道草

11/14

その一本をぐるぐる廻しながら、随分俗なものだと評したら、父はすぐ「所相応だろう」と答えた事があったが、健三は今自分がその地方で作った外套を細君の父に遣って、「阿爺相応だろう」という気にはとてもなれなかった。いくら困ったってあんなものをと思うとむしろ情なくなった。

11
よくられる見っともなくみっともなくって寒いさむいより好いよいでしょう 細君さいくん淋しさびしそう笑っわらっ
七十三ななじゅうさん
なかいち置いおいかれ健三けんぞう久しぶりひさしぶり細君さいくんちち会っかいっ
年輩ねんぱいからいっ経歴けいれきから健三けんぞうより遥かはるか世間せけん馴れなれちち何時もいつも自分じぶん娘婿むすめむこ対したいしていねいあっ
ある不自然ふしぜん陥るおちいるくらいていねい過ぎすぎ
しかしそれかれ現わすあらわす凡てすべてなかっ
裏側うらがわ反対はんたいもの所々ところどころ起伏きふく
官僚かんりょうしき出来上っできあがっかれ健三けんぞう態度たいど最初さいしょから頗るすこぶる横着おうちゃく見えみえ
超えこえならない階段かいだん無躾ぶしつけ飛び越すとびこすよう思わおもわ
そのうえかれむやみ自らみずから任じにんじいるらしい健三けんぞう高慢ちきこうまんちきところ喜こばよろこばなかっ
あたまあることなん口外こうがい憚らはばからない健三けんぞう無作法むさほう入らはいらなかっ
乱暴らんぼうよりそと取りとりようない一徹いってついちてん非難ひなん標的ひょうてきなっ
健三けんぞう稚気ちき軽蔑けいべつかれ形式けいしき心得こころえなく無茶苦茶むちゃくちゃ近付いちかづい来ようこようする健三けんぞう表面ひょうめんうえていねい態度たいど遮っさえぎっ
する二人ふたりそのところ留まっとまっなり動けうごけなくなっ
二人ふたり或るある間隔かんかく置いおい相手あいて短所たんしょ眺めながめなけれならなかっ
から相手あいて長所ちょうしょ判明はんめい理解りかいすること出来でき悪くわるくなっ
そう二人ふたりとも自分じぶん有っあっいる欠点けってん大部分だいぶぶん決してけっして付かつかなかっ
しかしいまかれ健三けんぞう対したいしなく一時的いちじてき弱者じゃくしゃあっ
ほかあたま下げるさげることいや健三けんぞう窮迫きゅうはく結果けっか余儀よぎなく自分じぶんまえかれすぐ同じおなじ同じおなじ境遇きょうぐう置かおか自分じぶん想像そうぞうないわけ行かいかなかっ
如何にいかに苦しいくるしいだろう 健三けんぞうこの一念いちねん制せせいせられ
そうかれ持ちもち来しきし金策きんさくだんみみ傾むけかたむけ
けれど好いよいかおとくなかっ
こころうち好いよいかおとくないその自分じぶん呪っのろっ
きんはなしから好いよいかお出来できないじゃないきん独立どくりつ不愉快ふゆかいため好いよいかお出来できないです誤解ごかいいけませわたくしこんな場合ばあい敵討かたきうちするよう卑怯ひきょう人間にんげんます 細君さいくんちちまえこれだけ弁解べんかいたくって堪らたまらなかっ健三けんぞう黙っだまっ誤解ごかい危険きけん冒すおかすよりそと仕方しかたなかっ
このぶっきら棒ぶっきらぼう健三けんぞう比べるくらべる細君さいくんちちよほどていねいあっ
またおち付いつい
そばから見れみれはるか紳士しんしらしかっ
かれ或人あるひと挙げあげ
向うむこう貴方あなた知っしってるいいます貴方あなた知っしってるでしょう知っしっます 健三けんぞうむかし学校がっこう時分じぶんそのおとこ知っしっ
けれど深いぶかい交際こうさいなかっ
卒業そつぎょうどくおつ行っいっ帰っかえったらきゅう職業しょくぎょうある大きなおおきな銀行ぎんこう入っはいっひとうわさ聞いきいくらいよりそとかれ消息しょうそく健三けんぞう伝わっつたわっなかっ
まだ銀行ぎんこういるです 細君さいくんちち点頭いうなずい
しかし二人ふたりどこどう知りしりあわせなっ健三けんぞう想像そうぞうさえ付かつかなかっ
またそれ詳しくくわしく訊いきいところ仕方しかたなかっ
要点ようてんただそのひときん貸しかしくれるくれない問題もんだいあっ
当人とうにんいう貸しかし好いよい好いよいたしかひと証人しょうにん立てたてもらいたいこういうですなるほどじゃだれ立てたてたら好いよい聞くきく貴方あなたなら貸しかし好いよい向うむこうわざわざ指名しめいわけです 健三けんぞう自分自身じぶんじしんたしかもの認めるみとめる躊躇ちゅうちょなかっ
しかし自分自身じぶんじしん財力ざいりょく乏しいとぼしいこと職業しょくぎょう性質せいしつうえほか知れしれなけれならないはず考えかんがえ
そのうえ細君さいくんちち交際こうさい範囲はんい極めてきわめて広いひろいひとあっ
平生へいぜいかれくちする知合しりあいうち健三けんぞうよりどのくらい世間せけんから信用しんよう好いよい分らわからないほど有名ゆうめいひといくら
何故なぜわたくしはん必要ひつようでしょう貴方あなたなら貸そうかそういうです 健三けんぞう考えかんがえ
七十四ななじゅうよん
かれ今日きょうまで証書しょうしょ入れいれほかからきん借りかり経験けいけんないおとこあっ
つい義理ぎりはんなつ遣っつかっほん立派りっぱうでゆうながら生涯しょうがい社会しゃかいそこ沈んしずんまま藻掻きもがき通しとおし藻掻いもがいいるひとはなしいくら迂闊うかつかれみみしばしば伝えつたえられ
かれ出来るできるなら自分じぶん未来みらい関わるかかわるよう所作しょさ避けさけたい思っおもっ
しかし頑固がんこかれ半面はんめんいたって弱いよわい煮えにえ切らきらないあるもの能くよく働らきはたらきたがっ
この場合ばあい断然だんぜん連印れんいん拒絶きょぜつするかれ取っとっ如何にいかに無情むじょうれいこく心苦しかっこころぐるしかっ
わたくしなくっちゃいけないでしょう貴方あなたなら好いよいいうです かれ同じおなじこと訊いきい同じおなじ答えこたえ受けうけ
どうへんです 世事せじ疎いうといかれ細君さいくんちちどこ頼んたのんもうはん押しおしくれるものないしまい仕方なししかたなしかれところ持っもっいう明白めいはく事情じじょうさえ推察すいさつとくなかっ
かれ親しくしたしく交際こうさいことないその銀行家ぎんこうかからそれほど信用しんようれるかえって怖くこわくなっ
どんな逢わさあわされる分りゃわかりゃない かれこころ未来みらいおけ自己じこ安全あんぜんいう懸念けねん充分じゅうぶんはたらけ
同時どうじただそれだけ利害りがいこころこの問題もんだい片付けかたづけしまうほどかれ性格せいかく単純たんじゅん出来できなかっ
かれあたまかれ適当てきとう解決かいけつ与えるあたえるまでかれ逡巡しゅんじゅんなけれならなかっ
その解決かいけつ最後さいごすらかれそれ細君さいくんちちまえ持ち出すもちだす多大ただい努力どりょく払っはらっ
しるし捺すおすことどう危険きけんですからやめたい思いおもいますしかしその代りかわりわたくし出来るだけできるだけきん調えととのえ上げあげましょう無論むろん貯蓄ちょちくないわたくしことから調えるととのえるところどうせどこから借りるかりるよりそと仕方しかたないです出来るできるなら証文しょうもん書いかいたりはん押しおしたりするよう形式上けいしきじょう手続きてつづき踏むふむきん借りかりたくないですわたくし有っあっいる狭いせまい交際こうさい方面ほうめん安全あんぜんきん工面くめんほうわたくし心持こころもち好いよいですからまずそっちほういち中っちゅうっましょう無論むろん入用にゅうようだけがく駄目だめですわたくし調ちょうえる以上いじょうわたくし返さかえさなけれならない無論むろんことですから身分みぶん相当そうとう借金しゃっきん出来できませ いくら融通ゆうずう付けつけ付いついだけ助かるたすかるいっかぜ苦しいくるしい境遇きょうぐう置かおか細君さいくんちちそれより以上いじょう健三けんぞう強いつよいなかっ
どうぞそれじゃなんぶん かれ健三けんぞう着古しきふるし外套がいとう包んつつん寒いさむいした歩いあるい帰っかえっ行っいっ
書斎しょさいはなし済せなせ健三けんぞう玄関げんかんからまた同じおなじ書斎しょさい戻っもどっなり細君さいくんかおなかっ
細君さいくんちち玄関げんかん送り出しおくりだしおっと並んならん沓脱くつぬぎうえ立ったっだけ遂についに書斎しょさい入っはいっなかっ
金策きんさくこと黙々もくもくうち二人ふたり了解りょうかいながら遂についに二人ふたり話題わだい上らのぼらしまっ
けれど健三けんぞうこころ既にすでに責任せきにんあっ
かれそれ果すはたすため動かうごかなけれならなかっ
かれ世帯せたい持つもつとき火鉢ひばち烟草たばこぼん一所いっしょ買っかっ歩いあるいもらっ友達ともだちたくまた出掛けでかけ
きん貸しかしくれない かれやぶからぼう質問しつもん掛けかけ
