坊っちゃん

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七

第 7 章
おれは即夜そくや下宿げしゅくを引き払っひきはらった。
宿やどへ帰っかえって荷物にもつをまとめていると、女房にょうぼうが何なんか不都合ふつごうでもございましたか、お腹おなかの立つたつ事ことがあるなら、云っいっておくれたら改めあらためますと云ういう。
どうも驚ろくおどろく。
世の中よのなかにはどうして、こんな要領ようりょうを得とくない者ものばかり揃っそろってるんだろう。
出でてもらいたいんだか、居いてもらいたいんだか分りゃわかりゃしない。
まるで気狂きちがいだ。
こんな者ものを相手あいてに喧嘩けんかをしたって江戸っ子えどっこの名折れなおれだから、車屋くるまやをつれて来きてさっさと出でてきた。
出でた事ことは出でたが、どこへ行くいくというあてもない。
車屋くるまやが、どちらへ参りまいりますと云ういうから、だまって尾おいて来いこい、今いまにわかる、と云っいって、すたすたやって来きた。
面倒めんどうだから山城屋やましろやへ行こういこうかとも考えかんがえたが、また出でなければならないから、つまり手数てすうだ。
こうして歩いあるいてるうちには下宿げしゅくとか、何なんとか看板かんばんのあるうちを目め付け出すつけだすだろう。
そうしたら、そこが天意てんいに叶っかなったわが宿やどと云ういう事ことにしよう。
とぐるぐる、閑静かんせいで住みすみよさそうな所ところをあるいているうち、とうとう鍛冶屋町かじやちょうへ出でてしまった。
ここは士族しぞく屋敷やしきで下宿屋げしゅくやなどのある町まちではないから、もっと賑やかにぎやかな方ほうへ引き返そうひきかえそうかとも思っおもったが、ふといい事ことを考え付いかんがえついた。
おれが敬愛けいあいするうらなり君きみはこの町内ちょうないに住んすんでいる。
うらなり君きみは土地とちの人ひとで先祖せんぞ代々だいだいの屋敷やしきを控えひかえているくらいだから、この辺へんの事情じじょうには通じつうじているに相違そういない。
あの人ひとを尋ねたずねて聞いきいたら、よさそうな下宿げしゅくを教えおしえてくれるかも知れしれない。
幸みゆき一度いちど挨拶あいさつに来きて勝手かっては知っしってるから、捜さがせがしてあるく面倒めんどうはない。
ここだろうと、いい加減いいかげんに見当けんとうをつけて、ご免ごめんご免ごめんと二に返かえしばかり云ういうと、奥おくから五十ごじゅうぐらいな年寄としよりが古風こふうな紙燭しそくをつけて、出でて来きた。
おれは若いわかい女おんなも嫌いきらいではないが、年寄としよりを見るみると何なんだかなつかしい心持ちこころもちがする。
大方おおかた清きよしがすきだから、その魂たましいが方々かたがたのお婆ばあさんに乗り移るのりうつるんだろう。
これは大方おおかたうらなり君きみのおっ母さんははさんだろう。
切り下げきりさげの品格ひんかくのある婦人ふじんだが、よくうらなり君きみに似にている。
まあお上がりあがりと云ういうところを、ちょっとお目めにかかりたいからと、主人しゅじんを玄関げんかんまで呼び出しよびだして実じつはこれこれだが君きみどこか心当りこころあたりはありませんかと尋ねたずねてみた。
うらなり先生せんせいそれはさぞお困りこまりでございましょう、としばらく考えかんがえていたが、この裏町うらまちに萩野はぎのと云っいって老人ろうじん夫婦ふうふぎりで暮らしくらしているものがある、いつぞや座敷ざしきを明けあけておいても無駄むだだから、たしかな人ひとがあるなら貸しかしてもいいから周旋しゅうせんしてくれと頼んたのんだ事ことがある。
今いまでも貸すかすかどうか分らわからんが、まあいっしょに行っいって聞いきいてみましょうと、親切しんせつに連れつれて行っいってくれた。
その夜よるから萩野はぎのの家いえの下宿人げしゅくにんとなった。
驚いおどろいたのは、おれがいか銀ぎんの座敷ざしきを引き払うひきはらうと、翌日よくじつから入れ違いいれちがいに野のだが平気へいきな顔かおをして、おれの居いた部屋へやを占領せんりょうした事ことだ。
さすがのおれもこれにはあきれた。
世の中よのなかはいかさま師いかさましばかりで、お互たがいに乗せのせっこをしているのかも知れしれない。
いやになった。
世間せけんがこんなものなら、おれも負けまけない気きで、世間せけん並なみにしなくちゃ、遣りやりきれない訳わけになる。
巾着きんちゃく切せつの上前うわまえをはねなければ三さん度どのご膳ぜんが戴けいただけないと、事ことが極まれきわまればこうして、生きいきてるのも考えかんがえ物ものだ。
