虞美人草

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五

第 5 章
山門さんもんを入るはいる事こと一歩いちほにして、古きふるき世よの緑みどりりが、急きゅうに左右さゆうから肩かたを襲うおそう。
自然石しぜんせきの形状けいじょう乱れみだれたるを幅はば一いち間まに行儀ぎょうぎよく並べならべて、錯落さくらくと平らかたいらかに敷き詰めしきつめたる径けいに落つるおつる足音あしおとは、甲野こうのさんと宗近むねちか君きみの足音あしおとだけである。
一条いちじょうの径けいの細くほそく直じかなるを行きいき尽さつくさざる此方こちらから、石いしに眼めを添えそえて遥かはるかなる向うむこうを極むるきわむる行き当りいきあたりに、仰げあおげば伽藍がらんがある。
木賊とくさ葺ふきの厚板あついたが左右さゆうから内輪うちわにうねって、大おおなる両りょうの翼つばさを、険けんしき一いち本ほんの背筋せすじにあつめたる上うえに、今一ついまひとつ小しょうさき家根やねが小しょうさき翼つばさを伸しのして乗っかっのっかっている。
風かぜ抜きぬきか明り取りあかりとりかと思わおもわれる。
甲野こうのさんも、宗近むねちか君きみもこの精舎しょうじゃを、もっとも趣きおもむきある横側よこがわの角度かくどから同時どうじに見上げみあげた。
「明かあきらかだ」と甲野こうのさんは杖つえを停めとめた。
「あの堂どうは木造もくぞうでも容易よういに壊すこわす事ことが出来できないように見えるみえる」「つまり恰好かっこが旨くうまくそう云ういう風かぜに出来できてるんだろう。アリストートルのいわゆる理り形かたちに適っかなってるのかも知れしれない」「だいぶむずかしいね。――アリストートルはどうでも構わかまわないが、この辺へんの寺てらはどれも、一種いっしゅ妙みょうな感じかんじがするのは奇体きたいだ」「舟板ふないた塀へい趣味しゅみや御神灯ごしんとう趣味しゅみとは違うちがうさ。夢窓むそう国師こくしが建てたてたんだもの」「あの堂どうを見上げみあげて、ちょっと変へんな気きになるのは、つまり夢窓むそう国師こくしになるんだな。ハハハハはははは。夢窓むそう国師こくしも少しすこしは話せはなせらあ」「夢窓むそう国師こくしや大燈だいとう国師こくしになるから、こんな所ところを逍遥しょうようする価値かちがあるんだ。ただ見物けんぶつしたって何なんになるもんか」「夢窓むそう国師こくしも家根やねになって明治めいじまで生きいきていれば結構けっこうだ。安直あんちょくな銅像どうぞうよりよっぽどいいね」「そうさ、一目いちもく瞭然りょうぜんだ」「何なんが」「何なんがって、この境内けいだいの景色けしきがさ。ちっとも曲っきょくっていない。どこまでも明らかあきらかだ」「ちょうどおれのようだな。だから、おれは寺てらへ這入るはいると好いよい気持ちきもちになるんだろう」「ハハハはははそうかも知れしれない」「して見るみると夢窓むそう国師こくしがおれに似にているんで、おれが夢窓むそう国師こくしに似にているんじゃない」「どうでも、好いよいさ。――まあ、ちっと休もうやすもうか」と甲野こうのさんは蓮池はすいけに渡しわたした石橋いしばしの欄干らんかんに尻しりをかける。
欄干らんかんの腰こしには大きなおおきな三階松さんかいまつが三さん寸すんの厚あつしさを透かしすかして水みずに臨んのぞんでいる。
石いしには苔こけの斑ぶちが薄青くうすあおく吹き出しふきだして、灰はいを交えまじえた紫むらさきの質しつに深くふかく食い込むくいこむ下したに、枯蓮かれはすの黄きな軸じくがすいすいと、去年きょねんの霜しもを弥生やよいの中なかに突き出しつきだしている。
宗近むねちか君きみは燐寸まっちを出しだして、煙草たばこを出しだして、しゅっと云わいわせた燃え残りもえのこりを池いけの水みずに棄てるすてる。
