虞美人草

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三

第 3 章
柳やなぎ※れて条々じょうじょうの煙けむりを欄らんに吹き込むふきこむほどの雨あめの日ひである。
衣桁いこうに懸けかけた紺こんの背広せびろの暗くくらく下がるさがるしたに、黒いくろい靴足袋くつたびが三分一さんぶんいち裏返しうらがえしに丸くまるく蹲踞そんきょっている。
違棚ちがいだなの狭いせまい上うえに、偉大いだいな頭陀袋ずだふくろを据えすえて、締括りしめくくりのない紐ひもをだらだらと嬾も垂らしたらした傍らかたわらに、錬れん歯は粉こなと白しろ楊子ようじが御早うおはようと挨拶あいさつしている。
立てたて切っきった障子しょうじの硝子がらすを通しとおして白いしろい雨あめの糸いとが細長くほそながく光るひかる。
「京都きょうとという所ところは、いやに寒いさむい所ところだな」と宗近むねちか君きみは貸かし浴衣ゆかたの上うえに銘仙めいせんの丹前たんぜんを重ねかさねて、床柱とこばしらの松まつの木きを背負せおいて、傲然ごうぜんと箕み坐ざをかいたまま、外そとを覗きのぞきながら、甲野こうのさんに話しかけはなしかけた。
甲野こうのさんは駱駝らくだの膝掛ひざかけを腰こしから下したへ掛けかけて、空気枕くうきまくらの上うえで黒いくろい頭あたまをぶくつかせていたが「寒いさむいより眠いねむい所ところだ」と云いいいながらちょっと顔かおの向むかいを換えるかえると、櫛くしを入れたていれたての濡れぬれた頭あたまが、空気くうきの弾力だんりょくで、脱ぎ棄てぬぎすてた靴足袋くつたびといっしょになる。
「寝ねてばかりいるね。まるで君きみは京都きょうとへ寝ねに来きたようなものだ」「うん。実じつに気楽きらくな所ところだ」「気楽きらくになって、まあ結構けっこうだ。御ご母さんははさんが心配しんぱいしていたぜ」「ふん」「ふんは御ご挨拶あいさつだね。これでも君きみを気楽きらくにさせるについては、人ひとの知らしらない苦労くろうをしているんだぜ」「君きみあの額がくの字じが読めるよめるかい」「なるほど妙みょうだね。※雨あめ※風かぜか。見みた事ことがないな。何なんでも人ひと扁ひらただから、人ひとがどうかするんだろう。いらざる字じを書きかきやがる。元来がんらい何者なにものだい」「分らわからんね」「分からぶんからんでもいいや、それよりこの襖ふすまが面白いおもしろいよ。一面いちめんに金紙きんがみを張り付けはりつけたところは豪勢ごうせいだが、ところどころに皺しわが寄っよってるには驚ろいおどろいたね。まるで緞帳どんちょう芝居しばいの道具どうぐ立たて見みたようだ。そこへ持っもって来きて、筍たけのこを三さん本ほん、景気けいきに描いえがいたのは、どう云ういう了見りょうけんだろう。なあ甲野こうのさん、これは謎なぞだぜ」「何なんと云ういう謎なぞだい」「それは知らしらんがね。意味いみが分からぶんからないものが描いえがいてあるんだから謎なぞだろう」「意味いみが分からぶんからないものは謎なぞにはならんじゃないか。意味いみがあるから謎なぞなんだ」「ところが哲学者てつがくしゃなんてものは意味いみがないものを謎なぞだと思っおもって、一生懸命いっしょうけんめいに考えかんがえてるぜ。気狂きちがいの発明はつめいした詰将棋つめしょうぎの手てを、青筋あおすじを立てたてて研究けんきゅうしているようなものだ」「じゃこの筍たけのこも気違きちがいの画工がこうが描いえがいたんだろう」「ハハハハはははは。そのくらい事理じりが分っわかったら煩悶はんもんもなかろう」「世の中よのなかと筍たけのこといっしょになるものか」「君きみ、昔話むかしばなししにゴージアンごーじあん・ノットのっとと云ういうのがあるじゃないか。知っしってるかい」「人ひとを中学生ちゅうがくせいだと思っおもってる」「思っおもっていなくっても、まあ聞いきいて見るみるんだ。知っしってるなら云っいって見ろみろ」「うるさいな、知っしってるよ」「だから云っいって御覧ごらんなさいよ。