虞美人草

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四

第 4 章
甲野こうのさんの日記にっきの一筋ひとすじに云ういう。
「色いろを見るみるものは形かたちを見みず、形かたちを見るみるものは質しつを見みず」 小野おのさんは色いろを見みて世よを暮らすくらす男おとこである。
甲野こうのさんの日記にっきの一筋ひとすじにまた云ういう。
「生死せいし因縁いんねん無む了りょう期き、色相しきそう世界せかい現げん狂きょう癡ち」 小野おのさんは色相しきそう世界せかいに住するじゅうする男おとこである。
小野おのさんは暗いくらい所ところに生れうまれた。
ある人ひとは私生児しせいじだとさえ云ういう。
筒袖つつそでを着きて学校がっこうへ通うかよう時じから友達ともだちに苛めいじめられていた。
行くいく所ところで犬いぬに吠えほえられた。
父ちちは死んしんだ。
外そとで辛いつらい目めに遇っあった小野おのさんは帰るかえる家いえが無くなっなくなった。
やむなく人ひとの世話せわになる。
水底すいていの藻もは、暗いくらい所ところに漂うただようて、白帆しらほ行くいく岸辺きしべに日ひのあたる事ことを知らしらぬ。
右みぎに揺こうわななこうが、左ひだりりに靡こうなびこうが嬲るなぶるは波なみである。
ただその時々ときどきに逆らわさからわなければ済むすむ。
馴れなれては波なみも気きにならぬ。
波なみは何物なにものぞと考えるかんがえる暇ひまもない。
なぜ波なみがつらく己れおのれにあたるかは無論むろん問題もんだいには上らのぼらぬ。
上っのぼったところで改良かいりょうは出来できぬ。
ただ運命うんめいが暗いくらい所ところに生えはえていろと云ういう。
そこで生えはえている。
ただ運命うんめいが朝な夕なあさなゆうなに動けうごけと云ういう。
だから動いうごいている。
――小野おのさんは水底すいていの藻もであった。
京都きょうとでは孤こ堂どう先生せんせいの世話せわになった。
先生せんせいから絣かすりの着物きものをこしらえて貰っもらった。
年ねんに二十にじゅう円えんの月謝げっしゃも出しだして貰っもらった。
書物しょもつも時々ときどき教わっおそわった。
祇園ぎおんの桜さくらをぐるぐる周るまわる事ことを知っしった。
知恩ちおん院いんの勅額ちょくがくを見上げみあげて高いたかいものだと悟っさとった。
御飯ごはんも一人前いちにんまえは食うくうようになった。
水底すいていの藻もは土つちを離れはなれてようやく浮かびうかび出すだす。
東京とうきょうは目めの眩むくらむ所ところである。
元禄げんろくの昔むかしに百ひゃく年ねんの寿ことぶきを保ったもったものは、明治めいじの代だいに三さん日ひ住んすんだものよりも短命たんめいである。
余所よそでは人ひとが蹠あしうらであるいている。
東京とうきょうでは爪先つまさきであるく。
逆ぎゃく立たてをする。
横よこに行くいく。
気きの早いはやいものは飛んとんで来るくる。
小野おのさんは東京とうきょうできりきりと回っまわった。
きりきりと回っまわった後あとで、眼めを開けあけて見るみると世界せかいが変っかわっている。
眼めを擦すっても変っかわっている。
変へんだと考えるかんがえるのは悪るくわるく変っかわった時じである。
小野おのさんは考えかんがえずに進んすすんで行くいく。
友達ともだちは秀才しゅうさいだと云ういう。
教授きょうじゅは有望ゆうぼうだと云ういう。
下宿げしゅくでは小野おのさん小野おのさんと云ういう。
小野おのさんは考えかんがえずに進んすすんで行くいく。
進んすすんで行っいったら陛下へいかから銀時計ぎんとけいを賜わったまわった。
浮かびうかび出しだした藻もは水面すいめんで白いしろい花はなをもつ。
根ねのない事ことには気きがつかぬ。
世界せかいは色いろの世界せかいである。
ただこの色いろを味えあじわえば世界せかいを味わっあじわったものである。
世界せかいの色いろは自己じこの成功せいこうにつれて鮮やかあざやかに眼めに映るうつる。
鮮やかあざやかなる事こと錦にしきを欺くあざむくに至っいたって生きいきて甲斐かいある命いのちは貴たかとい。
