虞美人草

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八

第 8 章
一いち本ほんの浅葱あさぎ桜さくらが夕暮ゆうぐれを庭にわに曇るくもる。
拭き込んふきこんだ椽えんは、立てたて切っきった障子しょうじの外そとに静かしずかである。
うちは小形おがたの長火鉢ながひばちに手取てっとり形かたちの鉄瓶てつびんを沸らたぎらして前まえには絞りしぼり羽二重はぶたえの座布団ざふとんを敷くしく。
布団ふとんの上うえには甲野こうのの母ははが品しなよく座っすわっている。
きりりと釣り上げつりあげた眼尻めじりの尽じんくるあたりに、疳かんの筋すじが裏うらを通っとおって額がくへ突き抜けつきぬけているらしい上部じょうぶを、浅黒くあさぐろく膚はだ理りの細かいこまかい皮かわが包んつつんで、外見がいけんだけは至極しごく穏やかおだやかである。
――針はりを海綿かいめんに蔵しぞうして、ぐっと握らにぎらしめたる後あと、柔らやわらかき手かきてに膏薬こうやくを貼っはって創口そうこうを快よくこころよく慰めなぐさめよ。
出来でき得とくべくんば唇くちびるを血ちの出るでる局所きょくしょに接せつけて他意たいなきを示せしめせ。
――二十にじゅう世紀せいきに生れうまれた人ひとはこれだけの事ことを知らしらねばならぬ。
骨ほねを露わあらわすものは亡ぶほろぶと甲野こうのさんがかつて日記にっきに書いかいた事ことがある。
静かしずかな椽えんに足音あしおとがする。
今いま卸しおろしたかと思わおもわれるほどの白足袋しろたびを張り切るはりきるばかりに細長いほそながい足あしに見せみせて、変りかわり色いろの厚いあつい※の椽えんに引きひき擦るするを軽くかるく蹴返しけかえしながら、障子しょうじをすうと開けるあける。
居住きょじゅうをそのままの母ははは、濃いこい眉まゆを半分はんぶんほど入口いりぐちに傾けかたむけて、「おや御ご這入」と云ういう。
藤尾ふじおは無言むごんで後あとを締めるしめる。
母ははの向むかいに火鉢ひばちを隔てへだててすらりと坐っすわった時じ、鉄瓶てつびんはしきりに鳴るなる。
母ははは藤尾ふじおの顔かおを見るみる。
藤尾ふじおは火鉢ひばちの横よこに二につ折つおりに畳んたたんである新聞しんぶんを俯目ふしめに眺めるながめる。
――鉄瓶てつびんは依然いぜんとして鳴るなる。
口くち多きおおき時じに真しん少なしすくなし。
鉄瓶てつびんの鳴るなるに任せまかせて、いたずらに差しさし向うむこう親おやと子こに、椽えんは静かしずかである。
浅葱あさぎ桜さくらは夕暮ゆうぐれを誘いさそいつつある。
春はるは逝きいきつつある。
藤尾ふじおはやがて顔かおを上げあげた。
「帰っかえって来きたのね」 親おや、子この眼めは、はたと行き合っいきあった。
真しんは一瞥いちべつに籠るこもる。
熱ねつに堪えこらえざる時じは骨ほねを露わあらわす。
「ふん」 長なが煙管きせるに煙草たばこの殻からを丁とちょうとはたく音おとがする。
「どうする気きなんでしょう」「どうする気きか、彼かれ人ひとの料簡りょうけんばかりは御ご母さんははさんにも分らわからないね」 雲井くもいの煙けむりは会釈えしゃくなく、骨ほねの高いたかい鼻はなの穴あなから吹き出すふきだす。
「帰っかえって来きても同じおなじ事ことですね」「同じおなじ事ことさ。生涯しょうがいあれなんだよ」 御ご母さんははさんの疳かんの筋すじは裏うらから表ひょうへ浮き上がっうきあがって来きた。
