道草

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その二階の上も下も、健三の眼には同じように見えた。廊下で囲まれた中庭もまた真四角であった。

第 6 章
不思議ふしぎな事ことに、その広いひろい宅たくには人ひとが誰だれも住んすんでいなかった。
それを淋しいさびしいとも思わおもわずにいられるほどの幼ないおさない彼かれには、まだ家いえというものの経験けいけんと理解りかいが欠けかけていた。
彼かれはいくつとなく続いつづいている部屋へやだの、遠くとおくまで真直まっすぐに見えるみえる廊下ろうかだのを、あたかも天井てんじょうの付いついた町まちのように考えかんがえた。
そうして人ひとの通らとおらない往来おうらいを一人ひとりで歩くあるく気きでそこいら中なか馳はせけ廻っまわった。
彼かれは時々ときどき表ひょう二に階かいへ上っのぼって、細いほそい格子こうしの間まから下したを見下しみくだした。
鈴すずを鳴らしならしたり、腹掛はらがけを掛けかけたりした馬うまが何なん匹ひきも続いつづいて彼かれの眼めの前まえを過ぎすぎた。
路みちを隔てへだてた真しんん向うむこうには大きなおおきな唐金からかねの仏ふつ様ようがあった。
その仏ふつ様ようは胡坐こざをかいて蓮台れんだいの上うえに坐っすわっていた。
太いふとい錫杖しゃくじょうを担いにないでいた、それから頭あたまに笠かさを被っかぶっていた。
健三けんぞうは時々ときどき薄暗いうすぐらい土間どまへ下りくだりて、其その所ところからすぐ向側むかいがわの石段いしだんを下りるおりるために、馬うまの通るとおる往来おうらいを横切っよこぎった。
彼かれはこうしてよく仏ふつ様ようへ攀じよじ上っのぼった。
着物きものの襞ひだへ足あしを掛けかけたり、錫杖しゃくじょうの柄がらへ捉まっつかまったりして、後あとから肩かたに手てが届くとどくか、または笠かさに自分じぶんの頭あたまが触れるふれると、その先さきはもうどうする事ことも出来できずにまた下りくだりて来きた。
彼かれはまたこの四角しかくな家いえと唐金からかねの仏ふつ様ようの近所きんじょにある赤いあかい門もんの家いえを覚えおぼえていた。
赤いあかい門もんの家いえは狭いせまい往来おうらいから細いほそい小路こうじを二十にじゅう間まも折れ曲っおれまがって這入っはいった突き当りつきあたりにあった。
その奥おくは一面いちめんの高藪たかやぶで蔽わおおわれていた。
この狭いせまい往来おうらいを突き当っつきあたって左ひだりへ曲るまがると長いながい下り坂くだりざかがあった。
健三けんぞうの記憶きおくの中なかに出でてくるその坂さかは、不規則ふきそくな石段いしだんで下したから上うえまで畳みたたみ上げあげられていた。
古くふるくなって石いしの位置いちが動いうごいたためか、段だんの方々かたがたには凸凹でこぼこがあった。
石いしと石いしの罅隙こげきからは青草あおくさが風かぜに靡いなびいた。
それでも其その所ところは人ひとの通行つうこうする路みちに違いなかった。
彼かれは草くさ履穿のままで、何度なんどかその高いたかい石段いしだんを上っのぼったり下っしたったりした。
坂さかを下りくだり尽すつくすとまた坂さかがあって、小高いこだかい行手ぎょうてに杉すぎの木立こだちが蒼黒くあおぐろく見えみえた。
丁度ちょうどその坂さかと坂さかの間まの、谷たにになった窪地くぼちの左側ひだりがわに、また一いち軒のきの萱葺かやぶきがあった。
家いえは表ひょうから引込んひきこんでいる上うえに、少しすこし右側みぎがわの方ほうへ片寄っかたよっていたが、往来おうらいに面しめんした一部分いちぶぶんには掛茶屋かけちゃやのような雑ざつな構かまえが拵えこしらえられて、常つねには二に、三脚さんきゃくの床几しょうぎさえ体からだよく据えすえてあった。
葭簀よしずの隙すきから覗くのぞくと、奥おくには石いしで囲んかこんだ池いけが見えみえた。
その池いけの上うえには藤棚ふじだなが釣っつってあった。
水みずの上うえに差し出ささしだされた両端りょうたんを支えるささえる二に本ほんの棚たな柱はしらは池いけの中なかに埋まっうまっていた。
周囲しゅういには躑躅つつじが多かっおおかった。
中なかには緋鯉ひごいの影かげがあちこちと動いうごいた。
濁っにごった水みずの底そこを幻影げんえいのように赤くあかくするその魚さかなを健三けんぞうは是非ぜひ捕りとりたいと思っおもった。
或ある日ひ彼かれは誰だれも宅たくにいない時じを見計っみはからって、不細工ふさいくな布袋ほてい竹たけの先さきへ一いち枚ばい糸いとを着けつけて、餌えさと共ともに池いけの中なかに投げ込んなげこんだら、すぐ糸いとを引くひく気味きみの悪いわるいものに脅かさおびやかされた。
彼かれを水みずの底そこに引っ張りひっぱり込まこまなければやまないその強いつよい力ちからが二の腕にのうでまで伝っつたった時じ、彼かれは恐ろしくおそろしくなって、すぐ竿さおを放り出しほうりだした。
そうして翌日よくじつ静かしずかに水面すいめんに浮いういている一いち尺さし余りあまりの緋鯉ひごいを見出しみだした。
彼かれは独りひとり怖こわがった。
……「自分じぶんはその時分じぶん誰だれと共ともに住んすんでいたのだろう」 彼かれには何なんらの記憶きおくもなかった。
彼かれの頭あたまはまるで白紙はくしのようなものであった。
けれども理解力りかいりょくの索引さくいんに訴えうったえて考えれかんがえれば、どうしても島田しまだ夫婦ふうふと共ともに暮しくらしたといわなければならなかった。
三十九さんじゅうきゅう
それから舞台ぶたいが急きゅうに変っかわった。
淋しいさびしい田舎いなかが突然とつぜん彼かれの記憶きおくから消えきえた。
すると表ひょうに櫺子れんじ窓まどの付いついた小さなちいさな宅たくが朧気おぼろきに彼かれの前まえにあらわれた。
門もんのないその宅たくは裏通りうらどおりらしい町まちの中なかにあった。
町まちは細長かっほそながかった。
そうして右みぎにも左ひだりにも折れ曲っおれまがっていた。
彼かれの記憶きおくがぼんやりしているように、彼かれの家いえも始終しじゅう薄暗かっうすぐらかった。
彼かれは日光にっこうとその家いえとを連想れんそうする事ことが出来できなかった。
彼かれは其その所ところで疱瘡ぽうそうをした。
大きくおおきくなって聞くきくと、種痘しゅとうが元もとで、本ほん疱瘡ぽうそうを誘い出しさそいだしたのだとかいう話はなしであった。
彼かれは暗いくらい櫺子れんじのうちで転げころげ廻っまわった。
惣そう身みの肉にくを所ところ嫌わいやわず掻きかき※って泣き叫んなきさけんだ。
彼かれはまた偶然ぐうぜん広いひろい建物たてものの中なかに幼いおさない自分じぶんを見出しみだした。
区切らくぎられているようで続いつづいている仕切しきりのうちには人ひとがちらほらいた。
空いむなしいた場所ばしょの畳たたみだか薄縁うすべりだかが、黄色くきいろく光っひかりって、あたりを伽藍堂がらんどうの如くごとく淋しくさびしく見せみせた。
彼かれは高いたかい所ところにいた。
其その所ところで弁当べんとうを食っしょくった。
そうして油揚あぶらあげの胴どうを干瓢かんぴょうで結えゆわえた稲荷鮨いなりずしの恰好かっこに似にたものを、上うえから下したへ落しおとした。
彼かれは勾欄こうらんにつらまって何度なんども下したを覗いのぞいて見みた。
しかし誰だれもそれを取っとってくれるものはなかった。
伴ともの大人おとなはみんな正面しょうめんに気きを取らとられていた。
正面しょうめんではぐらぐらと柱はしらが揺れゆれて大きなおおきな宅たくが潰れつぶれた。
するとその潰れつぶれた屋根やねの間まから、髭ひげを生やしはやした軍人ぐんじんが威張っいばって出でて来きた。
――その頃ころの健三けんぞうはまだ芝居しばいというものの観念かんねんを有っあっていなかったのである。
彼かれの頭あたまにはこの芝居しばいと外れはずれ鷹たかとが何なんの意味いみなしに結び付けむすびつけられていた。
突然とつぜん鷹たかが向うむこうに見えるみえる青いあおい竹藪たけやぶの方ほうへ筋違すじかいに飛んとんで行っいった時じ、誰だれだか彼かれの傍そばにいるものが、「外れはずれた外れはずれた」と叫けんさけんだ。
すると誰だれだかまた手てを叩いたたいてその鷹たかを呼び返そうよびかえそうとした。
――健三けんぞうの記憶きおくは此これ所ところでぷつりと切れきれていた。
芝居しばいと鷹たかとどっちを先さきに見みたのか、それさえ彼かれには不ふ分明ふんみょうであった。
従っしたがって彼かれが田圃たんぼや藪やぶばかり見えるみえる田舎いなかに住んすんでいたのと、狭苦しいせまくるしい町内ちょうないの往来おうらいに向いむかいた薄暗いうすぐらい宅たくに住んすんでいたのと、どっちが先さきになるのか、それも彼かれにはよく判明はんめいらなかった。
そうしてその時代じだいの彼かれの記憶きおくには、殆んどほとんど人ひとというものの影かげが働はたらけらいていなかった。
しかし島田しまだ夫婦ふうふが彼かれの父母ふぼとして明瞭めいりょうに彼かれの意識いしきに上っのぼったのは、それから間まもない後あとの事ことであった。
その時じ夫婦ふうふは変へんな宅たくにいた。
門口かどぐちから右みぎへ折れるおれると、他ほかの塀際へいぎわ伝いつたいに石段いしだんを三さんつほど上らのぼらなければならなかった。
そこからは幅はば三さん尺さしばかりの露地ろじで、抜けるぬけると広くひろくて賑やかにぎやかな通りとおりへ出でた。
左ひだりは廊下ろうかを曲っきょくって、今度こんどは反対はんたいに二に、三さん段だん下りるおりる順じゅんになっていた。