小野おのさんの手巾しゅきんには時々ときどきヘリオトロープへりおとろーぷの香こうがする。
世界せかいは色いろの世界せかいである、形かたちは色いろの残骸ざんがいである。
残骸ざんがいを論っろんって中味なかみの旨きうまきを解せげせぬものは、方円ほうえんの器うつわに拘わっかかわって、盛り上るもりあがる酒さけの泡あわをどう片づけかたづけてしかるべきかを知らしらぬ男おとこである。
いかに見極めみきわめても皿さらは食わくわれぬ。
唇くちびるを着けつけぬ酒さけは気きが抜けるぬける。
形式けいしきの人ひとは、底そこのない道義どうぎの巵を抱いいだいて、路頭ろとうに跼蹐きょくせきしている。
世界せかいは色いろの世界せかいである。
いたずらに空華くうげと云いいい鏡花きょうかと云ういう。
真如しんにょの実相じっそうとは、世よに容れいれられぬ畸形きけいの徒とが、容れいれられぬ恨はんを、黒くろ※郷さと裏うらに晴らすはらすための妄想もうそうである。
盲人もうじんは鼎かなえを撫でるなでる。
色いろが見えみえねばこそ形かたちが究めきわめたくなる。
手てのない盲人もうじんは撫でるなでる事ことをすらあえてせぬ。
ものの本体ほんたいを耳目じもくのほかに求めんもとめんとするは、手てのない盲人もうじんの所作しょさである。
小野おのさんの机つくえの上うえには花はなが活けいけてある。
窓まどの外そとには柳やなぎが緑みどりを吹くふく。
鼻はなの先さきには金縁きんぶちの眼鏡めがねが掛かっかかっている。
絢爛けんらんの域いきを超えこえて平淡へいたんに入るはいるは自然しぜんの順序じゅんじょである。
我われらは昔むかしし赤ん坊あかんぼうと呼ばよばれて赤いあかいべべを着せきせられた。
大抵たいていのものは絵画かいがのなかに生い立っおいたって、四条しじょう派はの淡彩たんさいから、雲谷うんこく流りゅうの墨画ぼくがに老いおいて、ついに棺桶かんおけのはかなきに親しむしたしむ。
顧みるかえりみると母ははがある、姉あねがある、菓子かしがある、鯉こいの幟のぼりがある。
顧みれかえりみれば顧みるかえりみるほど華麗かれいである。
小野おのさんは趣おもむきが違うちがう。
自然しぜんの径路けいろを逆しまさかしまにして、暗いくらい土つちから、根ねを振り切っふりきって、日ひの透るとおる波なみの、明るいあかるい渚なぎさへ漂うただようて来きた。
――坑こうの底そこで生れうまれて一いち段だんごとに美しいうつくしい浮世うきよへ近寄るちかよるためには二十七にじゅうなな年ねんかかった。
二十七にじゅうなな年ねんの歴史れきしを過去かこの節穴ふしあなから覗いのぞいて見るみると、遠くとおくなればなるほど暗いくらい。
ただその途中とちゅうに一いち点てんの紅くれないがほのかに揺いわなないている。
東京とうきょうへ来きたてにはこの紅くれないが恋しくこいしくて、寒いさむい記憶きおくを繰り返すくりかえすのも厭わいとわず、たびたび過去かこの節穴ふしあなを覗いのぞいては、長きながき夜よるを、永きながき日ひを、あるは時雨しぐれるるをゆかしく暮らしくらした。
今いまは――紅くれないもだいぶ遠退いとおのいた。
その上うえ、色いろもよほど褪めさめた。
小野おのさんは節穴ふしあなを覗くのぞく事ことを怠たるおこたるようになった。
過去かこの節穴ふしあなを塞ぎふさぎかけたものは現在げんざいに満足まんぞくする。
現在げんざいが不景気ふけいきだと未来みらいを製造せいぞうする。
小野おのさんの現在げんざいは薔薇ばらである。
薔薇ばらの蕾つぼみである。
小野おのさんは未来みらいを製造せいぞうする必要ひつようはない。
蕾んつぼんだ薔薇ばらを一いち面めんに開かひらかせればそれが自からみずからなる彼かれの未来みらいである。
未来みらいの節穴ふしあなを得意とくいの管かんから眺めるながめると、薔薇ばらはもう開いひらいている。
手てを出せだせば捕まえつかまえられそうである。
早くはやく捕まえろつかまえろと誰だれかが耳みみの傍そばで云ういう。
小野おのさんは博士論文はかせろんぶんを書こうかこうと決心けっしんした。
論文ろんぶんが出来できたから博士はかせになるものか、博士はかせになるために論文ろんぶんが出来るできるものか、博士はかせに聞いきいて見みなければ分らわからぬが、とにかく論文ろんぶんを書かかかねばならぬ。