「家いえを襲かさねぐのがあんなに厭いやなんでしょうか」「なあに、口くちだけさ。それだから悪いわるいんだよ。あんな事ことを云っいって私達わたくしたちに当とう付けるつけるつもりなんだから……本当ほんとうに財産ざいさんも何なんも入らはいらないなら自分じぶんで何なんかしたら、善いよいじゃないか。毎日まいにち毎日まいにちぐずぐずして、卒業そつぎょうしてから今日きょうまでもう二に年ねんにもなるのに。いくら哲学てつがくだって自分じぶん一人ひとりぐらいどうにかなるにきまっていらあね。煮えにえ切らきらないっちゃありゃしない。彼かれ人ひとの顔かおを見るみるたんびに阿母あははは疳かん癪しゃくが起っおこってね。……」「遠廻しとおまわしに云ういう事ことはちっとも通じつうじないようね」「なに、通じつうじても、不知ふちを切っきってるんだよ」「憎らしいにくらしいわね」「本当ほんとうに。彼かれ人ひとがどうかしてくれないうちは、御前ごぜんの方ほうをどうにもする事ことが出来できない。……」 藤尾ふじおは返事へんじを控えひかえた。
恋こいはすべての罪悪ざいあくを孕むはらむ。
返事へんじを控えひかえたうちには、あらゆるものを犠牲ぎせいに供するきょうするの決心けっしんがある。
母ははは続けるつづける。
「御前ごぜんも今年ことしで二十四にじゅうよんじゃないか。二十四にじゅうよんになって片付かかたづかないものが滅多めったにあるものかね。――それを、嫁よめにやろうかと相談そうだんすれば、御ご廃しはいしなさい、阿母あははさんの世話せわは藤尾ふじおにさせたいからと云ういうし、そんなら独立どくりつするだけの仕事しごとでもするかと思えおもえば、毎日まいにち部屋へやのなかへ閉じ籠っとじこもって寝転んねころんでるしさ。――そうして他人たにんには財産ざいさんを藤尾ふじおにやって自分じぶんは流浪るろうするつもりだなんて云ういうんだよ。さもこっちが邪魔じゃまにして追い出しおいだしにでもかかってるようで見っともないみっともないじゃないか」「どこへ行っいって、そんな事ことを云っいったんです」「宗近むねちかの阿爺あやの所ところへ行っいった時じ、そう云っいったとさ」「よっぽど男おとこらしくない性質せいしつですね。それより早くはやく糸子いとこさんでも貰っもらってしまったら好いよいでしょうに」「全体ぜんたい貰うもらう気きがあるのかね」「兄さんあにさんの料簡りょうけんはとても分りわかりませんわ。しかし糸子いとこさんは兄さんあにさんの所ところへ来きたがってるんですよ」 母ははは鳴るなる鉄瓶てつびんを卸しおろして、炭取すみとりを取り上げとりあげた。
隙間すきまなく渋しぶの洩れもれた劈痕焼やけに、二に筋すじ三筋みすじ藍あいを流すながす波なみを描いえがいて、真白まっしろな桜さくらを気ままきままに散らしちらした、薩摩さつまの急須きゅうすの中なかには、緑みどりりを細くほそく綯り込んこんだ宇治うじの葉はが、午うまの湯ゆに腐やけたまま、ひたひたに重なり合うかさなりあうて冷えひえている。
「御ご茶ちゃでも入れよういれようかね」「いいえ」と藤尾ふじおは疾くとく抜け出しぬけだした香こうのなお余りあまりあるを、急須きゅうすと同じおなじ色いろの茶碗ちゃわんのなかに畳み込むたたみこむ。
黄きな流れながれの底そこを敲くたたくほどは、さほどとも思えおもえぬが、縁えんに近くちかくようやく色いろを増しまして、濃こき水みずは泡あわを面めんに片寄せかたよせて動かうごかずなる。
母ははは掻きかき馴らしならしたる灰はいの盛り上りもりあがりたるなかに、佐倉さくら炭すみの白きしろき残骸ざんがいの完かんきを毀ちこぼちて、心こころに潜むひそむ赤きあかきものを片寄せるかたよせる。
温もるぬくもる穴あなの崩れくずれたる中なかには、黒くくろく輪わ切せつの正しきまさしきを択んえらんで、ぴちぴちと活けるいける。
――室内しつないの春光しゅんこうは飽くまであくまでも二人ふたりの母子ぼしに穏かおだやかである。
この作者さくしゃは趣おもむきなき会話かいわを嫌うきらう。
