虞美人草

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十二

第 12 章
貧乏びんぼうを十七じゅうなな字じに標榜ひょうぼうして、馬うまの糞ふん、馬うまの尿にょうを得意気とくいきに咏ずる発句ほっくと云ういうがある。
芭蕉ばしょうが古池ふるいけに蛙かわずを飛び込ますとびこますと、蕪村ぶそんが傘かさを担いにないで紅葉こうようを見みに行くいく。
明治めいじになっては子規しきと云ういう男おとこが脊髄せきずい病やまいを煩っわずらって糸瓜へちまの水みずを取っとった。
貧ひんに誇るほこる風流ふうりゅうは今日きょうに至っいたっても尽きつきぬ。
ただ小野おのさんはこれを卑しいやしとする。
仙人せんにんは流霞りゅうかすみを餐し、朝あさ※を吸うすう。
詩人しじんの食物しょくもつは想像そうぞうである。
美びくしき想像そうぞうに耽るふけるためには余裕よゆうがなくてはならぬ。
美びくしき想像そうぞうを実現じつげんするためには財産ざいさんがなくてはならぬ。
二十にじゅう世紀せいきの詩趣ししゅと元禄げんろくの風流ふうりゅうとは別物べつものである。
文明ぶんめいの詩しは金剛石こんごうせきより成るなる。
紫むらさきより成るなる。
薔薇ばらの香こうと、葡萄ぶどうの酒さけと、琥珀こはくの盃さかずきより成るなる。
冬ふゆは斑ぶち入いりの大理石だいりせきを四角しかくに組んくんで、漆うるしに似にたる石炭せきたんに絹きぬ足袋たびの底そこを煖めるあたためるところにある。
夏なつは氷盤ひょうばんに莓いちごを盛っもって、旨きうまき血ちを、クリームくりーむの白きしろきなかに溶し込むしこむところにある。
あるときは熱帯ねったいの奇き蘭らんを見よみよがしに匂わすにおわする温室おんしつにある。
野路のじや空そら、月つきのなかなる花野はなのを惜おし気きも無くなく織り込んおりこんだ綴つづりの丸帯まるおびにある。
唐錦からにしき小袖こそで振袖ふりそでの擦れ違うすれちがうところにある。
――文明ぶんめいの詩しは金きんにある。
小野おのさんは詩人しじんの本分ほんぶんを完うまっとうするために金きんを得とくねばならぬ。
詩しを作るつくるより田たを作れつくれと云ういう。
詩人しじんにして産さんを成しなしたものは古今ここんを傾けかたむけて幾いく人ひともない。
ことに文明ぶんめいの民みんは詩人しじんの歌うたよりも詩人しじんの行こうを愛するあいする。
彼かれらは日ひごと夜よるごとに文明ぶんめいの詩しを実現じつげんして、花はなに月つきに富貴ふうきの実生活じつせいかつを詩し化ばけしつつある。
小野おのさんの詩しは一いち文ぶんにもならぬ。
詩人しじんほど金きんにならん商しょう買かいはない。
同時どうじに詩人しじんほど金きんのいる商しょう買かいもない。
文明ぶんめいの詩人しじんは是非ぜひ共とも他ほかの金きんで詩しを作りつくり、他ほかの金きんで美的びてき生活せいかつを送らおくらねばならぬ事こととなる。
小野おのさんがわが本領ほんりょうを解するかいする藤尾ふじおに頼らいたくなるのは自然しぜんの数すうである。
あすこには中なか以上いじょうの恒産こうさんがあると聞くきく。
腹はら違いの妹いもうとを片づけるかたづけるにただの箪笥たんすと長持ながもちで承知しょうちするような母親ははおやではない。
ことに欽吾きんごは多病たびょうである。
実じつの娘むすめに婿むこを取っとって、かかる気きがないとも限らかぎらぬ。
折々おりおりに、解いといて見ろみろと、わざとらしく結ぶむすぶ辻占つじうらがあたればいつも吉きちである。
急いいそいては事ことを仕し損ずるそんずる。
小野おのさんはおとなしくして事件じけんの発展はってんを、自らみずから開くひらくべき優曇うどん華はなの未来みらいに待ち暮しまちくらしていた。
小野おのさんは進んすすんで仕掛けるしかけるような相撲すもうをとらぬ、またとれぬ男おとこである。
天地てんちはこの有望ゆうぼうの青年せいねんに対したいして悠久ゆうきゅうであった。
春はるは九十きゅうじゅう日ひの東風とうふうを限りなくかぎりなく得意とくいの額がくに吹くふくように思わおもわれた。
小野おのさんは優しいやさしい、物ものに逆わさからわぬ、気きの長いながい男おとこであった。
――ところへ過去かこが押し寄せおしよせて来きた。
二十七にじゅうなな年ねんの長いながい夢ゆめと背せを向けむけて、西にしの国くにへさらりと流しながしたはずの昔むかしから、一いち滴しずくの墨汁ぼくじゅうにも較ややぶべきほどの暗いくらい小いちいさい点てんが、明かあきらかなる都とまで押し寄せおしよせて来きた。
押さおされるものは出るでる気きがなくても前まえへのめりたがる。
おとなしく時機じきを待つまつ覚悟かくごを気長きながにきめた詩人しじんも未来みらいを急がいそがねばならぬ。
黒いくろい点てんは頭あたまの上うえにぴたりと留っとめっている。
仰ぐあおぐとぐるぐる旋転せんてんしそうに見えるみえる。
ぱっと散れちれば白雨はくうが一度いちどにくる。
小野おのさんは首くびを縮めちぢめて馳はせけ出しけだしたくなる。
四五しご日ひは孤こ堂どう先生せんせいの世話せわやら用事ようじやらで甲野こうのの方ほうへ足あしを向けるむける事ことも出来できなかった。
昨夜さくやは出来できぬ工夫くふうを無理むりにして、旧師きゅうしへの義理立てぎりたてに、先生せんせいと小夜子さよこを博覧会はくらんかいへ案内あんないした。
恩おんは昔むかし受けうけても今いま受けうけても恩おんである。
恩おんを忘れるわすれるような不人情ふにんじょうな詩人しじんではない。
一いち飯めし漂母ひょうぼを徳とくとすと云ういう故事こじを孤こ堂どう先生せんせいから教わっおそわった事ことさえある。
先生せんせいのためならばこれから先さきどこまでも力ちからになるつもりでいる。
人ひとの難儀なんぎを救うすくうのは美びくしい詩人しじんの義務ぎむである。
この義務ぎむを果しはてして、濃やかこまやかな人情にんじょうを、得意とくいの現在げんざいに、わが歴史れきしの一部いちぶとして、思おもう出での詩し料りょうに残すのこすのは温厚おんこうなる小野おのさんにもっとも恰好かっこな優しいやさしい振舞ふるまいである。
ただ何事なにごとも金きんがなくては出来できぬ。
金きんは藤尾ふじおと結婚けっこんせねば出来できぬ。
結婚けっこんが一日いちにち早くはやく成立せいりつすれば、一いち日ひ早くはやく孤こ堂どう先生せんせいの世話せわが思うおもうように出来るできる。
――小野おのさんは机つくえの前まえでこう云ういう論理ろんりを発明はつめいした。
小夜子さよこを捨てるすてるためではない、孤こ堂どう先生せんせいの世話せわが出来るできるために、早くはやく藤尾ふじおと結婚けっこんしてしまわなければならぬ。
――小野おのさんは自分じぶんの考かんがえに間ま違いはないはずだと思うおもう。
人ひとが聞けきけば立派りっぱに弁解べんかいが立つたつと思うおもう。
小野おのさんは頭脳ずのうの明暸めいりょうな男おとこである。
ここまで考えかんがえた小野おのさんはやがて机つくえの上うえに置いおいてある、茶ちゃの表紙ひょうしに豊かゆたかな金きん文字もじを入れいれた厚いあつい書物しょもつを開けあけた。
中なかからヌーボーぬーぼー式しきに青いあおい柳やなぎを染めそめて赤瓦あかがわらの屋根やねが少しすこし見えるみえる栞しおりがあらわれる。
小野おのさんは左ひだりの手てに栞しおりを滑らしすべらして、細かいこまかい活字かつじを金縁きんぶちの眼鏡めがねの奥おくから読みよみ始めるはじめる。
五ご分ぶんばかりは無事ぶじであったが、しばらくすると、いつの間まにやら、黒いくろい眼めは頁ぺーじを離れはなれて、筋違すじかいに日脚ひあしの伸びのびた障子しょうじの桟さんを見詰めみつめている。
――四五しご日ひ藤尾ふじおに逢わあわぬ、きっと何なんとか思っおもっているに違いない。
ただの時じなら四五しご日ひが十じゅう日ひでもさして心配しんぱいにはならぬ。
過去かこに追いつかおいつかれた今いまの身みには梳るくしけずる間まも千金せんきんである。
逢えあえば逢うあうたびに願がんの的まとは近くちかくなる。
逢わあわねば元もとの君きみと我われにたぐり寄すべき恋こいの綱つなの寸分すんぶんだも縮まるちぢまる縁えんはない。
のみならず、魔まは節穴ふしあなの隙すきにも射すさす。
逢わあわぬ半日はんじつに日ひが落ちおちぬとも限らかぎらぬ、籠るこもる一夜いちやに月つきは入るはいる。
等閑なおざりのこの四五しご日ひに藤尾ふじおの眉まゆにいかな稲妻いなずまが差しさしているかは夢ゆめ測りはかりがたい。
論文ろんぶんを書くかくための勉強べんきょうは無論むろん大切たいせつである。
しかし藤尾ふじおは論文ろんぶんよりも大切たいせつである。
小野おのさんはぱたりと書物しょもつを伏せふせた。
芭蕉布ばしょうふの襖ふすまを開けるあけると、押入おしいれの上段じょうだんは夜具やぐ、下したには柳やなぎ行李こうりが見えるみえる。
小野おのさんは行李こうりの上うえに畳んたたんである背広せびろを出しだして手早くてばやく着換えきかえ終るおわる。
帽子ぼうしは壁かべに主ぬしを待つまつ。
がらりと障子しょうじを明けあけて、赤いあかい鼻緒はなおの上うえ草履ぞうりに、カシミヤかしみやの靴足袋くつたびを無理むりに突き込んつきこんだ時じ、下女げじょが来るくる。
「おや御ご出で掛かかり。少しすこし御ご待ちまちなさいよ」「何なんだ」と草履ぞうりから顔かおを上げるあげる。
下女げじょは笑っわらっている。
「何なんか用ようかい」「ええ」とやっぱり笑っわらっている。
「何なんだ。冗談じょうだんか」と行こういこうとすると、卸しおろし立てたての草履ぞうりが片方かたほう足あしを離れはなれて、拭き込んふきこんだ廊下ろうかを洋灯ようとう部屋へやの方ほうへ滑っすべって行くいく。
「ホホホホほほほほ余よまり周章しゅうしょうるもんだから。御客様ごきゃくさまですよ」「誰だれだい」「あら待っまってた癖くせに空っそらっとぼけて……」「待っまってた? 何なんを」「ホホホホほほほほ大変たいへん真面目まじめですね」と笑いわらいながら、返事へんじも待たまたず、入口いりぐちへ引き返すひきかえす。
小野おのさんは気き掛かかりな顔かおをして障子しょうじの傍そばに上うえ草履ぞうりを揃えそろえたまま廊下ろうかの突き当りつきあたりを眺めながめている。
何なんが出でてくるかと思うおもう。
焦茶こげちゃの中折なかおれが鴨居かもいを越すこすほどの高いたかい背せを伸しのして、薄暗いうすぐらい廊下ろうかのはずれに折目おりめ正しくただしく着きこなした背広せびろの地味じみなだけに、胸むね開かいの狭いせまい胴衣どういから白いしろい襯衣と白いしろい襟えりが著るきるしく上品じょうぼんに見えるみえる。
