坊っちゃん

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五

第 5 章
君きみ釣りつりに行きいきませんかと赤あかシャツしゃつがおれに聞いきいた。
赤あかシャツしゃつは気味きみの悪るいわるいように優しいやさしい声こえを出すだす男おとこである。
まるで男おとこだか女おんなだか分りゃわかりゃしない。
男おとこなら男おとこらしい声こえを出すだすもんだ。
ことに大学だいがく卒業生そつぎょうせいじゃないか。
物理ぶつり学校がっこうでさえおれくらいな声こえが出るでるのに、文学ぶんがく士しがこれじゃ見っともないみっともない。
おれはそうですなあと少しすこし進ますすまない返事へんじをしたら、君きみ釣つりをした事ことがありますかと失敬しっけいな事ことを聞くきく。
あんまりないが、子供こどもの時じ、小梅こうめの釣堀つりぼりで鮒ふなを三さん匹ひき釣っつった事ことがある。
それから神楽坂かぐらざかの毘沙門びしゃもんの縁日えんにちで八はち寸すんばかりの鯉こいを針はりで引っかけひっかけて、しめたと思っおもったら、ぽちゃりと落としおとしてしまったがこれは今いま考えかんがえても惜しいおしいと云っいったら、赤あかシャツしゃつは顋あごを前まえの方ほうへ突き出しつきだしてホホホホほほほほと笑っわらった。
何なんもそう気取っきどって笑わわらわなくっても、よさそうな者ものだ。
「それじゃ、まだ釣りつりの味あじは分らわからんですな。お望みのぞみならちと伝授でんじゅしましょう」とすこぶる得意とくいである。
だれがご伝授でんじゅをうけるものか。
一体いったい釣つりや猟りょうをする連中れんちゅうはみんな不人情ふにんじょうな人間にんげんばかりだ。
不人情ふにんじょうでなくって、殺生せっしょうをして喜ぶよろこぶ訳わけがない。
魚さかなだって、鳥とりだって殺さころされるより生きいきてる方ほうが楽らくに極まっきわまってる。
釣つりや猟りょうをしなくっちゃ活計かっけいがたたないなら格別かくべつだが、何なん不足ふそくなく暮しくらしている上うえに、生き物いきものを殺さころさなくっちゃ寝ねられないなんて贅沢ぜいたくな話はなしだ。
こう思っおもったが向うむこうは文学ぶんがく士しだけに口くちが達者たっしゃだから、議論ぎろんじゃ叶わかなわないと思っおもって、だまってた。
すると先生せんせいこのおれを降参こうさんさせたと疳かん違いちがいして、早速さっそく伝授でんじゅしましょう。
おひまなら、今日きょうどうです、いっしょに行っいっちゃ。
吉川よしかわ君きみと二人ふたりぎりじゃ、淋しいさびしいから、来きたまえとしきりに勧めるすすめる。
吉川よしかわ君きみというのは画学ががくの教師きょうしで例れいの野のだいこの事ことだ。
この野のだは、どういう了見りょうけんだか、赤あかシャツしゃつのうちへ朝夕あさゆう出入でいりして、どこへでも随行ずいこうして行くいく。
まるで同輩どうはいじゃない。
主従しゅうじゅうみたようだ。
赤あかシャツしゃつの行くいく所ところなら、野のだは必ずかならず行くいくに極っきょくっているんだから、今さらいまさら驚ろきおどろきもしないが、二人ふたりで行けいけば済むすむところを、なんで無愛想むあいそのおれへ口くちを掛けかけたんだろう。
大方おおかた高慢ちきこうまんちきな釣つり道楽どうらくで、自分じぶんの釣るつるところをおれに見せびらかすみせびらかすつもりかなんかで誘っさそったに違いちがいない。
そんな事ことで見せびらかさみせびらかされるおれじゃない。
鮪まぐろの二に匹ひきや三さん匹ひき釣っつったって、びくともするもんか。
おれだって人間にんげんだ、いくら下手へただって糸いとさえ卸しゃおろしゃ、何なんかかかるだろう、ここでおれが行かいかないと、赤あかシャツしゃつの事ことだから、下手へただから行かいかないんだ、嫌いきらいだから行かいかないんじゃないと邪推じゃすいするに相違そういない。
おれはこう考えかんがえたから、行きいきましょうと答えこたえた。