猜疑さいぎ不和ふわの暗きくらき世界せかいに、一いち点てんの精彩せいさいを着せきせざる毒舌どくぜつは、美しきうつくしき筆ふでに、心地ここちよき春はるを紙かみに流すながす詩人しじんの風流ふうりゅうではない。
閑かん花はな素琴そきんの春はるを司どるつかさどる人ひとの歌うためく天が下あめがしたに住ますまずして、半はん滴しずくの気韻きいんだに帯びおびざる野卑やひの言語げんごを臚列するとき、毫ごう端はしに泥どろを含んふくんで双手そうしゅに筆ふでを運うんらしがたき心地ここちがする。
宇治うじの茶ちゃと、薩摩さつまの急須きゅうすと、佐倉さくらの切り炭きりずみを描くえがくは瞬時しゅんじの閑かんを偸んぬすんで、一いち弾たま指頭しとうに脱離だつりの安慰あんいを読者どくしゃに与うるあたうるの方便ほうべんである。
ただし地球ちきゅうは昔むかししより廻転かいてんする。
明暗めいあんは昼夜ちゅうやを捨てすてぬ。
嬉きしからぬ親子おやこの半面はんめんを最ももっとも簡短かんたんに叙するじょするはこの作者さくしゃの切せつなき義務ぎむである。
茶ちゃを品しなし、炭すみを写しうつしたる筆ふでは再びふたたび二人ふたりの対話たいわに戻らもどらねばならぬ。
二人ふたりの対話たいわは少なくすくなくとも前段ぜんだんより趣おもむきがなくてはならぬ。
「宗近むねちかと云えいえば、一いちもよっぽど剽軽ひょうきん者ものだね。学問がくもんも何になんにも出来できない癖くせに大きなおおきな事ことばかり云っいって、――あれで当人とうにんは立派りっぱにえらい気きなんだよ」 厩うまやと鳥屋とりやといっしょにあった。
牝鶏ひんけいの馬うまを評するひょうする語ごに、――あれは鶏鳴けいめいをつくる事ことも、鶏卵けいらんを生むうむ事ことも知らしらぬとあったそうだ。
もっともである。
「外交官がいこうかんの試験しけんに落第らくだいしたって、ちっとも恥ずかしはずかしがらないんですよ。普通ふつうのものなら、もう少しすこし奮発ふんぱつする訳わけですがねえ」「鉄砲玉てっぽうたまだよ」 意味いみは分からぶんからない。
ただ思い切っおもいきった評ひょうである。
藤尾ふじおは滑らかなめらかな頬ほおに波なみを打たしうたして、にやりと笑っわらった。
藤尾ふじおは詩しを解するかいする女おんなである。
駄菓子だかしの鉄砲玉てっぽうたまは黒砂糖くろさとうを丸めまるめて造るつくる。
砲兵ほうへい工廠こうしょうの鉄砲玉てっぽうたまは鉛なまりを鎔かして鋳るいる。
いずれにしても鉄砲玉てっぽうたまは鉄砲玉てっぽうたまである。
そうして母ははは飽くまであくまでも真面目まじめである。
母ははには娘むすめの笑っわらった意味いみが分からぶんからない。
「御前ごぜんはあの人ひとをどう思っおもってるの」 娘むすめの笑わらいは、端はしなくも母ははの疑問ぎもんを起すおこす。
子こを知るしるは親おやに若わかかずと云ういう。
それは違っちがっている。
御ご互たがいに喰い違っくいちがっておらぬ世界せかいの事ことは親おやといえども唐とう、天竺てんじくである。
「どう思っおもってるって……別べつにどうも思っおもってやしません」 母ははは鋭するどどき眉まゆの下したから、娘むすめを屹ときっと見みた。
意味いみは藤尾ふじおにちゃんと分っわかっている。
相手あいてを知るしるものは騒がさわがず。
藤尾ふじおはわざと落ちつきおちつき払っはらって母ははの切っきって出るでるのを待つまつ。
掛かかり引いんは親子おやこの間まにもある。
「御前ごぜんあすこへ行くいく気きがあるのかい」「宗近むねちかへですか」と聞き直すききなおす。
念ねんを押すおすのは満まんを引いひいて始めはじめて放つはなつための下した拵こしらえと見えるみえる。
