道草

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その四十円の半分を阿爺に取られた。残る二十円で、古い寺の座敷を借りて、芋や油揚ばかり食っていた。しかし彼はその間に遂に何事も仕出かさなかった。

第 9 章
その時分じぶんの彼かれと今いまの彼かれとは色々いろいろな点てんにおいて大分おおいた変っかわっていた。
けれども経済けいざいに余裕よゆうのないのと、遂についに何事なにごとも仕出かさしでかさないのとは、どこまで行っいっても変りかわりがなさそうに見えみえた。
彼かれは金持かねもちになるか、偉くえらくなるか、二につのうちどっちかに中途半端ちゅうとはんぱな自分じぶんを片付けかたづけたくなった。
しかし今いまから金持かねもちになるのは迂闊うかつな彼かれに取っとってもう遅かっおそかった。
偉くえらくなろうとすればまた色々いろいろな塵労じんろうが邪魔じゃまをした。
その塵労じんろうの種しゅをよくよく調べしらべて見るみると、やっぱり金きんのないのが大源だいげん因いんになっていた。
どうして好いよいか解らわからない彼かれはしきりに焦れじれた。
金きんの力ちからで支配しはい出来できない真しんに偉大いだいなものが彼かれの眼めに這入っはいって来るくるにはまだ大分おおいた間まがあった。
五十八ごじゅうはち
健三けんぞうは外国がいこくから帰っかえって来きた時じ、既にすでに金きんの必要ひつようを感じかんじた。
久しぶりひさしぶりにわが生れうまれ故郷こきょうの東京とうきょうに新らしいあたらしい世帯せたいを持つもつ事ことになった彼かれの懐中かいちゅうには一いち片かたの銀貨ぎんかさえなかった。
彼かれは日本にっぽんを立つたつ時じ、その妻子さいしを細君さいくんの父ちちに託したくした。
父ちちは自分じぶんの邸内ていないにある小さなちいさな家いえを空けあけて彼かれらの住居じゅうきょに充てあてた。
細君さいくんの祖父母そふぼが亡くなるなくなるまでいたその家いえは狭いせまいながらさほど見苦しくみぐるしくもなかった。
張交はりまぜの襖ふすまには南湖なんこの画がだの鵬斎ほうさいの書しょだの、すべて亡くなっなくなった人ひとの趣味しゅみを偲ばしのばせる記念きねんと見るみるべきものさえ故この通りとおり貼り付けはりつけてあった。
父ちちは官吏かんりであった。
大してたいして派出はしゅつな暮しくらしの出来るできる身分みぶんではなかったけれども、留守るす中なか手元てもとに預かっあずかった自分じぶんの娘むすめや娘むすめの子こに、苦しいくるしい思いおもいをさせるほど窮しきゅうしてもいなかった。
その上うえ健三けんぞうの細君さいくんへは月々つきづきいくらかの手当てあてが公けおおやけから下りくだりた。
健三けんぞうは安心あんしんしてわが家族かぞくを後あとに遺しのこした。
彼かれが外国がいこくにいるうち内閣ないかくが変っかわった。
その時じ細君さいくんの父ちちは比較的ひかくてき安全あんぜんな閑職かんしょくからまた引張ひっぱり出さだされて劇しくはげしく活動かつどうしなければならない或ある位置いちに就いついた。
不幸ふこうにしてその新らしいあたらしい内閣ないかくはすぐ倒れたおれた。
父ちちは崩壊ほうかいの渦うずの中なかに捲き込ままきこまれなければならなかった。
遠いとおい所ところでこの変化へんかを聴いきいた健三けんぞうは、同情どうじょうに充ちみちた眼めを故郷こきょうの空そらに向けむけた。
けれども細君さいくんの父ちちの経済けいざい状態じょうたいに関しかんしては別べつに顧慮こりょする必要ひつようのないものとして、殆んどほとんど心こころを悩まなやませなかった。
迂闊うかつな彼かれは帰っかえってからも其その所ところに注意ちゅういを払わはらわなかった。
また気きも付かつかなかった。
彼かれは細君さいくんが月々つきづき貰うもらう二十にじゅう円えんだけでも子供こども二人ふたりに下女げじょを使っつかって充分じゅうぶん遣っつかって行けるいける位くらいに考えかんがえていた。
「何しろなにしろ家賃やちんが出でないんだから」 こんな呑気のんきな想像そうぞうが、実際じっさいを見みた彼かれの眼めを驚愕きょうがくで丸くまるくさせた。
細君さいくんは夫おっとの留守るす中なかに自分じぶんの不断ふだん着きをことごとく着き切っきってしまった。
仕方しかたがないので、しまいには健三けんぞうの置いおいて行っいった地味じみな男物おとこものを縫い直しぬいなおして身みに纏っまとった。
同時どうじに蒲団ふとんからは綿めんが出でた。
夜具やぐは裂けさけた。
それでも傍そばに見みている父ちちはどうして遣るやる訳わけにも行かいかなかった。
彼かれは自分じぶんの位地いちを失っうしなった後あと、相場そうばに手てを出しだして、多くおおくもない貯蓄ちょちくを悉くことごとく亡くしなくしてしまったのである。
首くびの回らまわらないほど高いたかい襟えりを掛けかけて外国がいこくから帰っかえって来きた健三けんぞうは、この惨澹さんたんな境遇きょうぐうに置かおかれたわが妻子さいしを黙っだまって眺めながめなければならなかった。
ハイカラはいからな彼かれはアイロニーあいろにーのために手て非道くひどく打ち据えうちすえられた。
彼かれの唇くちびるは苦笑くしょうする勇気ゆうきさえ有ゆうたなかった。
その内うち彼かれの荷物にもつが着いついた。
細君さいくんに指輪ゆびわ一いちつ買っかって来きなかった彼かれの荷物にもつは、書籍しょせきだけであった。
狭苦しいせまくるしい隠居いんきょ所ところのなかで、彼かれはその箱ばこの蓋ふたさえ開けるあける事ことの出来できないのを馬鹿ばからしく思っおもった。
彼かれは新らしいあたらしい家いえを探しさがし始めはじめた。
同時どうじに金きんの工面くめんもしなければならなかった。
彼かれは唯一ゆいいつの手段しゅだんとして、今までいままで継続けいぞくして来きた自分じぶんの職しょくを辞しじした。
彼かれはその行為こういに伴なっともなって起るおこる必然ひつぜんな結果けっかとして、一時いちじ賜金しきんを受取るうけとる事ことが出来できた。
一いち年ねん勤めれつとめれば役やくをやめた時じに月給げっきゅうの半額はんがくをくれるという規定きていに従っしたがって彼かれの手てに入っはいったその金額きんがくは、無論むろん大したたいしたものではなかった。
けれども彼かれはそれで漸とやっと日常生活にちじょうせいかつに必要ひつような家具かぐ家財かざいを調えととのえた。
彼かれは僅わずかばかりの金きんを懐ふところにして、或るある古いふるい友達ともだちと一所いっしょに方々かたがたの道具屋どうぐやなどを見みて歩いあるいた。
その友達ともだちがまた品物しなものの如何いかがにかかわらずむやみに価あたい切り倒すきりたおす癖くせを有っあっているので、彼かれはただ歩くあるくために少なからすくなからぬ時間じかんを費やさついやさされた。
茶盆ちゃぼん、烟草たばこ盆ぼん、火鉢ひばち、丼鉢どんぶりばち、眼めに入るはいるものはいくらでもあったが、買えるかえるのは滅多めったに出でて来きなかった。
これだけに負けまけて置けおけと命令めいれいするようにいって、もし主人しゅじんがその通りとおりにしないと、友達ともだちは健三けんぞうを店先みせさきに残しのこしたまま、さっさと先さきへ歩いあるいて行っいった。
健三けんぞうも仕方なししかたなしに後あとを追つい懸けんなければならなかった。
たまに愚図々々ぐずぐずしていると、彼かれは大きなおおきな声こえを出しだして遠くとおくから健三けんぞうを呼んよんだ。
彼かれは親切しんせつな男おとこであった。
同時どうじに自分じぶんの物ものを買うかうのか他ほかの物ものを買うかうのか、その区別くべつを弁えわきまえていないように猛烈もうれつな男おとこであった。
五十九ごじゅうきゅう
健三けんぞうはまた日常にちじょう使用しようする家具かぐの外そとに、本棚ほんだなだの机つくえだのを新調しんちょうしなければならなかった。
彼かれは洋風ようふうの指物さしものを渡世とせいにする男おとこの店先みせさきに立ったって、しきりに算盤そろばんを弾くひく主人しゅじんと談判だんぱんをした。
彼かれの誂えあつらえた本棚ほんだなには硝子戸がらすとも後部こうぶも着いついていなかった。
塵埃じんあいの積るつもる位くらいは懐中かいちゅうに余裕よゆうのない彼かれの意いとする所ところではなかった。
木きがよく枯れかれていないので、重いおもい洋書ようしょを載せるのせると、棚板たないたが気きの引けるひけるほど撓っしわった。
こんな粗末そまつな道具どうぐばかりを揃えるそろえるのにさえ彼かれは少すくなからぬ時間じかんを費やしついやした。
わざわざ辞職じしょくして貰っもらった金きんは何時なんじの間まにかもうなくなっていた。
迂闊うかつな彼かれは不思議ふしぎそうな眼めを開いひらいて、索然さくぜんたる彼かれの新居しんきょを見廻しみまわした。
そうして外国がいこくにいる時じ、衣服いふくを作るつくる必要ひつように逼らせまられて、同宿どうしゅくの男おとこから借りかりた金きんはどうして返しかえして好いよいか分らわからなくなってしまったように思い出しおもいだした。
そこへその男おとこからもし都合つごうが付くつくなら算段さんだんしてもらいたいという催促状さいそくじょうが届いとどいた。
健三けんぞうは新らしくあたらしく拵えこしらえた高いたかい机つくえの前まえに坐っすわって、少時しょうじ彼かれの手紙てがみを眺めながめていた。
僅わずかの間まとはいいながら、遠いとおい国くにで一所いっしょに暮しくらしたその人ひとの記憶きおくは、健三けんぞうに取っとって淡いあわい新しあたらしさを帯びおびていた。
その人ひとは彼かれと同じおなじ学校がっこうの出身しゅっしんであった。
卒業そつぎょうの年ねんもそう違わちがわなかった。
けれども立派りっぱな御ご役人やくにんとして、ある重要じゅうような事項じこう取調とりしらべのためという名義めいぎの下したに、官命かんめいで遣っつかって来きたその人ひとの財力ざいりょくと健三けんぞうの給費きゅうひとの間まには、殆んどほとんど比較ひかくにならないほどの懸隔けんかくがあった。
彼かれは寝室しんしつの外そとに応接間おうせつかんも借りかりていた。
夜よるになると繻子しゅすで作っつくった刺繍ししゅうのある綺麗きれいな寝衣ねまきを着きて、暖かあたたかそうに暖炉だんろの前まえで書物しょもつなどを読んよんでいた。
北向きたむきの狭苦しいせまくるしい部屋へやで押し込めおしこめられたように凝とじっと竦んすくんでいる健三けんぞうは、ひそかに彼かれの境遇きょうぐうを羨んうらやんだ。