すると其その所ところに長方形ちょうほうけいの広間ひろまがあった。
広間ひろまに沿うそうた土間どまも長方形ちょうほうけいであった。
土間どまから表ひょうへ出るでると、大きなおおきな河かわが見えみえた。
その上うえを白帆しらほを懸けかけた船ふねが何なん艘そうとなく往っいったり来きたりした。
河岸かしには柵さくを結っけつった中なかへ薪たきぎが一杯いちばい積んつんであった。
柵さくと柵さくの間まにある空地あきちは、だらだら下りくだりに水際みずぎわまで続いつづいた。
石垣いしがきの隙間すきまからは弁慶べんけい蟹かにがよく鋏はさみを出しだした。
島田しまだの家いえはこの細長いほそながい屋敷やしきを三さんつに区切っくぎったものの真中まなかにあった。
もとは大きなおおきな町人ちょうにんの所有しょゆうで、河岸かしに面しめんした長方形ちょうほうけいの広間ひろまがその店みせになっていたらしく思わおもわれるけれども、その持主もちぬしの何者なにものであったか、またどうして彼かれが其その所ところを立ち退いたちのいたものか、それらは凡てすべて健三けんぞうの知識ちしきの外そとに横わるよこたわる秘密ひみつであった。
一頃ひところその広いひろい部屋へやをある西洋せいよう人ひとが借りかりて英語えいごを教えおしえた事ことがあった。
まだ西洋せいよう人ひとを異人いじんという昔むかしの時代じだいだったので、島田しまだの妻つまの御ご常つねは、化物ばけものと同居どうきょでもしているように気味きみを悪わるがった。
尤ももっともこの西洋せいよう人ひとは上靴うわぐつを穿いはいて、島田しまだの借りかりている部屋へやの縁側えんがわまでのそのそ歩いあるいてくる癖くせを有っあっていた。
御ご常つねが癪しゃくの気味きみだとかいって蒼いあおい顔かおをして寐ぬていると、其その所ところの縁側えんがわへ立ったって座敷ざしきを覗き込みのぞきこみながら、見舞みまいを述べのべたりした。
その見舞みまいの言葉ことばは日本語にっぽんごか、英語えいごか、またはただ手真似てまねだけか、健三けんぞうにはまるで解っわかっていなかった。
四十よんじゅう
西洋せいよう人ひとは何時なんじの間まにか去っさってしまった。
小さいちいさい健三けんぞうがふと心付いこころづいて見るみると、その広いひろい室むろは既にすでに扱こき所ところというものに変っかわっていた。
扱こき所ところというのは今いまの区役所くやくしょのようなものらしかった。
みんなが低いひくい机つくえを一列いちれつに並べならべて事務じむを執っとっていた。
テーブルてーぶるや椅子いすが今日きょうのように広くひろく用いもちいられない時分じぶんの事ことだったので、畳たたみの上うえに長くながく坐るすわるのが、それほどの不便ふべんでもなかったのだろう、呼び出さよびだされるものも、また自分じぶんから遣っつかって来るくるものも、悉くことごとく自分じぶんの下駄げたを土間どまへ脱ぎ捨てぬぎすてて掛りかかり掛りかかりの机つくえの前まえへ畏まっかしこまった。
島田しまだはこの扱こき所ところの頭あたまであった。
従っしたがって彼かれの席せきは入口いりぐちからずっと遠いとおい一番いちばん奥おくの突当りつきあたりに設けもうけられた。
其その所ところから直角ちょっかくに折れ曲っおれまがって、河かわの見えるみえる櫺子れんじ窓まどの際さいまでに、人ひとの数すうが何人なんにんいたか、机つくえの数すうが幾いく脚あしあったか、健三けんぞうの記憶きおくは慥かたしかにそれを彼かれに語りかたり得とくなかった。
島田しまだの住居じゅうきょと扱こき所ところとは、もとより細長いほそながい一いちつ家いえを仕切っしきったまでの事ことなので、彼かれは出勤しゅっきんといわず退出たいしゅつといわず、少なからすくなからぬ便宜べんぎを有っあっていた。
彼かれには天気てんきの好いよい時じでも土つちを踏むふむ面倒めんどうがなかった。
雨あめの降るふる日ひには傘かさを差すさす臆劫おっくうを省くはぶく事ことが出来できた。
彼かれは自宅じたくから縁側えんがわ伝いつたいで勤めつとめに出でた。
そうして同じおなじ縁側えんがわを歩いあるいて宅たくへ帰っかえった。
こういう関係かんけいが、小さいちいさい健三けんぞうを少なからすくなからず大胆だいたんにした。
彼かれは時々ときどき公けおおやけの場所ばしょへ顔かおを出しだして、みんなから相手あいてにされた。
彼かれは好いよい気きになって、書記しょきの硯箱すずりばこの中なかにある朱墨しゅずみを弄っいじったり、小刀しょうとうの鞘さやを払っはらって見みたり、他ほかに蒼蠅さばえがられるような悪戯いたずらを続けざまつづけざまにした。
島田しまだはまた出来る限りできるかぎりの専横せんおうをもって、この小しょう暴君ぼうくんの態度たいどを是認ぜにんした。
島田しまだは吝嗇りんしょくな男おとこであった。
妻つまの御ご常つねは島田しまだよりもなお吝嗇りんしょくであった。
「爪つめに火ひを点すともすってえのは、あの事ことだね」 彼かれが実家じっかに帰っかえってから後あと、こんな評ひょうが時々ときどき彼かれの耳みみに入っはいった。
しかし当時とうじの彼かれは、御ご常つねが長火鉢ながひばちの傍そばへ坐っすわって、下女げじょに味噌汁みそしるをよそって遣るやるのを何なんの気きもなく眺めながめていた。
「それじゃ何ぼなんぼ何なんでも下女げじょが可哀そうかわいそうだ」 彼かれの実家じっかのものは苦笑くしょうした。
御ご常つねはまた飯櫃いいびつや御ご菜なの這入っはいっている戸棚とだなに、いつでも錠じょうを卸おろしろした。
たまに実家じっかの父ちちが訪ねたずねて来るくると、きっと蕎麦そばを取り寄せとりよせて食わくわせた。
その時じは彼女かのじょも健三けんぞうも同じおなじものを食っしょくった。
その代りかわり飯時めしどきが来きても決してけっして何時もいつものように膳ぜんを出さださなかった。
それを当然とうぜんのように思っおもっていた健三けんぞうは、実家じっかへ引き取らひきとられてから、間食かんしょくの上うえに三さん度どの食事しょくじが重なるかさなるのを見みて、大いにおおいに驚ろいおどろいた。
しかし健三けんぞうに対するたいする夫婦ふうふは金きんの点てんに掛けかけてむしろ不思議ふしぎな位くらい寛大かんだいであった。
外そとへ出るでる時じは黄き八丈はちじょうの羽織はおりを着せきせたり、縮緬ちりめんの着物きものを買うかうために、わざわざ越後屋えちごやまで引っ張っひっぱって行っいったりした。
その越後屋えちごやの店みせへ腰こしを掛けかけて、柄がらを択りより分けわけている間まに、夕暮ゆうぐれの時間じかんが逼っせまったので、大勢おおぜいの小僧こぞうが広いひろい間口まぐちの雨戸あまどを、両側りょうがわから一度いちどに締め出ししめだした時じ、彼かれは急きゅうに恐ろしくおそろしくなって、大きなおおきな声こえを揚げあげて泣きなき出しだした事こともあった。
彼かれの望むのぞむ玩具がんぐは無論むろん彼かれの自由じゆうになった。
その中なかには写し絵うつしえの道具どうぐも交っかっていた。
彼かれはよく紙かみを継ぎ合わせつぎあわせた幕まくの上うえに、三さん番ばん叟そうの影かげを映しうつして、烏帽子えぼし姿すがたに鈴すずを振らふらせたり足あしを動かさうごかさせたりして喜こんよろこんだ。
彼かれは新らしいあたらしい独楽こまを買っかってもらって、時代じだいを着けるつけるために、それを河岸かし際さいの泥溝どろどぶの中なかに浸けつけた。
ところがその泥溝どろどぶは薪たきぎ積せき場ばの柵さくと柵さくとの間まから流れ出しながれだして河かわへ落ち込むおちこむので、彼かれは独楽こまの失くなるなくなるのが心配しんぱいさに、日ひに何なん遍へんとなく扱こき所ところの土間どまを抜けぬけて行っいって、何なん遍へんとなくそれを取り出しとりだして見みた。
そのたびに彼かれは石垣いしがきの間まへ逃げ込むにげこむ蟹かにの穴あなを棒ぼうで突とっッっついた。
それから逃げにげ損なっそこなったものの甲こうを抑えおさえて、いくつも生捕りいけどりにして袂たもとへ入れいれた。
…… 要するようするに彼かれはこの吝嗇りんしょくな島田しまだ夫婦ふうふに、よそから貰い受けもらいうけた一人っ子ひとりっことして、異数いすうの取扱いとりあつかいを受けうけていたのである。
四十一よんじゅういち
しかし夫婦ふうふの心こころの奥おくには健三けんぞうに対するたいする一種いっしゅの不安ふあんが常つねに潜んひそんでいた。
彼かれらが長火鉢ながひばちの前まえで差向いさしむかいに坐りすわり合うあう夜寒よさむの宵よいなどには、健三けんぞうによくこんな質問しつもんを掛けかけた。
「御前ごぜんの御ご父ちちッっさんは誰だれだい」 健三けんぞうは島田しまだの方ほうを向いむかいて彼かれを指しさした。
「じゃ御前ごぜんの御ご母さんははさんは」 健三けんぞうはまた御ご常つねの顔かおを見みて彼女かのじょを指さしゆびさした。
これで自分じぶんたちの要求ようきゅうを一応いちおう満足まんぞくさせると、今度こんどは同じおなじような事ことを外そとの形かたちで訊いきいた。
「じゃ御前ごぜんの本当ほんとうの御ご父さんちちさんと御ご母さんははさんは」 健三けんぞうは厭々いやながら同じおなじ答こたえを繰り返すくりかえすより外そとに仕方しかたがなかった。
しかしそれが何故なぜだか彼かれらを喜こばよろこばした。
彼かれらは顔かおを見合せみあわせて笑っわらった。
或ある時じはこんな光景こうけいが殆んどほとんど毎日まいにちのように三さん人ひとの間まに起っおこった。
或ある時じは単にたんにこれだけの問答もんどうでは済ますまなかった。