と云っいってぴんぴんした達者たっしゃなからだで、首くびを縊っくびっちゃ先祖せんぞへ済ますまない上うえに、外聞がいぶんが悪いわるい。
考えるかんがえると物理ぶつり学校がっこうなどへはいって、数学すうがくなんて役やくにも立たたたない芸げいを覚えるおぼえるよりも、六百ろっぴゃく円えんを資本しほんにして牛乳ぎゅうにゅう屋やでも始めれはじめればよかった。
そうすれば清きよしもおれの傍そばを離れはなれずに済むすむし、おれも遠くとおくから婆ばあさんの事ことを心配しんぱいしずに暮さくれされる。
いっしょに居るいるうちは、そうでもなかったが、こうして田舎いなかへ来きてみると清きよしはやっぱり善人ぜんにんだ。
あんな気き立たてのいい女おんなは日本にっぽん中なかさがして歩いあるいたってめったにはない。
婆ばあさん、おれの立つたつときに、少々しょうしょう風邪かぜを引いひいていたが今頃いまごろはどうしてるか知らしらん。
先だってせんだっての手紙てがみを見みたらさぞ喜んよろこんだろう。
それにしても、もう返事へんじがきそうなものだが――おれはこんな事ことばかり考えかんがえて二三にさん日ひ暮しくらしていた。
気きになるから、宿やどのお婆ばあさんに、東京とうきょうから手紙てがみは来きませんかと時々ときどき尋ねたずねてみるが、聞くきくたんびに何になんにも参りまいりませんと気の毒きのどくそうな顔かおをする。
ここの夫婦ふうふはいか銀ぎんとは違っちがって、もとが士族しぞくだけに双方そうほう共とも上品じょうぼんだ。
爺じいさんが夜よるるになると、変へんな声こえを出しだして謡うたいをうたうには閉口へいこうするが、いか銀ぎんのようにお茶ちゃを入れいれましょうと無暗むやみに出でて来きないから大きにおおきに楽らくだ。
お婆ばあさんは時々ときどき部屋へやへ来きていろいろな話はなしをする。
どうして奥さんおくさんをお連れつれなさって、いっしょにお出でででなんだのぞなもしなどと質問しつもんをする。
奥さんおくさんがあるように見えみえますかね。
可哀想かわいそうにこれでもまだ二十四にじゅうよんですぜと云っいったらそれでも、あなた二十四にじゅうよんで奥さんおくさんがおありなさるのは当り前あたりまえぞなもしと冒頭ぼうとうを置いおいて、どこの誰だれさんは二十にじゅうでお嫁よめをお貰いもらいたの、どこの何なんとかさんは二十二にじゅうにで子供こどもを二人ふたりお持ちもちたのと、何なんでも例れいを半はんダースだーすばかり挙げあげて反駁はんばくを試みこころみたには恐れ入っおそれいった。
それじゃ僕ぼくも二十四にじゅうよんでお嫁よめをお貰いもらいるけれ、世話せわをしておくれんかなと田舎いなか言葉ことばを真似まねて頼んたのんでみたら、お婆ばあさん正直しょうじきに本当ほんとうかなもしと聞いきいた。
「本当ほんとうの本当ほんとうのって僕ぼくあ、嫁よめが貰いもらいたくって仕方しかたがないんだ」「そうじゃろうがな、もし。若いわかいうちは誰だれもそんなものじゃけれ」この挨拶あいさつには痛み入っいたみいって返事へんじが出来できなかった。
「しかし先生せんせいはもう、お嫁よめがおありなさるに極っきょくっとらい。私わたくしはちゃんと、もう、睨らんどるぞなもし」「へえ、活眼かつがんだね。どうして、睨らんどるんですか」「どうしててて。東京とうきょうから便りたよりはないか、便りたよりはないかてて、毎日まいにち便りたよりを待ち焦がれまちこがれておいでるじゃないかなもし」「こいつあ驚いおどろいた。大変たいへんな活眼かつがんだ」「中りあたりましたろうがな、もし」「そうですね。中っちゅうったかも知れしれませんよ」「しかし今時いまどきの女子じょしは、昔むかしと違うちがうて油断ゆだんが出来んできんけれ、お気きをお付けつけたがええぞなもし」「何なんですかい、僕ぼくの奥さんおくさんが東京とうきょうで間男まおとこでもこしらえていますかい」「いいえ、あなたの奥さんおくさんはたしかじゃけれど……」「それで、やっと安心あんしんした。それじゃ何なんを気きを付けるつけるんですい」「あなたのはたしか――あなたのはたしかじゃが――」「どこに不ふたしかなのが居いますかね」「ここ等とうにも大分おおいた居りおります。先生せんせい、あの遠山えんざんのお嬢さんおじょうさんをご存知ごぞんじかなもし」「いいえ、知りしりませんね」「まだご存知ごぞんじないかなもし。ここらであなた一いち番ばんの別嬪べっぴんさんじゃがなもし。あまり別嬪べっぴんさんじゃけれ、学校がっこうの先生せんせい方ほうはみんなマドンナまどんなマドンナまどんなと言うゆうといでるぞなもし。まだお聞きききんのかなもし」「うん、マドンナまどんなですか。僕ぼくあ芸者げいしゃの名なかと思っおもった」「いいえ、あなた。