ただの論文ろんぶんではならぬ、必ずかならず博士論文はかせろんぶんでなくてはならぬ。
博士はかせは学者がくしゃのうちで色いろのもっとも見事みごとなるものである。
未来みらいの管かんを覗くのぞくたびに博士はかせの二に字じが金色きんいろに燃えもえている。
博士はかせの傍そばには金きん時計とけいが天てんから懸っかかっている。
時計とけいの下したには赤いあかい柘榴ざくろ石いしが心臓しんぞうの焔ほのおとなって揺れゆれている。
その側がわに黒いくろい眼めの藤尾ふじおさんが繊せんい腕うでを出しだして手て招ぎおぎをしている。
すべてが美びくしい画がである。
詩人しじんの理想りそうはこの画がの中なかの人物じんぶつとなるにある。
昔むかししタンタラスたんたらすと云ういう人ひとがあった。
わるい事ことをした罰ばつで、苛いむごい目めに逢うあうたと書いかいてある。
身体しんたいは肩かた深くふかく水みずに浸っひたっている。
頭あたまの上うえには旨むねそうな菓物かぶつが累々るいるいと枝えだをたわわに結実けつじつっている。
タンタラスたんたらすは咽喉のどが渇くかわく。
水みずを飲もうのもうとすると水みずが退いしりぞいて行くいく。
タンタラスたんたらすは腹はらが減るへる。
菓物かぶつを食おうくおうとすると菓物かぶつが逃げにげて行くいく。
タンタラスたんたらすの口くちが一いち尺さし動くうごくと向うむこうでも一いち尺さし動くうごく。
二に尺さし前まえむと向うむこうでも二に尺さし前まえむ。
三さん尺さし四よん尺さしは愚かおろか、千里せんりを行きいき尽しつくしても、タンタラスたんたらすは腹はらが減りへり通しとおしで、咽喉のどが渇きかわき続けつづけである。
おおかた今いまでも水みずと菓物かぶつを追っおっ懸けかけて歩いあるいてるだろう。
――未来みらいの管かんを覗くのぞくたびに、小野おのさんは、何なんだかタンタラスたんたらすの子分こぶんのような気きがする。
それのみではない。
時じによると藤尾ふじおさんがつんと澄ましすましている事ことがある。
長いながい眉まゆを押しつけおしつけたように短かくみじかくして、屹ときっと睨めにらめている事ことがある。
柘榴ざくろ石いしがぱっと燃えもえて、※のなかに、女おんなの姿すがたが、包まつつまれながら消えきえて行くいく事ことがある。
博士はかせの二に字じがだんだん薄くうすくなって剥げはげながら暗くくらくなる事ことがある。
時計とけいが遥かはるかな天てんから隕石いんせきのように落ちおちて来きて、割れるわれる事ことがある。
その時じはぴしりと云ういう音おとがする。
小野おのさんは詩人しじんであるからいろいろな未来みらいを描き出すえがきだす。
机つくえの前まえに頬杖つらづえを突いついて、色硝子いろがらすの一いち輪わ挿そうをぱっと蔽うおおう椿つばきの花はなの奥おくに、小野おのさんは、例れいによって自分じぶんの未来みらいを覗いのぞいている。
幾いく通りとおりもある未来みらいのなかで今日きょうは一層いっそう出来できがわるい。
「この時計とけいをあなたに上げあげたいんだけれどもと女おんなが云ういう。どうか下さいくださいと小野おのさんが手てを出すだす。女おんながその手てをぴしゃりと平手ひらてでたたいて、御ご気の毒きのどく様ようもう約束やくそく済すみですと云ういう。じゃ時計とけいは入りいりません、しかしあなたは……と聞くきくと、私わたくし? 私わたくしは無論むろん時計とけいにくっ付いくっついているんですと向むかいをむいて、すたすた歩きあるき出すだす」 小野おのさんは、ここまで未来みらいをこしらえて見みたが、余りあまり残刻ざんこくなのに驚いおどろいて、また最初さいしょから出直そうでなおそうとして、少しすこし痛くいたくなり掛けなりかけた※を持ち上げるもちあげると、障子しょうじが、すうと開いひらいて、御手紙おてがみですと下女げじょが封書ふうしょを置いおいて行くいく。
「小野おの清三せいぞう様よう」と子昂すごう流りゅうにかいた名宛なあてを見みた時じ、小野おのさんは、急きゅうに両肱りょうひじに力ちからを入れいれて、机つくえに持たしもたした体からだを跳ねるはねるように後あとへ引いひいた。
