虞美人草

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十一

第 11 章
蟻ありは甘かんきに集まりあつまり、人ひとは新しきあたらしきに集まるあつまる。
文明ぶんめいの民みんは劇烈げきれつなる生存せいぞんのうちに無聊ぶりょうをかこつ。
立ちたちながら三さん度どの食しょくにつくの忙きに堪えこらえて、路上ろじょうに昏睡こんすいの病やまいを憂ううれう。
生なまを縦横じゅうおうに託したくして、縦横じゅうおうに死しを貪るむさぼるは文明ぶんめいの民みんである。
文明ぶんめいの民みんほど自己じこの活動かつどうを誇るほこるものなく、文明ぶんめいの民みんほど自己じこの沈滞ちんたいに苦しむくるしむものはない。
文明ぶんめいは人ひとの神経しんけいを髪剃かみそりに削っけずって、人ひとの精神せいしんを擂木と鈍くにぶくする。
刺激しげきに麻痺まひして、しかも刺激しげきに渇くかわくものは数すうを尽くしつくして新らしきあたらしき博覧会はくらんかいに集まるあつまる。
狗いぬは香こうを恋いこい、人ひとは色いろに趁る。
狗いぬと人ひととはこの点てんにおいてもっとも鋭敏えいびんな動物どうぶつである。
紫衣しいと云いいい、黄き袍ほうと云いいい、青あお衿えりと云ういう。
皆人みなひとを呼び寄せるよびよせるの道具どうぐに過ぎすぎぬ。
土堤どていを走るはしる弥次馬やじうまは必ずかならずいろいろの旗はたを担ぐかつぐ。
担がたんがれて懸命けんめいに櫂かいを操るあやつるものは色いろに担がたんがれるのである。
天下てんか、天狗てんぐの鼻はなより著しあらわしきものはない。
天狗てんぐの鼻はなは古えいにしえより赫奕かくえきとして赤あかである。
色いろのある所ところは千里せんりを遠しとおしとせず。
すべての人ひとは色いろの博覧会はくらんかいに集まるあつまる。
蛾がは灯あかりに集まりあつまり、人ひとは電光でんこうに集まるあつまる。
輝やくかがやくものは天下てんかを牽くひく。
金銀きんぎん、※※、瑪瑙めのう、琉璃るり、閻浮えんぶ檀だん金きん、の属ぞくを挙げあげて、ことごとく退屈たいくつの眸ひとみを見張らしみはらして、疲れつかれたる頭あたまを我われ破はと跳ねはね起さおこさせるために光るひかるのである。
昼ひるを短たんかしとする文明ぶんめいの民みんの夜会やかいには、あらわなる肌はだに鏤たる宝石ほうせきが独りひとり幅はばを利かすきかす。
金剛石こんごうせきは人ひとの心こころを奪ううばうが故こに人ひとの心こころよりも高価こうかである。
泥海どろうみに落つるおつる星ほしの影かげは、影かげながら瓦かわらよりも鮮せんに、見るみるものの胸むねに閃くひらめく。
閃くひらめく影かげに躍るおどる善ぜん男子だんし、善ぜん女子じょしは家いえを空しゅうくうしゅうしてイルミネーションいるみねーしょんに集まるあつまる。
文明ぶんめいを刺激しげきの袋ふくろの底そこに篩い寄せるふるいよせると博覧会はくらんかいになる。
博覧会はくらんかいを鈍なまくらき夜よるの砂すなに漉せこせば燦さんたるイルミネーションいるみねーしょんになる。
いやしくも生きいきてあらば、生きいきたる証拠しょうこを求めもとめんがためにイルミネーションいるみねーしょんを見みて、あっと驚かおどろきかざるべからず。
文明ぶんめいに麻痺まひしたる文明ぶんめいの民みんは、あっと驚くおどろく時じ、始めはじめて生きいきているなと気きがつく。
花電車はなでんしゃが風かぜを截っきって来るくる。
生きいきている証拠しょうこを見みてこいと、積み込んつみこんだ荷にを山下やました雁がん鍋なべの辺へんで卸すおろす。
雁がん鍋なべはとくの昔むかしに亡くなっなくなった。
卸さおろしされた荷物にもつは、自己じこが亡くならなくならんとしつつある名誉めいよを回復かいふくせんと森もりの方ほうにぞろぞろ行くいく。
岡おかは夜よるを掠めかすめて本郷ほんごうから起るおこる。
高きたかき台だいを朧おぼろに浮かしうかして幅はば十じゅう町まちを東ひがしへなだれる下り口おりぐちは、根津ねづに、弥生やよいに、切り通しきりどおしに、驚ろかおどろかんとするものを枡ますで料っりょうって下谷したやへ通すとおす。
踏み合うふみあう黒いくろい影かげはことごとく池の端いけのはたにあつまる。