哲学者てつがくしゃなんてものは、よくごまかすもので、何なんを聞いきいても知らしらないと白状はくじょうの出来できない執念しゅうねん深いぶかい人間にんげんだから、……」「どっちが執念しゅうねん深いぶかいか分りゃわかりゃしない」「どっちでも、いいから、云っいって御覧ごらん」「ゴージアンごーじあん・ノットのっとと云ういうのはアレキサンダーあれきさんだー時代じだいの話しはなしさ」「うん、知っしってるね。それで」「ゴージアスごーじあすと云ういう百姓ひゃくしょうがジュピターじゅぴたーの神かみへ車くるまを奉納ほうのうしたところが……」「おやおや、少しすこし待っまった。そんな事ことがあるのかい。それから」「そんな事ことがあるのかって、君きみ、知らしらないのか」「そこまでは知らしらなかった」「何なんだ。自分じぶんこそ知らしらない癖くせに」「ハハハハはははは学校がっこうで習っならった時じは教師きょうしがそこまでは教えおしえなかった。あの教師きょうしもそこまではきっと知らしらないに違いない」「ところがその百姓ひゃくしょうが、車くるまの轅ながえと横木おうぼくを蔓つるで結いゆいた結び目むすびめを誰だれがどうしても解くとく事ことが出来できない」「なあるほど、それをゴージアンごーじあん・ノットのっとと云ういうんだね。そうか。その結けつ目めをアレキサンダーあれきさんだーが面倒臭いめんどうくさいって、刀かたなを抜いぬいて切っきっちまったんだね。うん、そうか」「アレキサンダーあれきさんだーは面倒臭いめんどうくさいとも何なんとも云やいやあしない」「そりゃどうでもいい」「この結けつ目めを解いといたものは東方とうほうの帝みかどたらんと云ういう神託しんたくを聞いきいたとき、アレキサンダーあれきさんだーがそれなら、こうするばかりだと云っいって……」「そこは知っしってるんだ。そこは学校がっこうの先生せんせいに教わっおそわった所ところだ」「それじゃ、それでいいじゃないか」「いいがね、人間にんげんは、それならこうするばかりだと云ういう了見りょうけんがなくっちゃ駄目だめだと思うおもうんだね」「それもよかろう」「それもよかろうじゃ張り合はりあいがないな。ゴージアンごーじあん・ノットのっとはいくら考えかんがえたって解けとけっこ無いないんだもの」「切れきれば解けるとけるのかい」「切れきれば――解けとけなくっても、まあ都合つごうがいいやね」「都合つごうか。世の中よのなかに都合つごうほど卑怯ひきょうなものはない」「するとアレキサンダーあれきさんだーは大変たいへんな卑怯ひきょうな男おとこになる訳わけだ」「アレキサンダーあれきさんだーなんか、そんなに豪いえらいと思っおもってるのか」 会話かいわはちょっと切れきれた。
甲野こうのさんは寝返りねがえりを打つうつ。
宗近むねちか君きみは箕み坐ざのまま旅行りょこう案内あんないをひろげる。
雨あめは斜めななめに降るふる。
古いふるい京きょうをいやが上うえに寂びよさびよと降るふる糠雨ぬかあめが、赤いあかい腹はらを空そらに見せみせて衝いついと行くいく乙おつ鳥とりの背せに応えるこたえるほど繁くしげくなったとき、下京しもぎょうも上京じょうきょうもしめやかに濡れぬれて、三十六さんじゅうろく峰みねの翠みどりりの底そこに、音おとは友禅ゆうぜんの紅くれないを溶いといて、菜の花なのはなに注ぐそそぐ流りゅうのみである。
「御前ごぜん川上かわかみ、わしゃ川下かわしもで……」と芹せりを洗うあらう門口かどぐちに、眉まゆをかくす手拭てぬぐいの重きおもきを脱げぬげば、「大文字だいもじ」が見えるみえる。
「松虫まつむし」も「鈴虫すずむし」も幾代いくよの春はるを苔こけ蒸しむして、鶯うぐいすの鳴くなくべき藪やぶに、墓はかばかりは残っのこっている。
鬼おにの出るでる羅生門らしょうもんに、鬼おにが来きずなってから、門もんもいつの代だいにか取りとり毀たこぼたれた。
綱つなが※ぎとった腕うでの行末ぎょうまつは誰だれにも分からぶんからぬ。
ただ昔むかししながらの春雨はるさめが降るふる。
寺町てらまちでは寺てらに降りふり、三条さんじょうでは橋はしに降りふり、祇園ぎおんでは桜さくらに降りふり、金閣きんかく寺てらでは松まつに降るふる。
宿やどの二に階かいでは甲野こうのさんと宗近むねちか君きみに降っふっている。
甲野こうのさんは寝ねながら日記にっきを記きけだした。