ことに御ご常つねは執濃かっこかった。
「御前ごぜんはどこで生れうまれたの」 こう聞かきかれるたびに健三けんぞうは、彼かれの記憶きおくのうちに見えるみえる赤いあかい門もん――高藪たかやぶで蔽わおおわれた小さなちいさな赤いあかい門もんの家いえを挙げあげて答えこたえなければならなかった。
御ご常つねは何時なんじこの質問しつもんを掛けかけても、健三けんぞうが差支さしつかえなく同じおなじ返事へんじの出来るできるように、彼かれを仕込んしこんだのである。
彼かれの返事へんじは無論むろん器械きかい的まとであった。
けれども彼女かのじょはそんな事ことには一向いっこう頓着とんちゃくしなかった。
「健けん坊ぼう、御前ごぜん本当ほんとうは誰だれの子こなの、隠さかくさずにそう御ごいい」 彼かれは苦しめくるしめられるような心持こころもちがした。
時じには苦しいくるしいより腹はらが立ったった。
向うむこうの聞きききたがる返事へんじを与えあたえずに、わざと黙っだまっていたくなった。
「御前ごぜん誰だれが一番いちばん好きすきだい。御ご父ちちッっさん? 御ご母さんははさん?」 健三けんぞうは彼女かのじょの意いを迎えるむかえるために、向うむこうの望むのぞむような返事へんじをするのが厭いやで堪らたまらなかった。
彼かれは無言むごんのまま棒ぼうのように立たてッてっていた。
それをただ年歯ねんしの行かいかないためとのみ解釈かいしゃくした御ご常つねの観察かんさつは、むしろ簡単かんたんに過ぎすぎた。
彼かれは心こころのうちで彼女かのじょのこうした態度たいどを忌みいみ悪んにくんだのである。
夫婦ふうふは全力ぜんりょくを尽しつくして健三けんぞうを彼かれらの専有せんゆう物ものにしようと力めりきめた。
また事実じじつ上うえ健三けんぞうは彼かれらの専有せんゆう物ものに相違そういなかった。
従っしたがって彼かれらから大事だいじにされるのは、つまり彼かれらのために彼かれの自由じゆうを奪わうばわれるのと同じおなじ結果けっかに陥っおちいった。
彼かれには既にすでに身体しんたいの束縛そくばくがあった。
しかしそれよりもなお恐ろしいおそろしい心こころの束縛そくばくが、何なんも解らわからない彼かれの胸むねに、ぼんやりした不満足ふまんぞくの影かげを投げなげた。
夫婦ふうふは何なんかに付けつけて彼かれらの恩恵おんけいを健三けんぞうに意識いしきさせようとした。
それで或ある時じは「御ご父ちちッっさんが」という声こえを大きくおおきくした。
或ある時じはまた「御ご母さんははさんが」という言葉ことばに力ちからを入れいれた。
御ご父ちちッっさんと御ご母さんははさんを離れはなれたただの菓子かしを食っしょくったり、ただの着物きものを着きたりする事ことは、自然しぜん健三けんぞうには禁じきんじられていた。
自分じぶんたちの親切しんせつを、無理むりにも子供こどもの胸むねに外部がいぶから叩き込もうたたきこもうとする彼かれらの努力どりょくは、かえって反対はんたいの結果けっかをその子供こどもの上うえに引き起しひきおこした。
健三けんぞうは蒼蠅さばえがった。
「なんでそんなに世話せわを焼くやくのだろう」「御ご父ちちッっさんが」とか「御ご母さんははさんが」とかが出るでるたびに、健三けんぞうは己れおのれ独りひとりの自由じゆうを欲しほしがった。
自分じぶんの買っかってもらう玩具がんぐを喜んよろこんだり、錦絵にしきえを飽かあかず眺めながめたりする彼かれは、かえってそれらを買っかってくれる人ひとを嬉しうれしがらなくなった。
少なくすくなくとも両りょうつのものを綺麗きれいに切り離しきりはなして、純粋じゅんすいな楽みたのしみに耽りふけりたかった。
夫婦ふうふは健三けんぞうを可愛かわいがっていた。
けれどもその愛情あいじょうのうちには変へんな報酬ほうしゅうが予期よきされていた。
金きんの力ちからで美びくしい女おんなを囲っかこっている人ひとが、その女おんなの好きすきなものを、いうがままに買っかってくれるのと同じおなじように、彼かれらは自分じぶんたちの愛情あいじょうそのものの発現はつげんを目的もくてきとして行動こうどうする事ことが出来できずに、ただ健三けんぞうの歓心かんしんを得るうるために親切しんせつを見せみせなければならなかった。
そうして彼かれらは自然しぜんのために彼かれらの不純ふじゅんを罰せばっせられた。
しかも自からみずから知らしらなかった。
四十二よんじゅうに
同時どうじに健三けんぞうの気質きしつも損わそこなわれた。
順良じゅんりょうな彼かれの天性てんせいは次第しだいに表面ひょうめんから落ち込んおちこんで行っいった。
そうしてその陥欠かんけつを補うおぎなうものは強情ごうじょの二に字じに外そとならなかった。
彼かれの我儘わがままには日増ひましに募っつのった。
自分じぶんの好きすきなものが手てに入らはいらないと、往来おうらいでも道端みちばたでも構わかまわずに、すぐ其その所ところへ坐り込んすわりこんで動かうごかなかった。
ある時じは小僧こぞうの脊中せなかから彼かれの髪の毛かみのけを力ちからに任せまかせて※り取っとった。
ある時じは神社じんじゃに放しはなし飼かいの鳩はとをどうしても宅たくへ持っもって帰るかえるのだと主張しゅちょうしてやまなかった。
養父母ようふぼの寵ちょうを欲しいままほしいままに専有せんゆうし得るうる狭いせまい世界せかいの中なかに起きおきたり寐ぬたりする事ことより外そとに何になんにも知らしらない彼かれには、凡てすべての他人たにんが、ただ自分じぶんの命令めいれいを聞くきくために生きいきているように見えみえた。
彼かれはいえば通るとおるとばかり考えるかんがえるようになった。
やがて彼かれの横着おうちゃくはもう一歩いちほ深入りふかいりをした。
ある朝あさ彼かれは親おやに起こさおこされて、眠いねむい眼めを擦りすりながら縁側えんがわへ出でた。
彼かれは毎朝まいあさ寐ぬ起きに其その所ところから小便しょうべんをする癖くせを有っあっていた。
ところがその日ひは何時もいつもより眠かっねむかったので、彼かれは用ようを足したしながらつい途中とちゅうで寐ぬてしまった。
そうしてその後そのあとを知らしらなかった。
眼めが覚めさめて見るみると、彼かれは小便しょうべんの上うえに転げ落ちころげおちていた。
不幸ふこうにして彼かれの落ちおちた縁側えんがわは高かったかかった。
大通りおおどおりから河岸かしの方ほうへ滑り込んすべりこんでいる地面じめんの中途ちゅうとに当るあたるので、普通ふつうの倍ばいほどあった。
彼かれはその出来事できごとのためにとうとう腰こしを抜かしぬかした。
驚ろいおどろいた養父母ようふぼはすぐ彼かれを千住せんじゅの名倉なくらへ伴れつれて行っいって出来るだけできるだけの治療ちりょうを加えくわえた。
しかし強くつよく痛めいためられた腰こしは容易よういに立たたたなかった。
彼かれは醋すの臭においのする黄色いきいろいどろどろしたものを毎日まいにち局部きょくぶに塗っぬって座敷ざしきに寐ぬていた。
それが幾いく日ひ続いつづいたか彼かれは知らしらなかった。
「まだ立てたてないかい。立ったって御覧ごらん」 御ご常つねは毎日まいにちのように催促さいそくした。
しかし健三けんぞうは動けうごけなかった。
動けるうごけるようになってもわざと動かうごかなかった。
彼かれは寐ぬながら御ご常つねのやきもきする顔かおを見みてひそかに喜こんよろこんだ。
彼かれはしまいに立ったった。
そうして平生へいぜいと何なんの異なることなる所ところなく其その所ところいら中なか歩き廻っあるきまわった。
すると御ご常つねの驚ろいおどろいて嬉しうれしがりようが、如何にいかにも芝居しばいじみた表情ひょうじょうに充ちみちていたので、彼かれはいっそ立たたたずにもう少しすこし寐ぬていればよかったという気きになった。
彼かれの弱点じゃくてんが御ご常つねの弱点じゃくてんとまともに相そう摶つうつ事ことも少なくすくなくはなかった。
御ご常つねは非常ひじょうに嘘うそを吐くはく事ことの巧いうまい女おんなであった。
それからどんな場合ばあいでも、自分じぶんに利益りえきがあるとさえ見れみれば、すぐ涙なみだを流すながす事ことの出来るできる重宝ちょうほうな女おんなであった。
健三けんぞうをほんの小供こどもだと思っおもって気きを許しゆるしていた彼女かのじょは、その裏面りめんをすっかり彼かれに曝露ばくろして自からみずから知らしらなかった。
或ある日ひ一人ひとりの客きゃくと相対そうたいして坐っすわっていた御ご常つねは、その席せきで話題わだいに上っのぼった甲こうという女おんなを、傍そばで聴いきいていても聴きききづらいほど罵っののしった、ところがその客きゃくが帰っかえったあとで、甲こうがまた偶然ぐうぜん彼女かのじょを訪ねたずねて来きた。
すると御ご常つねは甲こうに向っむかって、そらぞらしい御世辞ごせじを使いつかい始めはじめた。
遂についに、今いま誰だれさんとあなたの事ことを大変たいへん賞めほめていた所ところだというような不必要ふひつような嘘うそまで吐いはいた。
健三けんぞうは腹はらを立てたてた。
「あんな嘘うそを吐いはいてらあ」 彼かれは一徹いってつな小供こどもの正直しょうじきをそのまま甲こうの前まえに披瀝ひれきした。
甲こうの帰っかえったあとで御ご常つねは大変たいへんに怒っどった。
「御前ごぜんと一所いっしょにいると顔かおから火ひの出るでるような思おもうをしなくっちゃならない」 健三けんぞうは御ご常つねの顔かおから早くはやく火ひが出れでれば好いよい位くらいに感じかんじた。
彼かれの胸むねの底そこには彼女かのじょを忌み嫌ういみきらう心こころが我われ知らしらず常つねにどこかに働はたらけらいていた。