それから、学校がっこうをしまって、一応いちおううちへ帰っかえって、支度したくを整えととのえて、停車場ていしゃじょうで赤あかシャツしゃつと野のだを待ち合せまちあわせて浜はまへ行っいった。
船頭せんどうは一人ひとりで、船ふねは細長いほそながい東京とうきょう辺へんでは見みた事こともない恰好かっこである。
さっきから船中せんちゅう見渡すみわたすが釣竿つりざおが一いち本ほんも見えみえない。
釣竿つりざおなしで釣つりが出来るできるものか、どうする了見りょうけんだろうと、野のだに聞くきくと、沖釣おきづりには竿さおは用いもちいません、糸いとだけでげすと顋あごを撫でなでて黒人こくじんじみた事ことを云っいった。
こう遣り込めやりこめられるくらいならだまっていればよかった。
船頭せんどうはゆっくりゆっくり漕いこいでいるが熟練じゅくれんは恐しいおそろしいもので、見返みかえりえると、浜はまが小さくちいさく見えるみえるくらいもう出でている。
高こう柏寺かしわてらの五重の塔ごじゅうのとうが森もりの上うえへ抜け出しぬけだして針はりのように尖がっとがってる。
向側むかいがわを見るみると青嶋あおしまが浮いういている。
これは人ひとの住ますまない島しまだそうだ。
よく見るみると石いしと松まつばかりだ。
なるほど石いしと松まつばかりじゃ住めすめっこない。
赤あかシャツしゃつは、しきりに眺望ちょうぼうしていい景色けしきだと云っいってる。
野のだは絶景ぜっけいでげすと云っいってる。
絶景ぜっけいだか何なんだか知らしらないが、いい心持ちこころもちには相違そういない。
ひろびろとした海うみの上うえで、潮風しおかぜに吹かふかれるのは薬くすりだと思っおもった。
いやに腹はらが減るへる。
「あの松まつを見みたまえ、幹みきが真直まっすぐで、上うえが傘かさのように開いひらいてターナーたーなーの画がにありそうだね」と赤あかシャツしゃつが野のだに云ういうと、野のだは「全くまったくターナーたーなーですね。どうもあの曲りまがり具合ぐあいったらありませんね。ターナーたーなーそっくりですよ」と心得こころえ顔かおである。
ターナーたーなーとは何なんの事ことだか知らしらないが、聞かきかないでも困らこまらない事ことだから黙っだまっていた。
舟ふねは島しまを右みぎに見みてぐるりと廻っまわった。
波なみは全くまったくない。
これで海うみだとは受け取りうけとりにくいほど平たいらだ。
赤あかシャツしゃつのお陰おかげではなはだ愉快ゆかいだ。
出来るできる事ことなら、あの島しまの上うえへ上がっあがってみたいと思っおもったから、あの岩いわのある所ところへは舟ふねはつけられないんですかと聞いきいてみた。
つけられん事こともないですが、釣つりをするには、あまり岸きしじゃいけないですと赤あかシャツしゃつが異議いぎを申し立てもうしたてた。
おれは黙っだまってた。
すると野のだがどうです教頭きょうとう、これからあの島しまをターナーたーなー島しまと名づけなづけようじゃありませんかと余計よけいな発議はつぎをした。
赤あかシャツしゃつはそいつは面白いおもしろい、吾々われわれはこれからそう云おういおうと賛成さんせいした。
この吾々われわれのうちにおれもはいってるなら迷惑めいわくだ。
おれには青あお嶋しまでたくさんだ。
あの岩いわの上うえに、どうです、ラフハエルのマドンナまどんなを置いおいちゃ。
いい画がが出来できますぜと野のだが云ういうと、マドンナまどんなの話はなしはよそうじゃないかホホホホほほほほと赤あかシャツしゃつが気味きみの悪るいわるい笑いわらい方ほうをした。
なに誰だれも居いないから大丈夫だいじょうぶですと、ちょっとおれの方ほうを見みたが、わざと顔かおをそむけてにやにやと笑っわらった。
おれは何なんだかやな心持ちこころもちがした。
マドンナまどんなだろうが、小しょう旦那だんなだろうが、おれの関係かんけいした事ことでないから、勝手かってに立たたたせるがよかろうが、人ひとに分らわからない事ことを言っいって分らわからないから聞いきいたって構かまえやしませんてえような風かぜをする。