未来みらいを覗くのぞく椿つばきの管かんが、同時どうじに揺れゆれて、唐紅とうべにの一いち片かたがロゼッチの詩集ししゅうの上うえに音おとなしく落ちおちて来るくる。
完かんき未来みらいは、はや崩れくずれかけた。
小野おのさんは机つくえに添えそえて左ひだりりの手てを伸しのしたまま、顔かおを斜めななめに、受け取っうけとった封書ふうしょを掌てのひらの上うえに遠くとおくから眺めながめていたが、容易よういに裏うらを返さかえさない。
返かえしさんでもおおかたの見当けんとうはついている。
ついていればこそ返しかえしにくい。
返しかえした暁あかつきに推察すいさつの通りとおりであったなら、それこそ取り返しとりかえしがつかぬ。
かつて亀かめに聞いきいた事ことがある。
首くびを出すだすと打たうたれる。
どうせ打たうたれるとは思いおもいながら、出来るできるならばと甲羅こうらの中なかに立て籠るたてこもる。
打たうたれる運命うんめいを眼前がんぜんに控えひかえた間際まぎわでも、一刻いっこくの首くびは一刻いっこくだけ縮めちぢめていたい。
思うおもうに小野おのさんは事実じじつの判決はんけつを一いち寸すんに逃れるのがれる学士がくしの亀かめであろう。
亀かめは早晩そうばん首くびを出すだす。
小野おのさんも今いまに封筒ふうとうの裏うらを返すかえすに違いない。
良りょうしばらく眺めながめていると今度こんどは掌てのひらがむず痒むずがゆゆくなる。
一刻いっこくの安きやすきを貪っむさぼった後あとは、安きやすき思おもうを、なお安くやすくするために、裏返しうらがえして得心とくしんしたくなる。
小野おのさんは思い切っおもいきって、封筒ふうとうを机つくえの上うえに逆ぎゃくに置いおいた。
裏うらから井上いのうえ孤こ堂どうの四よん字じが明かあきらかにあらわれる。
白いしろい状袋じょうぶくろに墨すみを惜しまおしまず肉太にくぶとに記ししるした草字そうじは、小野おのさんの眼めに、針はりの先さきを並べならべて植えつけうえつけたように紙かみを離れはなれて飛びついとびついて来きた。
小野おのさんは障らさわらぬ神かみに祟たたりなしと云ういう風かぜで、両手りょうてを机つくえから離すはなす。
ただ顔かおだけが机つくえの上うえの手紙てがみに向いむかいている。
しかし机つくえと膝ひざとは一いち尺さしの谷たにで縁えんが切れきれている。
机つくえから引き取っひきとった手ては、ぐにゃりとして何なんだか肩かたから抜けぬけて行きいきそうだ。
封ふうを切ろうきろうか、切るきるまいか。
だれか来きて封ふうを切れきれと云えいえば切らきらぬ理由りゆうを説明せつめいして、ついでに自分じぶんも安心あんしんする。
しかし人ひとを屈伏くっぷくさせないととうてい自分じぶんも屈伏くっぷくさせる事ことが出来できない。
あやふやな柔術じゅうじゅつ使しは、一度いちど往来おうらいで人ひとを抛げなげて見みないうちはどうも柔術じゅうじゅつ家いえたる所以ゆえんを自分じぶんに証明しょうめいする道みちがない。
弱いよわい議論ぎろんと弱いよわい柔術じゅうじゅつは似にたものである。
小野おのさんは京都きょうと以来いらいの友人ゆうじんがちょっと遊びあそびに来きてくれればいいと思っおもった。
二に階かいの書生しょせいがヴァイオリンゔぁいおりんを鳴らしならし始めはじめた。
小野おのさんも近日きんじつうちにヴァイオリンゔぁいおりんの稽古けいこを始めようはじめようとしている。
今日きょうはそんな気きもいっこう起らおこらぬ。
あの書生しょせいは呑気のんきで羨しいうらやましいと思うおもう。
――椿つばきの花片かへんがまた一いちつ落ちおちた。
一いち輪わ挿そうを持っもったまま障子しょうじを開けあけて椽えん側がわへ出るでる。
花はなは庭にわへ棄てすてた。
水みずもついでにあけた。
花はな活かつは手てに持っもっている。
実じつは花はな活かつもついでに棄てるすてるところであった。
花はな活かつを持っもったまま椽えん側がわに立ったっている。
檜ひのきがある。
塀へいがある。
向むかいに二に階かいがある。
乾きかわきかけた庭にわに雨傘あまがさが干しほしてある。