マドンナまどんなと云ういうと唐人とうじんの言葉ことばで、別嬪べっぴんさんの事ことじゃろうがなもし」「そうかも知れしれないね。驚いおどろいた」「大方おおかた画学ががくの先生せんせいがお付けつけた名なぞなもし」「野のだがつけたんですかい」「いいえ、あの吉川よしかわ先生せんせいがお付けつけたのじゃがなもし」「そのマドンナまどんなが不ふたしかなんですかい」「そのマドンナまどんなさんが不ふたしかなマドンナまどんなさんでな、もし」「厄介やっかいだね。渾名あだなの付いついてる女おんなにゃ昔むかしから碌なろくなものは居いませんからね。そうかも知れしれませんよ」「ほん当にまさにそうじゃなもし。鬼神きしんのお松まつじゃの、妲妃だっきのお百ひゃくじゃのてて怖いこわい女おんなが居りおりましたなもし」「マドンナまどんなもその同類どうるいなんですかね」「そのマドンナまどんなさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話せわをしておくれた古賀こが先生せんせいなもし――あの方ほうの所ところへお嫁よめに行くいく約束やくそくが出来できていたのじゃがなもし――」「へえ、不思議ふしぎなもんですね。あのうらなり君きみが、そんな艶福えんぷくのある男おとことは思わおもわなかった。人ひとは見み懸けかけによらない者ものだな。ちっと気きを付けようつけよう」「ところが、去年きょねんあすこのお父さんおちちさんが、お亡くなりなくなりて、――それまではお金おかねもあるし、銀行ぎんこうの株かぶも持っもってお出るでるし、万事ばんじ都合つごうがよかったのじゃが――それからというものは、どういうものか急きゅうに暮し向きくらしむきが思わしくおもわしくなくなって――つまり古賀こがさんがあまりお人ひとが好よしみ過ぎるすぎるけれ、お欺さだまされたんぞなもし。それや、これやでお輿こし入いりも延びのびているところへ、あの教頭きょうとうさんがお出でででて、是非ぜひお嫁よめにほしいとお云いいいるのじゃがなもし」「あの赤あかシャツしゃつがですか。ひどい奴やつだ。どうもあのシャツしゃつはただのシャツしゃつじゃないと思っおもってた。それから?」「人ひとを頼んたのんで懸けん合うあうておみると、遠山えんざんさんでも古賀こがさんに義理ぎりがあるから、すぐには返事へんじは出来できかねて――まあよう考えかんがえてみようぐらいの挨拶あいさつをおしたのじゃがなもし。すると赤あかシャツしゃつさんが、手蔓てづるを求めもとめて遠山えんざんさんの方ほうへ出入でいりをおしるようになって、とうとうあなた、お嬢さんおじょうさんを手て馴付けつけておしまいたのじゃがなもし。赤あかシャツしゃつさんも赤あかシャツしゃつさんじゃが、お嬢さんおじょうさんもお嬢さんおじょうさんじゃてて、みんなが悪るくわるく云いいいますのよ。いったん古賀こがさんへ嫁よめに行くいくてて承知しょうちをしときながら、今さらいまさら学士がくしさんがお出でたけれ、その方ほうに替えよかえよてて、それじゃ今日様きょうさまへ済むすむまいがなもし、あなた」「全くまったく済ますまないね。今日様きょうさまどころか明日あす様ようにも明後日みょうごにち様ようにも、いつまで行っいったって済みすみっこありませんね」「それで古賀こがさんにお気の毒きのどくじゃてて、お友達ともだちの堀田ほったさんが教頭きょうとうの所ところへ意見いけんをしにお行きいきたら、赤あかシャツしゃつさんが、あしは約束やくそくのあるものを横取りよこどりするつもりはない。破約はやくになれば貰うもらうかも知れしれんが、今いまのところは遠山えんざん家いえとただ交際こうさいをしているばかりじゃ、遠山えんざん家いえと交際こうさいをするには別段べつだん古賀こがさんに済ますまん事こともなかろうとお云いいいるけれ、堀田ほったさんも仕方しかたがなしにお戻りもどりたそうな。赤あかシャツしゃつさんと堀田ほったさんは、それ以来いらい折合おりあわせがわるいという評判ひょうばんぞなもし」「よくいろいろな事ことを知っしってますね。どうして、そんな詳しいくわしい事ことが分るわかるんですか。感心かんしんしちまった」「狭いせまいけれ何なんでも分りわかりますぞなもし」 分りわかり過ぎすぎて困るこまるくらいだ。
この容子ようこじゃおれの天麩羅てんぷらや団子だんごの事ことも知っしってるかも知れしれない。
厄介やっかいな所ところだ。
しかしお蔭様おかげさまでマドンナまどんなの意味いみもわかるし、山嵐やまあらしと赤あかシャツしゃつの関係かんけいもわかるし大いにおおいに後学こうがくになった。
ただ困るこまるのはどっちが悪るわる者ものだか判然はんぜんしない。
おれのような単純たんじゅんなものには白しろとか黒くろとか片づけかたづけてもらわないと、どっちへ味方みかたをしていいか分らわからない。