「ああ」と母ははは軽くかるく答えこたえた。
「いやですわ」「いやかい」「いやかいって、……あんな趣味しゅみのない人ひと」と藤尾ふじおはすぱりと句くを切っきった。
筍たけのこを輪切りわぎりにすると、こんな風かぜになる。
張ちょうのある眉まゆに風かぜを起しおこして、これぎりでたくさんだと締切っしめきった口元くちもとになお籠るこもる何物なにものかがちょっと閃いひらめいてすぐ消えきえた。
母ははは相槌あいづちを打つうつ。
「あんな見込みこみのない人ひとは、私わたくしも好かよしみかない」 趣味しゅみのないのと見込みこみのないのとは別物べつものである。
鍛冶たんやの頭あたまはかんと打ちうち、相槌あいづちはとんと打つうつ。
されども打たうたるるは同じおなじ剣けんである。
「いっそ、ここで、判然はんぜん断わろうことわろう」「断わることわるって、約束やくそくでもあるんですか」「約束やくそく? 約束やくそくはありません。けれども阿爺あやが、あの金きん時計とけいを一いちにやると御ご言いいいのだよ」「それが、どうしたんです」「御前ごぜんが、あの時計とけいを玩具がんぐにして、赤いあかい珠たまばかり、いじっていた事ことがあるもんだから……」「それで」「それでね――この時計とけいと藤尾ふじおとは縁えんの深いぶかい時計とけいだがこれを御前ごぜんにやろう。しかし今いまはやらない。卒業そつぎょうしたらやる。しかし藤尾ふじおが欲しほしがって繰っくっ着いついて行くいくかも知れしれないが、それでも好いよいかって、冗談じょうだん半分はんぶんに皆みなの前まえで一いちにおっしゃったんだよ」「それを今いまだに謎なぞだと思っおもってるんですか」「宗近むねちかの阿爺あやの口占くうらではどうもそうらしいよ」「馬鹿ばからしい」 藤尾ふじおは鋭どいするどい一いち句くを長火鉢ながひばちの角かくに敲きたたきつけた。
反響はんきょうはすぐ起るおこる。
「馬鹿ばからしいのさ」「あの時計とけいは私わたくしが貰いもらいますよ」「まだ御前ごぜんの部屋へやにあるかい」「文庫ぶんこのなかに、ちゃんとしまってあります」「そう。そんなに欲しいほしいのかい。だって御前ごぜんには持てもてないじゃないか」「いいから下さいください」 鎖くさりの先さきに燃えるもえる柘榴ざくろ石いしは、蒔絵まきえの蘆あし雁がんを高くたかく置いおいた手文庫てぶんこの底そこから、怪しきあやしき光りひかりを放っはなって藤尾ふじおを招くまねく。
藤尾ふじおはすうと立ったった。
朧おぼろとも化けばけぬ浅葱あさぎ桜さくらが、暮くれ近くちかく消えきえて行くいくべき昼ひるの命いのちを、今いま少時しょうじと護るまもる椽えんに、抜け出しぬけだした高いたかい姿すがたが、振り向きふりむきながら、瘠面の影かげになった半面はんめんを、障子しょうじのうちに傾けかたむけて「あの時計とけいは小野おのさんに上げあげても好いよいでしょうね」と云ういう。
障子しょうじのうちの返事へんじは聞えきこえず。
――春はるは母ははと子こに暮れくれた。
同時どうじに豊かゆたかな灯あかりが宗近むねちか家いえの座敷ざしきに点るともる。
静かしずかなる夜よるを陽ひに返すかえす洋灯ようとうの笠かさに白きしろき光りひかりをゆかしく罩めこめて、唐草からくさを一いち面めんに高くたかく敲きたたき出しだした白銅はくどうの油壺あぶらつぼが晴はれがましくも宵よいに曇らくもらぬ色いろを誇るほこる。
灯火とうかの照らすてらす限りかぎりは顔かおごとに賑やかにぎやかである。
「アハハハハあはははは」と云ういう声こえがまず起るおこる。
この灯火とうかの周囲しゅういに起るおこるすべての談話だんわはアハハハハあははははをもって始まるはじまるを恰好かっこと思うおもう。