きんなど有っあっない友達ともだち驚ろいおどろいかおかれ
かれ火鉢ひばち翳しかざしながら友達ともだちまえ逐一ちくいち事情じじょう話しはなし
どうだろう さん年間ねんかん支那しなある学堂がくどう教鞭きょうべん取っとっころ蓄えたくわえ友達ともだちきんみんな電鉄でんてつなんかぶ変形へんけい
じゃ清水しみず頼んたのんくれない 友達ともだち妹婿いもうとむこ当るあたる清水しみず下町したまちかなり繁華はんか場所ばしょ病院びょういん開いひらい
さあどうなああいつそのくらいきんあるだろう動かせるうごかせるようなっいるかしらまあ訊いきいやろう 友達ともだち好意こうい幸いさいわい徒労とろうなら済んすん
健三けんぞう借り受けかりうけ四百よんひゃくえんきん細君さいくんちち入っはいっそれからよん経っきょうっあとことあっ
七十五ななじゅうご
おのれ精一杯せいいっぱいこと 健三けんぞうはらこういう安心あんしんあっ
従っしたがっかれ自分じぶん調達ちょうたつきん価値かちつい余りあまり考えかんがえなかっ
さぞ嬉しうれしがるだろう思わおもわない代りかわりこれくらい補助ほじょなんやく立つたつものいう起さおこさなかっ
それどの方面ほうめんどう消費しょうひ問題もんだいなる全くまったく知識ちしき澄ましすまし
細君さいくんちちそのところまで内状ないじょう打ち明けるうちあけるほどかれ接近せっきんなかっ
従来じゅうらい牆壁しょうへき取り払うとりはらうこの機会きかいあまり脆弱ぜいじゃく過ぎすぎ
もしくは二人ふたり性格せいかくあまり固着こちゃく過ぎすぎ
ちち健三けんぞうより世間せけんまと虚栄心きょえいしん強いつよいおとこあっ
なるべく自分じぶんほか能くよく了解りょうかいせよう力めるりきめるより出来るだけできるだけ自分じぶん価値かち明るいあかるい光線こうせんふれたがる性質せいしつあっ
従っしたがっかれ囲繞いじょうする妻子さいし近親きんしん対するたいするかれ様子ようす幾分いくぶん誇大こだいけいむきがちあっ
境遇きょうぐうきゅう失意しつい方面ほうめん一転いってんかれ自分じぶん平生へいぜい顧みかえりみないわけ行かいかなかっ
かれそれ糊塗ことするため健三けんぞう向っむかっ能うあたう限りかぎりあら態度たいど装っよそおっ
それ遂についに押し通せおしとおせなくなっ揚句あげくかれとうとう健三けんぞう連印れんいん求めもとめある
けれどかれどのくらい負債ふさいどう苦しめくるしめられいるいう巨細きょさい事実じじつ遂についに健三けんぞうみみ入らはいらなかっ
健三けんぞう訊かきかなかっ
二人ふたり今までいままで距離きょり保ったもっままたがい出し合っだしあっ
一人ひとり渡すわたすきん一人ひとり受け取っうけとっ二人ふたり出しだしまた引き込めひきこめ
そばそれ細君さいくん黙っだまっなんいわなかっ
健三けんぞう外国がいこくから帰っかえっ当座とうざ二人ふたりまだこれほど離れはなれなかっ
かれ新宅しんたく構えかまえないころかれ細君さいくんちちある鉱山こうざん事業じぎょう出しだしいうはなし聞いきい驚ろいおどろいことあっ
やま掘るほるってええなん新らしくあたらしく会社かいしゃ拵えるこしらえるそうです かれまゆ顰めしかめ
同時どうじかれちち怪力かいりき幾分いくぶん信用しんよう置いおい
旨くうまく行くいくどうです 健三けんぞう細君さいくんこんな簡単かんたん会話かいわ取りとりかえあとかれその用事ようじ帯びおび北国きたぐにある都会とかい向けむけ出発しゅっぱついうちち報知ほうち細君さいくんから受け取っうけとっ
するいち週間しゅうかんばかり彼女かのじょはは突然とつぜん健三けんぞうところ遣っつかっ
ちち旅先たびさききゅう病気びょうき罹っかかっこれから自分じぶん行かいかなけれならない思うおもうそれつい旅費りょひ都合つごう出来できまいいうははようむかいあっ
ええええ旅費りょひくらいどううえますからすぐ行っいっ御上おかみなさい 宿屋やどやいる苦しいくるしいひと汽車きしゃ立ったっ行くいく寒いさむいひとこころから気の毒きのどく思っおもっ健三けんぞう自分じぶんまだことない遠くとおくそら佗びしわびしまで想像そうぞう浮べうかべ
何しろなにしろ電報でんぽうだけ詳しいくわしいことまるで分りわかりませですからじゃなお心配しんぱいでしょうなるべく早くはやく立ちたちなるほう好いよいでしょう 幸いさいわいちち病気びょうき軽かっかるかっ
しかしかれ着けつけかけいう鉱山こうざん事業じぎょうそれぎりたてしょうなっしまっ
まだ何になんに見付からみつけからないくちあるあるようですけれど旨くうまく纏らまとまらないですって 細君さいくんちちある大きなおおきな都会とかい市長しちょう候補者こうほしゃなっはなし聞かきか
その運動うんどう財力ざいりょくあるかれ旧友きゅうゆう一人ひとり負担ふたんくれいるようあっ
しかし有志ゆうしいえなん打ち揃っうちそろっ上京じょうきょう有名ゆうめい政治家せいじかある伯爵はくしゃく会っかいっちちてき不適ふてき問いとい訊しただしたらその伯爵はくしゃくどうむかいだろう答えこたえはなしそれぎりやめなっそうある
どう困るこまるいまなんなるでしょう 細君さいくん健三けんぞうより自分じぶんちちほう遥かはるか余計よけい信用しんよう
健三けんぞうれい怪力かいりき知らしらないなかっ
ただ気の毒きのどくからそういうだけ かれ言葉ことばうそなかっ
七十六ななじゅうろく
けれどそのつぎ細君さいくんちち健三けんぞう訪問ほうもん二人ふたり関係かんけいもう変っかわっ
自らみずから進んすすんはは旅費りょひ用立っようだっ女婿じょせい一歩いちほ退ぞかしりぞかなけれならなかっ
かれ比較的ひかくてき遠いとおい距離きょり立ったっ細君さいくんちち眺めながめ
しかしかれ漂ようただよういろ冷淡れいたん無頓着むとんちゃくなかっ
むしろ黒いくろいひとみから閃めこうひらめこうする反感はんかん稲妻いなずまあっ
力めりきめその稲妻いなずま隠そうかくそうかれやむこの鋭どくするどく光るひかるもの冷淡れいたん無頓着むとんちゃく仮装かそう着せきせ
ちち悲境ひきょう
まのあたり見るみるちちていねいあっ
このもの健三けんぞう自然しぜん圧迫あっぱく加えくわえ
積極的せっきょくてきとっ掛るかかること出来できないかれ控えひかえなけれならなかっ
単なるたんなる無愛想むあいそ程度ていど我慢がまんべく余儀よぎなくかれ相手あいて苦しいくるしい現状げんじょう慇懃いんぎん態度たいどかえってわが天真てんしん流露りゅうろ妨げるさまたげる邪魔物じゃまものなっ
かれからいえちちこういう意味いみおいかれ苦しめくるしめ同じおなじことあっ
ちちからいえ普通ふつうひとさえ不都合ふつごう近いちかい愚劣ぐれつ応対おうたいぶり自分じぶん女婿じょせい出すだす堪えこらえがたい馬鹿ばからしなかっ
前後ぜんご関係かんけいないこのだけ光景こうけい眺めるながめる傍観者ぼうかんしゃ健三けんぞうやはり馬鹿ばかあっ
それ承知しょうちいる細君さいくんすらおっと決してけっして賢こいかしこいおとこなかっ
わたくし今度こんどいう今度こんど困りこまりまし 最初さいしょこういっちち健三けんぞうからはかばかしい返事へんじすらとくなかっ
ちちやがて財界ざいかい有名ゆうめい或人あるひと挙げあげ
そのひと銀行家ぎんこうかありまた実業家じつぎょうかあっ
じつこのあるひと周旋しゅうせん会っかいっましどう旨くうまく出来できそうです三井みつい三菱みつびし除けよけ日本にっぽんまあ彼所かしこくらいもんですから使用人しようにんなっからいっべつわたくし体面たいめん関わるかかわることありませそれ仕事しごとする区域くいき広いひろいようですから面白くおもしろく働けるはたらけるだろう思うおもうです この財力ざいりょくいえよっ細君さいくんちち予約よやく位地いちいう関西かんさいあるある私立しりつ鉄道会社てつどうかいしゃ社長しゃちょうあっ
会社かいしゃかぶ大部分だいぶぶん一人ひとり所有しょゆういるそのひと自分じぶん意志いしままそのところ社長しゃちょう選ぶえらぶ特権とっけん有しゆうしある
しかし何十なんじゅうかぶ何百なんびゃくかぶ持主もちぬしじめ資格しかく作っつくっ置かおかなけれならないちちどうきん工面くめんするだろう
ことじょう通じつうじない健三けんぞうこの疑問ぎもんさえ解けとけなかっ
いち必要ひつよう株数かぶすうだけわたくし書換かきかえもらうです 健三けんぞうちち言葉ことば挟むはさむほどかれ才能さいのう見縊っみくびっなかっ
かれかれ家族かぞく目下めした苦境くきょうから解脱げだつせるいう意味いみおいその成功せいこう希望きぼうないわけ行かいかなかっ
しかし依然いぜんもと立場たちば立ったっいること改めるあらためるわけ行かいかなかっ
かれ挨拶あいさつ形式的けいしきてきあっ