その健三けんぞうには昼食ちゅうしょくを節約せつやくした憐れあわれな経験けいけんさえあった。
ある時じの彼かれは表ひょうへ出でた帰掛に途中とちゅうで買っかったサンドウィッチさんどうぃっちを食いくいながら、広いひろい公園こうえんの中なかを目的もくてきもなく歩いあるいた。
斜めななめに吹きかけるふきかける雨あめを片々へんぺんの手てに持っもった傘かさで防ぼうけつつ、片々へんぺんの手てで薄くうすく切っきった肉にくと麺めん麭を何度なんどにも頬張るほおばるのが非常ひじょうに苦しかっくるしかった。
彼かれは幾いくたびか其その所ところにあるベンチべんちへ腰こしを卸そうおろそうとしては躊躇ちゅうちょした。
ベンチべんちは雨あめのために悉くことごとく濡れぬれていたのである。
ある時じの彼かれは町まちで買っかって来きたビスケットびすけっとの缶かんを午うまになると開いひらいた。
そうして湯ゆも水みずも呑まのまずに、硬くかたくて脆いもろいものをぼりぼり噛みかみ摧いくだいては、生唾なまつばの力ちからで無理むりに嚥み下しのみくだした。
ある時じの彼かれはまた馭者ぎょしゃや労働者ろうどうしゃと一所いっしょに如何わしいいかがわしい一いち膳ぜん飯屋めしやで形かたちばかりの食事しょくじを済ましすました。
其その所ところの腰掛こしかけの後部こうぶは高いたかい屏風びょうぶのように切立っきりたっているので、普通ふつうの食堂しょくどうの如くごとく、広いひろい室むろを一目いちもくに見渡すみわたす事ことは出来できなかったが、自分じぶんと一列いちれつに並んならんでいるものの顔かおだけは自由じゆうに眺めながめられた。
それは皆みなな何時なんじ湯ゆに入っはいったか分らわからない顔かおであった。
こんな生活せいかつをしている健三けんぞうが、この同宿どうしゅくの男おとこの眼めにはさも気の毒きのどくに映っうつったと見えみえて、彼かれは能くよく健三けんぞうを午餐ごさんに誘い出しさそいだした。
銭湯せんとうへも案内あんないした。
茶ちゃの時刻じこくには向うむこうから呼びよびに来きた。
健三けんぞうが彼かれから金きんを借りかりたのはこうして彼かれと大分おおいた懇意こんいになった時じの事ことであった。
その時じ彼かれは反故ほごでも棄てるすてるように無雑むざつ作さくな態度たいどを見せみせて、五ご磅のバンクばんくノートのーとを二に枚ばい健三けんぞうの手てに渡しわたした。
何なん時じ返しかえしてくれとは無論むろんいわなかった。
健三けんぞうの方ほうでも日本にっぽんへ帰っかえったらどうにかなるだろう位くらいに考えかんがえた。
日本にっぽんへ帰っかえった健三けんぞうは能くよくこのバンクばんくノートのーとの事ことを覚えおぼえていた。
けれども催促状さいそくじょうを受取るうけとるまでは、それほど急きゅうに返すかえす必要ひつようが出でて来ようこようとは思わおもわなかった。
行き詰っいきづまった彼かれは仕方なししかたなしに、一人ひとりの旧いふりい友達ともだちの所ところへ出掛けでかけて行っいった。
彼かれはその友達ともだちの大したたいした金持かねもちでない事ことを承知しょうちしていた。
しかし自分じぶんよりも少しすこしは融通ゆうずうの利くきく地位ちいにある事ことも呑み込んのみこんでいた。
友達ともだちは果しはてして彼かれの請求せいきゅうを容れいれて、要るいるだけの金きんを彼かれの前まえに揃えそろえてくれた。
彼かれは早速さっそくそれを外国がいこくで恩おんを受けうけた人ひとの許もとへ返しかえしに行っいった。
新らしくあたらしく借りかりた友達ともだちへは月つきに十じゅう円えんずつの割わりで成しなし崩しくずしに取っとってもらう事ことに極めきわめた。
六十ろくじゅう
こんな具合ぐあいにして漸とやっと東京とうきょうに落おち付いついた健三けんぞうは、物質的ぶっしつてきに見みた自分じぶんの、如何にいかにも貧弱ひんじゃくなのに気きが付いついた。
それでも金力きんりょくを離れはなれた他ほかの方面ほうめんにおいて自分じぶんが優ゆう者ものであるという自覚じかくが絶えたえず彼かれの心こころに往来おうらいする間まは幸福こうふくであった。
その自覚じかくが遂についに金きんの問題もんだいで色々いろいろに攪き乱さみだされてくる時じ、彼かれは始めはじめて反省はんせいした。
平生へいぜい何心なにごころなく身みに着けつけて外そとへ出るでる黒くろ木綿もめんの紋付もんつけさえ、無能力むのうりょくの証拠しょうこのように思わおもわれ出しだした。
「この己おのれをまた強請りねだりに来るくる奴やつがいるんだから非道いひどい」 彼かれは最ももっとも質しつの悪いわるいその種しゅの代表者だいひょうしゃとして島田しまだの事ことを考えかんがえた。
今いまの自分じぶんがどの方角ほうがくから眺めながめても島田しまだより好いよい社会的しゃかいてき地位ちいを占めしめているのは明白めいはくな事実じじつであった。
それが彼かれの虚栄心きょえいしんに少しすこしの反響はんきょうも与えあたえないのもまた明白めいはくな事実じじつであった。
昔むかしし自分じぶんを呼び捨てよびすてにした人ひとから今いまとなって鄭てい寧ねいな挨拶あいさつを受けるうけるのは、彼かれに取っとって何なんの満足まんぞくにもならなかった。
小遣こづかいの財源ざいげんのように見込まみこまれるのは、自分じぶんを貧乏人びんぼうにんと見傚しみなしている彼かれの立場たちばから見みて、腹はらが立つたつだけであった。
彼かれは念ねんのために姉あねの意見いけんを訊ねたずねて見みた。
「一体いったいどの位くらい困っこまってるんでしょうね、あの男おとこは」「そうさね。そう度々たびたび無心むしんをいって来るくるようじゃ、随分ずいぶん苦しいくるしいのかも知れしれないね。だけど健けんちゃんだってそうそう他ほかにばかり貢いみついでいた日ひにゃ際限さいげんがないからね。いくら御ご金きんが取れとれたって」「御ご金きんがそんなに取れるとれるように見えみえますか」「だって宅たくなんぞに比べれくらべれば、御前ごぜんさん、御ご金きんがいくらでも取れるとれる方ほうじゃないか」 姉あねは自分じぶんの宅たくの活計かっけいを標準ひょうじゅんにしていた。
相そう変らかわらず口数くちかずの多いおおい彼女かのじょは、比田ひでんが月々つきづき貰うもらうものを満足まんぞくに持っもって帰っかえった例れいのない事ことや、俸給ほうきゅうの少ないすくない割わりに交際費こうさいひの要るいる事ことや、宿直しゅくちょくが多いおおいので弁当べんとう代だいだけでも随分ずいぶんの額がくに上るのぼる事ことや、毎月まいつきの不足ふそくはやっと盆暮ぼんくれの賞与しょうよで間に合わまにあわせている事ことなどを詳しくくわしく健三けんぞうに話しはなして聞かきかせた。
「その賞与しょうよだって、そっくり私わたくしの手てに渡しわたしてくれるんじゃないんだからね。だけど近頃ちかごろじゃ私たちわたくしたち二人ふたりはまあ隠居いんきょ見みたようなもので、月々つきづき食料しょくりょうを彦ひこさんの方ほうへ遣っつかって賄まかないなってもらってるんだから、少しすこしは楽らくにならなけりゃならない訳わけさ」 養子ようしと経済けいざいを別々べつべつにしながら一所いっしょの家いえに住んすんでいた姉あね夫婦ふうふは、自分じぶんたちの搗いついた餅もちだの、自分じぶんたちの買っかった砂糖さとうだのという特別とくべつな食物しょくもつを有っあっていた。
自分じぶんたちの所ところへ来きた客きゃくに出すだす御馳走ごちそうなどもきっと自分じぶんたちの懐中かいちゅうから払うはらう事ことにしているらしかった。
健三けんぞうは殆んどほとんど考えかんがえの及ばおよばないような眼付めつきをして、極端きょくたんに近いちかい一いち種しゅの個人こじん主義しゅぎの下したに存在そんざいしているこの一家いっかの経済けいざい状態じょうたいを眺めながめた。
しかし主義しゅぎも理窟りくつも有ゆうたない姉あねにはまたこれほど自然しぜんな現象げんしょうはなかったのである。
「健けんちゃんなんざ、こんな真似まねをしなくっても済むすむんだから好いよいやあね。それに腕うでがあるんだから、稼ぎかせぎさいすりゃいくらでも欲しいほしいだけの御ご金きんは取れるとれるしさ」 彼女かのじょのいう事ことを黙っだまって聞いきいていると、島田しまだなどはどこへ行っいったか分らわからなくなってしまいがちであった。
それでも彼女かのじょは最後さいごに付け加えつけくわえた。
「まあ好いよいやね。面倒臭くめんどうくさくなったら、その内うち都合つごうの好いよい時じに上げあげましょうとか何なんとかいって帰しかえしてしまえば。それでも蒼蠅さばえいなら留守るすを御ご遣いつかいよ。構うかまう事ことはないから」 この注意ちゅういは如何にいかにも姉あねらしく健三けんぞうの耳みみに響いひびいた。
姉あねから要領ようりょうを得とくられなかった彼かれはまた比田ひでんを捉まえつかまえて同じおなじ質問しつもんを掛けかけて見みた。
比田ひでんはただ、大丈夫だいじょうぶというだけであった。
「何しろなにしろ故この通りとおりあの地面じめんと家作かさくを有っあってるんだから、そう困っこまっていない事ことは慥たしかでさあ。それに御藤おふじさんの方ほうへは御ご縫ぬいさんの方ほうからちゃんちゃんと送金そうきんはあるしさ。何なんでも好いよい加減かげんな事ことをいって来るくるに違いないから放っはなって御ご置きおきなさい」 比田ひでんのいう事こともやっぱり好いよい加減かげんの範囲はんいを脱しだっし得とくない上っ調子うえっちょうしのものには相違そういなかった。
六十一ろくじゅういち
しまいに健三けんぞうは細君さいくんに向っむかった。
「一体いったいどういうんだろう、今いまの島田しまだの実際じっさいの境遇きょうぐうっていうのは。姉あねに訊いきいても比田ひでんに訊いきいても、本当ほんとうの所ところが能くよく分らわからないが」 細君さいくんは気きのなさそうに夫おっとの顔かおを見上げみあげた。
彼女かのじょは産さんに間まもない大きなおおきな腹はらを苦しくるしそうに抱えかかえて、朱塗しゅぬりの船底ふなぞこ枕まくらの上うえに乱れみだれた頭あたまを載せのせていた。
「そんなに気きになさるなら、御自分ごじぶんで直じかに調べしらべて御覧ごらんになるが好いよいじゃありませんか。そうすればすぐ分るわかるでしょう。御ご姉あねえさんだって、今いまあの人ひとと交際こうさいっていらっしゃらないんだから、そんな確かくな事ことの知れしれているはずがないと思いおもいますわ」「己おのれにはそんな暇ひまなんかないよ」「それじゃ放っはなって御ご置きおきになればそれまででしょう」 細君さいくんの返事へんじには、男おとこらしくもないという意味いみで、健三けんぞうを非難ひなんする調子ちょうしがあった。