「赤あかシャツしゃつと山嵐やまあらしたあ、どっちがいい人ひとですかね」「山嵐やまあらして何なんぞなもし」「山嵐やまあらしというのは堀田ほったの事ことですよ」「そりゃ強いつよい事ことは堀田ほったさんの方ほうが強きょうそうじゃけれど、しかし赤あかシャツしゃつさんは学士がくしさんじゃけれ、働きはたらきはある方ほうぞな、もし。それから優しいやさしい事ことも赤あかシャツしゃつさんの方ほうが優しいやさしいが、生徒せいとの評判ひょうばんは堀田ほったさんの方ほうがええというぞなもし」「つまりどっちがいいんですかね」「つまり月給げっきゅうの多いおおい方ほうが豪いえらいのじゃろうがなもし」 これじゃ聞いきいたって仕方しかたがないから、やめにした。
それから二三にさん日ひして学校がっこうから帰るかえるとお婆ばあさんがにこにこして、へえお待遠まちどおさま。
やっと参りまいりました。
と一いち本ほんの手紙てがみを持っもって来きてゆっくりご覧ごらんと云っいって出でて行っいった。
取り上げとりあげてみると清きよしからの便りたよりだ。
符箋ふせんが二三にさん枚ばいついてるから、よく調べるしらべると、山城屋やましろやから、いか銀ぎんの方ほうへ廻しまわして、いか銀ぎんから、萩野はぎのへ廻っまわって来きたのである。
その上うえ山城やまじろ屋やでは一いち週間しゅうかんばかり逗留とうりゅうしている。
宿屋やどやだけに手紙てがみまで泊るとまるつもりなんだろう。
開いひらいてみると、非常ひじょうに長いながいもんだ。
坊っぼっちゃんの手紙てがみを頂いいただいてから、すぐ返事へんじをかこうと思っおもったが、あいにく風邪かぜを引いひいて一いち週間しゅうかんばかり寝ねていたものだから、つい遅くおそくなって済ますまない。
その上うえ今時いまどきのお嬢さんおじょうさんのように読み書きよみかきが達者たっしゃでないものだから、こんなまずい字じでも、かくのによっぽど骨ほねが折れるおれる。
甥おいに代筆だいひつを頼もうたのもうと思っおもったが、せっかくあげるのに自分じぶんでかかなくっちゃ、坊っぼっちゃんに済ますまないと思っおもって、わざわざ下したたがきを一いち返かえしして、それから清書せいしょをした。
清書せいしょをするには二に日ひで済んすんだが、下したた書きかきをするには四よん日ひかかった。
読みよみにくいかも知れしれないが、これでも一生懸命いっしょうけんめいにかいたのだから、どうぞしまいまで読んよんでくれ。
という冒頭ぼうとうで四よん尺さしばかり何なんやらかやら認めみとめてある。
なるほど読みよみにくい。
字じがまずいばかりではない、大抵たいてい平仮名ひらがなだから、どこで切れきれて、どこで始まるはじまるのだか句読くとうをつけるのによっぽど骨ほねが折れるおれる。
おれは焦っあせっ勝ちかちな性分しょうぶんだから、こんな長くながくて、分りわかりにくい手紙てがみは、五ご円えんやるから読んよんでくれと頼またのまれても断わることわるのだが、この時じばかりは真面目まじめになって、始はじめから終おわりまで読みよみ通しとおした。
読みよみ通しとおした事ことは事実じじつだが、読むよむ方ほうに骨ほねが折れおれて、意味いみがつながらないから、また頭あたまから読み直しよみなおしてみた。
部屋へやのなかは少しすこし暗くくらくなって、前まえの時じより見みにくく、なったから、とうとう椽えん鼻はなへ出でて腰こしをかけながら鄭てい寧ねいに拝見はいけんした。
すると初秋しょしゅうの風かぜが芭蕉ばしょうの葉はを動かしうごかして、素肌すはだに吹きつけふきつけた帰りかえりに、読みかけよみかけた手紙てがみを庭にわの方ほうへなびかしたから、しまいぎわには四よん尺さしあまりの半はん切れきれがさらりさらりと鳴っなって、手てを放すはなすと、向うむこうの生垣いけがきまで飛んとんで行きいきそうだ。
おれはそんな事ことには構っかまっていられない。
坊っぼっちゃんは竹たけを割っわりったような気性きしょうだが、ただ肝きも癪しゃくが強きょう過ぎすぎてそれが心配しんぱいになる。
――ほかの人ひとに無暗むやみに渾名あだななんか、つけるのは人ひとに恨まうらまれるもとになるから、やたらに使っつかっちゃいけない、もしつけたら、清きよしだけに手紙てがみで知らしらせろ。
――田舎者いなかものは人ひとがわるいそうだから、気きをつけてひどい目めに遭わあわないようにしろ。
――気候きこうだって東京とうきょうより不順ふじゅんに極っきょくってるから、寝ね冷れいをして風邪かぜを引いひいてはいけない。
坊っぼっちゃんの手紙てがみはあまり短たん過ぎすぎて、容子ようこがよくわからないから、この次つぎにはせめてこの手紙てがみの半分はんぶんぐらいの長さながさのを書いかいてくれ。