横綴よことじの茶ちゃの表布おもてぬのの少しすこしは汗あせに汚きたなごれた角かくを、折るおるようにあけて、二三にさん枚ばいめくると、一いち頁ぺーじの三さんが一いちほど白いしろい所ところが出でて来きた。
甲野こうのさんはここから書きかき始めるはじめる。
鉛筆えんぴつを執っとって景気けいきよく、「一いち奩楼角かく雨あめ、閑かん殺さつ古今ここん人ひと」と書いかいてしばらく考えかんがえている。
転てん結けつを添えそえて絶句ぜっくにする気きと見えるみえる。
旅行りょこう案内あんないを放り出しほうりだして宗近むねちか君きみはずしんと畳たたみを威嚇いかくして椽えん側がわへ出るでる。
椽えん側がわには御ご誂あつらえ向むかいに一いち脚あしの籐とうの椅子いすが、人待ち顔ひとまちがおに、しめっぽく据えすえてある。
連れん※の疎まばらなる花はなの間まから隣りとなり家いえの座敷ざしきが見えるみえる。
障子しょうじは立てたて切っきってある。
中なかでは琴ことの音おとがする。
「忽こつ※弾琴だんきん響ひびき、垂しで楊よう惹恨じゃくはん新しん」と甲野こうのさんは別行べつぎょうに十字じゅうじ書いかいたが、気きに入らはいらぬと見えみえて、すぐさま棒ぼうを引いひいた。
あとは普通ふつうの文章ぶんしょうになる。
「宇宙うちゅうは謎なぞである。謎なぞを解くとくは人々ひとびとの勝手かってである。勝手にかってに解いといて、勝手にかってに落ちつくおちつくものは幸福こうふくである。疑えうたがえば親おやさえ謎なぞである。兄弟きょうだいさえ謎なぞである。妻つまも子こも、かく観ずるかんずる自分じぶんさえも謎なぞである。この世このよに生まれるうまれるのは解けとけぬ謎なぞを、押しつけおしつけられて、白頭はくとうに※※し、中夜なかよるに煩悶はんもんするために生まれるうまれるのである。親おやの謎なぞを解くとくためには、自分じぶんが親おやと同体どうたいにならねばならぬ。妻つまの謎なぞを解くとくためには妻つまと同心どうしんにならねばならぬ。宇宙うちゅうの謎なぞを解くとくためには宇宙うちゅうと同心どうしん同体どうたいにならねばならぬ。これが出来できねば、親おやも妻つまも宇宙うちゅうも疑ぎである。解けとけぬ謎なぞである、苦痛くつうである。親おや兄弟きょうだいと云ういう解けとけぬ謎なぞのある矢先やさきに、妻つまと云ういう新しきあたらしき謎なぞを好んこのんで貰うもらうのは、自分じぶんの財産ざいさんの所ところ置おけに窮しきゅうしている上うえに、他人たにんの金銭きんせんを預かるあずかると一般いっぱんである。妻つまと云ういう新らしきあたらしき謎なぞを貰うもらうのみか、新らしきあたらしき謎なぞに、また新らしきあたらしき謎なぞを生まうませて苦しむくるしむのは、預かっあずかった金銭きんせんに利子りしが積んつんで、他人たにんの所得しょとくをみずからと持ち扱うもちあつかうようなものであろう。……すべての疑はぎは身みを捨てすてて始めてはじめて解決かいけつが出来るできる。ただどう身みを捨てるすてるかが問題もんだいである。死し? 死しとはあまりに無能むのうである」 宗近むねちか君きみは籐とうの椅子いすに横よこ平たいらな腰こしを据えすえてさっきから隣りとなりの琴ことを聴いきいている。
御室おむろの御所ごしょの春寒しゅんかんに、銘めいをたまわる琵琶びわの風流ふうりゅうは知るしるはずがない。
十三じゅうさん絃げんを南部なんぶの菖蒲しょうぶ形かたちに張っちょうって、象牙ぞうげに置いおいた蒔絵まきえの舌したを気高けたかしと思うおもう数奇すうきも有ゆうたぬ。
宗近むねちか君きみはただ漫然まんぜんと聴いきいているばかりである。
滴々てきてきと垣かきを蔽うおおう連れん※の黄きな向うむこうは業平竹なりひらたけの一いち叢くさむらに、苔こけの多いおおい御影みかげの突くつく這いはいを添えそえて、三さん坪つぼに足らあしらぬ小庭こにわには、一面いちめんに叡山えいざん苔こけを這わしはわしている。
琴ことの音おとはこの庭にわから出るでる。
雨あめは一いちつである。
冬ふゆは合羽かっぱが凍るこおる。
秋あきは灯心とうしみが細るほそる。
夏なつは褌ふんどしを洗うあらう。
春はるは――平打ひらうちの銀ぎん簪かんざしを畳たたみの上うえに落しおとしたまま、貝合せかいあわせの貝かいの裏うらが朱しゅと金きんと藍あいに光るひかる傍そばに、ころりんと掻き鳴らしかきならし、またころりんと掻き乱すかきみだす。