腹はらで思っおもっている事ことでもそうむやみに口くちへ出しだしていわない性質せいしつに出来上っできあがった彼女かのじょは、自分じぶんの生家せいかと夫おっととの面白くおもしろくない間柄あいだがらについてさえ、余りあまり言葉ことばに現わしあらわしてつべこべ弁じ立てべんじたてなかった。
自分じぶんと関係かんけいのない島田しまだの事ことなどはまるで知らしらないふりをして澄ましすましている日ひも少なくすくなくなかった。
彼女かのじょの持っもった心こころの鏡かがみに映るうつる神経質しんけいしつな夫おっとの影かげは、いつも度胸どきょうのない偏窟へんくつな男おとこであった。
「放っはなって置けおけ?」 健三けんぞうは反問はんもんした。
細君さいくんは答えこたえなかった。
「今までいままでだって放っはなって置いおいてるじゃないか」 細君さいくんはなお答えこたえなかった。
健三けんぞうはぷいと立ったって書斎しょさいへ入っはいった。
島田しまだの事ことに限らかぎらず二人ふたりの間まにはこういう光景こうけいが能くよく繰り返さくりかえされた。
その代りかわり前後ぜんごの関係かんけいで反対はんたいの場合ばあいも時じには起っおこった。
――「御ご縫ぬいさんが脊髄せきずい病やまいなんだそうだ」「脊髄せきずい病やまいじゃ六ろくずかしいでしょう」「とても助かるたすかる見込みこみはないんだとさ。それで島田しまだが心配しんぱいしているんだ。あの人ひとが死ぬしぬと柴野しばのと御藤おふじさんとの縁えんが切れきれてしまうから、今までいままで毎月まいつき送っおくってくれた例れいの金きんが来きなくなるかも知れしれないってね」「可哀想かわいそうね今いまから脊髄せきずい病やまいなんぞに罹っかかっちゃ。まだ若いわかいんでしょう」「己おのれより一いちつ上うえだって話しはなしたじゃないか」「子供こどもはあるの」「何なんでも沢山たくさんあるような様子ようすだ。幾いく人ひとだか能くよく訊いきいて見みないが」 細君さいくんは成人せいじんしない多くおおくの子供こどもを後あとへ遺しのこして死にしにに行くいく、まだ四十よんじゅうに充たみたない夫人ふじんの心持こころもちを想像そうぞうに描いえがいた。
間近まぢかに逼っせまったわが産さんの結果けっかも新たあらたに気遣わきづかわれ始めはじめた。
重じゅうそうな腹はらを眼めの前まえに見みながら、それほど心配しんぱいもしてくれない男おとこの気分きぶんが、情なくなさけなくもありまた羨ましくうらやましくもあった。
夫おっとはまるで気きが付かつかなかった。
「島田しまだがそんな心配しんぱいをするのも必竟ひっきょうは平生へいぜいが悪いわるいからなんだろうよ。何なんでも嫌わいやわれているらしいんだ。島田しまだにいわせると、その柴野しばのという男おとこが酒さけ食いでくいで喧嘩けんか早くはやくって、それで何時なんじまで経っきょうっても出世しゅっせが出来できなくって、仕方しかたがないんだそうだけれども、どうもそればかりじゃないらしい。やっぱり島田しまだの方ほうが愛想あいそを尽かさつかされているに違いないんだ」「愛想あいそを尽かさつかされなくったって、そんなに子供こどもが沢山たくさんあっちゃどうする事ことも出来できないでしょう」「そうさ。軍人ぐんじんだから大方おおかた己おのれと同じおなじように貧乏びんぼうしているんだろうよ」「一体いったいあの人ひとはどうしてその御藤おふじさんて人ひとと――」 細君さいくんは少しすこし躊躇ちゅうちょした。
健三けんぞうには意味いみが解らわからなかった。
細君さいくんはいい直しなおした。
「どうしてその御藤おふじさんて人ひとと懇意こんいになったんでしょう」 御藤おふじさんがまだ若いわかい未亡人みぼうじんであった頃ころ、何なんかの用ようで扱こき所ところへ出でなければならない事ことの起っおこった時じ、島田しまだはそういう場所ばしょへ出でつけない女おんな一人ひとりを、気の毒きのどくに思っおもって、色々いろいろ親切しんせつに世話せわをして遣っつかったのが、二人ふたりの間まに関係かんけいの付くつく始まりはじまりだと、健三けんぞうは小さいちいさい時分じぶんに誰だれかから聴いきいて知っしっていた。
しかし恋愛れんあいという意味いみをどう島田しまだに応用おうようして好いよいか、今いまの彼かれには解らわからなかった。
「慾よくも手伝ってつだったに違いないね」 細君さいくんは何なんともいわなかった。
六十二ろくじゅうに
不治ふじの病気びょうきに悩まさなやまされているという御ご縫ぬいさんについての報知ほうちが健三けんぞうの心こころを和げやわらげた。
何なん年ねんぶりにも顔かおを合せあわせた事ことのない彼かれとその人ひととは、度々たびたび会わあわなければならなかった昔むかしでさえ、殆んどほとんど親しくしたしく口くちを利いきいた例れいがなかった。
席せきに着くつくときも座ざを立つたつときも、大抵たいていは黙礼もくれいを取りとり換かえわせるだけで済ましすましていた。
もし交際こうさいという文字もじをこんな間柄あいだがらにも使いつかい得るうるならば、二人ふたりの交際こうさいは極めてきわめて淡くあわくそうして軽いかるいものであった。
強烈きょうれつな好いよい印象いんしょうのない代りかわりに、少しすこしも不快ふかいの記憶きおくに濁さにごされていないその人ひとの面影おもかげは、島田しまだや御ご常つねのそれよりも、今いまの彼かれに取っとって遥かはるかに尊かっとうとかった。
人類じんるいに対するたいする慈愛じあいの心こころを、硬くかたくなりかけた彼かれから唆りそそり得るうる点てんにおいて。
また漠然ばくぜんとして散漫さんまんな人類じんるいを、比較的ひかくてき判明はんめいした一人ひとりの代表者だいひょうしゃに縮めちぢめてくれる点てんにおいて。
――彼かれは死のうしのうとしているその人ひとの姿すがたを、同情どうじょうの眼めを開いひらいて遠くとおくに眺めながめた。
それと共ともに彼かれの胸むねには一種いっしゅの利り害心がいしんが働いはたらいた。
何なん時じ起るおこるかも知れしれない御ご縫ぬいさんの死しは、狡猾こうかつな島田しまだにまた彼かれを強請るねだる口実こうじつを与えるあたえるに違いなかった。
明らかあきらかにそれを予想よそうした彼かれは、出来る限りできるかぎりそれを避けさけたいと思っおもった。
しかし彼かれはこの場合ばあいどうして避けるさけるかの策略さくりゃくを講ずるこうずる男おとこではなかった。
「衝突しょうとつして破裂はれつするまで行くいくより外そとに仕方しかたがない」 彼かれはこう観念かんねんした。
彼かれは手てを拱いこまぬいで島田しまだの来るくるのを待ち受けまちうけた。
その島田しまだの来るくる前まえに突然とつぜん彼かれの敵てきの御ご常つねが訪ねたずねて来ようこようとは、彼かれも思い掛けおもいかけなかった。
細君さいくんは何時もいつもの通りとおり書斎しょさいに坐っすわっている彼かれの前まえに出でて、「あの波多野はたのって御ご婆ばあさんがとうとう遣っつかって来きましたよ」といった。
彼かれは驚ろくおどろくよりもむしろ迷惑めいわくそうな顔かおをした。
細君さいくんにはその態度たいどが愚図々々ぐずぐずしている臆病おくびょうもののように見えみえた。
「御ご会いあいになりますか」 それは、会うあうなら会うあう、断ることわるなら断ることわる、早くはやくどっちかに極めきわめたら好かろうよかろうという言葉ことばの遣いつかい方ほうであった。
「会うあうから上げろあげろ」 彼かれは島田しまだの来きた時じと同じおなじ挨拶あいさつをした。
細君さいくんは重苦しおもくるしそうに身みを起しおこして奥おくへ立ったった。
座敷ざしきへ出でた時じ、彼かれは粗末そまつな衣服いふくを身みに纏っまとって、丸まっちくまるまっちく坐っすわっている一人ひとりの婆ばあさんを見みた。
彼かれの心こころで想像そうぞうしていた御ご常つねとは全くまったく変っかわっているその質朴しつぼくな風采ふうさいが、島田しまだよりも遥かはるかに強くつよく彼かれを驚ろかしおどろかした。
彼女かのじょの態度たいども島田しまだに比べるくらべるとむしろ反対はんたいであった。
彼女かのじょはまるで身分みぶんの懸隔けんかくでもある人ひとの前まえへ出でたような様子ようすで、鄭てい寧ねいに頭あたまを下げさげた。
言葉ことば遣けんも慇懃いんぎんを極めきわめたものであった。
健三けんぞうは小供こどもの時分じぶん能くよく聞かさきかされた彼女かのじょの生家せいかの話はなしを思い出しおもいだした。
田舎いなかにあったその住居じゅうきょも庭園ていえんも、彼女かのじょの叙述じょじゅつによると、善ぜんを尽しつくし美びを尽しつくした立派りっぱなものであった。
床ゆかの下したを水みずが縦横じゅうおうに流れながれているという特色とくしょくが、彼女かのじょの何時なんじでも繰り返すくりかえす重要じゅうような点てんであった。
南天なんてんの柱はしら――そういう言葉ことばもまだ健三けんぞうの耳みみに残っのこっていた。
しかし小さいちいさい健三けんぞうはその宏大こうだいな屋敷やしきがどこの田舎いなかにあるのかまるで知らしらなかった。
それから一度いちども其その所ところへ連れつれて行かいかれた覚さとしがなかった。
彼女かのじょ自身じしんも、健三けんぞうの知っしっている限りかぎり、一度いちども自分じぶんの生れうまれたその大きなおおきな家いえへ帰っかえった事ことがなかった。
彼女かのじょの性格せいかくを朧気おぼろきながら見抜くみぬくように、彼かれの批評ひひょう眼めがだんだん肥えこえて来きた時じ、彼かれはそれもまた彼女かのじょの空想くうそうから出るでる例れいの法螺ほらではないかと考え出しかんがえだした。
健三けんぞうは自分じぶんを出来るだけできるだけ富有ふゆうに、上品じょうぼんに、そして善良ぜんりょうに、見せみせたがったその女おんなと、今いま彼かれの前まえに畏まっかしこまって坐っすわっている白髪頭しらがあたまの御ご婆ばあさんとを比較ひかくして、時間じかんの齎しもたらした対照たいしょうに不思議ふしぎそうな眼めを注いそそいだ。
御ご常つねは昔むかしから肥りふとり肉にくの女おんなであった。
今いま見るみる御ご常つねも依然いぜんとして肥っふとっていた。
どっちかというと、昔むかしよりも今いまの方ほうがかえって肥っふとっていはしまいかと疑れうたぐれる位くらいであった。
それにもかかわらず、彼女かのじょは全くまったく変化へんかしていた。
どこから見みても田舎育ちいなかそだちの御ご婆ばあさんであった。
