明暗

6/19

その一角において突き崩すのは、自分で自分に打撲傷を与えるようなものであった。お延に気の毒だからという意味よりも、細君の前で自分の器量を下げなければならないというのが彼の大きな苦痛になった。そのくらいの事をと他から笑われるようなこんな小さな場合ですら、彼はすぐ動く気になれなかった。家には現に金がある、お延に対して自己の体面を保つには有余るほどの金がある。のにという勝手な事実の方がどうしても先に立った。

6
そのうえかれどんなむかっ腹むかっぱら立てるたてるおとこなかっ
己れおのれ忘れるわすれるいうこと非常ひじょう安っぽくやすっぽく見るみるかれまた容易ようい己れおのれ忘れるわすれることできない性質せいしつ父母ふぼから生みつけうみつけられ
できなけれ死ぬしぬまで放り出すほうりだすよう云っいっあとかれまだお秀おひで様子ようす窺っうかがっ
はらなか言葉ことば通りとおり断乎だんこたる何物なにものない恥ずかしいはずかしいなん思えおもえなかっ
かれむしろ冷やかひややかむね天秤てんびん働かしはたらかし始めはじめ
かれのべ事情じじょう打ち明けるうちあける苦痛くつうお秀おひでから補助ほじょ受けるうける不愉快ふゆかい商量しょうりょう
そういっそうちあとほう冒しおかしたらどんなものだろう考えかんがえ
それ応ずるおうずるちから充分じゅうぶんもっお秀おひで第一だいいちあにこころから後悔こうかいない慊らあきたりらなく思っおもっ
あにあと本尊ほんぞんのべ澄ましすまし控えひかえいる悪んにくん
おっとほりこの事件じけん責任者せきにんしゃあるよう見傚しみなし京都きょうとちち遠廻しとおまわし持ちかけもちかけ来るくるいかに業腹ごうはらあっ
そんなこんなとぐろまりから津田つだ意志いし充分じゅうぶん見え透いみえすいあと彼女かのじょ容易ようい自分じぶんほう積極的せっきょくてき好意こうい示すしめすことあえてなかっ
同時どうじ器量きりょう望みのぞみ比較的ひかくてき富裕ふゆういえよめ行っいっお秀おひで対するたいする津田つだ態度たいどまた一種いっしゅ自尊心じそんしん充ちみち
かれ成上りなりあがりもの近いちかいある臭味しゅうみ結婚後けっこんごこのいもうと見出しみだし
あるいは見出しみだし思っおもっ
いつあにいう厳めしいいかめしい具足ぐそく着けつけ彼女かのじょ対するたいするよう気分きぶん支配しはい始めはじめ
からかれいえ妄りみだりお秀おひでまえあたま下げるさげるわけ行かいかなかっ
二人ふたりそれどっちからきんこと云いいい出さださなかっ
そう両方りょうほうとも両方りょうほう云いいい出すだす待っまっ
その煮えにえ切らきらない不徹底ふてってい内輪うちわはなし最中さいちゅう突然とつぜん下女げじょお時おとき飛び込んとびこん二人ふたり拵らえこしらえかけ局面きょくめん一度いちど崩しくずししまっある
九十八きゅうじゅうはち
しかしじか来るくるまえ津田つだ電話でんわかかっことたしかあっ
かれ階子段はしごだん途中とちゅう薬局やっきょくなま面倒臭めんどうしゅうそう取り次ぐとりつぐ津田つださん電話でんわですいうこえ聞いきい
かれお秀おひで対話たいわちょっとやめどこからです訊き返しききかえし
薬局やっきょくなま下りくだりながらおおかたお宅おたくからでしょう云っいっ
冷笑れいしょうこの挨拶あいさつつい込み入っこみいっはなし入れいれ過ぎすぎ津田つだこころ横着おうちゃく
芝居しばい行っいったぎり昨日きのう今日きょう姿すがた見せみせないのべうち暗にあんに快よくこころよく思っおもっなかっかれなお不愉快ふゆかい
電話でんわ釣るつる かれすぐこう思っおもっ
昨日きのうあさかけ今日きょうあさかけことよる明日あすあさ電話でんわだけかけおいさんざんひとこころ自分じぶんほう惹きひき着けつけあとひょっくり本当ほんとうかお出すだすだろう鑑定かんてい
のべかれ対するたいする平生へいぜいもとぶりから推しおし見るみるこのるいそく満更まんざら無理むりなかっ