宗近むねちか君きみの聴いきいてるのはまさにこのころりんである。
「眼めに見るみるは形かたちである」と甲野こうのさんはまた別行べつぎょうに書き出しかきだした。
「耳みみに聴くきくは声こえである。形かたちと声こえは物ものの本体ほんたいではない。物ものの本体ほんたいを証得しょうとくしないものには形かたちも声こえも無意義むいぎである。何物なにものかをこの奥おくに捕えとらえたる時じ、形かたちも声こえもことごとく新らしきあたらしき形かたちと声こえになる。これが象徴しょうちょうである。象徴しょうちょうとは本来ほんらい空そらの不可思議ふかしぎを眼めに見み、耳みみに聴くきくための方便ほうべんである。……」 琴ことの手ては次第しだいに繁くしげくなる。
雨滴うてきの絶間たえまを縫うぬうて、白いしろい爪つめが幾度いくどか駒こまの上うえを飛ぶとぶと見えみえて、濃こかなる調べしらべは、太きふとき糸いとの音おとと細ほそき音おとを綯り合せあわせて、代る代るかわるがわるに乱れ打つみだれうつように思わおもわれる。
甲野こうのさんが「無む絃げんの琴ことを聴いきいて始めてはじめて序破急じょはきゅうの意義いぎを悟るさとる」と書きかき終っおわった時じ、椅子いすに靠れもたれて隣家りんかばかりを瞰下していた宗近むねちか君きみは「おい、甲野こうのさん、理窟りくつばかり云わいわずと、ちとあの琴ことでも聴くきくがいい。なかなか旨いうまいぜ」と椽えん側がわから部屋へやの中なかへ声こえを掛けかけた。
「うん、さっきから拝聴はいちょうしている」と甲野こうのさんは日記にっきをぱたりと伏せふせた。
「寝ねながら拝聴はいちょうする法ほうはないよ。ちょっと椽えんまで出張しゅっちょうを命ずるめいずるから出でて来きなさい」「なに、ここで結構けっこうだ。構っかまってくれるな」と甲野こうのさんは空気枕くうきまくらを傾けかたむけたまま起き上がるおきあがる景色けしきがない。
「おい、どうも東山ひがしやまが奇麗きれいに見えるみえるぜ」「そうか」「おや、鴨川かもがわを渉るわたる奴やつがある。実じつに詩的してきだな。おい、川かわを渉るわたる奴やつがあるよ」「渉っわたってもいいよ」「君きみ、布団ふとん着きて寝ねたる姿すがたやとか何なんとか云ういうが、どこに布団ふとんを着きている訳わけかな。ちょっとここまで来きて教えおしえてくれんかな」「いやだよ」「君きみ、そうこうしているうちに加茂かもの水嵩みずかさが増しまして来きたぜ。いやあ大変たいへんだ。橋はしが落ちおちそうだ。おい橋はしが落ちるおちるよ」「落ちおちても差し支えさしつかえなしだ」「落ちおちても差し支えさしつかえなしだ? 晩ばんに都踊みやこおどりが見みられなくっても差し支えさしつかえなしかな」「なし、なし」と甲野こうのさんは面倒めんどう臭くくさくなったと見えみえて、寝返りねがえりを打っうって、例れいの金襖きんぶすまの筍たけのこを横よこに眺めながめ始めはじめた。
「そう落ちついおちついていちゃ仕方しかたがない。こっちで降参こうさんするよりほかに名案めいあんもなくなった」と宗近むねちかさんは、とうとう我われを折っおって部屋へやの中なかへ這入っはいって来るくる。
「おい、おい」「何なんだ、うるさい男おとこだね」「あの琴ことを聴いきいたろう」「聴いきいたと云っいったじゃないか」「ありゃ、君きみ、女おんなだぜ」「当り前あたりまえさ」「幾何きかだと思うおもう」「幾いく歳としだかね」「そう冷淡れいたんじゃ張り合はりあいがない。教えおしえてくれなら、教えおしえてくれと判然はんぜん云ういうがいい」「誰だれが云ういうものか」「云わいわない? 云わいわなければこっちで云ういうばかりだ。ありゃ、島田しまだだよ」「座敷ざしきでも開いひらいてるのかい」「なに座敷ざしきはぴたりと締っしまってる」「それじゃまた例れいの通りとおり好よしみ加減かげんな雅号がごうなんだろう」「雅号がごうにして本名ほんみょうなるものだね。僕ぼくはあの女おんなを見みたんだよ」「どうして」「そら聴きききたくなった」「何なん聴かきかなくってもいいさ。そんな事ことを聞くきくよりこの筍たけのこを研究けんきゅうしている方ほうがよっぽど面白いおもしろい。