そう幾分いくぶんかれこころ柔らかいやわらかい部分ぶぶんわざと堅苦しくかたくるしく
老巧ろうこうちちまるでそのところ注意ちゅうい払わはらわないよう見えみえ
しかし困るこまることこれいまいまいうわけ行かいかないです時機じきあるものですから かれふところからまたいちばい辞令じれいようもの出しだし健三けんぞう見せみせ
それある保険会社ほけんかいしゃかれ顧問こもん嘱託しょくたくするいう文句もんくその報酬ほうしゅう月々つきづきかれひゃくえん贈与ぞうよするいう条件じょうけん書いかいあっ
いま話しはなし一方いっぽうほう出来できたらこれやめるまた出来でき続けつづけやるそのへんまだ分らわからないですとにかくひゃくえん当座とうざ凌ぎしのぎなりますから むかしかれ政府せいふ内意ないいある官職かんしょく抛っほうっ当路とうろひと山陰さんいん道筋みちすじある地方ちほう知事ちじなら転任てんにん好いよいいう条件じょうけん付けつけことあっ
しかしかれ断然だんぜんそれけた
かれいま大してたいして隆盛りゅうせいない保険会社ほけんかいしゃからひゃくえんきん貰っもらっべついやかおないやはり境遇きょうぐう変化へんかかれ性格せいかく及ぼすおよぼす影響えいきょう相違そういなかっ
こう懸け隔てかけへだてないちち態度たいどややする健三けんぞう自分じぶん立場たちばからまえ押し出そうおしだそう
その傾向けいこう意識いしきするいなかれまた後戻りあともどりなけれならなかっ
かれ自然しぜん不自然ふしぜんらしく見えるみえるかれ態度たいど倫理的りんりてき認可にんかある
七十七ななじゅうなな
細君さいくんちち事務家じむかあっ
ややする仕事しごと本位ほんい立場たちばからばかりひと評価ひょうかたがっ
乃木のぎ将軍しょうぐん一時いちじ台湾たいわん総督そうとくなっなくそれやめかれ健三けんぞう向っむかっこんなこといっ
個人こじん乃木のぎさん堅くかたくじょう篤くあつくじつ立派りっぱものですしかし総督そうとく乃木のぎさん果してはたして適任てきにんあるどういう問題もんだいなる議論ぎろん余地よちまだ大分おおいたあるよう思いおもいます個人こじんとく自分じぶん親しくしたしく接触せっしょくする左右さゆうもの能くよく及ぶおよぶ知れしれませ遠くとおく離れはなれ被治者ひちしゃ利益りえき与えようあたえようする不充分ふじゅうぶんですそのところ行くいくやっぱり手腕しゅわんです手腕しゅわんなくっちゃどんな善人ぜんにんただ坐っすわっいるよりそと仕方しかたありませから かれ在職ざいしょくなか関係かんけいからあるかい事務じむ一切いっさい管理かんり
侯爵こうしゃく会頭かいとう頂くいただくそのかいかれちから設立せつりつ主意しゅい綺麗きれい事業じぎょううえ完成かんせいあとかれ手元てもと二万にまんえんほど剰余金じょうよきん委ねゆだね
官途かんとえんなくなっから不如意ふにょい不如意ふにょい続いつづいかれついその委託いたくきん付けつけ
そう何時なんじ全部ぜんぶ消費しょうひしまっ
しかしかれ自家じか信用しんよう維持いじするためだれそれ打ち明けうちあけなかっ
従っしたがっかれこの預金よきんから当然とうぜん生まれうまれ来るくるひゃくえん近くちかく利子りし毎月まいつき調達ちょうたつ体面たいめんつくろいなけれならなかっ
自家じか経済けいざいよりかえってこのほう病んやんかれこう生涯しょうがい持続じぞく絶対ぜったい必要ひつようそのひゃくえん月々つきづき保険会社ほけんかいしゃから貰うもらうようなっ当時とうじかれ心中しんじゅう立入ったちいっ考えかんがえ見るみる全くまったく嬉しいうれしいなかっ
よほどあとなっ始めてはじめてこのはなし細君さいくんから聴いきい健三けんぞう彼女かのじょちち対したいし新たあらた同情どうじょう感じかんじだけ不徳義ふとくぎかんかれ悪むにくむ更にさらに起らおこらなかっ
そういうおとこむすめ夫婦ふうふなっいる恥ずかしいはずかしいなど更にさらに思わおもわなかっ
しかし細君さいくん対したいし健三けんぞうこのてん関しかんし殆んどほとんど無言むごんあっ
細君さいくん時々ときどきかれ向っむかっいっ
めかけどんなおっと構いかまいませただ自分じぶん好くよくくれさえすれ泥棒どろぼう構わかまわないええええ泥棒どろぼうだろう詐欺師さぎしだろうなん好いよいただ女房にょうぼう大事だいじくれれそれ沢山たくさんいくら偉いえらいおとこって立派りっぱ人間にんげんってたく不親切ふしんせつじゃめかけにゃ何になんにならないですもの 実際じっさい細君さいくんこの言葉ことば通りとおりおんなあっ
健三けんぞうその意見いけん賛成さんせいあっ
けれどかれ推察すいさつつきかさよう細君さいくん言外げんがいまで滲み出しにじみだし
学問がくもんばかり屈託くったくいる自分じぶん彼女かのじょこういう言葉ことばよそながら非難ひなんするいうにおいどこやらでし
しかしそれより遥かはるか強くつよくおっとこころ知らしらない彼女かのじょこんな態度たいど暗にあんに自分じぶんちち弁護べんごするないいう感じかんじ健三けんぞうむね打っうっ
おのれそんなことひと離れるはなれる人間にんげんじゃない 自分じぶん細君さいくん説明せつめいしよう力めりきめなかっかれ独りひとり弁解べんかい言葉ことば繰り返すくりかえすこと忘れわすれなかっ
しかし細君さいくんちちかれ交情こうじょう自然しぜん溝渠こうきょ出来できやはりちち重きおもき置きおき過ぎすぎいる手腕しゅわん結果けっかしかかれ思えおもえなかっ
健三けんぞう正月しょうがつちちところれい行かいかなかっ
恭賀新年きょうがしんねんいう端書はしがきだけ出しだし
ちちそれ寛仮かんかなかっ
ひょうむかいそれ咎めるとがめることなかっ
かれ十二じゅうにさんなるすえ同じくおなじく恭賀新年きょうがしんねんいう曲りくねっまがりくねっ書かしかかしその名前なまえ健三けんぞう賀状がじょう返しかえし
こういう手腕しゅわんかれ返報へんぽうすること巨細きょさい心得こころえかれ何故なぜ健三けんぞう細君さいくんちちたるかれ賀正がしょう口ずからくちずから述べのべなかっみなもといんつい全くまったく反省はんせいあっ
一事いちじ万事ばんじ通じつうじ
生みうみ出来でき
二人ふたり次第しだい遠ざかっとおざかっ
やむない犯すおかすつみ遣らやら済むすむわざと遂行すいこうする過失かしつ大変たいへん区別くべつ立てたている健三けんぞう性質せいしつ宜しくよろしくないこの余裕よゆう非常ひじょう悪みにくみ出しだし
七十八ななじゅうはち
与しくみしやすいおとこ 実際じっさいおい与しくみしやすいあるもの多量たりょう有っあっいる自覚じかくながら健三けんぞうほかからこう思わおもわれるしゃく障っさわっ
かれ神経しんけいこのきもしゃく乗り超えのりこえひと向っむかっ鋭どいするどい懐しみなつかしみ感じかんじ
かれ群衆ぐんしゅううちあっ直そうなおそういうひと物色ぶっしょくすること出来るできる有っあっ
けれどかれ自身じしんどうそのいき達せたっせられなかっ
からなおそういうひと着いつい
またそういうひと余計よけい尊敬そんけいたくなっ
同時どうじかれ自分じぶん罵っののしっ
しかし自分じぶん罵らののしらせるようする相手あいてをば更にさらに烈しくはげしく罵っののしっ
かく細君さいくんちちかれ自然しぜん造っつくっ溝渠こうきょ次第しだい出来上っできあがっ
かれ対するたいする細君さいくん態度たいど暗にあんにそれ手伝ってつだっ相違そういなかっ
二人ふたり間柄あいだがらすれすれなる細君さいくんこころ段々だんだん生家せいかほう傾いかたむい行っいっ
生家せいか同情どうじょう結果けっか冥々めいめい細君さいくんかた持たもたなけれならなくなっ
しかし細君さいくんかた持つもついうことある場合ばあいおい健三けんぞうてきするいう意味いみそとならなかっ
二人ふたりえき離れるはなれるだけあっ
みゆき自然しぜん緩和かんわざい歇私まとさと細君さいくん与えあたえ
発作ほっさ都合つごう好くよく二人ふたり関係かんけい緊張きんちょう間際まぎわ起っおこっ
健三けんぞう時々ときどき便所べんじょ通うかよう廊下ろうか俯伏なっ倒れたおれいる細君さいくん抱き起しだきおこしゆかうえまで連れつれ
真夜中まよなか雨戸あまどいちばい明けあけ縁側えんがわはし蹲踞そんきょっている彼女かのじょあとから両手りょうて支えささえ寝室しんしつ戻っもどっ経験けいけんあっ
そんな限っかぎっ彼女かのじょ意識いしき何時なんじ朦朧もうろうゆめより分別ぶんべつなかっ
瞳孔どうこう大きくおおきく開いひらい
外界がいかいただ幻影げんえいよう映るうつるらしかっ
枕辺まくらべ坐っすわっ彼女かのじょかお見詰めみつめいる健三けんぞう何時なんじ不安ふあん閃めいひらめい
不憫ふびんねん凡てすべて打ち勝っうちかっ