下品げぼんな仕草しぐさだ。
これで当人とうにんは私わたくしも江戸っ子えどっこでげすなどと云っいってる。
マドンナまどんなと云ういうのは何なんでも赤あかシャツしゃつの馴染なじめの芸者げいしゃの渾名あだなか何なんかに違いちがいないと思っおもった。
なじみの芸者げいしゃを無人島むじんとうの松まつの木きの下したに立たしたたして眺めながめていれば世話せわはない。
それを野のだが油絵あぶらえにでもかいて展覧会てんらんかいへ出しだしたらよかろう。
ここいらがいいだろうと船頭せんどうは船ふねをとめて、錨いかりを卸しおろした。
幾いく尋ひろあるかねと赤あかシャツしゃつが聞くきくと、六ろく尋ひろぐらいだと云ういう。
六ろく尋ひろぐらいじゃ鯛たいはむずかしいなと、赤あかシャツしゃつは糸いとを海うみへなげ込んなげこんだ。
大将たいしょう鯛たいを釣るつる気きと見えるみえる、豪胆ごうたんなものだ。
野のだは、なに教頭きょうとうのお手際てぎわじゃかかりますよ。
それになぎですからとお世辞おせじを云いいいながら、これも糸いとを繰り出しくりだして投げ入れるなげいれる。
何なんだか先さきに錘おもりのような鉛なまりがぶら下がっぶらさがってるだけだ。
浮うきがない。
浮うきがなくって釣つりをするのは寒暖かんだん計けいなしで熱度ねつどをはかるようなものだ。
おれには到底とうてい出来できないと見みていると、さあ君きみもやりたまえ糸いとはありますかと聞くきく。
糸いとはあまるほどあるが、浮うきがありませんと云っいったら、浮うきがなくっちゃ釣つりが出来できないのは素人しろうとですよ。
こうしてね、糸いとが水底すいていへついた時分じぶんに、船縁ふなべりの所ところで人指しひとさしゆびで呼吸こきゅうをはかるんです、食うくうとすぐ手てに答えるこたえる。
――そらきた、と先生せんせい急きゅうに糸いとをたぐり始めるはじめるから、何なんかかかったと思っおもったら何になんにもかからない、餌えさがなくなってたばかりだ。
いい気味きみだ。
教頭きょうとう、残念ざんねんな事ことをしましたね、今いまのはたしかに大おおものに違いちがいなかったんですが、どうも教頭きょうとうのお手際てぎわでさえ逃げにげられちゃ、今日きょうは油断ゆだんができませんよ。
しかし逃げにげられても何なんですね。
浮うきと睨めにらめくらをしている連中れんちゅうよりはましですね。
ちょうど歯どめはどめがなくっちゃ自転車じてんしゃへ乗れのれないのと同どう程度ていどですからねと野のだは妙みょうな事ことばかり喋舌るしゃべる。
よっぽど撲りつけなぐりつけてやろうかと思っおもった。
おれだって人間にんげんだ、教頭きょうとうひとりで借り切っかりきった海うみじゃあるまいし。
広いひろい所ところだ。
鰹かつおの一いち匹ひきぐらい義理ぎりにだって、かかってくれるだろうと、どぼんと錘おもりと糸いとを抛り込んほうりこんでいい加減いいかげんに指ゆびの先さきであやつっていた。
しばらくすると、何なんだかぴくぴくと糸いとにあたるものがある。
おれは考えかんがえた。
こいつは魚さかなに相違そういない。
生きいきてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳わけがない。
しめた、釣れつれたとぐいぐい手繰り寄せたぐりよせた。
おや釣れつれましたかね、後世こうせい恐るおそるべしだと野のだがひやかすうち、糸いとはもう大概たいがい手繰り込んたぐりこんでただ五ご尺さしばかりほどしか、水みずに浸いておらん。
船縁ふなべりから覗いのぞいてみたら、金魚きんぎょのような縞しまのある魚さかなが糸いとにくっついて、右左みぎひだりへ漾いながら、手てに応じおうじて浮き上がっうきあがってくる。
面白いおもしろい。
水際みずぎわから上げるあげるとき、ぽちゃりと跳ねはねたから、おれの顔かおは潮水しおみずだらけになった。
ようやくつらまえて、針はりをとろうとするがなかなか取れとれない。
捕まえつかまえた手てはぬるぬるする。