「それじゃ相輪そうりん※も見みないだろう」と大きなおおきな声こえを出すだす。
声こえの主ぬしは老人ろうじんである。
色いろの好いよい頬ほおの肉にくが双方そうほうから垂れたれ余っよって、抑えおさえられた顎あごはやむを得とくず二に重じゅうに折れおれている。
頭あたまはだいぶ禿げはげかかった。
これを時々ときどき撫でるなでる。
宗近むねちかの父ちちは頭あたまを撫でなで禿はげがしてしまった。
「相輪そうりん※た何なんですか」と宗近むねちか君きみは阿爺あやの前まえで変則へんそくの胡坐こざをかいている。
「アハハハハあははははそれじゃ叡山えいざんへ何なんしに登っのぼったか分からぶんからない」「そんなものは通り路とおりみちに見当らみあたらなかったようだね、甲野こうのさん」 甲野こうのさんは茶碗ちゃわんを前まえに、くすんだ万まん筋すじの前まえを合しごうして、黒いくろい羽織はおりの襟えりを正しくただしく坐っすわっている。
甲野こうのさんが問いとい懸けかけられた時じ、※然さな糸子いとこの顔かおは揺いわなないた。
「相輪そうりん※はなかったようだね」と甲野こうのさんは手てを膝ひざの上うえに置いおいたままである。
「通り路とおりみちにないって……まあどこから登っのぼったか知らしらないが――吉田よしだかい」「甲野こうのさん、あれは何なんと云ういう所ところかね。僕ぼくらの登っのぼったのは」「何なんと云ういう所ところか知らかしら」「阿爺あや何なんでも一本橋いちぽんはしを渡っわたったんですよ」「一本橋いちぽんはしを?」「ええ、――一いち本ほん橋はしを渡っわたったな、君きみ、――もう少しすこし行くいくと若狭わかさの国くにへ出るでる所ところだそうです」「そう早くはやく若狭わかさへ出るでるものか」と甲野こうのさんはたちまち前言ぜんげんを取り消しとりけした。
「だって君きみが、そう云っいったじゃないか」「それは冗談じょうだんさ」「アハハハハあはははは若狭わかさへ出でちゃ大変たいへんだ」と老人ろうじんは大いにおおいに愉快ゆかいそうである。
糸子いとこも丸顔まるがおに二重瞼にじゅうまぶたの波なみを寄せよせた。
「一体いったい御ご前方ぜんぽうはただ歩行くあるくばかりで飛脚ひきゃく同然どうぜんだからいけない。――叡山えいざんには東塔とうとう、西塔さいとう、横川よこかわとあって、その三さんヵ所かしょを毎日まいにち往来おうらいしてそれを修業しゅぎょうにしている人ひともあるくらい広いひろい所ところだ。ただ登っのぼって下りるおりるだけならどこの山やまへ登っのぼったって同じおなじ事ことじゃないか」「なに、ただの山やまのつもりで登っのぼったんです」「アハハハあはははそれじゃ足あしの裏うらへ豆まめを出しだしに登っのぼったようなものだ」「豆まめはたしかです。豆まめはそっちの受持うけもちです」と笑わらいながら甲野こうのさんの方ほうを見るみる。
哲学者てつがくしゃもむずかしい顔かおばかりはしておられぬ。
灯火とうかは明かあきらかに揺れるゆれる。
糸子いとこは袖そでを口くちへ当てあてて、崩しくずしかかった笑顔えがおの収まりおさまり際さいに頭あたまを上げあげながら、眸ひとみを豆まめの受持ちうけもち手ての方ほうへ動かしうごかした。
眼めを動かさうごかさんとするものは、まず顔かおを動かすうごかす。
火事場かじじょうに泥棒どろぼうを働はたらけらくの格かくである。
家庭的かていてきの女おんなにもこのくらいな作略さりゃくはある。
素知らぬそしらぬ顔かおの甲野こうのさんは、すぐ問題もんだいを呈出ていしゅつした。