この筍たけのこを寝ねていて横よこに見るみると、背せが低くひくく見えるみえるがどう云ういうものだろう」「おおかた君きみの眼めが横よこに着いついているせいだろう」「二に枚ばいの唐紙とうしに三さん本ほん描いえがいたのは、どう云ういう因縁いんねんだろう」「あんまり下手へただから一いち本ほん負けまけたつもりだろう」「筍たけのこの真青まっさおなのはなぜだろう」「食うくうと中毒ちゅうどくると云ういう謎なぞなんだろう」「やっぱり謎なぞか。君きみだって謎なぞを釈くとくじゃないか」「ハハハハはははは。時々ときどきは釈いといて見るみるね。時じに僕ぼくがさっきから島田しまだの謎なぞを解いといてやろうと云ういうのに、いっこう釈かしゃくかせないのは哲学者てつがくしゃにも似合わにあわん不ふ熱心ねっしんな事ことだと思うおもうがね」「釈きときたければ釈くとくさ。そうもったいぶったって、頭あたまを下げるさげるような哲学者てつがくしゃじゃない」「それじゃ、ひとまず安っぽくやすっぽく釈いといてしまって、後あとから頭あたまを下げさげさせる事ことにしよう。――あのね、あの琴ことの主ぬしはね」「うん」「僕ぼくが見みたんだよ」「そりゃ今いま聴いきいた」「そうか。それじゃ別べつに話すはなす事こともない」「なければ、いいさ」「いや好くよくない。それじゃ話すはなす。昨日きのうね、僕ぼくが湯ゆから上がっあがって、椽えん側がわで肌はだを抜いぬいで涼んすずんでいると――聴きききたいだろう――僕ぼくが何気なんげなく鴨東おうとうの景色けしきを見み廻わしまわして、ああ好いよい心持ちこころもちだとふと眼めを落しおとして隣家りんかを見下すみくだすと、あの娘むすめが障子しょうじを半分はんぶん開けあけて、開けあけた障子しょうじに靠たれかかって庭にわを見みていたのさ」「別嬪べっぴんかね」「ああ別嬪べっぴんだよ。藤尾ふじおさんよりわるいが糸いと公こうより好いよいようだ」「そうかい」「それっきりじゃ、余よまり他愛たあいが無さなさ過ぎるすぎる。そりゃ残念ざんねんな事ことをした、僕ぼくも見れみればよかったぐらい義理ぎりにも云ういうがいい」「そりゃ残念ざんねんな事ことをした、僕ぼくも見れみればよかった」「ハハハハははははだから見せみせてやるから椽えん側がわまで出でて来いこいと云ういうのに」「だって障子しょうじは締っしまってるんじゃないか」「そのうち開くひらくかも知れしれないさ」「ハハハハはははは小野おのなら障子しょうじの開くひらくまで待っまってるかも知れしれない」「そうだね。小野おのを連れつれて来きて見せみせてやれば好かっよかった」「京都きょうとはああ云ういう人間にんげんが住むすむに好いよい所ところだ」「うん全くまったく小野おの的まとだ。大将たいしょう、来いこいと云ういうのになんのかのと云っいって、とうとう来きない」「春休みはるやすみに勉強べんきょうしようと云ういうんだろう」「春休みはるやすみに勉強べんきょうが出来るできるものか」「あんな風かぜじゃいつだって勉強べんきょうが出来できやしない。一体いったい文学者ぶんがくしゃは軽いかるいからいけない」「少々しょうしょう耳みみが痛いいたいね。こっちも余よまり重くおもくはない方ほうだからね」「いえ、単なるたんなる文学者ぶんがくしゃと云ういうものは霞かすみに酔っよいってぽうっとしているばかりで、霞かすみを披いひらいて本体ほんたいを見つけようみつけようとしないから性根しょうこんがないよ」「霞かすみの酔っよいっ払はらいか。哲学者てつがくしゃは余計よけいな事ことを考え込んかんがえこんで苦いにがい顔かおをするから、塩水えんすいの酔っよいっ払はらいだろう」「君きみ見みたように叡山えいざんへ登るのぼるのに、若狭わかさまで突き貫けるつきぬける男おとこは白雨はくうの酔っよいっ払はらいだよ」「ハハハハははははそれぞれ酔っ払っよっぱらってるから妙みょうだ」 甲野こうのさんの黒いくろい頭あたまはこの時じようやく枕まくらを離れはなれた。
光沢こうたくのある髪かみで湿っぽくしめっぽく圧しおし付けつけられていた空気くうきが、弾力だんりょくで膨れ上がるふくれあがると、枕まくらの位置いちが畳たたみの上うえでちょっと廻っまわった。