大いにおおいに気味きみがわるい。
面倒めんどうだから糸いとを振っふって胴の間どうのまへ擲きたたきつけたら、すぐ死んしんでしまった。
赤あかシャツしゃつと野のだは驚ろいおどろいて見みている。
おれは海うみの中なかで手てをざぶざぶと洗っあらって、鼻はなの先さきへあてがってみた。
まだ腥なまぐさ臭いくさい。
もう懲り懲りこりごりだ。
何なんが釣れつれたって魚さかなは握りにぎりたくない。
魚さかなも握らにぎられたくなかろう。
そうそう糸いとを捲いまいてしまった。
一番いちばん槍やりはお手柄てがらだがゴルキじゃ、と野のだがまた生意気なまいきを云ういうと、ゴルキと云ういうと露西亜ろしあの文学者ぶんがくしゃみたような名なだねと赤あかシャツしゃつが洒落しゃれた。
そうですね、まるで露西亜ろしあの文学者ぶんがくしゃですねと野のだはすぐ賛成さんせいしやがる。
ゴルキが露西亜ろしあの文学者ぶんがくしゃで、丸木まるきが芝しばの写真しゃしん師しで、米べいのなる木きが命いのちの親おやだろう。
一体いったいこの赤あかシャツしゃつはわるい癖くせだ。
誰だれを捕まえつかまえても片仮名かたかなの唐人とうじんの名なを並べならべたがる。
人ひとにはそれぞれ専門せんもんがあったものだ。
おれのような数学すうがくの教師きょうしにゴルキだか車力しゃりきだか見当けんとうがつくものか、少しすこしは遠慮えんりょするがいい。
云ういうならフランクリンふらんくりんの自伝じでんだとかプッシングぷっしんぐ、ツーつー、ゼぜ、フロントふろんとだとか、おれでも知っしってる名なを使うつかうがいい。
赤あかシャツしゃつは時々ときどき帝国ていこく文学ぶんがくとかいう真赤まっかな雑誌ざっしを学校がっこうへ持っもって来きて難なん有ゆうそうに読んよんでいる。
山嵐やまあらしに聞いきいてみたら、赤あかシャツしゃつの片仮名かたかなはみんなあの雑誌ざっしから出るでるんだそうだ。
帝国ていこく文学ぶんがくも罪つみな雑誌ざっしだ。
それから赤あかシャツしゃつと野のだは一生懸命いっしょうけんめいに釣っつっていたが、約やく一いち時間じかんばかりのうちに二人ふたりで十じゅう五ご六ろく上げあげた。
可笑しいおかしい事ことに釣れるつれるのも、釣れるつれるのも、みんなゴルキばかりだ。
鯛たいなんて薬くすりにしたくってもありゃしない。
今日きょうは露西亜ろしあ文学ぶんがくの大当りおおあたりだと赤あかシャツしゃつが野のだに話しはなしている。
あなたの手腕しゅわんでゴルキなんですから、私わたくしなんぞがゴルキなのは仕方しかたがありません。
当り前あたりまえですなと野のだが答えこたえている。
船頭せんどうに聞くきくとこの小魚こざかなは骨ほねが多くおおくって、まずくって、とても食えくえないんだそうだ。
ただ肥料ひりょうには出来るできるそうだ。
赤あかシャツしゃつと野のだは一生懸命いっしょうけんめいに肥料ひりょうを釣っつっているんだ。
気の毒きのどくの至りいたりだ。
おれは一いち匹ひきで懲りこりたから、胴の間どうのまへ仰向けあおむけになって、さっきから大空おおぞらを眺めながめていた。
釣つりをするよりこの方ほうがよっぽど洒落しゃれている。
すると二人ふたりは小声こごえで何なんか話しはなし始めはじめた。
おれにはよく聞えきこえない、また聞きききたくもない。
おれは空そらを見みながら清きよしの事ことを考えかんがえている。
金きんがあって、清きよしをつれて、こんな奇麗きれいな所ところへ遊びあそびに来きたらさぞ愉快ゆかいだろう。
いくら景色けしきがよくっても野のだなどといっしょじゃつまらない。
清きよしは皺しわ苦茶にがちゃだらけの婆ばあさんだが、どんな所ところへ連れつれて出でたって恥ずかしいはずかしい心持ちこころもちはしない。
野のだのようなのは、馬車ばしゃに乗ろうのろうが、船ふねに乗ろうのろうが、凌雲りょううん閣かくへのろうが、到底とうてい寄り付けよりつけたものじゃない。
おれが教頭きょうとうで、赤あかシャツしゃつがおれだったら、やっぱりおれにへけつけお世辞おせじを使っつかって赤あかシャツしゃつを冷かすひやかすに違いちがいない。