――文明ぶんめいの人ひとほど驚ろきおどろきたがるものはない。
松まつ高くたかくして花はなを隠さかくさず、枝えだの隙間すきまに夜よるを照らすてらす宵よい重なりかさなりて、雨あめも降りふり風かぜも吹くふく。
始めはじめは一いち片かたと落ちおち、次つぎには二に片かたと散るちる。
次つぎには数すううるひまにただはらはらと散るちる。
この間ま中なかは見るみるからに、万紅ばんこうを大地だいちに吹いふいて、吹かふかれたるものの地ちに届かとどけかざるうちに、梢こずえから後あとを追うおうて落ちおちて来きた。
忙がしいいそがしい吹雪ふぶきはいつか尽きつきて、今いまは残るのこる樹き頭あたまに嵐あらしもようやく収っおさむった。
星ほしならずして夜よるを護るまもる花はなの影かげは見えみえぬ。
同時どうじにイルミネーションいるみねーしょんは点いついた。
「あら」と糸子いとこが云ういう。
「夜よるの世界せかいは昼ひるの世界せかいより美しいうつくしい事こと」と藤尾ふじおが云ういう。
薄うすの穂ほを丸くまるく曲げまげて、左右さゆうから重なるかさなる金きんの閃くひらめく中なかに織り出しおりだした半月はんつきの数すうは分からぶんからず。
幅広はばひろに腰こしを蔽うおおう藤尾ふじおの帯おびを一いち尺さし隔てへだてて宗近むねちか君きみと甲野こうのさんが立ったっている。
「これは奇観きかんだ。ざっと竜宮りゅうぐうだね」と宗近むねちか君きみが云ういう。
「糸子いとこさん、驚いおどろいたようですね」と甲野こうのさんは帽子ぼうしを眉まゆ深くふかく被っかぶって立つたつ。
糸子いとこは振り返るふりかえる。
夜よるの笑わらいは水みずの中なかで詩しを吟ずるぎんずるようなものである。
思うおもう所ところへは届かとどけかぬかも知れしれぬ。
振り返るふりかえる人ひとの衣ころもの色いろは黄きに似にて夜よるを欺くあざむくを、黒いくろいものが幾筋いくすじも竪たてに刻んきざんでいる。
「驚いおどろいたかい」と今度こんどは兄あにが聞き直すききなおす。
「貴所きしょ方ほうは」と糸子いとこを差し置いさしおいて藤尾ふじおが振り返るふりかえる。
黒いくろい髪かみの陰かげから颯さっと白いしろい顔かおが映すうつす。
頬ほおの端はしは遠いとおい火光かこうを受けうけてほの赤いあかい。
「僕ぼくは三さん遍へん目めだから驚ろかおどろかない」と宗近むねちか君きみは顔かお一面いちめんを明かるいあかるい方ほうへ向けむけて云ういう。
「驚くおどろくうちは楽らくがあるもんだ。女おんなは楽らくが多くおおくて仕合せしあわせだね」と甲野こうのさんは長いながい体躯たいくを真直まっすぐに立てたてたまま藤尾ふじおを見下しみくだした。
黒いくろい眼めが夜よるを射いて動くうごく。
「あれが台湾たいわん館やかたなの」と何気なんげなき糸子いとこは水みずを横切っよこぎって指ゆびを点すともす。
「あの一番いちばん右みぎの前まえへ出でているのがそうだ。あれが一番いちばん善くよく出来できている。ねえ甲野こうのさん」「夜よる見るみると」甲野こうのさんがすぐ但書ただしがきを附け加えつけくわえた。
「ねえ、糸いと公こう、まるで竜宮りゅうぐうのようだろう」「本当ほんとうに竜宮りゅうぐうね」「藤尾ふじおさん、どう思うおもう」と宗近むねちか君きみはどこまでも竜宮りゅうぐうが得意とくいである。
「俗ぞくじゃありませんか」「何なんが、あの建物たてものがかね」「あなたの形容けいようがですよ」「ハハハハはははは甲野こうのさん、竜宮りゅうぐうは俗ぞくだと云ういう御ご意見いけんだ。俗ぞくでも竜宮りゅうぐうじゃないか」「形容けいようは旨くうまく中るあたると俗ぞくになるのが通例つうれいだ」「中るあたると俗ぞくなら、中らあたらなければ何なんになるんだ」「詩しになるでしょう」と藤尾ふじおが横合よこあいから答えこたえた。
「だから、詩しは実際じっさいに外れるはずれる」と甲野こうのさんが云ういう。
「実際じっさいより高いたかいから」と藤尾ふじおが註釈ちゅうしゃくする。
「すると旨くうまく中っちゅうった形容けいようが俗ぞくで、旨くうまく中らあたらなかった形容けいようが詩しなんだね。藤尾ふじおさん無味むみくって中らあたらない形容けいようを云っいって御覧ごらん」「云っいって見みましょうか。――兄さんあにさんが知っしってるでしょう。聴いきいて御覧ごらんなさい」と藤尾ふじおは鋭どいするどい眼めの角かくから欽吾きんごを見みた。