多少たしょう誇張こちょうしていえば、籠かごに入れいれた麦焦しむぎこがしを背中せなかへ脊負っせおって近在きんざいから出でて来るくる御ご婆ばあさんであった。
六十三ろくじゅうさん
「ああ変っかわった」 顔かおを見合せみあわせた刹那せつなに双方そうほうは同じおなじ事ことを一度いちどに感じ合っかんじあった。
けれどもわざわざ訪ねたずねて来きた御ご常つねの方ほうには、この変化へんかに対するたいする予期よきと準備じゅんびが充分じゅうぶんにあった。
ところが健三けんぞうにはそれが殆んどほとんど欠けかけていた。
従っしたがって不意ふいに打たうたれたものは客きゃくよりもむしろ主人しゅじんであった。
それでも健三けんぞうは大してたいして驚ろいおどろいた様子ようすを見せみせなかった。
彼かれの性質せいしつが彼かれにそうしろと命令めいれいする外そとに、彼かれは御ご常つねの技巧ぎこうから溢れ出るあふれでる戯曲ぎきょく的まと動作どうさを恐れおそれた。
今更いまさらこの女おんなの遣るやる芝居しばいを事こと新らしくあたらしく観かんせられるのは、彼かれに取っとって堪えこらえがたい苦痛くつうであった。
なるべくなら彼かれは先方せんぽうの弱点じゃくてんを未然みぜんに防ぎふせぎたかった。
それは彼女かのじょのためでもあり、また自分じぶんのためでもあった。
彼かれは彼女かのじょから今までいままでの経歴けいれきをあらまし聞き取っききとった。
その間まには人世じんせいと切り離すきりはなす事ことの出来できない多少たしょうの不幸ふこうが相応そうおうに纏綿てんめんしているらしく見えみえた。
島田しまだと別れわかれてから二に度目どめに嫁よめづいた波多野はたのと彼女かのじょとの間まにも子こが生れうまれなかったので、二人ふたりは或ある所ところから養女ようじょを貰っもらって、それを育てるそだてる事ことにした。
波多野はたのが死んしんで何なん年ねん目めにか、あるいはまだ生きいきている時分じぶんにか、それは御ご常つねもいわなかったが、その貰いもらい娘むすめに養子ようしが来きたのである。
養子ようしの商売しょうばいは酒屋さかやであった。
店みせは東京とうきょうのうちでも随分ずいぶん繁華はんかな所ところにあった。
どの位くらいな程度ていどの活計かっけいをしていたものか能くよく分らわからないが、困っこまったとか、窮しきゅうしたとかいう弱いよわい言葉ことばは御ご常つねの口くちを洩れもれなかった。
その内うち養子ようしが戦争せんそうに出でて死んしんだので、女おんなだけでは店みせが持ちもち切れきれなくなった。
親子おやこはやむをえずそれを畳んたたんで、郊外こうがい近くちかくに住んすんでいる或ある身み縁えんを頼りたよりに、ずっと辺鄙へんぴな所ところへ引越しひっこした。
其その所ところで娘むすめに二に度目どめの夫おっとが出来るできるまでは、死んしんだ養子ようしの遺族いぞくへ毎年まいとし下がるさがる扶助ふじょ料りょうだけで活計かっけいを立てたてて行っいった。
…… 御ご常つねの物語りものがたりは健三けんぞうの予期よきに反しはんしてむしろ平静へいせいであった。
誇張こちょうした身ぶりみぶりだの、仰山ぎょうさんな言葉ことば遣けんだの、当とう込こみの台詞せりふだのは、それほど多くおおく出でて来きなかった。
それにもかかわらず彼かれは自分じぶんとこの御ご婆ばあさんの間まに、少しすこしの気脈きみゃくも通じつうじていない事ことに気きが付いついた。
「ああそうですか、それはどうも」 健三けんぞうの挨拶あいさつは簡単かんたんであった。
普通ふつうの受じゅ答えこたえとしても短たん過ぎるすぎるこの一句いっくを彼女かのじょに与えあたえたぎりで、彼かれは別段べつだん物もの足りたりなさを感じかんじ得とくなかった。
「昔むかしの因果いんがが今いまでもやっぱり祟ったたっているんだ」 こう思っおもった彼かれはさすがに好いよい心持こころもちがしなかった。
どっちかというと泣きなきたがらない質しつに生れうまれながら、時々ときどきは何故なぜ本当ほんとうに泣けるなける人ひとや、泣けるなける場合ばあいが、自分じぶんの前まえに出でて来きてくれないのかと考えるかんがえるのが彼かれの持前もちまえであった。
「己おのれの眼めは何時なんじでも涙なみだが湧いわいて出るでるように出来できているのに」 彼かれは丸まっちくまるまっちくなって座蒲団ざふとんの上うえに坐っすわっている御ご婆ばあさんの姿すがたを熟視じゅくしした。
そうして自分じぶんの眼めに涙なみだを宿すやどす事ことを許さゆるさない彼女かのじょの性格せいかくを悲しくかなしく観じかんじた。
彼かれは紙入かみいれの中なかにあった五ご円えん紙幣しへいを出しだして彼女かのじょの前まえに置いおいた。
「失礼しつれいですが、車くるまへでも乗っのって御ご帰りかえり下さいください」 彼女かのじょはそういう意味いみで訪問ほうもんしたのではないといって一応いちおう辞退じたいした上うえ、健三けんぞうからの贈りものおくりものを受け納めうけおさめた。
気の毒きのどくな事ことに、その贈り物おくりものの中なかには、疎いうとい同情どうじょうが入っはいっているだけで、露わあらわな真心まごころは籠っこもっていなかった。
彼女かのじょはそれを能くよく承知しょうちしているように見えみえた。
そうして何時なんじの間まにか離れ離れはなればなれになった人間にんげんの心こころと心こころは、今更いまさら取り返しとりかえしの付かつかないものだから、諦たいらめるより外そとに仕方しかたがないという風かぜにふるまった。
彼かれは玄関げんかんに立ったって、御ご常つねの帰っかえって行くいく後姿うしろすがたを見送っみおくった。
「もしあの憐れんな御ご婆ばあさんが善人ぜんにんであったなら、私わたくしは泣くなく事ことが出来できたろう。泣けなけないまでも、相手あいての心こころをもっと満足まんぞくさせる事ことが出来できたろう。零落れいらくした昔むかししの養い親やしないおやを引き取っひきとって死水しにみずを取っとって遣るやる事ことも出来できたろう」 黙っだまってこう考えかんがえた健三けんぞうの腹はらの中なかは誰だれも知るしる者ものがなかった。
六十四ろくじゅうよん
「とうとう遣っつかって来きたのね、御ご婆ばあさんも。今までいままでは御ご爺じいさんだけだったのが、御ご爺じいさんと御ご婆ばあさんと二人ふたりになったのね。これからは二人ふたりに祟らたたられるんですよ、貴夫たかおは」 細君さいくんの言葉ことばは珍らしくめずらしく乾いぬい燥いかわいでいた。
笑談しょうだんとも付かつかず、冷評れいひょうとも付かつかないその態度たいどが、感想かんそうに沈んしずんだ健三けんぞうの気分きぶんを不快ふかいに刺戟しげきした。
彼かれは何なんとも答えこたえなかった。
「またあの事ことをいったでしょう」 細君さいくんは同じおなじ調子ちょうしで健三けんぞうに訊いきいた。
「あの事ことた何なんだい」「貴夫たかおが小さいちいさいうち寐ぬ小便しょうべんをして、あの御ご婆ばあさんを困らしこまらしたって事ことよ」 健三けんぞうは苦笑くしょうさえしなかった。
けれども彼かれの腹はらの中なかには、御ご常つねが何故なぜそれをいわなかったかの疑問ぎもんが既にすでに横わっよこたわっていた。
彼女かのじょの名前なまえを聞いきいた刹那せつなの健三けんぞうは、すぐその弁口べんこうに思い到っおもいいたった位くらい、御ご常つねは能くよく喋舌るしゃべる女おんなであった。
ことに自分じぶんを護るまもる事ことに巧みたくみな技倆ぎりょうを有っあっていた。
他ほかの口車くちぐるまに乗せのせられやすい、また見え透いみえすいた御世辞ごせじを嬉しうれしがりがちな健三けんぞうの実父じっぷは、何時なんじでも彼女かのじょを賞めるほめる事ことを忘れわすれなかった。
「感心かんしんな女おんなだよ。だいち身上しんじょう持もちが好いよいからな」 島田しまだの家庭かていに風波ふうはの起っおこった時じ、彼女かのじょはあるだけの言葉ことばを父ちちの前まえに並べ立てならべたててた。
そうしてその言葉ことばの上うえにまた悲しいかなしい涙なみだと口惜しいくやしい涙なみだとを多量たりょうに振り掛けふりかけた。
父ちちは全くまったく感動かんどうした。
すぐ彼女かのじょの味方みかたになってしまった。
御世辞ごせじが上手じょうずだという点てんにおいて健三けんぞうの父ちちは彼かれの姉あねをも大変たいへん可愛かわいがっていた。
無心むしんに来きられるたんびに、「そうそうは己おのれだって困るこまるよ」とか何なんとかいいながら、いつか入用にゅうようだけの金子かねこは手文庫てぶんこから取出さとりだされていた。
「比田ひでんはあんな奴やつだが、御ご夏なつが可か愛想あいそだから」 姉あねの帰っかえった後あとで、父ちちは何時なんじでも弁解べんかいらしい言葉ことばを傍そばのものに聞こえるきこえるようにいった。
しかしこれほど父ちちを自由じゆうにした姉あねの口先くちさきは、御ご常つねに比べるくらべると遥かはるかに下手へたであった。
真ししんしやかという点てんにおいて遠くとおく及ばおよばなかった。
実際じっさい十六じゅうろく、七ななになった時じの健三けんぞうは、彼女かのじょと接触せっしょくした自分じぶん以外いがいのもので、果してはたしてその性格せいかくを見抜いみぬいたものが何人なんにんあるだろうかと、一時いちじ疑っうたがって見みた位くらい、彼女かのじょの口くちは旨かっうまかった。
彼女かのじょに会うあうときの健三けんぞうが、心中しんじゅう迷惑めいわくを感じかんじたのは大部分だいぶぶんこの口くちにあった。
「御前ごぜんを育てそだてたものはこの私わたくしだよ」 この一句いっくを二に時間じかんでも三さん時間じかんでも布衍ふえんして、幼少ようしょうの時分じぶん恩おんになった記憶きおくをまた新らしくあたらしく復習ふくしゅうさせられるのかと思うおもうと、彼かれは辟易へきえきした。
「島田しまだは御前ごぜんの敵てきだよ」 彼女かのじょは自分じぶんの頭あたまの中なかに残っのこっているこの古いふるい主観しゅかんを、活動かつどう写真しゃしんのように誇張こちょうして、また彼かれの前まえに露ろけ出すけだすに極っきょくっていた。
彼かれはそれにも辟易へきえきしない訳わけに行かいかなかった。
どっちを聴くきくにしても涙なみだが交こうるに違いなかった。
彼かれは装飾そうしょく的まとに使用しようされるその涙なみだを見るみるに堪えこらえないような心持こころもちがした。
彼女かのじょは話すはなす時じに姉あねのような大きなおおきな声こえを出すだす女おんなではなかった。