「夢窓むそう国師こくしはそんな悪戯いたずらはしなかった」と甲野こうのさんは、※の先さきに、両手りょうてで杖つえの頭あたまを丁寧ていねいに抑えおさえている。
「それだけ、おれより下等したとうなんだ。ちっと宗近むねちか国師こくしの真似まねをするが好いよい」「君きみは国師こくしより馬賊ばぞくになる方ほうがよかろう」「外交官がいこうかんの馬賊ばぞくは少しすこし変へんだから、まあ正々せいせい堂々どうどうと北京ぺきんへ駐在ちゅうざいする事ことにするよ」「東洋とうよう専門せんもんの外交官がいこうかんかい」「東洋とうようの経綸けいりんさ。ハハハハはははは。おれのようなのはとうてい西洋せいようには向きむきそうもないね。どうだろう、それとも修業しゅぎょうしたら、君きみの阿爺あやぐらいにはなれるだろうか」「阿爺あやのように外国がいこくで死なしなれちゃ大変たいへんだ」「なに、あとは君きみに頼むたのむから構わかまわない」「いい迷惑めいわくだね」「こっちだってただ死ぬしぬんじゃない、天下てんか国家こっかのために死ぬしぬんだから、そのくらいな事ことはしてもよかろう」「こっちは自分じぶん一人ひとりを持て余しもてあましているくらいだ」「元来がんらい、君きみは我儘わがまま過ぎるすぎるよ。日本にっぽんと云ういう考かんがえが君きみの頭あたまのなかにあるかい」 今までいままでは真面目まじめの上うえに冗談じょうだんの雲くもがかかっていた。
冗談じょうだんの雲くもはこの時じようやく晴れはれて、下したから真面目まじめが浮き上がっうきあがって来るくる。
「君きみは日本にっぽんの運命うんめいを考えかんがえた事ことがあるのか」と甲野こうのさんは、杖つえの先さきに力ちからを入れいれて、持たしもたした体からだを少しすこし後ろうしろへ開いひらいた。
「運命うんめいは神かみの考えるかんがえるものだ。人間にんげんは人間にんげんらしく働けはたらけばそれで結構けっこうだ。日露にちろ戦争せんそうを見ろみろ」「たまたま風邪かぜが癒れなおれば長命ちょうめいだと思っおもってる」「日本にっぽんが短命たんめいだと云ういうのかね」と宗近むねちか君きみは詰め寄せつめよせた。
「日本にっぽんと露西亜ろしあの戦争せんそうじゃない。人種じんしゅと人種じんしゅの戦争せんそうだよ」「無論むろんさ」「亜米利加あめりかを見ろみろ、印度いんどを見ろみろ、亜あ弗利加かを見ろみろ」「それは叔父おじさんが外国がいこくで死んしんだから、おれも外国がいこくで死ぬしぬと云ういう論法ろんぽうだよ」「論ろんより証拠しょうこ誰だれでも死ぬしぬじゃないか」「死ぬしぬのと殺さころされるのとは同じおなじものか」「大概たいがいは知らしらぬ間まに殺さころされているんだ」 すべてを爪弾きつまはじきした甲野こうのさんは杖つえの先さきで、とんと石橋いしばしを敲いたたいて、ぞっとしたように肩かたを縮めるちぢめる。
宗近むねちか君きみはぬっと立ち上がるたちあがる。
「あれを見ろみろ。あの堂どうを見ろみろ。峩山と云ういう坊主ぼうずは一いち椀わんの托鉢たくはつだけであの本堂ほんどうを再建さいけんしたと云ういうじゃないか。しかも死んしんだのは五十ごじゅうになるか、ならんうちだ。やろうと思わおもわなければ、横よこに寝ねた箸はしを竪たてにする事ことも出来できん」「本堂ほんどうより、あれを見ろみろ」と甲野こうのさんは欄干らんかんに腰こしをかけたまま、反対はんたいの方角ほうがくを指すさす。
世界せかいを輪切りわぎりに立てたて切っきった、山門さんもんの扉とびらを左右さゆうに颯さっと開いひらいた中なかを、――赤いあかいものが通るとおる、青いあおいものが通るとおる。
女おんなが通るとおる。
小供こどもが通るとおる。