小野おのさんは姿すがたよく着きこなした衣裳いしょうを、見栄みえのせぬ廊下ろうかの片隅かたすみに、中ぶらりんちゅうぶらりんに落ちつけおちつけて、光るひかる眼鏡めがねを斜めななめに、突き当りつきあたりを眺めながめている。
何なんが出でてくるのかと思いおもいながら眺めながめている。
両手りょうてを洋よう袴はかまの隠いん袋ふくろに挿しさし込むごむのは落ちつかおちつかぬ時じの、落ちついおちついた姿すがたである。
「そこを曲るまがると真直まっすぐです」と云ういう下女げじょの声こえが聞えきこえたと思うおもうと、すらりと小夜子さよこの姿すがたが廊下ろうかの端はしにあらわれた。
海老茶えびちゃ色いろの緞子どんすの片側かたがわが竜紋りゅうもんの所ところだけ異様いように光線こうせんを射返しいかえして見えるみえる。
在来ざいらいりの銘仙めいせんの袷あわせを、白足袋しろたびの甲こうを隠さかくさぬほどに着きて、きりりと角かくを曲っきょくった時じ、長襦袢ながじゅばんらしいものがちらと色いろめいた。
同時どうじに遮ぎるさえぎるものもない中なか廊下ろうかに七なな歩あゆみの間隔かんかくを置いおいて、男女だんじょの視線しせんは御ご互たがいの顔かおの上うえに落ちるおちる。
男おとこはおやと思うおもう。
姿勢しせいだけは崩さくずさない。
女おんなははっと躊躇うためらう。
やがて頬ほおに差すさす紅くれないを一度いちどにかくして、乱らんるる笑顔えがおを肩かた共ともに落すおとす。
油あぶらを注さささぬ黒髪くろかみに、漣さざなみの琥珀こはくに寄るよる幅広はばひろの絹きぬの色いろが鮮なすくな翼つばさを片鬢かたびんに張るはる。
「さあ」と小野おのさんは隔たるへだたる人ひとを近くちかく誘うさそうような挨拶あいさつをする。
「どちらへか御ご出で掛かかりで……」と立ちたちながら両手りょうてを前まえに重ねかさねた女おんなは、落しおとした肩かたを、少しくすこしく浮かしうかしたままで、気の毒きのどくそうに動かうごかない。
「いえ何なん……まあ御ご這入んはいんなさい。さあ」と片足かたあしを部屋へやのうちへ引くひく。
「御免ごめん」と云いいいながら、手てを重ねかさねたまま擦足に廊下ろうかを滑っすべって来るくる。
男おとこは全くまったく部屋へやの中なかへ引き込んひきこんだ。
女おんなもつづいて這入るはいる。
明かあきらかなる日永ひながの窓まどは若きわかき二人ふたりに若きわかき対話たいわを促がすうながす。
「昨夜さくやは御ご忙しいいそがしいところを……」と女おんなは入口いりぐちに近くちかく手てをつかえる。
「いえ、さぞ御ご疲でしたろう。どうです、御ご気分きぶんは。もうすっかり好いよいですか」「はあ、御蔭みかげさまで」と云ういう顔かおは何なんとなく窶れやつれている。
男おとこはちょっと真面目まじめになった。
女おんなはすぐ弁解べんかいする。
「あんな人ひと込こみへは滅多めったに出でつけた事ことがないもんですから」 文明ぶんめいの民みんは驚ろいおどろいて喜ぶよろこぶために博覧会はくらんかいを開くひらく。
過去かこの人ひとは驚ろいおどろいて怖こわがるためにイルミネーションいるみねーしょんを見るみる。
「先生せんせいはどうですか」 小夜子さよこは返事へんじを控えひかえて淋しくさびしく笑っわらった。
「先生せんせいも雑沓ざっとうする所ところが嫌いやでしたね」「どうも年ねんを取っとったもんですから」と気の毒きのどくそうに、相手あいてから眼めを外しはずして、畳たたみの上うえに置いおいてある埋木うめきの茶托ちゃたくを眺めるながめる。
京焼きょうやきの染付そめつけ茶碗ちゃわんはさっきから膝頭ひざがしらに載っのっている。
「御ご迷惑めいわくでしたろう」と小野おのさんは隠いん袋ふくろから煙けむり草入くさいりを取り出すとりだす。
闇やみを照てらしす月つきの色いろに富士ふじと三保みほの松原まつばらが細かこまかに彫っほってある。
その松まつに緑みどりの絵の具えのぐを使っつかったのは詩人しじんの持物もちものとしては少しくすこしく俗ぞくである。
派出はしゅつを好むこのむ藤尾ふじおの贈物おくりものかも知れしれない。
「いえ、迷惑めいわくだなんて。こっちから願っねがって置いおいて」と小夜子さよこは頭あたまから小野おのさんの言葉ことばを打ち消しうちけした。
男おとこは煙けむり草入くさいりを開くひらく。
裏うらは一面いちめんの鍍金ときんに、銀ぎんの冴えさえたる上うえを、花やかはなやかにぱっと流すながす。
淋しさびしき女おんなは見事みごとだと思うおもう。
「先生せんせいだけなら、もっと閑静かんせいな所ところへ案内あんないした方ほうが好かっよかったかも知れしれませんね」 忙しいそがしがる小野おのを無理むりに都合つごうさせて、好かよしみかぬ人ひと込こみへわざわざ出掛けるでかけるのも皆みな自分じぶんが可愛いかわいいからである。
済ますまぬ事ことには人ひと込こみは自分じぶんも嫌いやである。
せっかくの思おもうに、袖そで振りふり交わしかわして、長閑のどかな歩あゆみを、春はるの宵よいに併んならんで移すうつす当人とうにんは、依然いぜんとして近寄れちかよれない。
小夜子さよこは何なんと返事へんじをしていいか躊躇っちゅうちょった。
相手あいての親切しんせつに気兼きがねをして、先方せんぽうの心持こころもちを悪くわるくさせまいと云ういう世態せたい染みしみた料簡りょうけんからではない。
小夜子さよこの躊躇っちゅうちょったのには、もう少しすこし切ないせつない意味いみが籠っこもっている。
「先生せんせいにはやはり京都きょうとの方ほうが好くよくはないですか」と女おんなの躊躇っちゅうちょった気色けしきをどう解釈かいしゃくしたか、小野おのさんは再びふたたび問い掛けといかけた。
「東京とうきょうへ来るくる前まえは、しきりに早くはやく移りうつりたいように云っいってたんですけれども、来きて見るみるとやはり住みすみ馴れなれた所ところが好いよいそうで」「そうですか」と小野おのさんはおとなしく受けうけたが、心こころの中なかではそれほど性せいに合わあわない所ところへなぜ出でて来きたのかと、自分じぶんの都合つごうを考えかんがえて多少たしょう馬鹿ばからしい気きもする。
「あなたは」と聞いきいて見るみる。
小夜子さよこはまた口籠るくちごもる。
東京とうきょうが好いよいか悪いわるいかは、目めの前まえに、西洋せいようの臭においのする煙草たばこを燻らしくゆらしている青年せいねんの心掛こころがけ一いちつできまる問題もんだいである。
船頭せんどうが客人きゃくじんに、あなたは船ふねが好きすきですかと聞いきいた時じ、好きすきも嫌いやも御前ごぜんの舵かじの取りとりよう一いちつさと答えこたえなければならない場合ばあいがある。
責任せきにんのある船頭せんどうにこんな質問しつもんを掛けかけられるほど腹はらの立つたつ事ことはないように、自分じぶんの好悪こうおを支配しはいする人間にんげんから、素知らぬそしらぬ顔かおですきかきらいかを尋ねたずねられるのは恨めしいうらめしい。
小夜子さよこはまた口籠るくちごもる。
小野おのさんはなぜこう豁達せぬのかと思うおもう。
胴衣どういの隠いん袋ふくろから時計とけいを出しだして見るみる。
「どちらへか御ご出で掛かかりで」と女おんなはすぐ悟っさとった。
「ええ、ちょっと」と旨いうまい具合ぐあいに渡しわたし込むごむ。
女おんなはまた口籠るくちごもる。
男おとこは少しすこし焦慮しょうりょくなる。
藤尾ふじおが待っまっているだろう。
――しばらくは無言むごんである。
「実じつは父ちちが……」と小夜子さよこはやっとの思おもうで口くちを切っきった。
「はあ、何なんか御用ごようですか」「いろいろ買物かいものがしたいんですが……」「なるほど」「もし、御ご閑かんならば、小野おのさんにいっしょに行っいっていただいて勧工場かんこうじょうででも買っかって来いこいと申しもうしましたから」「はあ、そうですか。そりゃ、残念ざんねんな事ことで。ちょうど今いまから急いいそいで出でなければならない所ところがあるもんですからね。――じゃ、こうしましょう。品物しなものの名なを聞いきいて置いおいて、私わたくしが帰りかえりに買っかって晩ばんに持っもって行きいきましょう」「それでは御ご気の毒きのどくで……」「何なん構いかまいません」 父ちちの好意こういは再びふたたび水泡すいほうに帰しかえした。
小夜子さよこは悄然しょうぜんとして帰るかえる。
小野おのさんは、脱いぬいだ帽子ぼうしを頭あたまへ載せのせて手早くてばやく表ひょうへ出るでる。
――同時どうじに逝くいく春はるの舞台ぶたいは廻るまわる。
紫むらさきを辛夷こぶしの弁べんに洗うあらう雨あめ重なりかさなりて、花はなはようやく茶ちゃに朽ちくちかかる椽えんに、干すほす髪かみの帯おびを隠しかくして、動かせうごかせば背せに陽炎かげろうが立つたつ。
黒くろきを外そとに、風かぜが嬲りなぶり、日ひが嬲りなぶり、つい今しがたいましがたは黄きな蝶ちょうがひらひらと嬲りなぶりに来きた。
知らしらぬ顔かおの藤尾ふじおは、内側うちがわを向いむかいている。
くっきりと肉にくの締っしまった横顔よこがおは、後ろうしろからさす日ひの影かげに、耳みみを蔽うおおうて肩かたに流すながす鬢びんの影かげに、しっとりとして仄そくである。
千筋せんすじにぎらついて深きふかき菫すみれを一いち面めんに浴せよくせる肩かたを通り越しとおりこして、向う側むこうがわはと覗き込むのぞきこむとき、眩まばゆゆき眼めはしんと静まるしずまる。
夕暮ゆうぐれにそれかと思うおもう蓼たでの花はなの、白きしろきを人ひとは潜むひそむと云っいった。
髪かみ多くおおく余るあまる光ひかりを椽えんにこぼすこなたの影かげに、有るあるか無きなきかの細りほそりした顔かおのなかを、濃くこく引き残しひきのこしたる眉まゆの尾おのみがたしかである。
眉まゆの下したなる切長きれながの黒いくろい眼めは何なんを語るかたるか分らわからない。
藤尾ふじおは寄木よせぎの小机こづくえに肱ひじを持たもたせて俯向いうつむいている。
心臓しんぞうの扉とびらを黄金おうごんの鎚に敲いたたいて、青春せいしゅんの盃さかずきに恋こいの血潮ちしおを盛るもる。
飲まのまずと口くちを背けるそむけるものは片輪かたわである。
月つき傾いかたむいて山やまを慕いしたい、人ひと老いおいて妄りみだりに道みちを説くとく。
若きわかき空そらには星ほしの乱れみだれ、若きわかき地ちには花吹雪はなふぶき、一いち年ねんを重ねかさねて二十にじゅうに至っいたって愛あいの神かみは今いまが盛さかんである。
緑みどり濃こき黒髪くろかみを婆娑ばさとさばいて春風しゅんぷうに織るおる羅らを、蜘蛛くもの囲かこいと五彩ごさいの軒のきに懸けかけて、自じと引きひき掛るかかる男おとこを待つまつ。