けれども自分じぶんの必要ひつようと思うおもう場合ばあいには、その言葉ことばに厭いやらしい強いつよい力ちからを入れいれた。
円朝えんちょうの人情にんじょう噺はなしに出でて来るくる女おんなが、長いながい火箸ひばしを灰はいの中なかに突き刺しつきさし突き刺しつきさし、他ほかに騙さだまされた恨はんを述べのべて、相手あいてを困らこまらせるのとほぼ同じおなじ態度たいどでまた同じおなじ口調くちょうであった。
彼かれの予期よきが外れはずれた時じ、彼かれはそれを仕合せしあわせと考えるかんがえるよりもむしろ不思議ふしぎに思うおもう位くらい、御ご常つねの性格せいかくが牢ろうとして崩すくずすべからざる判明はんめいした一種いっしゅの型かたになって、彼かれの頭あたまのどこかに入っはいっていたのである。
細君さいくんは彼かれのために説明せつめいした。
「三十さんじゅう年ねん近くちかくにもなる古いふるい事ことじゃありませんか。向うむこうだって今いまとなりゃ少しすこしは遠慮えんりょがあるでしょう。それに大抵たいていの人ひとはもう忘れわすれてしまいまさあね。それから人間にんげんの性質せいしつだって長いながい間まには少しすこしずつ変っかわって行きいきますからね」 遠慮えんりょ、忘却ぼうきゃく、性質せいしつの変化へんか、それらのものを前まえに並べならべて考えかんがえて見みても、健三けんぞうには少しすこしも合点がてんが行かいかなかった。
「そんな淡泊たんぱくした女おんなじゃない」 彼かれは腹はらの中なかでこういわなければどうしても承知しょうちが出来できなかった。
六十五ろくじゅうご
御ご常つねを知らしらない細君さいくんはかえって夫おっとの執拗しつようを笑っわらった。
「それが貴方あなたの癖くせだから仕方しかたがない」 平生へいぜい彼女かのじょの眼めに映るうつる健三けんぞうの一部分いちぶぶんはたしかにこうなのであった。
ことに彼かれと自分じぶんの生家せいかとの関係かんけいについて、夫おっとのこの悪いわるい癖くせが著るきるしく出でているように彼女かのじょは思っおもっていた。
「己がおのれが執拗しつようなのじゃない、あの女おんなが執拗しつようなのだ。あの女おんなと交際こうさいった事ことのない御前ごぜんには、己おのれの批評ひひょうの正しただしさ加減かげんが解らわからないからそんなあべこべをいうのだ」「だって現にげんに貴夫たかおの考えかんがえていた女おんなとはまるで違っちがった人ひとになって貴夫たかおの前まえへ出でて来きた以上いじょうは、貴夫たかおの方ほうで昔むかしの考えかんがえを取り消すとりけすのが当然とうぜんじゃありませんか」「本当ほんとうに違っちがった人ひとになったのなら何時なんじでも取り消すとりけすが、そうじゃないんだ。違っちがったのは上部じょうぶだけで腹はらの中なかは故この通りとおりなんだ」「それがどうして分るわかるの。新らしいあたらしい材料ざいりょうも何になんにもないのに」「御前ごぜんに分らわからないでも己おのれにはちゃんと分っわかってるよ」「随分ずいぶん独断どくだん的まとね、貴夫たかおも」「批評ひひょうが中っちゅうってさえいれば独断どくだん的まとで一向いっこう差支さしつかえないものだ」「しかしもし中っちゅうっていなければ迷惑めいわくする人ひとが大分おおいた出でて来るくるでしょう。あの御ご婆ばあさんは私わたくしと関係かんけいのない人ひとだから、どうでも構いかまいませんけれども」 健三けんぞうには細君さいくんの言葉ことばが何なんを意味いみしているのか能くよく解っわかった。
しかし細君さいくんはそれ以上いじょう何なんもいわなかった。
腹はらの中なかで自分じぶんの父母ふぼ兄弟きょうだいを弁護べんごしている彼女かのじょは、表ひょう向むかい夫おっとと遣り合っやりあって行けるいける所ところまで行くいく気きはなかった。
彼女かのじょは理智りちに富んとんだ性質せいしつではなかった。
「面倒めんどう臭いくさい」 少しすこし込み入っこみいった議論ぎろんの筋道すじみちを辿らたどらなければならなくなると、彼女かのじょはきっとこういって当面とうめんの問題もんだいを投げなげた。
そうして解決かいけつを付けるつけるまで進ますすまないために起るおこる面倒臭めんどうしゅうさは何時なんじまでも辛抱しんぼうした。
しかしその辛抱しんぼうは自分自身じぶんじしんに取っとって決してけっして快よいこころよいものではなかった。
健三けんぞうから見るみるとなおさら心持こころもちが悪かっわるかった。
「執拗しつようだ」「執拗しつようだ」 二人ふたりは両方りょうほうで同じおなじ非難ひなんの言葉ことばを御ご互たがいの上うえに投げかけなげかけ合っあった。
そうして御ご互たがいに腹はらの中なかにある蟠とぐろまりを御ご互たがいの素もと振ぶりから能くよく読んよんだ。
しかもその非難ひなんに理由りゆうのある事こともまた御ご互たがいに認め合わみとめあわなければならなかった。
我慢がまんな健三けんぞうは遂についに細君さいくんの生家せいかへ行かいかなくなった。
何故なぜ行かいかないとも訊かきかず、また時々ときどき行っいってくれとも頼またのまずにただ黙っだまっていた細君さいくんは、依然いぜんとして「面倒めんどう臭いくさい」を心こころの中なかに繰り返すくりかえすぎりで、少しすこしもその態度たいどを改めようあらためようとしなかった。
「これで沢山たくさんだ」「己おのれもこれで沢山たくさんだ」 また同じおなじ言葉ことばが双方そうほうの胸むねのうちでしばしば繰り返さくりかえされた。
それでも護謨ごむ紐ひものように弾力性だんりょくせいのある二人ふたりの間柄あいだがらには、時じにより日ひによって多少たしょうの伸縮しんしゅくがあった。
非常ひじょうに緊張きんちょうして何時なんじ切れるきれるか分らわからないほどに行き詰っいきづまったかと思うおもうと、それがまた自然しぜんの勢いきおいで徐々じょじょ元もとへ戻っもどって来きた。
そうした日和ひよりの好いよい精神せいしん状態じょうたいが少しすこし継続けいぞくすると、細君さいくんの唇くちびるから暖かいあたたかい言葉ことばが洩れもれた。
「これは誰だれの子こ?」 健三けんぞうの手てを握っにぎって、自分じぶんの腹はらの上うえに載せのせた細君さいくんは、彼かれにこんな問もんを掛けかけたりした。
その頃ころ細君さいくんの腹はらはまだ今いまのように大きくおおきくはなかった。
しかし彼女かのじょはこの時じ既にすでに自分じぶんの胎内たいないに蠢めきうごめき掛けかけていた生なまの脈搏みゃくはくを感じかんじ始めはじめたので、その微動びどうを同情どうじょうのある夫おっとの指頭しとうに伝えようつたえようとしたのである。
「喧嘩けんかをするのはつまり両方りょうほうが悪いわるいからですね」 彼女かのじょはこんな事こともいった。
それほど自分じぶんが悪いわるいと思っおもっていない頑固がんこな健三けんぞうも、微笑びしょうするより外そとに仕方しかたがなかった。
「離れれはなれればいくら親しくしたしくってもそれぎりになる代りかわりに、一所いっしょにいさえすれば、たとい敵てき同志どうしでもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間にんげんなんだろう」 健三けんぞうは立派りっぱな哲理てつりでも考え出しかんがえだしたように首くびを捻っひねった。
六十六ろくじゅうろく
御ご常つねや島田しまだの事こと以外いがいに、兄あにと姉あねの消息しょうそくも折々おりおり健三けんぞうの耳みみに入っはいった。
毎年まいとし時候じこうが寒くさむくなるときっと身体しんたいに故障こしょうの起るおこる兄あには、秋口あきぐちからまた風邪かぜを引いひいて一いち週間しゅうかんほど局きょくを休んやすんだ揚句あげく、気分きぶんの悪いわるいのを押しおして出勤しゅっきんした結果けっか、幾いく日ひ経っきょうっても熱ねつが除れとれないで苦しんくるしんでいた。
「つい無理むりをするもんだから」 無理むりをして月給げっきゅうの寿命じゅみょうを長くながくするか、養生ようじょうをして免職めんしょくの時期じきを早めるはやめるか、彼かれには二につの内うちどっちかを択ぶえらぶより外そとに仕方しかたがないように見えみえたのである。
「どうも肋膜ろくまくらしいっていうんだがね」 彼かれは心細いこころぼそい顔かおをした。
彼かれは死しを恐れおそれた。
肉にくの消滅しょうめつについて何人なんにんよりも強いつよい畏怖いふの念ねんを抱いいだいていた。
そうして何人なんにんよりも強いつよい速度そくどで、その肉塊にくかいを減らしへらして行かいかなければならなかった。
健三けんぞうは細君さいくんに向っむかっていった。
――「もう少しすこし平気へいきで休んやすんでいられないものかな。責めせめて熱ねつの失くなるなくなるまででも好いよいから」「そうしたいのは山々やまやまなんでしょうけれども、やッぱりやっぱりそうは出来できないんでしょう」 健三けんぞうは時々ときどき兄あにが死んしんだあとの家族かぞくを、ただ活計かっけいの方面ほうめんからのみ眺めるながめる事ことがあった。
彼かれはそれを残酷ざんこくながら自然しぜんの眺めながめ方ほうとして許しゆるしていた。
同時どうじにそういう観察かんさつから逃れるのがれる事ことの出来できない自分じぶんに対したいして一種いっしゅの不快ふかいを感じかんじた。
彼かれは苦いにがい塩しおを嘗めなめた。
「死にしにやしまいな」「まさか」 細君さいくんは取り合わとりあわなかった。
彼女かのじょはただ自分じぶんの大きなおおきな腹はらを持て余しもてあましてばかりいた。
生家せいかと縁故えんこのある産婆さんばが、遠いとおい所ところから俥くるまに乗っのって時々ときどき遣けんて来きた。
彼かれはその産婆さんばが何なんをしに来きて、また何なんをして帰っかえって行くいくのか全くまったく知らしらなかった。
「腹はらでも揉むもむのかい」「まあそうです」 細君さいくんははかばかしい返事へんじさえしなかった。
その内うち兄あにの熱ねつがころりと除れとれた。
「御ご祈祷きとうをなすったんですって」 迷信めいしん家いえの細君さいくんは加持かじ、祈祷きとう、占いうらない、神かみ信心しんじん、大抵たいていの事ことを好いよいていた。
「御前ごぜんが勧めすすめたんだろう」「いいえそれが私わたくしなんぞの知らしらない妙みょうな御ご祈祷きとうなのよ。何なんでも髪剃かみそりを頭あたまの上うえへ載せのせて遣るやるんですって」 健三けんぞうには髪剃かみそりの御蔭みかげで、しこじらした体熱たいねつが除れようとれようとも思えおもえなかった。