――宿屋やどやへ茶代ちゃだいを五ご円えんやるのはいいが、あとで困りゃこまりゃしないか、田舎いなかへ行っいって頼りたよりになるはお金おかねばかりだから、なるべく倹約けんやくして、万一まんいちの時じに差支えさしつかえないようにしなくっちゃいけない。
――お小遣こづかいがなくて困るこまるかも知れしれないから、為替かわせで十じゅう円えんあげる。
――先だってせんだって坊っぼっちゃんからもらった五十ごじゅう円えんを、坊っぼっちゃんが、東京とうきょうへ帰っかえって、うちを持つもつ時じの足したしにと思っおもって、郵便局ゆうびんきょくへ預けあずけておいたが、この十じゅう円えんを引いひいてもまだ四十よんじゅう円えんあるから大丈夫だいじょうぶだ。
――なるほど女おんなと云ういうものは細かいこまかいものだ。
おれが椽えん鼻はなで清きよしの手紙てがみをひらつかせながら、考え込んかんがえこんでいると、しきりの襖ふすまをあけて、萩野はぎののお婆ばあさんが晩めしばんめしを持っもってきた。
まだ見みてお出でるいでるのかなもし。
えっぽど長いながいお手紙てがみじゃなもし、と云っいったから、ええ大事だいじな手紙てがみだから風かぜに吹かしふかしては見み、吹かしふかしては見るみるんだと、自分じぶんでも要領ようりょうを得とくない返事へんじをして膳ぜんについた。
見るみると今夜こんやも薩摩芋さつまいもの煮つけにつけだ。
ここのうちは、いか銀ぎんよりも鄭てい寧ねいで、親切しんせつで、しかも上品じょうぼんだが、惜しいおしい事ことに食い物くいものがまずい。
昨日きのうも芋いも、一昨いっさく日ひも芋いもで今夜こんやも芋いもだ。
おれは芋いもは大好きだいすきだと明言めいげんしたには相違そういないが、こう立てつづけたてつづけに芋いもを食わさくわされては命いのちがつづかない。
うらなり君きみを笑うわらうどころか、おれ自身じしんが遠からとおからぬうちに、芋いものうらなり先生せんせいになっちまう。
清きよしならこんな時じに、おれの好きすきな鮪まぐろのさし身みか、蒲鉾かまぼこのつけ焼やけを食わくわせるんだが、貧乏びんぼう士族しぞくのけちん坊けちんぼと来きちゃ仕方しかたがない。
どう考えかんがえても清きよしといっしょでなくっちあ駄目だめだ。
もしあの学校がっこうに長くながくでも居るいる模様もようなら、東京とうきょうから召めしび寄せよせてやろう。
天麩羅てんぷら蕎麦そばを食っしょくっちゃならない、団子だんごを食っしょくっちゃならない、それで下宿げしゅくに居いて芋いもばかり食っしょくって黄色くきいろくなっていろなんて、教育者きょういくしゃはつらいものだ。
禅宗ぜんしゅう坊主ぼうずだって、これよりは口くちに栄耀えいようをさせているだろう。
――おれは一いち皿さらの芋いもを平げたいらげて、机つくえの抽斗ひきだしから生卵なまたまごを二につ出しだして、茶碗ちゃわんの縁えんでたたき割ったたきわって、ようやく凌いしのいだ。
生卵なまたまごででも営養えいようをとらなくっちあ一いち週しゅう二十一にじゅういち時間じかんの授業じゅぎょうが出来るできるものか。
今日きょうは清きよしの手紙てがみで湯ゆに行くいく時間じかんが遅くおそくなった。
しかし毎日まいにち行きつけゆきつけたのを一日いちにちでも欠かすかかすのは心持ちこころもちがわるい。
汽車きしゃにでも乗っのって出懸けようでかけようと、例れいの赤あか手拭てぬぐいをぶら下げぶらさげて停車場ていしゃじょうまで来るくると二三にさん分ぶん前まえに発車はっしゃしたばかりで、少々しょうしょう待たまたなければならぬ。
ベンチべんちへ腰こしを懸けかけて、敷島しきしまを吹かしふかしていると、偶然ぐうぜんにもうらなり君きみがやって来きた。
おれはさっきの話はなしを聞いきいてから、うらなり君きみがなおさら気の毒きのどくになった。
平常へいじょうから天地てんちの間まに居候いそうろうをしているように、小さくちいさく構えかまえているのがいかにも憐れあわれに見えみえたが、今夜こんやは憐れあわれどころの騒ぎさわぎではない。
出来るできるならば月給げっきゅうを倍ばいにして、遠山えんざんのお嬢さんおじょうさんと明日あすから結婚けっこんさして、一いちヶ月かげつばかり東京とうきょうへでも遊びあそびにやってやりたい気きがした矢先やさきだから、やお湯ゆですか、さあ、こっちへお懸けかけなさいと威勢いせいよく席せきを譲るゆずると、うらなり君きみは恐れ入っおそれいった体裁ていさいで、いえ構うかまうておくれなさるな、と遠慮えんりょだか何なんだかやっぱり立ったってる。
少しすこし待たまたなくっちゃ出でません、草臥れくたびれますからお懸けかけなさいとまた勧めすすめてみた。
実じつはどうかして、そばへ懸けかけてもらいたかったくらいに気の毒きのどくでたまらない。