「御ご叔父おじさん、東塔とうとうとか西塔さいとうとか云ういうのは何なんの名なですか」「やはり延暦寺えんりゃくじの区域くいきだね。広いひろい山やまの中なかに、あすこに一いちと塊まりかたまり、ここに一いちと塊まりかたまりと坊ぼうが集まっあつまっているから、まあこれを三さんつに分けわけて東塔とうとうとか西塔さいとうとか云ういうのだと思えおもえば間ま違いはない」「まあ、君きみ、大学だいがくに、法ほう、医い、文ぶんとあるようなものだよ」と宗近むねちか君きみは横合よこあいから、知っしったような口くちを出すだす。
「まあ、そうだ」と老人ろうじんは即座そくざに賛成さんせいする。
「東ひがしは修羅しゅら、西にしは都とに近けれちかければ横川よこかわの奥おくぞ住みすみよかりけると云ういう歌うたがある通りとおり、横川よこかわが一番いちばん淋しいさびしい、学問がくもんでもするに好いよい所ところとなっている。――今いま話しはなした相輪そうりん※から五十ごじゅう丁ていも這入らはいらなければ行かいかれない」「どうれで知らしらずに通っとおった訳わけだな、君きみ」と宗近むねちか君きみがまた甲野こうのさんに話しかけるはなしかける。
甲野こうのさんは何なんとも云わいわずに老人ろうじんの説明せつめいを謹聴きんちょうしている。
老人ろうじんは得意とくいに弁ずるべんずる。
「そら謡曲ようきょくの船ふね弁慶べんけいにもあるだろう。――かように候こうものは、西塔さいとうの傍そばに住居じゅうきょする武蔵むさし坊ぼう弁慶べんけいにて候こう――弁慶べんけいは西塔さいとうにおったのだ」「弁慶べんけいは法科ほうかにいたんだね。君きみなんかは横川よこかわの文科もんか組くみなんだ。――阿爺あやさん叡山えいざんの総長そうちょうは誰だれですか」「総長そうちょうとは」「叡山えいざんの――つまり叡山えいざんを建てたてた男おとこです」「開基かいきかい。開基かいきは伝教でんぎょう大師だいしさ」「あんな所ところへ寺てらを建てたてたって、人泣かせひとなかせだ、不便ふべんで仕方しかたがありゃしない。全体ぜんたい昔むかししの男おとこは酔興すいきょうだよ。ねえ甲野こうのさん」 甲野こうのさんは何なんだか要領ようりょうを得とくぬ返事へんじを一口ひとくちした。
「伝教でんぎょう大師だいしは御前ごぜん、叡山えいざんの麓ふもとで生れうまれた人ひとだ」「なるほどそう云えいえば分っわかった。甲野こうのさん分っわかったろう」「何なんが」「伝教でんぎょう大師だいし御ご誕生地たんじょうちと云ういう棒杭ぼっくいが坂本さかもとに建ったっていましたよ」「あすこで生れうまれたのさ」「うん、そうか、甲野こうのさん君きみも気きが着いついたろう」「僕ぼくは気きが着かきかなかった」「豆まめに気きを取らとられていたからさ」「アハハハハあはははは」と老人ろうじんがまた笑うわらう。
観ずるかんずるものは見みず。
昔むかししの人ひとは想そうこそ無上むじょうなれと説いといた。
逝くいく水みずは日夜にちやを捨てすてざるを、いたずらに真しんと書きかき、真しんと書いかいて、去るさる波なみの今いま書いかいた真しんを今いま載せのせて杳然ようぜんと去るさるを思わおもわぬが世よの常つねである。
堂どうに法華ほっけと云いいい、石いしに仏足ぶっそくと云いいい、※に相輪そうりんと云いいい、院いんに浄土じょうどと云ういうも、ただ名なと年ねんと歴史れきしを記ししるして吾われ事こと畢るおわると思うおもうは屍かばねを抱いいだいて活けるいける人ひとを髣髴ほうふつするようなものである。
見るみるは名なあるがためではない。
観ずるかんずるは見るみるがためではない。
太上だいじょうは形かたちを離れはなれて普遍ふへんの念ねんに入るはいる。
――甲野こうのさんが叡山えいざんに登っのぼって叡山えいざんを知らしらぬはこの故こである。
過去かこは死んしんでいる。