江戸っ子えどっこは軽薄けいはくだと云ういうがなるほどこんなものが田舎巡りいなかめぐりをして、私わたくしは江戸っ子えどっこでげすと繰り返しくりかえしていたら、軽薄けいはくは江戸っ子えどっこで、江戸っ子えどっこは軽薄けいはくの事ことだと田舎者いなかものが思うおもうに極まっきわまってる。
こんな事ことを考えかんがえていると、何なんだか二人ふたりがくすくす笑いわらい出しだした。
笑い声わらいごえの間まに何なんか云ういうが途切れ途切れとぎれとぎれでとんと要領ようりょうを得とくない。
「え? どうだか……」「……全くまったくです……知らしらないんですから……罪つみですね」「まさか……」「バッタばったを……本当ほんとうですよ」 おれは外そとの言葉ことばには耳みみを傾けかたむけなかったが、バッタばったと云ういう野のだの語ごを聴いきいた時じは、思わおもわずきっとなった。
野のだは何なんのためかバッタばったと云ういう言葉ことばだけことさら力ちからを入れいれて、明瞭めいりょうにおれの耳みみにはいるようにして、そのあとをわざとぼかしてしまった。
おれは動かうごかないでやはり聞いきいていた。
「また例れいの堀田ほったが……」「そうかも知れしれない……」「天麩羅てんぷら……ハハハハハははははは」「……煽動せんどうして……」「団子だんごも?」 言葉ことばはかように途切れ途切れとぎれとぎれであるけれども、バッタばっただの天麩羅てんぷらだの、団子だんごだのというところをもって推し測っおしはかってみると、何なんでもおれのことについて内所ないしょ話しはなしをしているに相違そういない。
話すはなすならもっと大きなおおきな声こえで話すはなすがいい、また内所ないしょ話はなしをするくらいなら、おれなんか誘わさそわなければいい。
いけ好かよしみかない連中れんちゅうだ。
バッタばっただろうが雪踏せっただろうが、非ひはおれにある事ことじゃない。
校長こうちょうがひとまずあずけろと云っいったから、狸たぬきの顔かおにめんじてただ今ただいまのところは控えひかえているんだ。
野のだの癖くせに入らはいらぬ批評ひひょうをしやがる。
毛筆もうひつでもしゃぶって引っ込んひっこんでるがいい。
おれの事ことは、遅かれおそかれ早かれはやかれ、おれ一人ひとりで片付けかたづけてみせるから、差支えさしつかえはないが、また例れいの堀田ほったがとか煽動せんどうしてとか云ういう文句もんくが気きにかかる。
堀田ほったがおれを煽動せんどうして騒動そうどうを大きくおおきくしたと云ういう意味いみなのか、あるいは堀田ほったが生徒せいとを煽動せんどうしておれをいじめたと云ういうのか方角ほうがくがわからない。
青空あおぞらを見みていると、日ひの光ひかりがだんだん弱っよわって来きて、少しすこしはひやりとする風かぜが吹き出しふきだした。
線香せんこうの烟けむりのような雲くもが、透き徹るすきとおる底そこの上うえを静かしずかに伸しのして行っいったと思っおもったら、いつしか底そこの奥おくに流れ込んながれこんで、うすくもやを掛けかけたようになった。
もう帰ろうかえろうかと赤あかシャツしゃつが思い出しおもいだしたように云ういうと、ええちょうど時分じぶんですね。
今夜こんやはマドンナまどんなの君きみにお逢いあいですかと野のだが云ういう。
赤あかシャツしゃつは馬鹿ばかあ云っいっちゃいけない、間違いまちがいになると、船縁ふなべりに身みを倚たした奴やつを、少しすこし起き直るおきなおる。
エヘヘヘヘ大丈夫だいじょうぶですよ。
聞いきいたって……と野のだが振り返っふりかえった時じ、おれは皿さらのような眼めを野のだの頭あたまの上うえへまともに浴びせあびせ掛けかけてやった。
野のだはまぼしそうに引っ繰り返っひっくりかえって、や、こいつは降参こうさんだと首くびを縮めちぢめて、頭あたまを掻いかいた。
何なんという猪口才ちょこざいだろう。
船ふねは静かしずかな海うみを岸きしへ漕ぎ戻るこぎもどる。