それではお邪魔おじゃまを致しいたしましょうとようやくおれの云ういう事ことを聞いきいてくれた。
世の中よのなかには野のだみたように生意気なまいきな、出でないで済むすむ所ところへ必ずかならず顔かおを出すだす奴やつもいる。
山嵐やまあらしのようにおれが居いなくっちゃ日本にっぽんが困るこまるだろうと云ういうような面めんを肩かたの上うえへ載せのせてる奴やつもいる。
そうかと思うおもうと、赤あかシャツしゃつのようにコスメチックこすめちっくと色男いろおとこの問屋とんやをもって自らみずから任じにんじているのもある。
教育きょういくが生きいきてフロックコートふろっくこーとを着れきればおれになるんだと云わいわぬばかりの狸たぬきもいる。
皆々みなみなそれ相応そうおうに威張っいばってるんだが、このうらなり先生せんせいのように在れあれどもなきがごとく、人質ひとじちに取らとられた人形にんぎょうのように大人しくおとなしくしているのは見みた事ことがない。
顔かおはふくれているが、こんな結構けっこうな男おとこを捨てすてて赤あかシャツしゃつに靡くなびくなんて、マドンナまどんなもよっぼど気きの知れしれないおきゃんだ。
赤あかシャツしゃつが何なんダースだーす寄っよったって、これほど立派りっぱな旦那だんな様ようが出来るできるもんか。
「あなたはどっか悪いわるいんじゃありませんか。大分おおいたたいぎそうに見えみえますが……」「いえ、別段べつだんこれという持病じびょうもないですが……」「そりゃ結構けっこうです。からだが悪いわるいと人間にんげんも駄目だめですね」「あなたは大分おおいたご丈夫じょうぶのようですな」「ええ瘠せやせても病気びょうきはしません。病気びょうきなんてものあ大嫌いだいきらいですから」 うらなり君きみは、おれの言葉ことばを聞いきいてにやにやと笑っわらった。
ところへ入口いりぐちで若々しいわかわかしい女おんなの笑声しょうせいが聞えきこえたから、何なん心なくこころなく振り返っふりかえってみるとえらい奴やつが来きた。
色いろの白いしろい、ハイカラはいから頭あたまの、背せの高いたかい美人びじんと、四よん十じゅう五ご六ろくの奥さんおくさんとが並んならんで切符きっぷを売るうる窓まどの前まえに立ったっている。
おれは美人びじんの形容けいようなどが出来るできる男おとこでないから何になんにも云えいえないが全くまったく美人びじんに相違そういない。
何なんだか水晶すいしょうの珠たまを香水こうすいで暖だんためて、掌てのひらへ握っにぎってみたような心持ちこころもちがした。
年寄としよりの方ほうが背せは低いひくい。
しかし顔かおはよく似にているから親子おやこだろう。
おれは、や、来きたなと思うおもう途端とたんに、うらなり君きみの事ことは全然ぜんぜん忘れわすれて、若いわかい女おんなの方ほうばかり見みていた。
すると、うらなり君きみが突然とつぜんおれの隣となりから、立ち上がったちあがって、そろそろ女おんなの方ほうへ歩きあるき出しだしたんで、少しすこし驚いおどろいた。
マドンナまどんなじゃないかと思っおもった。
三さん人ひとは切符きっぷ所ところの前まえで軽くかるく挨拶あいさつしている。
遠いとおいから何なんを云っいってるのか分らわからない。
停車場ていしゃじょうの時計とけいを見るみるともう五ご分ぶんで発車はっしゃだ。
早くはやく汽車きしゃがくればいいがなと、話しはなし相手あいてが居いなくなったので待ち遠しくまちどおしく思っおもっていると、また一人ひとりあわてて場内じょうないへ馳け込んかけこんで来きたものがある。
見れみれば赤あかシャツしゃつだ。
何なんだかべらべら然さたる着物きものへ縮緬ちりめんの帯おびをだらしなく巻き付けまきつけて、例れいの通りとおり金鎖かなくさりりをぶらつかしている。
あの金鎖かなくさりりは贋物にせものである。
赤あかシャツしゃつは誰だれも知るしるまいと思っおもって、見せびらかしみせびらかしているが、おれはちゃんと知っしってる。
赤あかシャツしゃつは馳け込んかけこんだなり、何なんかきょろきょろしていたが、切符きっぷ売うり下所したしょの前まえに話しはなしている三さん人ひとへ慇懃いんぎんにお辞儀おじぎをして、何なんか二にこと、三さんこと、云っいったと思っおもったら、急きゅうにこっちへ向いむかいて、例れいのごとく猫足ねこあしにあるいて来きて、や君きみも湯ゆですか、僕ぼくは乗りのり後れおくれやしないかと思っおもって心配しんぱいして急いいそいで来きたら、まだ三四さんよん分ぶんある。
あの時計とけいはたしかかしらんと、自分じぶんの金側きんがわを出しだして、二に分ぶんほどちがってると云いいいながら、おれの傍そばへ腰こしを卸しおろした。