いくら御ご常つねから可愛かわいがられても、それに酬いるむくいるだけの情合じょうあいがこっちに出でて来き得とくないような醜いみにきいものを、彼女かのじょは彼女かのじょの人格じんかくの中なかに蔵しぞうしていたのである。
そうしてその醜くいみにくいものを一番いちばん能くよく知っしっていたのは、彼女かのじょの懐ふところに温めあたためられて育っそだった駄々だだッ子っこに外そとならなかったのである。
四十三よんじゅうさん
その中なか変へんな現象げんしょうが島田しまだと御ご常つねとの間まに起っおこった。
ある晩ばん健三けんぞうがふと眼めを覚ましさまして見るみると、夫婦ふうふは彼かれの傍そばではげしく罵り合っののしりあっていた。
出来事できごとは彼かれに取っとって突然とつぜんであった。
彼かれは泣きなき出しだした。
その翌晩よくばんも彼かれは同じおなじ争いあらそいの声こえで熟睡じゅくすいを破らやぶられた。
彼かれはまた泣いないた。
こうした騒がしいさわがしい夜よるが幾ついくつとなく重なっかさなって行くいくに連れつれて、二人ふたりの罵るののしる声こえは次第しだいに高まったかまって来きた。
しまいには双方そうほうとも手てを出しだし始めはじめた。
打つうつ音おと、踏むふむ音おと、叫ぶさけぶ音おとが、小さなちいさな彼かれの心こころを恐ろしおそろしがらせた。
最初さいしょ彼かれが泣きなき出すだすとやんだ二人ふたりの喧嘩けんかが、今いまでは寐ぬようが覚めようさめようが、彼かれに用捨ようしゃなく進行しんこうするようになった。
幼稚ようちな健三けんぞうの頭あたまでは何なんのために、ついぞ見み馴れなれないこの光景こうけいが、毎夜まいよ深更しんこうに起るおこるのか、まるで解釈かいしゃく出来できなかった。
彼かれはただそれを嫌っいやった。
道徳どうとくも理非りひも持たもたない彼かれに、自然しぜんはただそれを嫌うきらうように教えおしえたのである。
やがて御ご常つねは健三けんぞうに事実じじつを話しはなして聞かきかせた。
その話はなしによると、彼女かのじょは世の中よのなかで一番いちばんの善人ぜんにんであった。
これに反しはんして島田しまだは大変たいへんな悪ものわるものであった。
しかし最ももっとも悪いわるいのは御藤おふじさんであった。
「あいつが」とか「あの女おんなが」とかいう言葉ことばを使うつかうとき、御ご常つねは口惜しくくやしくって堪まらたまらないという顔付かおつきをした。
眼めから涙なみだを流しながした。
しかしそうした劇烈げきれつな表情ひょうじょうはかえって健三けんぞうの心持こころもちを悪くわるくするだけで、外そとに何なんの効果こうかもなかった。
「あいつは讐あだだよ。御ご母さんははさんにも御前ごぜんにも讐あだだよ。骨ほねを粉こなにしても仇討あだうちをしなくっちゃ」 御ご常つねは歯はをぎりぎり噛んかんだ。
健三けんぞうは早くはやく彼女かのじょの傍そばを離れはなれたくなった。
彼かれは始終しじゅう自分じぶんの傍そばにいて、朝あさから晩ばんまで彼かれを味方みかたにしたがる御ご常つねよりも、むしろ島田しまだの方ほうを好いよいた。
その島田しまだは以前いぜんと違っちがって、大抵たいていは宅たくにいない事ことが多かっおおかった。
彼かれの帰るかえる時刻じこくは何時もいつも夜更よふけらしかった。
従っしたがって日中にっちゅうは滅多めったに顔かおを合せるあわせる機会きかいがなかった。
しかし健三けんぞうは毎晩まいばん暗いくらい灯火とうかの影かげで彼かれを見みた。
その険悪けんあくな眼めと怒どに顫えるふるえる唇くちびるとを見みた。
咽喉のどから渦うず捲くまく烟けむりのように洩れもれて出るでるその憤りいきどおりの声こえを聞いきいた。
それでも彼かれは時々ときどき健三けんぞうを伴れつれて以前いぜんの通りとおり外そとへ出るでる事ことがあった。
彼かれは一口ひとくちも酒さけを飲まのまない代りかわりに大変たいへん甘いあまいものを嗜んたしなんだ。
ある晩ばん彼かれは健三けんぞうと御藤おふじさんの娘むすめの御ご縫ぬいさんとを伴れつれて、賑かにぎやかな通りとおりを散歩さんぽした帰りかえりに汁粉しるこ屋やへ寄っよった。
健三けんぞうの御ご縫ぬいさんに会っかいったのはこの時じが始めはじめてであった。
それで彼かれらは碌にろくに顔かおさえ見合せみあわせなかった。
口くちはまるで利かりかなかった。
宅たくへ帰っかえった時じ、健三けんぞうは御ご常つねから、まず島田しまだにどこへ伴れつれて行かいかれたかを訊かきかれた。
それから御藤おふじさんの宅たくへ寄りよりはしないかと念ねんを押さおされた。
最後さいごに汁粉しるこ屋やへは誰だれと一所いっしょに行っいったという詰問きつもんを受けうけた。
健三けんぞうは島田しまだの注意ちゅういにかかわらず、事実じじつをありのままに告げつげた。
しかし御ご常つねの疑いうたがいはそれでもなかなか解けとけなかった。
彼女かのじょはいろいろな鎌かまを掛けかけて、それ以上いじょうの事実じじつを釣り出そうつりだそうとした。
「あいつも一所いっしょなんだろう。本当ほんとうを御ごいい。いえば御ご母さんははさんが好いよいものを上げるあげるから御ごいい。あの女おんなも行っいったんだろう。そうだろう」 彼女かのじょはどうしても行っいったといわせようとした。
同時どうじに健三けんぞうはどうしてもいうまいと決心けっしんした。
彼女かのじょは健三けんぞうを疑っうたがった。
健三けんぞうは彼女かのじょを卑しんいやしんだ。
「じゃあの子こに御ご父ちちッっさんが何なんといったい。あの子この方ほうに余計よけい口くちを利くきくかい、御前ごぜんの方ほうにかい」 何なんの答こたえもしなかった健三けんぞうの心こころには、ただ不愉快ふゆかいの念ねんのみ募っつのった。
しかし御ご常つねは其その所ところで留まるとまる女おんなではなかった。
「汁粉しるこ屋やで御前ごぜんをどっちへ坐らすわらせたい。右みぎの方ほうかい、左ひだりの方ほうかい」 嫉妬しっとから出るでる質問しつもんは何時なんじまで経っきょうっても尽きつきなかった。
その質問しつもんのうちに自分じぶんの人格じんかくを会釈えしゃくなく露わあらわして顧こり見みない彼女かのじょは、十じゅうにも足りたりないわが養いやしない子こから、愛想あいそを尽かさつかされて毫もごうも気きが付かつかずにいた。
四十四よんじゅうよん
間まもなく島田しまだは健三けんぞうの眼めから突然とつぜん消えきえて失くなっなくなった。
河岸かしを向いむかいた裏通りうらどおりと賑かにぎやかな表通りおもてどおりとの間まに挟まっはさまっていた今までいままでの住居じゅうきょも急きゅうにどこへか行っいってしまった。
御ご常つねとたった二人ふたりぎりになった健三けんぞうは、見み馴れなれない変へんな宅たくの中なかに自分じぶんを見出だしみいだした。
その家いえの表ひょうには門口かどぐちに縄なわ暖簾のれんを下げさげた米屋こめやだか味噌みそ屋やだかがあった。
彼かれの記憶きおくはこの大きなおおきな店みせと、茹でゆでた大豆だいずとを彼かれに連想れんそうせしめた。
彼かれは毎日まいにちそれを食っしょくった事ことをいまだに忘れわすれずにいた。
しかし自分じぶんの新らしくあたらしく移っうつった住居じゅうきょについては何なんの影像えいぞうも浮かべうかべ得とくなかった。
「時じ」は綺麗きれいにこの佗びしいわびしい記念きねんを彼かれのために払い去っはらいさってくれた。
御ご常つねは会うあう人ごとひとごとに島田しまだの話はなしをした。
口惜しいくやしい口惜しいくやしいといって泣いないた。
「死んしんで祟ったたってやる」 彼女かのじょの権幕けんまくは健三けんぞうの心こころをますます彼女かのじょから遠ざけるとおざける媒介ばいかいとなるに過ぎすぎなかった。
夫おっとと離れはなれた彼女かのじょは健三けんぞうを自分じぶん一人ひとりの専有せんゆう物ものにしようとした。
また専有せんゆう物ものだと信じしんじていた。
「これからは御前ごぜん一人ひとりが依怙えこだよ。好いよいかい。確かたしかりしてくれなくっちゃいけないよ」 こう頼またのまれるたびに健三けんぞうはいい渋っしぶった。
彼かれはどうしても素直すなおな子供こどものように心持こころもちの好いよい返事へんじを彼女かのじょに与えるあたえる事ことが出来できなかった。
健三けんぞうを物ものにしようという御ご常つねの腹はらの中なかには愛あいに駆らかられる衝動しょうどうよりも、むしろ慾よくに押し出さおしだされる邪気じゃきが常つねに働いはたらいていた。
それが頑是がんぜない健三けんぞうの胸むねに、何なんの理窟りくつなしに、不愉快ふゆかいな影かげを投げなげた。
しかしその他ほかの点てんについて彼かれは全くまったくの無我夢中むがむちゅうであった。
二人ふたりの生活せいかつは僅かわずかの間ましか続かつづかなかった。
物質的ぶっしつてきの欠乏けつぼうが源みなもと因いんになったのか、または御ご常つねの再縁さいえんが現状げんじょうの変化へんかを余儀よぎなくしたのか、年歯ねんしの行かいかない彼かれにはまるで解らわからなかった。
何しろなにしろ彼女かのじょはまた突然とつぜん健三けんぞうの眼めから消えきえて失くなっなくなった。
そうして彼かれは何時なんじの間まにか彼かれの実家じっかへ引き取らひきとられていた。
「考えるかんがえるとまるで他ほかの身の上みのうえのようだ。自分じぶんの事こととは思えおもえない」 健三けんぞうの記憶きおくに上せのぼせた事相じそうは余りあまりに今いまの彼かれと懸隔けんかくしていた。