引きひき掛っかかった男おとこは夜光やこうの璧へきを迷宮めいきゅうに尋ねたずねて、紫むらさきに輝やくかがやく糸いとの十字じゅうじ万字まんじに、魂たましいを逆ぎゃくにして、後の世のちのよまでの心こころを乱すみだす。
女おんなはただ心地よここちよげに見やるみやる。
耶蘇教やそきょうの牧師ぼくしは救わすくわれよという。
臨済りんざい、黄檗おうばくは悟れさとれと云ういう。
この女おんなは迷えまよえとのみ黒いくろい眸ひとみを動かすうごかす。
迷わまよわぬものはすべてこの女おんなの敵てきである。
迷うまようて、苦しんくるしんで、狂うくるうて、躍るおどる時じ、始めはじめて女おんなの御意ぎょいはめでたい。
欄干らんかんに繊せんい手てを出しだしてわんと云えいえという。
わんと云えいえばまたわんと云えいえと云ういう。
犬いぬは続け様つづけざまにわんと云ういう。
女おんなは片頬かたほおに笑わらいを含むふくむ。
犬いぬはわんと云いいい、わんと云いいいながら右みぎへ左ひだりへ走るはしる。
女おんなは黙っだまっている。
犬いぬは尾おを逆ぎゃくにして狂うくるう。
女おんなはますます得意とくいである。
――藤尾ふじおの解釈かいしゃくした愛あいはこれである。
石仏いしぼとけに愛あいなし、色いろは出来できぬものと始はじめから覚悟かくごをきめているからである。
愛あいは愛せあいせらるる資格しかくありとの自信じしんに基いもとづいて起るおこる。
ただし愛せあいせらるるの資格しかくありと自信じしんして、愛するあいするの資格しかくなきに気きのつかぬものがある。
この両りょう資格しかくは多くおおくの場合ばあいにおいて反比例はんひれいする。
愛せあいせらるるの資格しかくを標榜ひょうぼうして憚からはばからぬものは、いかなる犠牲ぎせいをも相手あいてに逼るせまる。
相手あいてを愛するあいするの資格しかくを具えそなえざるがためである。
※たる美び目めに魂たましいを打ち込むうちこむものは必ずかならず食わくわれる。
小野おのさんは危いあぶない。
倩たる巧たくみ笑わらいにわが命いのちを托するたくするものは必ずかならず人ひとを殺すころす。
藤尾ふじおは丙午ひのえうまである。
藤尾ふじおは己れおのれのためにする愛あいを解するかいする。
人ひとのためにする愛あいの、存在そんざいし得るうるやと考えかんがえた事こともない。
詩趣ししゅはある。
道義どうぎはない。
愛あいの対象たいしょうは玩具がんぐである。
神聖しんせいなる玩具がんぐである。
普通ふつうの玩具がんぐは弄ばもてあそばるるだけが能のうである。
愛あいの玩具がんぐは互たがいに弄ぶもてあそぶをもって原則げんそくとする。
藤尾ふじおは男おとこを弄ぶもてあそぶ。
一毫いちごうも男おとこから弄ばもてあそばるる事ことを許さゆるさぬ。
藤尾ふじおは愛あいの女王じょおうである。
成立つなりたつものは原則げんそくを外れはずれた恋こいでなければならぬ。
愛せあいせらるる事ことを専門せんもんにするものと、愛するあいする事ことのみを念頭ねんとうに置くおくものとが、春風しゅんぷうの吹き回しふきまわしで、旨いうまい潮しおの満干まんかんで、はたりと天地てんちの前まえに行き逢っゆきあった時じ、この変則へんそくの愛あいは成就じょうじゅする。
我われを立てたてて恋こいをするのは、火事かじ頭巾ずきんを被っかぶって、甘酒あまざけを飲むのむようなものである。
調子ちょうしがわるい。
恋こいはすべてを溶かすとかす。
角張っかくばった絵え紙鳶いかも飴細工あめさいくであるからは必ずかならず流れ出すながれだす。
我われは愛あいの水みずに浸しひたして、三さん日ひ三さん晩ばんの長きながきに渉っわたってもふやける気色けしきを見せみせぬ。
どこまでも堅くかたく控えひかえている。
我われを立てたてて恋こいをするものは氷砂糖こおりさとうである。
沙翁しゃおうは女おんなを評しひょうして脆もろきは汝なんじが名ななりと云っいった。
脆もろきが中なかに我われを通すとおす昂れたかぶれる恋こいは、炊ぎかしぎたる飯めしの柔らかやわらかきに御影みかげの砂すなを振りふり敷いしいて、心こころを許すゆるす奥歯おくばをがりがりと寒からかんからしむ。
噛み締めるかみしめるものに護謨ごむの弾力だんりょくがなくては無事ぶじには行かいかぬ。
我われの強いつよい藤尾ふじおは恋こいをするために我われのない小野おのさんを択んえらんだ。
蜘蛛くもの囲かこいにかかる油蝉あぶらぜみはかかっても暴れあばれて行かいかぬ。
時じによると網あみを破っやぶって逃げるにげる事ことがある。
宗近むねちか君きみを捕るとるは容易よういである。
宗近むねちか君きみを馴らすならすは藤尾ふじおといえども困難こんなんである。
我われの女おんなは顋あごで相図あいずをすれば、すぐ来るくるものを喜ぶよろこぶ。
小野おのさんはすぐ来るくるのみならず、来るくる時じは必ずかならず詩歌しいかの璧へきを懐ふところに抱いいだいて来るくる。
夢ゆめにだもわれを弄ぶもてあそぶの意思いしなくして、満腔まんこうの誠まことを捧げささげてわが玩具がんぐとなるを栄誉えいよと思うおもう。
彼かれを愛するあいするの資格しかくをわれに求むるもとむる事ことは露ろ知らしらず、ただ愛せあいせらるべき資格しかくを、わが眼めに、わが眉まゆに、わが唇くちびるに、さてはわが才さいに認めみとめてひたすらに渇仰かつごうする。
藤尾ふじおの恋こいは小野おのさんでなくてはならぬ。
唯々いいとして来るくるべきはずの小野おのさんが四五しご日ひ見えみえぬ。
藤尾ふじおは薄うすき粧しょうを日ごとひごとにして我われの角かくを鏡かがみの裡りに隠しかくしていた。
その五ご日ひ目めの昨夕さくゆう!
驚くおどろくうちは楽らくがある!
女おんなは仕合せしあわせなものだ!
嘲あざけりの鈴すずはいまだに耳みみの底そこに鳴っなっている。
小机こづくえに肱ひじを持たしもたしたまま、燃ゆるもゆる黒髪くろかみを照るてる日ひに打たしうたして身み動どうもせぬ。
背せを椽えんに、顔かおを影かげなる居住きょじゅうは、考え事かんがえごとに明海めいかいを忌むいむ、昔むかしからの掟おきてである。
縄なわなくて十じゅう重じゅうに括るくくる虜とりこは、捕われとらわれたるを誇ほこり顔かおに、麾けさしまねけば来りきたり、指せさせば走るはしるを、他意たいなしとのみ弄びもてあそびたるに、奇麗きれいな葉はを裏返せうらがえせば毛虫けむしがいる。
思うおもう人ひとと併んならんで姿見すがたみに向っむかった時じ、大丈夫だいじょうぶ写るうつるは君きみと我われのみと、神かみ懸けかけて疑わうたがわぬを、見れみれば間違っまちがった。
男おとこはそのままの男おとこに、寄り添うよりそうは見みた事こともない他人たにんである。
驚くおどろくうちは楽らくがある!
女おんなは仕合せしあわせなものだ!
冴えさえぬ白しろさに青味あおみを含むふくむ憂うれい顔かおを、三五さんごの卓たくを隔てへだてて電灯でんとうの下したに眺めながめた時じは、――わが傍そばならでは、若きわかき美びくしき女おんなに近づくちかづくまじきはずの男おとこが、気遣わしきづかわし気きに、また親ししたし気きに、この人ひとと半々はんはんに洋よう卓たくの角かくを回っまわって向き合っむきあっていた時じは、――撞木しゅもくで心臓しんぞうをすぽりと敲かたたきかれたような気きがした。
拍子ひょうしに胸むねの血ちはことごとく頬ほおに潮しおす。
紅くれないは云ういう、赫とかっとしてここに躍り上がるおどりあがると。
我われは猛然もうぜんとして立つたつ。
その儀ぎならばと云ういう。
振り向いふりむいてもならぬ。
不審ふしんを打っうってもならぬ。
一いち字じの批評ひひょうも不見識ふけんしきである。
有ゆうども無きなきがごとくに装えよそおえ。
昂然こうぜんとして水準すいじゅん以下いかに取り扱えとりあつかえ。
――気きがついた男おとこは面目めんぼくを失ううしなうに違いない。
これが復讐ふくしゅうである。
我われの女おんなはいざと云ういう間際まぎわまで心細いこころぼそい顔かおをせぬ。
恨むうらむと云ういうは頼るたよる人ひとに見み替らかわられた時じに云ういう。
侮あなどりに対するたいする適当てきとうな言葉ことばは怒どである。
無念むねんと嫉妬しっとを交ぜまぜ合せあわせた怒どである。
文明ぶんめいの淑女しゅくじょは人ひとを馬鹿ばかにするを第だい一いち義ぎとする。
人ひとに馬鹿ばかにされるのを死しに優るまさる不面目ふめんぼくと思うおもう。
小野おのさんはたしかに淑女しゅくじょを辱しめはずかしめた。
愛あいは信仰しんこうより成るなる。
信仰しんこうは二につの神かみを念ずるねんずるを許さゆるさぬ。
愛せあいせらるべき、わが資格しかくに、帰依きえの頭あたまを下げさげながら、二心にしんの背せを軽薄けいはくの街まちに向けむけて、何なんの社しゃの鈴すずを鳴らすならす。
牛頭ごず、馬うま骨ほね、祭るまつるは人ひとの勝手かってである。
ただ小野おのさんは勝手かってな神かみに恋こいの御ご賽銭さいせんを投げなげて、波なみか字じかの辻占つじうらを見みてはならぬ。
小野おのさんは、この黒いくろい眼めから早速さっそくに放つはなつ、見えみえぬ光りひかりに、空そらかけて織りなしおりなした無紋むもんの網あみに引きひき掛っかかった餌食えじきである。
外そとへはやられぬ。
神聖しんせいなる玩具がんぐとして生涯しょうがい大事だいじにせねばならぬ。
神聖しんせいとは自分じぶん一人ひとりが玩具がんぐにして、外そとの人ひとには指ゆびもささせぬと云ういう意味いみである。
昨夕さくゆうから小野おのさんは神聖しんせいでなくなった。
それのみか向うむこうでこっちを玩具がんぐにしているかも知れしれぬ。
――肱ひじを持たしもたして、俯向くうつむくままの藤尾ふじおの眉まゆが活きつきて来るくる。
玩具がんぐにされたのならこのままでは置かおかぬ。
我われは愛あいを八はちつ裂れつにする。
面めん当とうはいくらもある。
貧乏びんぼうは恋こいを乾いぬい干かんにする。
富貴ふうきは恋こいを贅沢ぜいたくにする。
功名こうみょうは恋こいを犠牲ぎせいにする。
我われは未練みれんな恋こいを踏みつけるふみつける。
尖るとがる錐すいに自分じぶんの股またを刺し通しさしとおして、それ見ろみろと人ひとに示すしめすものは我われである。
自己じこがもっとも価あたいありと思うおもうものを捨てすてて得意とくいなものは我われである。
我がわが立てたてば、虚栄きょえいの市しにわが命いのちさえ屠るほふる。
逆しまさかしまに天国てんごくを辞しじして奈落ならくの暗きくらきに落つるおつるセータンせーたんの耳みみを切るきる地獄じごくの風かぜは我われ!