嵯峨さがの春はるを傾けかたむけて、京きょうの人ひとは繽紛ひんぷん絡繹らくえきと嵐山あらしやまに行くいく。
「あれだ」と甲野こうのさんが云ういう。
二人ふたりはまた色いろの世界せかいに出でた。
天竜てんりゅう寺てらの門前もんぜんを左ひだりへ折れれおれれば釈迦堂しゃかどうで右みぎへ曲れまがれば渡月とげつ橋はしである。
京きょうは所ところの名なさえ美しいうつくしい。
二人ふたりは名物めいぶつと銘打っめいうった何なんやらかやらをやたらに並べ立てならべたててた店みせを両側りょうがわに見みて、停車場ていしゃじょうの方ほうへ旅衣たびごろも七なな日ひ余りあまりの足あしを旅たび心地ここちに移すうつす。
出逢うであうは皆みな京きょうの人ひとである。
二に条じょうから半時はんときごとに花時はなどきを空そらにするなと仕立てるしたてる汽車きしゃが、今いま着いついたばかりの好男子こうだんし好よしみ女子じょしをことごとく嵐山あらしやまの花はなに向っむかって吐きはき送るおくる。
「美しいうつくしいな」と宗近むねちか君きみはもう天下てんかの大勢おおぜいを忘れわすれている。
京きょうほどに女おんなの綺羅きらを飾るかざる所ところはない。
天下てんかの大勢おおぜいも、京女きょうおんなの色いろには叶わかなわぬ。
「京都きょうとのものは朝夕あさゆう都と踊りおどりをしている。気楽きらくなものだ」「だから小野おの的まとだと云ういうんだ」「しかし都踊みやこおどりはいいよ」「悪るくわるくないね。何なんとなく景気けいきがいい」「いいえ。あれを見るみるとほとんど異性いせいの感かんがない。女おんなもあれほどに飾るかざると、飾りかざりまけがして人間にんげんの分子ぶんしが少なくすくなくなる」「そうさその理想りそうの極端きょくたんは京人きょうひと形かたちだ。人形にんぎょうは器械きかいだけに厭味いやみがない」「どうも淡あわ粧しょうして、活動かつどうする奴やつが一番いちばん人間にんげんの分子ぶんしが多くおおくって危険きけんだ」「ハハハハははははいかなる哲学者てつがくしゃでも危険きけんだろうな。ところが都踊みやこおどりとなると、外交官がいこうかんにも危険きけんはない。至極しごく御ご同感どうかんだ。御ご互たがいに無事ぶじな所ところへ遊びあそびに来きてまあ善かっよかったよ」「人間にんげんの分子ぶんしも、第だい一いち義ぎが活動かつどうすると善いよいが、どうも普通ふつうは第だい十義じゅうぎぐらいがむやみに活動かつどうするから厭いやになっちまう」「御ご互たがいは第だい何なん義ぎぐらいだろう」「御ご互たがいになると、これでも人間にんげんが上等じょうとうだから、第だい二に義ぎ、第だい三さん義ぎ以下いかには出でないね」「これでかい」「云ういう事ことはたわいがなくっても、そこに面白味おもしろみがある」「ありがたいな。第だい一いち義ぎとなると、どんな活動かつどうだね」「第だい一いち義ぎか。第だい一いち義ぎは血ちを見みないと出でて来きない」「それこそ危険きけんだ」「血ちでもってふざけた了見りょうけんを洗っあらった時じに、第だい一いち義ぎが躍然とあらわれる。人間にんげんはそれほど軽薄けいはくなものなんだよ」「自分じぶんの血ちか、人ひとの血ちか」 甲野こうのさんは返事へんじをする代りかわりに、売店ばいてんに陳べのべてある、抹茶まっちゃ茶碗ちゃわんを見み始めはじめた。
土つちを捏ねこねて手造りてづくりにしたものか、棚たな三さん段だんを尽くしつくして、あるものはことごとくとぼけている。
「そんなとぼけた奴やつは、いくら血ちで洗っあらったって駄目だめだろう」と宗近むねちか君きみはなおまつわって来るくる。
「これは……」と甲野こうのさんが茶碗ちゃわんの一いちつを取り上げとりあげて眺めながめている袖そでを、宗近むねちか君きみは断わりことわりもなく、力任せちからまかせにぐいと引くひく。
