坊っぼっちゃん、よくまあ、早くはやく帰っかえって来きて下さっくださったと涙なみだをぽたぽたと落しおとした。
おれもあまり嬉しかっうれしかったから、もう田舎いなかへは行かいかない、東京とうきょうで清きよしとうちを持つもつんだと云っいった。
その後そのあとある人ひとの周旋しゅうせんで街まち鉄てつの技手ぎてになった。
月給げっきゅうは二十五にじゅうご円えんで、家賃やちんは六ろく円えんだ。
清きよしは玄関げんかん付きつきの家いえでなくっても至極しごく満足まんぞくの様子ようすであったが気の毒きのどくな事ことに今年ことしの二に月つき肺炎はいえんに罹っかかって死んしんでしまった。
死ぬしぬ前日ぜんじつおれを呼んよんで坊っぼっちゃん後生こうせいだから清きよしが死んしんだら、坊っぼっちゃんのお寺てらへ埋めうめて下さいください。
お墓はかのなかで坊っぼっちゃんの来るくるのを楽しみたのしみに待っまっておりますと云っいった。
だから清きよしの墓はかは小日向こひなたの養源ようげん寺てらにある。
(明治めいじ三十九さんじゅうきゅう年ねん四よん月つき)
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