かれ能くよく気の毒きのどく細君さいくん乱れみだれかかっかみくし入れいれ遣っつかっ
あせばんがく濡れぬれ手拭てぬぐい拭いぬぐい遣っつかっ
たまにかくするためかおきり吹き掛けふきかけたり口移しくちうつしみず飲まのまたり
発作ほっさいまより劇しかっはげしかっむかしよう健三けんぞう記憶きおく刺戟しげき
あるかれ毎夜まいよ細いほそいひも自分じぶんおび細君さいくんおび繋いつない
ひも長さながさよんさしほど返りかえり充分じゅうぶん出来るできるよう工夫くふうこの用意ようい細君さいくん抗議こうぎなしいくばん繰り返さくりかえさ
あるかれ細君さいくん鳩尾みずおち茶碗ちゃわん糸底いとぞこずつがっ力任せちからまかせ押し付けおしつけ
それ踏んふん反り返ろうそりかえろうする彼女かのじょ魔力まりょくこのいちてん喰いくい留めとめなけれならないかれ冷たいつめたい油汗あぶらあせ流しながし
あるかれ不思議ふしぎ言葉ことば彼女かのじょくちから聞かさきかさ
天道てんとさままし五色ごしきくも乗っのっまし大変たいへん貴夫たかおめかけ赤ん坊あかんぼう死んしんじまっめかけ死んしん赤ん坊あかんぼうから行かいかなくっちゃならないそらそのところいるじゃありませ桔槹きっこうなかめかけちょっと行っいっ来るくるから放しはなし下さいください 流産りゅうざんからない彼女かのじょ抱き竦めだきすくめかかる健三けんぞう振り払っふりはらっこういいながら起き上がろうおきあがろうある
 細君さいくん発作ほっさ健三けんぞう取っとっ大いなるおおいなる不安ふあんあっ
しかし大抵たいてい場合ばあいその不安ふあんうえより大いなるおおいなる慈愛じあいくも靉靆あいたい
かれ心配しんぱいより可哀想かわいそうなっ
弱いよわい憐れあわれものまえあたま下げさげ出来でき得るうる限りかぎり機嫌きげん取っとっ
細君さいくん嬉しうれしそうかお
から発作ほっさ故意こいだろういう掛からかかりからない以上いじょうまた余りあまりきもしゃくきょう過ぎすぎどう勝手にかってにしろいうならない以上いじょう最後さいごその度数どすう自然しぜん同情どうじょう妨げさまたげなんそうおのれ苦しめるくるしめるいう不平ふへい高まらたかまらない以上いじょう細君さいくん病気びょうき二人ふたりなか和らげるやわらげる方法ほうほう健三けんぞう必要ひつようあっ
不幸ふこう細君さいくんちち健三けんぞうこういう重宝ちょうほう緩和かんわざい存在そんざいなかっ
従っしたがっ細君さいくんほん出来でき両者りょうしゃ疎隔そかくたとい夫婦関係ふうふかんけいつね復しふくしあとちょっと埋めるうめるわけ行かいかなかっ
それ不思議ふしぎ現象げんしょうあっ
けれど事実じじつ相違そういなかっ
七十九ななじゅうきゅう
不合理ふごうりこといや健三けんぞうこころなかそれ病んやん
けれどべつどうする了簡りょうけん出さださなかっ
かれ性質せいしつむきありいちあっとも頗るすこぶる消極的しょうきょくてき傾向けいこう帯びおび
おのれそんな義務ぎむない 自分じぶん訊いきい自分じぶんこたえとくかれそのこたえ根本的こんぽんてきもの信じしんじ
かれ何時なんじまで不愉快ふゆかいなか起臥きがする決心けっしん
成行なりゆき自然しぜん解決かいけつ付けつけくれるだろうさえ予期よきなかっ
不幸ふこう細君さいくんまたこのてんおいどこまで消極的しょうきょくてき態度たいど離れはなれなかっ
彼女かのじょなん事件じけんあれ動くうごくおんなあっ
ほかから頼またのまおとこより邁進まいしんする場合ばあいあっ
しかしそれ眼前がんぜん触れふれられるだけ明瞭めいりょうあるもの捉まえつかまえ限っかぎっ
ところ彼女かのじょ夫婦関係ふうふかんけいそんなものどこ存在そんざいなかっ
自分じぶんちち健三けんぞうこれいうほど破綻はたん認めみとめられなかっ
大きなおおきな具象ぐしょうまと変化へんかなけれ事件じけん認めみとめない彼女かのじょそのほか閑却かんきゃく
自分じぶん自分じぶんちちおっと起るおこる精神せいしん状態じょうたい動揺どうよう着けようつけようないもの観じかんじ
って何になんにないじゃありませ 裏面りめんその動揺どうよう意識いしきつつ彼女かのじょこう答えこたえなけれならなかっ
彼女かのじょ最ももっとも正当せいとう思わおもわこのこたえ虚偽きょぎひびきもっ健三けんぞうみみ打つうつことあっ彼女かのじょ決してけっして動かうごかなかっ
しまいどうなっ構わかまわないいう投げ遣りなげやり気分きぶん単にたんに消極的しょうきょくてき彼女かのじょなおこと消極的しょうきょくてき練りねり堅めかため行っいっ
かく夫婦ふうふ態度たいど悪いわるいところ一致いっち
相互そうご不調和ふちょうわ永続えいぞくするため評さひょうさ仕方しかたないこの一致いっち根強いねづよいかれ性格せいかくから割り出さわりださ
偶然ぐうぜんいうよりむしろ必然ひつぜん結果けっかあっ
たがいかお見合せみあわせかれ相手あいて人相にんそう自分じぶん運命うんめい判断はんだん
細君さいくんちち健三けんぞう調達ちょうたつきん受取っうけとっ帰っかえっからそれ特別とくべつ問題もんだいなかっ夫婦ふうふかえって余事よじ話し合っはなしあっ
産婆さんば何時頃いつごろ生れるうまれるいう何時なんじって判然はんぜんいいませもうじかです用意ようい出来できてるええおく戸棚とだななか入っはいっます 健三けんぞうなん這入っはいっいる分らわからなかっ
細君さいくん苦しくるしそう大きなおおきな溜息ためいき吐いはい
何しろなにしろこう重苦しくおもくるしくっちゃ堪らたまらない早くはやく生れうまれくれなくっちゃ今度こんど死ぬしぬ知れしれないっていっじゃないええ死んしんなん構わかまわないから早くはやく生んうんじまいたいどう気の毒きのどくさま好いよい死ねしね貴夫たかおせいから 健三けんぞう遠いとおい田舎いなか細君さいくん長女ちょうじょ生んうん光景こうけい憶い出しおもいだし
不安ふあんそう苦いにがいかおかれ産婆さんばから少しすこし貸しかしくれいわ産室さんしつ入っはいっ彼女かのじょほね応えるこたえるよう恐ろしいおそろしいちからいきなり健三けんぞううで獅噛しかみ付いつい
そう拷問ごうもんれるひとよう唸っうなっ
かれ自分じぶん細君さいくん身体しんたいうえ受けうけつつある苦痛くつう精神的せいしんてき感じかんじ
自分じぶん罪人ざいにんないいうさえ
さんする苦しいくるしいだろうそれいる辛いつらいものじゃどこ遊びあそびいらっしゃい一人ひとり生めるうめる 細君さいくんなん答えこたえなかっ
おっと外国がいこく行っいっいる留守るすつぎむすめ生んうんことなどまるでくちなかっ
健三けんぞう訊いきい見ようみよう思わおもわなかっ
生れうまれ心配性しんぱいせいかれ細君さいくん唸り声うなりごえ余所よそぶらぶらそと歩いあるいられるようおとこなかっ
産婆さんばつぎかお出しだしかれねん押しおし
いち週間しゅうかん以内いないいえもう少しすこしあとでしょう 健三けんぞう細君さいくんその
八十はちじゅう
とり狂っくるっ予期よきより早くはやく産気さんけづい細君さいくん苦しくるしそうこえ出しだしそばいるおっとゆめ驚ろかしおどろかし
先刻せんこくからきゅう御腹おなか痛みいたみ出しだしもうそう 健三けんぞうどのくらい程度ていど細君さいくんはら痛んいたんいる分らわからなかっ
かれ寒いさむいよるなか夜具やぐからかおだけ出しだし細君さいくん様子ようすそっと眺めながめ
少しすこし撫っさすっ遣ろうやろう 起き上るおきあがること臆劫おっくうかれ出来るだけできるだけ口先くちさき合せようあわせよう
かれさんつい経験けいけんただ一度いちどしか有っあっなかっ
その経験けいけん大方おおかた忘れわすれ
けれど長女ちょうじょ生れるうまれるこういう痛みいたみしお満干まんかんよう何度なんどたり去っさったりよう思えおもえ
そうきゅう生れるうまれるもんじゃないだろう子供こどもってものいち仕切しきり痛んいたんまたいち仕切しきり治まるおさまるだろうなん知らしらないけれど段々だんだん痛くいたくなるだけです 細君さいくん態度たいど明らかあきらか彼女かのじょ言葉ことば証拠しょうこ立てたて
凝とじっと蒲団ふとんうえおち付いついられない彼女かのじょまくら外しはずしみぎ向いむかいたりひだり動いうごいたり
おとこ健三けんぞう着けつけようなかっ
産婆さんば呼ぼうよぼうええ早くはやく 職業柄しょくぎょうがら産婆さんばたく電話でんわ掛っかかっけれどかれいえそんな利いきい設備せつびあろうはずなかっ
至急しきゅう要するようする場合ばあい起るおこるたびかれ何時なんじ掛りかかりつけ近所きんじょ医者いしゃところはせ付けるつけるれい
初冬しょとう暗いくらいよるまだ明け離れるあけはなれる大分おおいたあっ
かれそのひとそのひともん敲くたたく下女げじょ迷惑めいわく察しさっし