同時どうじに駱駝らくだの膝掛ひざかけが擦り落ちすりおちながら、裏うらを返しかえして半分はんぶんに折れるおれる。
下したから、だらしなく腰こしに捲きまき付けつけた平絎ひらぐけの細ほそ帯おびがあらわれる。
「なるほど酔っ払いよっぱらいに違いない」と枕元まくらもとに畏まっかしこまった宗近むねちか君きみは、即座そくざに品評ひんぴょうを加えくわえた。
相手あいては痩せやせた体躯たいくを持ち上げもちあげた肱ひじを二に段だんに伸しのして、手の平てのひらに胴どうを支えささえたまま、自分じぶんで自分じぶんの腰こしのあたりを睨め廻しねめまわしていたが「たしかに酔っ払っよっぱらってるようだ。君きみはまた珍らしくめずらしく畏まっかしこまってるじゃないか」と一重瞼いちじゅうまぶたの長くながく切れきれた間まから、宗近むねちか君きみをじろりと見みた。
「おれは、これで正気せいきなんだからね」「居住きょじゅうだけは正気せいきだ」「精神せいしんも正気せいきだからさ」「どてらを着きて跪坐きざてるのは、酔っ払っよっぱらっていながら、異状いじょうがないと得意とくいになるようなものだ。なおおかしいよ。酔っ払いよっぱらいは酔よい払はらいらしくするがいい」「そうか、それじゃ御免ごめん蒙ろうこうむろう」と宗近むねちか君きみはすぐさま胡坐こざをかく。
「君きみは感心かんしんに愚ぐを主張しゅちょうしないからえらい。愚ぐにして賢けんと心得こころえているほど片腹かたはら痛いいたい事ことはないものだ」「諫に従うしたがう事こと流るるながるるがごとしとは僕ぼくの事ことを云っいったものだよ」「酔払っよっぱらっていてもそれなら大丈夫だいじょうぶだ」「なんて生意気なまいきを云ういう君きみはどうだ。酔払っよっぱらっていると知りしりながら、胡坐こざをかく事ことも跪坐きざる事ことも出来できない人間にんげんだろう」「まあ立ん坊りっんぼうだね」と甲野こうのさんは淋しさびし気きに笑っわらった。
勢いきおい込んこんで喋舌っしゃべって来きた宗近むねちか君きみは急きゅうに真面目まじめになる。
甲野こうのさんのこの笑い顔わらいがおを見るみると宗近むねちか君きみはきっと真面目まじめにならなければならぬ。
幾多いくたの顔かおの、幾多いくたの表情ひょうじょうのうちで、あるものは必ずかならず人ひとの肺腑はいふに入るはいる。
面上めんじょうの筋肉きんにくが我勝ちわれがちに躍るおどるためではない。
頭上ずじょうの毛髪もうはつが一筋ひとすじごとに稲妻いなずまを起すおこすためでもない。
涙なみだ管かんの関せきが切れきれて滂沱ぼうだの観かんを添うそうるがためでもない。
いたずらに劇烈げきれつなるは、壮士そうしが事こともなきに剣けんを舞わしまわして床ゆかを斬るきるようなものである。
浅いあさいから動くうごくのである。
本郷ほんごう座ざの芝居しばいである。
甲野こうのさんの笑っわらったのは舞台ぶたいで笑っわらったのではない。
毛筋けすじほどな細いほそい管かんを通しとおして、捕えとらえがたい情けなさけの波なみが、心こころの底そこから辛うじてかろうじて流れ出しながれだして、ちらりと浮世うきよの日ひに影かげを宿しやどしたのである。
往来おうらいに転がっころがっている表情ひょうじょうとは違うちがう。
首くびを出しだして、浮世うきよだなと気きがつけばすぐ奥の院おくのいんへ引き返すひきかえす。
引き返すひきかえす前まえに、捕まえつかまえた人ひとが勝ちかちである。
捕まえつかまえ損なえそこなえば生涯しょうがい甲野こうのさんを知るしる事ことは出来できぬ。
甲野こうのさんの笑わらいは薄くうすく、柔らかやわらかに、むしろ冷やかひややかである。
そのおとなしいうちに、その速かすみやかなるうちに、その消えきえて行くいくうちに、甲野こうのさんの一生いっしょうは明かあきらかに描き出さえがきだされている。
この瞬間しゅんかんの意義いぎを、そうかと合点がてんするものは甲野こうの君きみの知己ちきである。
斬っきった張っちょうったの境さかいに甲野こうのさんを置いおいて、ははあ、こんな人ひとかと合点がてんするようでは親子おやこといえどもいまだしである。
兄弟きょうだいといえども他人たにんである。