眼めの角かくは云ういう。
――無味むみくって中らあたらない形容けいようは哲学てつがくである。
「あの横よこにあるのは何なん」と糸子いとこが無邪気むじゃきに聞くきく。
※の線せんを闇やみに渡しわたして空そらを横よこに切るきるは屋根やねである。
竪たてに切るきるは柱はしらである。
斜めななめに切るきるは甍いらかである。
朧おぼろの奥おくに星ほしを埋めうめて、限りなきかぎりなき夜よるを薄黒くうすぐろく地ならしじならししたる上うえに、稲妻いなずまの穂ほは一いちを引いひいて虚空こくうを走っはしった。
二にを引いひいて上うえから落ちおちて来きた。
卍まんじを描いえがいて花火はなびのごとく地ちに近くちかく廻転かいてんした。
最後さいごに穂先ほさきを逆ぎゃくに返しかえして帝座ていざの真中まなかを貫けつらぬけとばかり抛げなげ上げあげた。
かくして塔とうは棟むねに入りいり、棟むねは床ゆかに連なっつらなって、不忍しのばずの池いけの、此方こちらから見渡すみわたす向むかいを、右みぎから左ひだりへ隙間すきまなく埋めうめて、大いなるおおいなる火ひの絵図面えずめんが出来できた。
藍あいを含むふくむ黒塗くろぬりに、金きんを惜まおしまぬ高蒔絵こうまきえは堂どうを描きえがき、楼ろうを描きえがき、廻廊かいろうを描きえがき、曲きょく欄らんを描きえがき、円えん塔とう方ほう柱はしらの数々かずかずを描きえがき尽しつくして、なお余りあまりあるを是非ぜひに用いもちい切らきらんために、描けるえがける上うえを往きゆきつ戻りもどりつする。
縦横じゅうおうに空そらを走るはしる※の線せんは一いち点てん一劃いっかくを乱すみだすことなく整然せいぜんとして一いち点てん一劃いっかくのうちに活きつきている。
動いうごいている。
しかも明かあきらかに動いうごいて、動くうごく限りかぎりは形かたちを崩すくずす気色けしきが見えみえぬ。
「あの横よこに見えるみえるのは何なん」と糸子いとこが聞くきく。
「あれが外国がいこく館やかた。ちょうど正面しょうめんに見えるみえる。ここから見るみるのが一番いちばん奇麗きれいだ。あの左ひだりにある高いたかい丸いまりい屋根やねが三菱みつびし館やかた。――あの恰好かっこが好いよい。何なんと形容けいようするかな」と宗近むねちか君きみはちょっと躊躇ちゅうちょした。
「あの真中まなかだけが赤いあかいのね」と妹いもうとが云ういう。
「冠かんに紅玉こうぎょくを嵌めはめたようだ事こと」と藤尾ふじおが云ういう。
「なるほど、天賞てんしょう堂どうの広告こうこく見みたようだ」と宗近むねちか君きみは知らしらぬ顔かおで俗ぞくにしてしまう。
甲野こうのさんは軽くかるく笑っわらって仰向いあおむいた。
空そらは低いひくい。
薄黒くうすぐろく大地だいちに逼るせまる夜よるの中途ちゅうとに、煮えにえ切らきらぬ星ほしが路頭ろとうに迷っまよって放下ほうかがっている。
柱はしらと連なりつらなり、甍いらかと積むつむ万まん点てんの※は逆しまさかしまに天てんを浸しひたして、寝とぼけねとぼけた星ほしの眼めを射るいる。
星ほしの眼めは熱いあつい。
「空そらが焦げるこげるようだ。――羅馬ろーま法王ほうおうの冠かんかも知れしれない」と甲野こうのさんの視線しせんは谷中やなかから上野うえのの森もりへかけて大いなるおおいなる圜を画いえがいた。
「羅馬ろーま法王ほうおうの冠かんか。藤尾ふじおさん、羅馬ろーま法王ほうおうの冠かんはどうだい。天賞てんしょう堂どうの広告こうこくの方ほうが好さよさそうだがね」「いずれでも……」と藤尾ふじおは澄ましすましている。
「いずれでも差支さしつかえなしか。とにかく女王じょおうの冠かんじゃない。ねえ甲野こうのさん」「何なんとも云えいえない。クレオパトラくれおぱとらはあんな冠かんをかぶっている」「どうして御存じごぞんじなの」と藤尾ふじおは鋭どくするどく聞いきいた。
「御前ごぜんの持っもっている本ほんに絵えがかいてあるじゃないか」「空そらより水みずの方ほうが奇麗きれいよ」と糸子いとこが突然とつぜん注意ちゅういした。