しかし夜明よあけまで安閑あんかん待つまつ勇気ゆうきなかっ
寝室しんしつふすま開けあけ次の間つぎのまから茶の間ちゃのま通っとおっ下女げじょ部屋へや入口いりぐちまでかれすぐ召使めしつかい一人ひとり急き立てせきたて暗いくらいよるなか追い遣っおいやっ
かれ細君さいくん枕元まくらもと帰っかえっ彼女かのじょ痛みいたみえき劇しくはげしくなっ
かれ神経しんけいいちぶんごと門前もんぜん停るとまるくるまひびき待ち受けまちうけなけれならないほど緊張きんちょう
産婆さんば容易よういなかっ
細君さいくん唸るうなるこえ絶間たえまなく静かしずかよるむろ不安ふあん乱しみだし
ぶん経つたつ経たへたないうち彼女かのじょもう生れうまれますおっと宣告せんこく
そう今までいままで我慢がまん我慢がまん重ねかさね怺えこらえよう叫び声さけびごえ一度いちど揚げるあげるとも胎児たいじ分娩ぶんべん
確かたしかりしろ すぐ立ったっ蒲団ふとんすそほう廻っまわっ健三けんぞうどう好いよい分らわからなかっ
そのれい洋燈らんぷ細長いほそながい火蓋ひぶたなかよう静かしずかひかり薄暗くうすぐらく室内しつない投げなげ
健三けんぞう落しおとしいるへん夜具やぐ縞柄しまがらさえ判明はんめいないぼんやりかげ一面いちめん
かれ狼狽ろうばい
けれど洋燈らんぷ移しうつしそのところあきら男子だんし見るみるべからざるもの強いつよい見るみるよう心持こころもち引けひけ
かれやむ暗中あんちゅう摸索もさく
かれ右手みぎて忽ちたちまち一種いっしゅ異様いよう触覚しょっかくもっ今までいままで経験けいけんことないあるもの触れふれ
そのあるもの寒天かんてんようぷりぷり
そう輪廓りんかくからいっ恰好かっこ判然はんぜんないなんかたまり過ぎすぎなかっ
かれ気味きみ悪いわるい感じかんじかれ全身ぜんしん伝えるつたえるこのかたまり軽くかるく指頭しとう撫でなで
塊りかたまり動きうごきなけれ泣きなきなかっ
ただ撫でるなでるたんびぷりぷり寒天かんてんようもの剥げ落ちるはげおちるよう思えおもえ
もし強くつよく抑えおさえたり持っもったりすれ全体ぜんたいきっと崩れくずれしまうないかれ考えかんがえ
かれ恐ろしくおそろしくなっきゅう引込めひっこめ
しかしこのまま放っはなっ置いおいたら風邪かぜ引くひくだろう寒ささむさ凍えこごえしまうだろう 死んしんいる生きいきいるさえ弁別べんべつつかないかれこういう懸念けねん湧いわい
かれ忽ちたちまち出産しゅっさん用意ようい戸棚とだななか入れいれあるいっ細君さいくん言葉ことば思い出しおもいだし
そうすぐ自分じぶん後部こうぶある唐紙とうし開けあけ
かれそのところから多量たりょう綿めん引き摺りひきずり出しだし
脱脂綿だっしめんいうさえ知らしらなかっかれそれむやみ千切っちぎっ柔かいやわらかいかたまりうえ載せのせ
八十一はちじゅういち
そのうちまち待っまっ産婆さんば健三けんぞう漸くようやく安心あんしん自分じぶんむろ引き取っひきとっ
よるなく明けあけ
赤子あかご泣くなくこえいえなか寒いさむい空気くうき顫わふるわ
安産あんざん目出とうめでとう御座いございますおとこおんなおんな御子みこさん 産婆さんば少しすこし気の毒きのどくそう中途ちゅうと切っきっ
またおんな 健三けんぞう多少たしょう失望しつぼういろ見えみえ
一番いちばんおんな番目ばんめおんな今度こんど生れうまれまたおんな都合つごうさんひとむすめちちなっかれそう同じおなじものばかり生んうんどうするだろうこころなか暗にあんに細君さいくん非難ひなん
しかしそれ生まうま自分じぶん責任せきにん思い到らおもいいたらなかっ
田舎いなか生まれうまれ長女ちょうじょ肌理きめ濃やかこまやかくしあっ
健三けんぞうよくその乳母車うばぐるま乗せのせまちなかあとから押しおし歩いあるい
よる天使てんしよう安らかやすらかねむり落ちおちかお眺めながめながらたく帰っかえっ
しかしとうならない想像そうぞう未来みらいあっ
健三けんぞう外国がいこくから帰っかえっひと伴れつれられかれ新橋しんばし迎えむかえこのむすめ久しぶりひさしぶりちちかおもっと好いよい父さまちちさま思っおもっそばもの語っごっ如くごとく彼女かのじょ自身じしん容貌ようぼうしばらくないうち悪いわるいほう変化へんか
彼女かのじょかお段々だんだんたけ詰っなじっ
輪廓りんかくかく立ったっ
健三けんぞうこのむすめ容貌ようぼうなかいつ成長せいちょうつつある自分じぶん相好そうごう悪いわるいところ明らかあきらか認めみとめなけれならなかっ
次女じじょねん年中ねんじゅう腫物しゅもつだらけあたま
風通しかぜとおし悪いわるいからだろういうほんとうとう髪の毛かみのけじょじょってしまっ
あご短かいみじかい大きなおおきなその海坊主うみぼうず化物ばけものようかぜそのところいらうろうろ
さん番目ばんめだけ器量きりょう好くよく育とうそだとうおやよく思えおもえなかっ
ああいうもの続々ぞくぞく生れうまれ必竟ひっきょうどうするだろう かれおやらしくない感想かんそう起しおこし
そのなか子供こどもばかりないこういう自分じぶん自分じぶん細君さいくんなど必竟ひっきょうどうするだろういう意味いみ朧気おぼろき交っかっ
かれそと出るでるまえちょっと寝室しんしつかお出しだし
細君さいくん洗い立てあらいたてシーツしーつうえ穏かおだやか
子供こども小さいちいさい附属ふぞくものよう厚いあつい綿めん入っはいっ新調しんちょう夜具やぐ蒲団ふとん包まつつまままそば置いおいあっ
その子供こども赤いあかいかお
昨夜さくや暗闇くらやみかれ触れふれ寒天かんてんよう肉塊にくかい全くまったく感じかんじ違うちがうものあっ
一切いっさい綺麗きれい始末しまつ
そのところいら汚れ物よごれものかげさえ見えみえなかっ
夜来やらい記憶きおく跡方あとかたないゆめらしく見えみえ
かれ産婆さんばほう向いむかい
蒲団ふとん換えかえ遣っつかっええ蒲団ふとん敷布しきふ換えかえ上げあげましよくこう早くはやく片付けかたづけられるもん 産婆さんば笑うわらうだけあっ
若いわかいから独身どくしん通しとおしこのおんなこえ態度たいどどこなくおとこらしかっ
貴夫たかおむやみ脱脂綿だっしめん使っつかっしまいなっものから足りたりなくっ大変たいへん困りこまりましそうだろう随分ずいぶん驚ろいおどろいから こう答えこたえながら健三けんぞう大してたいして気の毒きのどく思いおもいなかっ
それより多量たりょう失なっうしなっ蒼いあおいかおいる細君さいくんほう懸念けねんしゅなっ
どう 細君さいくん微かかすか開けあけまくらうえ軽くかるく
健三けんぞうそのままそと
例刻れいこく帰っかえっかれ洋服ようふくまままた細君さいくん枕元まくらもと坐っすわっ
どう しかし細君さいくんもうなかっ
なんへんようです 彼女かのじょかお今朝けさおり違っちがっねつ火照っほでりのっ
心持こころもち悪いわるいええ産婆さんば呼びよび遣ろうやろうもう来るくるでしょう 産婆さんば来るくるはずなっ
八十二はちじゅうに
やがて細君さいくん腋の下わきのしたげんおんうつわずつわれ
ねつ少しすこしまし 産婆さんばこういっ度盛どもりはしらなか上っのぼっ水銀すいぎん振り落しふりおとし
彼女かのじょ比較的ひかくてき言葉ことばやもめあっ
用心ようじんため産科さんか医者いしゃ呼んよんしんもらったらどういう相談そうだんさえ帰っかえっしまっ
大丈夫だいじょうぶどうです 健三けんぞう全くまったく知識ちしきあっ
ねつさえ出れでれすぐ産褥さんじょくねつじゃなかろういう危惧きぐねん起しおこし
ははから掛りかかり付けつけ産婆さんば信頼しんらいいる細君さいくんほうかえって平気へいきあっ
どうですって御前ごぜん身体しんたいじゃない 細君さいくんなん答えこたえなかっ
健三けんぞうから見るみる死んしんって構わかまわないいう表情ひょうじょうそのかおいるよう思えおもえ
ひとこんな心配しんぱい遣るやる この感じかんじ翌る日あくるひまで持ちもち続けつづけかれ何時もいつも通りとおりあさ早くはやく行っいっ
そう午後ごご帰っかえっ細君さいくんねつもう退めやめいること付いつい
やっぱりなんなかっええけど何時なんじまた来るくる分りわかりませさんするそんなねつたり引っ込んひっこんだりするもの 健三けんぞう真面目まじめあっ
細君さいくん淋しいさびしいほお微笑びしょう洩らしもらし
ねつみゆきそれぎりなかっ
産後さんご経過けいか先ずまず順当じゅんとう行っいっ
健三けんぞう既定きていさん週間しゅうかんゆかうえ過すすごすべく命ぜめいぜられ細君さいくん枕元まくらもと時々ときどきはなしながら坐っすわっ