斬っきった張っちょうったの境さかいに甲野こうのさんを置いおいて、始めはじめて甲野こうのさんの性格せいかくを描き出すえがきだすのは野暮やぼな小説しょうせつである。
二十にじゅう世紀せいきに斬っきった張っちょうったがむやみに出でて来るくるものではない。
春はるの旅たびは長閑のどかである。
京きょうの宿やどは静かしずかである。
二人ふたりは無事ぶじである。
ふざけている。
その間まに宗近むねちか君きみは甲野こうのさんを知りしり、甲野こうのさんは宗近むねちか君きみを知るしる。
これが世の中よのなかである。
「立ん坊りっんぼうか」と云っいったまま宗近むねちか君きみは駱駝らくだの膝掛ひざかけの馬簾ばれんをひねくり始めはじめたが、やがて「いつまでも立ん坊りっんぼうか」と相手あいての顔かおは見みず、質問しつもんのように、独語どくごのように、駱駝らくだの膝掛ひざかけに話しかけるはなしかけるように、立ん坊りっんぼうを繰り返しくりかえした。
「立ん坊りっんぼうでも覚悟かくごだけはちゃんとしている」と甲野こうのさんはこの時じ始めはじめて、腰こしを浮かしうかして、相手あいての方ほうに向き直るむきなおる。
「叔父おじさんが生きいきてると好いよいがな」「なに、阿爺あやが生きいきているとかえって面倒めんどうかも知れしれない」「そうさなあ」と宗近むねちか君きみはなあを引っ張っひっぱった。
「つまり、家いえを藤尾ふじおにくれてしまえばそれで済むすむんだからね」「それで君きみはどうするんだい」「僕ぼくは立ん坊りっんぼうさ」「いよいよ本当ほんとうの立ん坊りっんぼうか」「うん、どうせ家いえを襲いおそいだって立ん坊りっんぼう、襲かさねがなくったって立ん坊りっんぼうなんだからいっこう構わかまわない」「しかしそりゃ、いかん。第一だいいち叔母おばさんが困るこまるだろう」「母ははがか」 甲野こうのさんは妙みょうな顔かおをして宗近むねちか君きみを見みた。
疑がえうたがえば己おのれにさえ欺ぎむかれる。
まして己おのれ以外いがいの人間にんげんの、利害りがいの衢に、損失そんしつの塵ごみ除じょと被るかぶる、面めんの厚あつしさは、容易よういには度らはかられぬ。
親おやしき友ともの、わが母ははを、そうと評するひょうするのは、面めんの内側うちがわで評するひょうするのか、または外側そとがわでのみ云ういう了見りょうけんか。
己おのれにさえ、己おのれを欺くあざむく魔まの、どこにか潜んひそんでいるような気持きもちは免かれまぬかれぬものを、無二むにの友達ともだちとは云えいえ、父方ちちかたの縁続きえんつづきとは云えいえ、迂濶うかつには天機てんきを洩らしもらしがたい。
宗近むねちかの言げんは継母ままははに対するたいするわが心こころの底そこを見みんための鎌かまか。
見みた上うえでも元もとの宗近むねちかならばそれまでであるが、鎌かまを懸けるかけるほどの男おとこならば、思うおもう通りとおりを引き出しひきだした後あとで、どう引っ繰り返らひっくりかえらぬとも保証ほしょうは出来できん。
宗近むねちかの言げんは真率しんそつなる彼かれの、裏表うらおもての見み界さかいなく、母ははの口占くうらを一いち図ずにそれと信じしんじたる反響はんきょうか。
平生へいぜいのかれこれから推しおして見るみると多分たぶんそうだろう。
よもや、母ははから頼またのまれて、曇るくもる胸むねの、われにさえ恐ろしおそろしき淵ふちの底そこに、詮索せんさくの錘おもりを投げ込むなげこむような卑劣ひれつな振舞ふるまいはしまい。
けれども、正直しょうじきな者ものほど人ひとには使わつかわれやすい。
卑劣ひれつと知っしって、人ひとの手先てさきにはならんでも、われに対するたいする好意こういから、見み損なっそこなった母ははの意いを承けうけて、御ご互たがいに面白おもしろからぬ結果けっかを、必然ひつぜんの期き程ほど以前いぜんに、家庭かていのなかに打ち開けるうちあける事ことがないとも限らかぎらん。
いずれにしても入らはいらぬ口くちは発くあばくまい。
二人ふたりはしばらく無言むごんである。
隣家りんかではまだ琴ことを弾いひいている。
「あの琴ことは生田いくた流りゅうかな」と甲野こうのさんは、つかぬ事ことを聞くきく。
「寒くさむくなった、狐きつねの袖そで無むでも着ようきよう」と宗近むねちか君きみも、つかぬ事ことを云ういう。