「気きのせいで熱ねつが出るでるんだから、気きのせいでそれがまた直じか除れるとれるんだろうよ。髪剃かみそりでなくったって、杓子しゃくしでも鍋蓋なべぶたでも同じおなじ事ことさ」「しかしいくら御ご医者いしゃの薬くすりを飲んのんでも癒らなおらないもんだから、試しためしに遣っつかって見みたらどうだろうって勧めすすめられて、とうとう遣る気やるきになったんですって、どうせ高いたかい御ご祈祷きとう代だいを払っはらったんじゃないんでしょう」 健三けんぞうは腹はらの中なかで兄あにを馬鹿ばかだと思っおもった。
また熱ねつの除れるとれるまで薬くすりを飲むのむ事ことの出来できない彼かれの内状ないじょうを気の毒きのどくに思っおもった。
髪剃かみそりの御蔭みかげでも何なんでも熱ねつが除れとれさえすればまず仕合せしあわせだとも思っおもった。
兄あにが癒るなおると共ともに姉あねがまた喘息ぜんそくで悩みなやみ出しだした。
「またかい」 健三けんぞうは我われ知らしらずこういって、ふと女房にょうぼうの持病じびょうを苦くにしない比田ひでんの様子ようすを想いおもい浮べうかべた。
「しかし今度こんどは何時もいつもより重いおもいんですって。ことによると六ろくずかしいかも知れしれないから、健三けんぞうに見舞みまいに行くいくようにそういってくれって仰あおぐゃいました」 兄あにの注意ちゅういを健三けんぞうに伝えつたえた細君さいくんは、重苦しおもくるしそうに自分じぶんの尻しりを畳たたみの上うえに着けつけた。
「少しすこし立ったっていると御腹おなかの具合ぐあいが変へんになって来きて仕方しかたがないんです。手てなんぞ延ばしのばして棚たなに載っのっているものなんかとても取れとれやしません」 産さんが逼るせまるほど妊婦にんぷは運動うんどうすべきものだ位くらいに考えかんがえていた健三けんぞうは意外いがいな顔かおをした。
下腹部かふくぶだの腰こしの周囲しゅういの感じかんじがどんなに退たい儀ぎであるかは全くまったく彼かれの想像そうぞうの外そとにあった。
彼かれは活動かつどうを強いるしいる勇気ゆうきも自信じしんも失なっうしなった。
「私わたくしとても御見舞おみまいには参れまいれませんよ」「無論むろん御前ごぜんは行かいかなくっても好いよい。己がおのれが行くいくから」
六十七ろくじゅうなな
その頃ころの健三けんぞうは宅たくへ帰るかえると甚しいはなはだしい倦怠けんたいを感じかんじた。
ただ仕事しごとをした結果けっかとばかりは考えかんがえられないこの疲労ひろうが、一層いっそう彼かれを出で不精ぶしょうにした。
彼かれはよく昼ひる寐ぬをした。
机つくえに倚っよって書物しょもつを眼めの前まえに開けあけている時じですら、睡魔すいまに襲わおそわれる事ことがしばしばあった。
愕然がくぜんとして仮かり寐ぬの夢ゆめから覚めさめた時じ、失わうしなわれた時間じかんを取り返さとりかえさなければならないという感じかんじが一層いっそう強くつよく彼かれを刺さし撃げきした。
彼かれは遂についに机つくえの前まえを離れるはなれる事ことが出来できなくなった。
括り付けくくりつけられた人ひとのように書斎しょさいに凝とじっとしていた。
彼かれの良心りょうしんはいくら勉強べんきょうが出来できなくっても、いくら愚図々々ぐずぐずしていても、そういう風かぜに凝とじっと坐っすわっていろと彼かれに命令めいれいするのである。
かくして四よん、五ご日ひは徒らいたずらに過ぎすぎた。
健三けんぞうが漸くようやく津つの守坂まもるさかへ出掛けでかけた時じは六ろくずかしいかも知れしれないといった姉あねが、もう回復期かいふくきに向っむかっていた。
「まあ結構けっこうです」 彼かれは尋常じんじょうの挨拶あいさつをした。
けれども腹はらの中なかでは狐きつねにでも抓まつままれたような気きがした。
「ああ、でも御蔭みかげさまでね。――姉さんあねさんなんざあ、生きいきていたってどうせ他ほかの厄介やっかいになるばかりで何なんの役やくにも立たたたないんだから、好いよい加減かげんな時分じぶんに死ぬしぬと丁度ちょうど好いよいんだけれども、やっぱり持っもって生れうまれた寿命じゅみょうだと見えみえてこればかりは仕方しかたがない」 姉あねは自分じぶんのいう裏うらを健三けんぞうから聴きききたい様子ようすであった。
しかし彼かれは黙っだまって烟草たばこを吹かしふかしていた。
こんな些細ささいの点てんにも姉弟していの気風きふうの相違そういは現われあらわれた。
「でも比田ひでんのいるうちは、いくら病身びょうしんでも無能むのうでも私わたくしが生きいきていて遣らやらないと困るこまるからね」 親類しんるいは亭主ていしゅ孝行こうこうという名なで姉あねを評しひょうし合っあっていた。
それは女房にょうぼうの心尽しこころづくしなどに対したいして余りあまりに無頓着むとんちゃく過ぎるすぎる比田ひでんを一方いっぽうに置いおいてこの姉あねの態度たいどを見るみると、むしろ気の毒きのどくな位くらい親切しんせつだったからである。
「私ゃわたしゃ本当ほんとうに損そんな生れうまれ付ふでね。良人おっととはまるであべこべなんだから」 姉あねの夫おっと思いおもいは全くまったく天性てんせいに違いなかった。
けれども比田ひでんが時じとして理りの徹らとおらない我儘わがままをいい募るつのるように、彼女かのじょは訳わけの解らわからない実意じつい立たてをしてかえって夫おっとを厭いやがらせる事ことがあった。
それに彼女かのじょは縫針ぬいはりの道みちを心得こころえていなかった。
手習てならいをさせても遊芸ゆうげいを仕込んしこんでも何なん一いちつ覚えるおぼえる事ことの出来できなかった彼女かのじょは、嫁よめに来きてから今日きょうまで、ついぞ夫おっとの着物きもの一いち枚ばい縫っぬった例れいがなかった。
それでいて彼女かのじょは人一倍ひといちばい勝気かちきな女おんなであった。
子供こどもの時分じぶん強情ごうじょを張っちょうった罰ばつとして土蔵どぞうの中なかに押し込めおしこめられた時じ、小用こように行きいきたいから是非ぜひ出しだしてくれ、もし出さださなければ倉くらの中なかで用ようを足すたすが好いよいかといって、網戸あみどの内外ないがいで母ははと論判ろんぱんをした話はなしはいまだに健三けんぞうの耳みみに残っのこっていた。
そう思うおもうと自分じぶんとは大変たいへん懸けかけ隔っへだたったようでいて、その実じつどこか似通っにかよった所ところのあるこの腹はら違いの姉あねの前まえに、彼かれは反省はんせいを強いつよいられた。
「姉あねはただ露骨ろこつなだけなんだ。教育きょういくの皮かわを剥けむけば己おのれだって大したたいした変りかわりはないんだ」 平生へいぜいの彼かれは教育きょういくの力ちからを信じしんじ過ぎすぎていた。
今いまの彼かれはその教育きょういくの力ちからでどうする事ことも出来できない野生的やせいてきな自分じぶんの存在そんざいを明らかあきらかに認めみとめた。
かく事実じじつの上うえにおいて突然とつぜん人間にんげんを平等びょうどうに視みた彼かれは、不断ふだんから軽蔑けいべつしていた姉あねに対したいして多少たしょう極りきまりの悪いわるい思おもうをしなければならなかった。
しかし姉あねは何になんにも気きが付かつかなかった。
「御ご住じゅうさんはどうです。もう直じか生れるうまれるんだろう」「ええ落おちこちそうな腹はらをして苦しくるしがっています」「御産ごさんは苦しいくるしいもんだからね。私わたくしも覚さとしがあるが」 久しくひさしく不妊ふにん性せいと思わおもわれていた姉あねは、片付いかたづいて何なん年ねん目めかになって始めてはじめて一人ひとりの男の子おとこのこを生んうんだ。
年歯ねんしを取っとってからの初産ういざんだったので、当人とうにんも傍そばのものも大分おおいた心配しんぱいした割わりに、それほどの危険きけんもなく胎児たいじを分娩ぶんべんしたが、その子こはすぐ死んしんでしまった。
「軽はずみかるはずみをしないように用心ようじんおしよ。――宅たくでも彼子かれこがいると少しすこしは依怙えこになるんだがね」
六十八ろくじゅうはち
姉あねの言葉ことばには昔むかしし亡くしなくしたわが子こに対するたいする思い出おもいでの外そとに、今いまの養子ようしに飽き足らあきたらない意味いみも含まふくまれていた。
「彦ひこちゃんがもう少しすこし確乎かっこしていてくれると好いよいんだけれども」 彼女かのじょは時々ときどき傍そばのものにこんな述懐じゅっかいを洩らしもらした。
彦ひこちゃんは彼女かのじょの予期よきするような大したたいした働き手はたらきてでないにせよ、至極しごく穏やかおだやかな好人物こうじんぶつであった。
朝っぱらあさっぱらから酒さけを飲まのまなくっちゃいられない人ひとだという噂うわさを耳みみにした事ことはあるが、その他ほかの点てんについて深いぶかい交渉こうしょうを有ゆうたない健三けんぞうには、どこが不足ふそくなのか能くよく解らわからなかった。
「もう少しすこし御ご金きんを取っとってくれると好いよいんだけどもね」 無論むろん彦ひこちゃんは養父母ようふぼを楽らくに養えるやしなえるだけの収入しゅうにゅうを得とくていなかった。
しかし比田ひでんも姉あねも彼かれを育てそだてた時じの事ことを思えおもえば、今更いまさらそんな贅沢ぜいたくのいえた義理ぎりでもなかった。
彼かれらは彦ひこちゃんをどこの学校がっこうへも入れいれて遣らやらなかった。
僅わずかばかりでも彼かれが月給げっきゅうを取るとるようになったのは、養父母ようふぼに取っとってむしろ僥倖ぎょうこうといわなければならなかった。
健三けんぞうは姉あねの不平ふへいに対したいして眼めに見えるみえるほどの注意ちゅういを払いはらいかねた。
昔むかしし死んしんだ赤ん坊あかんぼうについては、なおの事こと同情どうじょうが起らおこらなかった。
彼かれはその生なま顔かおを見みた事ことがなかった。
その死顔しにがおも知らしらなかった。
名前なまえさえ忘れわすれてしまった。
「何なんとかいいましたね、あの子こは」「作太郎さくたろうさ。あすこに位牌いはいがあるよ」 姉あねは健三けんぞうのために茶の間ちゃのまの壁かべを切り抜いきりぬいて拵えこしらえた小さいちいさい仏壇ぶつだんを指し示しさししめした。
薄暗いうすぐらいばかりでなく小汚ないこぎたないその中なかには先祖せんぞからの位牌いはいが五ごつ六ろくつ並んならんでいた。
「あの小さいちいさい奴やつがそうですか」「ああ、赤ん坊あかんぼうのだからね、わざと小さくちいさく拵えこしらえたんだよ」 立ったって行っいって戒名かいみょうを読むよむ気きにもならなかった健三けんぞうは、やはり故この所ところに坐っすわったまま、黒塗くろぬりの上うえに金字きんじで書いかいた小形おがたの札さつのようなものを遠くとおくから眺めながめていた。