対話たいわはクレオパトラくれおぱとらを離れるはなれる。
昼ひるでも死んしんでいる水みずは、風かぜを含まふくまぬ夜よるの影かげに圧しおし付けつけられて、見渡すみわたす限りかぎり平かたいらかである。
動かうごかぬはいつの事ことからか。
静かしずかなる水みずは知るしるまい。
百ひゃく年ねんの昔むかしに掘っほった池いけならば、百ひゃく年ねん以来いらい動かうごかぬ、五十ごじゅう年ねんの昔むかしならば、五十ごじゅう年ねん以来いらい動かうごかぬとのみ思わおもわれる水底すいていから、腐っくさった蓮れんの根ねがそろそろ青いあおい芽めを吹きかけふきかけている。
泥どろから生れうまれた鯉こいと鮒ふなが、闇やみを忍んしのんで緩やかゆるやかに※を働かしはたらかしている。
イルミネーションいるみねーしょんは高いたかい影かげを逆ぎゃくまにして、二に丁てい余よの岸きしを、尺さしも残さざんさず真赤まっかになってこの静かしずかなる水みずの上うえに倒れ込むたおれこむ。
黒いくろい水みずは死にしにつつもぱっと色いろを作さくす。
泥どろに潜むひそむ魚さかなの鰭ひれは燃えるもえる。
湿しつえる※は、一抹いちまつに岸きしを伸しのして、明かあきらかに向側むかいがわへ渡るわたる。
行くいく道みちに横わるよこたわるすべてのものを染めそめ尽しつくしてやまざるを、ぷつりと截っきって長いながい橋はしを西にしから東ひがしへ懸けるかける。
白いしろい石いしに野の羽はね玉たまの波なみを跨ぐまたぐアーチあーちの数すうは二十にじゅう、欄らんに盛るもる擬宝珠ぎぼうしはことごとく夜よるを照らすてらす白光はっこうの珠たまである。
「空そらより水みずの方ほうが奇麗きれいよ」と注意ちゅういした糸子いとこの声こえに連れつれて、残るのこる三さん人ひとの眼めはことごとく水みずと橋はしとに聚ったかった。
一間いちけんごとに高くたかく石いし欄干らんかんを照らすてらす電光でんこうが、遠きとおきこちらからは、行儀ぎょうぎよく一列いちれつに空そらに懸っかかって見えるみえる。
下したをぞろぞろ人ひとが通るとおる。
「あの橋はしは人ひとで埋っうまっている」と宗近むねちか君きみが大きなおおきな声こえを出しだした。
小野おのさんは孤こ堂どう先生せんせいと小夜子さよこを連れつれて今いまこの橋はしを通りとおりつつある。
驚ろかおどろかんとあせる群集ぐんしゅうは弁天べんてんの祠ほこらを抜けぬけて圧しおして来るくる。
向むかいが岡おかを下りくだりて圧しおして来るくる。
東西南北とうざいなんぼくの人ひとは広いひろい森もりと、広いひろい池いけの周囲しゅういを捨てすててことごとく細長いほそながい橋はしの上うえに集まるあつまる。
橋はしの上うえは動かうごかれぬ。
真中まなかに弓張ゆみはりを高くたかく差し上げさしあげて、巡査じゅんさが来るくる人ひとと往くゆく人ひとを左ひだりへ右みぎへと制しせいしている。
来るくる人ひとも往くゆく人ひともただ揉まもまれて通るとおる。
足あしを地ちに落すおとす暇ひまはない。
楽らくに踏むふむ余地よちを尺寸しゃくすんに見出しみだして、安々やすやすと踵かかとを着けるつける心持こころもちがやっと有っあったなと思うおもううち、もう後ろうしろから前まえへ押し出さおしだされる。
歩くあるくとは思えおもえない。
歩かふかぬとは無論むろん云えいえぬ。
小夜子さよこは夢ゆめのように心細くこころぼそくなる。
孤こ堂どう先生せんせいは過去かこの人間にんげんを圧し潰すおしつぶすために皆みなが揉むもむのではないかと恐ろしおそろしがる。
小野おのさんだけは比較的ひかくてき得意とくいである。
多勢おおぜいの間まに立ったって、多数たすうより優れすぐれたりとの自覚じかくあるものは、身動きみうごきが出来できぬ時じですら得意とくいである。
博覧会はくらんかいは当世とうせいである。
イルミネーションいるみねーしょんはもっとも当世とうせいである。
驚ろかおどろかんとしてここにあつまる者ものは皆みな当世とうせい的まとの男おとこと女おんなである。
ただあっと云っいって、当世とうせい的まとに生存せいぞんの自覚じかくを強くつよくするためである。
御ご互たがいに御ご互たがいの顔かおを見みて、御ご互たがいの世よは当世とうせいだと黙契もっけいして、自己じこの勢力せいりょくを多数たすうと認識にんしきしたる後家ごけに帰っかえって安眠あんみんするためである。