女おんなの方ほうはちっとも見返らみかえらないで杖つえの上うえに顋あごをのせて、正面しょうめんばかり眺めながめている。
年寄としよりの婦人ふじんは時々ときどき赤あかシャツしゃつを見るみるが、若いわかい方ほうは横よこを向いむかいたままである。
いよいよマドンナまどんなに違いちがいない。
やがて、ピューぴゅーと汽笛きてきが鳴っなって、車くるまがつく。
待ち合せまちあわせた連中れんちゅうはぞろぞろ吾れわれ勝かちに乗り込むのりこむ。
赤あかシャツしゃつはいの一いち号ごうに上等じょうとうへ飛び込んとびこんだ。
上等じょうとうへ乗っのったって威張れるいばれるどころではない、住田すみたまで上等じょうとうが五ご銭せんで下等したとうが三さん銭せんだから、わずか二に銭せん違いちがいで上下じょうげの区別くべつがつく。
こういうおれでさえ上等じょうとうを奮発ふんぱつして白しろ切符きっぷを握っにぎってるんでもわかる。
もっとも田舎者いなかものはけちだから、たった二に銭せんの出入でいりでもすこぶる苦くになると見えみえて、大抵たいていは下等したとうへ乗るのる。
赤あかシャツしゃつのあとからマドンナまどんなとマドンナまどんなのお袋おふくろが上等じょうとうへはいり込んはいりこんだ。
うらなり君きみは活版かっぱんで押しおしたように下等したとうばかりへ乗るのる男おとこだ。
先生せんせい、下等したとうの車室しゃしつの入口いりぐちへ立ったって、何なんだか躊躇ちゅうちょの体からだであったが、おれの顔かおを見るみるや否いなや思いきっおもいきって、飛び込んとびこんでしまった。
おれはこの時じ何なんとなく気の毒きのどくでたまらなかったから、うらなり君きみのあとから、すぐ同じおなじ車室しゃしつへ乗り込んのりこんだ。
上等じょうとうの切符きっぷで下等したとうへ乗るのるに不都合ふつごうはなかろう。
温泉おんせんへ着いついて、三さん階かいから、浴衣ゆかたのなりで湯壺ゆつぼへ下りくだりてみたら、またうらなり君きみに逢っあった。
おれは会議かいぎや何なんかでいざと極まるきわまると、咽喉のどが塞がっふさがって饒舌にょうぜつれない男おとこだが、平常へいじょうは随分ずいぶん弁ずるべんずる方ほうだから、いろいろ湯壺ゆつぼのなかでうらなり君きみに話しかけはなしかけてみた。
何なんだか憐れあわれぽくってたまらない。
こんな時じに一口ひとくちでも先方せんぽうの心こころを慰めなぐさめてやるのは、江戸っ子えどっこの義務ぎむだと思っおもってる。
ところがあいにくうらなり君きみの方ほうでは、うまい具合ぐあいにこっちの調子ちょうしに乗っのってくれない。
何なんを云っいっても、えとかいえとかぎりで、しかもそのえといえが大分おおいた面倒めんどうらしいので、しまいにはとうとう切り上げきりあげて、こっちからご免ごめん蒙っこうむった。
湯ゆの中なかでは赤あかシャツしゃつに逢わあわなかった。
もっとも風呂ふろの数すうはたくさんあるのだから、同じおなじ汽車きしゃで着いついても、同じおなじ湯壺ゆつぼで逢うあうとは極まっきわまっていない。
別段べつだん不思議ふしぎにも思わおもわなかった。
風呂ふろを出でてみるといい月つきだ。
町内ちょうないの両側りょうがわに柳やなぎが植っうわって、柳やなぎの枝えだが丸まるるい影かげを往来おうらいの中なかへ落しおとしている。
少しすこし散歩さんぽでもしよう。
北きたへ登っのぼって町まちのはずれへ出るでると、左ひだりに大きなおおきな門もんがあって、門もんの突き当りつきあたりがお寺てらで、左右さゆうが妓楼ぎろうである。
山門さんもんのなかに遊廓ゆうかくがあるなんて、前代未聞ぜんだいみもんの現象げんしょうだ。
ちょっとはいってみたいが、また狸たぬきから会議かいぎの時じにやられるかも知れしれないから、やめて素通りすどおりにした。
門もんの並びならびに黒いくろい暖簾のれんをかけた、小さなちいさな格子窓こうしまどの平屋ひらやはおれが団子だんごを食っしょくって、しくじった所ところだ。
丸まる提灯ちょうちんに汁粉しるこ、お雑煮ぞうにとかいたのがぶらさがって、提灯ちょうちんの火ひが、軒端のきばに近いちかい一いち本ほんの柳やなぎの幹みきを照らしてらしている。
食いくいたいなと思っおもったが我慢がまんして通り過ぎとおりすぎた。
食いくいたい団子だんごの食えくえないのは情ないなさけない。
しかし自分じぶんの許嫁いいなずけが他人たにんに心こころを移しうつしたのは、なお情ないなさけないだろう。
うらなり君きみの事ことを思うおもうと、団子だんごは愚かおろか、三さん日ひぐらい断食だんじきしても不平ふへいはこぼせない訳わけだ。
本当ほんとうに人間にんげんほどあてにならないものはない。