彼かれの顔かおには何なんの表情ひょうじょうもなかった。
自分じぶんの二に番目ばんめの娘むすめが赤痢せきりに罹っかかって、もう少しすこしで命いのちを奪らとられるところだった時じの心配しんぱいと苦痛くつうさえ聯想れんそうし得とくなかった。
「姉さんあねさんもこんなじゃ何時なんじああなるか分らわからないよ、健けんちゃん」 彼女かのじょは仏壇ぶつだんから眼めを放しはなして健三けんぞうを見みた。
健三けんぞうはわざとその視線しせんを避けさけた。
心細いこころぼそい事ことを口くちにしながら腹はらの中なかでは決してけっして死ぬしぬと思っおもっていない彼女かのじょのいい草いいぐさには、世間せけん並なみの年寄としよりと少しすこし趣おもむきを異ことにしている所ところがあった。
慢性まんせいの病気びょうきが何なん時じまでも継続けいぞくするように、慢性まんせいの寿命じゅみょうがまた何時なんじまでも継続けいぞくするだろうと彼女かのじょには見えみえたのである。
其その所ところへ彼女かのじょの癇性かんしょうが手伝ってつだった。
彼女かのじょはどんなに気き息苦しくいきぐるしくっても、いくら他ほかから忠告ちゅうこくされても、どうしても居いながら用ようを足そうたそうといわなかった。
這うはうようにしてでも厠かわやまで行っいった。
それから子供こどもの時じからの習慣しゅうかんで、朝あさはきっと肌はだ抜ぬけになって手水ちょうずを遣っつかった。
寒いさむい風かぜが吹こうふこうが冷たいつめたい雨あめが降ろうふろうが決してけっしてやめなかった。
「そんな心細いこころぼそい事ことをいわずに、出来るだけできるだけ養生ようじょうをしたら好いよいでしょう」「養生ようじょうはしているよ。健けんちゃんから貰うもらう御ご小遣こづかいの中なかで牛乳ぎゅうにゅうだけはきっと飲むのむ事ことに極めきわめているんだから」 田舎いなかものが米べいの飯めしを食うくうように、彼女かのじょは牛乳ぎゅうにゅうを飲むのむのが凡てすべての養生ようじょうででもあるかのような事ことをいった。
日ひに日ひに損なわそこなわれて行くいくわが健康けんこうを意識いしきしつつ、この姉あねに養生ようじょうを勧めるすすめる健三けんぞうの心こころの中なかにも、「他事たじじゃない」という馬鹿ばからしさが遠くとおくに働はたらけらいていた。
「私わたくしも近頃ちかごろは具合ぐあいが悪くわるくってね。ことによると貴方あなたより早くはやく位牌いはいになるかも知れしれませんよ」 彼かれの言葉ことばは無論むろん根ねのない笑談しょうだんとして姉あねの耳みみに響いひびいた。
彼かれもそれを承知しょうちの上うえでわざと笑っわらった。
しかし自らみずから健康けんこうを損いそこないつつあると確かくに心得こころえながら、それをどうする事ことも出来できない境遇きょうぐうに置かおかれた彼かれは、姉あねよりもかえって自分じぶんの方ほうを憐んあわれんだ。
「己おのれのは黙っだまって成しなし崩しくずしに自殺じさつするのだ。気の毒きのどくだといってくれるものは一人ひとりもありゃしない」 彼かれはそう思っおもって姉あねの凹みへこみ込んこんだ眼めと、痩けこけた頬ほおと、肉にくのない細いほそい手てとを、微笑びしょうしながら見みていた。
六十九ろくじゅうきゅう
姉あねは細かいこまかい所ところに気きの付くつく女おんなであった。
従っしたがって細かいこまかい事ことにまでよく好奇心こうきしんを働はたらけらかせたがった。
一面いちめんにおいて馬鹿ばか正直しょうじきな彼女かのじょは、一面いちめんにおいてまた変へんな廻りまわり気きを出すだす癖くせを有っあっていた。
健三けんぞうが外国がいこくから帰っかえって来きた時じ、彼女かのじょは自家じかの生計せいけいについて、他ほかの同情どうじょうに訴えうったえ得るうるような憐れあわれっぽい事実じじつを彼かれの前まえに並べならべた。
しまいに兄あにの口くちを借りかりて、いくらでも好いよいから月々つきづき自分じぶんの小遣こづかいとして送っおくってくれまいかという依頼いらいを持ち出しもちだした。
健三けんぞうは身分みぶん相応そうおうな額がくを定めさだめた上うえ、また兄あにの手てを経きょうて先方せんぽうへその旨むねを通知つうちしてもらう事ことにした。
すると姉あねから手紙てがみが来きた。
長ながさんの話はなしでは御前ごぜんさんが月々つきづきいくらいくら私わたくしに遣るやるという事ことだが、実際じっさい御前ごぜんさんの、呉れるくれるといった金高きんだかはどの位くらいなのか、長ながさんに内所ないしょでちょっと知らしらせてくれないかと書いかいてあった。
姉あねはこれから毎月まいつき中なか取次とりつぎをする役やくに当るあたるかも知れしれない兄あにの心事しんじを疑ぐっうたぐったのである。
健三けんぞうは馬うま鹿しか々々しく思っおもった。
腹はら立たてしくも感じかんじた。
しかし何なんより先さきに浅間あさましかった。
「黙っだまっていろ」と怒鳴り付けどなりつけて遣りやりたくなった。
彼かれの姉あねに宛てあてた返事へんじは、一いち枚ばいの端書はしがきに過ぎすぎなかったけれども、こうした彼かれの気分きぶんを能くよく現わしあらわしていた。
姉あねはそれぎり何なんともいって来きなかった。
無筆むひつな彼女かのじょは最初さいしょの手紙てがみさえ他ほかに頼んたのんで書いかいてもらったのである。
この出来事できごとが健三けんぞうに対するたいする姉あねを前まえよりは一層いっそう遠慮えんりょがちにした。
何なんでも蚊かでも訊きききたがる彼女かのじょも、健三けんぞうの家庭かていについては、当り障りあたりさわりのない事ことの外そと、多くおおく口くちを開かひらかなかった。
健三けんぞうも自分じぶんら夫婦ふうふの間柄あいだがらを彼女かのじょの前まえで問題もんだいにしようなどとはかつて想い到らおもいいたらなかった。
「近頃ちかごろ御ご住じゅうさんはどうだい」「まあ相そう変らかわらずです」 会話かいわはこの位くらいで切り上げきりあげられる場合ばあいが多かっおおかった。
間接かんせつに細君さいくんの病気びょうきを知っしっている姉あねの質問しつもんには、好奇心こうきしん以外いがいに、親切しんせつから来るくる懸念けねんも大分おおいた交っかっていた。
しかしその懸念けねんは健三けんぞうに取っとって何なんの役やくにも立たたたなかった。
従っしたがって彼女かのじょの眼めに見えるみえる健三けんぞうは、何時もいつも親しみしたしみがたい無愛想むあいそな変人へんじんに過ぎすぎなかった。
淋しいさびしい心持こころもちで、姉あねの家いえを出でた健三けんぞうは、足あしに任せまかせて北きたへ北きたへと歩いあるいて行っいった。
そうしてついぞ見みた事こともない新開地しんかいちのような汚ないきたない、町まちの中なかへ入っはいった。
東京とうきょうで生れうまれた彼かれは方角ほうがくの上うえにおいて、自分じぶんの今いま踏んふんでいる場所ばしょを能くよく弁えわきまえていた。
けれども其その所ところには彼かれの追憶ついおくを誘うさそう何物なにものも残っのこっていなかった。
過去かこの記念きねんが悉くことごとく彼かれの眼めから奪わうばわれてしまった大地だいちの上うえを、彼かれは不思議ふしぎそうに歩いあるいた。
彼かれは昔むかしあった青田あおたと、その青田あおたの間まを走るはしる真直まっすぐな径けいとを思い出しおもいだした。
田たの尽るつきる所ところには三さん、四よん軒のきの藁葺わらぶき屋根やねが見えみえた。
菅笠すががさを脱いぬいで床几しょうぎに腰こしを掛けかけながら、心太ところてんを食っしょくっている男おとこの姿すがたなどが眼めに浮んうかんだ。
前まえには野原のはらのように広いひろい紙漉かみすき場ばがあった。
其その所ところを折れ曲っおれまがって町まちつづきへ出るでると、狭いせまい川かわに橋はしが懸っかかっていた。
川かわの左右さゆうは高いたかい石垣いしがきで積み上げつみあげられているので、上うえから見下すみくだす水みずの流れながれには存外ぞんがいの距離きょりがあった。
橋はしの袂たもとにある古風こふうな銭湯せんとうの暖簾のれんや、その隣となりの八百屋やおやの店先みせさきに並んならんでいる唐茄子とうなすなどが、若いわかい時じの健三けんぞうによく広重ひろしげの風景画ふうけいがを聯想れんそうさせた。
しかし今いまでは凡てすべてのものが夢ゆめのように悉くことごとく消え失せきえうせていた。
残っのこっているのはただ大地だいちばかりであった。
「何時なんじこんなに変っかわったんだろう」 人間にんげんの変っかわって行くいく事ことにのみ気きを取らとられていた健三けんぞうは、それよりも一層いっそう劇しいはげしい自然しぜんの変りかわり方ほうに驚ろかさおどろかされた。
彼かれは子供こどもの時分じぶん比田ひでんと将棋しょうぎを差しさした事ことを偶然ぐうぜん思いだしおもいだした。
比田ひでんは盤ばんに向うむこうと、これでも所沢ところざわの藤吉ふじよしさんの御ご弟子でしだからなというのが癖くせであった。
今いまの比田ひでんも将棋盤しょうぎばんを前まえに置けおけば、きっと同じおなじ事ことをいいそうな男おとこであった。
「己おのれ自身じしんは必竟ひっきょうどうなるのだろう」 衰ろえるだけで案外あんがい変らかわらない人間にんげんのさまと、変るかわるけれども日ひに栄えはえて行くいく郊外こうがいの様子ようすとが、健三けんぞうに思いがけおもいがけない対照たいしょうの材料ざいりょうを与えあたえた時じ、彼かれは考えかんがえない訳わけに行かいかなかった。
七十ななじゅう
元気げんきのない顔かおをして宅たくへ帰っかえって来きた彼かれの様子ようすがすぐ細君さいくんの注意ちゅういを惹いひいた。
「御ご病人びょうにんはどうなの」 あるゆる人間にんげんが何時なんじか一度いちどは到着とうちゃくしなければならない最後さいごの運命うんめいを、彼女かのじょは健三けんぞうの口くちから判然はんぜん聞こうきこうとするように見えみえた。
健三けんぞうは答こたえを与えるあたえる先さきに、まず一種いっしゅの矛盾むじゅんを意識いしきした。
「何なんもう好いよいんだ。寐ぬてはいるが危篤きとくでも何なんでもないんだ。まあ兄貴あにきに騙さだまされたようなものだね」 馬鹿ばからしいという気きが幾分いくぶんか彼かれの口くち振ぶりに出でた。