それでも彼かれは他人たにんの生活せいかつに似にた自分じぶんの昔むかしを思い浮べおもいうかべなければならなかった。
しかも或るある不快ふかいな意味いみにおいて思い浮べおもいうかべなければならなかった。
「御ご常つねさんて人ひとはその時じにあの波多野はたのとかいう宅たくへまた御ご嫁よめに行っいったんでしょうか」 細君さいくんは何なん年ねん前まえか夫おっとの所ところへ御ご常つねから来きた長いながい手紙てがみの上書じょうしょをまだ覚えおぼえていた。
「そうだろうよ。己おのれも能くよく知らしらないが」「その波多野はたのという人ひとは大方おおかたまだ生きいきてるんでしょうね」 健三けんぞうは波多野はたのの顔かおさえ見みた事ことがなかった。
生死せいしなどは無論むろん考えかんがえの中なかになかった。
「警部けいぶだっていうじゃありませんか」「何なんんだか知らしらないね」「あら、貴夫たかおが自分じぶんでそう御ご仰っおっしゃったくせに」「何時なんじ」「あの手紙てがみを私わたくしに御ご見せみせになった時じよ」「そうかしら」 健三けんぞうは長いながい手紙てがみの内容ないようを少しすこし思い出しおもいだした。
その中なかには彼女かのじょが幼いおさない健三けんぞうの世話せわをした時じの辛苦しんくばかりが並べ立てならべたてててあった。
乳ちちがないので最初さいしょからおじやだけで育てそだてた事ことだの、下した性せいが悪くわるくって寐ぬ小便しょうべんの始末しまつに困っこまった事ことだの、凡てすべてそうした顛末てんまつを、飽きるあきるほど委しくくわしく述べのべた中なかに、甲府こうふとかにいる親類しんるいの裁判官さいばんかんが、月々つきづき彼女かのじょに金きんを送っおくってくれるので、今いまでは大変たいへん仕合しあいだと書いかいてあった。
しかし肝心かんじんの彼女かのじょの夫おっとが警部けいぶであったかどうか、其その所ところになると健三けんぞうには全くまったく覚さとしがなかった。
「ことによると、もう死んしんだかも知れしれないね」「生きいきているかも分りわかりませんわ」 二人ふたりの間まには波多野はたのの事ことともつかず、また御ご常つねの事ことともつかず、こんな問答もんどうが取りとり換かえわされた。
「あの人ひとが不意ふいに遣っつかって来きたように、その女おんなの人ひとも、何時なんじ突然とつぜん訪ねたずねて来きないとも限らかぎらないわね」 細君さいくんは健三けんぞうの顔かおを見みた。
健三けんぞうは腕組うでぐみをしたなり黙っだまっていた。
四十五よんじゅうご
健三けんぞうも細君さいくんも御ご常つねの書いかいた手紙てがみの傾向けいこうをよく覚えおぼえていた。
彼女かのじょとはさして縁故えんこのない人ひとですら、親切しんせつに毎月まいつきいくらかずつの送金そうきんをしてくれるのに、小さいちいさい時分じぶんあれほど世話せわになって置きおきながら、今更いまさら知らしらん顔かおをしていられた義理ぎりでもあるまいといった風かぜの筆意ひついが、一いち頁ぺーじごとに見透かさみすかされた。
その時じ彼かれはこの手紙てがみを東京とうきょうにいる兄あにの許もとに送っおくった。
勤きん先さきへこんなものを度々たびたび寄こさよこされては迷惑めいわくするから、少しすこし気きを付けるつけるように先方せんぽうへ注意ちゅういしてくれと頼んたのんだ。
兄あにからはすぐ返事へんじが来きた。
もともと養家ようか先さきを離縁りえんになって、他家たけへ嫁よめに行っいった以上いじょうは他人たにんである、その上うえ健三けんぞうはその養家ようかさえ既にすでに出でてしまった後あとなのだから、今いまになって直接ちょくせつ本人ほんにんへ文通ぶんつうなどされては困るこまるという理由りゆうを持ち出しもちだして、先方せんぽうを承知しょうちさせたから安心あんしんしろと、その返事へんじには書いかいてあった。
御ご常つねの手紙てがみはその後そのあとふっつり来きなくなった。
健三けんぞうは安心あんしんした。
しかしどこかに心持こころもちの悪いわるい所ところがあった。
彼かれは御ご常つねの世話せわを受けうけた昔むかしを忘れるわすれる訳わけに行かいかなかった。
同時どうじに彼女かのじょを忌み嫌ういみきらう念ねんは昔むかしの通りとおり変らかわらなかった。
要するようするに彼かれの御ご常つねに対するたいする態度たいどは、彼かれの島田しまだに対するたいする態度たいどと同じおなじ事ことであった。
そうして島田しまだに対するたいするよりも一層いっそう嫌悪けんおの念ねんが劇しかっはげしかった。
「島田しまだ一人ひとりでもう沢山たくさんなところへ、また新らしくあたらしくそんな女おんなが遣っつかって来きられちゃ困るこまるな」 健三けんぞうは腹はらの中なかでこう思っおもった。
夫おっとの過去かこについて、それほど知識ちしきのない細君さいくんの腹はらの中なかはなおの事ことであった。
細君さいくんの同情どうじょうは今いまその生家せいかの方ほうにばかり注がちゅうがれていた。
もとかなりの地位ちいにあった彼女かのじょの父ちちは、久しくひさしく浪人ろうにん生活せいかつを続けつづけた結果けっか、漸々ぜんぜん経済上けいざいじょうの苦境くきょうに陥いっおちいって来きたのである。
健三けんぞうは時々ときどき宅たくへ話しはなしに来るくる青年せいねんと対坐たいざして、晴々しいはればれしい彼かれらの様子ようすと自分じぶんの内面ないめん生活せいかつとを対照たいしょうし始めるはじめるようになった。
すると彼かれの眼めに映ずるえいずる青年せいねんは、みんな前まえばかり見詰めみつめて、愉快ゆかいに先さきへ先さきへと歩いあるいて行くいくように見えみえた。
或ある日ひ彼かれはその青年せいねんの一人ひとりに向っむかってこういった。
「君きみらは幸福こうふくだ。卒業そつぎょうしたら何なんになろうとか、何なんをしようとか、そんな事ことばかり考えかんがえているんだから」 青年せいねんは苦笑くしょうした。
そうして答えこたえた。
「それは貴方あなたがた時代じだいの事ことでしょう。今いまの青年せいねんはそれほど呑気のんきでもありません。何なんになろうとか、何なんをしようとか思わおもわない事ことは無論むろんないでしょうけれども、世の中よのなかが、そう自分じぶんの思いおもい通りとおりにならない事こともまた能くよく承知しょうちしていますから」 なるほど彼かれの卒業そつぎょうした時代じだいに比べるくらべると、世間せけんは十じゅう倍ばいも世知せち辛くつらくなっていた。
しかしそれは衣食住いしょくじゅうに関するかんする物質的ぶっしつてきの問題もんだいに過ぎすぎなかった。
従っしたがって青年せいねんの答こたえには彼かれの思わくおもわくと多少たしょう喰い違っくいちがった点てんがあった。
「いや君きみらは僕ぼくのように過去かこに煩はんらわされないから仕合せしあわせだというのさ」 青年せいねんは解しかいしがたいという顔かおをした。
「あなただって些ともちっとも過去かこに煩はんらわされているようには見えみえませんよ。やっぱり己おのれの世界せかいはこれからだという所ところがあるようですね」 今度こんどは健三けんぞうの方ほうが苦笑くしょうする番ばんになった。
彼かれはその青年せいねんに仏蘭西ふらんすのある学者がくしゃが唱えとなえ出しだした記憶きおくに関するかんする新説しんせつを話しはなした。
人ひとが溺れおぼれかかったり、または絶壁ぜっぺきから落おちようとする間際まぎわに、よく自分じぶんの過去かこ全体ぜんたいを一瞬いっしゅん間まの記憶きおくとして、その頭あたまに描き出すえがきだす事ことがあるという事実じじつに、この哲学者てつがくしゃは一種いっしゅの解釈かいしゃくを下しおろしたのである。
「人間にんげんは平生へいぜい彼かれらの未来みらいばかり望んのぞんで生きいきているのに、その未来みらいが咄嗟とっさに起っおこったある危険きけんのために突然とつぜん塞がさいがれて、もう己おのれは駄目だめだと事ことが極るきまると、急きゅうに眼めを転じてんじて過去かこを振り向くふりむくから、そこで凡てすべての過去かこの経験けいけんが一度いちどに意識いしきに上るのぼるのだというんだね。その説せつによると」 青年せいねんは健三けんぞうの紹介しょうかいを面白おもしろそうに聴いきいた。
けれども事こと状じょうを一向いっこう知らしらない彼かれは、それを健三けんぞうの身の上みのうえに引き直しひきなおして見るみる事ことが出来できなかった。
健三けんぞうも一いち刹那せつなにわが全部ぜんぶの過去かこを思い出すおもいだすような危険きけんな境遇きょうぐうに置かおかれたものとして今いまの自分じぶんを考えるかんがえるほどの馬鹿ばかでもなかった。
四十六よんじゅうろく
健三けんぞうの心こころを不愉快ふゆかいな過去かこに捲き込むまきこむ端緒たんしょになった島田しまだは、それから五ご、六ろく日ひほどして、ついにまた彼かれの座敷ざしきにあらわれた。
その時じ健三けんぞうの眼めに映じえいじたこの老人ろうじんは正しくただしく過去かこの幽霊ゆうれいであった。
また現在げんざいの人間にんげんでもあった。
それから薄暗いうすぐらい未来みらいの影かげにも相違そういなかった。
「どこまでこの影かげが己おのれの身体しんたいに付いついて回るまわるだろう」 健三けんぞうの胸むねは好奇心こうきしんの刺戟しげきに促さうながされるよりもむしろ不安ふあんの漣さざなみ※に揺れゆれた。
「この間ま比田ひでんの所ところをちょっと訪ねたずねて見みました」 島田しまだの言葉ことば遣けんはこの前まえと同じおなじように鄭重ていちょうであった。
