道草

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その二度目の妻が病気の時、彼は大して心配の様子もなく能く出歩いた。病症が悪阻だから大丈夫という安心もあるらしく見えたが、容体が険悪になって後も、彼は依然としてその態度を改める様子がなかったので、人はそれを気に入らない妻に対する仕打とも解釈した。健三もあるいはそうだろうと思った。

第 4 章
三さん度目どめの妻つまを迎えるむかえる時じ、彼かれは自分じぶんから望みのぞみの女おんなを指名しめいして父ちちの許諾きょだくを求めもとめた。
しかし弟おとうとには一言ひとことの相談そうだんもしなかった。
それがため我われの強いつよい健三けんぞうの、兄あにに対するたいする不平ふへいが、罪つみもない義姉ぎしの方ほうにまで影響えいきょうした。
彼かれは教育きょういくも身分みぶんもない人ひとを自分じぶんの姉あねと呼ぶよぶのは厭いやだと主張しゅちょうして、気きの弱いよわい兄あにを苦しめくるしめた。
「なんて捌けはけない人ひとだろう」 陰かげで批評ひひょうの口くちに上るのぼるこうした言葉ことばは、彼かれを反省はんせいさせるよりもかえって頑固がんこにした。
習俗しゅうぞくを重んずるおもんずるために学問がくもんをしたような悪いわるい結果けっかに陥っおちいって自らみずから知らしらなかった彼かれには、とかく自分じぶんの不見識ふけんしきを認めみとめて見識けんしきと誇りほこりたがる弊へいがあった。
彼かれは慚愧ざんきの眼めをもって当時とうじの自分じぶんを回顧かいこした。
「送籍そうせき願がんが紛れ込んまぎれこんでいるなら、それを御ご返しかえしするから、持っもって行っいったら好いよいでしょう」「いいえ写しうつしだから、僕ぼくも要らいらないんだ」 兄あには紅白こうはくの糸いとに手ても触れふれなかった。
健三けんぞうはふとその日附ひつきが知りしりたくなった。
「一体いったい何時頃いつごろでしたかね。それを区役所くやくしょへ出しだしたのは」「もう古いふるい事ことさ」 兄あにはこれだけいったぎりであった。
その唇くちびるには微笑びしょうの影かげが差しさした。
最初さいしょも二に返かえし目めも失敗っしっぱいって、最後さいごにやっと自分じぶんの気きに入っはいった女おんなと一所いっしょになった昔むかしを忘れるわすれるほど、彼かれは耄碌もうろくしていなかった。
同時どうじにそれを口くちへ出すだすほど若くわかくもなかった。
「御ご幾いく年ねんでしたかね」と細君さいくんが訊いきいた。
「御ご由ゆですか。御ご由ゆは御ご住じゅうさんと一いちつ違いですよ」「まだ御ご若いわかいのね」 兄あにはそれには何なんとも答えこたえずに、先刻せんこくから膝ひざの上うえに置いおいた書類しょるいの帯おびを急きゅうに解きほどき始めはじめた。
「まだこんなものが這入っはいっていたよ。これも君きみにゃ関係かんけいのないものだ。さっき見みて僕ぼくもちょいと驚ろいおどろいたが、こら」 彼かれはごたごたした故紙こしの中なかから、何なんの雑作ぞうさもなく一いち枚ばいの書付かきつけを取り出しとりだした。
それは喜代子きよこという彼かれの長女ちょうじょの出産しゅっさん届とどけの下書したがきであった。
「右みぎ者もの本月ほんげつ二十三にじゅうさん日ひ午前ごぜん十一じゅういち時じ五十ごじゅう分ぶん出生しゅっしょう致しいたし候こう」という文句もんくの、「本月ほんげつ二十三にじゅうさん日ひ」だけに棒ぼうが引いん懸けかけて消しけしてある上うえに、虫むしの食っしょくった不規則ふきそくな線せんが筋違すじかいに入っはいっていた。
「これも御ご父さんちちさんの手蹟しゅせきだ。ねえ」 彼かれは
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