「騙さだまされてもその方ほうがいくら好いよいか知れしれやしませんわ、貴夫たかお。もしもの事ことでもあって御覧ごらんなさい、それこそ……」「兄貴あにきが悪いわるいんじゃない。兄貴あにきは姉あねに騙さだまされたんだから。その姉あねはまた病気びょうきに騙さだまされたんだ。つまり皆みなな騙さだまされているようなものさ、世の中よのなかは。一番いちばん利口りこうなのは比田ひでんかも知れしれないよ。いくら女房にょうぼうが煩はんらったって、決してけっして騙さだまされないんだからね」「やっぱり宅たくにいないの」「いるもんか。尤ももっとも非道くひどく悪かっわるかった時じはどうだか知らしらないが」 健三けんぞうは比田ひでんの振ぶり下げさげている金きん時計とけいと金鎖かなくさりの事ことを思い出しおもいだした。
兄あにはそれを天麩羅てんぷらだろうといって陰かげで評しひょうしていたが、当人とうにんはどこまでも本物ほんものらしく見せびらかしみせびらかしたがった。
金きん着せきせにせよ、本物ほんものにせよ、彼かれがどこでいくらで買っかったのか知るしるものは誰だれもなかった。
こういう点てんに掛けかけては無頓着むとんちゃくでいられない性分しょうぶんの姉あねも、ただ好いよい加減かげんにその出処しゅっしょを推察すいさつするに過ぎすぎなかった。
「月賦げっぷで買っかったに違いないよ」「ことによると質しつの流れながれかも知れしれない」 姉あねは聴かきかれもしないのに、兄あにに向っむかって色々いろいろな説明せつめいをした。
健三けんぞうには殆どほとんど問題もんだいにならない事ことが、彼かれらの間まに想像そうぞうの種しゅを幾いく個こでも卸しおろした。
そうされればされるほどまた比田ひでんは得意とくいらしく見えみえた。
健三けんぞうが毎月まいつき送るおくる小遣こづかいさえ時々ときどき借りかりられてしまうくせに、姉あねはついに夫おっとの手元てもとに入るはいる、または現在げんざい手元てもとにある、金高きんだかを決してけっして知るしる事ことが出来できなかった。
「近頃ちかごろは何なんでも債券さいけんを二に、三さん枚ばい持っもっているようだよ」 姉あねの言葉ことばはまるで隣となりの宅たくの財産ざいさんでもいい中なかてるように夫おっとから遠ざかっとおざかっていた。
姉あねをこういう地位ちいに立たたたせて平気へいきでいる比田ひでんは、健三けんぞうから見るみると領解りょうかいしがたい人間にんげんに違いなかった。
それがやむをえない夫婦関係ふうふかんけいのように心得こころえて辛抱しんぼうしている姉あね自身じしんも健三けんぞうには分らわからなかった。
しかし金銭きんせん上うえあくまで秘密ひみつ主義しゅぎを守りまもりながら、時々ときどき姉あねの予期よきに釣り合わつりあわないようなものを買い込んかいこんだり着込んきこんだりして、妄りみだりに彼女かのじょを驚ろかおどろかせたがる料簡りょうけんに至っいたっては想像そうぞうさえ及ばおよばなかった。
妻つまに対するたいする虚栄心きょえいしんの発現はつげん、焦らさじらされながらも夫おっとを腕利うでききと思うおもう妻つまの満足まんぞく。
――この二につのものだけでは到底とうてい充分じゅうぶんな説明せつめいにならなかった。
「金きんの要るいる時じも他人たにん、病気びょうきの時じも他人たにん、それじゃただ一所いっしょにいるだけじゃないか」 健三けんぞうの謎なぞは容易よういに解けとけなかった。
考えるかんがえる事ことの嫌いやな細君さいくんはまた何なんという評ひょうも加えくわえなかった。
「しかし己おのれたち夫婦ふうふも世間せけんから見れみれば随分ずいぶん変っかわってるんだから、そう他ほかの事ことばかりとやかくいっちゃいられないかも知れしれない」「やっぱり同どうなじ事ことですわ。みんな自分じぶんだけは好いよいと思っおもってるんだから」 健三けんぞうはすぐ癪しゃくに障っさわった。
「御前ごぜんでも自分じぶんじゃ好いよいつもりでいるのかい」「いますとも。貴夫たかおが好いよいと思っおもっていらっしゃる通りとおりに」 彼かれらの争いあらそいは能くよくこういう所ところから起っおこった。
そうして折角せっかく穏やかおだやかに静まっしずまっている双方そうほうの心こころを攪き乱しみだした。
健三けんぞうはそれを慎みつつしみの足りたりない細君さいくんの責せめに帰しかえした。
細君さいくんはまた偏窟へんくつで強情ごうじょな夫おっとのせいだとばかり解釈かいしゃくした。
「字じが書けかけなくっても、裁縫さいほうが出来できなくっても、やっぱり姉あねのような亭主ていしゅ孝行こうこうな女おんなの方ほうが己おのれは好きすきだ」「今時いまどきそんな女おんながどこの国くににいるもんですか」 細君さいくんの言葉ことばの奥おくには、男おとこほど手前勝手てまえかってなものはないという大きなおおきな反感はんかんが横わっよこたわっていた。
七十一ななじゅういち
筋道すじみちの通っとおった頭あたまを有っあっていない彼女かのじょには存外ぞんがい新らしいあたらしい点てんがあった。
彼女かのじょは形式的けいしきてきな昔むかし風かぜの倫理観りんりかんに囚われるとらわれるほど厳重げんじゅうな家庭かていに人ひととならなかった。
政治家せいじかを以いて任じにんじていた彼女かのじょの父ちちは、教育きょういくに関しかんして殆んどほとんど無定見むていけんであった。
母はははまた普通ふつうの女おんなのように八釜しくやかましく子供こどもを育てそだて上るのぼる性質せいしつでなかった。
彼女かのじょは宅たくにいて比較的ひかくてき自由じゆうな空気くうきを呼吸こきゅうした。
そうして学校がっこうは小学校しょうがっこうを卒業そつぎょうしただけであった。
彼女かのじょは考えかんがえなかった。
けれども考えかんがえた結果けっかを野性やせい的まとに能くよく感じかんじていた。
「単にたんに夫おっとという名前なまえが付いついているからというだけの意味いみで、その人ひとを尊敬そんけいしなくてはならないと強いつよいられても自分じぶんには出来できない。もし尊敬そんけいを受けうけたければ、受けうけられるだけの実質じっしつを有っあった人間にんげんになって自分じぶんの前まえに出でて来るくるが好いよい。夫おっとという肩書かたがきなどはなくっても構わかまわないから」 不思議ふしぎにも学問がくもんをした健三けんぞうの方ほうはこの点てんにおいてかえって旧式きゅうしきであった。
自分じぶんは自分じぶんのために生きいきて行かいかなければならないという主義しゅぎを実現じつげんしたがりながら、夫おっとのためにのみ存在そんざいする妻つまを最初さいしょから仮定かていして憚からはばからなかった。
「あらゆる意味いみから見みて、妻つまは夫おっとに従属じゅうぞくすべきものだ」 二人ふたりが衝突しょうとつする大根だいこんは此これ所ところにあった。
夫おっとと独立どくりつした自己じこの存在そんざいを主張しゅちょうしようとする細君さいくんを見るみると健三けんぞうはすぐ不快ふかいを感じかんじた。
ややともすると、「女おんなのくせに」という気きになった。
それが一段いちだん劇しくはげしくなると忽ちたちまち「何なんを生意気なまいきな」という言葉ことばに変化へんかした。
細君さいくんの腹はらには「いくら女おんなだって」という挨拶あいさつが何なん時じでも貯えたくわえてあった。
「いくら女おんなだって、そう踏みふみ付ふにされて堪るたまるものか」 健三けんぞうは時じとして細君さいくんの顔かおに出るでるこれだけの表情ひょうじょうを明かあきらかに読んよんだ。
「女おんなだから馬鹿ばかにするのではない。馬鹿ばかだから馬鹿ばかにするのだ、尊敬そんけいされたければ尊敬そんけいされるだけの人格じんかくを拵えるこしらえるがいい」 健三けんぞうの論理ろんりは何時なんじの間まにか、細君さいくんが彼かれに向っむかって投げるなげる論理ろんりと同じおなじものになってしまった。
彼かれらはかくして円いまりい輪わの上うえをぐるぐる廻っまわって歩いあるいた。
そうしていくら疲れつかれても気きが付かつかなかった。
健三けんぞうはその輪わの上うえにはたりと立ち留るたちどまる事ことがあった。
彼かれの留るとまる時じは彼かれの激昂げっこうが静まるしずまる時じに外そとならなかった。
細君さいくんはその輪わの上うえでふと動かうごかなくなる事ことがあった。
しかし細君さいくんの動かうごかなくなる時じは彼女かのじょの沈滞ちんたいが融けとけ出すだす時じに限っかぎっていた。
その時じ健三けんぞうは漸くようやく怒号どごうをやめた。
細君さいくんは始めはじめて口くちを利ききき出しだした。
二人ふたりは手てを携えたずさえて談笑だんしょうしながら、やはり円いまりい輪わの上うえを離れるはなれる訳わけに行かいかなかった。
細君さいくんが産さんをする十じゅう日ひばかり前まえに、彼女かのじょの父ちちが突然とつぜん健三けんぞうを訪問ほうもんした。
生憎あいにく留守るすだった彼かれは、夕暮ゆうぐれに帰っかえってから細君さいくんにその話はなしを聞いきいて首くびを傾むけかたむけた。
「何なんか用ようでもあったのかい」「ええ少しすこし御ご話しはなししたい事ことがあるんですって」「何なんだい」 細君さいくんは答えこたえなかった。
「知らしらないのかい」「ええ。また二に、三さん日ひうちに上っのぼって能くよく御ご話はなしをするからって帰りかえりましたから、今度こんど参っまいったら直じかに聞いきいて下さいください」 健三けんぞうはそれより以上いじょう何なんもいう事ことが出来できなかった。
久しくひさしく細ほそ君きみの父ちちを訪ねたずねないでいた彼かれは、用事ようじのあるなしにかかわらず、向うむこうがわざわざこっちへ出掛けでかけて来ようこようなどとは夢ゆめにも予期よきしなかった。
その不審ふしんが例れいより彼かれの口数くちかずを多くおおくする源みなもと因いんになった。
それとは反対はんたいに細君さいくんの言葉ことばはかえって常つねよりも少なかっすくなかった。
しかしそれは彼かれがよく彼女かのじょにおいて発見はっけんする不平ふへいや無愛嬌むあいきょうから来るくる寡言かげんとも違っちがっていた。
夜よるは何時なんじの間まにやら全くまったくの冬ふゆに変化へんかしていた。
細いほそい燈火とうかの影かげを凝とじっと見詰めみつめていると、灯あかりは動かうごかないで風かぜの音おとだけが烈しくはげしく雨戸あまどに当っあたった。
ひゅうひゅうと樹木じゅもくの鳴るなるなかに、夫婦ふうふは静かしずかな洋燈らんぷを間まに置いおいて、しばらく森もりと坐っすわっていた。
七十二ななじゅうに
「今日きょう父ちちが来きました時じ、外套がいとうがなくって寒かんそうでしたから、貴方あなたの古いふるいのを出しだして遣りやりました」 田舎いなかの洋服ようふく屋やで拵えこしらえた
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