しかし彼かれが何なんで比田ひでんの家いえへ足あしを運んはこんだのか、その点てんになると、彼かれは全くまったく知らしらん顔かおをして澄ましすましていた。
彼かれの口ぶりくちぶりはまるで無沙汰むさた見舞みまいかたがたそっちへ用ようのあったついでに立ち寄ったちよった人ひとの如くごとくであった。
「あの辺へんも昔むかしと違っちがって大分おおいた変りかわりましたね」 健三けんぞうは自分じぶんの前まえに坐っすわっている人ひとの真面目まじめさの程度ていどを疑っうたがった。
果してはたしてこの男おとこが彼かれの復籍ふくせきを比田ひでんまで頼み込んたのみこんだのだろうか、また比田ひでんが自分じぶんたちと相談そうだんの結果けっか通りとおり、断然だんぜんそれを拒絶きょぜつしたのだろうか、健三けんぞうはその明白めいはくな事実じじつさえ疑わうたがわずにはいられなかった。
「もとはそら彼処あすこに瀑ばくがあって、みんな夏なつになると能くよく出掛けでかけたものですがね」 島田しまだは相手あいてに頓着とんちゃくなくただ世間せけん話はなしを進めすすめて行っいった。
健三けんぞうの方ほうでは無論むろん自分じぶんから進んすすんで不愉快ふゆかいな問題もんだいに触れるふれる必要ひつようを認めみとめないので、ただ老人ろうじんの迹に跟いて引っ張らひっぱられて行くいくだけであった。
すると何なん時じの間まにか島田しまだの言葉ことば遣けんが崩れくずれて来きた。
しまいに彼かれは健三けんぞうの姉あねを呼び捨てよびすてにし始めはじめた。
「御ご夏なつも年ねんを取っとったね。尤ももっとももう大分おおいた久しくひさしく会わあわないには違いないが。昔むかしはあれでなかなか勝気かちきな女おんなで、能くよく私わたくしに喰っくって掛っかかったり何なんかしたものさ。その代りかわり元々もともと兄弟きょうだい同様どうようの間柄あいだがらだから、いくら喧嘩けんかをしたって、仲なかの直るなおるのもまた早いはやいには早いはやいが。何しろなにしろ困るこまると助けたすけてくれって能くよく泣き付いなきついて来るくるんで、私ゃわたしゃ可哀想かわいそうだからその度どびにいくらかずつ都合つごうして遣っつかったよ」 島田しまだのいう事ことは、姉あねが蔭かげで聴いきいていたらさぞ怒るおこるだろうと思うおもうように横柄おうへいであった。
それから手前勝手てまえかってな立場たちばからばかり見みた歪んゆがんだ事実じじつを他ほかに押し付けようおしつけようとする邪気じゃきに充ちみちていた。
健三けんぞうは次第しだいに言葉少なことばずくなになった。
しまいには黙っだまったなり凝とじっと島田しまだの顔かおを見み詰つめた。
島田しまだは妙みょうに鼻はなの下したの長いながい男おとこであった。
その上うえ往来おうらいなどで物ものを見るみるときは必ずかならず口くちを開けあけていた。
だからちょっと馬鹿ばかのようであった。
けれども善良ぜんりょうな馬鹿ばかとしては決してけっして誰だれの眼めにも映ずるえいずる男おとこではなかった。
落ち込んおちこんだ彼かれの眼めはその底そこで常つねに反対はんたいの何物なにものかを語っごっていた。
眉まゆはむしろ険しかっけわしかった。
狭くせまくて高いたかい彼かれの額がくの上うえにある髪かみは、若いわかい時分じぶんから左右さゆうに分けわけられた例れいがなかった。
法印ほういんか何なんぞのように常つねに後あとへ撫で付けなでつけられていた。
彼かれはふと健三けんぞうの眼めを見みた。
そうして相手あいての腹はらを読んよんだ。
一旦いったん横風おうふうの昔むかしに返っかえった彼かれの言葉ことば遣けんがまた何時なんじの間まにか現在げんざいの鄭てい寧ねいさに立ち戻ったちもどって来きた。
健三けんぞうに対したいして過去かこの己れおのれに返ろうかえろう返ろうかえろうとする試みこころみを遂についに断念だんねんしてしまった。
彼かれは室むろの内うちをきょろきょろ見廻しみまわし始めはじめた。
殺風景さっぷうけいを極めきわめたその室むろの中なかには生憎あいにく額がくも掛かかり物ものも掛っかかっていなかった。
「李り鴻章こうしょうの書しょは好きすきですか」 彼かれは突然とつぜんこんな問もんを発しはっした。
健三けんぞうは好きすきとも嫌いやともいい兼けんた。
「好きすきなら上げあげても好よしみござんす。あれでも価値かちにしたら今いまじゃよっぽどするでしょう」 昔むかしし島田しまだは藤田ふじた東湖とうこの偽筆ぎひつに時代じだいを着けるつけるのだといって、白髪はくはつ蒼顔そうがん万死ばんし余よ云々うんぬんと書いかいた半切はんせつの唐紙とうしを、台所だいどころの竈へっついの上うえに釣るつるしていた事ことがあった。
彼かれの健三けんぞうにくれるという李り鴻章こうしょうも、どこの誰だれが書いかいたものか頗るすこぶる怪しかっあやしかった。
島田しまだから物ものを貰うもらう気きの絶対ぜったいになかった健三けんぞうは取り合わとりあわずにいた。
島田しまだは漸くようやく帰っかえった。
四十七よんじゅうなな
「何なんしに来きたんでしょう、あの人ひとは」 目的もくてきなしにただ来るくるはずがないという感じかんじが細君さいくんには強くつよくあった。
健三けんぞうも丁度ちょうど同じおなじ感じかんじに多少たしょう支配しはいされていた。
「解らわからないね、どうも。一体いったい魚さかなと獣けものほど違うちがうんだから」「何なんが」「ああいう人ひとと己おのれなどとはさ」 細君さいくんは突然とつぜん自分じぶんの家族かぞくと夫おっととの関係かんけいを思い出しおもいだした。
両者りょうしゃの間まには自然しぜんの造っつくった溝みぞがあって、御ご互たがいを離隔りかくしていた。
片意地かたいじな夫おっとは決してけっしてそれを飛び超えとびこえてくれなかった。
溝みぞを拵えこしらえたものの方ほうで、それを埋めるうめるのが当然とうぜんじゃないかといった風かぜの気分きぶんで何時なんじまでも押し通しおしとおしていた。
里さとではまた反対はんたいに、夫おっとが自分じぶんの勝手かってでこの溝みぞを掘りほり始めはじめたのだから、彼かれの方ほうで其その所ところを平たいらにしたら好かろうよかろうという考えかんがえを有っあっていた。
細君さいくんの同情どうじょうは無論むろん自分じぶんの家族かぞくの方ほうにあった。
彼女かのじょはわが夫おっとを世の中よのなかと調和ちょうわする事ことの出来できない偏窟へんくつな学者がくしゃだと解釈かいしゃくしていた。
同時どうじに夫おっとが里さとと調和ちょうわしなくなった源みなもと因いんの中なかに、自分じぶんが主なおもな要素ようそとして這入っはいっている事ことも認めみとめていた。
細君さいくんは黙っだまって話はなしを切り上げようきりあげようとした。
しかし島田しまだの方ほうにばかり気きを取らとられていた健三けんぞうにはその意味いみが通じつうじなかった。
「御前ごぜんはそう思わおもわないかね」「そりゃあの人ひとと貴夫たかおとなら魚さかなと獣けもの位くらい違うちがうでしょう」「無論むろん外そとの人ひとと己おのれと比較ひかくしていやしない」 話はなしはまた島田しまだの方ほうへ戻っもどって来きた。
細君さいくんは笑いわらいながら訊いきいた。
「李り鴻章こうしょうの掛かかり物ものをどうとかいってたのね」「己おのれに遣ろうやろうかっていうんだ」「御ご止しよしなさいよ。そんな物ものを貰っもらってまた後あとからどんな無心むしんを持ちもち懸けかけられるかも知れしれないわ。遣るやるっていうのは、大方おおかた口くちの先さきだけなんでしょう。本当ほんとうは買っかってくれっていう気きなんですよ、きっと」 夫婦ふうふには李り鴻章こうしょうの掛かかり物ものよりもまだ外そとに買いかいたいものが沢山たくさんあった。
段々だんだん大きくおおきくなって来るくる女の子おんなのこに、相当そうとうの着物きものを着せきせて表ひょうへ出すだす事ことの出来できないのも、細君さいくんからいえば、夫おっとの気きの付かつかない心配しんぱいに違いなかった。
二に円えん五十ごじゅう銭せんの月賦げっぷで、この間ま拵えこしらえた雨合羽あまがっぱの代だいを、月々つきづき洋服ようふく屋やに払っはらっている夫おっとも、あまり長閑のどかな心持こころもちになれようはずがなかった。
「復籍ふくせきの事ことは何になんにもいい出さださなかったようですね」「うん何になんにもいわない。まるで狐きつねに抓まつままれたようなものだ」 始めはじめからこっちの気きを引くひくためにわざとそんな突飛とっぴな要求ようきゅうを持ち出しもちだしたものか、または真面目まじめな懸合けんごうとして、それを比田ひでんへ持ち込んもちこんだ後あと、比田ひでんからきっぱり断らことわられたので、始めはじめて駄目だめだと覚っさとったものか、健三けんぞうにはまるで見当けんとうが付かつかなかった。
「どっちでしょう」「到底とうてい解らわからないよ、ああいう人ひとの考えかんがえは」 島田しまだは実際じっさいどっちでも遣りやりかねない男おとこであった。
彼かれは三さん日ひほどしてまた健三けんぞうの玄関げんかんを開けあけた。
その時じ健三けんぞうは書斎しょさいに灯火とうかを点けつけて机つくえの前まえに坐っすわっていた。
丁度ちょうど彼かれの頭あたまに思想しそう上うえのある問題もんだいが一筋ひとすじの端緒たんしょを見せかけみせかけた所ところであった。
彼かれは一いち図ずにそれを手近てぢかまで手繰り寄せようたぐりよせようとして骨ほねを折っおった。
彼かれの思索しさくは突然とつぜん截ち切らたちきられた。
彼かれは苦いにがい顔かおをして室むろの入口いりぐちに手てを突いついた下女げじょの方ほうを顧みかえりみた。