茶碗ちゃわんは土間どまの上うえで散々さんざんに壊れこわれた。
「こうだ」と甲野こうのさんが壊れこわれた片かたを土つちの上うえに眺めながめている。
「おい、壊れこわれたか。壊れこわれたって、そんなものは構わかまわん。ちょっとこっちを見ろみろ。早くはやく」 甲野こうのさんは土間どまの敷居しきいを跨ぐまたぐ。
「何なんだ」と天竜てんりゅう寺てらの方ほうを振り返るふりかえる向うむこうは例れいの京人きょうひと形かたちの後姿うしろすがたがぞろぞろ行くいくばかりである。
「何なんだ」と甲野こうのさんは聞き直すききなおす。
「もう行っいってしまった。惜しいおしい事ことをした」「何なんが行っいってしまったんだ」「あの女おんながさ」「あの女おんなとは」「隣りとなりのさ」「隣りとなりの?」「あの琴ことの主ぬしさ。君きみが大いにおおいに見みたがった娘むすめさ。せっかく見せみせてやろうと思っおもったのに、下らしたらない茶碗ちゃわんなんかいじくっているもんだから」「そりゃ惜しいおしい事ことをした。どれだい」「どれだか、もう見えるみえるものかね」「娘むすめも惜しいおしいがこの茶碗ちゃわんは無残むざんな事ことをした。罪つみは君きみにある」「有っあってたくさんだ。そんな茶碗ちゃわんは洗っあらったくらいじゃ追ついつかない。壊しこわしてしまわなけりゃ直らなおらない厄介やっかい物ものだ。全体ぜんたい茶人ちゃじんの持っもってる道具どうぐほど気きに食わくわないものはない。みんな、ひねくれている。天下てんかの茶器ちゃきをあつめてことごとく敲きたたき壊しこわしてやりたい気きがする。何なんならついでだからもう一いちつ二につ茶碗ちゃわんを壊しこわして行こういこうじゃないか」「ふうん、一いち個こ何なん銭せんぐらいかな」 二人ふたりは茶碗ちゃわんの代だいを払っはらって、停車場ていしゃじょうへ来るくる。
浮かれうかれ人ひとを花はなに送るおくる京きょうの汽車きしゃは嵯峨さがより二に条じょうに引き返すひきかえす。
引き返さひきかえさぬは山やまを貫いつらぬいて丹波たんばへ抜けるぬける。
二人ふたりは丹波たんば行こうの切符きっぷを買っかって、亀岡かめおかに降りふりた。
保津ほづ川かわの急湍きゅうたんはこの駅えきより下るくだる掟おきてである。
下るくだるべき水みずは眼めの前まえにまだ緩くゆるく流れながれて碧へき油あぶらの趣おもむきをなす。
岸きしは開いひらいて、里さとの子この摘むつむ土筆つくしも生えるはえる。
舟子しゅうしは舟ふねを渚なぎさに寄せよせて客きゃくを待つまつ。
「妙みょうな舟ふねだな」と宗近むねちか君きみが云ういう。
底そこは一いち枚ばい板いたの平らかたいらかに、舷げんは尺さしと水みずを離れはなれぬ。
赤いあかい毛布もうふに煙草盆たばこぼんを転がしころがして、二人ふたりはよきほどの間隔かんかくに座ざを占めるしめる。
「左ひだりへ寄っよっていやはったら、大丈夫だいじょうぶどす、波なみはかかりまへん」と船頭せんどうが云ういう。
船頭せんどうの数すうは四よん人ひとである。
真っ先まっさきなるは、二に間まの竹竿たけざお、続つづくづく二人ふたりは右側みぎがわに櫂かい、左ひだりに立つたつは同じくおなじく竿さおである。
ぎいぎいと櫂かいが鳴るなる。
粗削りあらけずりに平げたいらげたる樫かしの頸筋くびすじを、太いふとい藤蔓ふじづるに捲いまいて、余るあまる一いち尺さしに丸味まるみを持たもたせたのは、両りょうの手てにむんずと握るにぎる便りたよりである。
握るにぎる手ての節ふしの隆たかしきは、真黒まっくろきは、松まつの小枝こえだに青筋あおすじを立てたてて、うんと掻くかく力ちからの脈みゃくを通わかよわせたように見えるみえる。
藤蔓ふじづるに頸くび根ねを抑えおさえられた櫂かいが、掻くかくごとに撓りしなりでもする事ことか、強きつよき項こうを真直まっすぐに立てたてたまま、藤蔓ふじづると擦れすれ、舷げんと擦れるすれる。