小野おのさんはこの多数たすうの当世とうせいのうちで、もっとも当世とうせいなものである。
得意とくいなのは無理むりもない。
得意とくいな小野おのさんは同時どうじに失意しついである。
自分じぶん一人ひとりでこそ誰だれが眼めにも当世とうせいに見えるみえる。
申し分もうしぶんのあるはずがない。
しかし時代じだい後れおくれの御ご荷物にもつを丁寧ていねいに二人ふたりまで背負っせおって、幅はばの利かりかぬ過去かこと同どう一体いったいだと当世とうせいから見みられるのは、ただ見みられるのではない、見咎めみとがめられるも同然どうぜんである。
芝居しばいに行っいって、自分じぶんの着きている羽織はおりの紋もんの大おおさが、時代じだいか時代じだい後れおくれか、そればかりが気きになって、見物けんぶつにはいっこう身みが入らはいらぬものさえある。
小野おのさんは肩身かたみが狭いせまい。
人ひとの波なみの許すゆるす限りかぎり早くはやく歩くあるく。
「阿爺あや、大丈夫だいじょうぶ」と後あとから呼ぶよぶ。
「ああ大丈夫だいじょうぶだよ」と知らしらぬ人ひとを間まに挟んはさんだまま一いち軒のき置いおいて返事へんじがある。
「何なんだか危なくあぶなくって……」「なに自然しぜんに押しおして行けいけば世話せわはない」と挟まっはさまった人ひとをやり過ごしやりすごして、苦しいくるしいところを娘むすめといっしょになる。
「押さおされるばかりで、ちっとも押せおせやしないわ」と娘むすめは落ちつかおちつかぬながら、薄いうすい片頬かたほおに笑わらいを見せるみせる。
「押さおさなくってもいいから、押さおされるだけ押さおされるさ」と云ういううち二人ふたりは前まえへ出るでる。
巡査じゅんさの提灯ちょうちんが孤こ堂どう先生せんせいの黒いくろい帽子ぼうしを掠めかすめて動いうごいた。
「小野おのはどうしたかね」「あすこよ」と眼元めもとで指すさす。
手てを出せだせば人ひとの肩かたで遮ぎらさえぎられる。
「どこに」と孤こ堂どう先生せんせいは足あしを揃えるそろえる暇ひまもなく、そのまま日和下駄ひよりげたの前歯まえばを傾けかたむけて背せ延のべをする。
先生せんせいの腰こしが中心ちゅうしんを失いかけうしないかけたところを、後ろうしろから気きの早いはやい文明ぶんめいの民みんが押しおしかかる。
先生せんせいはのめった。
危うくあやうく倒れるたおれるところを、前まえに立つたつ文明ぶんめいの民みんの背中せなかでようやく喰いくい留めるとめる。
文明ぶんめいの民みんはどこまでも前まえへ出でたがる代りかわりに、背中せなかで人ひとを援けるたすける事ことを拒まこばまぬ親切しんせつな人間にんげんである。
文明ぶんめいの波なみは自からみずから動いうごいて頼らいのない親おやと子こを弁天べんてんの堂どう近くちかく押し出しおしだして来るくる。
長いながい橋はしが切れきれて、渡るわたる人ひとの足あしが土つちへ着くつくや否いなや波なみは急きゅうに左右さゆうに散っちって、黒いくろい頭あたまが勝手かってな方ほうへ崩れくずれ出すだす。
二人ふたりはようやく胸むねが広くひろくなったような心持こころもちになる。
暗いくらい底そこに藍あいを含むふくむ逝くいく春はるの夜よるを透かしすかして見るみると、花はなが見えるみえる。
雨あめに風かぜに散りちり後れおくれて、八はち重じゅうに咲くさく遅きおそき香こうを、夜よるに懸けかけん花はなの願がんを、人ひとの世よの灯あかりが下したから朗かほがらかに照らしてらしている。
朧おぼろに薄紅うすべにの螺鈿らでんを鐫るえる。
鐫るえると云ういうと硬かた過るすぎる。
浮くうくと云えいえば空そらを離れるはなれる。
この宵よいとこの花はなをどう形容けいようしたらよかろうかと考えかんがえながら、小野おのさんは二人ふたりを待ち合せまちあわせている。
「どうも怖ろしいおそろしい人ひとだね」と追いついおいついた孤こ堂どう先生せんせいが云ういう。
怖ろしいおそろしいとは、本当ほんとうに怖ろしいおそろしい意味いみでかつ普通ふつうに怖ろしいおそろしい意味いみである。