今度こんど死ぬしぬ死ぬしぬっていいながら平気へいき生きいきいるじゃない死んしんほう好けれよけれ何時なんじ死にしにますそれ随意ずいい おっと言葉ことば笑談しょうだん半分はんぶん聴いきいられるようなっ細君さいくん自分じぶん生命せいめい対したいし鈍いにぶいながら一種いっしゅ危険きけん感じかんじその当時とうじ顧みかえりみなけれならなかっ
実際じっさい今度こんど死ぬしぬ思っおもっですものどういうわけわけないただ思うおもう 死ぬしぬ思っおもっかえっ普通ふつうひとより軽いかるいさん予想よそう事実じじつ丁度ちょうど裏表うらおもてなっことさえ細君さいくん留めとめなかっ
御前ごぜん呑気のんき貴夫たかおこそ呑気のんき 細君さいくん嬉しうれしそう自分じぶんそばいる赤ん坊あかんぼうかお
そうゆびさき小さいちいさいほおかた突ついつついあやし始めはじめ
その赤ん坊あかんぼうまだ人間にんげん体裁ていさい具えそなえ眼鼻めはな有っあっいるいえないほどへんかお
さん軽いかるいだけあっ少しすこし小さちいささ過ぎるすぎるよういま大きくおおきくなります 健三けんぞうこの小さいちいさいにく塊りかたまりいま細君さいくんよう大きくおおきくなる未来みらい想像そうぞう
それ遠いとおいさきあっ
けれど中途ちゅうといのちつな切れきれない限りかぎり何時なんじ来るくる相違そういなかっ
人間にんげん運命うんめいなかなか片付かかたづかないもん 細君さいくんおっと言葉ことばあまり突然とつぜん過ぎすぎ
そうその意味いみ解らわからなかっ
なんですって 健三けんぞう彼女かのじょまえ同じおなじ文句もんく繰り返すくりかえすべく余儀よぎなく
それどうどうしもないけれどそうからそういう詰らなじらないほか解らわからないことさえいい好いよい思っおもっ 細君さいくんおっと捨てすてまた自分じぶんそば赤ん坊あかんぼう引き寄せひきよせ
健三けんぞういやかお書斎しょさい入っはいっ
かれこころうち死なしなない細君さいくん丈夫じょうぶ赤ん坊あかんぼうそと免職めんしょくなろうならいるあにことあっ
喘息ぜんそく斃れようたおれようまだ斃れたおれいるあねことあっ
新らしいあたらしい位地いち入るはいるようまだ入らはいらない細君さいくんちちことあっ
そのほか島田しまだことつねことあっ
そう自分じぶんこれ人々ひとびと関係かんけいみなまだ片付かかたづかいるいうことあっ
八十三はちじゅうさん
子供こども一番いちばん気楽きらくあっ
生きいき人形にんぎょう買っかっもらっよう喜んよろこんかんさえある新らしいあたらしいいもうとそば寄りよりたがっ
そのいもうと瞬きまばたきいちさえ驚嘆きょうたんしゅなるかれくしゃみけつなん不可思議ふかしぎ現象げんしょう見えみえ
いまどんななるだろう 当面とうめん忙殺ぼうさつれるかれむねかつてこう問題もんだい浮かばうかばなかっ
自分じぶんたち自身じしんいまどんななるすら領解りょうかいとくない子供こども無論むろんいまどうするだろうなど考えるかんがえるはずなかっ
この意味いみかれ細君さいくんよりなお遠くとおく健三けんぞう離れはなれ
そとから帰っかえっかれ時々ときどき洋服ようふく脱がぬが敷居しきいうえ立ちたちながらぼんやりこれ一団いちだん眺めながめ
またかたまりっている かれすぐかかと回らしまわらし部屋へやそと出るでることあっ
よるかれふく改めあらためすぐそのところ胡坐こざかい
こう始終しじゅう湯婆たんぽばかり入れいれちゃ子供こども健康けんこう悪いわるい出しだししまえだいいちいくつ入れるいれる かれ何になんに解らわからないくせ好いよい加減かげん小言こごといっかえって細君さいくんから笑わわらわたり
重なっかさなっかれ赤ん坊あかんぼう抱いいだい見るみるならなかっ
それいちむろかたまりっている子供こども細君さいくん見るみる時々ときどきべつ心持こころもち起しおこし
おんな子供こどもせんりょうしまうもの 細君さいくん驚ろいおどろいかおおっと見返しみかえし
そのところ自分じぶん今までいままで無自覚むじかく実行じっこうことおっと言葉ことば突然とつぜん悟らささとらさようおもむきあっ
なんやぶからぼうそんなことあおぐってそうじゃないおんなそれ入らはいらない亭主ていしゅ敵討かたきうちするつもりだろう馬鹿ばかあおぐ子供こどもわたくしそばばかり寄り付くよりつく貴夫たかお構い付けかまいつけ遣りやりなさらないからですおのれ構い付けかまいつけなくものとり直さなおさ御前ごぜんだろうどう勝手にかってになさいなんいう僻みひがみばかりいっどうせくち達者たっしゃ貴夫たかお敵いかないませから 健三けんぞうむしろ真面目まじめあっ
僻みひがみとも口巧者くちこうしゃ思わおもわなかっ
おんな策略さくりゃく好きすきからいけない 細君さいくんゆかうえ返りかえりあちら向いむかい
そうなみだぽたぽたまくらうえ落しおとし
そんななんわたくし虐めいじめなくっ 細君さいくん様子ようす子供こどもすぐ泣きなき出しだしそう
健三けんぞうむね重苦しくおもくるしくなっ
かれ征服せいふくれる知りしりながらまだ産褥さんじょく離れはなれとくない彼女かのじょまえ慰藉いしゃ言葉ことば並べならべなけれならなかっ
しかしかれ理解力りかいりょく依然いぜんこの同情どうじょう別物べつものあっ
細君さいくんなみだ拭いぬぐいやっかれそのなみだ自分じぶん考えかんがえ訂正ていせいすること出来できなかっ
つぎかお合せあわせ細君さいくん突然とつぜんおっと弱点じゃくてん刺しさし
貴夫たかお何故なぜその抱いいだい遣りやりならないなん抱くいだく険呑けんのんからくび折るおる大変たいへんからうそ仰しゃいおっしゃい貴夫たかお女房にょうぼう子供こども対するたいする情合じょうあい欠けかけいるですって御覧ごらんぐたぐた抱きいだきかんないおとこなんか出せだせないじゃない 実際じっさい赤ん坊あかんぼうぐたぐた
ほねなどどこあるまるで分らわからなかっ
それ細君さいくん承知しょうちなかっ
彼女かのじょむかしいち番目ばんめむすめ水疱瘡すいほうそう出来でき健三けんぞう態度たいど俄かにわか一変いっぺん実例じつれい証拠しょうこ挙げあげ
それまで毎日まいにち抱いいだい遣っつかっそれからきゅう抱かかかえかなくなっじゃありませ 健三けんぞう事実じじつ打ち消すうちけすなかっ
同時どうじ自分じぶん考えかんがえ改めようあらためようなかっ
なんいったっておんな技巧ぎこうあるから仕方しかたない かれ深くふかくこう信じしんじ
あたかも自分自身じぶんじしん凡てすべて技巧ぎこうから解放かいほう自由じゆうひとあるよう
八十四はちじゅうよん
退屈たいくつ細君さいくん貸本屋かしほんやから借りかり小説しょうせつ能くよくゆかうえ読んよん
時々ときどき枕元まくらもと置いおいある厚紙あつがみ汚ならしいきたならしいその表紙ひょうし健三けんぞう注意ちゅうい惹くひくかれ細君さいくん向っむかっ訊いきい
こんなもの面白いおもしろい 細君さいくん自分じぶん文学ぶんがく趣味しゅみ低いひくいこと嘲けらあざけられるよう
いいじゃありませ貴夫たかお面白くおもしろくなくったってわたくしさえ面白けりゃおもしろけりゃ 色々いろいろ方面ほうめんおい自分じぶんおっと隔離かくり意識いしき彼女かのじょすぐこんなくち利きききたくなっ
健三けんぞうところ嫁ぐとつぐまえ彼女かのじょ自分じぶんちち自分じぶんおとうとそれから官邸かんてい出入でいりするさんおとこ知っしっいるぎりあっ
そうその人々ひとびとみんな健三けんぞう異っちがっ意味いみ生きいき行くいくものばかりあっ
男性だんせい対するたいする観念かんねんそのすうひとから抽象ちゅうしょう健三けんぞうところ持っもっ彼女かのじょ全くまったく予期よき反対はんたいいちおとこ彼女かのじょおっとおい見出しみだし
彼女かのじょそのどっち正しくただしくなけれならない思っおもっ
無論むろん彼女かのじょ自分じぶんちちほう正しいただしいおとこ代表者だいひょうしゃ如くごとく見えみえ
彼女かのじょ考えかんがえ単純たんじゅんあっ
いまこのおっと世間せけんから教育きょういく自分じぶんちちようかた変っかわっ行くいくないいう確信かくしん有っあっ
あん相違そうい健三けんぞう頑強がんきょうあっ
同時どうじ細君さいくん膠着こうちゃくちから固かっかたかっ
二人ふたり二人ふたり同志どうし軽蔑けいべつ合っあっ
自分じぶんちちなんつけ標準ひょうじゅん置きおきたがる細君さいくんややするこころなかおっと反抗はんこう
健三けんぞうまた自分じぶん認めみとめない細君さいくん忌々しくいまいましく感じかんじ
一刻いっこくかれ遠慮えんりょなく彼女かのじょ眼下がんか見下すみくだす態度たいど公けおおやけ憚らはばからなかっ
じゃ貴夫たかお教えおしえ下されくだされ好いよいそんなほか馬鹿ばかばかりなさらない御前ごぜんほう教えおしえもらおういうないから自分じぶんもうこれ一人前いちにんまえいうはらあっちゃおのれにゃどうすること出来できない だれ盲従もうじゅうするものいう細君さいくんむねある同時どうじ到底とうてい啓発けいはつようないないいう弁解べんかいおっとこころ潜んひそん