我われ!
と叫ぶさけぶ。
――藤尾ふじおは俯向ながら下唇したくちびるを噛んかんだ。
逢わあわぬ四五しご日ひは手紙てがみでも出そうでそうかと思っおもっていた。
昨夕さくゆう帰っかえってからすぐ書きかきかけて見みたが、五六ごろく行こうかいた後あとで何なんをとずたずたに引き裂いひきさいた。
けっして書くかくまい。
頭あたまを下げさげて先方せんぽうから折れおれて出るでるのを待っまっている。
だまっていればきっと出でてくる。
出でてくれば謝罪しゃざいらせる。
出でて来きなければ?
我われはちょっと困っこまった。
手ての届かとどけかぬところに我われを立てたてようがない。
――なに来るくる、きっと来るくる、と藤尾ふじおは口くちの中なかで云ういう。
知らしらぬ小野おのさんははたして我われに引かひかれつつある。
来きつつある。
よし来きても昨夜さくやの女おんなの事ことは聞くきくまい。
聞けきけばあの女おんなを眼中がんちゅうに置くおく事ことになる。
昨夕さくゆう食卓しょくたくで兄あにと宗近むねちかが妙みょうな合言葉あいことばを使っつかっていた。
あの女おんなと小野おのの関係かんけいを聞えよがしきこえよがしに、自分じぶんを焦らすじらす料簡りょうけんだろう。
頭あたまを下げさげて聞き出しききだしては我がわが折れるおれる。
二人ふたりで寄っよってたかって人ひとを馬鹿ばかにするつもりならそれでよい。
二人ふたりが仄かしほのめかした事実じじつの反証はんしょうを挙げあげて鼻はなをあかしてやる。
小野おのはどうしても詫らあやまらせなければならぬ。
つらく当っあたって詫らあやまらせなければならぬ。
同時どうじに兄あにと宗近むねちかも詫らあやまらせなければならぬ。
小野おのは全然ぜんぜんわがもので、調ちょう戯たわむれ面めんにあてつけた二人ふたりの悪戯いたずらは何なんの役やくにも立たたたなかった、見ろみろこの通りとおりと親しいしたしいところを見せつけみせつけて、鼻はなをあかして詫らあやまらせなければならぬ。
――藤尾ふじおは矛盾むじゅんした両面りょうめんを我われの一いち字じで貫こうつらぬこうと、洗髪せんぱつの後あとに顔かおを埋めうめて考えかんがえている。
静かしずかな椽えんに足音あしおとがする。
背せの高いたかい影かげがのっと現われあらわれた。
絣かすりの袷あわせの前まえが開いひらいて、肌はだにつけた鼠色ねずみいろの毛織けおりの襯衣が、長いながい三角さんかくを逆様さかさまにして胸むねに映るうつる上うえに、長いながい頸くびがある、長いながい顔かおがある。
顔かおの色いろは蒼いあおい。
髪かみは渦うずを捲いまいて、二三にさんヵ月かげつは刈らからぬと見えるみえる。
四五しご日ひは櫛くしを入れいれないとも思わおもわれる。
美びくしいのは濃いこい眉まゆと口髭くちひげである。
髭ひげの質しつは極めてきわめて黒くくろく、極めてきわめて細いほそい。
手てを入れいれぬままに自然しぜんの趣おもむきを具えそなえて何なんとなく人柄ひとがらに見えるみえる。
腰こしは汚れよごれた白しろ縮緬ちりめんを二に重じゅうに周しゅうして、長なが過ぎるすぎる端はしを、だらりと、猫じゃらしねこじゃらしに、右みぎの袂たもとの下したで結んむすんでいる。
裾すそは固よりもとより合わあわない。
引き掛けひきかけた法衣ほういのようにふわついた下したから黒くろ足袋たびが見えるみえる。
足袋たびだけは新らしいあたらしい。
嗅げかげば紺こんの匂においがしそうである。
古いふるい頭あたまに新らしいあたらしい足あしの欽吾きんごは、世よを逆様さかさまに歩いあるいて、ふらりと椽えん側がわへ出でた。
拭き込んふきこんだ細かいこまかい柾目まさめの板いたが、雲斎うんさい底そこの影かげを写すうつすほどに、軽くかるく足音あしおとを受けうけた時じに、藤尾ふじおの背中せなかに背負っせおった黒いくろい髪かみはさらりと動いうごいた。
途端とたんに椽えんに落ちおちた紺こん足袋たびが女おんなの眼めに這入るはいる。
足袋たびの主ぬしは見みなくても知れしれている。
紺こん足袋たびは静かしずかに歩いあるいて来きた。
「藤尾ふじお」 声こえは後あとでする。
雨戸あまどの溝みぞをすっくと仕切っしきった栂つがの柱はしらを背せに、欽吾きんごは留っとめったらしい。
藤尾ふじおは黙っだまっている。
「また夢ゆめか」と欽吾きんごは立ったったまま、癖くせのない洗髪せんぱつを見下しみくだした。
「何なんです」と云いいいなり女おんなは、顔かおを向け直しむけなおした。
赤あか棟むね蛇へびの首くびを擡げもたげた時じのようである。
黒いくろい髪かみに陽炎かげろうを砕くくだく。
男おとこは、眼めさえ動かさうごかさない。
蒼いあおい顔かおで見下しみくだしている。
向き直っむきなおった女おんなの額がくをじっと見下しみくだしている。
「昨夕さくゆうは面白かっおもしろかったかい」 女おんなは答えるこたえる前まえに熱いあつい団子だんごをぐいと嚥み下しのみくだした。
「ええ」と極めてきわめて冷淡れいたんな挨拶あいさつをする。
「それは好かっよかった」と落ちつきおちつき払っはらって云ういう。
女おんなは急いいそいて来るくる。
勝気かちきな女おんなは受じゅ太刀たちだなと気きがつけば、すぐ急いいそいて来るくる。
相手あいてが落ちついおちついていればなお急いいそいて来るくる。
汗あせを流しながして斬り込むきりこむならまだしも、斬り込んきりこんで置きおきながら悠々ゆうゆうとして柱はしらに倚っよって人ひとを見下しみくだしているのは、酒さけを飲みのみつつ胡坐こざをかいて追剥おいはぎをすると同様どうよう、ちと虫むしがよすぎる。
「驚くおどろくうちは楽らくがあるんでしょう」 女おんなは逆ぎゃくに寄せ返しよせかえした。
男おとこは動じどうじた様子ようすもなく依然いぜんとして上うえから見下しみくだしている。
意味いみが通じつうじた気色けしきさえ見えみえぬ。
欽吾きんごの日記にっきに云ういう。
――ある人ひとは十じゅう銭せんをもって一いち円えんの十じゅう分ぶん一いちと解釈かいしゃくし、ある人ひとは十じゅう銭せんをもって一いち銭せんの十じゅう倍ばいと解釈かいしゃくすと。
同じおなじ言葉ことばが人ひとに依っよって高くたかくも低くひくくもなる。
言葉ことばを用いるもちいる人ひとの見識けんしき次第しだいである。
欽吾きんごと藤尾ふじおの間まにはこれだけの差さがある。
段だんが違うちがうものが喧嘩けんかをすると妙みょうな現象げんしょうが起るおこる。
姿勢しせいを変えるかえるさえ嬾うく見えみえた男おとこはただ「そうさ」と云っいったのみである。
「兄さんあにさんのように学者がくしゃになると驚きおどろきたくっても、驚ろけおどろけないから楽らくがないでしょう」「楽らく?」と聞いきいた。
楽らくの意味いみが分っわかってるのかと云わいわぬばかりの挨拶あいさつと藤尾ふじおは思うおもう。
兄あにはやがて云ういう。
「楽らくはそうないさ。その代りかわり安心あんしんだ」「なぜ」「楽らくのないものは自殺じさつする気遣きづかいがない」 藤尾ふじおには兄あにの云ういう事ことがまるで分らわからない。
蒼いあおい顔かおは依然いぜんとして見下しみくだしている。
なぜと聞くきくのは不見識ふけんしきだから黙っだまっている。
「御前ごぜんのように楽らくの多いおおいものは危ないあぶないよ」 藤尾ふじおは思わおもわず黒髪くろかみに波なみを打たしうたした。
きっと見上げるみあげる上うえから兄あには分っわかったかとやはり見下しみくだしている。
何事なにごととも知らしらず「埃及えじぷとの御代みよしろし召すめす人ひとの最後さいごぞ、かくありてこそ」と云ういう句くを明かあきらかに思い出すおもいだす。
「小野おのは相そう変らかわらず来るくるかい」 藤尾ふじおの眼めは火打石ひうちいしを金槌かなづちの先さきで敲いたたいたような火花ひばなを射るいる。
構わかまわぬ兄あには「来きないかい」と云ういう。
藤尾ふじおはぎりぎりと歯はを噛んかんだ。
兄あには談話だんわを控えひかえた。
しかし依然いぜんとして柱はしらに倚っよっている。
「兄さんあにさん」「何なんだい」とまた見下すみくだす。
「あの金きん時計とけいは、あなたには渡しわたしません」「おれに渡さわたさなければ誰だれに渡すわたす」「当分とうぶん私わたくしがあずかって置きおきます」「当分とうぶん御前ごぜんがあずかる? それもよかろう。しかしあれは宗近むねちかにやる約束やくそくをしたから……」「宗近むねちかさんに上げるあげる時じには私わたくしから上げあげます」「御前ごぜんから」と兄あには少しすこし顔かおを低くひくくして妹いもうとの方ほうへ眼めを近寄せちかよせた。
「私わたくしから――ええ私わたくしから――私わたくしから誰だれかに上げあげます」と寄木よせぎの机つくえに凭せもたせた肘ひじを跳ねはねて、すっくり立ち上がるたちあがる。
紺こんと、濃いこい黄きと、木賊とくさと海老茶えびちゃの棒縞ぼうじまが、棒ぼうのごとく揃っそろって立ち上がるたちあがる。
裾すそだけが四よん色いろの波なみのうねりを打っうって白足袋しろたびの鞐を隠すかくす。
「そうか」と兄あには雲斎うんさい底そこの踵かかとを見せみせて、向むかいへ行っいってしまった。
甲野こうのさんが幽霊ゆうれいのごとく現われあらわれて、幽霊ゆうれいのごとく消えるきえる間まに、小野おのさんは近づいちかづいて来るくる。
いくたびの降るふる雨あめに、土つちに籠るこもる青味あおみを蒸し返しむしかえして、湿りしめりながらに暖かあたたかき大地だいちを踏んふんで近づいちかづいて来るくる。
磨き上げみがきあげた山羊やぎの皮かわに被るかぶる埃ほこりさえ目めにつかぬほどの奇麗きれいな靴くつを、刻み足きざみあしに運ばはこばして甲野こうの家いえの門もんに近づいちかづいて来るくる。
世よを投げ遣りなげやりのだらりとした姿すがたの上うえに、義理ぎりに着るきる羽織はおりの紐ひもを丸打まるうちに結んむすんで、細いほそい杖つえに本来ほんらい空そらの手持無沙汰てもちむさたを紛らすまぎらす甲野こうのさんと、近づいちかづいてくる小野おのさんは塀へいの側がわでぱたりと逢っあった。
