道草

1/14

その六畳敷の狭い畳の上に自分のする事が山のように積んであるような気持でいるのである。けれども実際からいうと、仕事をするよりも、しなければならないという刺戟の方が、遥かに強く彼を支配していた。自然彼はいらいらしなければならなかった。

第 1 章
彼かれが遠いとおい所ところから持っもって来きた書物しょもつの箱ばこをこの六ろく畳たたみの中なかで開けあけた時じ、彼かれは山やまのような洋書ようしょの裡りに胡坐こざをかいて、一いち週間しゅうかんも二に週間しゅうかんも暮らしくらしていた。
そうして何なんでも手てに触れるふれるものを片端かたはしから取り上げとりあげては二に、三さん頁ぺーじずつ読んよんだ。
それがため肝心かんじんの書斎しょさいの整理せいりは何時なんじまで経っきょうっても片付かかたづかなかった。
しまいにこの体たらくていたらくを見るみるに見みかねた或ある友人ゆうじんが来きて、順序じゅんじょにも冊数さっすうにも頓着とんちゃくなく、あるだけの書物しょもつをさっさと書棚しょだなの上うえに並べならべてしまった。
彼かれを知っしっている多数たすうの人ひとは彼かれを神経しんけい衰弱すいじゃくだと評しひょうした。
彼かれ自身じしんはそれを自分じぶんの性質せいしつだと信じしんじていた。
三さん
健三けんぞうは実際じっさいその日ひその日ひの仕事しごとに追わおわれていた。
家いえへ帰っかえってからも気楽きらくに使えるつかえる時間じかんは少しすこしもなかった。
その上うえ彼かれは自分じぶんの読みよみたいものを読んよんだり、書きかきたい事ことを書いかいたり、考えかんがえたい問題もんだいを考えかんがえたりしたかった。
それで彼かれの心こころは殆んどほとんど余裕よゆうというものを知らしらなかった。
彼かれは始終しじゅう机つくえの前まえにこびり着いこびりついていた。
娯楽ごらくの場所ばしょへも滅多めったに足あしを踏み込めふみこめない位くらい忙がしいそがしがっている彼かれが、ある時じ友達ともだちから謡うたいの稽古けいこを勧めすすめられて、体からだよくそれを断わっことわったが、彼かれは心こころのうちで、他人たにんにはどうしてそんな暇ひまがあるのだろうと驚ろいおどろいた。
そうして自分じぶんの時間じかんに対するたいする態度たいどが、あたかも守銭しゅせん奴やつのそれに似通っにかよっている事ことには、まるで気きがつかなかった。
自然しぜんの勢いいきおい彼かれは社交しゃこうを避けさけなければならなかった。
人間にんげんをも避けさけなければならなかった。
彼かれの頭あたまと活字かつじとの交渉こうしょうが複雑ふくざつになればなるほど、人ひととしての彼かれは孤独こどくに陥らおちいらなければならなかった。
彼かれは朧気おぼろきにその淋しさびしさを感ずるかんずる場合ばあいさえあった。
けれども一方いっぽうではまた心こころの底そこに異様いようの熱ねつ塊かたまりがあるという自信じしんを持っもっていた。
だから索寞さくばくたる曠野こうやの方角ほうがくへ向けむけて生活せいかつの路みちを歩いあるいて行きいきながら、それがかえって本来ほんらいだとばかり心得こころえていた。
温かいあたたかい人間にんげんの血ちを枯らしからしに行くいくのだとは決してけっして思わおもわなかった。
彼かれは親類しんるいから変人へんじん扱いあつかいにされていた。
しかしそれは彼かれに取っとって大したたいした苦痛くつうにもならなかった。
「教育きょういくが違うちがうんだから仕方しかたがない」 彼かれの腹はらの中なかには常つねにこういう答弁とうべんがあった。
「やっぱり手前味噌てまえみそよ」 これは何時なんじでも細君さいくんの解釈かいしゃくであった。
気の毒きのどくな事ことに健三けんぞうはこうした細君さいくんの批評ひひょうを超越ちょうえつする事ことが出来できなかった。
そういわれる度どに気き不味いまじい顔かおをした。
ある時じは自分じぶんを理解りかいしない細君さいくんを心こころから忌々しくいまいましく思っおもった。
ある時じは叱り付けしかりつけた。
またある時じは頭ごなしあたまごなしに遣り込めやりこめた。
すると彼かれの癇癪かんしゃくが細君さいくんの耳みみに空そら威張いばりをする人ひとの言葉ことばのように響いひびいた。
細君さいくんは「手前味噌てまえみそ」の四よん字じを「大風呂敷おおふろしき」の四よん字じに訂正ていせいするに過ぎすぎなかった。
彼かれには一人ひとりの腹はら違いの姉あねと一人ひとりの兄あにがあるぎりであった。
親類しんるいといったところでこの二に軒のきより外そとに持たもたない彼かれは、不幸ふこうにして
1/14