蛇の目じゃのめの黒いくろい縁えんに落花らっかが二に片かた貼ついている。
その他ほかいろいろある。
ことごとく無意義むいぎにある。
みんな器械きかい的まとである。
小野おのさんは重いおもい足あしを引きひき擦っすってまた部屋へやのなかへ這入っはいって来きた。
坐らすわらずに机つくえの前まえに立ったっている。
過去かこの節穴ふしあながすうと開いひらいて昔むかしの歴史れきしが細長くほそながく遠くとおくに見えるみえる。
暗いくらい。
その暗いくらいなかの一いち点てんがぱっと燃えもえ出しだした。
動いうごいて来るくる。
小野おのさんは急きゅうに腰こしを屈めかがめて手てを伸ばすのばすや否いなや封ふうを切っきった。
「拝啓はいけい柳暗りゅうあん花明かめいの好よしみ時節じせつと相そう成せい候こう処ところいよいよ御ご壮健そうけん奉賀ほうが候こう。小生しょうせいも不ふ相そう変へん頑強がんきょう、小夜さよも息災そくさいに候えそうらえば、乍ながら憚御休神きゅうしん可か被ひ下した候こう。さて旧臘きゅうろう中なか一寸ちょっと申さる上うえ候こう東京とうきょう表ひょうへ転住てんじゅうの義ぎ、其その後あと色々いろいろの事情じじょうにて捗ちょくどりかね候こう所ところ、此これ程ほどに至りいたり諸事しょじ好都合こうつごうに埓らちあき、いよいよ近日きんじつ中なかに断行だんこうの運びはこびに至りいたり候はこうはずにつき左様さよう御承知ごしょうち被ひ下した度ど候こう。二十にじゅう年ねん前まえに其その地ちを引き払いひきはらい候こう儘まま、両度りょうどの上京じょうきょうに、五六ごろく日ひの逗留とうりゅうの外そとは、全くまったく故郷こきょうの消息しょうそくに疎くうとく、万事ばんじ不案内ふあんないに候えそうらえば到着とうちゃくの上うえは定めてさだめて御ご厄介やっかいの事ことと存あり候こう。 「年来ねんらい住みすみ古ふるるしたる住宅じゅうたくは隣家りんか蔦屋つたやにて譲り受けゆずりうけ度ど旨むね申込もうしこみ有之ゆうの、其その他ほかにも相談そうだんの口くちはかかり候えそうらえども、此方こちらに取り極めとりきめ申さる候こう。荷物にもつ其その他ほか嵩張りかさばり候こうものは皆みな当地とうちにて売払いうりはらい、なるべく手軽てがるに引き移るひきうつるつもりに御座ぎょざ候こう。唯ただ小夜さよ所持しょじの琴こと一面いちめんは本人ほんにんの希望きぼうにより、東京とうきょう迄まで持ち運びもちはこび候こう事ことに相そう成せい候こう。故こきを棄てすてがたき婦女ふじょの心情しんじょう御ご憐察れんさつ可か被ひ下した候こう。 「御承知ごしょうちの通つう小夜さよは五ご年ねん前まえ当地とうちに呼び寄せよびよせ候こう迄まで、東京とうきょうにて学校教育がっこうきょういくを受けうけ候こう事こととて切にせつに転住てんじゅうの速かすみやかなる事ことを希望きぼう致しいたし居候いそうろう。同人どうにん行末ぎょうまつの義ぎに関しかんしては大略たいりゃく御ご同意どういの事ことと存じぞんじ候えそうらえば別べつに不ふ申述しんじゅつ。追ついて其その地ちにて御ご面会めんかいの上うえ篤ととくと御ご協議きょうぎ申さる上うえ度どと存あり候こう。 「博覧会はくらんかいにて御ご地ちは定めてさだめて雑沓ざっとうの事ことと存あり候こう。出立しゅったつの節ふしはなるべく急行きゅうこうの夜よる汽車きしゃを撰せんみたくと存じぞんじ候えそうらえども、急行きゅうこうは非常ひじょうの乗客じょうきゃくの由ゆにつき、一層いっそう途中とちゅうにて一二いちに泊とまりの上うえゆるゆる上京じょうきょう致すいたすやも計りはかりがたく候こう。時日じじつ刻限こくげんはいずれ確定かくてい次第しだい御ご報ほう可か致まつむろ候こう。まずは右みぎ当用とうよう迄まで匆々そうそう不一ふいつ」
読みよみ終っおわった小野おのさんは、机つくえの前まえに立ったったままである。
巻き納めまきおさめぬ手紙てがみは右みぎの手てからだらりと垂れたれて、清きよし三様さんよう……孤こ堂どうとかいた端はしが青いあおいカシミヤかしみやの机つくえ掛かかりの上うえに波なみを打っうって二三にさん段だんに畳またたまれている。