自然しぜんは対照たいしょうを好むこのむ。
「どこへ」と小野おのさんは帽ぼうに手てを懸けかけて、笑いわらいながら寄っよってくる。
「やあ」と受けうけ応おうがあった。
そのまま洋杖すてっきは動かうごかなくなる。
本来ほんらいは洋杖すてっきさえ手持無沙汰てもちむさたなものである。
「今いま、ちょっと行こういこうと思っおもって……」「行きいきたまえ。藤尾ふじおはいる」と甲野こうのさんは素直すなおに相手あいてを通すとおす気きである。
小野おのさんは躊躇ちゅうちょする。
「君きみはどこへ」とまた聞き直すききなおす。
君きみの妹いもうとには用ようがあるが、君きみはどうなっても構わかまわないと云ういう態度たいどは小野おのさんの取るとるに忍びしのびざるところである。
「僕ぼくか、僕ぼくはどこへ行くいくか分らわからない。僕ぼくがこの杖つえを引っ張りひっぱり廻すまわすように、何なんかが僕ぼくを引っ張りひっぱり廻すまわすだけだ」「ハハハハははははだいぶ哲学的てつがくてきだね。――散歩さんぽ?」と下したから覗き込んのぞきこんだ。
「ええ、まあ……好いよい天気てんきだね」「好いよい天気てんきだ。――散歩さんぽより博覧会はくらんかいはどうだい」「博覧会はくらんかいか――博覧会はくらんかいは――昨夕さくゆう見みた」「昨夕さくゆう行っいったって?」と小野おのさんの眼めは一時いちじに坐るすわる。
「ああ」 小野おのさんはああの後あとから何なんか出でて来るくるだろうと思っおもって、控えひかえている。
時鳥ほととぎすは一声いっせいで雲くもに入っはいったらしい。
「一人ひとりで行っいったのかい」と今度こんどはこちらから聞いきいて見るみる。
「いいや。誘わさそわれたから行っいった」 甲野こうのさんにははたして連れんがあった。
小野おのさんはもう少しすこし進んすすんで見みなければ済ますまないようになる。
「そうかい、奇麗きれいだったろう」とまず繋ぎつなぎに出しだして置いおいて、そのうちに次つぎの問もんを考えるかんがえる事ことにする。
ところが甲野こうのさんは簡単かんたんに「うん」の一句いっくで答こたえをしてしまう。
こっちは考かんがえのまとまらないうち、すぐ何なんとか付けつけなければならぬ。
始めはじめは「誰だれと?」と聞こうきこうとしたが、聞かきかぬ前まえにいや「何時頃いつごろ?」の方ほうが便宜べんぎではあるまいかと思うおもう。
いっそ「僕ぼくも行っいった」と打っうって出ようでようか知らかしら、そうしたら先方せんぽうの答こたえ次第しだいで万事ばんじが明暸めいりょうになる。
しかしそれもいらぬ事ことだ。
――小野おのさんは胸むねの上うえ、咽喉のどの奥おくでしばらく押問答おしもんどうをする。
その間まに甲野こうのさんは細いほそい杖つえの先さきを一いち尺さしばかり動かしうごかした。
杖つえのあとに動くうごくものは足あしである。
この相図あいずをちらりと見みて取っとった小野おのさんはもう駄目だめだ、よそうと咽喉のどの奥おくでせっかくの計画けいかくをほごしてしまう。
爪つめの垢あかほど先さきを制せせいせられても、取り返しとりかえしをつけようと意思いしを働かはたらかせない人ひとは、教育きょういくの力ちからでは翻こぼしえす事ことの出来できぬ宿命論しゅくめいろん者ものである。
「まあ行きいきたまえ」とまた甲野こうのさんが云ういう。
催促さいそくされるような気持きもちがする。
運命うんめいが左ひだりへと指図さしずをしたらしく感じかんじた時じ、後あとから押すおすものがあれば、すぐ前まえへ出るでる。
「じゃあ……」と小野おのさんは帽子ぼうしをとる。
「そうか、じゃあ失敬しっけい」と細いほそい杖つえは空間くうかんを二に尺さしばかり小野おのさんから遠退いとおのいた。
一いち歩あゆみ門もんへ近寄っちかよった小野おのさんの靴くつは同時どうじに一歩いちほ杖つえに牽かひかれて故こへ帰るかえる。
運命うんめいは無限むげんの空間くうかんに甲野こうのさんの杖つえと小野おのさんの足あしを置いおいて、一いち尺さしの間隔かんかくを争わあらそわしている。
この杖つえとこの靴くつは人格じんかくである。
我われらの魂たましいは時じあって靴くつの踵かかとに宿りやどり、時じあって杖つえの先さきに潜むひそむ。
魂たましいを描くえがく事ことを知らしらぬ小説家しょうせつかは杖つえと靴くつとを描くえがく。
一いち歩あゆみの空間くうかんを行きいき尽しつくした靴くつは、光るひかる頭あたまを回らしまわらして、棄身に細いほそい体からだを大地だいちに托したくした杖つえに問いかけといかけた。
「藤尾ふじおさんも、昨夕さくゆういっしょに行っいったのかい」 棒ぼうのごとく真直まっすぐに立ち上がったちあがった杖つえは答えるこたえる。
「ああ、藤尾ふじおも行っいった。――ことに因るよると今日きょうは下した読よみが出来できていないかも知れしれない」 細いほそい杖つえは地ちに着くつくがごとく、また地ちを離りるるがごとく、立つたつと思えおもえば傾けいむき、傾けいむくと思えおもえば立ちたち、無限むげんの空間くうかんを刻んきざんで行くいく。
光るひかる靴くつは突き込んつきこんだ頭あたまに薄いうすい泥どろを心持こころもちわるく被っかぶったまま、遠慮えんりょ勝かちに門内もんないの砂利じゃりを踏んふんで玄関げんかんに掛かるかかる。
小野おのさんが玄関げんかんに掛かるかかると同時どうじに、藤尾ふじおは椽えんの柱はしらに倚りよりながら、席せきに返らかえらぬ爪先つまさきを、雨戸あまど引くひく溝みぞの上うえに翳しかざして、手広くてびろく囲い込んかこいこんだ庭にわの面めんを眺めながめている。
藤尾ふじおが椽えんの柱はしらに倚りよりかかるよほど前まえから、謎なぞの女おんなは立てたて切っきった一いち間まのうちで、鳴るなる鉄瓶てつびんを相手あいてに、行くいく春はるの行きいき尽さつくさぬ間まを、根限りこんかぎり考えかんがえている。
欽吾きんごはわが腹はらを痛めいためぬ子こである。
――謎なぞの女おんなの考かんがえは、すべてこの一句いっくから出立しゅったつする。
この一句いっくを布衍ふえんすると謎なぞの女おんなの人生観じんせいかんになる。
人生観じんせいかんを増補ぞうほすると宇宙うちゅう観かんが出来るできる。
謎なぞの女おんなは毎日まいにち鉄瓶てつびんの音おとを聞いきいては、六ろく畳たたみ敷しきの人生観じんせいかんを作りつくり宇宙うちゅう観かんを作っつくっている。
人生観じんせいかんを作りつくり宇宙うちゅう観かんを作るつくるものは閑かんのある人ひとに限るかぎる。
謎なぞの女おんなは絹布けんぷ団だんの上うえでその日ひその日ひを送るおくる果報かほうな身分みぶんである。
居住きょじゅうは心こころを正すただす。
端然たんぜんと恋こいに焦れじれたもう雛ひなは、虫むしが喰うくうて鼻はなが欠けかけても上品じょうぼんである。
謎なぞの女おんなはしとやかに坐るすわる。
六ろく畳たたみ敷しきの人生観じんせいかんもまたしとやかでなくてはならぬ。
老いおいて夫おっとなきは心細いこころぼそい。
かかるべき子こなきはなおさら心細いこころぼそい。
かかる子こが他人たにんなるは心細いこころぼそい上うえに忌わしいいまわしい。
かかるべき子こを持ちもちながら、他人たにんにかからねばならぬ掟おきては忌わしいいまわしいのみか情けないなさけない。
謎なぞの女おんなは自じを情ないなさけない不幸ふこうの人ひとと信じしんじている。
他人たにんでも合わあわぬとは限らかぎらぬ。
醤油しょうゆと味あじ淋は昔むかしから交っかっている。
しかし酒さけと煙草たばこをいっしょに呑めのめば咳せきが出るでる。
親おやの器うつわの方円ほうえんに応じおうじて、盛らもらるる水みずの調子ちょうしを合わせるあわせる欽吾きんごではない。
日ひを経れへれば日ひを重ねかさねて隔りへだたりの関せきが出来るできる。
この頃このごろは江戸えどの敵てきに長崎ながさきで巡り逢っめぐりあったような心持こころもちがする。
学問がくもんは立身出世りっしんしゅっせの道具どうぐである。
親おやの機嫌きげんに逆っぎゃくって、師走しわす正月しょうがつの拍子ひょうしをはずすための修業しゅぎょうではあるまい。
金きんを掛けかけてわざわざ変人へんじんになって、学校がっこうを出るでると世間せけんに通用つうようしなくなるのは不名誉ふめいよである。
外聞がいぶんがわるい。
嗣子ししとしては不都合ふつごうと思うおもう。
こんなものに死水しにみずを取っとって貰うもらう気きもないし、また取るとるほどの働はたらけのあるはずがない。
幸みゆきと藤尾ふじおがいる。
冬ふゆを凌ぐしのぐ女竹めだけの、吹き寄せふきよせて夜よるを積るつもる粉雪こなゆきをぴんと撥ねるはねる力ちからもある。
十じゅう目めを街頭がいとうに集しゅうむる春はるの姿すがたに、蝶ちょうを縫いぬい花はなを浮かしうかした派出はしゅつな衣裳いしょうも着せきせてある。
わが子ことして押し出すおしだす世間せけんは広いひろい。
晴れはれた天下てんかを、晴れやかはれやかに練りねり行くいくを、迷うまようは人ひとの随意ずいいである。
三さん国くに一いちの婿むこと名乗るなのる誰彼だれかれを、迷わしまよわしてこそ、焦らしじらしてこそ、育て上げそだてあげた母ははの面目めんぼくは揚るあがる。
海鼠なまこの氷っこおったような他人たにんにかかるよりは、羨しうらやましがられて華麗かれいに暮れくれては明けるあける実じつの娘むすめの月日つきひに添うそうて墓はかに入るはいるのが順路じゅんろである。
蘭らんは幽谷ゆうこくに生じしょうじ、剣けんは烈士れっしに帰すきす。
美びくしき娘むすめには、名なある聟むこを取らとらねばならぬ。
申込もうしこみはたくさんあるが、娘むすめの気きに入らはいらぬものは、自分じぶんの気きに入らはいらぬものは、役やくに立たたたぬ。
指ゆびの太ふとしさに合わあわぬ指輪ゆびわは貰っもらっても捨てるすてるばかりである。
大きおおき過ぎすぎても小さちいささ過ぎすぎても聟むこには出来できぬ。
したがって聟むこは今日きょうまで出来できずにいた。