大おお法ほう鼓つづみを鳴らしならし、大おお法螺ほらを吹きふき、大おお法幢ほうどうを樹てたてて王城おうじょうの鬼門きもんを護りまもりし昔むかししは知らしらず、中堂ちゅうどうに仏ふつ眠りねむりて天蓋てんがいに蜘蛛くもの糸いと引くひく古ふる伽藍がらんを、今さらいまさらのように桓武かんむ天皇てんのうの御宇ぎょうから堀ほりり起しおこして、無用むようの詮議せんぎに、千古せんこの泥どろを洗い落すあらいおとすは、一いち日ひに四十八よんじゅうはち時間じかんの夜よる昼ひるある閑人ひまじんの所作しょさである。
現在げんざいは刻こくをきざんで吾われを待つまつ。
有為ういの天下てんかは眼前がんぜんに落ちおち来るくる。
双そうの腕うでは風かぜを截っきって乾坤けんこんに鳴るなる。
――これだから宗近むねちか君きみは叡山えいざんに登りのぼりながら何になんにも知らしらぬ。
ただ老人ろうじんだけは太平たいへいである。
天下てんかの興廃こうはいは叡山えいざん一いち刹せつの指揮しきによって、夜来やらい、日来にちらいに面目めんぼくを新たあらたにするものじゃと思いおもい籠めこめたように、※々として叡山えいざんを説くとく。
説くとくは固よりもとより青年せいねんに対するたいする親切しんせつから出るでる。
ただ青年せいねんは少々しょうしょう迷惑めいわくである。
「不便ふべんだって、修業しゅぎょうのためにわざわざ、ああ云ういう山やまを択んえらんで開くひらくのさ。今いまの大学だいがくなどはあまり便利べんりな所ところにあるから、みんな贅沢ぜいたくになって行かいかん。書生しょせいの癖くせに西洋せいよう菓子かしだの、ホイスキーほいすきーだのと云っいって……」 宗近むねちか君きみは妙みょうな顔かおをして甲野こうのさんを見みた。
甲野こうのさんは存外ぞんがい真面目まじめである。
「阿爺あや叡山えいざんの坊主ぼうずは夜よる十一じゅういち時じ頃ころから坂本さかもとまで蕎麦そばを食いくいに行くいくそうですよ」「アハハハあははは真逆まさか」「なに本当ほんとうですよ。ねえ甲野こうのさん。――いくら不便ふべんだって食いくいたいものは食いくいたいですからね」「それはのらくら坊主ぼうずだろう」「すると僕ぼくらはのらくら書生しょせいかな」「御前ごぜん達とおるはのらくら以上いじょうだ」「僕ぼくらは以上いじょうでもいいが――坂本さかもとまでは山道さんどう二に里さとばかりありますぜ」「あるだろう、そのくらいは」「それを夜よるの十一じゅういち時じから下りくだりて、蕎麦そばを食っしょくって、それからまた登るのぼるんですからね」「だから、どうなんだい」「到底とうていのらくらじゃ出来できない仕事しごとですよ」「アハハハハあはははは」と老人ろうじんは大きなおおきな腹はらを競りせり出しだして笑っわらった。
洋灯ようとうの蓋ふたが喫驚きっきょうするくらいな声こえである。
「あれでも昔むかししは真面目まじめな坊主ぼうずがいたものでしょうか」と今度こんどは甲野こうのさんがふと思い出しおもいだしたような様子ようすで聞いきいて見るみる。
「それは今いまでもあるよ。真面目まじめなものが世の中よのなかに少ないすくないごとく、僧侶そうりょにも多くおおくはないが――しかし今いまだって全くまったく無いない事ことはない。何しろなにしろ古いふるい寺てらだからね。あれは始めはじめは一いち乗のり止観しかん院いんと云っいって、延暦寺えんりゃくじとなったのはだいぶ後あとの事ことだ。その時分じぶんから妙みょうな行こうがあって、十二じゅうに年間ねんかん山やまへ籠りこもり切りきりに籠るこもるんだそうだがね」「蕎麦そばどころじゃありませんね」「どうして。――何しろなにしろ一度いちども下山げざんしないんだから」「そう山やまの中なかで年ねんばかり取っとってどうする了見りょうけんかな」と宗近むねちか君きみが今度こんどは独語どくごのように云ういう。