君きみ釣つりはあまり好きすきでないと見えみえますねと赤あかシャツしゃつが聞くきくから、ええ寝ねていて空そらを見るみる方ほうがいいですと答えこたえて、吸いすいかけた巻まき烟草たばこを海うみの中なかへたたき込んたたきこんだら、ジュじゅと音おとがして艪ろの足あしで掻き分けかきわけられた浪なみの上うえを揺られゆられながら漾っていった。
「君きみが来きたんで生徒せいとも大いにおおいに喜んよろこんでいるから、奮発ふんぱつしてやってくれたまえ」と今度こんどは釣つりにはまるで縁故えんこもない事ことを云いいい出しだした。
「あんまり喜んよろこんでもいないでしょう」「いえ、お世辞おせじじゃない。全くまったく喜んよろこんでいるんです、ね、吉川よしかわ君きみ」「喜んよろこんでるどころじゃない。大騒ぎおおさわぎです」と野のだはにやにやと笑っわらった。
こいつの云ういう事ことは一々いちいち癪しゃくに障るさわるから妙みょうだ。
「しかし君きみ注意ちゅういしないと、険呑けんのんですよ」と赤あかシャツしゃつが云ういうから「どうせ険呑けんのんです。こうなりゃ険呑けんのんは覚悟かくごです」と云っいってやった。
実際じっさいおれは免職めんしょくになるか、寄宿きしゅく生なまをことごとくあやまらせるか、どっちか一いちつにする了見りょうけんでいた。
「そう云っいっちゃ、取りつきとりつきどころもないが――実じつは僕ぼくも教頭きょうとうとして君きみのためを思うおもうから云ういうんだが、わるく取っとっちゃ困るこまる」「教頭きょうとうは全くまったく君きみに好意こういを持っもってるんですよ。僕ぼくも及ばおよばずながら、同じおなじ江戸っ子えどっこだから、なるべく長くながくご在校ざいこうを願っねがって、お互たがいに力ちからになろうと思っおもって、これでも蔭かげながら尽力じんりょくしているんですよ」と野のだが人間並にんげんなみの事ことを云っいった。
野のだのお世話おせわになるくらいなら首くびを縊っくびって死んしんじまわあ。
「それでね、生徒せいとは君きみの来きたのを大変たいへん歓迎かんげいしているんだが、そこにはいろいろな事情じじょうがあってね。君きみも腹はらの立つたつ事こともあるだろうが、ここが我慢がまんだと思っおもって、辛しん防ぼうしてくれたまえ。決してけっして君きみのためにならないような事ことはしないから」「いろいろの事情じじょうた、どんな事情じじょうです」「それが少しすこし込み入っこみいってるんだが、まあだんだん分りわかりますよ。僕ぼくが話さはなさないでも自然しぜんと分っわかって来るくるです、ね吉川よしかわ君きみ」「ええなかなか込み入っこみいってますからね。一朝一夕いっちょういっせきにゃ到底とうてい分りわかりません。しかしだんだん分りわかります、僕ぼくが話さはなさないでも自然しぜんと分っわかって来るくるです」と野のだは赤あかシャツしゃつと同じおなじような事ことを云ういう。
「そんな面倒めんどうな事情じじょうなら聞かきかなくてもいいんですが、あなたの方ほうから話しはなし出しだしたから伺ううかがうんです」「そりゃごもっともだ。こっちで口くちを切っきって、あとをつけないのは無責任むせきにんですね。それじゃこれだけの事ことを云っいっておきましょう。あなたは失礼しつれいながら、まだ学校がっこうを卒業そつぎょうしたてで、教師きょうしは始めはじめての、経験けいけんである。ところが学校がっこうというものはなかなか情実じょうじつのあるもので、そう書生しょせい流りゅうに淡泊たんぱくには行かいかないですからね」「淡泊たんぱくに行かいかなければ、どんな風かぜに行くいくんです」「さあ君きみはそう率直そっちょくだから、まだ経験けいけんに乏しいとぼしいと云ういうんですがね……」「どうせ経験けいけんには乏しいとぼしいはずです。履歴書りれきしょにもかいときましたが二十三にじゅうさん年ねん四よんヶ月かげつですから」「さ、そこで思わおもわぬ辺へんから乗ぜじょうぜられる事ことがあるんです」「正直しょうじきにしていれば誰だれが乗じじょうじたって怖くこわくはないです」「無論むろん怖くこわくはない、怖くこわくはないが、乗ぜじょうぜられる。現にげんに君きみの前任者ぜんにんしゃがやられたんだから、気きを付けつけないといけないと云ういうんです」 野のだが大人しくおとなしくなったなと気きが付いついて、ふり向いふりむいて見るみると、いつしか艫ともの方ほうで船頭せんどうと釣つりの話はなしをしている。