櫂かいは一いち掻ごとにぎいぎいと鳴るなる。
岸きしは二三にさん度どうねりを打っうって、音おとなき水みずを、停まるとまる暇ひまなきに、前まえへ前まえへと送るおくる。
重なるかさなる水みずの蹙って行くいく、頭あたまの上うえには、山城やまじろを屏風びょうぶと囲うかこう春はるの山やまが聳えそびえている。
逼りせまりたる水みずはやむなく山やまと山やまの間まに入るはいる。
帽ぼうに照るてる日ひの、たちまちに影かげを失ううしなうかと思えおもえば舟ふねは早くはやくも山峡さんきょうに入るはいる。
保津ほづの瀬せはこれからである。
「いよいよ来きたぜ」と宗近むねちか君きみは船頭せんどうの体からだを透かしすかして岩いわと岩いわの逼るせまる間まを半丁はんちょうの向むかいに見るみる。
水みずはごうと鳴るなる。
「なるほど」と甲野こうのさんが、舷げんから首くびを出しだした時じ、船ふねははや瀬せの中なかに滑り込んすべりこんだ。
右側みぎがわの二人ふたりはすわと波なみを切るきる手てを緩めるゆるめる。
櫂かいは流れながれて舷げんに着くつく。
舳へさきに立つたつは竿さおを横よこえたままである。
傾けいむいて矢やのごとく下るくだる船ふねは、どどどと刻み足きざみあしに、船底ふなぞこに据えすえた尻しりに響くひびく。
壊かいわれるなと気きがついた時じは、もう走るはしる瀬せを抜けぬけだしていた。
「あれだ」と宗近むねちか君きみが指すさす後ろうしろを見るみると、白いしろい泡あわが一いち町まちばかり、逆ぎゃくか落しおとしに噛み合っかみあって、谷たにを洩るもる微かかすかな日影ひかげを万顆ばんかの珠たまと我われ勝かちに奪い合っうばいあっている。
「壮んさかんなものだ」と宗近むねちか君きみは大いにおおいに御意ぎょいに入っはいった。
「夢窓むそう国師こくしとどっちがいい」「夢窓むそう国師こくしよりこっちの方ほうがえらいようだ」 船頭せんどうは至極しごく冷淡れいたんである。
松まつを抱くいだく巌いわの、落ちんおちんとして、落ちおちざるを、苦くにせぬように、櫂かいを動かしうごかし来りきたり、棹さおを操りあやつり去るさる。
通るとおる瀬せはさまざまに廻るまわる。
廻るまわるごとに新たあらたなる山やまは当面とうめんに躍りおどり出すだす。
石山いしやま、松山まつやま、雑木ぞうき山やまと数すううる遑いとまを行客こうかくに許さゆるさざる疾きとき流れながれは、船ふねを駆っかってまた奔湍ほんたんに躍り込むおどりこむ。
大きなおおきな丸いまりい岩いわである。
苔こけを畳むたたむ煩わしわずらわしさを避けさけて、紫むらさきの裸身らしんに、撃ちうちつけて散るちる水沫すいまつを、春はる寒くさむく腰こしから浴びあびて、緑みどりり崩ほうるる真中まなかに、舟ふねこそ来れこれと待つまつ。
舟ふねは矢やも楯たても物ものかは。
一いち図ずにこの大岩おおいわを目め懸けかけて突きかかるつきかかる。
渦うず捲いまいて去るさる水みずの、岩いわに裂かさかれたる向うむこうは見えみえず。
削らけずられて坂さかと落つるおつる川底かわぞこの深さふかさは幾いく段だんか、乗るのる人ひとのこなたよりは不可思議ふかしぎの波なみの行末ぎょうまつである。
岩いわに突き当っつきあたって砕けるくだけるか、捲き込ままきこまれて、見えみえぬ彼方かなたにどっと落ちおちて行くいくか、――舟ふねはただまともに進むすすむ。
「当るあたるぜ」と宗近むねちか君きみが腰こしを浮かしうかした時じ、紫むらさきの大岩おおいわは、はやくも船頭せんどうの黒いくろい頭あたまを圧しおして突っ立っつったった。
船頭せんどうは「うん」と舳へさきに気合きあいを入れいれた。
舟ふねは砕けるくだけるほどの勢いいきおいに、波なみを呑むのむ岩いわの太ふとし腹はらに潜り込むもぐりこむ。