小野おのさんは自分じぶんの手元てもとから半はん切れきれを伝わっつたわって机つくえ掛かかりの白くしろく染め抜かそめぬかれているあたりまで順々じゅんじゅんに見下しみくだして行くいく。
見下しみくだした眼めの行きいき留っとめった時じ、やむを得とくず、睛ひとみを転じてんじてロゼッチの詩集ししゅうを眺めながめた。
詩集ししゅうの表紙ひょうしの上うえに散っちった二に片かたの紅くれないも眺めながめた。
紅くれないに誘わさそわれて、右みぎの角かくに在るあるべき色硝子いろがらすの一いち輪わ挿そうも眺めようながめようとした。
一いち輪わ挿そうはどこかへ行っいってあらぬ。
一昨いっさく日ひ挿しさした椿つばきは影かげも形かたちもない。
うつくしい未来みらいを覗くのぞく管かんが無くなっなくなった。
小野おのさんは机つくえの前まえへ坐っすわった。
力なくちからなく巻き納めるまきおさめる恩人おんじんの手紙てがみのなかから妙みょうな臭においが立ち上るたちのぼる。
一種いっしゅ古ぼけふるぼけた黴臭いかびくさいにおいが上るのぼる。
過去かこのにおいである。
忘れわすれんとして躊躇ちゅうちょする毛筋けすじの末すえを引いひいて、細いほそい縁えんに、絶えるたえるほどにつながるる今いまと昔むかしを、面めんのあたりに結び合わすむすびあわす香こうである。
半はん世よの歴史れきしを長きながき穂ほの心細こころぼそきまで逆しまさかしまに尋ぬれたずぬれば、溯るさかのぼるほどに暗澹あんたんとなる。
芽めを吹くふく今いまの幹みきなれば、通わかよわぬ脈みゃくの枯れ枝かれえだの末すえに、錐すいの力ちからの尖れるとがれるを幸みゆきと、記憶きおくの命いのちを突きつき透すとおすは要ようなしと云わいわんよりむしろ無惨むざんである。
ジェーナスの神かみは二につの顔かおに、後ろうしろをも前まえをも見るみる。
幸みゆきなる小野おのさんは一いちつの顔かおしか持たもたぬ。
背せを過去かこに向けむけた上うえは、眼めに映るうつるは煕々ひろしたる前程ぜんていのみである。
後あとを向けむけばひゅうと北風きたかぜが吹くふく。
この寒いさむい所ところをやっとの思いおもいで斬りきり抜けぬけた昨日きのう今日きょう、寒いさむい所ところから、寒いさむいものが追っおっ懸けかけて来るくる。
今までいままではただ忘れれわすれればよかった。
未来みらいの発展はってんの暖くあたたかく鮮やかあざやかなるうちに、己れおのれを捲き込んまきこんで、一いち歩あゆみでも過去かこを遠退けとおのけばそれで済んすんだ。
生きいきている過去かこも、死んしんだ過去かこのうちに静かしずかに鏤られて、動くうごくかとは掛かかり念ねんしながらも、まず大丈夫だいじょうぶだろうと、その日ひ、その日ひに立ち退いたちのいては、顧みるかえりみるパノラマぱのらまの長くながく連なるつらなるだけで、一いち点てんも動かうごかぬに胸むねを撫でなでていた。
ところが、昔むかししながらとたかを括っくくって、過去かこの管かんを今さらいまさら覗いのぞいて見るみると――動くうごくものがある。
われは過去かこを棄てんすてんとしつつあるに、過去かこはわれに近づいちかづいて来るくる。
逼っせまって来るくる。
静かしずかなる前後ぜんごと枯れかれ尽しつくしたる左右さゆうを乗り超えのりこえて、暗夜あんやを照らすてらす提灯ちょうちんの火ひのごとく揺れゆれて来るくる、動いうごいてくる。
小野おのさんは部屋へやの中なかを廻りまわり始めはじめた。
自然しぜんは自然しぜんを用いもちい尽さつくさぬ。
極まらきわまらんとする前まえに何事なにごとか起るおこる。
単調たんちょうは自然しぜんの敵てきである。
小野おのさんが部屋へやの中なかを廻りまわり始めはじめて半分はんぶんと立たたたぬうちに、障子しょうじから下女げじょの首くびが出でた。
「御客様ごきゃくさま」と笑いわらいながら云ういう。
なぜ笑うわらうのか要領ようりょうを得とくぬ。
御早うおはようと云っいっては笑いわらい、御ご帰んかえんなさいと云っいっては笑いわらい、御飯ごはんですと云っいっては笑うわらう。
人ひとを見みて妄りみだりに笑うわらうものは必ずかならず人ひとに求むるもとむるところのある証拠しょうこである。