二人ふたり繰り返さくりかえされるこう言葉ことば争いあらそい古いふるいものあっ
しかし古いふるいだけらち一向いっこう開かひらかなかっ
健三けんぞうもう飽きあきいうかぜ手摺てすり貸本かしほん投げ出しなげだし
読むよむいうじゃないそれ御前ごぜん随意ずいいしかしまり使わつかわないようたら好いよいだろう 細君さいくん裁縫さいほう一番いちばん好きすきあっ
よる冴えさえられないなど一時いちじ構わかまわ細いほそいはり洋燈らんぷした運ばはこば
長女ちょうじょ次女じじょ生れうまれ若いわかい元気げんき任せまかせ相当そうとう時期じき経過けいかないうち縫物ぬいもの取上げとりあげほん大変たいへん視力しりょく悪くわるく経験けいけんあっ
ええはり持つもつどくですけれど本位ほんい構わかまわないでしょうそれ始終しじゅう読んよんいるじゃありませからしかし疲れるつかれるまで読みよみ続けつづけないほう好かろうよかろうないあと困るこまるなに大丈夫だいじょうぶです まだ三十さんじゅう足りたりない細君さいくん過労かろう意味いみ能くよく解らわからなかっ
彼女かのじょ笑っわらっ取り合わとりあわなかっ
御前ごぜん困らこまらなくっおのれ困るこまる 健三けんぞうわざと手前勝手てまえかってらしいこといっ
自分じぶん注意ちゅういする細君さいくん見るみる健三けんぞうよくこんな言葉遣いことばづかいしたがっ
それまたおっと悪いわるいくせいち細君さいくん数えかぞえられ
同時どうじかれノートのーとえき細かくこまかくなっ行っいっ
最初さいしょはえ頭位とういあっ次第しだいありあたまほど縮まっちぢまっ
何故なぜそんな小さなちいさな文字もじ書かかかなけれならないさえ考えかんがえなかっかれ殆んどほとんど無意味むいみようふで走らはしらやまなかっ
光りひかり弱っよわっ夕暮ゆうぐれまどした暗いくらい洋燈らんぷから出るでる薄いうすい灯火とうかかげかれひまさえあれかれ視力しりょく濫費らんぴ顧みかえりみなかっ
細君さいくん向っむかっ注意ちゅういかつて自分じぶん払わはらわなかっかれそれ矛盾むじゅんなん思わおもわなかっ
細君さいくんそれ平気へいきらしく見えみえ
八十五はちじゅうご
細君さいくんゆか上げあげられふゆもう荒れ果てあれはてかれにわ霜柱しもばしらすい立てようたてよう
大変たいへん荒れあれこと今年ことしれいより寒いさむいよう少なくすくなくなっせいそう思うおもうだろうそうでしょうかしら 細君さいくん始めはじめ付いついよう両手りょうて火鉢ひばちうえ翳しかざし自分じぶんつめいろ
かがみたらかおいろ分りわかりそうものええそりゃ分っわかっます 彼女かのじょ再びふたたびうえ差し延べさしのべ返しかえし蒼白いあおじろいほおさん撫でなで
しかし寒いさむいこと寒いさむいでしょう今年ことし 健三けんぞう自分じぶん説明せつめい聴かきかない細君さいくん可笑しくおかしく見えみえ
そりゃふゆから寒いさむい極まっきわまっいる 細君さいくん笑うわらう健三けんぞうまたひとより一倍いちばいかんがるおとこあっ
ことに近頃ちかごろふゆかれ身体しんたい厳しくきびしく中っちゅうっ
かれやむ書斎しょさい炬燵こたつ入れいれ両膝りょうひざからこしあたり浸み込むしみこむれい防いふせい
神経しんけい衰弱すいじゃく結果けっかこう感ずるかんずる知れしれないさえ思わおもわなかっかれ自分じぶん対するたいする注意ちゅうい足りたりないてんおい細君さいくん異ることなるところなかっ
毎朝まいあさおっと送り出しおくりだしからかみくし入れるいれる細君さいくん長いながい髪の毛かみのけ何本なんぽんなく残っのこっ
彼女かのじょ梳くすくたびくし絡まるからまるその抜毛ばつもう残り惜のこりおし眺めながめ
それ彼女かのじょ失なわうしなわ血潮ちしおよりかえって大切たいせつらしく見えみえ
新らしくあたらしく生きいきもの拵えこしらえ上げあげ自分じぶんその償いつぐない衰えおとろえ行かいかなけれならない 彼女かのじょむね微かかすかこういう感じかんじ湧いわい
しかし彼女かのじょその微かかすか感じかんじ言葉ことば纏めるまとめるほどあたま有っあっなかっ
同時どうじその感じかんじ手柄てがらいう誇りほこりばつ受けうけいう恨みうらみ交っかっ
いずれ新らしくあたらしく生れうまれ可愛くかわいくなるばかりあっ
彼女かのじょぐたぐた手応えてごたえない赤ん坊あかんぼう手際てぎわよく抱き上げだきあげその丸いまりいほお自分じぶんくちびる持っもっ行っいっ
する自分じぶんからものどう自分じぶんものいう理窟りくつなし起っおこっ
彼女かのじょ自分じぶんそばその置いおいまたさいいたまえ坐っすわっ
そう時々ときどきはりやめ暖かあたたかそういるそのかお心配しんぱいそううえから覗き込んのぞきこん
そりゃだれ着物きものやっぱりこのですそんないくつ要るいるええ 細君さいくん黙っだまっ運ばはこば
健三けんぞう漸とやっと付いついよう細君さいくんひざうえ置かおか大きなおおきな模様もようある切地きれじ眺めながめ
それあねから祝っしゅくっくれだろうそうです下らしたらないはなしきんない止せよせ好いよい 健三けんぞうから貰っもらっ小遣こづかいなか割いさいこういう贈り物おくりものなけれ済ますまないあね心持こころもちかれ理解りかい出来できなかっ
つまりおのれきんおのれ買っかっ同じおなじことなるから貴夫たかお対するたいする義理ぎり思っおもっいらっしゃるから仕方しかたありませ あね世間せけんいう義理ぎり克明こくめい守りまもり過ぎるすぎるおんなあっ
ほかからもの貰えもらえきっとそれ以上いじょうもの贈りおくり返そうかえそう苦しくるしがっ
どう困るこまるそう々々ってなん義理ぎりさっぱり解りゃわかりゃないそんな形式的けいしきてきことするより自分じぶん小遣こづかい比田ひでん借りかりられないよう用心ようじんするほうよっぽど増しまし こんなこと掛けるかける存外ぞんがい無神経むしんけい細君さいくん強いてしいてあね弁護べんごしようなかっ
いままたなん御礼ごれいますからそれ好いよいでしょう ほか訪問ほうもんする殆んどほとんど土産ものみやげもの持参じさんれいない健三けんぞうそれまだ不審ふしんそう細君さいくんひざうえあるりん見詰めみつめ
八十六はちじゅうろく
からもと姉さんあねさんところみな色んないろんなもの持っもっですって 細君さいくん健三けんぞうかお突然とつぜんこんなこといい出しだし
じゅうもの十五じゅうご返しかえしなさる姉さんあねさん気性きしょう知っしってるもんからみなその御礼ごれい目的もくてきなん呉れるくれるそうですじゅうもの十五じゅうご返しかえしするったってこう五十ごじゅうせん七十五ななじゅうごせんなるだけじゃないそれ沢山たくさんでしょうそういうひとたち ほかから見るみる酔興すいきょうしか思わおもわないほど細かこまかノートのーとばかり拵えこしらえいる健三けんぞう世の中よのなかそんな人間にんげん生きいきいようさえ思えおもえなかっ
随分ずいぶん厄介やっかい交際こうさいいちうま鹿しか々々しいじゃないそばから見れみれうま鹿しか々々しいようですけれどそのなか入るはいるやっぱり仕方しかたないでしょう 健三けんぞうこのよそから臨時りんじ受取っうけとっ三十さんじゅうえん自分じぶんどう消費しょうひしまっ問題もんだいつい考えかんがえさせられ
いまからいちカ月かげつ余りあまりまえかれある知人ちじん頼またのまそのおとこ経営けいえいする雑誌ざっし長いながい原稿げんこう書いかい
それまで細かいこまかいノートのーとよりそとなん作るつくる必要ひつようなかっかれ取っとっこの文章ぶんしょう違っちがっ方面ほうめん働いはたらいかれ頭脳ずのう最初さいしょ試みこころみ過ぎすぎなかっ
かれただふでさき滴るしたたる面白いおもしろい気分きぶん駆らから
かれこころ全くまったく報酬ほうしゅう予期よきなかっ
依頼者いらいしゃ原稿料げんこうりょうかれまえ置いおいかれ意外いがいもの拾っじゅうっよう喜んよろこん
兼てかねてからわが座敷ざしき如何いかが殺風景さっぷうけい病んやんかれすぐ団子だんごさかある唐木とうぼく指物師さしものしところ行っいっ紫檀したん懸額けんがくいちばい作らつくら
かれそのなか支那しなから帰っかえっ友達ともだち貰っもらっ北魏ほくぎ二十にじゅうしないう石摺いしずりうちあるいち択りより出しだし入れいれ
それからそのがくかん着いつい細長いほそながい胡麻ごまたけした振らふら下げさげ床の間とこのまくぎ懸けかけ
たけ丸味まるみあるかべおち付かつかないせいがく静かしずかしゃ傾いかたむい
かれまた団子だんごさか下りくだり谷中やなかほう上っのぼっ行っいっ