横たえよこたえた竿さおは取り直さとりなおされて、肩かたより高くたかく両りょうの手てが揚がるあがると共ともに舟ふねはぐうと廻っまわった。
この獣けもの奴やつと突き離すつきはなす竿さおの先さきから、岩いわの裾すそを尺さしも余さよさず斜めななめに滑っすべって、舟ふねは向うむこうへ落ちおち出しだした。
「どうしても夢窓むそう国師こくしより上等じょうとうだ」と宗近むねちか君きみは落ちおちながら云ういう。
急きゅう灘なだを落ちおち尽すつくすと向むかいから空舟からぶねが上っのぼってくる。
竿さおも使わつかわねば、櫂かいは無論むろんの事ことである。
岩角いわかどに突っ張っつっぱった懸命けんめいの拳こぶしを収めおさめて、肩かたから斜めななめに目め暗あん縞しまを掠めかすめた細ほそ引縄ひきなわに、長々ながながと谷間たにま伝いつたいを根限りこんかぎり戻りもどり舟ふねを牽いひいて来るくる。
水みず行くいくほかに尺寸しゃくすんの余地よちだに見出しみだしがたき岸辺きしべを、石いしに飛びとび、岩いわに這うはうて、穿くはく草鞋わらじの滅めつり込むごむまで腰こしを前まえに折るおる。
だらりと下げさげた両りょうの手ては塞かさいかれて注ぐそそぐ渦うずの中なかに指先ゆびさきを浸すひたすばかりである。
うんと踏ん張るふんばる幾世いくよの金剛力こんごうりょくに、岩いわは自然しぜんと擦り減っすりへって、引きひき懸けかけて行くいく足あしの裏うらを、安々やすやすと受けるうける段々だんだんもある。
長いながい竹たけをここ、かしこと、岩いわの上うえに渡しわたしたのは、牽綱けんつなをわが勢いきおいに逆わさからわぬほどに、疾くとく滑らすすべらすための策さくと云ういう。
「少しすこしは穏かおだやかになったね」と甲野こうのさんは左右さゆうの岸きしに眼めを放つはなつ。
踏むふむ角かくも見えみえぬ切っ立っきったった山やまの遥かはるかの上うえに、鉈なたの音おとが丁々ちょうちょうとする。
黒いくろい影かげは空そら高くたかく動くうごく。
「まるで猿さるだ」と宗近むねちか君きみは咽喉のど仏ふつを突き出しつきだして峰みねを見上げみあげた。
「慣れるなれると何なんでもするもんだね」と相手あいても手てを翳しかざして見るみる。
「あれで一日いちにち働いはたらいて若干じゃっかんになるだろう」「若干じゃっかんになるかな」「下したから聞いきいて見ようみようか」「この流れながれは余りあまり急きゅう過ぎるすぎる。少しすこしも余裕よゆうがない。のべつに駛っている。所々ところどころにこう云ういう場所ばしょがないとやはり行かいかんね」「おれは、もっと、駛りたい。どうも、さっきの岩いわの腹はらを突いついて曲がっまがった時じなんか実じつに愉快ゆかいだった。願がんくは船頭せんどうの棹さおを借りかりて、おれが、舟ふねを廻しまわしたかった」「君きみが廻せまわせば今頃いまごろは御ご互たがいに成仏じょうぶつしている時分じぶんだ」「なに、愉快ゆかいだ。京人きょうひと形かたちを見みているより愉快ゆかいじゃないか」「自然しぜんは皆みな第だい一いち義ぎで活動かつどうしているからな」「すると自然しぜんは人間にんげんの御ご手本てほんだね」「なに人間にんげんが自然しぜんの御ご手本てほんさ」「それじゃやっぱり京きょう人形にんぎょう党とうだね」「京人きょうひと形かたちはいいよ。あれは自然しぜんに近いちかい。ある意味いみにおいて第だい一いち義ぎだ。困るこまるのは……」「困るこまるのは何なんだい」「大抵たいてい困るこまるじゃないか」と甲野こうのさんは打ち遣っうちやった。