「随分ずいぶん出でます」「早くはやく家いえへ帰りかえりたくなった。どうも怖しいおそろしい人ひとだ。どこからこんなに出でて来るくるのかね」 小野おのさんはにやにやと笑っわらった。
蜘蛛くもの子このように暗いくらい森もりを蔽うおおうて至るいたる文明ぶんめいの民みんは皆みな自分じぶんの同類どうるいである。
「さすが東京とうきょうだね。まさか、こんなじゃ無かろうなかろうと思っおもっていた。怖しいおそろしい所ところだ」 数すうは勢いきおいである。
勢いきおいを生むうむ所ところは怖しいおそろしい。
一いち坪つぼに足らあしらぬ腐れくされた水みずでも御玉杓子おたましゃくしのうじょうじょ湧くわく所ところは怖しいおそろしい。
いわんや高等こうとうなる文明ぶんめいの御玉杓子おたましゃくしを苦くもなくひり出すひりだす東京とうきょうが怖しいおそろしいのは無論むろんの事ことである。
小野おのさんはまたにやにやと笑っわらった。
「小夜さよや、どうだい。あぶない、もう少しすこしで紛れるまぎれるところだった。京都きょうとじゃこんな事ことはないね」「あの橋はしを通るとおる時じは……どうしようかと思いおもいましたわ。だって怖くこわくって……」「もう大丈夫だいじょうぶだ。何なんだか顔色かおいろが悪いわるいようだね。くたびれたかい」「少しすこし心持こころもちが……」「悪いわるい? 歩きあるきつけないのを無理むりに歩いあるいたせいだよ。それにこの人出ひとでじゃあ。どっかでちょいと休もうやすもう。――小野おの、どっか休むやすむ所ところがあるだろう、小夜さよが心持こころもちがよくないそうだから」「そうですか、そこへ出るでるとたくさん茶屋ちゃやがありますから」と小野おのさんはまた先さきへ立ったって行くいく。
運命うんめいは丸いまりい池いけを作るつくる。
池いけを回るまわるものはどこかで落ち合わおちあわねばならぬ。
落ち合っおちあって知らしらぬ顔かおで行くいくものは幸みゆきである。
人ひとの海うみの湧き返るわきかえる薄黒いうすぐろい倫敦ろんどんで、朝な夕なあさなゆうなに回りまわり合わあわんと心掛けるこころがける甲斐かいもなく、眼めを皿さらに、足あしを棒ぼうに、尋ねたずねあぐんだ当人とうにんは、ただ一いち重じゅうの壁かべに遮らさえぎられて隣りとなりの家いえに煤けすすけた空そらを眺めながめている。
それでも逢えあえぬ、一生いっしょう逢えあえぬ、骨ほねが舎利しゃりになって、墓はかに草くさが生えるはえるまで逢うあう事ことが出来できぬかも知れしれぬと書いかいた人ひとがある。
運命うんめいは一いち重じゅうの壁かべに思うおもう人ひとを終おわり古ふるに隔てるへだてると共ともに、丸いまりい池いけに思わおもわぬ人ひとをはたと行き合わせるいきあわせる。
変へんなものは互たがいに池いけの周囲しゅういを回りまわりながら近寄っちかよって来るくる。
不可思議ふかしぎの糸いとは闇やみの夜よるをさえ縫うぬう。
「どうだい女連おんなれんはだいぶ疲れつかれたろう。ここで御ご茶ちゃでも飲むのむかね」と宗近むねちか君きみが云ういう。
「女連おんなれんはとにかく僕ぼくの方ほうが疲れつかれた」「君きみより糸いと公こうの方ほうが丈夫じょうぶだぜ。糸いと公こうどうだ、まだ歩けるあるけるか」「まだ歩けるあるけるわ」「まだ歩けるあるける? そりゃえらい。じゃ御ご茶ちゃは廃しはいしにするかね」「でも欽吾きんごさんが休みやすみたいとおっしゃるじゃありませんか」「ハハハハははははなかなか旨いうまい事ことを云ういう。甲野こうのさん、糸いと公こうが君きみのために休んやすんでやるとさ」「ありがたい」と甲野こうのさんは薄うす笑わらいをしたが、「藤尾ふじおも休んやすんでくれるだろうね」と同じおなじ調子ちょうしでつけ加えるつけくわえる。
「御ご頼みたのみなら」と簡明かんめいな答こたえがある。
「どうせ女おんなには敵わかなわない」と甲野こうのさんは断案だんあんを下しおろした。
池いけの水みずに差し掛けさしかけて洋風ようふうに作り上げつくりあげた仮かり普請ふしんの入口いりぐちを跨ぐまたぐと、小いちいさい卓たくに椅子いすを添えそえてここ、かしこに併べならべた大広間おおひろまに、三さん人ひと四よん人ひとずつの群ぐんがおのおの口くちの用ようを弁じべんじている。
