一
第 11 章
宅へ帰って案外に思ったのは、父の元気がこの前見た時と大して変っていない事であった。
「ああ帰ったかい。そうか、それでも卒業ができてまあ結構だった。ちょっとお待ち、今顔を洗って来るから」 父は庭へ出て何かしていたところであった。
古い麦藁帽の後ろへ、日除のために括り付けた薄汚ないハンケチをひらひらさせながら、井戸のある裏手の方へ廻って行った。
学校を卒業するのを普通の人間として当然のように考えていた私は、それを予期以上に喜んでくれる父の前に恐縮した。
「卒業ができてまあ結構だ」 父はこの言葉を何遍も繰り返した。
私は心のうちでこの父の喜びと、卒業式のあった晩先生の家の食卓で、「お目出とう」といわれた時の先生の顔付とを比較した。
私には口で祝ってくれながら、腹の底でけなしている先生の方が、それほどにもないものを珍しそうに嬉しがる父よりも、かえって高尚に見えた。
私はしまいに父の無知から出る田舎臭いところに不快を感じ出した。
「大学ぐらい卒業したって、それほど結構でもありません。卒業するものは毎年何百人だってあります」 私はついにこんな口の利きようをした。
すると父が変な顔をした。
「何も卒業したから結構とばかりいうんじゃない。そりゃ卒業は結構に違いないが、おれのいうのはもう少し意味があるんだ。それがお前に解っていてくれさえすれば、……」 私は父からその後を聞こうとした。
父は話したくなさそうであったが、とうとうこういった。
「つまり、おれが結構という事になるのさ。おれはお前の知ってる通りの病気だろう。去年の冬お前に会った時、ことによるともう三月か四月ぐらいなものだろうと思っていたのさ。それがどういう仕合せか、今日までこうしている。起居に不自由なくこうしている。そこへお前が卒業してくれた。だから嬉しいのさ。せっかく丹精した息子が、自分のいなくなった後で卒業してくれるよりも、丈夫なうちに学校を出てくれる方が親の身になれば嬉しいだろうじゃないか。大きな考えをもっているお前から見たら、高が大学を卒業したぐらいで、結構だ結構だといわれるのは余り面白くもないだろう。しかしおれの方から見てご覧、立場が少し違っているよ。つまり卒業はお前に取ってより、このおれに取って結構なんだ。解ったかい」 私は一言もなかった。
詫まる以上に恐縮して俯向いていた。
父は平気なうちに自分の死を覚悟していたものとみえる。
しかも私の卒業する前に死ぬだろうと思い定めていたとみえる。
その卒業が父の心にどのくらい響くかも考えずにいた私は全く愚かものであった。
私は鞄の中から卒業証書を取り出して、それを大事そうに父と母に見せた。
証書は何かに圧し潰されて、元の形を失っていた。
父はそれを鄭寧に伸した。
「こんなものは巻いたなり手に持って来るものだ」「中に心でも入れると好かったのに」と母も傍から注意した。
父はしばらくそれを眺めた後、起って床の間の所へ行って、誰の目にもすぐはいるような正面へ証書を置いた。
いつもの私ならすぐ何とかいうはずであったが、その時の私はまるで平生と違っていた。
父や母に対して少しも逆らう気が起らなかった。
私はだまって父の為すがままに任せておいた。
一旦癖のついた鳥の子紙の証書は、なかなか父の自由にならなかった。
適当な位置に置かれるや否や、すぐ己れに自然な勢いを得て倒れようとした。