こころ

11/30

一

第 11 章
宅たくへ帰っかえって案外あんがいに思っおもったのは、父ちちの元気げんきがこの前まえ見みた時じと大してたいして変っかわっていない事ことであった。
「ああ帰っかえったかい。そうか、それでも卒業そつぎょうができてまあ結構けっこうだった。ちょっとお待ちまち、今いま顔かおを洗っあらって来るくるから」 父ちちは庭にわへ出でて何なんかしていたところであった。
古いふるい麦藁むぎわら帽ぼうの後ろうしろへ、日除ひよけのために括り付けくくりつけた薄うす汚ないきたないハンケチはんけちをひらひらさせながら、井戸いどのある裏手うらての方ほうへ廻っまわって行っいった。
学校がっこうを卒業そつぎょうするのを普通ふつうの人間にんげんとして当然とうぜんのように考えかんがえていた私わたくしは、それを予期よき以上いじょうに喜んよろこんでくれる父ちちの前まえに恐縮きょうしゅくした。
「卒業そつぎょうができてまあ結構けっこうだ」 父ちちはこの言葉ことばを何なん遍へんも繰り返しくりかえした。
私わたくしは心こころのうちでこの父ちちの喜びよろこびと、卒業式そつぎょうしきのあった晩ばん先生せんせいの家いえの食卓しょくたくで、「お目出とうめでとう」といわれた時じの先生せんせいの顔付かおつきとを比較ひかくした。
私わたくしには口くちで祝っしゅくってくれながら、腹はらの底そこでけなしている先生せんせいの方ほうが、それほどにもないものを珍しめずらしそうに嬉しうれしがる父ちちよりも、かえって高尚こうしょうに見えみえた。
私わたくしはしまいに父ちちの無知むちから出るでる田舎いなか臭いくさいところに不快ふかいを感じかんじ出しだした。
「大学だいがくぐらい卒業そつぎょうしたって、それほど結構けっこうでもありません。卒業そつぎょうするものは毎年まいとし何百なんびゃく人ひとだってあります」 私わたくしはついにこんな口くちの利きききようをした。
すると父ちちが変へんな顔かおをした。
「何なんも卒業そつぎょうしたから結構けっこうとばかりいうんじゃない。そりゃ卒業そつぎょうは結構けっこうに違いちがいないが、おれのいうのはもう少しすこし意味いみがあるんだ。それがお前おまえに解っわかっていてくれさえすれば、……」 私わたくしは父ちちからその後そのあとを聞こうきこうとした。
父ちちは話しはなしたくなさそうであったが、とうとうこういった。
「つまり、おれが結構けっこうという事ことになるのさ。おれはお前おまえの知っしってる通りとおりの病気びょうきだろう。去年きょねんの冬ふゆお前おまえに会っかいった時じ、ことによるともう三さん月つきか四よん月つきぐらいなものだろうと思っおもっていたのさ。それがどういう仕合せしあわせか、今日きょうまでこうしている。起居ききょに不自由ふじゆうなくこうしている。そこへお前おまえが卒業そつぎょうしてくれた。だから嬉しいうれしいのさ。せっかく丹精たんせいした息子むすこが、自分じぶんのいなくなった後あとで卒業そつぎょうしてくれるよりも、丈夫じょうぶなうちに学校がっこうを出でてくれる方ほうが親おやの身みになれば嬉しいうれしいだろうじゃないか。大きなおおきな考えかんがえをもっているお前おまえから見みたら、高がこうが大学だいがくを卒業そつぎょうしたぐらいで、結構けっこうだ結構けっこうだといわれるのは余りあまり面白くおもしろくもないだろう。しかしおれの方ほうから見みてご覧ごらん、立場たちばが少しすこし違っちがっているよ。つまり卒業そつぎょうはお前おまえに取っとってより、このおれに取っとって結構けっこうなんだ。解っわかったかい」 私わたくしは一言ひとこともなかった。
詫わびまる以上いじょうに恐縮きょうしゅくして俯向いうつむいていた。
父ちちは平気へいきなうちに自分じぶんの死しを覚悟かくごしていたものとみえる。
しかも私わたくしの卒業そつぎょうする前まえに死ぬしぬだろうと思い定めおもいさだめていたとみえる。
その卒業そつぎょうが父ちちの心こころにどのくらい響くひびくかも考えかんがえずにいた私わたくしは全くまったく愚かものおろかものであった。
私わたくしは鞄かばんの中なかから卒業証書そつぎょうしょうしょを取り出しとりだして、それを大事だいじそうに父ちちと母ははに見せみせた。
証書しょうしょは何なんかに圧し潰さおしつぶされて、元もとの形かたちを失っうしなっていた。
父ちちはそれを鄭てい寧ねいに伸しのした。
「こんなものは巻いまいたなり手なりてに持っもって来るくるものだ」「中なかに心こころでも入れるいれると好かっよかったのに」と母ははも傍そばから注意ちゅういした。
父ちちはしばらくそれを眺めながめた後あと、起っおこって床の間とこのまの所ところへ行っいって、誰だれの目めにもすぐはいるような正面しょうめんへ証書しょうしょを置いおいた。
いつもの私わたくしならすぐ何なんとかいうはずであったが、その時じの私わたくしはまるで平生へいぜいと違っちがっていた。
父ちちや母ははに対したいして少しすこしも逆らうさからう気きが起らおこらなかった。
私わたくしはだまって父ちちの為すなすがままに任せまかせておいた。
一旦いったん癖くせのついた鳥の子とりのこ紙かみの証書しょうしょは、なかなか父ちちの自由じゆうにならなかった。
適当てきとうな位置いちに置かおかれるや否いなや、すぐ己れおのれに自然しぜんな勢いいきおいを得とくて倒れようたおれようとした。
11/30