「何なんもそう度々たびたび来きて、他ほかの邪魔じゃまをしなくっても好さよさそうなものだ」 彼かれは腹はらの中なかでこう呟やいつぶやいた。
断然だんぜん面会めんかいを謝絶しゃぜつする勇気ゆうきを有ゆうたない彼かれは、下女げじょを見みたなり少時しょうじ黙っだまっていた。
「御ご通しとおし申しもうしますか」「うん」 彼かれは仕方なししかたなしに答えこたえた。
それから「御ご奥さんおくさんは」と訊ねたずねた。
「少しすこし御ご気分きぶんが悪いわるいと仰しゃっおっしゃって先刻せんこくから伏せっふせっていらっしゃいます」 細君さいくんの寐るぬるときは歇私的まと里さとの起っおこった時じに限るかぎるように健三けんぞうには思えおもえてならなかった。
彼かれは漸くようやく立ち上ったちのぼった。
四十八よんじゅうはち
電気でんき燈あかりのまだ戸とごとに点さともされない頃ころだったので、客間きゃくまには例れいもの通りとおり暗いくらい洋燈らんぷが点いついていた。
その洋燈らんぷは細長いほそながい竹たけの台だいの上うえに油壺あぶらつぼを篏めはめ込むごむように拵えこしらえたもので、鼓つづみの胴どうの恰形に似にた平たいひらたい底そこが畳たたみへ据わるすわるように出来できていた。
健三けんぞうが客間きゃくまへ出でた時じ、島田しまだはそれを自分じぶんの手元てもとに引き寄せひきよせて心こころを出しだしたり引っ込ましひっこめましたりしながら灯火とうかの具合ぐあいを眺めながめていた。
彼かれは改まっあらたまった挨拶あいさつもせずに、「少しすこし油煙ゆえんがたまるようですね」といった。
なるほど火屋ほやが薄黒くうすぐろく燻ぶっふすぶっていた。
丸心まるしんの切せつ方ほうが平たいらに行かいかないところを、むやみに灯あかりを高くたかくすると、こんな変調へんちょうを来すきたすのがこの洋燈らんぷの特徴とくちょうであった。
「換えかえさせましょう」 家いえには同じおなじ型かたのものが三さんつばかりあった。
健三けんぞうは下女げじょを呼んよんで茶の間ちゃのまにあるのと取り換えとりかえさせようとした。
しかし島田しまだは生返事なまへんじをするぎりで、容易よういに煤すすで曇っくもった火屋ほやから眼めを離さはなさなかった。
「どういう加減かげんだろう」 彼かれは独り言ひとりごとをいって、草花くさばなの模様もようだけを不透明ふとうめいに擦っすった丸いまりい蓋ふたの隙間すきまを覗き込んのぞきこんだ。
健三けんぞうの記憶きおくにある彼かれは、こんな事ことを能くよく気きにするという点てんにおいて、頗るすこぶる几帳面きちょうめんな男おとこに相違そういなかった。
彼かれはむしろ潔癖けっぺきであった。
持っもって生れうまれた倫理りんり上うえの不ふ潔癖けっぺきと金銭きんせん上うえの不ふ潔癖けっぺきの償いつぐないにでもなるように、座敷ざしきや縁側えんがわの塵ごみを気きにした。
彼かれは尻しりをからげて、拭ぬぐえ掃除そうじをした。
跣足せんそくで庭にわへ出でて要らいらざる所ところまで掃いはいたり水みずを打っうったりした。
物ものが壊れるこわれると彼かれはきっと自分じぶんで修復しゅうふくした。
あるいは修復しゅうふくそうとした。
それがためにどの位くらいな時間じかんが要っいっても、またどんな労力ろうりょくが必要ひつようになって来きても、彼かれは決してけっして厭わいとわなかった。
そういう事ことが彼かれの性せいにあるばかりでなく、彼かれには手てに握っにぎった一いち銭せん銅貨どうかの方ほうが、時間じかんや労力ろうりょくよりも遥かはるかに大切たいせつに見えみえたのである。
「なにそんなものは宅たくで出来るできる。金きんを出しだして頼むたのむがものはない。損そんだ」 損そんをするという事ことが彼かれには何なんよりも恐ろしかっおそろしかった。
そうして目めに見えみえない損そんはいくらしても解らわからなかった。
「宅たくの人ひとはあんまり正直しょうじき過ぎるすぎるんで」 御藤おふじさんは昔むかし健三けんぞうに向っむかって、自分じぶんの夫おっとを評するひょうするときに、こんな言葉ことばを使っつかった。
世の中よのなかをまだ知らしらない健三けんぞうにもその真実しんじつでない事ことはよく解っわかっていた。
ただ自分じぶんの手前てまえ、嘘うそと承知しょうちしながら、夫おっとの品性ひんせいを取り繕うとりつくろうのだろうと善意ぜんいに解釈かいしゃくした彼かれは、その時じ御藤おふじさんに向っむかって何になんにもいわなかった。
しかし今いま考えかんがえて見るみると、彼女かのじょの批評ひひょうにはもう少しすこし慥たしかな根底こんていがあるらしく思えおもえた。
「必竟ひっきょう大きなおおきな損そんに気きのつかない所ところが正直しょうじきなんだろう」 健三けんぞうはただ金銭きんせん上うえの慾よくを満たそうみたそうとして、その慾よくに伴なわともなわない程度ていどの幼稚ようちな頭脳ずのうを精一杯せいいっぱいに働はたらけらかせている老人ろうじんをむしろ憐れあわれに思っおもった。
そうして凹んへこんだ眼めを今いま擦りすり硝子がらすの蓋ふたの傍そばへ寄せよせて、研究けんきゅうでもする時じのように、暗いくらい灯あかりを見詰めみつめている彼かれを気の毒きのどくな人ひととして眺めながめた。
「彼かれはこうして老いおいた」 島田しまだの一生いっしょうを煎じ詰めせんじつめたような一句いっくを眼めの前まえに味わっあじわった健三けんぞうは、自分じぶんは果してはたしてどうして老ゆるおゆるのだろうかと考えかんがえた。
彼かれは神かみという言葉ことばが嫌いやであった。
しかしその時じの彼かれの心こころにはたしかに神かみという言葉ことばが出でた。
そうして、もしその神かみが神かみの眼めで自分じぶんの一生いっしょうを通しとおして見みたならば、この強慾ごうよくな老人ろうじんの一生いっしょうと大したたいした変りかわりはないかも知れしれないという気きが強くつよくした。
その時じ島田しまだは洋燈らんぷの螺旋らせんを急きゅうに廻しまわしたと見えみえて、細長いほそながい火屋ほやの中なかが、赤いあかい火ひで一杯いちばいになった。
それに驚ろいおどろいた彼かれは、また螺旋らせんを逆ぎゃくに廻しまわし過ぎすぎたらしく、今度こんどはただでさえ暗いくらい灯火とうかをなおの事こと暗くくらくした。
「どうもどこか調子ちょうしが狂っくるってますね」 健三けんぞうは手てを敲いたたいて下女げじょに新しいあたらしい洋燈らんぷを持っもって来きさした。
四十九よんじゅうきゅう
その晩ばんの島田しまだはこの前まえ来きた時じと態度たいどの上うえにおいて何なんの異なることなる所ところもなかった。
応対おうたいにはどこまでも健三けんぞうを独立どくりつした人ひとと認めるみとめるような言葉ことばばかり使っつかった。
しかし彼かれはもう先達てせんだっての掛かかり物ものについてはまるで忘れわすれているかの如くごとくに見えみえた。
李り鴻章こうしょうの李りの字じも口くちにしなかった。
復籍ふくせきの事ことはなお更さらであった。
噫ああにさえ出すだす様子ようすを見せみせなかった。
彼かれはなるべくただの話はなしをしようとした。
しかし二人ふたりに共通きょうつうした興味きょうみのある問題もんだいは、どこをどう探しさがしても落ちおちているはずがなかった。
彼かれのいう事ことの大部分だいぶぶんは、健三けんぞうに取っとって全くまったくの無意味むいみから余りあまり遠くとおく隔っへだたっているとも思えおもえなかった。
健三けんぞうは退屈たいくつした。
しかしその退屈たいくつのうちには一種いっしゅの注意ちゅういが徹っとおっていた。
彼かれはこの老人ろうじんが或ある日ひ或ある物ものを持っもって、今いまより判はん明りあかりした姿すがたで、きっと自分じぶんの前まえに現れあらわれてくるに違いないという予覚よかくに支配しはいされた。
その或ある物ものがまた必ずかならず自分じぶんに不愉快ふゆかいなもしくは不利益ふりえきな形かたちを具えそなえているに違いないという推測すいそくにも支配しはいされた。
彼かれは退屈たいくつのうちに細いほそいながらかなり鋭どいするどい緊張きんちょうを感じかんじた。
そのせいか、島田しまだの自分じぶんを見るみる眼めが、さっき擦硝子がらすの蓋ふたを通しとおして油煙ゆえんに燻ぶっふすぶった洋燈らんぷの灯あかりを眺めながめていた時じとは全くまったく変っかわっていた。
「隙すきがあったら飛び込もうとびこもう」 落ち込んおちこんだ彼かれの眼めは鈍いにぶいくせに明らかあきらかにこの意味いみを物語っものがたりっていた。
自然しぜん健三けんぞうはそれに抵抗ていこうして身構えみがまえなければならなくなった。
しかし時じによると、その身構えみがまえをさらりと投げ出しなげだして、飢えうえたような相手あいての眼めに、落付おちつけを与えあたえて遣りやりたくなる場合ばあいもあった。
その時じ突然とつぜん奥おくの間まで細君さいくんの唸るうなるような声こえがした。
健三けんぞうの神経しんけいはこの声こえに対したいして普通ふつうの人ひと以上いじょうの敏感びんかんを有っあっていた。
彼かれはすぐ耳みみを峙だてた。
「誰だれか病気びょうきですか」と島田しまだが訊いきいた。
「ええ妻つまが少しすこし」「そうですか、それはいけませんね。どこが悪いわるいんです」 島田しまだはまだ細君さいくんの顔かおを見みた事ことがなかった。
何時なんじどこから嫁よめに来きた女おんなかさえ知らしらないらしかった。
従っしたがって彼かれの言葉ことばにはただ挨拶あいさつがあるだけであった。