あの顔かおを見るみると、どうしたって、そんな不人情ふにんじょうな事ことをしそうには思えおもえないんだが――うつくしい人ひとが不人情ふにんじょうで、冬瓜とうがの水膨れみずぶくれのような古賀こがさんが善良ぜんりょうな君子くんしなのだから、油断ゆだんが出来できない。
淡泊たんぱくだと思っおもった山嵐やまあらしは生徒せいとを煽動せんどうしたと云ういうし。
生徒せいとを煽動せんどうしたのかと思うおもうと、生徒せいとの処分しょぶんを校長こうちょうに逼るせまるし。
厭味いやみで練りかためねりかためたような赤あかシャツしゃつが存外ぞんがい親切しんせつで、おれに余所よそながら注意ちゅういをしてくれるかと思うおもうと、マドンナまどんなを胡魔化しごまかしたり、胡魔化しごまかしたのかと思うおもうと、古賀こがの方ほうが破談はだんにならなければ結婚けっこんは望まのぞまないんだと云ういうし。
いか銀ぎんが難癖なんくせをつけて、おれを追い出すおいだすかと思うおもうと、すぐ野のだ公こうが入れ替っいれかわったり――どう考えかんがえてもあてにならない。
こんな事ことを清きよしにかいてやったら定めさだめて驚くおどろく事ことだろう。
箱根はこねの向うむこうだから化物ばけものが寄り合っよりあってるんだと云ういうかも知れしれない。
おれは、性来しょうらい構わかまわない性分しょうぶんだから、どんな事ことでも苦くにしないで今日きょうまで凌いしのいで来きたのだが、ここへ来きてからまだ一いちヶ月かげつ立つたつか、立たたたないうちに、急きゅうに世よのなかを物騒ぶっそうに思い出しおもいだした。
別段べつだん際だっきわだった大事件だいじけんにも出逢わであわないのに、もう五ごつ六ろくつ年ねんを取っとったような気きがする。
早くはやく切り上げきりあげて東京とうきょうへ帰るかえるのが一番いちばんよかろう。
などとそれからそれへ考えかんがえて、いつか石橋いしばしを渡っわたって野の芹川せりかわの堤つつみへ出でた。
川かわと云ういうとえらそうだが実じつは一間いちけんぐらいな、ちょろちょろした流れながれで、土手どてに沿うそうて十二じゅうに丁ていほど下るくだると相生あいおい村むらへ出るでる。
村むらには観音かんのん様ようがある。
温泉おんせんの町まちを振り返るふりかえると、赤いあかい灯あかりが、月つきの光ひかりの中なかにかがやいている。
太鼓たいこが鳴るなるのは遊廓ゆうかくに相違そういない。
川かわの流れながれは浅いあさいけれども早いはやいから、神経質しんけいしつの水みずのようにやたらに光るひかる。
ぶらぶら土手どての上うえをあるきながら、約やく三さん丁ていも来きたと思っおもったら、向うむこうに人影ひとかげが見えみえ出しだした。
月つきに透かしすかしてみると影かげは二につある。
温泉おんせんへ来きて村むらへ帰るかえる若い衆わかいしゅかも知れしれない。
それにしては唄うたもうたわない。
存外ぞんがい静かしずかだ。
だんだん歩いあるいて行くいくと、おれの方ほうが早足はやあしだと見えみえて、二につの影法師かげほうしが、次第しだいに大きくおおきくなる。
一人ひとりは女おんならしい。
おれの足音あしおとを聞きつけききつけて、十じゅう間まぐらいの距離きょりに逼っせまった時じ、男おとこがたちまち振り向いふりむいた。
月つきは後あとからさしている。
その時じおれは男おとこの様子ようすを見みて、はてなと思っおもった。
男おとこと女おんなはまた元もとの通りとおりにあるき出しだした。
おれは考えかんがえがあるから、急きゅうに全速力ぜんそくりょくで追っおっ懸けかけた。
先方せんぽうは何なんの気きもつかずに最初さいしょの通りとおり、ゆるゆる歩あゆみを移しうつしている。
今いまは話し声はなしごえも手てに取るとるように聞えるきこえる。
土手どての幅はばは六ろく尺さしぐらいだから、並んならんで行けいけば三さん人ひとがようやくだ。
おれは苦くもなく後ろうしろから追い付いおいついて、男おとこの袖そでを擦り抜けすりぬけざま、二に足あし前まえへ出しだした踵かかとをぐるりと返しかえして男おとこの顔かおを覗き込んのぞきこんだ。
月つきは正面しょうめんからおれの五ご分ぶん刈かりの頭あたまから顋あごの辺りあたりまで、会釈えしゃくもなく照てらしす。
男おとこはあっと小声こごえに云っいったが、急きゅうに横よこを向いむかいて、もう帰ろうかえろうと女おんなを促がすうながすが早いはやいか、温泉おんせんの町まちの方ほうへ引き返しひきかえした。
赤あかシャツしゃつは図太くずぶとくて胡魔化すごまかすつもりか、気きが弱くよわくて名乗りなのり損なっそこなったのかしら。
ところが狭くせまくて困っこまってるのは、おればかりではなかった。
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