この下女げじょはたしかに小野おのさんからある報酬ほうしゅうを求めもとめている。
小野おのさんは気きのない顔かおをして下女げじょを見みたのみである。
下女げじょは失望しつぼうした。
「通しとおしましょうか」 小野おのさんは「え、うん」と判然はんぜんしない返事へんじをする。
下女げじょはまた失望しつぼうした。
下女げじょがむやみに笑うわらうのは小野おのさんに愛嬌あいきょうがあるからである。
愛嬌あいきょうのない御客ごきゃくは下女げじょから見るみると半文はんもんの価値かちもない。
小野おのさんはこの心理しんりを心得こころえている。
今日きょうまで下女げじょの人望じんぼうを繋いつないだのも全くまったくこの自覚じかくに基づくもとづく。
小野おのさんは下女げじょの人望じんぼうをさえ妄りみだりに落すおとす事ことを好まこのまぬほどの人物じんぶつである。
同一どういつの空間くうかんは二に物ものによって同時どうじに占有せんゆうせらるる事こと能わあたわずと昔むかししの哲学者てつがくしゃが云っいった。
愛嬌あいきょうと不安ふあんが同時どうじに小野おのさんの脳髄のうずいに宿るやどる事ことはこの哲学者てつがくしゃの発明はつめいに反するはんする。
愛嬌あいきょうが退いしりぞいて不安ふあんが這入るはいる。
下女げじょは悪るいわるいところへぶつかった。
愛嬌あいきょうが退いしりぞいて不安ふあんが這入るはいる。
愛嬌あいきょうが附ふ焼刃やきばで不安ふあんが本体ほんたいだと思うおもうのは偽にせ哲学者てつがくしゃである。
家主やぬしが這入るはいるについて、愛嬌あいきょうが示談じだんの上うえ、不安ふあんに借家しゃくやを譲り渡しゆずりわたしたまでである。
それにしても小野おのさんは悪るいわるいところを下女げじょに見みられた。
「通しとおしてもいいんですか」「うん、そうさね」「御ご留守るすだって云いいいましょうか」「誰だれだい」「浅井あさいさん」「浅井あさいか」「御ご留守るす?」「そうさね」「御ご留守るすになさいますか」「どう、しようか知らかしら」「どっち、でも」「逢おうあおうかな」「じゃ、通しとおしましょう」「おい、ちょっと、待っまった。おい」「何なんです」「ああ、好いよい。好よしみし好しこうし」 友達ともだちには逢いあいたい時じと、逢いあいたくない時じとある。
それが判然はんぜんすれば何なんの苦くもない。
いやなら留守るすを使えつかえば済むすむ。
小野おのさんは先方せんぽうの感情かんじょうを害せがいせぬ限りかぎりは留守るすを使うつかう勇気ゆうきのある男おとこである。
ただ困るこまるのは逢いあいたくもあり、逢いあいたくもなくて、前まえへ行っいったり後ろうしろへ戻っもどったりして下女げじょにまで馬鹿ばかにされる時じである。
往来おうらいで人ひとと往きゆき合うあう事ことがある。
双方そうほうでちょっと体からだを交わせかわせば、それぎりで御ご互たがいにもとの通りとおり、あかの他人たにんとなる。
しかし時じによると両方りょうほうで、同じおなじ右みぎか、同じおなじ左ひだりりへ避けるさける。
これではならぬと反対はんたいの側がわへ出ようでようと、足元あしもとを取り直すとりなおすとき、向うむこうもこれではならぬと気きを換えかえて反対はんたいへ出るでる。
反対はんたいと反対はんたいが鉢合せはちあわせをして、おいしまったと心づいこころづいて、また出直すでなおすと、同時どうじ同刻どうこくに向うむこうでも同様どうように出直しでなおしてくる。
両人りょうにんは出直そうでなおそうとしては出で遅れおくれ、出で遅れおくれては出直そうでなおそうとして、柱時計はしらとけいの振子しんしのようにこっち、あっちと迷いまよい続けつづけに迷うまようてくる。
しまいには双方そうほうで双方そうほうを思い切りおもいきりの悪るいわるい野郎やろうだと悪口わるぐちが云いいいたくなる。
人望じんぼうのある小野おのさんは、もう少しすこしで下女げじょに思い切りおもいきりの悪るいわるい野郎やろうだと云わいわれるところであった。
そこへ浅井あさい君きみが這入っはいってくる。
浅井あさい君きみは京都きょうと以来いらいの旧友きゅうゆうである。