「修業しゅぎょうするのさ。御前ごぜん達とおるもそうのらくらしないでちとそんな真似まねでもするがいい」「そりゃ駄目だめですよ」「なぜ」「なぜって。僕ぼくは出来できない事こともないが、そうした日ひにゃ、あなたの命令めいれいに背くそむく訳わけになりますからね」「命令めいれいに?」「だって人ひとの顔かおを見るみるたんびに嫁よめを貰えもらえ嫁よめを貰えもらえとおっしゃるじゃありませんか。これから十二じゅうに年ねんも山やまへ籠っこもったら、嫁よめを貰うもらう時分じぶんにゃ腰こしが曲がっまがっちまいます」 一座いちざはどっと噴き出しふきだした。
老人ろうじんは首くびを少しすこし上げあげて頭あたまの禿はげを逆ぎゃくに撫でるなでる。
垂れたれ懸っかかった頬ほおの肉にくが顫えふるえ落ちおちそうだ。
糸子いとこは俯向いうつむいて声こえを殺しころしたため二重瞼にじゅうまぶたが薄赤くうすあかくなる。
甲野こうのさんの堅いかたい口くちも解けとけた。
「いや修業しゅぎょうも修業しゅぎょうだが嫁よめも貰わもらわなくちゃあ困るこまる。何しろなにしろ二人ふたりだから億劫おっくうだ。――欽吾きんごさんも、もう貰わもらわなければならんね」「ええ、そう急きゅうには……」 いかにも気きの無いない返事へんじをする。
嫁よめを貰うもらうくらいなら十二じゅうに年ねん叡山えいざんへでも籠るこもる方ほうが増しましであると心こころのうちに思うおもう。
すべてを見逃さみのがさぬ糸子いとこの目めには欽吾きんごの心こころがひらりと映っうつった。
小さいちいさい胸むねが急きゅうに重くおもくなる。
「しかし阿母あははさんが心配しんぱいするだろう」 甲野こうのさんは何なんとも答えこたえなかった。
この老人ろうじんも自分じぶんの母ははを尋常じんじょうの母ははと心得こころえている。
世の中よのなかに自分じぶんの母ははの心こころのうちを見抜いみぬいたものは一人ひとりもない。
自分じぶんの母ははを見抜かみぬかなければ自分じぶんに同情どうじょうしようはずがない。
甲野こうのさんは眇びょう然さとして天地てんちの間まに懸っかかっている。
世界せかい滅却めっきゃくの日ひをただ一人ひとり生き残っいきのこった心持こころもちである。
「君きみがぐずぐずしていると藤尾ふじおさんも困るこまるだろう。女おんなは年頃としごろをはずすと、男おとこと違っちがって、片づけるかたづけるにも骨ほねが折れるおれるからね」 敬ううやまうべく愛すあいすべき宗近むねちかの父ちちは依然いぜんとして母ははと藤尾ふじおの味方みかたである。
甲野こうのさんは返事へんじのしようがない。
「一いちにも貰っもらって置かおかんと、わしも年ねんを取っとっているから、いつどんな事ことがあるかも知れしれないからね」 老人ろうじんは自分じぶんの心こころで、わが母ははの心こころを推しおしている。
親おやと云ういう名なが同じおなじでも親おやと云ういう心こころには相違そういがある。
しかし説明せつめいは出来できない。
「僕ぼくは外交官がいこうかんの試験しけんに落第らくだいしたから当分とうぶん駄目だめですよ」と宗近むねちかが横よこから口くちを出しだした。
「去年きょねんは落第らくだいさ。今年ことしの結果けっかはまだ分らわからんだろう」「ええ、まだ分らわからんです。ですがね、また落第らくだいしそうですよ」「なぜ」「やっぱりのらくら以上いじょうだからでしょう」「アハハハハあはははは」 今夕こんゆうの会話かいわはアハハハハあははははに始まっはじまってアハハハハあははははに終っおわった。
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