燦さんとして群がるむらがるもののうちにただ一人ひとり小野おのさんが残っのこっている。
小野おのさんは大変たいへん学問がくもんのできる人ひとだと云ういう。
恩賜おんしの時計とけいをいただいたと云ういう。
もう少しすこし立つたつと博士はかせになると云ういう。
のみならず愛嬌あいきょうがあって親切しんせつである。
上品じょうぼんで調子ちょうしがいい。
藤尾ふじおの聟むことして恥ずかしくはずかしくはあるまい。
世話せわになっても心持こころもちがよかろう。
小野おのさんは申分もうしぶんのない聟むこである。
ただ財産ざいさんのないのが欠点けってんである。
しかし聟むこの財産ざいさんで世話せわになるのは、いかに気きに入っはいった男おとこでも幅はばが利かりかぬ。
無一物むいちぶつの某ぼうを入れいれて、おとなしく嫁姑よめしゅうとめを大事だいじにさせるのが、藤尾ふじおの都合つごうにもなる、自分じぶんのためでもある。
一いちつ困るこまる事ことはその財産ざいさんである。
夫おっとが外国がいこくで死んしんだ四よんヵ月かげつ後あとの今日きょうは当然とうぜん欽吾きんごの所有しょゆうに帰しかえしてしまった。
魂胆こんたんはここから始まるはじまる。
欽吾きんごは一いち文ぶんの財産ざいさんもいらぬと云ういう。
家いえも藤尾ふじおにやると云ういう。
義理ぎりの着物きものを脱いぬいで便利べんりの赤裸あかはだかになれるものなら、降っふって湧いわいた温泉おんせんへ得とくたり賢こかしこしと飛び込むとびこむ気きにもなる。
しかし体裁ていさいに着るきる衣裳いしょうはそう無む雑作ぞうさに剥ぎ取れるはぎとれるものではない。
降りふりそうだから傘かさをやろうと投げ出しなげだした時じ、二に本ほんあれば遠慮えんりょをせぬが世間せけんであるが、見す見すみすみすくれる人ひとが濡れるぬれるのを構わかまわずにわがままな手てを出すだすのは人ひとの思わくおもわくもある。
そこに謎なぞが出来るできる。
くれると云ういうのは本気ほんきで云ういう嘘うそで、取らとらぬ顔つきかおつきを見せるみせるのも隣となり近所きんじょへの申訳もうしわけに過ぎすぎない。
欽吾きんごの財産ざいさんを欽吾きんごの方ほうから無理むりに藤尾ふじおに譲るゆずるのを、厭々いやながら受取っうけとった顔つきかおつきに、文明ぶんめいの手前てまえを繕わつくろわねばならぬ。
そこで謎なぞが解けるとける。
くれると云ういうのを、くれたくない意味いみと解いといて、貰うもらう料簡りょうけんで貰わもらわないと主張しゅちょうするのが謎なぞの女おんなである。
六ろく畳たたみ敷しきの人生観じんせいかんはすこぶる複雑ふくざつである。
謎なぞの女おんなは問題もんだいの解決かいけつに苦しんくるしんでとうとう六ろく畳たたみ敷しきを出でた。
貰いもらいたいものを飽くまであくまで貰わもらわないと主張しゅちょうして、しかも一いち日ひも早くはやく貰っもらってしまう方法ほうほうは微分積分びぶんせきぶんでも容易よういに発見はっけんの出来できぬ方法ほうほうである。
謎なぞの女おんなが苦し紛れくるしまぎれの屈託くったく顔かおに六ろく畳たたみ敷しきを出でたのは、焦慮しょうりょいが高じこうじて、布団ふとんの上うえに坐ざたたまれないからである。
出でて見るみると春はるの日ひは存外ぞんがい長閑のどかで、平気へいきに鬢びんを嬲るなぶる温風おんぷうはいやに人ひとを馬鹿ばかにする。
謎なぞの女おんなはいよいよ気色けしきが悪くわるくなった。
椽えんを左ひだりに突き当れつきあたれば西洋館せいようかんで、応接間おうせつかんにつづく一部いちぶ屋やは欽吾きんごが書斎しょさいに使っつかっている。
右みぎは鍵かぎの手てに折れおれて、折れおれたはずれの南みなみに突き出しつきだした六ろく畳たたみが藤尾ふじおの居間いまとなる。
菱餅ひしもちの底そこを渡るわたる気きで真直まっすぐな向うむこう角かくを見るみると藤尾ふじおが立ったっている。
濡色ぬれいろに捌いさばいた濃こき鬢びんのあたりを、栂つがの柱はしらに圧しおしつけて、斜めななめに持たしもたした艶あでな姿すがたの中ほどなかほどに、帯おび深くふかく差し込んさしこんだ手頸てくびだけが白くしろく見えるみえる。
萩はぎに伏しふし薄うすに靡くなびく故里こりを流離人さすらいびとはこんな風かぜに眺めるながめる事ことがある。
故里こりを離れはなれぬ藤尾ふじおは何なんを眺めながめているか分らわからない。
母ははは椽えんを曲っきょくって近寄っちかよった。
「何なんを考えかんがえているの」「おや、御ご母さんははさん」と斜めななめな身体しんたいを柱はしらから離すはなす。
振り返っふりかえった眼つきめつきには愁うれいの影かげさえもない。
我われの女おんなと謎なぞの女おんなは互たがいに顔かおを見合しみあいした。
実じつの親子おやこである。
「どうかしたのかい」と謎なぞが云ういう。
「なぜ」と我がわが聞き返すききかえす。
「だって、何なんだか考え込んかんがえこんでいるからさ」「何になんにも考えかんがえていやしません。庭にわの景色けしきを見みていたんです」「そう」と謎なぞは意味いみのある顔つきかおつきをした。
「池いけの緋鯉ひごいが跳ねはねますよ」と我われは飽くまであくまでも主張しゅちょうする。
なるほど濁っにごった水みずのなかで、ぽちゃりと云ういう音おとがした。
「おやおや。――御ご母さんははさんの部屋へやでは少しすこしも聞えきこえないよ」 聞えきこえないんではない。
謎なぞで夢中むちゅうになっていたのである。
「そう」と今度こんどは我われの方ほうで意味いみのある顔つきかおつきをする。
世よはさまざまである。
「おや、もう蓮れんの葉はが出でたね」「ええ。まだ気きがつかなかったの」「いいえ。今いま始はじめて」と謎なぞが云ういう。
謎なぞばかり考えかんがえているものは迂濶うかつである。
欽吾きんごと藤尾ふじおの事ことを引き抜くひきぬくと頭あたまは真空しんくうになる。
蓮れんの葉はどころではない。
蓮れんの葉はが出でたあとには蓮れんの花はなが咲くさく。
蓮れんの花はなが咲いさいたあとには蚊帳かやを畳んたたんで蔵くらへ入れるいれる。
それから蟋蟀こおろぎが鳴くなく。
時雨れるしぐれる。
木枯こがらしが吹くふく。
……謎なぞの女おんなが謎なぞの解決かいけつに苦しんくるしんでいるうちに世の中よのなかは変っかわってしまう。
それでも謎なぞの女おんなは一いちつ所ところに坐っすわって謎なぞを解くとくつもりでいる。
謎なぞの女おんなは世の中よのなかで自分じぶんほど賢いかしこいものはないと思っおもっている。
迂濶うかつだなどとは夢ゆめにも考えかんがえない。
緋鯉ひごいががぽちゃりとまた跳ねるはねる。
薄うす濁じょくのする水みずに、泥どろは沈んしずんで、上皮じょうひだけは軽くかるく温むぬるむ底そこから、朦朧もうろうと朱いあかい影かげが静かしずかな土つちを動かしうごかして、浮いういて来るくる。
滑らかなめらかな波なみにきらりと射すさす日影ひかげを崩さくずさぬほどに、尾おを揺っゆっているかと思うおもうと、思い切っおもいきってぽんと水みずを敲いたたいて飛びあがるとびあがる。
一面いちめんに揚るあがる泥どろの濃こきうちに、幽かかすかなる朱いあかいものが影かげを潜めひそめて行くいく。
温いぬきい水みずを背せに押し分けおしわけて去るさる痕あとは、一筋ひとすじのうねりを見せみせて、去年きょねんの蘆あしを風かぜなきに嬲るなぶる。
甲野こうのさんの日記にっきには鳥入とりいり雲くも無む迹、魚さかな行水ぎょうずい有ゆう紋もんと云ういう一いち聯が律りつにも絶句ぜっくにもならず、そのまま楷書かいしょでかいてある。
春光しゅんこうは天地てんちを蔽わおおわず、任意にんいに人ひとの心こころを悦ばよろこばしむ。
ただ謎なぞの女おんなには幸せしあわせぬ。
「何なんだって、あんなに跳ねるはねるんだろうね」と聞いきいた。
謎なぞの女おんなが謎なぞを考えるかんがえるごとく、緋鯉ひごいもむやみに跳ねるはねるのであろう。
酔狂すいきょうと云えいえば双方そうほうとも酔狂すいきょうである。
藤尾ふじおは何なんとも答えこたえなかった。
浮き立てうきたての蓮れんの葉はを称ししょうして支那しなの詩人しじんは青あお銭せんを畳むたたむと云っいった。
銭せんのような重いおもい感じかんじは無論むろんない。
しかし水際みずぎわに始めはじめて昨日きのう、今日きょうの嫩いわかい命いのちを托したくして、娑婆しゃばの風かぜに薄いうすい顔かおを曝すさらすうちは銭せんのごとく細かこまかである。
色いろも全くまったく青いあおいとは云えいえぬ。
美濃紙みのしの薄うすきに過ぎすぎて、重苦しおもくるしと碧へきを厭ういとう柔らかやわらかき茶ちゃに、日ごとひごとに冒すおかす緑青ろくしょうを交ぜまぜた葉はの上うえには、鯉こいの躍っおどった、春はるの名残なごりが、吹けふけば飛ぶとぶ、置けおけば崩れくずれぬ珠たまとなって転がっころがっている。
――答こたえをせぬ藤尾ふじおはただ眼前がんぜんの景色けしきを眺めるながめる。
鯉こいはまた躍っおどった。
母ははは無意味むいみに池いけの上うえを※ていたが、やがて気きを換えかえて「近頃ちかごろ、小野おのさんは来きないようだね。どうかしたのかい」と聞いきいて見るみる。
藤尾ふじおは屹ときっと向き直っむきなおった。
「どうしたんですか」とじっと母ははを見みた上うえで、澄しすましてまた庭にわの方ほうへ眸ひとみを反らすそらす。
母はははおやと思うおもう。
さっきの鯉こいが薄赤くうすあかく浮葉ふようの下したを通るとおる。
葉はは気軽きがるに動くうごく。
「来きないなら、何なんとか云っいって来きそうなもんだね。病気びょうきでもしているんじゃないか」「病気びょうきだって?」と藤尾ふじおの声こえは疳かん走るはしるほどに高かったかかった。
「いいえさ。病気びょうきじゃないかと聞くきくのさ」「病気びょうきなもんですか」 清水しみずの舞台ぶたいから飛び降りとびおりたような語勢ごせいは鼻はなの先さきでふふんと留っとめった。
母はははまたおやと思うおもう。
「あの人ひとはいつ博士はかせになるんだろうね」「いつですか」とよそごとのように云ういう。