野のだが居いないんでよっぽど話しはなしよくなった。
「僕ぼくの前任者ぜんにんしゃが、誰れだれに乗ぜじょうぜられたんです」「だれと指すさすと、その人ひとの名誉めいよに関係かんけいするから云えいえない。また判然はんぜんと証拠しょうこのない事ことだから云ういうとこっちの落度おちどになる。とにかく、せっかく君きみが来きたもんだから、ここで失敗しっぱいしちゃ僕ぼく等とうも君きみを呼んよんだ甲斐かいがない。どうか気きを付けつけてくれたまえ」「気きを付けろつけろったって、これより気きの付けようつけようはありません。わるい事ことをしなけりゃ好いよいんでしょう」 赤あかシャツしゃつはホホホホほほほほと笑っわらった。
別段べつだんおれは笑わわらわれるような事ことを云っいった覚えおぼえはない。
今日きょうただ今ただいまに至るいたるまでこれでいいと堅くかたく信じしんじている。
考えかんがえてみると世間せけんの大部分だいぶぶんの人ひとはわるくなる事ことを奨励しょうれいしているように思うおもう。
わるくならなければ社会しゃかいに成功せいこうはしないものと信じしんじているらしい。
たまに正直しょうじきな純粋じゅんすいな人ひとを見るみると、坊っぼっちゃんだの小僧こぞうだのと難癖なんくせをつけて軽蔑けいべつする。
それじゃ小学校しょうがっこうや中学校ちゅうがっこうで嘘うそをつくな、正直しょうじきにしろと倫理りんりの先生せんせいが教えおしえない方ほうがいい。
いっそ思い切っおもいきって学校がっこうで嘘うそをつく法ほうとか、人ひとを信じしんじない術じゅつとか、人ひとを乗せるのせる策さくを教授きょうじゅする方ほうが、世よのためにも当人とうにんのためにもなるだろう。
赤あかシャツしゃつがホホホホほほほほと笑っわらったのは、おれの単純たんじゅんなのを笑っわらったのだ。
単純たんじゅんや真率しんそつが笑わわらわれる世の中よのなかじゃ仕様しようがない。
清きよしはこんな時じに決してけっして笑っわらった事ことはない。
大いにおおいに感心かんしんして聞いきいたもんだ。
清きよしの方ほうが赤あかシャツしゃつよりよっぽど上等じょうとうだ。
「無論むろん悪るいわるい事ことをしなければ好いよいんですが、自分じぶんだけ悪るいわるい事ことをしなくっても、人ひとの悪るいわるいのが分らわからなくっちゃ、やっぱりひどい目めに逢うあうでしょう。世の中よのなかには磊落らいらくなように見えみえても、淡泊たんぱくなように見えみえても、親切しんせつに下宿げしゅくの世話せわなんかしてくれても、めったに油断ゆだんの出来できないのがありますから……。大分おおいた寒くさむくなった。もう秋あきですね、浜はまの方ほうは靄もやでセピヤ色いろになった。いい景色けしきだ。おい、吉川よしかわ君きみどうだい、あの浜はまの景色けしきは……」と大きなおおきな声こえを出しだして野のだを呼んよんだ。
なあるほどこりゃ奇絶きぜつですね。
時間じかんがあると写生しゃせいするんだが、惜しいおしいですね、このままにしておくのはと野のだは大いにおおいにたたく。
港屋みなとやの二に階かいに灯あかりが一いちつついて、汽車きしゃの笛ふえがヒューひゅーと鳴るなるとき、おれの乗っのっていた舟ふねは磯いその砂すなへざぐりと、舳へさきをつき込んこんで動かうごかなくなった。
お早うおはようお帰りかえりと、かみさんが、浜はまに立ったって赤あかシャツしゃつに挨拶あいさつする。
おれは船端ふなばたから、やっと掛声かけごえをして磯いそへ飛び下りとびおりた。
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