「そう困っこまった日ひにゃ方ほうが付かつかない。御ご手本てほんが無くなるなくなる訳わけだ」「瀬せを下っしたって愉快ゆかいだと云ういうのは御ご手本てほんがあるからさ」「おれにかい」「そうさ」「すると、おれは第だい一いち義ぎの人物じんぶつだね」「瀬せを下っしたってるうちは、第だい一いち義ぎさ」「下っしたってしまえば凡人ぼんじんか。おやおや」「自然しぜんが人間にんげんを翻訳ほんやくする前まえに、人間にんげんが自然しぜんを翻訳ほんやくするから、御ご手本てほんはやっぱり人間にんげんにあるのさ。瀬せを下っしたって壮快そうかいなのは、君きみの腹はらにある壮快そうかいが第だい一いち義ぎに活動かつどうして、自然しぜんに乗り移るのりうつるのだよ。それが第だい一いち義ぎの翻訳ほんやくで第だい一いち義ぎの解釈かいしゃくだ」「肝胆かんたん相そう照らすてらすと云ういうのは御ご互たがいに第だい一いち義ぎが活動かつどうするからだろう」「まずそんなものに違いない」「君きみに肝胆かんたん相そう照らすてらす場合ばあいがあるかい」 甲野こうのさんは黙然もくぜんとして、船ふねの底そこを見詰めみつめた。
言うゆうものは知らしらずと昔むかしし老子ろうしが説いといた事ことがある。
「ハハハハはははは僕ぼくは保津ほづ川かわと肝胆かんたん相そう照らしてらした訳わけだ。愉快ゆかい愉快ゆかい」と宗近むねちか君きみは二にたび三さんたび手てを敲くたたく。
乱れみだれ起るおこる岩石がんせきを左右さゆうに※る流りゅうは、抱くいだくがごとくそと割れわれて、半ばなかば碧へきりを透明とうめいに含むふくむ光琳こうりん波なみが、早蕨さわらびに似にたる曲線きょくせんを描いえがいて巌いわ角かくをゆるりと越すこす。
河かわはようやく京きょうに近くちかくなった。
「その鼻はなを廻るまわると嵐山あらしやまどす」と長いながい棹さおを舷げんのうちへ挿しさし込んこんだ船頭せんどうが云ういう。
鳴るなる櫂かいに送らおくられて、深いぶかい淵ふちを滑るすべるように抜け出すぬけだすと、左右さゆうの岩いわが自らみずから開いひらいて、舟ふねは大悲だいひ閣かくの下したに着いついた。
二人ふたりは松まつと桜さくらと京人きょうひと形かたちの群がるむらがるなかに這い上がるはいあがる。
幕まくと連なるつらなる袖の下そでのしたを掻いかい潜せんぐって、松まつの間まを渡月とげつ橋はしに出でた時じ、宗近むねちか君きみはまた甲野こうのさんの袖そでをぐいと引いひいた。
赤松あかまつの二に抱かかえを楯たてに、大堰おおぜきの波なみに、花はなの影かげの明かあきらかなるを誇るほこる、橋はしの袂たもとの葭簀よしず茶屋ちゃやに、高島田たかしまだが休んやすんでいる。
昔むかししの髷まげを今いまの世よにしばし許せゆるせと被るかぶる瓜実顔うりざねかおは、花はなに臨んのぞんで風かぜに堪えこらえず、俯目ふしめに人ひとを避けさけて、名物めいぶつの団子だんごを眺めながめている。
薄くうすく染めそめた綸子りんずの被布ひふに、正しくただしく膝ひざを組み合せくみあわせたれば、下したに重ねるかさねる衣ころもの色いろは見えみえぬ。
ただ襟元えりもとより燃えもえ出ずるいずる何なんの模様もようの半襟はんえりかが、すぐ甲野こうのさんの眼めに着いついた。
「あれだよ」「あれが?」「あれが琴ことを弾いひいた女おんなだよ。あの黒いくろい羽織はおりは阿爺あやに違いない」「そうか」「あれは京人きょうひと形かたちじゃない。東京とうきょうのものだ」「どうして」「宿やどの下女げじょがそう云っいった」 瓢箪ひょうたんに酔よいを飾るかざる三五さんごの癡ち漢かんが、天下てんかの高こう笑わらいに、腕うでを振っふって後ろうしろから押しおして来るくる。
甲野こうのさんと宗近むねちかさんは、体からだを斜めななめにえらがる人ひとを通しとおした。
色いろの世界せかいは今いまが真っ盛りまっさかりである。
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