「御前ごぜん――あの人ひとと喧嘩けんかでもしたのかい」「小野おのさんに喧嘩けんかが出来るできるもんですか」「そうさ、ただ教えおしえて貰もらえやしまいし、相当そうとうの礼れいをしているんだから」 謎なぞの女おんなにはこれより以上いじょうの解釈かいしゃくは出来できないのである。
藤尾ふじおは返事へんじを見合せみあわせた。
昨夕さくゆうの事ことを打ち明けうちあけてこれこれであったと話しはなしてしまえばそれまでである。
母ははは無論むろん躍起やっきになって、こっちに同情どうじょうするに違いない。
打ち明けうちあけて都合つごうが悪いわるいとは露ろ思わおもわぬが、進んすすんで同情どうじょうを求めるもとめるのは、餓に逼っせまって、知らしらぬ人ひとの門口かどぐちに、一いち銭せん二に銭せんの憐れんを乞うこうのと大したたいした相違そういはない。
同情どうじょうは我われの敵てきである。
昨日きのうまで舞台ぶたいに躍るおどる操人形みさおにんぎょうのように、物もの云ういうも懶ものぐさきわが小指こゆびの先さきで、意いのごとく立たしたたしたり、寝かしねかしたり、果かは笑わしわらわしたり、焦らしじらしたり、どぎまぎさして、面白くおもしろく興じきょうじていた手柄顔てがらかおを、母ははも天晴れあっぱれと、うごめかす鼻はなの先さきに、得意とくいの見栄みえをぴくつかせていたものを、――あれは、ほんの表ひょう向むかいで、内実ないじつの昨夕さくゆうを見みたら、招くまねく薄うすは向むかいへ靡くなびく。
知らしらぬ顔かおの美しいうつくしい人ひとと、睦じくむつまじく御ご茶ちゃを飲んのんでいたと、心外しんがいな蓋ふたをとれば、母ははの手前てまえで器量きりょうが下がるさがる。
我がわが承知しょうちが出来できぬと云ういう。
外れはずれた鷹たかなら見み限かぎりをつけてもういらぬと話すはなす。
あとを跟けつけて鼻はなを鳴らさならさぬような犬いぬならば打ちうちやった後あとで、捨てすてて来きたと公言こうげんする。
小野おのさんの不心得ふこころえはそこまでは進んすすんでおらぬ。
放っはなって置けおけば帰るかえるかも知れしれない。
いや帰るかえるに違いないと、小夜子さよこと自分じぶんを比較ひかくした我がわが証言しょうげんしてくれる。
帰っかえって来きた時じに辛いつらい目めに逢わあわせる。
辛いつらい目めに逢わあわせた後あとで、立たしたたしたり、寝かしねかしたりする。
笑わしわらわしたり、焦らしじらしたり、どぎまぎさしたりする。
そうして、面白おもしろそうな手柄顔てがらかおを、母ははに見せれみせれば母ははへの面目めんぼくは立つたつ。
兄あにと一いちに見せれみせれば、両人りょうにんへの意趣いしゅ返しかえしになる。
――それまでは話すはなすまい。
藤尾ふじおは返事へんじを見合せみあわせた。
母ははは自分じぶんの誤解ごかいを悟るさとる機会きかいを永久えいきゅうに失っうしなった。
「さっき欽吾きんごが来きやしないか」と母はははまた質問しつもんを掛けるかける。
鯉こいは躍るおどる。
蓮れんは芽めを吹くふく、芝生しばふはしだいに青くあおくなる、辛夷こぶしは朽ちくちた。
謎なぞの女おんなはそんな事ことに頓着とんちゃくはない。
日ひとなく夜よるとなく欽吾きんごの幽霊ゆうれいで苦しめくるしめられている。
書斎しょさいにおれば何なんをしているかと思いおもい、考えかんがえておれば何なんを考えかんがえているかと思いおもい、藤尾ふじおの所ところへ来れこれば、どんな話はなしをしに来きたのかと思うおもう。
欽吾きんごは腹はらを痛めいためぬ子こである。
腹はらを痛めいためぬ子こに油断ゆだんは出来できぬ。
これが謎なぞの女おんなの先天的せんてんてきに教わっおそわった大おお真理しんりである。
この真理しんりを発見はっけんすると共ともに謎なぞの女おんなは神経しんけい衰弱すいじゃくに罹っかかった。
神経しんけい衰弱すいじゃくは文明ぶんめいの流行りゅうこう病やまいである。
自分じぶんの神経しんけい衰弱すいじゃくを濫用らんようすると、わが子こまでも神経しんけい衰弱すいじゃくにしてしまう。
そうしてあれの病気びょうきにも困りこまり切りきりますと云ういう。
感染かんせんしたものこそいい迷惑めいわくである。
困りこまり切るきるのはどっちの云いいい分ぶんか分らわからない。
ただ謎なぞの女おんなの方ほうでは、飽くまであくまでも欽吾きんごに困りこまり切っきっている。
「さっき欽吾きんごが来きやしないか」と云ういう。
「来きたわ」「どうだい様子ようすは」「やっぱり相そう変らかわらずですわ」「あれにも、本当ほんとうに……」で薄くうすく八はちの字じを寄せよせたが、「困り者こまりものだね」と切っきった時じ、八はちの字じは見る見るみるみる深くふかくなった。
「何なんでも奥歯おくばに物ものの挟きょうったような皮肉ひにくばかり云ういうんですよ」「皮肉ひにくなら好いよいけれども、時々ときどき気きの知れしれない囈語を云ういうにゃ困るこまるじゃないか。何なんでもこの頃このごろは様子ようすが少しすこし変へんだよ」「あれが哲学てつがくなんでしょう」「哲学てつがくだか何なんだか知らしらないけれども。――さっき何なんか云っいったかい」「ええまた時計とけいの事ことを……」「返せかえせって云ういうのかい。一いちにやろうがやるまいが余計よけいな御世話ごせわじゃないか」「今いまどっかへ出掛けでかけたでしょう」「どこへ行っいったんだろう」「きっと宗近むねちかへ行っいったんですよ」 対話たいわがここまで進んすすんだ時じ、小野おのさんがいらっしゃいましたと下女げじょが両手りょうてをつかえる。
母ははは自分じぶんの部屋へやへ引き取っひきとった。
椽えん側がわを曲っきょくって母ははの影かげが障子しょうじのうちに消えきえたとき、小野おのさんは内玄関ないげんかんの方ほうから、茶の間ちゃのまの横よこを通っとおって、次つぎの六ろく畳たたみを、廊下ろうかへ廻らまわらず抜けぬけて来るくる。
磬けいを打っうって入室にゅうしつ相見あいみの時じ、足音あしおとを聞いきいただけで、公案こうあんの工夫くふうが出来できたか、出来できないか、手てに取るとるようにわかるものじゃと云っいった和尚おしょうがある。
気きの引けるひけるときは歩きあるき方ほうにも現われるあらわれる。
獣けものにさえ屠所としょのあゆみと云ういう諺ことわざがある。
参禅さんぜんの衲子に限っかぎった現象げんしょうとは認めみとめられぬ。
応用おうようは才人さいじん小野おのさんの上うえにも利くきく。
小野おのさんは常つねから世の中よのなかに気兼きがねをし過ぎるすぎる。
今日きょうは一入ひとしお変へんである。
落人おちうどは戦ぐそよぐ芒ぼうに安からあんからず、小野おのさんは軽くかるく踏むふむ青畳あおだたみに、そと落すおとす靴足袋くつたびの黒くろき爪先つまさきに憚りはばかり気きを置いおいて這入っはいって来きた。
一いち睛ひとみを暗あん所ところに点ぜてんぜず、藤尾ふじおは眼めを上げあげなかった。
ただ畳たたみに落すおとす靴足袋くつたびの先さきをちらりと見みただけでははあと悟っさとった。
小野おのさんは座ざに着かきかぬ先さきから、もう舐めなめられている。
「今日はきょうは……」と座りすわりながら笑いかけるわらいかける。
「いらっしゃい」と真面目まじめな顔かおをして、始めはじめて相手あいてをまともに見るみる。
見みられた小野おのさんの眸ひとみはぐらついた。
「御無沙汰ごむさたをしました」とすぐ言訳いいわけを添えるそえる。
「いいえ」と女おんなは遮っさえぎった。
ただしそれぎりである。
男おとこは出鼻でばなを挫かくじかれた気持きもちで、どこから出直そうでなおそうかと考えるかんがえる。
座敷ざしきは例れいのごとく静せいである。
「だいぶ暖かあたたかになりました」「ええ」 座敷ざしきのなかにこの二に句くを点じてんじただけで、後あとは故このごとく静せいになる。
ところへ鯉こいがぽちゃりとまた跳るとべる。
池いけは東側ひがしがわで、小野おのさんの背中せなかに当るあたる。
小野おのさんはちょっと振り向いふりむいて鯉こいがと云おういおうとして、女おんなの方ほうを見るみると、相手あいての眼めは南側みなみがわの辛夷こぶしに注いそそいている。
――壺つぼのごとく長いながい弁べんから、濃いこい紫むらさきが春はるを追うおうて抜け出しぬけだした後あとは、残骸ざんがいに空そらしき茶ちゃの汚染おせんを皺しわ立てたてて、あるものはぽきりと絶えたえた萼がくのみあらわである。
鯉こいがと云おういおうとした小野おのさんはまた廃めやめた。
女おんなの顔かおは前まえよりも寄りよりつけない。
――女おんなは御無沙汰ごむさたをした男おとこから、御無沙汰ごむさたをした訳わけを云わいわせる気きで、ただいいえと受けうけた。
男おとこは仕し損っそこなったと心得こころえて、だいぶ暖だんになりましたと気きを換えかえて見みたが、それでも験げんが見えみえぬので、鯉こいがの方ほうへ移ろううつろうとしたのである。
男おとこは踏み留まれるふみとどまれるところまで滑っすべって行くいく気きで、気きを揉んもんでいるのに、女おんなは依然いぜんとして故この所ところに坐っすわって動かうごかない。
知らしらぬ小野おのさんはまた考えかんがえなければならぬ。
四五しご日ひ来きなかったのが気きに入らはいらないなら、どうでもなる。
昨夕さくゆう博覧会はくらんかいで見つかっみつかったなら少しすこし面倒めんどうである。
それにしても弁解べんかいの道みちはいくらでもつく。
しかし藤尾ふじおがはたして自分じぶんと小夜子さよこを、ぞろぞろ動くうごく黒いくろい影かげの絶間たえまなく入れ代るいれかわるうちで認めみとめたろうか。
認めみとめられたらそれまでである。
認めみとめられないのに、こちらから思い切っおもいきって持ち出すもちだすのは、肌はだを脱いぬいで汚いきたない腫物しゅもつを知らしらぬ人ひとの鼻はなの前まえに臭わにおわせると同じおなじ事ことになる。
若いわかい女おんなと連れ立っつれだって路みちを行くいくは当世とうせいである。