そうそのところある陶器とうきみせからいち花瓶かびん買っかっ
花瓶かびん朱色しゅいろあっ
なか薄いうすい大きなおおきな草花くさばな描かえがか
高さたかさいちさし余りあまりあっ
かれすぐそれ床の間とこのまうえ載せのせ
大きなおおきな花瓶かびんふらふらする比較的ひかくてき小さいちいさい懸額けんがくどう釣合つりあい取れとれなかっ
かれ少しすこし失望しつぼうようこの不調和ふちょうわ配合はいごう眺めながめ
けれどまるで何になんにないより増しまし考えかんがえ
趣味しゅみ贅沢ぜいたくいう余裕よゆうないかれ不満足ふまんぞくうち満足まんぞくなけれならなかっ
かれまた本郷ほんごう通りとおりあるいちのき呉服屋ごふくや行っいっ反物たんもの買っかっ
織物おりものついなん知識ちしきないかれただ番頭ばんとう見せみせくれるものうちから好いよい加減かげん選択せんたく
それむやみ光るひかるかすりあっ
幼稚ようちかれ光らひからないものより光るひかるものほう上等じょうとう見えみえ
番頭ばんとう揃いそろい羽織はおり着物きもの拵えるこしらえるべく勧めすすめられかれ遂についにいちひき伊勢崎いせさき銘仙めいせん抱えかかえみせ
その伊勢崎いせさき銘仙めいせんいう名前なまえさえかれそれまでついぞ聞いきいことなかっ
これもの買いかい調えととのえかれ毫もごうも他人たにんつい考えかんがえなかっ
新らしくあたらしく生れるうまれる子供こどもさえ眼中がんちゅうなかっ
自分じぶんより困っこまっいるひと生活せいかつなどはてから忘れわすれ
ぞく社会しゃかい義理ぎり過重かじゅうするあね比べくらべ見るみるかれ憐れあわれもの対するたいする好意こういすら失なっうしなっ
そうそんまで義理ぎり尽さつくされる偉いえらいしかしあね生れうまれ付いつい見栄坊みえぼうから仕方しかたない偉くえらくないほうまだ増しましだろう親切気しんせつきまるでないでしょうそう 健三けんぞうちょっと考えかんがえなけれならなかっ
あね親切気しんせつきあるおんな違いちがいなかっ
ことよるおのれほう不人情ふにんじょう出来できいる知れしれない
八十はちじゅうなな
この会話かいわまだ健三けんぞう記憶きおく新しくあたらしく彩っあやっころかれつねからだいかい訪問ほうもん受けうけ
先達てせんだってほぼ同じおなじよう粗末そまつ服装ふくそういる彼女かのじょ恰好かっこ寒ささむさとも襦袢じゅばん胴着どうぎるい重ねかさねだろうまえよりえき丸まっちくまるまっちくなっ
健三けんぞうきゃくため出しだし火鉢ひばちすぐそのひとほう押し遣っおしやっ
いえもう御構いおかまい下さいくださいます今日きょう大分おおいた暖かあたたか御座いございますから 外部がいぶ穏やかおだやか障子しょうじ篏めはめ硝子がらすこし薄くうすく光っひかりっ
あなたねん取っとっ段々だんだん肥りふとりなるようですええ御蔭みかげさま身体しんたいほうまこと丈夫じょうぶ御座いございますそりゃ結構けっこうですその代りかわり身上しんじょうほうただ痩せるやせる一方いっぽう 健三けんぞう老後ろうごなっからこうむくむく肥るふとるひと健康けんこう疑がわうたがわ
少なくすくなくとも不自然ふしぜん思わおもわ
どこ不気味ふきみ見えるみえるところあっ
さけ飲むのむじゃなかろう こんな推察すいさつさえかれむね横切っよこぎっ
つね肌身はだみ着けつけいるものしつとく古びふるび
幾度いくどみず潜っもぐっ分らわからないその着物きものなり羽織はおりなりどこきぬひかり残っのこっいるようまたへんごつごつ
ただどんな時代じだい食っしょくっ綺麗きれい洗張あらいはり出来できいるところ彼女かのじょ気性きしょう見えるみえるだけあっ
健三けんぞう丸いまりいながら如何にいかに窮屈きゅうくつそうそのひと姿すがた眺めながめ彼女かのじょ生活せいかつ状態じょうたい彼女かのじょくち距離きょりないこと知っしっ
どこ困るこまるひとだらけ弱りよわりますこちらなど困っこまっいらしっちゃ世の中よのなか困らこまらないもの一人ひとり御座いございませ 健三けんぞう弁解べんかいするさえならなかっ
かれすぐ考えかんがえ
このひとおのれ自分じぶんより金持かねもち思っおもっいるようおのれ自分じぶんより丈夫じょうぶ思っおもっいるだろう 近頃ちかごろ健三けんぞう実際じっさい健康けんこう損なっそこなっ
それ自覚じかくつつかれ医者いしゃしんもらわなかっ
友達ともだち話さはなさなかっ
ただ一人ひとり不愉快ふゆかい忍んしのん
しかし身体しんたい未来みらい想像そうぞうするたんびかれむしゃくしゃ
あるほか自分じぶんこんな弱くよわくしまっいうよう起しおこし相手あいてないはら立てたて
ねん若くわかくって起居ききょ不自由ふじゆうさえなけれ丈夫じょうぶ思うおもうだろう門構もんがまえたく住んすん下女げじょさえ使っつかっいれきんある考えるかんがえるよう 健三けんぞう黙っだまっつねかお眺めながめ
同時どうじかれ新らしくあたらしく床の間とこのま飾らかざら花瓶かびんその後そのあと懸っかかっいる懸額けんがく眺めながめ
近いちかいうちそで通すとおすべきぴかぴかする反物たんものかれこころうちあっ
かれ何故なぜこの年寄としより対したいし同情どうじょう起しおこしとくないだろう怪しんあやしん
ことよるおのれほう不人情ふにんじょう知れしれない かれあねうえ加えくわえひょうもう一遍いちぺんはらなか繰り返しくりかえし
そうなん不人情ふにんじょう構うかまうものいうこたえとく
つね自分じぶん厄介やっかいなっいる娘婿むすめむこことつい色々いろいろはなし始めはじめ
世間せけん一般いっぱんよく見るみる通りとおりそのひと手腕しゅわんすぐ彼女かのじょ問題もんだいなっ
彼女かのじょ手腕しゅわんいうつまり月々つきづき入るはいるきん意味いみそのきんよりそと人間にんげん価値かち定めるさだめるもの彼女かのじょ取っとっ広いひろい世界せかいいち見当らみあたらないらしかっ
何しろなにしろ取高とりだか少ないすくないもんですから仕方しかた御座いございませもう少しすこし稼いかせいくれる好いよいですけれど 彼女かのじょ自分じぶん娘婿むすめむこ捉まえつかまえ愚図ぐず無能むのういわない代りかわり毎月まいつきかれ労力ろうりょく産み出すうみだす収入しゅうにゅうこう健三けんぞうまえ並べならべ見せみせ
あたかも物指ものさし反物たんもの寸法すんぽうさえ計れはかれ縞柄しまがら地質ちしつまるで問題もんだいならないいっかぜ
生憎あいにく健三けんぞうそう尺度しゃくど自分じぶん計っけいっもらいたくない商売しょうばいいるおとこあっ
かれ冷淡れいたん彼女かのじょ不平ふへい聞き流さききながさなけれならなかっ
八十八はちじゅうはち
好いよい加減かげん時分じぶんかれ立ったっ書斎しょさい入っはいっ
つくえうえ載せのせある紙入かみいれ取っとっそっとなか改めるあらためるいちばいえんさつあっ
かれそれ握っにぎっままもと座敷ざしき帰っかえっつねまえ置いおい
失礼しつれいですこれくるま乗っのっ行っいっ下さいくださいそんな心配しんぱい掛けかけ済みすみませそういうつもり上っのぼっ御座いございませから 彼女かのじょ辞退じたい言葉ことばとも紙幣しへい受け納めうけおさめふところ入れいれ
小遣こづかい遣るやる健三けんぞうこのまえ同じおなじ挨拶あいさつ用いもちいようそれ貰うもらうつね辞令じれい最初さいしょ全くまったく違わちがわなかっ
そのうえ偶然ぐうぜんえんいう金高きんだかさえ一致いっち
このつぎもしえんさつなかったらどうしよう 健三けんぞう紙入かみいれそれだけ実質じっしつ始終しじゅう充たさみたさないことその所有主しょゆうしゅかれ知れしれいるばかりつね分るわかるはずなかっ
さん度目どめ来るくるつね予想よそうかれさん度目どめ遣るやるえん予想よそうするわけ行かいかなかっかれふとうま鹿しか々々しくなっ
これからあのひと来るくる何時なんじえん遣らやらなけれならないようするつまりあね要らいらざる義理ぎりたてする同じおなじことかしら 自分じぶん関係かんけいことじゃないいっかぜ熨斗のし動かしうごかし細君さいくん休めやすめこういっ
ないとき遣らやらない好いよいじゃありませなんそう見栄みえ張るはる必要ひつようないからない遣ろうやろうったって遣れやれない分っわかってる 二人ふたり問答もんどうすぐ途切れとぎれしまっ
消えきえかかっすみ熨斗のしから火鉢ひばち移すうつすおとその聞こえきこえ
どうまた今日きょうえん入っはいっです貴夫たかお紙入かみいれ 健三けんぞう床の間とこのま釣り合わつりあわない大きなおおきな朱色しゅいろ花瓶かびん買うかうよんえんいくら払っはらっ
懸額けんがくあつらええるときえんなにがし取らとら
指物師さしものしひゃくえん負けまけ置くおくから買わかわないいっ立派りっぱ紫檀したん書棚しょだなじろじろながらかれ
11/14