どこへ席せきをとろうかと、四五しご十人じゅうにんの一座いちざをずっと見廻しみまわした宗近むねちか君きみは、並んならんで右みぎに立ったっている甲野こうのさんの袂たもとをぐいと引いひいた。
後あとの藤尾ふじおはすぐおやと思うおもう。
しかし仰山ぎょうさんに何事なにごとかと聞くきくのは不見識ふけんしきである。
甲野こうのさんは別段べつだん相図あいずを返しかえした様子ようすもなく「あすこが空いむなしいている」とずんずん奥おくへ這入っはいって行くいく。
あとを跟けつけながら藤尾ふじおの眼めは大きなおおきな部屋へやの隅すみから隅すみまでを残りのこりなく腹はらの中なかへ畳み込むたたみこむ。
糸子いとこはただ下したを見みて通るとおる。
「おい気きがついたか」と宗近むねちか君きみの腰こしはまず椅子いすに落ちおちた。
「うん」と云ういう簡潔かんけつな返事へんじがある。
「藤尾ふじおさん小野おのが来きているよ。後ろうしろを見みて御覧ごらん」と宗近むねちか君きみがまた云ういう。
「知っしっています」と云っいったなり首くびは少しすこしも動かうごかなかった。
黒いくろい眼めが怪しいあやしい輝あきらを帯びおびて、頬ほおの色いろは電気灯でんきとうのもとでは少しすこし熱ねつ過ぎるすぎる。
「どこに」と何気なんげなき糸子いとこは、優しいやさしい肩かたを斜めななめに捩じ向けねじむけた。
入口いりぐちを左ひだりへ行きいき尽くしつくして、二に列れつ目めの卓たくを壁際かべぎわに近くちかく囲んかこんで小野おのさんの連中れんちゅうは席せきを占めしめている。
腰こしを卸しおろした三さん人ひとは突き当りつきあたりの右側みぎがわに、窓まどを控えひかえて陣じんを取るとる。
肩かたを動かしうごかした糸子いとこの眼めは、広いひろい部屋へやに所ところ択ばえらばず散らついちらついている群衆ぐんしゅうを端はしから端はしへ貫ぬいつらぬいて、遥かはるか隔たっへだたった小野おのさんの横顔よこがおに落ちおちた。
――小夜子さよこは真向まっこうに見えるみえる。
孤こ堂どう先生せんせいは背中せなかの紋もんばかりである。
春はるの夜よるを淋しくさびしく交こうる白いしろい糸いとを、顎あごの下したに抜くぬくも嬾うく、世よのままに、人ひとのままに、また取るとる年ねんの積るつもるままに捨てすてて吹かふかるる憂うれいき髯ひげは小夜子さよこの方ほうに向いむかいている。
「あら御ご連れんがあるのね」と糸子いとこは頸くびをもとへ返すかえす。
返すかえすとき前まえに坐っすわっている甲野こうのさんと眼めを見合せみあわせた。
甲野こうのさんは何になんにも云わいわない。
灰皿はいざらの上うえに竪たてに挟んはさんだ燐寸まっち箱ばこの横側よこがわをしゅっと擦っすった。
藤尾ふじおも口くちを結んむすんだままである。
小野おのさんとは背中せなか合せあわせのままでわかれるつもりかも知れしれない。
「どうだい、別嬪べっぴんだろう」と宗近むねちか君きみは糸子いとこに調ちょう戯たわむれかける。
俯目ふしめに卓たく布ぬのを眺めながめていた藤尾ふじおの眼めは見えみえぬ、濃いこい眉まゆだけはぴくりと動いうごいた。
糸子いとこは気きがつかぬ、宗近むねちか君きみは平気へいきである、甲野こうのさんは超然ちょうぜんとしている。
「うつくしい方ほうね」と糸子いとこは藤尾ふじおを見るみる。
藤尾ふじおは眼めを上げあげない。
「ええ」と素気なくそっけなく云い放ついいはなつ。
極めてきわめて低いひくい声こえである。
答こたえを与うるあたうるに価あたいせぬ事ことを聞かきかれた時じに、――相手あいてに合槌あいづちを打つうつ事ことを屑くずとせざる時じに――女おんなはこの法ほうを用いるもちいる。
女おんなは肯定こうていの辞じに、否定ひていの調子ちょうしを寓するぐうする霊れい腕うでを有しゆうしている。
「見みたかい甲野こうのさん、驚いおどろいたね」「うん、ちと妙みょうだね」と巻煙草まきたばこの灰はいを皿さらの中なかにはたき落すはたきおとす。
「だから僕ぼくが云っいったのだ」「何なんと云っいったのだい」「何なんと云っいったって、忘れわすれたかい」と宗近むねちか君きみも下向げこうになって燐寸まっちを擦るする。
刹那せつなに藤尾ふじおの眸ひとみは宗近むねちか君きみの額がくを射いた。
宗近むねちか君きみは知らしらない。