茶ちゃの帽子ぼうしのいささか崩れくずれかかったのを、右みぎの手てで圧し潰すおしつぶすように握っにぎって、畳たたみの上うえへ抛り出すほうりだすや否いなや「ええ天気てんきだな」と胡坐こざをかく。
小野おのさんは天気てんきの事ことを忘れわすれていた。
「いい天気てんきだね」「博覧会はくらんかいへ行っいったか」「いいや、まだ行かいかない」「行っいって見いみい、面白いおもしろいぜ。昨日きのう行っいっての、アイスクリームあいすくりーむを食うくうて来きた」「アイスクリームあいすくりーむ? そう、昨日きのうはだいぶ暑かっあつかったからね」「今度こんどは露西亜ろしあ料理りょうりを食いくいに行くいくつもりだ。どうだいっしょに行かいかんか」「今日きょうかい」「うん今日きょうでもいい」「今日きょうは、少しすこし……」「行かいかんか。あまり勉強べんきょうすると病気びょうきになるぞ。早くはやく博士はかせになって、美しいうつくしい嫁よめさんでも貰おうもらおうと思うおもうてけつかる。失敬しっけいな奴やつちゃ」「なにそんな事ことはない。勉強べんきょうがちっとも出来できなくって困るこまる」「神経しんけい衰弱すいじゃくだろう。顔色かおいろが悪いわるいぞ」「そうか、どうも心持ちこころもちがわるい」「そうだろう。井上いのうえの御嬢ごじょうさんが心配しんぱいする、早くはやく露西亜ろしあ料理りょうりでも食うくうて、好うようならんと」「なぜ」「なぜって、井上いのうえの御嬢ごじょうさんは東京とうきょうへ来るくるんだろう」「そうか」「そうかって、君きみの所ところへは無論むろん通知つうちが来きたはずじゃ」「君きみの所ところへは来きたかい」「うん、来きた。君きみの所ところへは来んくんのか」「いえ来きた事ことは来きたがね」「いつ来きたか」「もう少しすこし先刻せんこくだった」「いよいよ結婚けっこんするんだろう」「なにそんな事ことがあるものか」「せんのか、なぜ?」「なぜって、そこにはだんだん深いぶかい事情じじょうがあるんだがね」「どんな事情じじょうが」「まあ、それはおって緩かんっくり話すはなすよ。僕ぼくも井上いのうえ先生せんせいには大変たいへん世話せわになったし、僕ぼくの力ちからで出来るできる事ことは何なんでも先生せんせいのためにする気きなんだがね。結婚けっこんなんて、そう思うおもう通りとおりに急きゅうに出来るできるものじゃないさ」「しかし約束やくそくがあるんだろう」「それがね、いつか君きみにも話そうはなそう話そうはなそうと思っおもっていたんだが、――僕ぼくは実じつに先生せんせいには同情どうじょうしているんだよ」「そりゃ、そうだろう」「まあ、先生せんせいが出でて来きたら緩かんくり話そうはなそうと思うおもうんだね。そう向うむこうだけで一人ひとりぎめにきめていても困るこまるからね」「どんなに一人ひとりできめているんだい」「きめているらしいんだね、手紙てがみの様子ようすで見るみると」「あの先生せんせいも随分ずいぶん昔むかし堅気かたぎだからな」「なかなか自分じぶんできめた事ことは動かうごかない。一徹いってつなんだ」「近頃ちかごろは家計かけいの方ほうも余りあまりよくないんだろう」「どうかね。そう困りこまりもしまい」「時じに何時なんじかな、君きみちょっと時計とけいを見みてくれ」「二に時じ十六じゅうろく分ぶんだ」「二に時じ十六じゅうろく分ぶん?――それが例れいの恩賜おんしの時計とけいか」「ああ」「旨いうまい事ことをしたなあ。僕ぼくも貰っもらって置けおけばよかった。こう云ういうものを持っもっていると世間せけんの受けうけがだいぶ違うちがうな」「そう云ういう事こともあるまい」「いやある。何しろなにしろ天皇陛下てんのうへいかが保証ほしょうして下さっくださったんだからたしかだ」「君きみこれからどこかへ行くいくのかい」「うん、天気てんきがいいから遊ぶあそぶんだ。どうだいっしょに行かいかんか」「僕ぼくは少しすこし用ようがあるから――しかしそこまでいっしょに出ようでよう」 門口かどぐちで分れわかれた小野おのさんの足あしは甲野こうのの邸やしきに向っむかった。
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