健三けんぞうもこの人ひとから自分じぶんの妻つまに対するたいする同情どうじょうを求めようもとめようとは思っおもっていなかった。
「近頃ちかごろは時候じこうが悪いわるいから、能くよく気きを付けつけないといけませんね」 子供こどもは疾うとうに寐ぬ付いついた後あとなので奥おくは寂としんとしていた。
下女げじょは一番いちばん懸け離れかけはなれた台所だいどころの傍そばの三さん畳たたみにいるらしかった。
こんな時じに細君さいくんをたった一人ひとりで置くおくのが健三けんぞうには何なんより苦しかっくるしかった。
彼かれは手てを叩いたたいて下女げじょを呼んよんだ。
「ちょっと奥おくへ行っいって奥さんおくさんの傍そばに坐っすわっててくれ」「へええ」 下女げじょは何なんのためだか解らわからないといった様子ようすをして間まの襖ふすまを締めしめた。
健三けんぞうはまた島田しまだの方ほうを向き直っむきなおった。
けれども彼かれの注意ちゅういはむしろ老人ろうじんを離れはなれていた。
腹はらの中なかで早くはやく帰っかえってくれれば好いよいと思うおもうので、その腹はらが言葉ことばにも態度たいどにもありありと現れあらわれた。
それでも島田しまだは容易よういに立たたたなかった。
話はなしの接穂つぎほがなくなって、手持無沙汰てもちむさたで仕方なくしかたなくなった時じ、始めはじめて座蒲団ざふとんから滑り落ちすべりおちた。
「どうも御ご邪魔じゃまをしました。御ご忙がしいいそがしいところを。いずれまたその内うち」 細君さいくんの病気びょうきについては何事なにごともいわなかった彼かれは、沓脱くつぬぎへ下りくだりてからまた健三けんぞうの方ほうを振り向いふりむいた。
「夜分やぶんなら大抵たいてい御ご暇ひまですか」 健三けんぞうは生返事なまへんじをしたなり立っなりたっていた。
「実じつは少しすこし御ご話しはなししたい事ことがあるんですが」 健三けんぞうは何なんの御用ごようですかとも聞き返さききかえさなかった。
老人ろうじんは健三けんぞうの手てに持っもった暗いくらい灯影とうえいから、鈍いにぶい眼めを光らしひからしてまた彼かれを見上げみあげた。
その眼めにはやっぱりどこかに隙すきがあったら彼かれの懐ふところに潜り込もうもぐりこもうという人ひとの悪いわるい厭いやな色いろか動いうごいていた。
「じゃ御免ごめん」 最後さいごに格子こうしを開けあけて外そとへ出でた島田しまだはこういってとうとう暗がりくらがりに消えきえた。
健三けんぞうの門もんには軒のき燈あかりさえ点いついていなかった。
五十ごじゅう
健三けんぞうはすぐ奥おくへ来きて細君さいくんの枕元まくらもとに立ったった。
「どうかしたのか」 細君さいくんは眼めを開けあけて天井てんじょうを見みた。
健三けんぞうは蒲団ふとんの横よこからまたその眼めを見下しみくだした。
襖ふすまの影かげに置かおかれた洋燈らんぷの灯あかりは客間きゃくまのよりも暗かっくらかった。
細君さいくんの眸ひとみがどこに向っむかって注がちゅうがれているのか能くよく分らわからない位くらい暗かっくらかった。
「どうかしたのか」 健三けんぞうは同じおなじ問もんをまた繰り返さくりかえさなければならなかった。
それでも細君さいくんは答えこたえなかった。
彼かれは結婚けっこん以来いらいこういう現象げんしょうに何度なんどとなく遭遇そうぐうした。
しかし彼かれの神経しんけいはそれに慣らさならされるには余りあまりに鋭敏えいびん過ぎすぎた。
遭遇そうぐうするたびに、同どう程度ていどの不安ふあんを感ずるかんずるのが常つねであった。
彼かれはすぐ枕元まくらもとに腰こしを卸しおろした。
「もうあっちへ行っいっても好いよい。此これ所ところには己おのれがいるから」 ぼんやり蒲団ふとんの裾すそに坐っすわって、退屈たいくつそうに健三けんぞうの様子ようすを眺めながめていた下女げじょは無言むごんのまま立ち上ったちのぼった。
そうして「御ご休みやすみなさい」と敷居しきいの所ところへ手てを突いついて御辞儀ごじぎをしたなり襖ふすまを立てたて切っきった。
後あとには赤いあかい筋すじを引いひいた光るひかるものが畳たたみの上うえに残っのこった。
彼かれは眉まゆを顰めしかめながら下女げじょの振り落しふりおとして行っいった針はりを取り上げとりあげた。
何時もいつもなら婢おんなを呼び返しよびかえして小言こごとをいって渡すわたすところを、今いまの彼かれは黙っだまって手てに持っもったまま、しばらく考えかんがえていた。
彼かれはしまいにその針はりをぷつりと襖ふすまに立てたてた。
そうしてまた細君さいくんの方ほうへ向き直っむきなおった。
細君さいくんの眼めはもう天井てんじょうを離れはなれていた。
しかし判然はんぜんどこを見みているとも思えおもえなかった。
黒いくろい大きなおおきな瞳子とうこには生きいきた光ひかりがあった。
けれども生きいきた働きはたらきが欠けかけていた。
彼女かのじょは魂たましいと直接ちょくせつに繋がっつながっていないような眼めを一杯いちばいに開けあけて、漫然まんぜんと瞳孔どうこうの向いむかいた見当けんとうを眺めながめていた。
「おい」 健三けんぞうは細君さいくんの肩かたを揺っゆった。
細君さいくんは返事へんじをせずにただ首くびだけをそろりと動かしうごかして心持こころもち健三けんぞうの方ほうに顔かおを向けむけた。
けれども其その所ところに夫おっとの存在そんざいを認めるみとめる何なんらの輝きかがやきもなかった。
「おい、己おのれだよ。分るわかるかい」 こういう場合ばあいに彼かれの何時なんじでも用いるもちいる陳腐ちんぷで簡略かんりゃくでしかもぞんざいなこの言葉ことばのうちには、他ほかに知れしれないで自分じぶんにばかり解っわかっている憐憫れんびんと苦痛くつうと悲哀ひあいがあった。
それから跪まずいて天てんに祷るいのる時じの誠まことと願がんもあった。
「どうぞ口くちを利いきいてくれ。後生こうせいだから己おのれの顔かおを見みてくれ」 彼かれは心こころのうちでこういって細君さいくんに頼むたのむのである。
しかしその痛切つうせつな頼みたのみを決してけっして口くちへ出しだしていおうとはしなかった。
感傷的かんしょうてきな気分きぶんに支配しはいされやすいくせに、彼かれは決してけっして外表そとおもて的まとになれない男おとこであった。
細君さいくんの眼めは突然とつぜん平生へいぜいの我われに帰っかえった。
そうして夢ゆめから覚めさめた人ひとのように健三けんぞうを見みた。
「貴夫たかお?」 彼女かのじょの声こえは細くほそくかつ長かっながかった。
彼女かのじょは微笑びしょうしかけた。
しかしまだ緊張きんちょうしている健三けんぞうの顔かおを認めみとめた時じ、彼女かのじょはその笑わらいを止めとめた。
「あの人ひとはもう帰っかえったの」「うん」 二人ふたりはしばらく黙っだまっていた。
細君さいくんはまた頸くびを曲げまげて、傍そばに寐ぬている子供こどもの方ほうを見みた。
「能くよく寐ぬているのね」 子供こどもは一いちつ床ゆかの中なかに小さなちいさな枕まくらを並べならべてすやすや寐ぬていた。
健三けんぞうは細君さいくんの額がくの上うえに自分じぶんの右みぎの手てを載せのせた。
「水みずで頭あたまでも冷しひやして遣ろうやろうか」「いいえ、もう好よしみござんす」「大丈夫だいじょうぶかい」「ええ」「本当ほんとうに大丈夫だいじょうぶかい」「ええ。貴夫たかおももう御ご休みやすみなさい」「己おのれはまだ寐るぬる訳わけに行かいかないよ」 健三けんぞうはもう一遍いちぺん書斎しょさいへ入っはいって静かしずかな夜よるを一人ひとり更かさふかさなければならなかった。
五十一ごじゅういち
彼かれの眼めが冴えさえている割わりに彼かれの頭あたまは澄みすみ渡らわたらなかった。
彼かれは思索しさくの綱つなを中断ちゅうだんされた人ひとのように、考察こうさつの進路しんろを遮ぎるさえぎる霧きりの中なかで苦しんくるしんだ。
彼かれは明日あすの朝あさ多くおおくの人ひとより一いち段だん高いたかい所ところに立たたたなければならない憐れあわれな自分じぶんの姿すがたを想いおもい見みた。
その憐れあわれな自分じぶんの顔かおを熱心ねっしんに見詰めみつめたり、または不得意ふとくいな自分じぶんのいう事ことを真面目まじめに筆記ひっきしたりする青年せいねんに対したいして済ますまない気きがした。
自分じぶんの虚栄心きょえいしんや自尊心じそんしんを傷けるきずつけるのも、それらを超越ちょうえつする事ことの出来できない彼かれには大きなおおきな苦痛くつうであった。
「明日あすの講義こうぎもまた纏まらまとまらないのかしら」 こう思うおもうと彼かれは自分じぶんの努力どりょくが急きゅうに厭いやになった。
愉快ゆかいに考えかんがえの筋道すじみちが運んはこんだ時じ、折々おりおり何者なにものにか煽動せんどうされて起るおこる、「己おのれの頭あたまは悪くわるくない」という自信じしんも己おのれ惚ぼけも忽ちたちまち消えきえてしまった。
同時どうじにこの頭あたまの働らきはたらきを攪き乱すみだす自分じぶんの周囲しゅういについての不平ふへいも常時じょうじよりは高まったかまって来きた。
彼かれはしまいに投げるなげるように洋よう筆ふでを放り出しほうりだした。
「もうやめだ。どうでも構わかまわない」 時計とけいはもう一時いちじ過ぎすぎていた。
洋燈らんぷを消しけして暗闇くらやみを縁側えんがわ伝いつたいに廊下ろうかへ出るでると、突当りつきあたりの奥おくの間まの障子しょうじ二に枚ばいだけが灯あかりに映っうつって明るかっあかるかった。
健三けんぞうは
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