かれ不用意ふよういさい突然とつぜんしかも静粛せいしゅく自分じぶん驚ろかしおどろかし這入っはいっ来るくるのべ笑顔えがおさえ想像そうぞう
その笑顔えがおまたへんかれこころ影響えいきょう来るくることかれよく解っわかっ
彼女かのじょいち刹那せつな閃めかすひらめかすその鋭どいするどい武器ぶきちからいつ即座そくざかれ征服せいふく
今までいままで持ちもち応えこたえ持ちもち応えこたえ抜いぬい心機しんきひらり転換てんかんられるかれから云えいえ見す見すみすみす彼女かのじょ術中じゅっちゅう落ち込むおちこむようものあっ
かれお秀おひで注意ちゅういかかわら電話でんわそのままおい
なにどうせようじゃない構わかまわない放っはなっおけ この挨拶あいさつまたお秀おひでまるで意外いがいあっ
だいいちズボラずぼら忌むいむあに性質せいしつ釣り合わつりあわなかっ
だいなんのべ云いいいなり次第しだいなっいるあに態度たいどなかっ
彼女かのじょあに自分じぶん手前てまえ憚かっはばかっ不断ふだん甘いあまいところ押し隠すおしかくすためわざとねー対したいし無頓着むとんちゃく粧うよそう解釈かいしゃく
こころうち多少たしょうそれ小気味しょうきみよく感じかんじ彼女かのじょしたから電話でんわ催促さいそくする薬局やっきょくなま大きなおおきなこえ聞いきいそれあに代りかわり立ち上らたちのぼらないわけ行かいかなかっ
彼女かのじょわざわざしたまで降りふり行っいっ
しかしそれなんやく立たたたなかっ
薬局やっきょくなま好いよい加減かげんあしらっ荒らしあらし抜いぬいあと受話器じゅわきもう不通ふつうなっ
形式的けいしきてき義務ぎむ済ましすまし彼女かのじょもと帰っかえっ再びふたたび二人ふたり共通きょうつう話題わだい緒口いとぐち取り上げとりあげ一方いっぽうきゅう込んこんとうとう我慢がまん切れきれなくなっ自働じどう電話でんわ棄てすて電車でんしゃ乗っのっある
それから十五じゅうごぶん経たへたないうち津田つだまた予想外よそうがい彼女かのじょくちから予想外よそうがい用事ようじ聞かさきかさ驚ろいおどろいある
帰っかえっあとかれこころ容易よういもと戻らもどらなかっ
小林こばやし性格せいかくよく知りしり抜いぬいいるいう自信じしんありながら不意ふい自分じぶん留守宅るすたく押しかけおしかけそれほど懇意こんいないのべ相手あいて話し込もうはなしこもう思わおもわなかっかれ驚ろかおどろかざるとくないのみならまた考えかんがえざるとくなかっ
それ外套がいとうやるやらない問題もんだいなかっ
問題もんだい外套がいとうまるでえんないしかしほか外套がいとう平気へいきよく知りしりない細君さいくんからじか貰い受けもらいうけ行くいくようかれ性格せいかくあっ
もしくはかれ境遇きょうぐう必然的ひつぜんてき生み出しうみだしかれだい性格せいかくあっ
もう一歩いちほ押しおし行くいくその性格せいかくのべ向っむかっどう働らきはたらきかけるかれ問題もんだいあっ
そこ突飛とっぴあっ
自暴じぼうあっ
満足まんぞく人間にんげんつね不満足ふまんぞくそう眺めるながめる白いしろいあっ
新らしくあたらしく結婚けっこんかれ二人ふたりかれ接触せっしょく得るうる満足まんぞく人間にんげんうち得意とくい代表者だいひょうしゃかれから選択せんたくれる恐れおそれあっ
平生へいぜいからかれ軽蔑けいべつすることおいなん容赦ようしゃ加えくわえなかっ津田つだまたそういう素地そじ作っつくっおい自覚じかく充分じゅうぶんあっ
なんいう分らわからない 津田つだこころ突然とつぜん一種いっしゅ恐怖きょうふ湧いわい
お秀おひでまた反対はんたい笑いわらい出しだし
いつまでその小林こばやしいうおとこなん批評ひひょうたがるあに意味いみさえ彼女かのじょほとんど通じつうじなかっ
なん云っいったって構わかまわないじゃありませ小林こばやしさんなんかあんなひということなんぞだれ本気ほんきするものありゃない お秀おひで小林こばやし一面いちめんよく知っしっ
しかしそれ多くおおくかれ藤井ふじい叔父おじまえ出すだす一面いちめんだけ限らかぎら
そう
6/19