二人ふたりは離れ離れはなればなれに口くちを発いあばいている。
丹前たんぜんの胸むねを開いひらいて、違棚ちがいだなの上うえから、例れいの異様いような胴衣どういを取り下ろしとりおろして、体からだを斜めななめに腕うでを通しとおした時じ、甲野こうのさんは聞いきいた。
「その袖そで無むは手製てせいか」「うん、皮かわは支那しなに行っいった友人ゆうじんから貰っもらったんだがね、表ひょうは糸いと公こうが着けつけてくれた」「本物ほんものだ。旨いうまいもんだ。御ご糸いとさんは藤尾ふじおなんぞと違っちがって実用的じつようてきに出来できているからいい」「いいか、ふん。彼奴きゃつが嫁よめに行くいくと少々しょうしょう困るこまるね」「いい嫁よめの口くちはないかい」「嫁よめの口くちか」と宗近むねちか君きみはちょっと甲野こうのさんを見みたが、気きの乗らのらない調子ちょうしで「無いない事こともないが……」とだらりと言葉ことばの尾おを垂れたれた。
甲野こうのさんは問題もんだいを転じてんじた。
「御ご糸いとさんが嫁よめに行くいくと御ご叔父おじさんも困るこまるね」「困っこまったって仕方しかたがない、どうせいつか困るこまるんだもの。――それよりか君きみは女房にょうぼうを貰わもらわないのかい」「僕ぼくか――だって――食わすくわす事ことが出来できないもの」「だから御ご母さんははさんの云ういう通りとおりに君きみが家いえを襲いおそいで……」「そりゃ駄目だめだよ。母ははが何なんと云っいったって、僕ぼくは厭いやなんだ」「妙みょうだね、どうも。君きみが判然はんぜんしないもんだから、藤尾ふじおさんも嫁よめに行かいかれないんだろう」「行かいかれないんじゃない、行かいかないんだ」 宗近むねちか君きみはだまって鼻はなをぴくつかせている。
「また鱧はもを食わくわせるな。毎日まいにち鱧はもばかり食っしょくって腹はらの中なかが小骨こぼねだらけだ。京都きょうとと云ういう所ところは実じつに愚ぐな所ところだ。もういい加減いいかげんに帰ろうかえろうじゃないか」「帰っかえってもいい。鱧はもぐらいなら帰らかえらなくってもいい。しかし君きみの嗅覚きゅうかくは非常ひじょうに鋭敏えいびんだね。鱧はもの臭においがするかい」「するじゃないか。台所だいどころでしきりに焼いやいていらあね」「そのくらい虫むしが知らしらせると阿爺あやも外国がいこくで死なしななくっても済んすんだかも知れしれない。阿爺あやは嗅覚きゅうかくが鈍かっにぶかったと見えるみえる」「ハハハハはははは。時じに御ご叔父おじさんの遺物いぶつはもう、着いついたか知らかしら」「もう着いついた時分じぶんだね。公使館こうしかんの佐伯さえきと云ういう人ひとが持っもって来きてくれるはずだ。――何になんにもないだろう――書物しょもつが少しすこしあるかな」「例れいの時計とけいはどうしたろう」「そうそう。倫敦ろんどんで買っかった自慢じまんの時計とけいか。あれは多分たぶん来るくるだろう。小供こどもの時じから藤尾ふじおの玩具がんぐになった時計とけいだ。あれを持つもつとなかなか離さはなさなかったもんだ。あの鏈くさりに着いついている柘榴ざくろ石いしが気きに入っはいってね」「考えるかんがえると古いふるい時計とけいだね」「そうだろう、阿爺あやが始めはじめて洋行ようこうした時じに買っかったんだから」「あれを御ご叔父おじさんの片身かたみに僕ぼくにくれ」「僕ぼくもそう思っおもっていた」「御ご叔父おじさんが今度こんど洋行ようこうするときね、帰っかえったら卒業そつぎょう祝しゅくにこれを御前ごぜんにやろうと約束やくそくして行っいったんだよ」「僕ぼくも覚えおぼえている。――ことによると今頃いまごろは藤尾ふじおが取っとってまた玩具がんぐにしているかも知れしれないが……」「藤尾ふじおさんとあの時計とけいはとうてい離せはなせないか。ハハハハははははなに構わかまわない、それでも貰おうもらおう」 甲野こうのさんは、だまって宗近むねちか君きみの眉まゆの間まを、長いながい事こと見みていた。
御ご昼ひるの膳ぜんの上うえには宗近むねちか君きみの予言よげん通りとおり鱧はもが出でた。
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