ただ歩くあるくだけなら名誉めいよになろうとも瑕疵かしとは云わいわせぬ。
今宵こよい限かぎりの朧おぼろだものと、即興そっきょうにそそのかされて、他生たしょうの縁えんの袖そでと袂たもとを、今宵こよい限りかぎり擦り合せすりあわせて、あとは知らしらぬ世よの、黒いくろい波なみのざわつく中なかに、西東にしひがし首くびを埋めうめて、あかの他人たにんと化けばけてしまう。
それならば差支さしつかえない。
進んすすんでこうと話はなしもする。
残念ざんねんな事ことには、小夜子さよこと自分じぶんは、碁盤ごばんの上うえに、訳わけもなく併べならべられた二につの石いしの引っ付くひっつくような浅いあさい関係かんけいではない。
こちらから逃げ延びにげのびた五ご年ねんの永きながき年月としつきを、向むかいでは離れはなれじと、日ひの間まとも夜よるの間まともなく、繰り出すくりだす糸いとの、誠まことは赤きあかき縁えんの色いろに、細くほそくともこれまで繋ぎつなぎ留めとめられた仲なかである。
ただの女おんなと云い切れいいきれば済ますまぬ事こともない。
その代りかわり、人ひとも嫌いきらい自分じぶんも好かよしみかぬ嘘うそとなる。
嘘うそは河豚汁ふぐじるである。
その場ば限りかぎりで祟たたりがなければこれほど旨いうまいものはない。
しかし中毒ちゅうどくたが最後さいご苦しいくるしい血ちも吐かはかねばならぬ。
その上うえ嘘うそは実じつを手て繰寄せるくりよせる。
黙っだまっていれば悟らさとられずに、行きいき抜けるぬける便びんもあるに、隠そうかくそうとする身繕みづくろい、名な繕つくろい、さては素性そせい繕つくろいに、疑ぎの眸ひとみの征矢そやはてっきり的まとと集りあつまりやすい。
繕つくろいは綻びるほころびるを持前もちまえとする。
綻びほころびた下したから醜いみにきい正体しょうたいが、それ見みた事ことかと、現われあらわれた時じこそ、身みの※は生涯しょうがい洗わあらわれない。
――小野おのさんはこれほどの分別ぶんべつを持っもった、利害りがいの関係かんけいには暗からあんからぬ利り巧者こうしゃである。
西東にしひがし隔たるへだたる京きょうを縫うぬうて、五ご年ねんの長きながき思おもうの糸いとに括らくくられているわが情実じょうじつは、目めの前まえにすねて坐っすわった当人とうにんには話しはなしたくない。
少なくすくなくとも新らしいあたらしい血ちに通うかようこの頃このごろの恋こいの脈みゃくが、調子ちょうしを合せあわせて、天下てんか晴れはれての夫婦ふうふぞと、二人ふたりの手頸てくびに暖だんたかく打つうつまでは話しはなしたくない。
この情実じょうじつを話すはなすまいとすると、ただの女おんなと不知ふちを切るきる当座とうざの嘘うそは吐きはきたくない。
嘘うそを吐くはくまいとすると、小夜子さよこの事ことは名前なまえさえも打ち明けうちあけたくない。
――小野おのさんはしきりに藤尾ふじおの様子ようすを眺めながめている。
「昨夕さくゆう博覧会はくらんかいへ御ご出でに……」とまで思い切っおもいきった小野おのさんは、御ご出でになりましたかにしようか、御ご出でになったそうですねにしようかのところでちょっとごとついた。
「ええ、行きいきました」 迷っまよっている男おとこの鼻面はなづらを掠めかすめて、黒いくろい影かげが颯さっと横切っよこぎって過ぎすぎた。
男おとこはあっと思うおもう間まに先さきを越さこされてしまう。
仕方しかたがないから、「奇麗きれいでしたろう」とつける。
奇麗きれいでしたろうは詩人しじんとして余りあまり平凡へいぼんである。
口くちに出しだした当人とうにんも、これはひどいと自覚じかくした。
「奇麗きれいでした」と女おんなは明確めいかく受け留めるうけとめる。
後あとから「人間にんげんもだいぶ奇麗きれいでした」と浴びせるあびせるように付け加えつけくわえた。
小野おのさんは思わおもわず藤尾ふじおの顔かおを見るみる。
少しすこし見当けんとうがつき兼ねるかねるので「そうでしたか」と云っいった。
当り障りあたりさわりのない答こたえは大抵たいていの場合ばあいにおいて愚ぐな答こたえである。
弱身よわみのある時じは、いかなる詩人しじんも愚ぐをもって自らみずから甘んずるあまんずる。
「奇麗きれいな人間にんげんもだいぶ見みましたよ」と藤尾ふじおは鋭どくするどく繰り返しくりかえした。
何なんとなく物騒ぶっそうな句くである。
なんだか無事ぶじに通り抜けとおりぬけられそうにない。
男おとこは仕方なししかたなしに口くちを緘かんんだ。
女おんなも留っとめったまま動かうごかない。
まだ白状はくじょうしない気きかと云ういう眼つきめつきをして小野おのさんを見みている。
宗盛むねもりと云ういう人ひとは刀かたなを突きつけつきつけられてさえ腹はらを切らきらなかったと云ういう。
利害りがいを重んずるおもんずる文明ぶんめいの民みんが、そう軽卒けいそつに自分じぶんの損そんになる事ことを陳述ちんじゅつする訳わけがない。
小野おのさんはもう少しすこし敵てきの動静どうせいを審しんにする必要ひつようがある。
「誰だれか御伴おともがありましたか」と何気なんげなく聴いきいて見るみる。
今度こんどは女おんなの返事へんじがない。
どこまでも一いちつ関所せきしょを守っまもっている。
「今いま、門もんの所ところで甲野こうのさんに逢っあったら、甲野こうのさんもいっしょに行っいったそうですね」「それほど知っしっていらっしゃる癖くせに、何なんで御ご尋ねたずねになるの」と女おんなはつんと拗ねすねた。
「いえ、別べつに御ご伴ともでもあったのかと思っおもって」と小野おのさんは、うまく逃げるにげる。
「兄あにの外そとにですか」「ええ」「兄あにに聞いきいて御覧ごらんになればいいのに」 機嫌きげんは依然いぜんとして悪いわるいが、うまくすると、どうか、こうか渦うずの中なかを漕ぎ抜けこぎぬけられそうだ。
向うむこうの言葉ことばにぶら下がっぶらさがって、往っいったり来きたりするうちに、いつの間まにやら平地へいちへ出るでる事ことがある。
小野おのさんは今までいままで毎度まいどこの手てで成功せいこうしている。
「甲野こうの君きみに聞こうきこうと思っおもったんですけれども、早くはやく上がろうあがろうとして急いいそいだもんですから」「ホホホほほほ」と突然とつぜん藤尾ふじおは高くたかく笑っわらった。
男おとこはぎょっとする。
その隙すきに「そんなに忙しいいそがしいものが、何なんで四五しご日ひ無届むとどけ欠席けっせきをしたんです」と飛んとんで来きた。
「いえ、四五しご日ひ大変たいへん忙しくいそがしくって、どうしても来きられなかったんです」「昼間ひるまも」と女おんなは肩かたを後あとへ引くひく。
長いながい髪かみが一筋ひとすじごとに活きつきているように動くうごく。
「ええ?」と変へんな顔かおをする。
「昼間ひるまもそんなに忙しいいそがしいんですか」「昼間ひるまって……」「ホホホホほほほほまだ分らわからないんですか」と今度こんどはまた庭にわまで響くひびくほどに疳高くかんだかく笑うわらう。
女おんなは自由自在じゆうじざいに笑うわらう事ことが出来るできる。
男おとこは茫然ぼうぜんとしている。
「小野おのさん、昼間ひるまもイルミネーションいるみねーしょんがありますか」と云っいって、両手りょうてをおとなしく膝ひざの上うえに重ねかさねた。
燦さんたる金剛石こんごうせきがぎらりと痛くいたく、小野おのさんの眼めに飛び込んとびこんで来るくる。
小野おのさんは竹箆たけべらでぴしゃりと頬辺ほおべたを叩かたたかれた。
同時どうじに頭あたまの底そこで見みられたと云ういう音おとがする。
「あんまり、勉強べんきょうなさるとかえって金きん時計とけいが取れとれませんよ」と女おんなは澄しすました顔かおで畳み掛けるたたみかける。
男おとこの陣立じんだては総そう崩ほうとなる。
「実じつは一いち週間しゅうかん前まえに京都きょうとから故この先生せんせいが出でて来きたものですから……」「おや、そう、ちっとも知らしらなかったわ。それじゃ御ご忙い訳わけね。そうですか。そうとも知らしらずに、飛んとんだ失礼しつれいを申しもうしまして」と嘯きうそぶきながら頭あたまを低ていれた。
緑みどりの髪かみがまた動くうごく。
「京都きょうとにおった時じ、大変たいへん世話せわになったものですから……」「だから、いいじゃありませんか、大事だいじにして上げあげたら。――私わたくしはね。昨夕さくゆう兄あにと一いちさんと糸子いとこさんといっしょに、イルミネーションいるみねーしょんを見みに行っいったんですよ」「ああ、そうですか」「ええ、そうして、あの池いけの辺へんに亀屋かめやの出店しゅってんがあるでしょう。――ねえ知っしっていらっしゃるでしょう、小野おのさん」「ええ――知っしって――います」「知っしっていらっしゃる。――いらっしゃるでしょう。あすこで皆みなして御ご茶ちゃを飲んのんだんです」 男おとこは席せきを立ちたちたくなった。
女おんなはわざと落ちついおちついた風かぜを、飽くまであくまでも粧うよそう。
「大変たいへん旨いうまい御ご茶ちゃでした事こと。あなた、まだ御ご這入になった事ことはないの」 小野おのさんは黙っだまっている。
「まだ御ご這入にならないなら、今度こんど是非ぜひその京都きょうとの先生せんせいを御ご案内あんないなさい。私わたくしもまた一いちさんに連れつれて行っいって貰うもらうつもりですから」 藤尾ふじおは一いちさんと云ういう名前なまえを妙みょうに響かしひびかした。
春はるの影かげは傾くかたむく。
永きながき日ひは、永くながくとも二人ふたりの専有せんゆうではない。
床ゆかに飾っかざったマジョリカまじょりかの置時計おけとけいが絶えたえざる対話たいわをこの一句いっくにちんと切っきった。
三十さんじゅう分ぶんほどしてから小野おのさんは門もん外そとへ出るでる。
その夜よるの夢ゆめに藤尾ふじおは、驚くおどろくうちは楽らくがある!
女おんなは仕合しあいなものだ!
と云ういう嘲あざけりの鈴すずを聴かきかなかった。
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