啣えた巻煙草まきたばこに火ひを移しうつして顔かおを真向まっこうに起しおこした時じ、稲妻いなずまはすでに消えきえていた。
「あら妙みょうだわね。二人ふたりして……何なんを云っいっていらっしゃるの」と糸子いとこが聞くきく。
「ハハハハはははは面白いおもしろい事ことがあるんだよ。糸いと公こう……」と云いいい掛けかけた時じ紅茶こうちゃと西洋せいよう菓子かしが来るくる。
「いやあ亡国ぼうこくの菓子かしが来きた」「亡国ぼうこくの菓子かしとは何なんだい」と甲野こうのさんは茶碗ちゃわんを引き寄せるひきよせる。
「亡国ぼうこくの菓子かしさハハハハはははは。糸いと公こう知っしってるだろう亡国ぼうこくの菓子かしの由緒ゆいしょを」と云いいいながら角砂糖かくさとうを茶碗ちゃわんの中なかへ抛り込むほうりこむ。
蟹かにの眼めのような泡あわが幽かかすかな音おとを立てたてて浮き上がるうきあがる。
「そんな事こと知らしらないわ」と糸子いとこは匙さじでぐるぐる攪き廻しかきまわしている。
「そら阿爺あやが云っいったじゃないか。書生しょせいが西洋せいよう菓子かしなんぞを食うくうようじゃ日本にっぽんも駄目だめだって」「ホホホホほほほほそんな事ことをおっしゃるもんですか」「云わいわない? 御前ごぜんよっぽど物もの覚さとしがわるいね。そらこの間ま甲野こうのさんや何なんかと晩飯ばんめしを食っしょくった時じ、そう云っいったじゃないか」「そうじゃないわ。書生しょせいの癖くせに西洋せいよう菓子かしなんぞ食うくうのはのらくらものだっておっしゃったんでしょう」「はああ、そうか。亡国ぼうこくの菓子かしじゃなかったかね。とにかく阿爺あやは西洋せいよう菓子かしが嫌いやだよ。柿かき羊羹ようかんか味噌みそ松風しょうふう、妙みょうなものばかり珍重ちんちょうしたがる。藤尾ふじおさんのようなハイカラはいからの傍そばへ持っもって行くいくとすぐ軽蔑けいべつされてしまう」「そう阿爺あやの悪口わるぐちをおっしゃらなくってもいいわ。兄さんあにさんだって、もう書生しょせいじゃないから西洋せいよう菓子かしを食べたべたって大丈夫だいじょうぶですよ」「もう叱らしかられる気遣きづかいはないか。それじゃ一いちつやるかな。糸いと公こうも一いちつ御ご上りのぼり。どうだい藤尾ふじおさん一いちつ。――しかしなんだね。阿爺あやのような人ひとはこれから日本にっぽんにだんだん少なくすくなくなるね。惜しいおしいもんだ」とチョコレートちょこれーとを塗っぬった卵たまご糖とうを口くちいっぱいに頬張るほおばる。
「ホホホホほほほほ一人ひとりで饒舌にょうぜつって……」と藤尾ふじおの方ほうを見るみる。
藤尾ふじおは応じおうじない。
「藤尾ふじおは何なんも食わくわないのか」と甲野こうのさんは茶碗ちゃわんを口くちへ付けつけながら聞くきく。
「たくさん」と云っいったぎりである。
甲野こうのさんは静かしずかに茶碗ちゃわんを卸しおろして、首くびを心持こころもち藤尾ふじおの方ほうへ向け直しむけなおした。
藤尾ふじおは来きたなと思いおもいながら、瞬まどかもせず窓まどを通しとおして映るうつる、イルミネーションいるみねーしょんの片割かたわれを専念せんねんに見みている。
兄あにの首くびはしだいに故この位地いちに帰るかえる。
四よん人ひとが席せきを立ったった時じ、藤尾ふじおは傍目はためも触らさわらず、ただ正面しょうめんを見みたなりで、女王じょおうの人形にんぎょうが歩あゆみを移すうつすがごとく昂然こうぜんとして入口いりぐちまで出るでる。
「もう小野おのは帰っかえったよ、藤尾ふじおさん」と宗近むねちか君きみは洒落しゃれに女おんなの肩かたを敲くたたく。
藤尾ふじおの胸むねは紅茶こうちゃで焼けるやける。
「驚ろくおどろくうちは楽らくがある。女おんなは仕合せしあわせなものだ」と再びふたたび人ひと込こみへ出でた時じ、何なんを思っおもったか甲野こうのさんは復また前言ぜんげんを繰り返しくりかえした。
驚くおどろくうちは楽らくがある!
女おんなは仕合せしあわせなものだ!
家いえへ帰っかえって寝床ねどこへ這入るはいるまで藤尾ふじおの耳みみにこの二に句くが嘲あざけりの鈴すずのごとく鳴っなった。
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